
「時間がたつことの恐怖のようなものも入れたかった」
ーー「人類滅亡後の地球に流れる常磐ハワイアンセンターのハコバンの音楽」というコンセプトは、歌詞がなくても成り立ちますよね。 坂本:うん、成り立ちますね。 ーー実際、前作もそうでしたが今作もインストのCDが同梱されるわけですよね。にもかかわらず歌詞をつけたというのは、音だけでは伝えきれない思いがあるということなんでしょうか。 坂本:いや、そうではなくて…日本語の歌詞にこだわって音楽をやるのが自分のテーマで。日本語の歌詞がちゃんとのってる良い曲を作るというのが、自分のやることだって、どこかで思ってるところがあるんですね。インストの音楽とか…聴きますけど、自分がやらなくても誰かほかの人がやるだろうって思いがあったりします。曲を作るって行為は、日本語の歌詞がついてる曲を作る、ってことになってますね。 ーー歌詞があるとそこには意味が出てきますし、聴き手はそこからなんらかのメッセージを読み取ろうとするわけですが、そこも含めて歌詞を書きたい、と。 坂本:そうです。言葉の意味とサウンドの組み合わせから生じる表現ということですね。歌詞で何かを言いたいというのではなくて、この言葉とサウンドが一緒になった時に出てくるもので、何かを伝えるということをずっとやってるつもりなんです。今回はこういうサウンドに、こういうストレートな歌詞が乗った時に出てくるムードがおもしろいと思ったってことですね。 ーー今回の歌詞はかなり強いですよね。裏読みの余地がないぐらいストレート、という話もありましたが、これが、ある種のどかな音楽と組み合わされた時の違和感がすごく強烈ですね。 坂本:ほんとの意味で恐怖感を与えるような音楽をやりたいっていうのがありましたね。 ーー全体を象徴するのは一種の終末思想的な。 坂本:ありますね。あとは…すごく時間がたつことの恐怖というか。そういうのも入れたかったですね。 ーーそれは「死」ということですか。 坂本:もちろん「死」も含まれるんですけど、個人的な死とかじゃなくて、もっとスケールの大きい…ただ時間が流れることへの恐怖っていうか。身近なことでいうと、昔のマイナーなソウルのコンピレーションとか買うと、当時のレコーディング風景の写真が載っていて、みんな20歳ぐらいですごく楽しそうに録音してる。昔は何も思わなかったんだけど、最近見るとすごく怖くなったりするんです。この人たちはもういないんだけど、その念だけがレコードに閉じ込められている。当時のムードなり空気なりが時空を超えて自分の部屋にやってくるわけで。で、プレイするとそのムードが立ちあがってくる。そのへんに音楽の重要な要素もある気がしますね。それってミュージシャンが目の前で演奏してるのとまったく違う感覚じゃないですか。もう死んだ人の声が生々しく聞こえる。かければ当時の雰囲気がそのまま自分の部屋で再現されるっていうのも、考えるとちょっと怖い…それは死が関係してるんですけど。道を歩いてると、この道も江戸時代はちょんまげ結った人が歩いてたんだなと思うと(笑)。すごい不思議なのと同時に怖くなる。そういう感じを全体的に入れたかったんですよ。 ーーなるほど。 坂本:あと自分が死んでーー自分が死ぬのはもはやどうでもいいんですけどーー死んだあともそのまま何万年も時が流れていく感じ。そういう途方もない感じというか。 ーー普通の人だったら、死んだらそれでオシマイですけど、クリエイターの人は死んでも作品が残りますよね。それは意識することはあります? 坂本:意識することはないですね。自分が死んだら終わりだと思ってるんですけど、今言ったことは作品を作る原動力にはなるっていうか。 ーーそういうことを想像することが。 坂本:そうですね。 ーーある音楽家がね、10年後20年後に自分という存在が忘れられても、自分の曲なり作品なりが残ってくれればいいと言っていたんですが、その気持ちはわかりますか。 坂本:う~~~~~~ん………そうですねえ……わかるとこもありますけど…うーん…わかんないとこもありますねえ。 ーー自分が死んだらあとはどうでもいいっていう感覚。 坂本:うん、その感じもすごくありますねえ。自分を出すんじゃなくて作品だけ世に出て、自分は消えたいとか、そういう思いもあるんで、半分わかるとこもあるんですけど。
「自分が聞きたいレコードを作りたいってことだけ」
ーー作品だけあって自分は消えたいっていうのは、自分をアピールするために作品を作ってるんじゃないってことですよね。自分の存在証明のためとか、そういう意識ではない。 坂本:うーん…まあそれもねえ…掘り下げていくとどんどん矛盾が生じてくるんですけど(笑)。作品を出して、もちろんそれは評価されたいんですけど…当然ですが、いわゆるロックスターとか芸能人になりたいとか、そういうのはないってことですかね。 ーーゆらゆらをやめてからの坂本さんは、なるべく自分の存在も音楽も透明なものにしたいというような意志があるように感じるんですが、透明だからこそ伝わってくる強烈な個性や念の強さのようなものが…今作はすごくわかりやすく出てますね。そういうある種の矛盾というか葛藤が坂本慎太郎なのではないかと。 坂本:ああ、それは狙ってやってる部分と、無意識にやってる部分があると思うんです。僕の音楽を作る原動力って、完全に自分が聞きたいレコードを作りたいってことだけで。そうした時に、自分が好きな(ほかの人の)レコードと並べて聞けて、同等かできればそれ以上のものを作りたいと、それだけを考えてやってるんですね。そうすると、たいがいはもう死んだ人の音楽だったりして(笑)。そういうのも関係してるのかなって思うんですけど。 ーーほとんど表に出なくなっちゃったじゃないですか。ライヴもやらない、メディアにも滅多に出てこない。となると純粋に作品だけの評価になるわけですが、それはご自分の望むところなわけですか。 坂本:ええと、今の時点ではそうですね。あと、とくに今回のアルバムの曲はライヴをやらないから作れるようなところもあるんですよね。ていうのは、すごいストレートな歌詞だけど、自分が発してるんじゃない、どこか違う所から来ているように響かせる、ということが狙いなんですね。それは出来てる気がするんですけど、ライヴで自分の口で目の前で歌っちゃうと、どう考えても僕のメッセージになるし。そうするとこのアルバムでやりたかった一番重要な部分が台無しになっちゃう。ものすごい恐ろしい世界を作ったんだけど、最後に種明かしするみたいになりそうで。緞帳が開いて、キャストが全員出てきて、挨拶するみたいな。聞く人に安心感を与えることになりそうな気がするんですよね。なんかね、得体のしれない感じを出せたと思ってるんですよ今回。ちょっと気持ち悪いっていうか不安になるというか。 ーーありますね、すごく。 坂本:それはすごくうまく出来たと思うんで、これをライヴでやっちゃうと、みんな安心しちゃいますよね。 ーーひとつの普通の歌として受け入れるでしょうね。 坂本:ええ。だったら、作った人がいるのかどうかも怪しい、っていうほうが、音楽の価値はあがるんじゃないか、とは思いますけどねえ。 ーーすごく仰りたいことはわかりますが、でもそれでも、ここから坂本慎太郎というアーティストの個性や存在が透けて見えるのが面白いところですね。 坂本:うん…うん。そうかもしれないですね。 ーーこういう作品を作っていて、昔のゆらゆら帝国のころのように、爆音でギターをかき鳴らしたいとか、そういうロック的な愉悦みたいなものに対する思いみたいなものは、残ってないわけですか。 坂本:ああ、爆音でギターというのはまったくないですね。 ーーあ、まったくない? 坂本:ええ。全然ないです。今回レコーディングのために久しぶりにスタジオに入って、3人で演奏してたら、演奏したり歌ったりするのは楽しいんですよ。でもいざライヴをやるとなったら、その場が自分が思ってるものと違うものになるのは目に見えてるので、その途端にやる気がなくなるっていう。たとえば誰も知らない世界で3人で演奏して、みんなが踊ったり酒飲んだりしてたら、それは素晴らしいと思いますけどね。 ーーある種の記名性が邪魔になる。 坂本:それはありますねえ。ちょっと自意識過剰かもしれないですけど(笑)。 ーーライヴではレコードとは違う期待をするでしょうからね。お客さんも。 坂本:たぶんライヴで、「期待されて期待に応える」みたいな過程の中に、自分が音楽に求めている要素が、もう、ないんだと思うんですよね。「この世界で一番あってはいけないことは、例えば観葉植物が話しかけてくること」
ーー私がゆらゆらの取材をやらせてもらったのは、ゆらゆらがメジャーに行ってすごくポップになった時期だったんですけど、その時話していただいた、ポップになった理由もすごく納得のいくものだったんで、そのあたりのことは解決されているのかと思ってました。 坂本:ああ、どうなんでしょうね。やってる時は解決してたのかもしれないけど。後期はまたちょっと違ってきたと思うし。すごく簡単にいうと、初期のお通夜みたいなライヴがあって(笑)、メジャーで出したら、普通にわーっと騒いだり暴れたりする人がライヴに来るようになって、それが当初はすごく面白かったんですよ。それがしばらくするとまた初期のお通夜に戻っていったんです。巨大な(客の人数の多い)お通夜(笑)。全員がすごい集中力で一挙手一投足を見逃さないようにしてる。一緒に歌う人がいると怒られちゃう、みたいな。踊ったりすると、静かにしろ、ぐらいの雰囲気があったり。それは、それだけ真剣に聴いてくれているということでもあるんですけど、、、、そういう感じがあったと思うんですよね。 ーーそれに違和感を感じはじめた。 坂本:それはあります。でもそれって全部自分のせいなんですけど。もちろんバンドを辞めたのは、それだけが理由じゃないですけど。 ーーとすると、坂本さんってもともとロックに向いてなかったんじゃ…(笑)。 坂本:(真顔で)それはあるんですよね…。 ーーええっ、いやいや冗談ですけど(笑) 坂本:だから…なんでしょうね…個人に向かう音楽が好きなんですよね、たぶん。みんなで一体感を求めるようなヒッピーっぽい感じとか、ハンド・イン・ハンド的な。絆とか。そういうのが昔からほんとに苦手で。でもロックでも個人に向けた音楽もいろいろあると思うんですよね。 ーーそれは今のライヴ事情だとなかなか実現しにくいかもしれませんね。みんながライヴやフェスで受けるような音楽を目指しているみたいな状況もあります。 坂本:うん…でもね、ライヴやらなきゃいけないって法律でもできたら、僕はそういう音楽やりますよ(爆笑)。今回のアルバムの曲をライヴでやっても意味がないって思ってるだけで。だからもしライヴをやらなきゃいけないんだったら、ダンスバンドとか盛り上がるような音楽をやりますよ。それはそれで嫌いじゃないですから。 ーーでも法律がなきゃやらないんでしょ(笑)。 坂本:うん、まあそうですね(笑)。 ーーライヴもやらなくなったし、音楽的にもゆらゆら時代とは変わってしまったかもしれないけど、もともと坂本さんの音楽にあった強烈な違和感や一種の気持ち悪さのようなものは、今の音楽にもちゃんと残ってますね。 坂本:うーん、そこのみかもしれないですね、こだわってるのは。激しくないから毒がないとか、鋭くないとは思わないし、自分の音楽に限らず。社会の仕組みとか法律とか、その枠の中の危険なことじゃなくて、もっと恐ろしいものを表現したいというのがあるんですよね。それはさっき言ったような、時間の流れであったり。死もそうですけど。昔読んだ本ですごく印象に残ってるんですけど、この世界で一番あってはいけない、許されないことは、殺人とかではなく、例えば観葉植物が話しかけてくることだっていうんですよ。法律よりももっとベーシックな世の中の決まり事があるじゃないですか。植物は話しかけてこない、イカは喋らない。その一線を越えてくるのは、あってはならないことだと。自分の音楽でそういう恐怖心を与えられるとすごいなと思ってるんです。大前提の約束事があって、それはふだん意識もしないしあえて見ないようにもしてるけど、そのへんを目の前に突きつけられると、やっぱり怖いし、気分悪いですよね。楽しくないかもしれないけど…。 ーー楽しくもないし、安易なカタルシスがあるわけでもない。なんとなくもやもやとした気持ちの悪さ、割り切れなさを抱えて聞くような。そんなアルバムですね。 坂本:うん、音楽の感動って、その要素はちょっと入ってると思うんですよ。 ーー割り切れない部分があるからこそ、何度も聞き返すし、繰り返しの鑑賞にも耐えうる。 坂本:そうですよね。あと、今回は特にロック好きでもなんでもない普通の小学生とか中学生に聞いてもらって「これ面白い」とか言ってもらえるほうがいいな、と思いましたね。「およげたいやきくん」みたいに普通に歌っちゃうんだけど、大人になって初めて、あれはこういう意味だったんだ、怖い曲だったんだと気づくような。そういうアルバムになってくれるといいなと思います。 (取材・文=小野島 大/撮影=金子山)
坂本慎太郎『ナマで踊ろう(通常盤)』(zelone records)


