
札幌でソロミュージシャンとして歌い続けるKAZUYA。映画出演料=呑み代だったため、いつもホロ酔い状態でインタビューに答える。
メロディはキャッチーだし、声もいい、ルックスだってかなりイケてた、地元のライブハウスを賑わせ、周りからは「きっと全国区に駆け上がっていくだろう」と期待されていた。でも、結局はメジャーデビューを果たすことなく、やがてバンドは解散してしまった。多分、そんなミュージシャンたちはごまんといるはずだ。彼らがプロデビューできなかったのは何故だろうか。時代のニーズに合っていなかったのだろうか、それとも「何が何でもプロデビューしてやる」という執念が足りなかったのだろうか。『KAZUYA 世界一売れないミュージシャン』はプロデビューすることなく地元・札幌で地道にライブ活動を続けている元PHOOLのボーカリスト・KAZUYAを1年5カ月にわたって密着取材したドキュメンタリー映画だ。インディーズシーンで勢いのあったPHOOL時代と違って、KAZUYAのソロライブにはわずか数人しか客は集まらない。月収は3万円あるかないか。実質、同棲中の彼女に食べさせてもらっているというヒモの生活。でも、51歳になったKAZUYAの弾き語りは何とも言えない味わいの境地に達している。売れることの意味、自分の好きなことを続けていく喜びと煩わしさ、そんな諸々のことをじんわりと考えさせてくれる映画である。
まず映画はKAZUYAがプロデビューできなかった理由を探っていく。KAZUYAを中心にしたPHOOLは1990年代の札幌で絶大な人気を誇っていた。確かにバンド時代の曲を聴くと耳馴染みのよいメロディとナイーヴな歌詞に惹き付けられる。札幌のファンはみんなプロデビューすることを疑っていなかったし、バンドのメンバーも東京のレコード会社から声が掛かるのを待っていた。でも、KAZUYA以外のメンバーは仕事があったため自分たちから積極的に打って出ることはせず、ライブ活動は道内に限定していた。KAZUYAが「東京に出て、勝負しようぜ」とメンバーをけしかけていたら違った状況になっていたかもしれない。カメラの「なぜ、全国ツアーに出なかったの?」という質問に対する答えがKAZUYAという人物のパーソナリティーを物語っている。「ライブは楽しいと思うよ。でも、知らない街に行くのが怖かった(苦笑)」。そうこうしているうちにバンドの人間関係がぎくしゃくするようになり解散へ。KAZUYAはソロミュージシャンとして弾き語りを続けるが、10年前にソロアルバムを1枚出したきり。どうやら、面倒臭いことは極力やりたくないという性格であることが分かる。

酒の呑み過ぎで声の調子がイマイチなこともあるが、ライブハウスで自分の曲を演奏していればご機嫌。お客の多い少ないは関係ない。
音楽の才能はあるけど、曲づくり以外では努力という言葉にまったく縁がない人間らしい。この状況を見かねたのが、本作を撮っていた田村紘三監督だ。まぁ、監督といってもこれがデビュー作で、本職は札幌の美容師で、スープカレー屋も経営している。若い頃からせっせと汗水流すことで成功を手に入れた人物である。PHOOLの大ファンだった田村監督はKAZUYAをカメラで追ううちに、自分のサポートとカメラの力で何とかKAZUYAをもう一度売り出すことはできないかと考え始める。というか仕掛けを用意しないと、ただプロデビューできなかった残念なオッサンの昔話だけで終わってしまう。そこで田村監督はKAZUYAに10年ぶりとなるアルバムの製作を持ち掛ける。完成したアルバムは音楽配信やAmazonで全国販売する。地元のラジオ番組に出演し、道内でアルバム発売記念ライブツアーも組む。腰が重く、いつも酒ばかり呑んでいるKAZUYAのケツ叩きに田村監督は懸命になる。伝説のバンドのその後を追っていた記録映画は途中からモードチェンジし、『ASAYAN』(テレビ東京系)がデビュー前後のモーニング娘。に数々の試練を仕掛けていたようなスタイルに移行していく。この『ASAYAN』もどきの演出が、思いがけずKAZUYAの素顔を浮かび上がらせていく。
結果をいうと、KAZUYAは10年ぶりとなる新アルバム『それは、ほんの始まり』をリリースするものの、日常生活に劇的な変化が訪れることはない。だが、アルバム製作の過程をカメラが追う中で、ただの酔っぱらいのオッサンにしかそれまで映っていなかったKAZUYAの葛藤やこだわりが見えてくる。KAZUYAだって人間だ。50歳をすぎた今も「売れたい」という気持ちは残っている。田村監督が元PHOOLの音楽プロデューサーの紹介で東京から連れてきた人気作詞家とのコラボレーションを受け入れる。若い頃のKAZUYAだったら「もういい、アルバムは製作中止」と言い出したはずだが、さすがにいい年齢なので大人の対応する。東京から来たプロの作詞家の実力を認め、レコーディングは順調に終える。温厚なKAZUYAの怒りが爆発したのは、アルバムに収録する曲を決めるときだ。
アルバムに収録する11曲のうち、作詞家が書いた曲は1曲だけ収録のはずだったのが、2曲に増え、さらに他のミュージシャンとの共作の曲も入ることになった。KAZUYAは自分のアルバムに3曲も他人が作った曲が入ることが許しがたかった。KAZUYAはテーブルを蹴り倒す代わりに、口を閉ざしたままメモ用紙が真っ黒になるまで「フザケルナ」と書き殴り続ける。曲の善し悪しやアルバムが売れる売れないの問題ではないのだ。自分自身が純粋に歌いたいと感じて書いた曲を歌うこと。それが北の都で、ひとりぼっちになってもずっと歌い続けてきた彼にとって、いちばん大切なことだったのだ。50歳を過ぎて定職のないダメダメなオッサンだが、KAZUYAの心はとことんピュアだ。

実家に帰省中のKAZUYA。50歳を過ぎて定職に就くことができずにいることを親に心配されているが、今さら生き方は変えられない。
この映画を撮った田村監督がどんな動機からカメラを回し始めたのか気になり、電話取材を申し込んだ。電話の向こうで田村監督は以下のように答えるのだった。
「20代の頃は美容師の修業に明け暮れ、30代はお店の経営に情熱を注いだんです。その甲斐あって、自分のお店を支店も含めて持つことができ、スープカレー屋も経営でき、趣味でドーベルマン犬のブリーダーもやってます。ところが、40歳のときに離婚を経験するなど、40代になって非常にしんどい状況に陥ってしまった。仕事もあるし、お金も稼げるようになった。でも、自分にとって幸せって何だろうと悩んだんです。そんなときに頭に思い浮かんだのが、PHOOL時代からの大ファンだったKAZUYAさん。仕事もなく、お金もないのに、すごく生き生きとしている。もうひとり、いつも楽しそうにしている人物の顔が浮かんだのが、映画監督の中川究矢さん。園子温監督の助監督をやってた人で、彼の『ドッグショー』(07)というドキュメンタリー映画に僕が出演したことで交流するようになったんです。映画監督ってお金がないと大変なはず。でも中川監督もまたすごく楽しそうに生きている。幸せとは何か、人生における成功とは何かを確かめてみたくなったんです(笑)。それで中川監督にアシストしてもらいながら、大好きなKAZUYAさんのドキュメンタリー映画を撮ることにしたんです」
約200万円掛かった映画製作費のうち「半分はKAZUYAさんの呑み代に消えてしまった」とこぼす田村監督だが、その口調はどこか楽しげだ。お金では買うことのできない幸せの在り方は評判を呼び、札幌のミニシアター・蠍座は連日満席となり、異例となるアンコール上映が組まれたほど。現在は世界各国の映画祭からも声が掛かっている状況である。そして、札幌でのヒットに気をよくしたKAZUYAは、新宿K’s cinemaでの公開にあたり、人生初となる上京をついに決意。飛行機が怖いので、田村監督に伴われてフェリーとバスを乗り継いで、東京まで舞台あいさつにやってくるそうだ。
一本のドキュメンタリーを撮ったことで、ひとりのミュージシャンの人生が大きく変わったわけではない。でも、一本のドキュメンタリーがきっかけで、ひとりの男の生き方がほんの少しだけ広がりをみせた。40歳をすぎて監督デビューを果たした田村監督も、ビジネスでの成功とは違った喜びを噛み締めているようだ。
(文=長野辰次)
『KAZUYA 世界一売れないミュージシャン』
監督・編集/田村紘三 プロデューサー/貝澤昭宏 編集・アソシエイトプロデューサー/中川究矢 ナレーション/サエキけんぞう 出演/KAZUYA、SHIBA、ワタナベマモル、梶原信幸、あさくらせいら 4月12日(土)~25日(金)新宿K’s cinemaにてレイトショー上映(イベントを多数予定)
(c)KAZUYA映画実行委員会2012
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