「『明日ママ』は放送中止すべき?」ノースポンサードの『5時に夢中!』視聴者投票で議論紛糾!

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【日刊サイゾーより】

 スポンサー企業8社のうち、3社がCMを自粛するという非常事態に追い込まれている芦田愛菜主演ドラマ『明日、ママがいない』(日本テレビ系)。23日放送の情報番組『5時に夢中!』(TOKYO MX)では、生放送中に「『明日、ママがいない』は放送中止すべき?」という視聴者投票を行った。

 結果は、「放送中止すべき」が4,458ポイント、「放送継続すべき」が6,925ポイント。視聴者からは、「過激とか、過激じゃないとかは人それぞれ。最近はそういったことに気を取られ過ぎて、ロクに面白くもないドラマばかりだった。放送中止になってしまうのは悔しい」「たとえフィクションとはいえ、今、日本に一つしかない施設を、悪い意味で取り上げる必要はなかったと思う。“ポスト”(主人公のあだ名)のことがなければ、フィクションとして考えさせられるいい作品になったのでは?」「現在、養護施設で働いています。できたらもっとフィクションっぽくするか、現実に近いものにするかにしてほしい」「はっと気づかされる点もあり、子どもたちも愛らしく、不幸な子どもを作ってはいけないと感じた。ただ、実在する団体を思わせる作り方は、傷つく人も存在する。十分に配慮していただきたい」といった声が寄せられた。

 レギュラー出演者の新潮社・出版部部長の中瀬ゆかりは、この騒動について「こんなんで放送中止になるなんて、とんでもない」と憤り、「そもそもこんなのおかしな話で、フィクションとか、小説でもそうですけども、ある現実がベースになっても、それをデフォルメしたりするのは一つの常套手段としてあるわけですよ。だってこれ、ドラマでしょ? フィクションなわけじゃないですか。それに誰かが傷つくとか文句をつけること自体、表現の自由をすごく侵害してる。例えば『オリバー・ツイスト』(孤児が主人公の有名小説)とか読んで、『これは孤児に対してひどいこと書いてる』って言うのかって。そういう残酷な面も含めての物語なんですから」とコメント。

 また、作家の岩井志麻子も……

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ダイノジ大谷がロックを語り続ける理由「こっちだっていい曲だ、バカヤローって足掻きたい」

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取材前夜は『オールナイトニッポン』の放送日だったにも関わらず、熱く語ってくれた大谷ノブ彦氏。

【リアルサウンドより】  お笑い芸人として数多くの番組・舞台に出演しつつ、ロックを軸としたポップ・ミュージックへの造詣の深さで活動の場を広げる、ダイノジの大谷ノブ彦氏。最近では人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』(水曜・第一部)のパーソナリティとして、音楽の”評論芸”やインタビューにも力を注ぐ大谷氏が、洋楽専門誌『クロスビート』誌の連載コラムをまとめた書籍『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCKLIFE』を上梓した。音楽のジャンル・嗜好が細分化する今、大谷氏が情熱的にロックを語り続ける理由とは何か。インタビュー前編では、自身のリスナー遍歴を踏まえた音楽シーン分析、音楽評論に対する考えを大いに語った。 ――今回の著書『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCKLIFE』は『クロスビート』の連載コラムが元になっていますが、連載中はどんなことを意識して執筆していましたか。 大谷ノブ彦(以下、大谷):基本的に、音楽そのものの評論とか批評は自分にはできないので、これまでの体験を通して、好きな音楽について語るだけなんですよね。ただ、読者がそこで紹介しているアーティストやエピソードを知らなくて、その音楽を聞いたことがなくても、本を読み終わったらなんとなく聴いてみたいな、と思える感じは目指しています。何を聴いていいかわからない人たちに、専門用語以外の言葉を使って、良い音楽をわかりやすくシェアするということですね。さらに、この本が音楽の評論とか批評の入り口になれば、なお嬉しいです。 ――『ロッキング・オン』などでは昔から体験談を交えた批評文を投稿するコーナーがありますが、大谷さんの文章はそのようなタイプの音楽ガイドとしても成立しているように思います。 大谷:実は僕、過去に3回くらいロッキング・オンに載っているんですよね。エレファントカシマシについて書いて。山崎洋一郎さん、兵庫慎司さん、鹿野淳さんなどが中心となって執筆していた時代はかなり読みました。 ――投稿コーナーに代表されるような「音楽を語る」文化は脈々とブログなどでも続き、最近は個人が発信する時代になってきました。 大谷:その中で、個人の感想と作品のクオリティのバランスが崩れてきている気はしますね。良い作品でも、なかなか素直に受け入れられる環境がないというか。たとえば、先日ラジオで対談した銀杏BOYZの新しいアルバム『光のなかに立っていてね』のラストには、「僕たちは世界を変えられない」という曲があって、そのイントロがスーパーで流れている音楽なんですよ。また、MGMTの「kids」という曲は、カラオケのトラックを流して、3流ポップスのパロディをやったら、バンドの代表曲になっているんですね。音楽って、そういうふうにある意味ではチープな表現をクールなものとして解釈することもできて、それはとても素敵なことだと思うんです。ただ、そういう感覚を今の中学生の男の子とかに言葉で伝えるのはすごく難しい。個人の発信が増えた分、そういった文脈の深い作品が正当に評価されにくくなっていて、表層的にわかりやすいものが受けやすくなっているというか。 ――大谷さん自身は、音楽に詳しくどっぷりハマっている人というより、音楽にハマりかけている人に語りかけようとしていると? 大谷:そうですね。僕は何度かフェスにDJとして出させてもらっていて、そこでもそういったアプローチを心がけています。邦楽のDJブースって昔と違っていろんな曲がかからないんですよ。盛り上がる曲が決まっていて、リスナーも知っている曲で盛り上がりたいという人が多い。DJはそのためのツールみたいになっていて、同じ曲を何回もかける傾向になっていく。ハイスタの「Stay Gold」何回かかるんだ?みたいな(笑)。だから、「Stay Gold」をかけるにしても、違う聴かせ方できないかとか、今のアークティックモンキーズとかをどうやって入れて、「いいじゃん」って思わせるかっていうことを考えている。でも、終わったあとは結局、Twitterで「やばかった Stay Gold」とかしか書かれないんですよ。アクモンかけたってことはだれも評価してくれない。でも、そこは足掻きたい。「こっちだっていい曲だ、バカヤロー」って言いたい。 ――それは、ラジオでリスナーと向き合う時に、大谷さんがあえて普通はかけないような曲をぶつける感じと通じますね。 大谷:罠をしかけて、かかったら「この曲もいいじゃん」って思わせたいです。たとえば僕は、twitterで時々、ジャニーズのことを音楽的に評価するんですね。そうすると、ものすごくRTされるんですよ。だから、RTを増やしたかったら、 ずっとジャニーズのことをつぶやけばいいんです。でも、それをやったら僕じゃなくなるし、逆にジャニーズの音楽を冒涜することになると思う。本当に真面目に聴いているのなら、彼らがどういうイメージでその音楽を作っているかというところまで向き合わないとだめだから。罠っていうと語弊があるかもしれないけど、どの音楽もフラットに聴いてもらって、そこから普段は聴いていない曲のかっこ良さを発見してもらえたらいいなと思います。 ――なるほど。ここからは、本のテーマにもなっている大谷さんの音楽遍歴を探ってみたいと思います。そもそも音楽にハマったきっかけは? 大谷:中3の時にバンドブームが来るんですよ。クラスのみんなBOOWYやレベッカなんかを聴いていた。で、その頃に生まれて初めて友達の家に泊まりに行って、友達にパンクロックを教えてもらったんです。純粋に「こういうやり方あるんだ!」ってびっくりしました。全然、歌うまくないし、テレビで流れてる歌謡曲の方が芸として優れているのに、すごくかっこいい。で、みんなが好きだっていってるバンドじゃなくて、自分だけのバンドがほしくなった。それが自分のパンク的な活動になると思って。だからエレファントカシマシとか群馬のROGUEとか聴いて、これみんな好きにならないだろうから俺のバンド、っていう感じで、変わったバンドが好きになっていったんです。さらに、そのアーティストたちが影響を受けた洋楽を聴くようになって、 誰かがエルヴィス・コステロのことをレコメンドしていたんですね。スーツにメガネかけて漫才師みたいな格好しているのに、パンクロックで渋かった。で、これも俺のもんだなって思って、そこから一気に、スリッツとかトーキングヘッズとかどんどん掘り始めて、もう音楽が楽しくてしょうがなくなっていった。それが高校生の時くらいですね。 ――かなり掘り下げていますね。大学時代はどうでしたか? 大谷:僕、大学で全然しゃべらなかったんですけど、唯一仲良かった2人がいて。ひとりが福岡出身でベタな博多人なんですよ。いまどきリーゼントみたいなやつで、めんたいロックとか教えてくれて。もう一人は東京の吉原が実家で、見かけはちょっとしょぼいやつなんだけど、とにかく音楽がすごく好きで。当時、彼に対して、「プリンスはあんまり好きじゃない」っていったら、すごい剣幕で怒ってきたんですよ。 ――はははは。 大谷:そこから彼は音楽の師匠という感じになっていきました。エレファントカシマシのライブもそいつと行った。僕が持っているものと彼が持っているものを交換しあうようになったりして、そのうち授業のたびに「これ聴いた?」みたいな感じになりましたね。それから、御茶ノ水のレンタル屋のジャニスに行ったり、渋谷の中古レコード屋を回ったり……。20代前半は、お笑いライブとレコードとライブ、あとは映画館。わかりやすいですね(笑)。 ――当時の自分を含めた同世代を振り返ると、ロックにしても文学にしても映画にしても、命がけといった心持ちでカルチャーに向き合っていたような気がします。90年代前半という時代性もあったのでしょうか。 大谷:あの時代の人たちは、世界を変えてやろうって気概で、楽器を持ったり、映画を撮ったり、文章を書いたりしていました。ただ、95年にオウムの事件があってからは、明らかに風潮が変わったと思います。というのも、オウムの人たちの精神性って、サブカルチャーにハマる人たちと、実はそれほど差がなかったのではないかと。彼らは世界を変える方法として、ロッキング・オンや映画ではなく、麻原を信じたことで、結果的に人殺しをしてしまった。あれ以来、カルチャーに向き合っていた人たちにとっても、今まで信じていた言葉が一気に重くなってしまいました。スチャダラさんが、 ものすごくシリアスなアルバム出したりとか、そういう風に変わっていった。ただそんな中、小沢健二だけが天使の羽つけて、すごいアホなふりをしてテレビに出て、自分を王子様とか言ったりしていました。あれは、カルチャーに煌びやかな世界を取り戻そうっていう意味合いがあって、「life is coming back」ってことなんだろうと思います。それってすごくコメディ的ですが、熱いですよね。一見バカみたいに見えるけれど、実は鋭い批評性がある。そういう人だけが時代を変えられるような気がします。 ――大谷さん自身、90年代後半から芸人として活動されていく中で、音楽との距離感はどう変わりましたか。 大谷:95年以降は1回「自分がやってきたのはオウムと同じことだった」という風になっちゃったんです。そんな中、ブラッドサースティ・ブッチャーズやイースタン・ユースが北海道のライブハウスで演っているのを観る機会があって。当時はバンドブームも終わったところだったし、ほとんど人がいなかったんですよ。でも、僕にはものすごい衝撃だったんです。90年代の後半くらいから、ギターウルフとかハイ・スタンダード、ブラフマンとかが出てきました。ストリートで洋楽のコンプレックスとは別のところで生まれているユースカルチャーが、ライブハウスで一気に生まれてきたんですね。そのうちフジロックが始まりました。 ――そこで大きな変化を感じたと。 大谷:舞台が変わった感じですね。フジロックはある種の夢みたいなものが叶っちゃったという感覚もあった。やはり1回目、2回目のフジロックの衝撃はすごかったですね。 (後編に続く) (取材=神谷弘一/編集協力=梶原綾乃)
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『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCK LIFE!』(シンコーミュージック)

■書籍情報 『ダイノジ大谷ノブ彦の 俺のROCK LIFE!』 価格:1,400円(税込み定価1,470円) 発売日:12月20日  人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』(水曜・第一部)や『Good Jobニッポン』(月〜木)のパーソナリティを務める大谷ノブ彦(漫才コンビ、ダイノジの一人)の、クロスビート誌(現在は休刊)の連載「俺のROCK LIFE!」をまとめた一冊。単行本化に当たり、大谷がロックと向き合う姿勢に迫ったインタビューや、本人による「人生の10枚」の選盤/解説なども収録。

「植えないでヘアー」KinKi Kids・堂本光一、誕生日に剛から“薄毛ネタ”を貰う

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さすがのニッキもこれには返せないレベル

 声優として初共演した映画『ラッシュ/プライドと友情』が、2月7日に公開するKinKi Kids。結成20周年を迎えた彼らは、昨年12月4日に約2年ぶりのオリジナルアルバム『L album』をリリースし、同22日~1月1日まで『KinKi Kids Concert 2013-2014「L」』を開催。1月1日が誕生日の堂本光一を、東京ドームで行われる『ジャニーズカウントダウンコンサート』でお祝いするのが恒例となっているが、元日のキンキのコンサートでも、相方の堂本剛や会場のファンから、35歳の誕生日が盛大に祝福されたという。

 当日の公演では、MCタイムになった途端にジャニーズJr.のふぉーゆーが登場し、バンドの演奏とともに「ハッピーバースデー」の歌を大合唱。その後、剛からのプレゼント贈呈となったが、その内容がファンの間で注目を集めている。

“父親候補”に名前が出なくてひと安心? 若き日の喜多嶋舞に袖にされた2人の大物俳優

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『喜多嶋舞写真集―24h』(ワニブックス)
 2005年に離婚した元光GENJIで俳優の大沢樹生と女優の喜多嶋舞の17歳の長男が、大沢の実子かどうかをめぐる出生騒動。  昨年末、「週刊女性」(主婦と生活社)でDNA鑑定の結果、長男が実子である可能性が0%であることを暴露し、今月行った会見では涙ながらにあらためて実子の可能性がないことを主張した大沢。一方の喜多嶋は「女性自身」(光文社)などで「鑑定結果はでっちあげ」「再鑑定に応じる」などと反論したが、現状、事態が進展することはなさそうだ。 「喜多嶋は再鑑定について、長男が18歳になるのを待ってから行う意向であることを主張しているが、長男は誕生日を迎えたばかりで、まだ1年ある。近々に展開があるとすれば、大沢が長男の実父が誰であるかを暴露することぐらいだが、それをやってしまえばもう“ネタ枯れ”なので、大沢も慎重に事を進めているようだ」(週刊誌記者) 実父としてこれまで名前が挙がっているのは、俳優の奥田瑛二と石田純一。双方が真っ向から否定したものの「奥田の可能性は限りなくゼロに近いようだが、石田とは頻繁に密会していたため、石田の可能性は捨て切れない」(同)というが、喜多嶋の過去の男性遍歴は文字通り“ド派手”で、結婚前には今をときめく2人の大物俳優を袖にしていたという。 「1人は歌舞伎俳優・市川中車としても活躍する香川照之。2人はVシネマシリーズ『静かなるドン』で共演していたが、94年の年明けに一部で熱愛が報じられた。2人は2ショットで会見し、あくまでも友人関係であると強調したが、目撃情報も多数あり、交際していたことは間違いなかった。もう1人は西島秀俊。西島とは95年公開の映画『さわこの恋 1000マイルも離れて』で初共演したが、前年秋に交際が発覚。喜多嶋は交際発覚後に出演したテレビ番組で結婚願望が高いことを明かすなど、かなり本気モードであることをにおわせた。過熱する報道を避けて、西島は翌年に行われた製作発表を欠席。その後、喜多嶋から別れを告げたようだが、当時、大沢との交際は継続しており、香川も西島も二股をかけられた挙げ句、袖にされてしまったようだ」(ベテラン芸能記者)  結局、喜多嶋は96年6月に約8年の交際を経て大沢とデキちゃった結婚したため、香川と西島が騒動に巻き込まれることはなかったが、2人とも騒動勃発の陰で胸をなで下ろしているに違いない。

人間発電装置!? 心臓の鼓動を利用した究極の次世代バッテリーとは?

【不思議サイト「トカナ」より】  現代を生きている私たちにとって、ガジェット類の電源の確保は非常に悩ましい問題でもある。しかし、そう遠くない将来、身の回りのガジェット類を充電するために、あなた自身が電源となる時代がやってくるのかもしれない。そんな最新の研究発表について紹介しよう。
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