
『映画業界最前線物語』(愛育社)。各映画会社ラインナップ発表会の様子、人事異動など業界紙ならではの記事から業界の息づかいが伝わってくる。
「キネマ旬報」で“ファイト・シネクラブ”を連載し、「日本映画プロフェッショナル大賞」を主催するなど独自の視点で映画業界を見つめている映画ジャーナリストの大高宏雄氏。業界紙「文化通信」で2008年4月から12年12月まで、ほぼ毎週にわたって大高氏が連載執筆したコラム「映画業界最前線」が愛育社より『映画業界最前線物語 君はこれでも映画をめざすのか』として出版された。同書に登場するのは人気俳優や有名監督たちではなく、映画宣伝マンや興行関係者といった300人近い映画業界の人々だ。彼らの息づかい、鼻息、嘆息がリアルに感じられ、映画業界の現状がひしひしと伝わってくる内容となっている。大高氏は映画業界のこの5年間の変動をどのように感じているのか? 宮崎駿監督の『風立ちぬ』以外はメガヒットが生まれなかった2013年の映画興行と共に振り返ってもらった。
──一般の人の目に触れることのない業界紙で連載されたコラムを書籍化した『映画業界最前線』。まとめて読むことで、映画業界がこの5年間で大きく変わったことが感じられます。
大高 この5年間での変動ぶりは本当に激しかったと思います。さらに、この1年でますます進んでいる状況です。もはや1年前にどの作品が当たったかなんて記憶の彼方になっています。ちなみに2012年の最大のヒット作は『BRAVE HEARTS 海猿』です(笑)。この数年間、解散した配給会社や宣伝会社も多かったけれど、大手の映画会社でも人事・組織改革がずいぶん進んでいます。『映画業界最前線物語』を通して読んでもらうことで、業界の激変ぶりが再認識できるはずです。
──2009年4月6日付けの「初日の光景激変、若い映画マンはこの現状をどう見る」は印象的です。映画の公開初日の風景の変化が映画業界の変化を象徴しているようですね。
大高 私はそう感じています。映画の公開初日といえば、かつては有楽町の日劇やスカラ座といったメイン館に映画会社のトップから営業、宣伝担当者、興行関係者らがみんな集まって、観客の入りを見届けていました。それは単に初日の観客動員数を確かめるという意味だけではなく、自分たちが関わってきた作品を観客へ送り出すことを確認する儀式の場でもあったんです。自分たちが配給宣伝した作品がちゃんとお客さんのもとへ届いているのかを自分たちの目で確かめる意味合いがありました。観客で一杯だったら喜び合い、客の入りが悪かったら自分たちの配給宣伝方法に問題があったのではないかと受け止め、そこから様々な対処法を練るわけです。今は初日に顔を出す関係者は減りましたし、来なくてもいいと言い放つ興行者も出てきました。私がこの仕事を始めた1980年代に比べ、映画業界の人間関係がとても希薄になっているように感じますね。
──映画の初日は、関係者が集まって情報交換する場でもあったそうですね。
大高 他の配給会社の作品の予告編の上映まで観て、本編が始まるとみんなで近くの喫茶店やレストランなどに移動して、そこでいろんなことを話し合ったものです。まだ若手の記者だった私もその中に加わって勉強させてもらいました。かつての映画宣伝マンや営業マンは映画に熱い意識とプロ的な考え方を持っている人が多く、とにかく面白かったですね。普段はなかなか話し掛けられない映画会社のトップにも、そういう場では気軽に話を聞くことができたんです。公開初日というのはどれだけ観客を動員できたかということ以上に、映画業界の人間にとっては特別な日でもあったわけです。
──都市型シネコンが主流となって興行形態が変わり、メイン館の意義も薄らいでいます。
大高 かつては日劇やスカラ座が満席だった、7割の入りだった……というメイン館のデータが全国興行の目安になっていました。今は新宿ピカデリーが日本最大の集客数を誇るシネコンなのですが、新宿ピカデリーをはじめ、TOHOシネマズ日劇、TOHOシネマズ渋谷といった都市型シネコンの集客が良くても地方の劇場はガラガラということがザラなんです。メイン館を覗くだけでは、その作品がお客に届いているのかどうか見極めることが非常に難しくなっている。話は全く変わりますが、最近感じることがあるんですよ。多くの人に映画に関心を持ってもらおうと私はここ数年ツイッターを通して興行情報を発信してきましたが、最近はあまりに興行面ばかり重視する風潮が広まっている気がしてならない。2013年でいえば、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』や松本人志監督の『R100』は興収結果だけに異様に話題が集中してしまった。作品を観ないで、数字だけで作品の善し悪しを判断するのはどうかと思います。映画の興収はもちろん重要ですが、作品のクオリティーは興収結果によって貶められるものではありません。私は松本人志の才能を買っており、『R100』を楽しく観ることができました。指摘すべきは、その届け方なんですね。
【2013年 年間映画興行上位作品】
1位 風立ちぬ 120億円 東宝
2位 モンスターズ・ユニバーシティ 89億6000万円 ディズニー
3位 ONE PIECE FILM Z 68億5000万円 東映
4位 レ・ミゼラブル 59億円 東宝東和
5位 テッド 42億4000万円 東宝東和
6位 ドラえもん のび太のひみつ道具博物館 39億8000万円 東宝
7位 名探偵コナン 絶海の探偵 36億3000万円 東宝
8位 真夏の方程式 33億1000万円 東宝
9位 謎解きはディナーのあとで 32億円 東宝
10位 ポケットモンスター ベストウィッシュ 神速のゲノセクト ミュウツー覚醒 31億7000万円 東宝
(文化通信社調べ)
──宮崎駿監督の引退作『風立ちぬ』に話題が終始した感のある2013年の映画興行はどのように見ていますか? 実写映画のヒット作が少ないことが気になります。
大高 2012年は『BRAVE HEARTS海猿』『テルマエ・ロマエ』『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』と興収上位3本をフジテレビ作品が独占しましたが、2013年は『風立ちぬ』『モンスターズ・ユニバーシティ』『ONE PIECE FILM Z』とアニメ作品が上位を占めています。テレビ局映画が低迷した年だと言えるでしょうね。『踊る大捜査線THE MOVIE』(98)の公開から15年。テレビ局映画は確実に一巡した感があります。第1期が終わり、テレビ局映画は新しい鉱脈を探している過渡期にあると言えるんじゃないですか。フジテレビは今後は三谷幸喜や周防正行といった個性のある監督をブランド化した作品を作っていく腹づもりのようです。フジテレビが中心になって製作した是枝裕和監督の『そして父になる』も、その一環と見ることができる。是枝監督としてはこれまでで最高の31億円を越えるヒットを記録しました。ただ、監督のブランド化といっても、メガヒットはどうでしょうか。60億〜80億円のメガヒットを狙うには、やはり『海猿』や『踊る』のようなイベント的要素の強い娯楽作でないと難しい。木村拓哉や福山雅治に続く、新しいスター俳優をテレビ局は育てられるのかということも今後のポイントになるでしょう。また、以前から指摘していることですが洋画離れが激しい。『テッド』の大ヒットが一過性で終わってしまった。邦画はまだテレビと連動させたり人気キャストを配することでアピールできますが、洋画は若い層に目を向かせることがますます難しくなっていますね。
──興収ランキングとは別に、2013年を代表する作品はありましたか?

大森立嗣監督の『ぼっちゃん』。川越スカラ座で12月27日(金)まで上映。また2014年2月からロケ地となった長野県佐久市での公開が決まっている。
大高 映画の面白さは、そこに張りめぐらされている多くのヒエラルキーをひっくり返してみせることだと私は考えています。パッと出てきた新人監督の作品が巨匠の作品より高い評価を浴びることもあるわけです。その意味合いで言うと、今年見事にそのヒエラルキーをひっくり返してみせたのは白石和彌監督です。長編2作目となる『凶悪』のヒットで、映画賞レースの先頭を走っています。もうひとり、大森立嗣監督も私は高く評価しています。真木よう子が輝いた『さよなら渓谷』もいいけれど、個人的には大森監督が『さよなら渓谷』とはまったく異なる作風の『ぼっちゃん』を同年に撮ったことを特筆したい。秋葉原無差別殺傷事件を題材にした『ぼっちゃん』は全く予測不能の作品。これまでのどの作品にも似ていない興奮がありました。大森監督はデビュー作の『ゲルマニウムの夜』(05)がかなり叩かれたけど、ようやく表舞台に立った感がありますね。白石監督は若松孝二監督のもとでキャリアを積み、大森監督は荒戸源次郎のプロデュースでデビュー。若松孝二、荒戸源次郎という2人の映画異端の遺伝子をそれぞれ受け継ぐ若い監督がメインストリームに出てきた。これがヒエラルキーの転覆でなくて何でしょう。山下敦弘監督の『もらとりあむタマ子』も素晴しい作品でした。『苦役列車』(12)を経て、山下作品は新しい表現世界に入ってきたように思いますね。映画の現場から叩き上げで這い上がってきた監督たちが実力を発揮し始めたことは、今年の日本映画界の大きな収穫です。

ロングランヒットを記録した実録犯罪映画『凶悪』。白石和彌監督は報知映画賞、新藤兼人賞などを受賞し、映画賞レースを席巻している。
──『映画業界最前線物語』の表紙を飾っているのは2013年3月に閉館した銀座シネパトス。アナログからデジタルへと映画館のシステムが切り替わった時代の象徴として表紙にしたのでしょうか?
大高 いや、私の勝手な個人的思い入れです(笑)。シネパトスもまたヒエラルキーをひっくり返してみせた存在だったんです。地下鉄の振動音などを含めた環境面から、劇場としては低く見られていたシネパトスでしたが、鈴木伸英支配人のときに3スクリーンのうちの1スクリーンを名画座として旧作の特集上映を積極的に行なったことから、評価が上がったわけです。シネパトスは映画館の夢だったのではないですか。私が発起人となって始めた「日本映画プロフェッショナル大賞」ですが、実はシネパトスのロビーにいるときに思いついた映画賞でした。当然、「日プロ大賞」もヒエラルキーをひっくり返すことが狙いです。メジャーな映画賞から漏れてしまったインディペンデント系の映画を顕彰しようという趣旨は“敗者復活戦”でもあるんです。映画の世界に憧れる若者たちは『映画業界最前線物語』を読んだ上で、「ふざけるな」と思いながらも、ぜひ業界を目指してほしいですね。業界のヒエラルキーをひっくり返すような人材を待ち望んでいますよ。
(取材・文=長野辰次)
●おおたか・ひろお
1954年静岡県浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、文化通信社に入社。92年から「日本映画プロフェッショナル大賞」を主宰。「キネマ旬報」のほか、毎日新聞で「チャートの裏側」、日本映画専門チャンネルガイドで「大高宏雄の今日の太鼓判」などを連載中。主な著書に『仁義なき映画列伝』(鹿砦社)、『映画賞を一人で作った男 日プロ大賞の18年』(愛育社)、『日本映画 逆転のシナリオ』(WAVE出版)など。
『ぼっちゃん』
真木よう子主演作『さよなら渓谷』が高い評価を得た大森立嗣監督のインディペンデント魂が炸裂した作品。秋葉原無差別殺傷事件をモチーフに派遣労働者の過酷な状況を描きながらも、観る者の予想を覆す展開をみせる。
脚本・監督/大森立嗣 出演/水澤紳吾、宇野祥平、淵上雅史、田村愛ほか 配給/アパッチ 全国順次公開中
(c)Apache Inc.
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http://www.botchan-movie.com>
『凶悪』
死刑確定囚が告白した未検挙連続殺人事件の顛末を追った実録犯罪もの。血縁も地縁も崩壊した都市郊外の風景が異様に寒々しい。
原作/新潮45編集部編『凶悪 ある死刑囚の告発』 脚本/高橋泉 監督/白石和彌 出演/山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴、白川和子、吉村実子ほか 配給/日活 R15+ 全国順次公開中
(c)2013「凶悪」製作委員会
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http://www.kyouaku.com>