
福島で被災した馬たちの行方を追った『祭の馬』。ドバイ国際映画祭のアジア・アフリカ・ドキュメンタリー部門でグランプリを受賞した。
勝つことが義務づけられた競走馬として生まれながら、負け続けることで生き残った不思議な元競走馬がいる。2007年青森県生まれの牡馬ミラーズクエストは、10年に中山競馬場でデビューするも16頭中16位に終わった。その後も負け続け、競走馬としての成績は4戦0勝、獲得賞金0円という結果だった。11年1月には地方競走馬登録を抹消され、肥育馬として福島県南相馬市の馬主のもとへと引き取られる。肥育馬とは食肉用に育てられる馬のことだ。性格的に難のあるもの、怪我をしたもの、勝ち運から見放されたもの、競走馬の多くは遅かれ早かれミラーズクエストと同じ道をたどる。同年3月、東日本大震災が起き、ミラーズクエストたちのいる厩舎も津波に呑まれた。震災を奇跡的に生き延びることができたミラーズクエストだが、今度は“被災馬”というレッテルを張られることになる。一頭の元競走馬の足取りを追ったドキュメンタリー映画『祭の馬』は、カート・ヴォネガットのSF小説『スローターハウス5』を思わせるブラックな笑いと社会風刺に満ちた内容となっている。
震災直後から南相馬市に通い続けたのは『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』(12)を撮った松林要樹監督。「テレビのニュースから省かれたものこそ、ドキュメンタリー映画にしたい」というのが松林監督の信条だ。『相馬看花』では福島第一原発から20km圏内にある自宅に一時帰宅を許された夫婦が持ち出す品物をめぐってケンカを始める様子をユーモラスに映し出していたが、今回もテレビのニュース番組では使われることがないショットがスクリーンに大写しとなる。主人公である牡馬ミラーズクエストのおちんちんが真っ赤に腫れ上がり、ずっとぶらぶらしたままなのだ。

震災を生き延びたミラーズクエスト。ほかの被災馬たちと共に、避難所となった馬事公苑でひっそりと暮らすことに。
笑いごとではない。ミラーズクエストは大津波をサバイブし、仲間の馬たちが次々と餓死していく悲惨な状況を何とか耐え凌いだものの、傷を負ったペニスが細菌感染によって肥大化してしまったのだ。神経が麻痺して、どうやら元には戻らないらしい。「同じ男として他人事とは思えなかった」と松林監督は厩舎の清掃を手伝う傍ら、ミラーズクエストをカメラで追うようになる。松林監督はミラーズクエストの大きくなった男性器を見て、福島第一原発3号機が爆発したときのキノコ雲を連想したという。スクリーン上に並ぶ、腫れ上がった馬のペニスと不気味なキノコ雲。原発事故が人間だけでなく自然界全体の生態系に大きな影響を及ぼすことを訴えた、あまりにも痛々しくブラックすぎるモンタージュを松林監督は盛り込む。
震災を生き延びたミラーズクエストたちだったが、原発から20km圏内の経済動物は殺処分するようにと県からの要請が届く。しかし、ここで馬主の田中伸一郎さんは頑なに拒否する。肥育馬として体が大きくなったら屠殺される運命にあったミラーズクエストだが、被災馬となったことから食肉にすることができなくなった。内情を知らない部外者は、食用として屠殺するのと殺処分するのにどう違いがあるのかと思ってしまうが、“馬喰”と呼ばれる職業に就く田中さんからしてみれば、それはまるで違うことなのだ。肥育馬は食べられるために生きているのであって、ただ殺されるために生きているのではない。そこには大きな違いがある。「生きているものをただ殺すわけにはいかない」という田中さんの言葉がずしんと響く。食肉産業に従事する馬主の葛藤と矜持を伝える重要なシーンとなっている。
被災馬となったことで皮肉にも生きながらえることになったミラーズクエストだが、収入の当てを絶たれた馬主の生活は苦しい。南相馬市は地元の祭「相馬野馬追」に参加する伝統行事馬として扱う特例を認めてくれた。市内の馬事公苑で、ひっそりと避難生活を送るミラーズクエストら被災馬たち。しかし、ここも彼らにとっては決して楽園ではなかった。放射性物質が含まれた草を食べないよう放牧が禁止され、狭い馬房での生活を強いられる。ストレスからか、病気で亡くなる馬が相次ぐ。そんな不健全な状況を見かねて救いの手を差し伸べてくれたのは、馬の産地として有名な北海道日高市だった。フェリーに乗ったミラーズクエストたちは北の大地へと降り立つ。草原へ放牧され、野を駆け巡る馬たちが美しい。生命力に溢れた馬たちの躍動感がスクリーンいっぱいにみなぎる。馬房の中で哀しげな表情を浮かべていた姿はそこにはなかった。北海道での伸び伸びとした生活によって、ミラーズクエストのあの腫れ上がったままだったペニスは元のサイズに戻っているではないか。馬は環境に左右される、とてもナイーブな生き物であることが分かる。

平将門の時代から続く伝統行事「相馬野馬追」。騎馬武者スタイルとなった地元の人たちによって戦国絵巻が再現される。
松林監督は、タイとビルマの国境近くで暮らす日本人未帰還兵たちを3年がかりで取材した労作『花と兵隊』(09)でデビューを果たした気骨あるドキュメンタリー作家だ。異国で亡くなった同胞たちのために未帰還兵が建てた慰霊塔の清掃を松林監督は手伝いながら、インパール作戦の撤退時に日本兵同士でのカニバリズムが行なわれた事実を本人の口から聞き出している。本作でもまた、松林監督は人間が生きるということ、自分たちが生きるために他のものを喰らうという命題に向き合うことになる。人間社会は原発や家畜も含め、様々な犠牲の上で成り立っているという事実が浮かび上がる。肥育馬が屠殺され、食肉となっている実情については、本作の公開に合わせて松林監督が執筆したノンフィクション本『馬喰』(河出書房新社)が詳しい。映画『祭の馬』に加え『馬喰』を併読することで、人間と馬との長く深いかかわり合いがより立体的に見えてくるはずだ。
北海道で元気を取り戻したミラーズクエストたちだが、やがて福島へ帰る日が訪れる。1000年にわたって続く神事「相馬野馬追」に参加するためだ。祭の馬として、彼らは生きることを許されていた。かつては野生馬を捕らえ、神に捧げていた「相馬野馬追」は、南相馬市を代表する伝統行事だ。震災の起きた2011年も規模こそ縮小したが、例年通り7月に行なわれた。地元の人たちにとっては心躍るハレの場だが、祭が終わると共に祭の馬たちはその役割を無事に果たしたことになる。例年通りなら、祭を終えた馬たちは屠殺業者の手に渡ることになる。ここまで生き延びてきたミラーズクエストは一体どうなるのか……。
人間の都合によって、二転三転するミラーズクエストの運命。彼の大きな瞳には、果たして何が映っているのだろうか?
(文=長野辰次)
『祭の馬』
監督・撮影・編集/松林要樹 プロデューサー/橋本佳子 製作/3JoMa Film、ドキュメンタリージャパン、東風
配給/東風 12月14日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
(c)2013記録映画『祭の馬』製作委員会
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■松林要樹監督の新著『馬喰(ばくろう)』が河出書房新社より発売中。ドキュメンタリー映画『祭の馬』のメイキングエピソードに留まらず、さらに福岡の屠場を取材するなど知られざる馬肉産業の実情を掘り下げている。また、『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』では被災地に救援物資を届けることで被災所で暮らす人たちと友好関係を結んだ松林監督だが、震災から一定の時間が経過し、復興過程中にある被災地の人間関係に戸惑う様子も盛り込まれている。本著を読んでから『祭の馬』を観ると、草原を駆ける馬たちの躍動感がより目に染みるはずだ。1680円。