先に言えよ!
今日は私の調査車両のマル秘装備を試す日である。
待つこと4時間、対象者がアパートから出てきた。
対象者が車に乗り込み発進する。
11月25日、毎年恒例の『NHK紅白歌合戦』の出場歌手が発表された。64回目となる今年は、紅組、白組合わせて計51組が出場。T.M.Revolution、水樹奈々の出場も決定し、アニメファンとしては2人が歌う『革命機ヴァルヴレイヴ』主題歌のコラボに大きな期待が寄せられるが、それ以上に誰もが驚きを隠せなかったのがLinked Horizon(以下、リンホラ)の出場だろう。 リンホラといえば、今年4月から放送された大ヒット作『進撃の巨人』のオープニングテーマを担当したアーティストであり、前後期オープニングテーマを収録したマキシシングル『自由への進撃』(ポニーキャニオン)も20万枚以上の売り上げ枚数を記録。今年一年どころか、『けいおん!』『らき☆すた』『涼宮ハルヒ』『Angel Beats!』など並み居る強豪を押しのけ、2000年代以降最大のヒットアニソンの座を手に入れてしまった。 しかし、ほとんど音楽番組やメディアへの露出がなく、「リンホラって何者?」という人も少なくはないだろう。そこで、今回は謎だらけの紅白歌手・リンホラの歴史を、簡単に振り返ってみよう。 ■同人音楽黎明期から活動していたSound Horizon 公式サイトによると、リンホラとは「作詞・作曲・編曲の全てを手がけるサウンドクリエーターRevoが、他作品とのコラボレーションで音楽活動をする際のプロジェクト名」と紹介されている。つまり、Revoこそがリンホラ唯一の中心メンバーであり、普段は自身が主催するプロジェクト「Sound Horizon(以下、サンホラ)」のメンバーとして活動している。つまり、サンホラこそがリンホラの母体であり、そのルーツである。そして、サンホラの活動をたどると、1990年代後半までさかのぼることになる。 インターネットが普及し始めた90年代後半ごろに個人ウェブサイトを立ち上げたRevoは、オリジナル楽曲をアップ開始。この頃公開されていた楽曲は、MIDI音源によるインストゥルメンタル曲のみであった。その後、2001年末に同人音楽サークル「サンホラ」が発足。オリジナルのインストゥルメンタル曲を集めたCD「Chronicle」を同人誌即売イベント・コミックマーケット61で頒布する(この際に委託を依頼したのが、現在に至るまでサンホラのイラストを手掛けるyokoyan氏のサークルである)。こうして第1期サンホラはスタートする。 CD「Chronicle」は、北欧神話やファンタジーRPGのような世界観の物語を、音楽で表現する「Story CD」と銘打たれており、「物語を音楽で描く」という、サンホラの基本コンセプトはこの時点ですでに確立されていた。 その後、女性ボーカル・Aramaryとの2人体制で同人CDを5枚制作した後、04年にベルウッド・レコードよりアルバム『Elysion ~楽園への前奏曲~』でメジャーデビューする。この時期に、女性ボーカリストと男性ボーカリストによる歌とセリフの掛け合い、語りによるシアトリカルなスタイルが確立した。 ■第2期スタート、そしてリンホラへ 05年には、サンホラの活動と並行して、漫画作品『リヴァイアサン』のイメージアルバム『リヴァイアサン 終末を告げし獣』をRevo名義で発表するなど、オタク業界に非常に近い立ち位置で音楽活動を展開。そして06年に、サンホラは大きな転換を迎える。Aramaryが活動の方向性の違いを理由に脱退すると、サンホラはRevoを中心としたプロジェクトとして、第2期の始動を宣言。楽曲ごとに異なるボーカリストを迎えるという、現在の活動スタイルにシフトするようになる。 そして、満を持してリリースされたアルバム『Roman』では、女性ボーカリスト4名、男性ボーカリスト1名を迎えたほか、Revo自身もメインボーカルに初挑戦。さらに、ミュージシャンも計70名が参加するという超大作となった。もともとハードロック、プログレ志向の強かったサンホラではあるが、本作ではよりその傾向を強め、楽曲、歌詞、ストーリーなどが複雑に絡み合ったハイブリッドなサウンドを構築。この時期、サンホラの楽曲をベースにした漫画も、ウルトラジャンプ(集英社)にてスタートした。 08年にリリースされたアルバム『Moira』(同)では、ゲストボーカルに宇都宮隆や岩崎良美を迎え、ギリシア神話をベースにした物語を描いた。本作は、オリコンアルバムデイリーチャートにて初の1位を記録。サンホラ最初のブレーク作となった。 10年には「初音ミク」のほか、鈴木結女、マーティ・フリードマン、YUKI(ex:Λucifer)、淳士(ex:SHIAM SHADE)らそうそうたるミュージシャンを迎えたアルバム『Märchen』を発表した後、12年にRevoはレコード会社をポニーキャニオンに移籍。同時に、リンホラとしての活動を開始した。メンバーはサンホラ同様Revoを中心に、楽曲に合わせて参加ミュージシャンを構成するという形式をとっている。その活動第1弾として、ニンテンドー3DS用ゲーム『ブレイブリーデフォルト』の楽曲制作と、そのサウンドをベースに歌モノとして再構築した楽曲を収録したシングル、アルバムをリリース。翌13年にはRevo自身がボーカルを担当する『自由への進撃』をリリースし、大ヒットを記録したのは先述の通りである。 10月19日には、サンホラとしては3年ぶりの音源として、シングル「ハロウィンと夜の物語」をリリース。歌詞の中に、新たなアルバムの物語を予感させる文言が含まれており、さらなる活動に期待がかかっている。 ■大みそかは日本全国で「イェーガー!」コールが巻き起こる? 以上が、簡単ながらリンホラおよび、サンホラの歴史である。物語と歌が融合した特異なスタイルや、ハードロック、プログレッシブロック、ポップスなどの音楽ジャンルどころか、常識の枠にとらわれない参加アーティストのラインナップ。オペラを思わせる迫力のライブパフォーマンスなど、掘り下げたいトピックはまだまだある。しかし、ちょっとした紹介記事で彼らを語るには、あまりにも文字数が足らなすぎるのである。それほどにRevoの生み出す作品群は奥深く、さまざまなフックが存在しているのだ。 いずれにせよ、間違いなくいえるのは、リンホラの紅白出場は同人音楽出身のミュージシャンが国民的音楽番組(いまやこの肩書きも有名無実化しつつあるが……)に認められたという歴史的な事件である、ということだ。そんな彼らのパフォーマンスは、日本全国のお茶の間にどう受け入れられるのだろうか? それは12月31日に明らかとなる!Linked Horizon 公式サイトより
東方神起「Very Merry Xmas」(avex trax)
大みそかの『NHK紅白歌合戦』で、昨年に続き今年も“出場枠ゼロ”だったK-POP勢。おととしは、KARAと少女時代が初出場、東方神起が3回目の出場を果たしたが、昨年は日本国内の反韓ムードが加熱したこともあってか、K-POPアーティストの出場が見送られた。
「竹島問題を境に、K-POPはすっかり民放キー局や紅白に見放されてしまった。今年6月、KARAの一人がドラマ『ガリレオ』(フジテレビ系)に数秒間だけ出演しましたが、それだけで視聴者から批判が殺到したほどですから、仕方ないでしょう。
すでに知名度のあるグループはまだいいものの、昨年以降に日本デビューしたグループは、アピールする場が限られ、プロモーションに難航している。そこで最近は、露出の場を、CSチャンネルや、ローカル局に求めるようになったそうです」(芸能ライター)
民放局から総スカンを食らい、ローカル局に駆け込んだK-POPアーティストたち。中でも、ファンから“韓流御用達テレビ局”として認識されているのが、東京ローカル局のTOKYO MX。同局では現在……
【不思議サイト「トカナ」より】
私は、ルドルフ・グライナーです。日本と世界を研究するドイツ人です、私は日本と世界の違いやドイツと日本の違いを研究しています。
イスラム教には、私たちクリスチャンや、日本人には馴染みのない戒律が存在します。戒律というのは、「神の言い伝え」という意味ですが、一方で「生活を守るための習慣」という意味もあります。
宗教上の戒律は、基本的に生活習慣に根付いたものであることが多く、「病気=神の怒り」を防ぐために存在している場合があります。
■戒律の裏にある理由
イスラムの戒律で有名なものに「豚を食べてはいけない」がありますが、これは、かつてイスラム圏で、豚を食べて食中毒になった歴史があったからです。
『だんくぼ・彩』(テレビ朝日系)公式サイトより
テレビ朝日系バラエティー番組『だんくぼ・彩』で共演中のオアシズ・大久保佳代子と壇蜜。一部で確執を報じられた2人が、『VOGUE JAPAN Women of the Year 2013』授賞式に登場した。「収録スケジュールをなかなか出さない壇蜜に、大久保がキレた」という報道後、それぞれ出演したイベントで、互いに不仲説に対する否定コメントをしていたが、2人揃ってマスコミの前に現れるのは、これが初めてだった。
当日は囲み会見も用意され、主催側もそこをイジっておいしくしてもらおうという意向があったようだが、その思惑とは裏腹に、「確執報道に触れる記者は1人も出ず、寒~い雰囲気で会見が終わってしまった」(プロダクション関係者)という。
11月初めに発売された「週刊文春」(文藝春秋)で、“離婚協議中”と報じられた神田うのと、パチンコ関連企業「日拓グループ」の西村拓郎社長が、「文春」発売直後に、2人で銀座8丁目のクラブ「K」で目撃されていた。2人の様子を見ていたクラブ関係者によると「ラブラブで、とても離婚するように見えなかった」という。ただ、気になったのは「西村氏が『俺がすべて悪いんだ』とポツリと言っていた」ことだという。 うのと西村氏は2007年に結婚。“セレブ婚”として注目されたが、結婚後も西村氏の女遊びはやまず、たびたび離婚危機がささやかれてきた。一昨年、2人の間に女の子が生まれるや、ピタッと夜遊びをやめていたが、この夏頃からは、再び六本木や銀座のクラブで頻繁に目撃されるようになったそうだ。夜遊び復活がケンカの原因かはわからないが、夫婦ゲンカの末に、うのは両親が住む港区の実家に子どもを連れて戻り、半別居状態に。 この頃から、うののブログにも異変が見え始めたという。西村氏のことをうのはブログで「ハニーちゃん」と呼んでいたのが、やがて“パパ”になり、最近は“主人”という味気ない呼び名に変わったことで、夫婦関係が冷め、離婚危機に陥っているのではないかと「文春」に報じられたのだ。 しかし、前述の通り、「文春」報道後に2人は仲むつまじい姿を目撃されている。報道を受けて、離婚危機を否定するために人前で仮面夫婦を装ったという見方もあるが、西村氏と親しいクラブ関係者は「クラブに一緒に来るくらいだから、うのもクラブ遊びは認めている。ところが、一緒に飲みに連れて歩く相手が、うのにとっては我慢がならなかったかもしれませんよ」という。 西村氏が飲みに連れて歩く相手とは、松方弘樹の次男で、売れない俳優の仁科克基。昨年10月に女優の多岐川華子と離婚する前から、西村氏は仁科を連れて銀座を飲み歩いていた。ところが、最近は西村氏と仁科が一緒のところを目撃されていない。仁科を知るクラブ関係者は「仁科は酒乱というか、酒グセが悪いんです。酔うとホステスのストッキングを破ったり、乱暴を働く。西村氏に『仁科は連れてこないでくれ』とお願いしたこともあります」と語る。 仁科の行為は、特にパンストで財を成したうのには許せなかったのかもしれない。だが、最近になって西村氏が酒乱気味の仁科と手を切ったことで、夫婦関係は修復したようだ。2人一緒に銀座のクラブに遊びに来たということは、雨降って地が固まったのかもしれない。 (文=本多圭)『ミセスUNO』(ベストセラーズ)
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