
「女による女のためのR-18文学賞」作品の映画化シリーズの第2弾『ジェリー・フィッシュ』。主演の大谷澪と花井瑠美が新鮮な魅力を放つ。
海の中をフワフワと浮遊するクラゲたちの群れは、忘却の彼方にある記憶を思い起こさせる。その昔、人間の先祖はまだ水溜まりの中で暮らす小さな原生動物であり、無性生殖によって仲間を増やしていた。つまらないモラルもなく、男女の性別もなく、とてもシンプルで美しい生き物だった。修学旅行先の水族館で水槽いっぱいに群生するクラゲに見とれていた夕紀は、同級生の叶子に声を掛けられてハッとする。2人が口を利くのは初めてだったが、静かな水槽の前でじっとクラゲの群れを並んで見つめた。ひんやりとした海底に2人きりでいるような気分だった。いつの間にか手を繋いでいた2人は口づけを交わして、その場を離れた。それは夕紀にとって生涯忘れられない恋の始まりだった。映画『ジェリー・フィッシュ』は、女子高生2人の甘く危険な恋愛の始まりから破局まで、その短くて掴みどころのないフワフワした一生を描いた官能ドラマだ。今なおカルト的な人気を博している『1999年の夏休み』(88)の金子修介監督が少女たちの繊細な世界を美しく幻想的に撮り上げている。
高校生の夕紀(大谷澪)はクラスの中で浮いており、いつもひとりぼっちで図書館で過ごしていた。そんな夕紀の孤独な姿が、友達に囲まれている人気者の叶子(花井瑠美)には風変わりで新鮮に映った。修学旅行から帰ってきて、学校内で夕紀と叶子が会話を交わすことはなかったが、放課後のバス停で2人は人目を忍んで口づけを重ね続けた。女の子同士の口づけはとても柔らかくて気持ちよくて、まるで2人は元々は一体のクラゲだったかのようだ。やがて叶子は夕紀の部屋に遊びに来るようになり、2人はベッドの上で戯れる。好奇心旺盛な叶子はお互いの首を締め合うというプチSMプレイを提案する。叶子に嫌われたくなくて、夕紀はそのプレイを受け入れる。少女たちは性の概念が希薄なだけでなく、生と死の分別もまだ曖昧だった。酸欠状態で気を失った夕紀は、海を浮遊するクラゲたちの一部になっていた。

積極的な性格の叶子(花井瑠美)からのアプローチを、夕紀(大谷澪)は戸惑いながらも受け入れる。孤独から解放されたのが何よりうれしい。
『ジェリー・フィッシュ』に主演したのは、オーディションで選ばれた2人の若手女優。夕紀役の大谷澪はミスマガジン2008審査員特別賞受賞をきっかけに芸能デビュー。朝ドラ『カーネーション』や橋本愛主演のホラー映画『アバター』(11)などの出演歴があるが、本作が初主演作。ショートヘアが印象的な叶子を演じたのは花井瑠美。3歳から21歳まで新体操の選手として活躍し、日本代表にも選ばれた元アスリート。本作がまったくの演技初挑戦だった。オーディションでは演技キャリアのある大谷が先に決まり、大谷が他のオーディション参加者たちと次々とキスシーンを演じることで、大谷との相性の良さから花井が選ばれたそうだ。それほど金子監督の目には、大谷と花井のキスし合う姿がとても自然なものに映ったらしい。「役者という仕事をやっていく上で、裸になるということも通るべき道のひとつ」と大谷が言えば、「根性と度胸だけで、今まで生きてきた」と花井も応える。思い切りのいい主演女優2人の脱ぎっぷりから目が離せない。大谷と花井の鮮烈なベッドシーンを見て、金子監督は『デスノート』(06)や『ガメラ 大怪獣空中決戦』(95)などのヒットメーカーである前に、日活ロマンポルノ出身だったことを思い出した。
人気監督ほど、作品の中に監督自身の性的嗜好性や死生観が色濃くにじみ出てくる。宮崎駿監督作品に登場する少女たちは重力や社会常識に縛られない軽やかな魅力を放つが、大人になるとはかなげで色褪せた存在になっていく。北野武監督は自分の中に巣食う破滅願望を作品として吐き出すことで、自分の内面を浄化している。三池崇史監督の作品には必ずといっていいほど緊縛シーンが登場する。イマジネーション豊かなサディストであり、同時に貪欲なマゾヒストでもある。園子温監督は露出狂だ。自分が脱ぐ代わりに女優たちを裸にしてしまう。映像作家というよりは職人的立場にある金子監督だが、やはり作品の中からはある種の匂いが立ち込めている。それは美少女たちをフィギュア的に愛でる視線だ。『1999年の夏休み』で思春期の少年を演じた深津絵里、『ウルトラマンマックス』(TBS系)で表情のないアンドロイドを演じた満島ひかりをはじめ、金子作品のヒロインたちは命を与えられたばかりのフィギュアのような初々しい魅力を漂わせている。『ジェリー・フィッシュ』に主演した大谷も花井も、金子作品の正統的なヒロインの系譜にある。

叶子はクラスきっての人気者。「夕紀のことがいちばん好き」と言いながら、男子とも付き合ってしまう。二股掛けられた夕紀は大ショック!
原作小説にはないが、金子監督は劇中でウィリアム・ワイラー監督の『噂の二人』(61)を引用する。オードリー・ヘップバーンとシャーリー・マクレーンが共演した『噂の二人』は寄宿舎で暮らす2人の女性教師にレズビアン疑惑が向けられ、日陰ものへと追いやられる悲劇だ。女性教師たちは美し過ぎるがゆえに、社会からその存在を抹消されてしまう。ウィリアム・ワイラー監督は『ローマの休日』(53)や『ベン・ハー』(59)など映画史に残る名作を残した巨匠中の巨匠だが、『噂の二人』と共に『コレクター』(65)も忘れがたい。『コレクター』の内気な主人公フレディーはお気に入りの美大生にクロロホルムを嗅がせて、自宅の地下室に監禁してしまう。そして彼は美しい昆虫標本を愛でるように、美大生にありったけの愛情を注ぐ。『コレクター』を観ていると、映画監督という仕事も新種の美しい女性を見つけて、その可憐さを映像として記録することではないのか、そんな気がする。背徳的なものを感じさせるが、そんな映画にこそ危うい魅力が込められている。
ひとりの少女が同性に抱いた恋愛感情は一体どのような一生を終えるのだろうか。夕紀が水槽の中のクラゲに夢中になり、フレディーが蝶の標本を愛でたように、我々もまたスクリーン越しに息を潜めて、この不安定な恋愛の行方を見つめるしかない。
(文=長野辰次)
R18文学賞VOL.2『ジェリー・フィッシュ』
原作/雛倉さりえ 脚本/高橋美幸 監督/金子修介 出演/大谷澪、花井瑠美、川田広樹、川村亮介、奥菜恵、秋本奈緒美、竹中直人
R18 配給/よしもとクリエイティブ・エージェンシー 8月31日よりシネマート六本木ほか全国順次公開中
(c)2013「ジェリー・フィッシュ」製作委員会
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http://www.r18-jellyfish.com>
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