【鬼畜】悪行だらけの佐々木秀之

佐々木秀之の第二回公判が東京地裁(刑事第9部・419号法廷)で11日に行われた。

罪名は私印偽造、偽造私印使用、詐欺罪に加え、電子計算機使用詐欺と肩書き豊富だな。

傍聴人は探偵ファイルを見て来た男性1名と他7名程。

乳首を洗濯バサミで挟んでみたらすごい痛かった

先日探偵女学院で更新されていた「洗濯バサミビーチク相撲」
その痛がる様子があまりにも滑稽だったため、ちょっと試してみようなんて考えたのが間違いだった。

痛さのあまり本気涙目になっていたえりす

チャン・グンソク、ガールズバーで「イケメンすぎて」入店拒否に!?

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イケメン認定されちゃった♪

 歌舞伎町のさくら通りにあるガールズバー「ギラギラガールズ」。セクシーな水着姿での接客やショータイムが人気のガールズバーの草分け的存在だが、チャン・グンソクが同店で入店拒否に遭っていたという。

 これまでにも歌舞伎町のラーメン屋でRain(ピ)と共にラーメンをすする姿や、焼肉店を出たところでファンに取り囲まれた現場などが週刊誌にキャッチされているグンソク。

「もっと長いセリフを……!」TBS『半沢直樹』堺雅人の飽くなき要求に脚本家困惑中!?

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TBS 日曜劇場『半沢直樹』公式サイトより

【日刊サイゾーより】

 各局、軒並み高視聴率が続出している今年の夏ドラ。その中でも圧倒的な人気で牽引しているのは、直木賞作家・池井戸潤氏の小説をドラマ化した堺雅人主演の『半沢直樹』(TBS系)だ。初回でいきなり19.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)をマークし、3連休の中日という悪条件の中で放送された2話で21.8%という今クールの民放連ドラの最高視聴率を記録した。

「もちろん、脚本が面白いというのは言うまでもないですが、やっぱり堺さんの演技力でしょうね。あの演技に、視聴者は惹きつけられるんでしょう。昨年のドラマ『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)の時からまくし立てる系の役が続いていますが、嫌みもなくやれているのは、堺さんだからだと思いますよ」(テレビ局関係者)

 その『リーガル・ハイ』も、10月から待望の続編がスタートする。

「実は、堺さんは前作の途中から……

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メジャーとインディーが拮抗した奇跡の年を活写 映画スター・金子正次が輝いた『竜二漂泊1983』

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谷岡雅樹著『竜二漂泊1983 この窓からぁ、なんにも見えねえなあ』(三一書房)
 俳優・金子正次を覚えているだろうか? 1983年10月29日に初主演映画『竜二』が劇場公開され、主人公であるヤクザ者の竜二を演じた金子正次はスクリーンの中で生まれたてのスターとして眩しい輝きを放っていた。『竜二』を観た誰もが松田優作に続くニュースター・金子正次がこれから映画界で大活躍する姿を夢想して興奮した。しかし、多くの観客が脳裏に思い描いたその夢は叶うことはなかった。『竜二』公開直後の11月7日に金子正次は胃ガンのために33歳の若さでこの世を去る。流れ星のように瞬間的な輝きを残して時代を駆け抜けていったスターだった。『竜二漂泊1983 この窓からぁ、なんにも見えねえなあ』(三一書房)は映画評論家・谷岡雅樹氏が公開から30年を迎えた映画『竜二』の色褪せぬ魅力と金子正次がほんの短い期間だがスターとして輝いた“1983年”という時代の特殊性について、400ページ以上にわたって言及した渾身の映画評論となっている。  『竜二』は小市民としてのささやかな幸せにすがりながら生きていくことのできない哀しい男の物語だ。竜二(金子正次)は新宿一帯で顔を利かせているヤクザ者で、舎弟の直(桜金造)とひろし(北公次)に闇ルーレット場を任せ、すこぶる羽振りがいい。だが、冷酷なヤクザにはなりきれない心根の優しさがどこかに漂う。妻のまり子(永島暎子)と幼い娘・あや(金子桃)のために足を洗うことを竜二は決意。カタギの人間として毎月給料をもらう地道な生活を送り始める。竜二が狭いアパートで幸せな日々を噛み締める一方、ヤクザ時代の仲間・柴田(菊地健二)がシャブ中毒で命を落とし、直もシャブに手を出して身を崩していく。だが、竜二は自分の家庭を守ることが精一杯でどうすることもできない。『竜二』のラストシーンは日本映画史に残る名場面だ。仕事を終えた竜二がアパートへ帰ろうとすると、商店街のバーゲンセールの行列に並んでいるまり子とあやの姿が目に入る。慎ましい生活を守るためにバーゲンに並ぶ妻と娘を見てしまった竜二は、無言のまま自分が帰るべきアパートとは逆方向へと足を向けてしまう──。  『竜二』の公開当時、このラストシーンは「小市民になれなかった竜二はヤクザ社会へ戻っていく」と受け止められていた。だが、『竜二漂泊1983』の著者・谷岡氏は「そうではない」と断言する。竜二は一般市民にもヤクザにも、どちらにもなれなかった男なのだと。何者にもなれなかった男の物語ゆえに、今なお谷岡氏は猛烈に心を揺さぶられ続けている。谷岡氏は大学浪人中に『竜二』に出会った。谷岡氏もまた、何者かになりたくて地元・北海道から出ていく。大学には進学せず、映画の世界にのめり込み、大阪、そして東京でレンタルビデオ店などに勤め、さらにVシネマ評論家として執筆活動を開始する。『竜二』の劣化コピーのような作品が粗製濫造されるVシネマを評論する行為を「好きで嫌いで、たまらない」と毒づきながらも、評論活動を続けている。竜二がヤクザにも小市民にもなれなかったように、映画評論家や映画ライターという職種の人間もまた、映画屋にも作家にもなれずにいる人々だ。谷岡氏は初めての著書『Vシネマ魂』(四谷ラウンド)を自身が監督となって映画化しようと奔走するが、映画版『Vシネマ魂』は思うような形には完成せず、谷岡氏は体を壊し、映画製作に協力した仲間たちは去っていく。谷岡氏は金子正次になろうとして、失敗した。そして、命を散らす代わりに『竜二漂泊1983』を書き上げたのだ。  『竜二』が公開された1983年はメジャーとインディーズが拮抗して火花を散らし合った奇跡的な年だったと谷岡氏は振り返る。1980年代前半、日本映画は確実に衰退の道へ向かっていたが、大島渚や深作欣二ら巨匠たちは円熟の境地に達し、その一方では森田芳光が『家族ゲーム』(83)で頭角を現わし、後に『おくりびと』(08)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞する滝田洋二郎ら若手監督たちがピンク映画から一般映画へ進出してくる。石井聰亙(現在は石井岳龍)、長谷川和彦、高橋伴明、相米慎二、井筒和幸、池田敏春ら気鋭の監督たちが「ディレクターズ・カンパニー」を立ち上げたのもこの時期だ。そして、低予算自主映画として完成した『竜二』は都内の名画座支配人たちに後押しされ、東映セントラル配給で全国公開される。面白いもの、本物を作りさえすれば、インディーズだろうがメジャー作品と同じように評価されると信じられていた時代だった。だが、やがてその熱気はバブルの騒乱の中へと取り込まれていく。  金子正次は同年生まれのスター・松田優作の背中をずっと追い続け、ほんの一瞬だけ『竜二』の成功によって肩を並べることができた。そして、金子の死を病室で看取った松田も6年後には帰らぬ人となる。ハリウッド進出作『ブラック・レイン』(89)が大ヒットしている最中の訃報だった。金子も松田も病気を隠して映画に出演し、命と引き換えにスクリーンの中で輝きを放った。2人の命日は奇しくも同じ11月6日だ。金子とは劇団仲間で、柴田役を演じた菊地健二も87年に亡くなっている。『竜二』、そして『竜二』の舞台裏をドラマ化した『竜二フォーエバー』(02)に出演した松田優作の付き人・前田哲朗も、舎弟・ひろしを演じた北公次も亡くなった。谷岡氏はさらに書き綴る。『竜二』以前、それまでの任侠映画から実録ヤクザ路線への舵を切った深作欣二は『バトル・ロワイアルII』(03)の撮影中に息を引き取った。深作とのコンビで知られる脚本家・神波史男は谷岡氏に文筆活動のきっかけを与えてくれたが、その恩人ももういない。みんな、映画という魔物に魅入られ、映画を輝かせるために自分の命を削って散っていった殉職者たちだ。『竜二漂泊1983』はエンターテイメントの世界に身を投じ、そのまま彼岸へと渡ってしまった人々の名前を刻んだ紙の墓標でもある。  『竜二』公開時の熱気を知る世代にとって、今の日本映画界は荒涼とした砂漠のように感じられる。劇中で竜二が呟く台詞、「この窓からぁ、なんにも見えねえなあ」という状況ではないか。もっぱらテレビ局が主導する「製作委員会方式」は映画が失敗しても誰もリスクを負わずに済むように生み出されたシステムだ。製作サイドがリスクを負うことはないが、観客の心に強烈な爪痕を残すこともない作品が次々と作られていく。『竜二漂泊1983』を読みながら、もう一度夢想してみる。もしも金子正次がその後も生きていたら、日本映画の風景は変わっていただろうか。テレビ局主導映画に背を向けて、インディーズ映画を作り続けただろうか。それともボロボロになりながらメジャーシーンで格闘を続けただろうか。  『竜二』で監督デビューを果たし、金子正次が亡くなった後も金子が残した脚本を原案にした『チ・ン・ピ・ラ』(84)を撮り上げて人気監督となった川島透だが、『押繪と旅をする男』(94)を最後に新作映画を撮っていない。だが、川島は金子が脚本を書き残して映像化されずにある『盆踊り』の映画化を諦めていないという。『竜二』をめぐる伝説はまだ終わってはいない。 (文=長野辰次)

嵐やAKBの歌は、なぜユニゾンばかり? ハーモニーを忘れたJ-POPに必要なモノ

【リアルサウンドより】  ソニーがJ-POPを殺した――そんな過激な見出しで、音楽業界のタブーに切り込んで話題を呼んだ『誰がJ-POPを救えるか? マスコミが語れない業界盛衰期』(朝日新聞出版)の著者・麻生香太郎氏が、音楽業界の抱える問題点を語る集中連載第3回。 【第1回目】「大手マスコミと芸能界を結ぶ「太い利権」が、ジャーナリズムを殺した」 【第2回目】「『レコ大』審査員は利権まみれ! 日本の音楽評論家が信用できないワケ」

雑誌の売れ行きが低迷する一方で、テレビ離れも進んでいます。

 かつて人気を博した音楽番組も、次々に終わってしまいましたね。今やっている番組も、どうにも惜しいと感じます。フジテレビの音楽番組プロデューサー・きくち伸さんが生演奏にこだわる『僕らの音楽』(フジテレビ)はとってもいい番組だと思うけれど、ヒット曲のない新人は出られないでしょう。やはり、新人がどんどん出演できる番組がないと、音楽シーンの活性化にはつながらない。今、若者は誰もテレビの歌番組を見ていないと思いますよ。逆に定年層は毎日、テレビ浸りの生活だそうです。カネを使わずに楽しめる娯楽はテレビしかない。「こんな曲、あったね」と懐かしがって観てくれるほうがいいので、作り手もそれに合わせる形態を志向するようにどんどん悪循環してしまっている。中途半端にトシとった昔のアイドルを若い世代は見ても意味がわからない。こうやってどんどん負のスパイラルに陥っている。
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Illustration:やべねこ

 新人の場合、必ずタイアップを何か付けてプロモーションをするのですが、CDの売上はたいして見込めない現実があります。だからもう、著作権(録音使用料)はフリーにしてしまって、無料でダウンロードできるようにしたほうがいいと思います。そして、カラオケなどの演奏使用料(二次使用料)や、ライブ、グッズ販売で回収すればいい。というか、そうするしかないし、既にそうなっている。

CDが売れなくなっていること自体には、ネットの普及やユーザーの視聴パターンの変化などの要因も大きいと思われますが、アーティスト側にも何か要因はあるのでしょうか?

 今、MTVで日本の新人を見ていても、"突き刺さらない"じゃないですか。歌詞にしてもなんにしても。先日、男女2人が主演を務める韓国のミュージカルを観て、彼らの歌のうまさに驚いたのですが、韓流のファンに聞くと、人気のあるアーティストではないのだそうです。「知名度が低くても、これだけうまいのか」と、つい考えこんでしまいました。日本は1945年終戦のときから60何年もずっと、道を間違えていたのか――と。  アイドル歌謡がスタートしたのは、CBSソニーが1968年にできて、作家がフリーランス制になった70年代。自由な彼らは、当時のアメリカン・ポップスに、口語の現代的な歌詞をくっつけてアイドル歌謡というジャンルを成立させました。この辺は『誰がJ-POPを救えるか?』に書いた通りです。ただ、そのエポックメイキングな音楽潮流が変化する大事なときに、われわれは、日本には演歌歌手という「歌のうまい人の文化」があったがために、アイドル歌謡に関して「かわいければ、いいんじゃない?」という国民的な了承をしてしまった。あそこが運命の分かれ目で、歌のうまさには目をつぶってルックスを優先させる戦後J-POP史が延々と続いてきたわけですね。韓国なんかはシビアですよね。歌が下手だったら、"歌手"にはなれません。ブーイングが飛んできます。だが、日本でブーイングを聴いたことがない。  この状況を打破するには、ちゃんとした耳の肥えたファン(ユーザー)を今からでも育てなければいけない。例えば、小学校の音楽の授業において、声楽の先生とカラオケ店のお姉さんと、並んで歌ってもらい、プロと一般人の歌唱とのレベルの違いを耳で知る。プロの声量を機械で測り、数値で差を分からせる、というのもいい。このようにして、「腹式呼吸をマスターし、全身をアンプリファイアにして震わせて伸びやかな声を出す人がプロの歌手なのだ。そうじゃない人の歌は鼻歌にすぎない」と、きちんと教えたほうがいい。しかし実際の義務教育において、そんなことを教える先生は皆無です。リコーダーやピアニカを捨てろ。背筋を伸ばし、肺を広げて、腹から声を出せ! 若者よ! です(笑)。だからいまだに、声量がない、音程がとれない、音域がない、歌唱の基礎がない"歌手"がプロという名のもとに大勢いるんです。  また、ハーモニーができるグループも少ない。これも、外国から見たら大笑いの事態です。音楽の歴史を振り返ると、中世音楽よりも昔、教会音楽に、"1つのメロディにあわせてもう1つの音をつける"というハーモニーの前身がありました。そこから対位法や和声が生まれてくる。通奏低音とかね。一方、日本は雅楽で、単音ですよね。向こうはレンガ造りの礼拝堂があったから、神の厳かさを出すための響きとしてハーモニーが適していたのでしょう。日本は、風の音やせせらぎなど自然の音がバックグラウンドにあり、「f分の1のゆらぎ」の中で生きてきたので、ハーモニーはさほど必要とされず、単音で成立してきたのでしょう。  この単音文化が、江戸時代から明治を経て、レコードの輸入はありましたが、ともかく1945年まで続きます。戦後初めて、イタリア歌劇団とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が来日し、「生」で本物のハーモニーを聞いた日本人は、「音楽とはこういうものなのだ」と圧倒されるわけです。ハーモニーが本格的に重んじられるのはそこから。流行歌のジャンルでもダークダックス、ボニー・ジャックスなどの歌唱グループや、女性デュオのザ・ピーナッツが一応ハーモニーを取り入れます。しかし、冒頭で言った肝心の1970年にすっかり抜け落ち、忘れ去られます。70年代になってアイドル歌謡が広まった際に、ハーモニーの要素がなぜか見事に欠落してしまった。そのまま60年......。だから現代のアイドルは、AKB48にしても嵐にしても、みんなユニゾンですよね。外国から見れば「それは歌じゃない」んです。  ある番組のドキュメンタリーで、当時人気絶頂のアイドルが、NYの有名ボイストレーナーのところへ行きました。2~3小節歌ったところで、ボイトレの先生に「あなた、日本のトップシンガーって、ほんと? 発声の基本すらできていませんよ」と大笑いされたのですが、やはり、そうなんだろうなあ、と思います。対位法と和声、とまでは言わないまでも、ハーモニーとはこういうものだ、声楽の基礎とはこういうものだと、小学1年のときに学校で教えないと間に合わないところまで来てしまいました。  上記で申し上げたような形で、今からファン(ユーザー)を育てるとしましょう。今の小学生たちが20歳前後になるころ、すなわち2020年代、そういう教育を受けてきた世代が初めてアーティストとして楽曲を制作するようになります。彼らは発声ができて、音程も確かで、声量も豊かで、和音も大切にして曲作りをするでしょう。平成10年代生まれがJ-POPを救う、と『誰がJ-POPを救えるか』で書いたのは、そういう意味です。かなりその部分だけ、曲解されてネットでは叩かれましたが(笑)。 そのときこそ、初めて、J-POPは再生するのではないでしょうか。 (第4回目に続く) ■麻生香太郎 大阪市生まれ。評論家、作詞家。『日経エンタテインメント!』スーパーバイザー。東大文学部在学中から、森進一や小林ルミ子、野口五郎、小林幸子、TM NETWORKなどに作品を提供。『日経エンタテインメント!』創刊メンバーとなり、以降はエンタテインメントジャーナリストに転身し、音楽・映画・演劇・テレビを横断的にウオッチしている。著書に『誰がJ-POPを救えるか マスコミが語れない業界盛衰期』(朝日新聞出版)など。Twitter