連載コラムがスタート!

ガルエージェンシーには女性が代表を務めている支社もあります。
その中でも、美人でスタイル抜群な女探偵「ガル新宿西口」の相原紀子代表が、

男性向け雑誌「EX MAX!(エキサイティングマックス)」の6月号から、
探偵ならではのコラムを連載することになりました!

眞鍋かをり、破局ネタをエサにイベント出席も、マスコミ陣は「石田純一よりヘタクソ」

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『眞鍋かをり 2010年 カレンダー』/
トライエックス(株式会社 ハゴロモ )

 先月、歌手の吉井和哉との破局報道を、所属事務所がわざわざ“否定”して話題になったタレント・眞鍋かをり。実はその前後から、急激に眞鍋のマスコミ露出が増えたものの、件の破局ネタをエサに芸能マスコミを引っ張り回した結果、大ブーイングが起こっているという。

 そもそも吉井との熱愛が報じられたのは昨年2月。前事務所とのゴタゴタがようやく落ち着き、現事務所・ノースプロダクションに所属した直後のことだ。「この時も自身のレギュラー番組『大竹まこと ゴールデンラジオ』(文化放送)で、熱愛を認める発言をして話題になった。周囲からも『事務所トラブルを乗り越え、大物ミュージシャンとこのままゴールインとなれば、かなり話題になる!』と注目度が高まっていました」(芸能関係者)

宮沢りえ“代役大成功”美談の裏で「最後まで反対していた」降板女優・天海祐希の情念とプライド

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天海祐希 公式サイトより
 天海祐希の降板で舞台『おのれナポレオン』の代役を宮沢りえが見事に務め、大ピンチを救った英断が大いに株を上げた。だが、関係者からは当の天海が宮沢の代役案に反対していたという、裏話も聞かれる。  天海が入院した6日、その日のうちに主演の野田秀樹が独断で宮沢に出演オファー、翌日の深夜には宮沢から受諾の返事をもらい、8日に天海の降板とともに発表されたが「7日の深夜まで1日半、宮沢の代役案にかなりの反発はあった」と舞台関係者が明かす。 「まず天海さんご本人が“それは避けたい”と。代役を立てるのではなく、延期してもらって自分が演じたいという希望でした。おそらく宝塚出身でプライドが高い方なので、アイドル出身の宮沢さんに同じ役を務められてしまったらイヤだ、という感情もあったと思いますね。なんで宮沢さんなのか、と何度も聞いていたそうですから」(同)  これに同調したのは、その天海の意向を直接聞いていたという脚本の三谷幸喜だったという。 「天海さん想定で脚本を書いたという立場もありますし、三谷さん個人の意見としても中止を主張されていました。ただ、中止となると金銭的な損害が大きい。ここだけは三谷さん、天海さんも大きな意見は言いにくいわけです。野田さんは東京芸術劇場の芸術監督を務めていたので、最終的には“劇場側の意向は代役案”という話をして納得してもらったんです」(同)  ただ、気の強さでも知られる天海は、最後までこれに対して良い顔をしていなかったと伝えられる。「すごい美談になる」と感じたある記者は、天海の関係者に宮沢代役に対してのコメントが出せないか相談したが、即答でノーを返されたという。  実際、天海は先日、退院に当たってコメントを発表したが、そこには宮沢の“み”の字もなかった。「キャストの皆様、スタッフの皆様には並々ならぬご尽力をいただきました」とは書かれているものの、あとは「医師の助言もあり、ここで病状を悪化させれば、かえって多大なご迷惑をおかけすることになると思い、舞台降板という苦渋の決断をいたしました」「自らの体調管理には十分に気を付けていたつもりでしたが、これまでの体調管理が万全ではなかったと反省しております」と、あくまで降板の事情説明にとどめ、宮沢代役への言及はなかった。 「野田さんと宮沢さんは非常に親しい間柄で、離婚協議中の宮沢さんはそのことを野田さんに相談するような仲。それで周囲からは、野田さんが今回の降板を利用して宮沢株のアップに成功した、と陰口を叩く人もいます。もちろん、この代役で舞台は救われたんですが、天海さんも同じように思っているみたいなんですよ」(前出関係者)  一方、宮沢のほうもそうした天海の意向は知っており、記者へのコメントを一切避けてきたのはそのせいだといわれる。宮沢の舞台が7月にあるが、関係者からは「普通なら天海さんから花が届くところだけど、感情的に難しいか」という話がささやかれている。 (文=鈴木雅久)

山下智久、自らMCを務める番組で「どうでもいいわ~」

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【ジャニーズ研究会より】

 山下智久と今田耕司がMCを務める3世代比較バラエティ『ジェネレーション天国』(フジテレビ系)。5月13日放送回は2時間スペシャルで、10~20代の“マンゴー世代”としてKis-My-Ft2の北山宏光と宮田俊哉も出演。テーマは「キッチン用品」と「ミステリー」という異色の2本立てで、それぞれの実家のマル秘エピソードも飛び出しました。

 まずは各世代の「ママを助けるキッチン用品ベスト10」を発表。マンゴー世代では「キャラ弁グッズ」がランクインします。するとうつみ宮土理が「山Pはどう? 海苔のいっぱいついたおむすびと、キャラ弁でグッチャグッチャたこが入ってたり。パンダ食べたい? パンダ!」と詰問。これに対し山下は「(キャラ弁は)好きな人からもらうんだったら気持ちがこもっててうれしい」と回答。「楽しませようとしてくれたのかな?」と思うそうです。しかし20代男子はまだまだ目立つのが恥ずかしいお年頃。北山の場合は「すごくうれしいけど、開けた時にキャラ弁だったら隠します。で、ちょっとどっか行って1人で食べたりするかも」だそう。隠れて食べたとしても、喜んでくれるなら作り甲斐がありますね。

『おねラン』でおなじみ”イケメン料理人” 川越達也シェフの本音の本音

【サイゾーpremium】より ──『お願い! ランキング』をはじめとしたテレビ番組にひっぱりだこの、”イケメン料理人”川越達也シェフ。爽やかなスマイルが奥様方に人気なれど、ネットやその他ではいじられ放題、突込みどころ満載にも見える、今まさに旬すぎる料理人だ。代官山でオーナーシェフを務める彼が、わざわざ叩かれながらもメディアに出続ける理由・その旨味とはなんなのか? 本人に直撃した!
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(写真/梅川良満)
川越 「サイゾー」さん、たまにネットで僕の悪口書いてませんか……? ――そんなことはない……と思いますが、本日はよろしくお願いいたします。今はお店「タツヤ・カワゴエ」はお休み中ということですが【4月上旬時点。5月1日より営業再開】、ブログを拝見すると全国を飛び回ってますね。地方の食材の開拓などを考えているのですか? 川越 40代の戦略のひとつとして取り組んでいます。川越達也ならではのもの、今の時代に提案できるものとは何かを考えながら食材を探している感じですね。例えば、乾燥シイタケとか切干大根とか雑穀とか。今は全国に行って生産者の方たちと会っているところです。よくテレビとかで料理人が畑とかに行って、偉そうな顔で葉っぱをちぎってたりするじゃないですか(笑)。 ――『情熱大陸』(TBS)とか『ガイアの夜明け』(テレビ東京)で見たりしますね。 川越 ね? これみよがしにやってるでしょ?(笑) 僕は宮崎で泥臭い生活をしてきたので、子どもの頃からああいう畑の中で育ってきたんですよ。子どもの頃に体感した食材と、30年経った今、どうやって向かい合っていけるか考えているところですね。 ――その宮崎で過ごした幼少の頃から、川越さんは料理人を志していたんですか? 川越 「目指していた」というよりは、「できることを仕事にした」という言い方が正しいかな。子どもの頃はプロ野球選手になりたかったんですよ。でも、体が小さくて華奢だったので、中学校に上がる前ぐらいに限界がわかってしまった。一方で、子どもの頃から手に職をつけようという意識がありました。家は貧乏だったし、自分は勉強ができるわけでもない。身体も小さいし、ほかに秀でたこともなかった。でも、料理のことは、何をどうすればおいしくなるのか、学ぶ前からなんとなくわかるという能力があった。ありがたい”オプション”を身に付けていたんですね。 ――”手に職”を意識されていたということは、同時にお金を意識していた? 川越 やっぱり男の子だから、一発当てるために早く自分の武器を見つけて磨かなければいけないという思いがありました。 ――それはいつぐらいから考えていたことなんですか? 川越 小学校に上がるぐらいかな。仮面ライダーやウルトラマンになれないことはわかっていたけど、いざというときにそういうヒーローになっていたいという気持ちがあったんです。しっかりした強い人間になって、困った人を助けてあげなくちゃ、と。親兄弟も含めて、助けを乞うている自分の身の周りの人たちを助けてあげられる大人になりたかった。そのための武器が、料理の仕事だったんです。 ――以前、別のインタビューで「早くお金を稼いでお袋を救い出したかった」とおっしゃっていましたね。 川越 あぁ、はい。中学・高校時代は家がグチャグチャだったんですよ。親父との確執があったり、嫁姑の問題があったり。……僕、小学校の頃、お袋がばあちゃんの首を絞めているシーンを見ているんですよ(笑)。 ――うわぁ。 川越 もう半狂乱でしたね。ばあちゃんも元気だから応戦するんです。僕は子どもですから母親大好きですし、守ってあげたいという気持ちがありました。でも、その頃の僕は何もできなくてもどかしいわけですよ。だから、自分自身が働ける環境が整ってきた段階で、「よし! あとは仕事頑張るぞ!」と思ったんです。お袋のことを大事にするのはもちろん、いざとなったら親父のことだって面倒見なきゃいけない。川越家で何かあったら、俺が助けてあげられる人間になっていよう、と考えてましたよ。 ――家族を助けるウルトラマンになろうと。 川越 もうひとつ、親戚に障害者が何人かいたんです。特に幼い頃から兄弟のように育ってきた従兄弟が脳性まひだった。俺はこんなに自由に走り回れるのに、彼は歩くことも喋ることもできない。五体満足の俺は彼の分までもっと頑張らなきゃ、しっかり生きていかなきゃ、と思うようになりましたね。だから、自分が大人になったとき、誰が困っていたら「シュワッ!」と手を差し伸べられるような人間になっていよう、と。それが手に職をつけるということだったのかもしれません。 ■「自分の料理教室もトークの練習の場にしていた」 ――宮崎から大阪・神戸を経て東京に進出、今や”川越シェフ”として多忙を極めているわけですが、そこではメディア出演が大きな役割を果たしていると思います。メディア出演の最初のきっかけはなんだったのでしょう? 川越 きっかけというより……きっかけが来たらいいな、と思って常に準備をしていました。何が成功かということについてはそれぞれ考え方がありますけど、僕は有名になりたいと思ってメディアに出たわけじゃなくて、有名にならないと生き残れない時代だと思っていたんです。 ――具体的にはどんなことをしたのでしょう? 川越 28歳で開業した頃は、例えば雑誌の「Hanako」(マガジンハウス)さんや「東京ウォーカー」(角川書店)さんがエリア別のレストランや若手シェフの特集を組むときに、「目黒の学芸大学駅に、若くて頑張ってるシェフがいるらしいよ」と風の噂が立つような準備をしていました。「ティアラ・K・リストランテ」というちょっと長い当時の店名も、誌面に載せたときに「なんだろう?」と目に留まるようにしたかったから。雑誌に掲載する料理も、海老や蟹を使って、実は食べてもそんなに美味しくないんだけど写真映えする見た目の派手な料理を載せてました。で、予約の電話をしてくれたお客さんに素直に言うんです。「すみません、掲載していた料理は雑誌用に華やかにしたものなので、お出しできないのです。その代わり、一生懸命作るので食べに来ていただけませんか?」って。来ていただいたらお詫びをして、代わりの料理で楽しんでいただきました。なかには「なんだ、嘘じゃん」と言う方もいましたけど、人がなんと言おうと店に興味を持ってもらうことが大事だと思っていましたね。雑誌の表紙と一緒ですよ。 ――それも一種のメディア戦略ですね。 川越 次は「若手のオーナーシェフ」として、そういう企画があったら最初に声がかかるような戦略を打ちました。もう、努力ですよね。2週間に1回ぐらい美容室に行って、ちゃんとカラーリングする。帽子なんて被りません。あと、上手くお話ができるように、お店で料理教室も開きました。 ――料理教室でトークのトレーニングをしたんですか? 川越 いろいろな料理番組でシェフが喋っているのを見て、「もっとこう言ったらわかりやすいのに……」と思うわけですよ。だから、料理教室を開いて生徒さん相手に、ちゃんと伝わる言い回しや表情を研究しました。僕はタレントじゃないけど、テレビに出るのならそれはやるべきだと思います。その頃はテレビを見ながら自分に置き換えてシミュレーションしてました。「チャンスが巡ってきたら、よし、みてろよ」っていうような思いでしたね。 ――そもそも、料理人の世界では、メディアに出ることは良しとされるんでしょうか?  川越 ほとんどの料理人――九割九分と言ってもいいと思います――は実はメディアに出たいんですよ。この世界は、自己顕示欲が強い人ばかりなんです。自分の名前を店名にしてみたり、俺の料理はこうだと語ったりするのも、すべて自己顕示欲の表れ。でも、なかなかメディアに出ることはできないから、メディアに出ることは悪だという歪んだ考え方になってしまう。 ――「あいつチャラチャラしやがって」みたいな批判が聞こえてきたりしませんか? 川越 聞こえてきますよ。でも、そんなのが100人ぐらい束になってかかってきても、なんとも思いません(笑)。 ――以前は、「最初の頃は批判がキツかった」ともおっしゃっていたと思いますが。 川越 あぁ、それは、言うなればある種のリップサービス。そういう人たちとは目標が違うとわかっていたので、気にはなりませんでした。彼らの目標は美味しい料理を作りたいとか、自分の料理を評価されたいとか、自分のやりたいことに主軸を置いている。それは全然悪いことじゃなくて、正しい料理人の姿なんですよ。じゃあ僕は何が違うと言いたいか。僕の目標は初めから料理人じゃなくて、ウルトラマンなんです。身内も知らない人もひっくるめて、いざという時には困っている人を助ける大人になるためにこの仕事を選んだんです。 ――現在は料理バラエティーも増えていますし、シェフや料理研究家のような方たちも大勢メディアに出るようになりましたが、川越さんの目にはどう映っているんでしょう? 川越 僕は料理評論家という人たちのやっていることには、あまり賛同できないんですよ。彼らは自分のお店を持っていないでしょう? 僕からすると、それはズルい。僕は自分の店を持って、誹謗中傷されながらも存続させている。「じゃ、あなたたちもお店やってごらんなさいよ? それから評論でも研究でもしなさいよ」と思いますね。自分が作ったものを多くの人に食べてもらって賛同してもらうべきです。 ――じゃ、自分と同じことをしているとは思わない? 川越 思いません。彼ら、彼女たちがやっていることは、まぁ、食べていく術の一つなのかな、と思います。その人たちとケンカするつもりはありませんよ。それはその人たちの生き方だから。でも、食べ歩いて人の店に文句を言う人とかいるじゃないですか? 本当に……いなくなってほしい(笑)。 ――では、「食べログ」のような評価サイトのことをどう思われますか? 川越 くだらないです(即答)。僕は興味もないし、何をわかって書いてるの? と思いますね。人を年収で判断してはいけないと思いますが、年収300万円、400万円の人が高級店に行って批判を書き込むこともあると思うんです。 ――そういうこともあるでしょうね。 川越 ね? でも、そこまでの店にしてきた企業努力や歴史は、あなたにはわからないでしょ? と思うんです。断片的なことを切り取って、「すべて悪」みたいなことを書き込んでいる。僕の店も「水だけで800円も取られた」と非難されることがある。でも、当たり前だよ! いい水出してるんだもん。1000円や1500円取るお店だってありますよ。そういうお店に行ったことがないから「800円取られた」という感覚になるんですよ。だから……残念だな、と思うわけです。あとは、やっぱり何か言いたいだけなんですよ。僕はやらないですけど、一般の人がフェイスブックだのツイッターだのをやるのは、みんな自分の存在を見てほしいわけでしょ? 「食べログ」で鬼の首を取ったような批判を書いている人がいても、結局それと一緒なんだな、と。 ――川越さんがメディアに大量に出てることへの批判もあれば、調理場に「川越ミラー」があっていつも自分の姿を確認しているなんて週刊誌でネタにされたりもするじゃないですか。……実際にあるんですか? 川越 ありますよ(笑)。身だしなみを整えるためにね。 ――川越さんがヘアスタイルを整えてメイクを施しているのも、「自分を見てほしい」人だと思われがちですよね。 川越 はいはい、一般的にね。でも、今までのお話の通り、僕の場合それはツールであってゴールが違うんです。それに身だしなみぐらいは、最低限ちゃんとしておいたほうがいいじゃないですか。同じ料理だって小ぎれいに盛り付けたほうがいいでしょ? ――ちなみにその髪型は天然パーマではないですよね? 川越 美容室に行ってやってもらってますよ。商品パッケージにもこの髪型で出ているから、なかなか変えられなくて。メディアに出るのをやめたら坊主にするかも(笑)。髪型も料理の盛り付けと一緒ですよ。 ――セルフプロデュースにはとことんこだわっていますよね。 川越 逆に、なぜ皆さんはやらないのかな? と思います。料理に100%費やすとして、あと10%ぐらい自分に手間をかければ、評価が広まっていくこともあるんですよ。この前、バラエティー番組で1万人にアンケートを取ったら、僕のイメージの1位は「ナルシスト」だったんです(笑)。僕はナルシスト万歳なんですよ。男性も女性も、全員そうだもん。僕の場合はそれが表面に出ているだけ。ナルシスト分量がゼロだったら、みんな丸刈りで裸ですよ(笑)。 ■「日本の食文化を広げる新しいものを開発したい」 ――川越さんの発想は料理人というより、ベンチャー起業家に近い感じがありますね。 川越 ベンチャーね、なるほど。みんなが普通に食べている麻婆豆腐やハンバーグ、ナポリタンにも、それぞれ人類のどこかに発明者がいたんです。ケータイでも何でも、生活に欠かせないものを作った人がいる。ソフトバンクの孫正義さんとかね。そういった方たちと肩を並べることはできないと思うけど、食の文化において僕が死んだ50年後、100年後に「昔、カワゴエという人がいたから、この料理があるんだよ」と言われるようなものがひとつでも残せたらと思っています。しょうゆやケチャップのように人々の生活に溶け込んでいて、「これを作ったカワゴエという人がいたらしいよ」「だから今の日本の食文化は広がったんだよ」と言われるような料理や調味料、システムをひとつ残せたらいいな、と思いますね。 ――それは壮大な夢ですね。 川越 だから普通の料理人さんとは見ているものが違うんです。ちょっとずつでも、世の中が豊かになるようなものを残していけたら、子どもの頃に思っていた人様のためになる大人になれるかな、と思いますね。 ――ある意味、とても野心家だと思うのですが、”成り上がり”的なイメージを自分に重ねることはありますか?  川越 全然ないです。僕自身はお金に無頓着なんですよ。なんでも手を出すグルメ商人だと思われているかもしれないけど。 ――グルメ商人(笑)。 川越 例えば、店で食中毒を出したら一発で終わりですよ。メディアからも消えることになる。でも、店を閉じたとしても再起まで1年2年は一人ぐらい細々と食べていけるだけの蓄えはあります。そのリスクも常に考えて、気を引き締めて生活しています。みなさんどう思っているかわかりませんが、意外と堅実にやってるんですよ(笑)。 ――ところで、先ほどツイッターやフェイスブックをしないとおっしゃってましたが、ネットもあまり見ませんか? 川越 僕、パソコンできないんですよ。たまにケータイで、自分の名前が出ているネットニュースを見るぐらいですね。 ――今、ネットに川越さんのコラージュ画像が……。 川越 いっぱいあるんでしょ!(笑) 照英さんと一緒だったり。 ――あ、それは見ているんですね。 川越 はい、楽しんでますよ(笑)。作っている人たちにそれは伝えておきたいですね。ただ、ちょっと照英さんに悪いかな? そっちのほうが気になってます(笑)。 (構成/大山くまお)
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川越達也(かわごえ・たつや) 1973年3月7日、宮崎県生まれ。料理人、(株)タツヤ・カワゴエ代表取締役。大阪あべの辻調理師専門学校卒業。大阪・東京のフレンチ、イタリアン、日本料理店で修行し、その後数店の料理長を務める。00年に28歳の若さで目黒区・学芸大学駅前に「ティアラ・K・リストランテ」をオープン。06年、店名を「タツヤ・カワゴエ」とし、東京・代官山に移転。人気店のオーナーシェフとして腕をふるう。『お願い! ランキング』(テレビ朝日)への出演などからメディアでブレイクし、従来の“料理人”のイメージを覆す多彩な活動を行う。 「サイゾーpremium」では他にもプレミアムな著名人のインタビューが満載です!】大森南朋の兄・大森立嗣がメッタ斬り「日本映画がダメになったのは、客が悪い!」『親鸞』など、宗教を探求する作家・五木寛之が説く "病める時代"における「悪」の思想「ノマドの女王」安藤美冬×「百獣の王」武井壮 ノマドワーカー・サバイバル対談!
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元カレとヨリを戻したい「復縁女子」が増殖中! あなたの未練度をチェック

【ハピズムより】

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もう一度、付き合ってくれますか?

 「別れたあの人が忘れられない」「もう一度付き合いたい」……そんな気持ちが強く、元恋人とヨリを戻したいという「復縁願望」を持つアラサー女性が増えているそうです。彼女たちを後押しするように、“復縁セミナー”が開かれたり、復縁をアドバイスする本が出版されたり……。うまく復縁できればいいのですが、別れに至ったにはそれなりの理由があるはず。「結婚」したいという人にとっては、昔の恋人に思いを馳せても時間の無駄になってしまう可能性もあります。そこで今回は、あなたが復縁願望を持ちやすいかどうかを12星座別にご紹介。もしあなたに、ヨリを戻したいと思う相手がいるならば、この結果を参考に、アプローチを考えてみましょう。

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ステージ転落はスターの証し!? 若手ジャニーズに流れるジャニーズ都市伝説

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ローラじゃそりゃ転ぶって~

 「ジャニーズは全員バック転ができる」「ジャニー喜多川社長はオーディションで清掃員に扮している」など、ジャニーズ都市伝説ともいえるネタがジャニーズファンの間でまことしやかに囁かれているが、ジャニーズタレントたちの間でも都市伝説ともジンクスともいえる、ある話が流布しているという。

 それは、Kis-My-Ft2の北山宏光が出演した『ジェネレーション天国』(5月13日放送、フジテレビ系)で明かされた。MCの今田耕司から「ジャニーズ内の都市伝説」について話を振られた北山は、

「ライブで踊ってたり歌ってたりとかしながら、自分から故意に落ちた場合じゃなく、アクシデントで落ちちゃった人はみんなスターになるっていうことは聞いてます」

鈴木ふみ奈の見事に実った“ふみなの実”に秋葉原が大コーフン!!

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 ミスFLASH2011グランプリでHカップグラビアアイドルの鈴木ふみ奈が、10枚目のDVD『ふみなの実』を発売、東京・秋葉原で記念のイベントを行った。
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 無事に音大を卒業し、社会人としても最初のDVDとなった本作。タイで撮影したという内容についても聞いてみた。 「なぜか私が音大生の家庭教師になって、男の子の生徒を誘惑しながら音楽を教えるという内容です(笑)」 ――どんな感じに誘惑してるんでしょう? 「最初は普通に教えています。本当のリアルな音楽用語を使って教えています。『もしかすると、私もこんな道に進んでいたかもなぁ』と思いながら演じていました。台詞はかなり本格的です!」 ――オススメのシーンは? 「ダンスのシーンや、プールでのシーンはオススメです。特にプールシーンではハプニングがありまして(笑)。必見です! マッサージシーンも」 ――恥ずかしかったシーンは? 「私のDVD作品といえば『はさむ』のが名物なんですが、今回はロープをはさみました! かなり恥ずかしかったんですが、頑張りました!」  社会人になって、さらに自覚が高まり、いろんなレッスン・習い事にもチャレンジしているという。もちろんグラビアアイドルとしての飛躍を目指すというから、さらなる活躍を期待したい。
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鈴木ふみ奈オフィシャルブログ「ふみにゃんのお部屋」 <http://ameblo.jp/fuminyan-blog/