「本当は別れてなかったけど……」西山茉希の早乙女太一との破局発言は、明石家さんまがもたらした“ウソ”だった!?

nishiyama0524.JPG西山茉希公式サイトより
 早乙女太一(21)との子を妊娠し、婚約を発表したモデルの西山茉希(27)。2人には、それより以前に破局報道が出ていたため、世間は「破局したんじゃなかったの?」と混乱。しかし、“実は別れていなかった”ことを西山がインタビューで明かした。  昨年2月の交際発覚後、早乙女が西山をガードレールに叩きつけるなどした“路上DV”を週刊誌がスクープ。この騒動後もケンカが絶えず、今年1月にハワイで行われた小栗旬と山田優の挙式をめぐっても大ゲンカに。それから同棲を解消したことが発覚したため、破局したとみられていた。  それを決定付けたのは、今年2月に西山が山田優と共にゲスト出演した『さんまのまんま』(関西テレビほか)。まさに破局報道が過熱していた時期だったため、明石家さんまは番組冒頭から西山のことを「不幸せ」と呼び、西山自身も「1人で寝るのが寂しい」などと、“不幸なシングル女”として終始、自虐的に笑いを誘っていた。  しかし今月23日発売の女性ファッション誌「GINGER」(幻冬舎)のインタビューで、早乙女とは当時別れておらず、明石家さんまとのトークの空気を壊さないために、事実と異なるキャラクターを演じていたことを告白。  「あのときは、さんまさんが最初に、破局報道が出た私と、結婚式を挙げた優を『最も不幸な女と幸せな女です』って紹介して、確かにあの時点では表向きはそう見えてたし、その空気を壊すわけにもいかなくて、今日の私の立ち位置は“不幸な女キャラ”なんだっていうところで仕事をした」と説明した。  この時に否定していれば、婚約発表時に世間が混乱したり、週刊誌に破局について書きたてられることもなかっただろう。  インタビューではほかにも、“路上DV”が2人にとって「単なるケンカ」であったことや、早乙女の性格が「表面的に順調に見える付き合いよりも、自分たちが普段、内に秘めている部分や人間的に未熟な部分を隠さずに最初からダメなところを見せ合おうっていう人」であること、西山がプロポーズと受け取っている早乙女の言葉が「周りのみんなが昔のあれはやっぱりただのケンカだったんだね、って笑ってくれるようになるまで一緒にいよう」であることを語っており、読むほどに一般的なカップルとは違った関係であることがうかがえる。 「早乙女さんは、生まれた時から大衆演劇劇団という特殊な環境の中で育ってきたためか、独特な恋愛感覚を持っていて、しかもそれを曲げない頑固者。一方、西山さんは情緒不安定なところがあり、不思議ちゃん発言も多いタイプ。そんな2人の交際ですから、くっついたり離れたりしながら、嵐のような恋愛をしているのでしょう」(芸能記者)  確かに西山は、このインタビューで、今回の妊娠が最初に分かったのは産婦人科でも妊娠検査薬でもなく、「夢で知った」「(夢で)知らない誰かに『あなた妊娠してるよ』って言われた」と話すほか、テレビで自身のことを「二重人格」と発言するなど、不思議発言も目立つ。  独特な感性を持つ早乙女と、不思議ちゃんな西山。今後、どんな家庭を築いていくのか、またどんな赤ちゃんが生まれるのか楽しみだ。

バブルはまだ続いてる! シェアハウスに週末部活、休まない「DRESS」な女たち

<p> 刑務所の壁のように高い高い前評判を獲得して始まった「DRESS」(幻冬舎)。創刊号は、「DRESS」の読者イメージをガッチリと固めることからスタートしたようでした。年は取っちゃってるけど、恋に、仕事に、ものすごく一生懸命楽しんでいる、今現在結婚をしていない自立したアラフォー女性たち。週末にはホームパーティーを楽しんでいるという読者像も表れていました。それがイマイチ読者には響かなかったようですが、さて第2号となった今号は、どうなっているのでしょうか?</p>

「生涯わくわくさん!」久保田雅人が『つくってあそぼ』裏話をぶっちゃけた、本当のワケ

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トレードマークの赤い帽子と丸メガネは現在、3代目だそう。
「初代のメガネは棺桶に入てくれって、カミさんに頼んでるんだよ」とわくわくさん。
 今年3月、23年の歴史に幕を閉じたNHK・Eテレ(教育テレビ)の工作番組『つくってあそぼ』。“わくわくさん”こと久保田雅人と熊の男の子“ゴロリ”が、身近な材料を使って工作を作る楽しさを子どもたちに伝えてきた同番組だが、放送終了が発表されるや否や、ネット民は騒然。放送終了を惜しむ声だけでなく、最終回の視聴率を上げて「わくわくさんとゴロリに有終の美を飾らせてあげよう」と呼びかける動きもあった。  それから約1カ月半、満を持してわくわくさんが民放に降臨。『有吉反省会』(日本テレビ系)にて、自身のブログでゴロリを着ぐるみ扱いしたり、実は工作はすべて造形作家が考えていたことなどを暴露してしまった件について反省したのだが、『つくってあそぼう』出演時とは異なる意外な素顔が大きな話題となっている。一体、わくわくさんはどうしちゃったのか、本人を直撃した。 ――『有吉反省会』出演後、反響がすごかったですね。 久保田雅人(以下、久保田) 「わくわくさん、ぶっちゃけすぎ」って盛り上がっちゃったみたいですが、自分的にはそんなにぶっちゃけた感じはしないんですけどね~。あれが普通ですから。でも、番組でお話ししたことにウソはございません! NHKからも苦情は一本も来ていないので、たぶん大丈夫です。 ――なんでも、22年ぶりの民放出演だったとか。 久保田 かれこれ芸能生活30年になりますが、スタジオで人間としゃべったのは10回もないんです(笑)。ゴロリくんや『おかあさんといっしょ』のキャラクターとはしゃべりますが、相手が人間だと、やっぱり緊張しますね~。実は、収録では顔が真っ赤になっちゃって。緊張すると早口でペラペラしゃべっちゃうんで、余計に意外だと思われちゃったみたいですね。 ――有吉さんから付けられた「ウザウザさん」というあだ名は気に入っていますか?  久保田 あまりウザくないと思うけどな~(笑)。まぁ、凝り性なところはありますね。 ――これまで番組内で数百もの工作を作られたそうですが、一番大変だった工作ってなんですか? 久保田 一円玉を落とす貯金箱ですかね。500mlのペットボトルの口の部分にボール紙で作ったワッカを載せて、その上に1円玉を置きます。このワッカを割り箸ではじき飛ばして、1円玉を中に入れる。ゴロリくんは3回目で成功したのに、私は2時間もかかってしまいました……。 ――やっぱりゴロリのほうが、手先が器用だったんですね。 久保田 はい……。着ぐるみのまま、粘土でもなんでも作っちゃうんだもん。もともと器用じゃなきゃ、できませんよね。よく「わくわくさん、わざとゲームに負けているんですか?」って聞かれたんですが、本気でやってましたよ! でも、4年に一度くらいしか勝てなかったですね~。音感と運動神経は、お袋の腹ん中に忘れてきちゃったみたいで。最初の頃は番組の挿入歌を歌っていたんですが、3回目くらいでスタッフから「もういいですよ」って言われちゃって(笑)。 ――わくわくさんとして、一番大事にしていたことはどんなことですか? 久保田 子どもたちに作る楽しさを教える、ということですね。何が難しいかというと、テレビの中でいくら頑張っても、子どもたちの目の前で作ってあげるインパクトには絶対かなわないんです。ですから、できるだけ幼稚園などに足を運んで、工作教室を行ってきました。楽しさを学んでもらうには、やっぱり楽しそうに見せなきゃいけない。それから「わぁ、面白かった」で終わらせてはいけない。「よし、やってみよう」っていうところまで持っていかなければならないんです。そこが一番大変でしたね。
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最近一番わくわくしたのは、やはり民放出演だったそう。
――番組終了を惜しむ人は多く、特に最終回は「視聴率50%を目指そう」とネット上で盛り上がっていましたね。 久保田 実はまだ、最終回は見てないんです。カミさんは録画してると思いますけど。基本的に、自分の番組ってあんまり見ないんです。自分で納得した放送って、20年間で3本くらいしかないんです。凝り性だから、“ここが違うんだよな~”って放送ばっかりですよ。  でも放送終了後、メールや手紙で感想が何百って来て、うれしかったですね~。「子どもの頃から見てました」「子どもが泣いてました」とかね。泣きながら手紙書きましたって子もいて。「わくわくさん、どうしてテレビやめちゃうの?」って。それ聞かれるのが一番困るんだよね。「NHKの強い要望により……」って説明したいけど、そういうわけにはいかないし。ごめんなさい、としか言いようがないよね。 ――やっぱり、寂しいですか? 久保田 「あぁ、終わっちゃったんだな」という感じですね。視聴者の反応を見てゴロリくんとも話してたんですが、「俺たち、すごいことやっちゃったんだね」って。ただ、ありがたいことに、番組終了後もゴロリくんと一緒に全国各地を回って工作ショーをやらせていただいているので、感傷に浸る余裕もないというか。 ――講演会は延べ4000回を数えるそうですね。全国各地、行ったことがない都道府県はないとか。 久保田 番組がスタートする前に子どもたちの前で工作するのに慣れなきゃいけないなと、NHKにお願いして幼稚園を紹介してもらい、自分で電話して行き始めたのが始まりです。ショーでは紹介する工作はもちろん、構成まで全部自分で考えています。番組で紹介したものをステージ向けにアレンジして、お父さん・お母さん向けの説明やNHK的に話せなかったお話もしています。テレビとはまた違った面白さがありますよ。体が動く最後の最後まで、わくわくさんとゴロリくんとしてショーをやろうと思っています。ゴロリくんにも言ってるんですよ、「俺の腹の黒いうちは休ませねぇよ」って(笑)。 ――そもそも久保田さんは、声優としてデビューされたそうですね。 久保田 はい。『タッチ』の上杉達也役の三ツ矢雄二さんと『ワンピース』のルフィー役の田中真弓さんが作られた劇団の第一期生に応募したんです。本当は舞台がやりたかったんですが、お2人の口添えでアニメ声優として出させてもらえることになって。その後、NHKの子ども番組に出演していた田中さんの勧めで、『できるかな』に続く工作番組のオーディションを受けたんです。 ――その後、わくわくさん一本で活動されてきたわけですが、今後、久保田雅人として声優や俳優として活躍していきたいなという思いはありますか? 久保田 う~ん、どうですかね~。今はわくわくさんとしての講演会活動、工作教室やショーがメインで、毎日舞台をやっているようなもんですから。ただ、難しいですよね。昔、渥美清さんが、「渥美清が寅さんに食われちゃった」って言ったんですよ。何をやっても寅さんに見られてしまうと。それと同じですよね。何をやっても、わくわくさんに見られてしまう。久保田雅人が、わくわくさんに食われちゃったんですよ。あるいは、自ら食われたのかもしれません。それが役者としてよかったのか悪かったのか、これは死ぬまでわからない。ただ、誰にでも胸を張って言える主演作を1本持っているというのは、俳優としてものすごく幸せなことです。それから、自分の幼い子どもに胸を張れる番組を1本持っているというのも、父親として、男として最高です。“役者・久保田雅人”がなくなっちゃったというのは、やっぱり役者として寂しいですけどね。 ――でも、ぜひバラエティには、また出ていただきたいです! 久保田 はい、機会があればぜひ。私がお話ししている裏話っていうのは全部、番組を作るに当たってのわれわれの本当の思いなので、それをみなさんに伝えたいんですよ。出演者、スタッフが一丸となって22年やってきましたから。‟本当はこういうふうに作っていたんですよ“というのを、番組が終わった今だからこそ、ちゃんと伝えていきたいんです。 (取材・文=編集部) ●くぼたまさと・どっとこむ <http://www.kubota-masato.com/>

【追悼/再掲】相澤秀禎×中森明夫 淳子、聖子、ユッコ、ノリピー……育ての親が語る「アイドルたちの40年」

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●「サイゾー」2007年6月号より再掲  片や、桜田淳子、松田聖子、酒井法子、安達祐実、ベッキーなど、常に時代の要請に応じた女性アイドルを輩出してきた、大手芸能プロ「サンミュージック」会長・相澤秀禎氏(来年、同社創立40周年)。片や、「おたく」「チャイドル」などの言葉を生み出してきた“サブカル界の黒幕”中森明夫氏(今年、アイドル評論活動25周年)。中森氏の軽妙な語り口につられて、相澤氏が、大物アイドルたちの活躍の「舞台裏」を、赤裸々に語り出した──。  「日本最大のアイドル」(中森)である松田聖子を生み出したサンミュージック。その聖子は89年に突然独立を表明、アメリカ進出を目指す聖子と、同プロの方針の違いが原因との報道もされた。その後、聖子はさまざまなスキャンダルやトラブルに見舞われることになるが、今年2月、“聖子がサンミュージックに復帰”と報じられた。大手事務所を離れたタレントが古巣に帰ることは、芸能界では珍しいことである──。中森氏は、まずそこから斬り込んだ。 中森(以下、中) 聖子さんが、18年ぶりに復帰されるそうですね。 相澤(以下、相) はい。音楽面での「業務提携」という形です。  昨年末、聖子さんが会長をディナーショーにご招待されたことがきっかけだそうですが、どういうご気分だったんですか?  これまで、聖子に対しては「申し訳ない」という気持ちがあったんです。なぜかっていうと、彼女が事務所を離れる時、本人から何度も電話が入ったんですよ。そこで僕が出て話を聞けば円満解決になってたのに、突っぱねちゃった。だから、聖子がひとりになってからの、いろんな噂を聞くとね、悪いことしたなと。  独立後は、ずっと音信なかったんですか?  その後、一度だけ成城(相澤氏の自宅がある)で会ったことはあるんですけど、よそよそしく挨拶したくらいで。だもんだから、心の中では、いつも聖子に申し訳ないという気持ちだった。だからディナーショーに招待されたときは、「これは行ってあげなくちゃ」って。  聖子さんがステージ上で突然「お世話になった会長さんが来てくださいました」と、挨拶をしたそうですね。  私の顔を見て込み上げるものがあったんでしょうね。彼女、ステージで涙。終わってから楽屋に行ったら、聖子はまた泣いて。僕も「ひとりにしてごめんね」と。それで業務提携という形で、音楽の制作やプロモーションで力になろうという話になった。  独立に際しては、子どもを置いて渡米することに意見の相違があったといわれていますが。  僕は、彼女の希望を叶えてあげたいという気持ちはあったんですよ。ただ、一緒についていたレコード会社のアメリカ担当プロデューサーが、うちを外しにかかったんですね。そういう事情があるから、余計ね、かわいそうでね。  いろいろバッシングはありましたが、日本最大のアイドルは松田聖子だと思うんですよ。彼女は、芸能界のみならず、本当に時代を変えましたからね。  こんなこと言うと彼女に悪いですけど、初めて会ったときは「田舎のお嬢さんだな」と思った。ただし、声はとっても良かった。  70年代、アイドルがちょっと沈んでいたとき、80年に聖子さんがあの衣装、髪形で出てきて、パッと状況が変わった。街中が聖子ちゃんカットになって……。あれは、狙ってたんですか?  僕というより、レコード会社、カメラマンや雑誌社の人が盛り上げてくれて、みんなで松田聖子をつくってくれたんですよ。  以前、会長が「聖子はO脚だからこそ、ミニスカートにした」とおっしゃっていたのが印象的でした。それを隠そうとロングスカートにしていたら、松田聖子になってない、普通は欠点であるところが、魅力になっている人がアイドルだと。そこが会長独自の感覚ですよね。数々のスターを生んでこられた秘訣だと思いますよ。 ■森田健作から始まった、40年のアイドル街道  来年は、サンミュージック創立40周年だそうですね。最初のタレントは、森田健作さんですよね。  そうですね。考えてみれば、よくここまでやれたな。その前、僕は龍美プロで、西郷助封Fのマネージャーをしてました。その頃の西郷は、今のキムタクさんくらい人気があった。コンサートで入れなかった人が押し寄せて、警官2人が圧死するという惨事を生むほどにね。  圧死!?  そんな中、どうしても新人をやりたくて探していたら、「あるダンサーの弟にいいのがいる」と。それが森田健作。パッと見て、「こりゃいいや」と、サンミュージックを立ち上げました。  最初の女性アイドルは桜田淳子さんですね。桜田さんは『スター誕生!』(1971~83年に放送されたオーディション番組)で合格して、複数の芸能プロが獲得しようとしたんですよね。  十数社ですね。番組後、交渉時間は各社5~10分しかなくて、うちはそのとき無名の会社で、所属タレントは3人だけ。仕方ないんで、「一生懸命頑張りますから、お願いします」って、タレント3人の名前を紙に書いて置いてきた。そしたら、彼女が森田のファンで、「森田さんのいる会社に行きたい」って。  桜田さんが、92年の統一協会の合同結婚式をきっかけに、芸能界を離れられたことについてはどうお思いですか?  もし、あの子が芸能活動を続けていたら、今ごろすごい舞台女優になってますよ。でも、彼女は宗教を信じきってましたから、どうすることもできませんでした。  会長は、ご自宅に女性タレントを下宿させることで有名ですが。  淳子から酒井法子ぐらいまでは、そうしてました。高校を卒業するまでは、下宿をさせる。地方の親御さんは、そのほうが安心するんですよ。多いときは4~5人いたな。  会長にとって、アイドルとはどういうものなんですか?  それは、中森さんのほうが詳しいんじゃないですか?(笑)僕は、自分の感覚だけでやってきたから。早見優のときは、プロフィールの写真を見ただけで決めたし。  鮮烈でしたよね、ハワイ育ちで、それまでいなかったタイプ。  僕は結構欧米的な感覚なんですよ。横須賀で育って、カントリーバンドもやってたから。  最近は、ベッキーも人気だし。  ベッキーは、下着メーカーのオーディションで来たんですよ。友人の下着メーカー社長に審査員を頼まれて。下着モデルですから、20代以上がほとんどなんだけど、その中に14歳のベッキーがいた。これは面白いと思ったんで、優勝はできなかったけど、急遽「サンミュージック賞」をつくって受賞させました。  下着モデル! お宝情報ですね(笑)。僕は一度、会長が審査員をされたオーディションに審査員のひとりとして参加したことがあるんですが、会長は履歴書を見て、「この子とこの子」ってパッと決めるんですね。そういう方は初めてでびっくりしました。あれは直感ですか?  直感だけですね。  それに、芸能スクールを全国的に展開されてますよね。倉木麻衣がスクールにいたとか。  大塚愛も、いたんですよ。  サンミュージックが、Jポップの歌姫たちを育てたようなもんですね。浜崎あゆみも、かつては所属してましたしね。  ええ。みんないい子でしたねえ。昔は、道を歩いてて「いいな」と思ったら声をかけてたんですけど、だんだんそういう機会がなくなってきました。でも、スクールで1~2年レッスンをすると、つぼみがフーッと開くところが見えることがあるんですね。ああ、これは売れるかもしれないと。塚本高史なんかもそうですね。  安達祐実さんは、どうですか?  彼女は10歳のとき、お母さんとここに来たんです。そのとき、お母さんのほうがベラベラしゃべってて、彼女がお母さんを制止したんです(笑)。10歳の子がですよ。すごいなと思いました。  安達さんは、“できちゃった婚”をしてしまいましたね。しかも、ホリプロのコメディアンと。  堀(威夫・ホリプロ取締役ファウンダー)さんから僕に、「ごめんね」って電話がありました(笑)。僕は「いい子を紹介してくれたね」って。祐実ちゃんが好きになった子なら、いい人だと思ったんですよ。  記者会見は、どちらが仕切ったんですか? 大手プロ同士、メンツがあるから、もめることもあると聞きますが。  男性側が仕切るのは当然なんですけど、うちはうちでかわいさもありますから、「金屏風を立てて、ちゃんと記者会見したい」と堀さんに頼みました。  今、息子さんが社長を継いでおられますが、帝王学をお教えになったんですか?  いや、ないです。彼は僕のやり方とは違います。5~6年前にお笑いをやりたい、って言ってきて、僕は「芸人には、人間的にいいのがいない」と思ってたんです。ところが、(カンニング)竹山にしてもヒロシにしても、みんなまじめ。そういうやつもいるんだっていうことを息子に教えられて、あとは委せるようにした。今はホストの城咲仁やヘアメイクのTAKAKOまで連れてきて、僕とは違う感覚をもってますね。 ■法子にいい話が来るのは、ユッコが見てるからかな  今年も岡田有希子さんの命日である4月8日には、岡田さんが亡くなられた、このサンミュージックが入るビルの前に200人くらい集まりました。僕も毎年、手を合わせに伺うんですが、ファンはもう中年になっていたりで、わりと和やかな雰囲気でした、岡田さんがご存命なら、39歳ですね。  ユッコも、かわいそうにねえ。僕はここ(会長室)にはタレントの写真を飾らないことにしてるんですが、ユッコだけは飾ってある。「おまえは永久にうちのタレントだから」って。  毎年、命日にビルの前でお見かけする若い女性に話を聞いてみたんですけど、「今でも毎日、岡田さんの曲を聴いている」って言っていましたね。それと、13回忌のときに開かれた「岡田有希子展」に行って、中学校のときの通知表を見て仰天しました。4が1個くらいであとは全部5。  あの子はね、うちのタレントの中でも、特に繊細な子だったですよ。この(会長室にある)写真のサインね、4月5日になってるんです。自殺の3日前。彼女は4月から一人暮らしを始めたばかりで、5日に僕の家に来た。そのときに、明るい話はしてるんですけど、どこかいつもと違う。なんか考えてるみたいなところがあった。それで、「おまえがこれからうちの会社を背負っていくんだから、がんばらなきゃだめだよ」って励ましたら、彼女は「あとにいい子がいるじゃない」って、当時うちに住み始めたばかりの法子のことを言うんですね。それで「じゃ、法子にサインやってくれよ」って、写真パネルにサインをもらったんです。それが、先ほどの写真ですよ。で、それから3日後に……。今でも法子にいい仕事が来るのは、「ユッコが見てるからかな」と思うことがある。子どもがいるからレギュラーは無理だろうと思っていたら、今春からドラマが始まったし、日中親善大使になったり。  スターって、星ですよね。星は太陽の光を反射して光る。でもサンミュージックは太陽(=サン)だから、自分で、発光してる。だけど、太陽には太陽黒点という黒い点もある。それも含めて光にしちゃう会社。それがアイドル評論家としての、僕のサンミュージック論です。サンミュージックは、僕らのようなライターに対してもやさしいですしね。他のプロダクションには、何か書いたらすぐ内容証明を送ってきたりするところもあるようです。  僕はね、「黒いものは、きれいな黒に書け」という理論なんですよ。どうせ斬られるなら、「せめて、こういう書き方はできないだろうか?」って頼むんですよ。そうすると、向こうもわかってくれる。敵こそ、ちゃんと付き合わないと。それと、できるだけ若い人と付き合うようにしてる。まだ会社に入ったばっかりの子だとなかなか話が通らないけど、10年経てば偉くなるんだもん。偉い人とばかり付き合っていたら、10年後には友達がいなくなって、自分だけ雲の上になっちゃう。だから、これからも、いろいろとかわいがっていただければ……。77(歳)になってあれなんですけど。  77歳ですか。お変わりになりませんよね。こんなあけっぴろげな会長は、ほかにいませんよ。  だから儲からない(笑)。お金に細かくなれば儲かるかもしれませんけど、僕は自分の好きなものを手がけたいから。いいものには後から金がついてくる。難しいですよ。誰でも、そううまくいくわけじゃないからね。今、ジョンリっていう18歳のシンガーソングライターを手がけてるんです。英語がペラペラで、15歳のときにバークレー音楽院のサマープログラムで作曲を習ってきたという子。彼女のブログを見ると、幅広い年齢の人が感想を書いてる。彼女は、きますよ。バラードがいいですよ。  すごいですね、77歳で新しい子を手がけて、ブログをチェックして……。  この子で、マネージャーをするのは最後かな。

格安脱毛サロンに潜入! 予想を裏切るリッチさ、しかも「脱毛のたび美肌になる」?

 一気に夏の陽気になった今日この頃。衣替えは終わってもムダ毛の処理は間に合わず、外出前に肌が出ているところだけ、とりあえずカミソリで剃っている……なんてことはありませんか。それじゃかえって面倒くさいし、仕上がりも雑になりがち。プロの手による脱毛に頼った方が手っ取り早い!

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今回は全国に15店舗展開する「エタラビ」銀座本店に潜入!

 そんなわけで、今回お邪魔したのが、月額9,500円という手頃な値段で全身脱毛が叶うと話題になっている「エタラビ」。俗にいう「安かろう悪かろう」と思いきや、店内に一歩足を踏み入れると、まるでホテルのようなエントランスにびっくり! スタッフの方いわく「通常の脱毛サロンとは違う特別感が出る内装づくりにしているのは、初めてのお客様でも、来た瞬間から『いいな』と思ってもらえるようなお店にしたいからなんです」とのこと。

東進ハイスクールに聞く、林修ら講師のメディア露出増は宣伝/生徒獲得のための戦略?

 サイゾーのニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けします。 ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 海上自衛隊広報室、トンデモ対応の一部始終 問題室員は懲戒処分検討へ フジテレビ、亀山新体制でも視聴率回復は遠い?過去の遺産頼み、社内から疑問の声も… スクープのカラクリ 特ダネは企業からのリーク? テレビニュースはステマまがい? ■特にオススメ記事はこちら! 東進ハイスクールに聞く、林修ら講師のメディア露出増は宣伝/生徒獲得のための戦略? - Business Journal(5月23日)
東進ハイスクール吉祥寺本部校
「Wikipedia」より/Karoyan)
「今でしょ!」のセリフでブレイク中の予備校講師・林修氏(現代文)が所属する大手大学受験予備校東進ハイスクール(以下、東進)。今年に入り、林氏以外にも志田晶氏(数学)、金谷俊一郎氏(日本史)ら人気講師陣がそろって、『ネプリーグ』(フジテレビ系/5月6日放送)『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系/5月17日放送)など多くのテレビ番組に出演するほか、テレビでは繰り返し東進のCMが流され、東進のメディア露出が増えている。  加えて、2013年の東京大学現役合格者の実に3割にあたる600名を東進生(短期講習、模試受験のみの学生は除く)が占めるほか、国公立大学、早計上智大学合格者数でも、前年比大幅アップとなり、実績面でも勢いに乗っている。  その一方で、こうしたメディア露出の多さについて、「認知度アップのため、東進が戦略的に仕掛けている」「宣伝の一環として、東進がテレビ局などに“広告料”を払っているのでは?」(予備校業界関係者)の声も聞かれる。こうした疑問に加え、「露出増による生徒数増加などの効果はあったのか?」「合格実績アップの勝因」などについて、東進の運営元・ナガセ広報部に聞いた。 --今年に入り、東進講師のみなさまのメディア露出が増えていますが、その効果による新学期(4月〜)の生徒数増加は見られますか? ナガセ広報部(以下、広報部) メディア露出増の効果がどれだけあるかは不明ですが、前年に比べて生徒数が増えていることは確かでございます。 --東京大学、国公立大学、早慶上智大学の合格者数が軒並み前年比アップとなっていますが、勝因はなんでしょうか? 広報部 優秀な生徒さんが集まってくるようになったこともありますが、日頃からの教材やカリキュラムといったいわゆるコンテンツ力の強化が、少しずつ成果として現れてきているのではと考えております。 --今年は600名の東進生が東大に現役で合格しています。ほかの予備校と異なり、東進では発表する合格者数に、夏期などの短期受講者や模試試験のみの受験者をカウントしていませんが、なぜでしょうか? 広報部 やはり、予備校の実績をあらわす指標としては、現在弊社が採用する基準が最も厳格であり、信頼いただけるものと考えております。ちなみに、他社様と同じ基準で比較した場合、弊社の東大現役合格者数は、おそらく今の2倍以上になるのではと考えております。 --講師のみなさまのメディア露出増は、貴社が戦略的に仕掛けているのでしょうか? 広報部 そのようなことはございません。2年くらい前から放送し始めた弊社のテレビCMが、おかげさまでさまざまなテレビ番組でパロディ化されたり話題になり、今年1月に林修先生が「今でしょ!」で出演されたトヨタ様のCMで火が付き、以降、ありがたいことに数多くのメディアに出演させていただいているというのが実状です。ですので、自然発生的に露出が増えているという状況です。 --すると、一部で囁かれている「東進が認知度アップのために、テレビ局などに広告料を払って講師を出演させている」というのは、単なる噂ということでしょうか? 広報部 はい。そのようなことは一切ございません。 --東進には、人気のある実力講師が数多く揃っていますが、どのように集めているのでしょうか? 広報部 公募とスカウトと両面から充実を図っています。また、契約形態や待遇等については、講師によって個々に決めさせていただいております。 --ありがとうございました。  ちなみに、人気講師ともなるとかなりの高額になるともいわれる年収であるが、元東進講師の瀧山敏郎氏は、「女性自身」(光文社/6月4日号)の取材に対し、林修氏の年収について「5000万円は超えているでしょうね」とコメントしている。また、契約形態については、前出の『中居正広の金曜日のスマたちへ』に出演した講師陣が、「個人によってまちまち。僕は複数年契約」(志田晶氏/数学)、「年間の内、1カ月間は海外で過ごしてよいという条件」(福崎伍郎氏/英語)と明かしている。  東進は全国約90校を展開し、授業映像を配信する東進衛星予備校も含めると約800校にも及ぶ。2013年、東進生の国公立大学の現役合格者数は1万1031名、早慶上智大学は5017名と、いずれも前年比増となり、予備校業界での存在を増している。 (文=編集部) ■おすすめ記事 海上自衛隊広報室、トンデモ対応の一部始終 問題室員は懲戒処分検討へ フジテレビ、亀山新体制でも視聴率回復は遠い?過去の遺産頼み、社内から疑問の声も… スクープのカラクリ 特ダネは企業からのリーク? テレビニュースはステマまがい? 黒田金融緩和が市場を破壊?年金給付削減、住宅ローン金利上昇、国債信認低下懸念も ホンダF1復帰の思惑とは?マクラーレン・ホンダ復活の影に新興国市場と環境技術革新

株の大暴落いいじゃない

[暴落予測男BOZZへ!日経平均株価1000円以上暴落したそうですがBOZZは予測してましたよね。またまた機関投資家や外資の利食い売りですか?(・∀・)いのうえ] エコノミストはいろいろ言うだろうけど、第一の原因はズバリ消費税。やっぱり麻生じゃダメだわ。少し景況感が良くなったくらいで財務省の飼い犬代議士は消費税アップを既定路線のように決めつけるものだから、世間がそのタイムスケジュールに間に合わせようと焦ってしまう。

角質パック日韓対決!~結果発表

角質パック日韓対決!品質重視の日本製品か、低価格で猛威を奮う韓国製品、どっちが効果アリ!?
検証結果発表☆ まずは、おぞましく汚い足の裏をお見せします!食事中の方は要注意!! ちなみに、タコには効かないらしく、15年間ヒールを履き続けて爆弾岩のようにガチガチになった私のタコ足にはあまり効果ないだろうなぁ~と期待は薄かったんだけど、途中経過が凄まじいことに!

飲酒運転、なめんなよ

罰則規定が厳しくなったが、飲酒運転は相変わらず後を絶たない。先日の調査での出来事である。退勤後、自家用車で第2対象者(浮気相手)を迎えに行った対象者(男性)。第2対象者を助手席に乗せて向かった先は、飲食店街のコインパーキングだった。2人は近くのレストランに行き、ワイン1本を2人で空ける。レストランを出た2人はさらにバーに入店。
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ドラマ高視聴率も吉高ピンチ?

ドラマが軒並み低空飛行を続ける中で、高視聴率を叩きだし続ける『ガリレオ』(フジテレビ)第2シーズン。が、注目を集めれば集める程に様々な憶測が飛び交うのも宿命なのだ。特にヒロイン交代劇に関する噂話は数多く流れ、今や柴咲コウと吉高由里子の不仲説にまで発展している。