
韓国で『私の頭の中の消しゴム』256万人、『私たちの幸せな時間』313万人という恋愛映画の大記録を6年ぶりに塗り替えた作品が、日本でも公開される。『建築学概論』という、恋愛映画とはとても思えないタイトルの映画がそれだ。
建築士として忙しく働いている主人公スンミンの建築事務所を、ひとりの女性が訪れた。ソヨンという名の彼女は、15年前、建築学科の学生だったスンミンが建築学概論の授業で一目惚れした女性だった。彼女は建築士であるスンミンに、家を建ててほしいと依頼をする。それぞれが思う“家”への想い、そして初恋の切ない思い出……。初恋の女性との再会に戸惑うスンミンは、どんな道を選択するのか?
監督は、これが日本初公開作品となるイ・ヨンジュ。実際に建築士として10年間勤めた経験を基に、この脚本を書き上げた。恋愛映画が中年男性たちをここまで胸キュンさせるというのは、あまり聞いたことがない。韓国の男性も初恋は忘れられないものなのか? 来日したイ監督に話を聞いた。
――監督2作目にして大ヒットおめでとうございます。なぜこの映画が韓国でここまでヒットしたと思いますか?
イ・ヨンジュ監督(以下、イ監督) 今は中年に差しかかっている男性が、青春の良き思い出が詰まっている90年代を回想するストーリーなんです。だから30~40代の男性たちに、非常にウケたんでしょうね。若い頃っていろんなことに当惑したり、好奇心を持ちながら、それぞれが楽しい青春を送っていた。もちろん楽しいことばかりではなく苦しいこともあったけど、そういった思い出を回想する幸せというのがある。若い頃のソヨンを演じたスジ(K-POPグループ「Miss A」のメンバー)が、その世代の男性たちに人気なことも原因かもしれませんが(笑)。
――イ監督自身、もともと建築家として長く働いていたそうですね。映画監督に転身した一番の理由は、なんだったんですか?
イ監督 建築学科を卒業した後、10年間設計事務所に勤めていました。だけど隣に座っていた課長や部長たちを見ていたら、自分が5年後や10年後にあのようになっているのかと思うと、とても幸せには思えなかったんです。建築の仕事に対する意欲も、やや失いかけていたときでしたし。趣味として短編映画をいくつか撮っていたんですが、その趣味がだんだん高じて映画の世界に入ることになりました。
――初恋と家について描くこの映画は、10年間構想を練っていたそうですね。
イ監督 はい。でも設計事務所に勤めている間は、まさか映画監督になるとは思っていませんでしたけどね。最後の1年、建築家になって10年目のとき、文化センターへ映像について習いに行っていたんです。6カ月のコースだったんですが、その最後にみんなで短編映画を撮ることになりました。生徒の中から私が書いたシナリオが選ばれて、書いた本人だからということで演出を任されることになりました。どうせ撮るならしっかり撮ってみようと、一時休職願いを出したんです。2~3カ月ぐらいで集中的に撮っていい思い出にするつもりが、本格的に映画監督を目指すことになり、結局そのまま辞めてしまいました。
――若い頃、映画監督になりたいという思いはなかったんですか?
イ監督 若い頃は、映画業界には変な人しかいないという、先入観があったんです。怖くて変わり者が多くて、夜になると酒ばかり飲んでいるというイメージがあったので、そんな業界で働くなんて考えもしませんでした。実際に映画監督になってみたら、その先入観通りでしたけど(笑)。
――映画は、もともと好きだったんですか?
イ監督 実は、映画監督として、それが一番のコンプレックスでした。映画が好きか嫌いかと言われたら好きなほうだけど、見た本数も人並みでした。映画監督をやっている方たちは工業系大学の出身者が多くて、みなさん機械関係にもすごく詳しいんですが、私はそうじゃない。今はコンプレックスとは思っていないですけどね。
――建築士として働くことに意味を見だせなくなってしまったのに、それでも建築士を主人公にしたのはなぜですか?
イ監督 やはり建築をやっていたからこそ、無意識のうちに建築に関する映画を撮ってみたいなという思いがあったのかもしれません。それに、家を建てることがテーマの映画というのは、これまで韓国にはなかったんです。建築士なら、一切リサーチをすることなく書けますし。建築士時代はあまりにも忙しく、今でもときどき悪夢のように思い出します。徹夜明けで家に帰れなかった主人公が机の上で寝ているシーンが出てきますが、あれは私の実体験なんですよ。だけど、建築自体が嫌いになったわけではありません。
――もうひとつのテーマ、初恋についても聞かせてください。主人公スンミンの初恋エピソードに共感する男性は多いと思いますが、こちらもイ監督の実体験が元になっているのですか?
イ監督 私の体験そのままが投影されているわけではありませんが、人としてのタイプは私に似ているかもしれません。親しくなってもなかなかタメ口がきけないところや、好きな女性がいても告白ができなかったり、付き合い始めても彼女にもどかしさを感じさせてしまう。女性にイライラさせてしまうようなところは、私と同じだと思います。
――男友達同士で好きな彼女の話題が出たときに「俺は興味ない」なんて言ってしまうことなんて、きっと誰にでも思い当たるでしょうね。
イ監督 そうなんです、それも私の実体験ですから(笑)。
(※ここからはネタバレになるため、作品をご覧になってからお読みください)

――スンミンの初恋が最終的に実らなかったことは、個人的にはショックでした。これは最初から決めていたことなんですか?
イ監督 映画の構想を始めた10年前からずっと、ハッピーエンドにするつもりはなかったんです。いろんな映画製作会社を回りましたが、断られるときの決まり文句が、「ハッピーエンドじゃないと誰も見ないよ」でした。さんざん断られて最後にたどり着いたのが、実際にこの映画を製作することになったミョンフィルム。代表が、「ラストはこのままでいこう」と言ってくれました。本当はそこでもダメだと言われたら、もう「ハッピーエンドに変えます」と言おうかなと思っていたところだったんです。彼いわく、「ハッピーエンドにしてしまうということは、スンミンの婚約者が加わって泥沼になりかねないから」と(笑)。だからこのままで終わらせよう、ということになったんです。
――「初恋は実らない」という言葉が日本にはあります。韓国でも、そのような考えはありますか?
イ監督 スンミンの親友のナプトゥクが映画の中で言ったセリフで、実際はカットしてしまったんですが、広告で使ったセリフがあるんです。「初恋は、叶わないから初恋である。叶ってしまえば、最後の恋になる」と。初恋は叶ってしまうとつまらないものだと、僕も思います。
――素敵なセリフなのに、どうしてカットを?
イ監督 DVDでご覧いただければそのカットしたシーンを見ることができるんですが、ナプトゥク(演じたチョ・ジョンソクは、この映画を機に大ブレイク。映画の中での口ぐせ「どうする、お前」は2012年の流行語大賞にノミネートされた)が、かなり個性的なキャラクターで(笑)。セリフも多かったし、これ以上しゃべりすぎると、彼の映画になってしまうと思ったんですよ。
――日本でも、先に試写で見た多くの男性が、この映画を絶賛しているそうです。
イ監督 韓国では大概の男性が、今の奥さんに「君が初恋の人だよ」と嘘をついて結婚生活を送っていると思いますよ。奥さんに対しても周囲に対しても、妻が初恋の女性だと言っておくのが暗黙の了解なんです。でもこの映画を見た多くの男性が、奥さんではない初恋の人を思い出して泣いたらしくて(笑)。「最初に夫婦で見たときは涙を必死で我慢して悟られないようにしたけど、後日ひとりで見に行って号泣した」「9回見に行った」なんていう声も聴きました。日本の男性のみなさんからの感想も、とても楽しみにしています。
(取材・文=大曲智子/撮影=尾藤能暢)
●イ・ヨンジュ
延世大学の建築学科を卒業後、建築士として10年間勤務した後、映画界に転向。ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(2003年)で演出を務めるなどして映画を学んだ後、本作の脚本を書き上げた。その後2009年に映画『不信地獄』で監督デビューを果たす。『JSA』で知られるミョンフィルムとの出会いをきっかけに、『建築学概論』を映画化した。
『建築学概論』
5月18日より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
監督・脚本/イ・ヨンジュ
出演/オム・テウン ハン・ガイン イ・ジェフン スジ(Miss A)
公式サイト <
http://www.kenchikumovie.com/>
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