朝日新聞社とテレビ朝日系列が「微妙な関係」になっているため、昨年、朝日新聞社長に就任した木村伊量氏が役員人事で苦労している。これは、朝日新聞経営トップ層がコーポレートガバナンスに関して理解不足であるがゆえに起きている「災難」でもある。 朝日新聞の一部経営層は現在、危機感を抱いている。「2012年度は広告の出稿額で読売新聞に初めて負けそう」(関係筋)だからだ。これまで朝日新聞社内では「部数では読売新聞に歯が立たないが、紙面のクオリティはうちが上で広告価値が高いため、広告出稿額では絶対に負けない」という自負があったが、それが崩れようとしているから一大事なのだ。 ご多分に漏れず、新聞広告も不況の波に襲われているが、朝日新聞社の場合、経済部出身で広告担当常務だった久保田泉氏(11年に退任)がトップセールスを展開し、落ち込みになんとか歯止めをかけていた。しかし、同じく経済部出身で後任の和気靖常務が「お調子者のまったく無能な役員で、理屈だけは口からポンポンと出てくるが、実行が全く伴わない」(朝日新聞幹部)との評判で、不況と相まって落ち込みに歯止めがかからなくなったという。 この和気常務は、広告担当の前はデジタル部門などを担当していたが、ここでもほとんど成果を出せなかった。ただ、経済部系の「ドン」と呼ばれる箱島信一元社長の覚えがめでたく、週刊朝日での「橋下問題」の責任を取って退任した朝日新聞出版社長だった神徳英雄氏と並んで、箱島派の「助さん格さん」と呼ばれていた。「記者としても管理職としても和気氏は無能だが、秋山耿太郎前社長は箱島氏から社長を禅譲してもらった恩もあったため、箱島派への恩返しで番頭格の和気氏を役員に抜擢した」(同)というのが実情のようだ。 しかし、能力不足の和気氏はどこの部署を担当させても成果を出せず、木村体制では「お荷物役員」となりつつある。このため、木村氏は和気氏を、テレビ朝日系の中核会社である朝日放送(本社・大阪市)に社長含みの役員で送り出す方向で動いている。 ●朝日新聞、朝日放送を子会社だと勘違い? これに困ったのが朝日放送である。朝日放送側も和気氏が無能で役に立たないことを察知しており、「朝日放送の脇坂聡史社長が、朝日新聞側に『和気氏を送り込まれては困る』と猛抗議した」(テレビ朝日関係者)ようだ。その関係者は「朝日放送は朝日新聞の子会社ではないので、役員人事は朝日新聞の意向だけでは決められない。資本の論理では動かせない会社なのに、朝日新聞は勘違いして子会社だと思って、無能な役員や幹部の天下り先として活用している」と語る。 確かにテレビ朝日や朝日放送は朝日新聞の子会社ではなく、持ち分法適用会社である。 テレビ朝日と朝日放送の関係を見ても、朝日放送はテレビ朝日の子会社ではない。朝日新聞とテレビ朝日の関係については、かつてテレビ朝日は朝日新聞から34%の出資を受け、定款変更などで拒否権を持たれて支配された会社だったが、朝日新聞が創業家の村山家が保有する株式を相続対策としてテレビ朝日に引き受けてもらって以来、会社法の決まりで出資比率を下げなければならず、テレビ朝日は朝日新聞の支配権が完全に及ぶ会社ではなくなった。この「資本の論理」を朝日新聞社の経営トップが理解していないのである。 世間一般の企業の事例をご紹介しよう。例えば、グループ企業の多いトヨタ自動車を見てみよう。グループ最大手の自動車部品メーカーのデンソーは売上高の半分をトヨタに依存しているが、トヨタの支配権が完全に及ぶ子会社ではなく、持ち分法適用会社である。トヨタはデンソーを支配すべく、社長や会長を送り込もうと画策しているが、デンソーはしたかたにそれを拒否するケースもある。特に社長ポストはトヨタに絶対に渡さない動きが強まっており、トヨタが送り込もうとすると、機先を制して先に役員人事を決めてしまい、トヨタが入り込めないようにすることすらある。 デンソーは、売上高の半分をトヨタに頼っているとはいえ、見方を変えれば、半分はトヨタ以外の自動車メーカーとの取引であり、「トヨタ色」がつきすぎるのも得策ではないからだ。 ●テレ朝のしたたかさ 朝日新聞とテレビ朝日系列も、同じような関係だ。現場の人的つながりやビジネスでは強い関係があるが、朝日新聞は「資本の論理」ではテレビ朝日系列を支配できなくなっており、役員人事は意のままに動かせないのである。それを一番理解して巧みに役員人事に活用しているのが「脱子会社」に成功したテレビ朝日の早河洋社長である。朝日新聞との無益な摩擦を避けるために、朝日新聞側からは一旦役員を受け入れても、早河氏の判断で即座に役員を異動させる。 先に述べた久保田泉氏は朝日新聞常務を退任後、テレビ朝日専務に天下ったが、わずか1年で退任に追い込まれた。「自分に意見してくる久保田氏を嫌った早河氏が、久保田氏を東北の系列局である東日本放送社長に送り出そうとしたが、久保田氏がこれを蹴ったために退任した」(朝日新聞関係者)という。 「親・子会社」というこれまでの朝日新聞とテレビ朝日の関係であれば、不祥事でもない限り、親会社の常務から引き取った人物をわずか1年で異動させることなどは絶対にできなかった人事であろう。今年は、朝日放送が和気氏を受け入れるか否かの人事が注目される。 (文=編集部) ■おすすめ記事 不倫告発された新婚スターとは? 「池田大作死亡ネタ」を繰り出す最強芸人とは? 学費週38万円!ラーメン界のドンが経営する学校…戦闘機から製麺機を開発? 楽天・三木谷社長、安倍政権中枢進出で政商への道着々!?カジノ解禁にも意欲 iPhone販売不振、早くも日本企業に打撃…中国経済下押し懸念も 東大は滑り止め?ハーバード大志望学生増は素晴らしいことである朝日新聞東京本社(「Wikipedia」より)
朝日新聞とテレ朝系列、無能役員押し付け合いでゴタゴタ…広告額でも読売に敗北?
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朝日新聞とテレ朝系列、無能役員押し付け合いでゴタゴタ…広告額でも読売に敗北? - Business Journal(2月21日)



■一夜にして普通に街を歩けなくなった
――本家のglobeは好きだったんですか?
「あんまり知らなかったです(笑)。地元が田舎なもんで、地上波のテレビで見られるダンスってTKサウンドが多かったんですけど、globeさんってダンサーいないじゃないですか?(笑) だからSAMさんのマネをしてみたり、安室ちゃんのバックダンサーに憧れたり……」
――マーク・パンサーには憧れなかったんですか?
「それはまあ……いい人だと思いますけど(笑)。当時みんな“なんで白髪のおじちゃんがラップしてるんだろう”って思ってたんじゃないですかね(笑)。でも、一応パーク・マンサーをやる時には意識しました」
――どこを意識したんですか!? 髪形から何から全然違うじゃないですか!
「アレは当時、ダンシング刑事っていうユニットをやっていたので、それ用の髪形なんですよ。松田優作をイメージしたアフロに、それだけじゃ面白くないから、前髪だけストレートにして……。全然関係のない髪形でマーク・パンサー役をやっていたというのもウケたんじゃないですかね。それに『キムタクみたいになりたいと思って東京に出てきたのに、どうしてこんな変なことやってるんだろう』という葛藤もあり……その感じがまた面白がられたのかもしれないですけど(笑)」
――番組がオンエアされてから、生活は変わりましたか?
「いやー、一夜にして普通に街を歩けなくなりましたよ。金は全然持ってないのに、異常なほど知名度だけ上がっちゃって。まだ普通にアルバイトしてましたからね。それに、いろんな人が寄ってくるようになりました。あの時、もっと遊んどけばよかったですよ……当時はまだ業界のことが分かってなかったので、全然遊べませんでしたね」
――いきなりそんな有名になって、有頂天になったりはしなかったんですか?
「完全に天狗でしたね(笑)。番組に出た瞬間にガーッと人気が出て、でも1クールくらいで『もう無理だなー』と思って。なんとか面白くしようといろいろ試行錯誤はしていたんですが、それでも10回くらいやったら、明らかにお客さんが盛り下がってるのが分かっちゃったんですよ。『もう、このネタを続けてても無理だなー』って」
――まあ、globeの替え歌に限定された中でやっていくのは、なかなか難しいですよね。
「『アホだな』という曲でやれる動きもネタも、やり尽くしちゃったのかもしれません。しかも番組の特性上、あのキャラでほかの番組に出るわけにもいかなかったので。だから人気がなくなって消えていったわけではなく、自分から辞めさせてもらったんです」
――ほかの番組に出てなかったとは思いませんでした。とにかくインパクトは強かったですから、妙に記憶に残ってますよ。
「たぶん『学校へ行こう!』にも、20回くらいしか出てないんじゃないかと思います。でも、いまだにこれだけ覚えてもらっているというのはありがたいですね。パーク・マンサーとしての活動をやめてからも、しばらくはパーク・マンサーとしか見られませんでしたから。……今はルックスも全然変わっちゃったんで、こっちから言わないと気付かれませんけど」
■ライバルはパーク・マンサー
――その後は、主に役者として活動していたそうですが。
「パーク・マンサーをやる前から舞台に出たりはしていたんですが、パークでガーッとネームバリューが上がって、いろいろと仕事が来るようになったんですね。それで『オレ、役者でも行けるなぁー』とか調子に乗ってたんですけど、現場に行ったら全然セリフが言えなかったりして……。いろいろとヘマしました」
――一気に人気が出たパーク・マンサーと比べ、役者としてはなかなか芽が出ていない状態ですが、それでも役者にこだわっている理由は?
「僕は最終的にエンターテイナーになりたいと思ってるんで、そのためには俳優としても結果を出さなきゃならないんですよ。パーク・マンサーではある時期、お笑いの世界で結果を出したなって思ってますから。同じ人間なのに、アイツ(パーク・マンサー)のせいで人生を振り回されているくらいなことになっているので、まずはパークを乗り越えたい。誰が一番のライバルかって言ったら、パーク・マンサーですから!」
――そんなサンガさんは今、千原せいじさんが理事長を務めるダンススクール「せじけんスタジオ」の校長をやられているわけですけど、どういった経緯があったんですか?
「役者だけじゃ食えないんですけど、バイトをやるなら少しでも業界とつながれる場所でやりたかったので、知り合いの芸人さんに紹介してもらって、せいじさんがオーナーのバーで働いてたんですよ。それでちょうど一年くらい前、せいじさんがオープン前にフラッとやって来て飲みだして。しかもその日は全然お客さんが来なかったので、せいじさんとじっくり話す機会が訪れたんです。このチャンスに、僕っていう人間をなんとかアピールしようと思い『昔、ダンスやってたんですよ』とか話していたら『ほっかー。オレ今度、ダンススクールやろと思とんねん』って。義務教育でダンスが必修になるっていうのもあり、ダンススクールを作ろうという構想があったらしいんですね。『ほなお前、校長な』って」
――えー、いきなり!
「もうこっちはポカーンですよ。でも、まあ飲みの席での話だろうなと思っていたんですけど、それからせいじさんに会うたびに、ちょっとずつ話が進んでるんです。物件が決まったのが去年の6月頭くらいで7月にはオープンでしたから、本当に右も左も分からない状態でのスタートでしたね。ダンスを教えたことはあったけど、スクールの運営なんてやったことないから、いまだにバタバタしてますよ」
――それでも、これはチャンスだと。
「うーん、大変は大変ですけど、チャンスなんでしょうね。僕は絶対に売れるんで(笑)、そうなった時に、こんな面白いエピソードってないと思うんですよ。先生と呼ばれる職業はたくさんありますけど、校長と呼ばれる人はなかなかいませんからね(笑)」
――そのせじけんスタジオで今、「せじけんアクターズ」一期生の募集をしているそうですけど、コレはどんな企画なんでしょうか?
「生徒という感じではなく、一緒にやっていける仲間を集めたいっていう感覚ですね。自分が結果を出せてないから大きなことは言えませんが、今って兵隊みたいな、コマのひとつで甘んじて、自分が王将になろうっていう人が少ないと思うんですよね。たとえばテレビとかで今の若い子たちを見ていても、『なんでそんな狭い表現の幅でやろうとしているの? もったいない』って思っちゃうんです。自分はHIROさんが、どん底の状態からEXILEを立ち上げていく過程を見てきたんで、そういうふうに、やりたいことができないなら、自分たちで状況を変えていくという気持ちを持っていたい。それを一緒にやれる人たちに、応募してきてもらいたいです!」
(取材・文=北村ヂン)
●サンガ
1978年、富山県生まれ。2002年、『学校へ行こう!』(TBS系)の人気コーナー「B-RAP HIGH SCHOOL」で、「軟式globe」 パーク・マンサーとしてブレイク。その後、役者に転身。ドラマや映画、舞台などで精力的に活動中。今春放送 『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ系)スペシャルに出演。12年より、千原せいじが理事長のダンススクール「せじけんスタジオ」の校長も務める。
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