


















「女性セブン」2月28日号(小学館)
下世話、醜聞、スキャンダル――。長く女性の“欲望”に応えてきた女性週刊誌を、伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ぶった斬る!
第164回(2/15~19発売号より)
モントリオール五輪で「和製コマネチ」とまで言われた元体操選手の岡崎聡子(52)が覚せい剤で逮捕された。これで6度目の逮捕だそうだ。最初に逮捕されたのは約20年前。覚せい剤の再犯率の高さを改めて思った。そういえば元光GENJIの赤坂晃くん、そろそろ今春あたり出所予定だよなぁ。
【作品名】『同級生の不幸は蜜の味』(前編) 【作者】永矢洋子 『ご近所の悪いうわさ』2012年12月号収録
【作品紹介】高校時代のミスコンで、私を差し置いて1位になったアノ女! 同窓会で再会したら、シワシワで老眼のオブスになってた!! しかも、結婚した旦那がクズで離婚したんだって! ホント、かわいそ~。生活費に困ってるっていうから、うちの家政婦として日給1万円で雇うことにしたわ!
【サイゾーウーマンリコメンド】よほどミスコンで1位になりたかったんでしょうね……。彼女がミスになってりゃ、被害被る人間も最小限で食い止められたはずなのに! 「いつか見返してやる」という執念は、人間が努力を続ける何よりも強い動機になるんだな、と前向きに解釈させていただきましたよ~。
中田秀夫監督が自主製作として完成させたドキュメンタリー映画『3.11後を生きる』が2月23日(土)より劇場公開される。東日本を襲った大震災から4か月後となる2011年7月から中田監督は津波の被害が大きかった岩手県、宮城県の沿岸エリアに入り、4か月間にわたって取材撮影を続けた。津波によって家族を一瞬にして失うという悲劇に見舞われた人々があの日をどのように受け止め、また“3.11後”をどのように生きているのかを中田監督は追っている。中田監督といえば、『リング』シリーズを大ヒットさせたホラー映画の名手。『リング』(98)や『仄暗い水の底から』(02)では家族と引き離される恐怖を描いてきたが、本作との関連性について問うと大きく首を振った。「今回のドキュメンタリーと劇映画はまったく別物」と明言する。海外でも活躍する人気監督を突き動かしたものは、果たして何だったのだろうか。 中田監督はこれまでに3本のドキュメンタリー映画を撮ってきた。『唇からナイフ』などで知られるジョセフ・ロージー監督の評伝『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』(98)、中田監督の師匠である小沼勝監督と“にっかつロマンポルノ”を扱った『サディスティック&マゾヒスティック』(00)、ハリウッド映画『ザ・リング2』(05)での体験をベースにした『ハリウッド監督学入門』(08)とどれも映画業界を題材にしたもの。いわば、ドキュメンタリー製作を通して中田監督は自分の足元を見つめてきた。『リング』シリーズの世界的ヒットで知られる中田秀夫監督。
今回は被災地で働く人々の姿を丹念に取材して回った。
中田 「今までに撮った3本のドキュメンタリーはそうですね。もともと僕は学生の頃からドキュメンタリー映画が好きで、『岩波映画製作所』に入りたいなと思っていたんです。岩波映画はもうないんですが、羽仁進、黒木和雄、土本典昭といったドキュメンタリー監督たちが活躍していた映画会社で、憧れていました。結局、僕は『にっかつ撮影所』に入り、劇映画の世界に身を置くことになったわけですが、今回はドキュメンタリーを撮ることで現実の社会と向き合わざるを得なかった。でも現実社会と向き合うほどの思想を持たない人間が社会問題を扱うドキュメンタリーを作ることはおこがましいという気持ちもあり、自分がいる世界を撮るのが順当だろうという気持ちで今まではやってきていたんです。ですから、被災地で取材を進めた今回は、今までの自分が撮ってきたドキュメンタリーとは大きく異なりますね」 中田監督の劇場デビュー作となった『女優霊』(96)は、もともとは英国留学中に撮影を始めた『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』を完成させる資金を捻出するために撮ったもの。その後、『リング』シリーズをヒットさせた後に『サディスティック&マゾヒスティック』、ハリウッドデビュー後に『ハリウッド監督学入門』を撮っている。中田監督のキャリアを振り返ると、節目節目にドキュメンタリーを残していることが分かる。 中田 「確かにそういう一面はあるかもしれません。今回の企画は、最初はテレビ用のドキュメンタリー番組としてスタートしたものでした。でもかなり初期の段階で、テレビ局側とどうまとめるか話し合った結果、今回は僕個人の自主映画としてやった方がいいという判断で進めていくことになったんです。ドキュメンタリーを撮るときは、自分の中で“やりたい”という衝動と“やらねば”という気持ちが重なると“何がなんでもやる”という心境になるんです。今回は最初こそテレビ局からの話でしたが、自分自身でやると決めてからは、がむしゃらにやるという気持ちになりました。自分のお金で撮るわけですから、そうならざるを得なかったわけです(苦笑)。劇映画の場合はほとんどがオファーを受けて向こうの提示したテーマに沿って撮ることになるんですが、それに対して自分の中から沸き上がってくるものを撮っているのがドキュメンタリーだと言えるかも知れません」岩手県山田町でスナックを経営する三浦恵美子さん。
ひとり娘と3人の孫を失い、自分が代わりになれなかったことを責めている。
自宅に残した両親、妻、2人の子どもを失ったタラ漁師の五十嵐康裕さん、車で迎えにきたひとり娘と3人の孫が目の前で津波に呑み込まれたスナック経営者の三浦恵美子さんらが“あの日”を振り返る。ナイーブな演出で知られる中田監督にとって、家族と引き裂かれた人たちにカメラを向けることは容易な作業ではなかったはずだ。 中田 「辛い、大変だと思うと、もうカメラは向けられません。そこは事前にリサーチして、お話できる状態かどうか確認してからカメラを回しています。アポなしで撮影するような突撃取材はしていません。向こうも、『こいつなら話せるかな』という、お互いに感じ合うものがあってインタビューが成立したように思います。カメラに向かって話すことで気持ちの整理ができたのではないか? いや、インタビュー中はとてもじゃないけどこちらも余裕はないし、僕の口からはそんなことは言えない。ただ、まだ被災から4か月で行方不明の方たちが多い状況だったので、身内に行方不明者がいる方の場合は過去形にならないよう語尾には注意しました。恐る恐るインタビューしていては取材になりませんが、最低限そういうことは気を遣いました」 ■懸命に働くのは悲しみを一瞬でも忘れたいがため 町を呑み込んだ津波のニュース映像や被災後の生々しい情景も盛り込まれているが、本作の主眼は“3.11”を生き延びた人々が被災地で懸命に働く姿だ。新たにスナックを始めた三浦さんはお化粧をしてカウンターに立ち、お客さんに笑顔を見せる。漁師の五十嵐さんは家族を奪った海に向かって仲間たちと漁へ出ていく。仕事とは単にお金を稼ぐ行為ではなく、個人と社会を結びつけるものでもあることがポジティブに描かれている。家族5人を失った漁師の五十嵐康裕さん。
「海を糧にしてきたので、海を憎いとは言えない」とタラ漁を再開することに。
中田 「働かざるを得ないというよりも、何もしないでジッとしていると頭を掻きむしり、どこかに消え去りたくなるような苦しみに襲われるんだと思います。僕もそのような立場だったら、そうなるでしょうね。三浦さんの場合は仏壇に供える花代を稼ぐためでもあるし、三浦さんと同様に家族や家を失ったスナックの従業員たちを食べさせていくためでもあるわけです。だからこそ、前向きに働いている。いや、まだ前向きという言葉は早過ぎるかもしれません。ばっくりと開いた心の傷を、仕事をすることで少しでも縫い合わせる、縫い合わせるのは無理でも、ヒリヒリする痛みを仕事に集中することで一瞬でも忘れることができる。それは長いスパンで見れば、傷の回復に繋がるのかも知れない。もちろん、傷自体は一生消えることはないでしょう。傷という言い方も失礼かも知れない。喪失感とでも言いましょうか。飲み屋とかに行くと、意外とみなさん明るいんですよ。でも、それは笑っていないとやっていられないから。笑いながらも、五十嵐さんが『タイムマシンがあって、あの日のあの時刻の1~2分前に戻ることができたら』と口にすると、みんな泣き出してしまうんです。前向きに懸命に生きようとする気持ちとどうして自分は生き残ってしまったんだろうという、二つの引き裂かれる想いの中で大きく揺らぎながら、被災地の方たちは暮らしているんです」 『3.11後を生きる』は、残された人たちは復興を目指して懸命に働いているという美談だけでまとめることなく、被災地の問題点についても言及する。被災地では略奪行為や暴動は起きなかったと報道されているが、実際にはショッピングセンターで衣料品の略奪が行なわれ、警察も金銭がらみでないものは見逃していたこと。ほぼ海抜0mという危険な場所に介護老人保健施設を建て、入居していた高齢者たちや介護スタッフが犠牲となったことへの行政責任についても触れている。 中田 「被災地のネガティヴな面を強調するつもりはありません。本当に『うわぁ……』と言葉を失ってしまう部分に関しては編集でカットしています。やはりカットしましたが、避難所では食料品の分配を巡るトラブルも起きていました。『日本人は譲り合いの精神で、略奪行為はなかった』というイメージは外国人やマスメディアが伝えているものであって、現実は違うんだよということだけはちゃんと言っておきたかった。危険な海沿いに介護施設を建てたことに対する行政責任は当然問われるべきですが、その危険性を事前に報じなかった地元メディアにも責任があるように思います。原発問題もそう。福島第一原発の危険性を指摘していた物理学者の高木仁三郎先生がいましたが、どれだけのメディアが高木先生の言葉に耳を傾けたことか。そういう僕自身も学生の頃は原発反対運動に参加したりしていたのに、映画の世界に入ってからは何もせずにいた。でも、今回はジャーナリスティックに問題を追求するというよりも、“職業意識”について描いたものにしています。海抜0mに建てられた介護老人施設で介護スタッフの責任者として働いていた加藤譲さんは車椅子で待機していた高齢者を救おうとして施設に戻り、波に呑まれてしまった。船長だった父親の加藤昭二さんから『責任者が逃げるのは、いちばん最後だ』と教えられ、その教えを忠実に守ったわけです。オーナーや行政側の責任を問うと昭二さんは話していますが、その一方では自分の教えを守ったことで息子を失ったことに苦しんでいる。本当に引き裂かれる想いでしょう……」「取材を始めたからには途中で止めるわけにはいかなくなった。
完成させることが最低限の義務だと思った」
と中田監督は製作過程を振り返った。
■“前世の因縁”に悩む、残された人たち 撮影クルーは終盤、日本三大霊山のひとつに数えられる恐山へと向かう。「恐山菩提寺」の院代・南直哉さんが説く「死者は生きている人以上に強烈に存在する。あせらずに亡くなった人との付き合い方を学ぶことが大切」という言葉が印象的だ。南さんの著書を読んでいた中田監督から、自分が生き残ったことに悩んでいた三浦さんを誘って恐山まで会いに行ったそうだ。 中田 「僕自身が震災の前から人の生き死について関心を持ち、永平寺で19年間修業された南院代にお会いできればと思っていました。被災地沿岸部には曹洞宗の信者の方が多かったこともあり、曹洞宗を宗旨とする菩提寺に行くことを考えたんです。もちろん、遺族の方たちが『行きたくない』と言えば、違った終わり方を考えなくてはいけなかったんですが、三浦さんは『娘や孫たちの供養をしたい』と言ってくれた。三浦さんを始め被災地の多くの方たちが、『自分は何か悪いことをしたのだろうか』『前世の因縁があるのだろうか』という考えに囚われている。サバイバーズギルトに悩んでいるんです。南院代の話を聞きに行くことで、救済にはならなくとも、大きな喪失感に覆われた人にどういう言葉を掛けてあげられるか、どういう会話が成り立つのかが分かれば……という想いがありました。」 3.11によって日本人の意識は大きく変わったと言われている。『3.11後を生きる』を撮った中田監督はどのように感じているだろうか? 中田 「3.11によって世界がガラリと変わった人もいるでしょうね。僕自身は、被災地にいたわけでもないし、家族や家を失ってはないので、そんなことを言える立場にはありません。でも、被災地の方たちは大きく変わっているはずです。南院代が言われていたことですが『日本は明治以降は富国強兵で進み、敗戦以降は経済最優先で来て、バブル以降は新自由経済を追求したところに震災が起きてしまった。』と。仏教用語で『少欲知足』という言葉があります。そもそも欲するものが少なければ、比較的楽に足ることを知る境地に至れるわけです。経済成長=幸福という考え方は改める必要はあるでしょう。もちろん経済不況からは脱しないといけないけど、国土強靭化や公共事業への投資による経済再生だけでいいのかとは思います。まだ2年も経っていないのに、メディアも含めて『喉元すぎれば熱さ忘れる』になっていないかということも気がかりです。被災地の方たちにもう少し気を配れる為政者はいないものかと思いますね」 中田監督が撮った『3.11後を生きる』は自戒の念も込めた映像による鎮魂碑なのかも知れない。編集を終えた中田監督はDVDを持って、被災地を再訪。五十嵐さんの新居で、三浦さん、加藤さんと一緒に鑑賞している。上映終了後、3人の口から言葉は出なかった。ただし、最後まで見届けてくれたそうだ。 (取材・文=長野辰次/写真=名鹿祥史) 『3.11後を生きる』 製作・監督/中田秀夫 撮影/さのてつろう 編集/高橋信之、山中貴夫 録音/三澤武徳 整音/柿澤潔 効果音/柴崎憲治 音楽/川井憲次 配給/エネサイ 2月23日(土)よりオーディトリウム渋谷にてロードショー <http://wake-of-311.net> ※ 2月24日(日)~3月1日(金)オーディトリウム渋谷にて中田秀夫監督によるドキュメンタリー映画『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』(98)、『サディスティック&マゾヒスティック』(00)、『ハリウッド監督学入門』(08)を連日特集上映。 ●なかた・ひでお 1961年岡山県生まれ。1985年にっかつ撮影所に入社。助監督を経て、92年にテレビドラマ『本当にあった怖い話』(テレビ朝日系)で監督デビュー後、文化庁芸術家在外研修員として渡英。帰国後、『女優霊』(96)で劇場デビュー。『リング』(98)の大ヒットでJホラーの旗手となる。『ザ・リング2』(05)でハリウッドデビュー。『Chatroom/チャットルーム』(10)はイギリスで製作・撮影された。その他、『ラストシーン』(02)、『仄暗い水の底から』(02)、『怪談』(07)、『L change the WorLd』(08)、『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』(10)などを監督。5月には前田敦子、成宮寛貴主演作『クロユリ団地』の公開が控えている。三浦さんらは青森県恐山へ。菩提寺・南院代の「前世の因果という考えは、
亡くなった人を軽んじることになる」という言葉に耳を傾ける。
地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教や、白装束集団のパナウェーブ研究所、ミイラ事件のライフスペースなど、「カルト宗教」の行動や思想は、一般人にとっては理解しがたい。 『ドアの向こうのカルト』(河出書房新社)を上梓した佐藤典雅氏は、「東京ガールズコレクション」を手がけた現役ビジネスマンでありながら、25年にわたって「エホバの証人」の信者だった人物だ。エホバは世界で739万人、日本でも20万人以上の信者を持ち、有名人ではシンガーソングライターの矢野顕子や『クレヨンしんちゃん』の作者である故・臼井儀人氏などが知られる。また、マイケル・ジャクソンも元信者だった経歴を持ち、あのプリンスも現役である。 佐藤氏が本書で描くのは、9歳の頃から信者となり、35歳になるまで過ごしたエホバでの日々と、そこから脱会するまでの半生。いったい、元カルト信者は、どんな視点から世界を見ているのだろうか? ――6年前に佐藤さんは「エホバの証人」を脱会されました。本書を執筆するきっかけはなんだったのでしょうか? 佐藤典雅氏(以下、佐藤) 宗教をやめてから、その世界とは無縁の生活を送ってきました。もう、自分の中ではすでに過去のことになっていたんです。ただ、完全にその経験を消化しきれておらず、感情的に押し込めていたんです。けれども、たまたま子どもの頃のビデオを見る機会があり、押し込められていた感情が一気にあふれてきた。そして、衝動的に、ブログにその経験を書きました。60日分のエントリーを、わずか2日間で書いてしまったんです。 ――反響はどうでしたか? 佐藤 宗教のことを詳細に書くのは初めてでした。誰も興味ないだろうと思っていたのですが、恋愛やセックスについて書くよりも、はるかに大きな反響があったんです。個人的な宗教体験に、そこまで多くの人が興味を示すのが不思議でしたね。宗教に関係する知り合いがどう反応するかには興味がありましたが、宗教に関係のない知り合いからも「面白い」という反応でした。 ――外の人間からすれば、カルト宗教の実態やそこでの経験は、とても興味をそそられます。しかし、佐藤さん本人としては、そこまで特殊な経験だと思っていなかった? 佐藤 9歳からエホバの証人に入っていたので、特殊だと思っていなかったんです。親が濃い宗教に引っかかってしまったけれども、脱会できてよかったね、といった程度の体験だと思っていました。 ――25年間で経験した布教活動や、集会の様子、周囲の信者など、さまざまなエホバの証人の内幕が綴られています。中でも興味深かったのが、オウム事件の時に「カルトは大変だな」と、エホバの証人の信者たちが言い合っていたという描写でした。なんというか……皮肉ですね。 佐藤 エホバの証人たちは、この世のあらゆる悪はサタンの仕業だと信じています。まさか自分たちが洗脳されているなんて、考えたことはありませんでした。「サタンの宗教に騙されてしまってかわいそう」と思っています(笑)。ただ、僕はそれと同時に「彼らは幸せだろうな」と感情移入もしていましたね。同じ信仰を持っている人と連帯しながら共同で生活する。それは、ある意味とても幸福なことなんです。 ■村上春樹の『1Q84』では描かれなかった、エホバ信者の心情 ――また、年に1度行われる大会の様子もすごいですね。佐藤さんのホームページには、横浜スタジアムを埋め尽くす人々の写真が掲載されています。 佐藤 大会の会場にはある種の高揚感があり、ハイになることができます。同じ信条、価値観を持っている人が集まっているので、連帯感があります。会場の外の人たちは、とても“かわいそうな人”という意識でした。 ――サッカーの試合やロックバンドのライブのような高揚感でしょうか? 佐藤 そうですね。ただし、熱狂的にワーッと興奮するのではなく、ふわ~っとおとなしく、心地よい波が押し寄せてくるんです。 ――「カルト宗教」「エホバの証人」といえば、一般的にはおどろおどろしいイメージを持たれます。しかし、本書に描かれているエホバの証人の内幕は、ある意味「健康的」という印象です。 佐藤 なるべく細かく人物を描写するように気をつけました。カルトの信者だからといって特別に違う人ではありません。うちの両親なんかは典型的で、街で会えば普通にいい人。もちろん、周囲の信者も同じです。ただ、宗教の話になると異常性を帯びてくる。 村上春樹は『1Q84』(新潮社)でエホバの証人を題材にしていますが、なぜ信者がそれにハマってしまったかという心境までは書いていません。彼らは「ひたすら強く信じていた」と書きますが、「なぜ信じていたか」は当事者でないとわからない部分なのでしょう。この部分をあぶり出したかったので、我が家を例に、どうやってカルトにのめり込んでいくかを詳細に描いています。 ――本書は佐藤家にエホバの証人の勧誘がやってくるところから始まり、そのまま一家全員がエホバの洗礼を受ける過程を詳細に追いかけます。 佐藤 僕が書きたかったのは、信者の意識の変化です。読んでいる中で、読者もある意味エホバの証人に“洗脳”されます。そして、脱会する場面の描写で、バーンとその洗脳を解き放つんです。 ――読書によって、洗脳のプロセスを体験できる。佐藤さん自身は、今振り返って、信者だったことで得たメリットは何かありますか? 佐藤 エホバは信者間のコミュニティがとても強く、家族のようなものです。父親の仕事の都合で、日本とアメリカを転々としていたのですが、どこに引っ越しても心配はありませんでした。コミュニティが強いので、現在問題となっているような、孤独死や孤立といった問題も起こりようがないんです。 ■社会に蔓延する、排他的な意識と“洗脳” ――では、エホバの異常性はどこにあるのでしょうか? 佐藤 「教団以外のすべての人が、サタンに支配されている」と洗脳されていることですね。信者ではない人と一緒に飲みに行くのも反対されますし、信者ではない友達や彼女も作れない。 ――「サタンに支配されている人」との付き合いを持てない。まっとうに社会生活を送ることは難しいですね……。 佐藤 しかし、そのような概念はキリスト教全般に見られます。キリスト教には「キリスト教ではないから悪」という考え方が根付いています。 例えば、アメリカと中東の戦争がそう。「キリスト教ではない」から、イラクのようなイスラム国に対して爆弾を落とすことに、アメリカはあまり良心を痛めません。インディアンを迫害した時代から、そのような考え方が脈々と続いているんです。中東の問題は、石油が原因だといわれますが、あくまでも引き金でしかありません。そこには根深い宗教問題が横たわっているんです。 ――しかし、一般のキリスト教は、エホバの証人ほど過激ではありません。 佐藤 カトリックは、いわば大企業病のようなもの。競争の必要もないし、結束力も求められない。「なんとなくやっていればいい」ので、平和に見えるんです。しかし、その本質にはサタンへの恐怖があります。 ――キリスト教はそもそも抑圧的で排他的な宗教である、ということ? 佐藤 キリスト教というよりも、一神教といったほうがいいでしょう。イスラム、ユダヤ、キリスト、すべて神は一人です。自分たちの神が一人である以上、他の神が神であるわけがない。一神教には、他のものを排除する性質が秘められているんです。 ――戦争のような政治的な問題のほかに、佐藤さんが活躍しているビジネスの世界ではどうでしょうか? エホバでのスピーチは、ビジネスの現場でのプレゼンテーションの練習に役立ったと書かれていますね。 佐藤 そのような、ビジネスの現場で役に立つスキルを得られたことも確かです。また、構造として、ブランディングやマーケティングというのは、少なからず宗教のような「洗脳」という要素がありますから、その方面を理解する上でも信者だった経験が役に立っています。 ――ブランディングが洗脳? 佐藤 自らの思想や価値観、哲学を付加価値として売るというロジックですから、軽い洗脳ですよね。 ――確かに“アップル信者”なんていう言葉もあります。 佐藤 ベンチャー企業は、その典型例でしょう。例えば、かつてのライブドアはYahoo!に勝つために、「ライブドア以外は敵」として社員の結束力を高めました。その結束力によってハイになり、突き進む。そういう意味では「信者以外は、すべてサタンに支配されている」というエホバと変わらないんです。その結束力の中心になるために、ベンチャーにはホリエモンやスティーブ・ジョブズといったカリスマ経営者が求められるんです。 ――エホバの信者であったことを、後悔している部分はありますか? 佐藤 後悔していた時期もありますが、トータルで考えて、自分なりに意味があったんだろうと考えるようにしています。過去を悔いるよりも、この経験からどういうことを教訓として学べるかが大切だと思いますね。 ――ただ、それにしては25年間という年月は長すぎます。また、佐藤さん自身、「高等教育を受けることを推奨しない」という当時のエホバの方針から、大学進学もあきらめましたよね? 佐藤 子どもの頃からエホバが当たり前だったので、25年間が長いかどうかもわかりません。それに、人生、手持ちのカードに文句を言っても始まらないでしょう。宗教の時代に得た物事の考え方や人の意識の捉え方は、Yahoo!で働いていた時代や、東京ガールズコレクションを立ち上げる際などのビジネスに応用できています。大切なのは、後悔しながら過去に生きることではなく、自分が今持っているカードをどのように未来に生かすかだと思います。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●さとう・のりまさ 1971年広島県生まれ。少年期の大半をアメリカで過ごす。Yahoo!を経て、ブランディング社で東京ガールズコレクション等のプロデュースを行う。2010年に事業戦略のコンサルとして独立。現在はロス在住。著者に『給料で会社を選ぶな!』(中経出版)がある。著者の佐藤典雅氏。

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14歳の子どもが実の父親に無理やりレイプされた。そのことを母親は知っていた。それを阻止しようとするが、自身が暴力を振るわれ、子どもを人身御供のようにおいて家を出た。母親の親族も父娘の近親姦を知っていた。だが、政吉の剣幕の前に手をこまねくばかりだった。また政吉の親族も然りである。事件後の政吉の弟の供述調書には以下のような下りがある。
「実の父と実の娘が夫婦然として生活しており、世間に対していろいろ恥ずかしい行為をしていた。他兄弟や親戚の者も軽蔑して寄り付かなかった」

スマホやタブレット端末の普及によって、すっかり生活になじんだ電子コミック。ここから数々の話題作が誕生していますが、配信開始から累計300万ダウンロードを突破した話題の少女マンガ『薔薇の聖痕』は知っていますか? 2007年に配信を開始してから現在も連載中の長寿作で、さらには単行本コミックも5巻が刊行されている、近年では大成功を収めた電子コミック作品です。
『薔薇の聖痕』は、平凡に生活していた高校生の緋彩が、高校の理事であるラウロ(・チェレスティー)と出会ったことで人生をゆるがす出来事に遭遇するというストーリー。ラウロに救われたことで緋彩の胸に現れた、「薔薇の聖痕」が物語の大きな鍵となっています。そして今回紹介する作品は、この『薔薇の聖痕』のエピソード・ゼロともいえる、緋彩&ラウロ以前のストーリーが描かれた『堕天使の恋』。
民主党への期待の裏返しと、自民党への長らくの不信感……離党するあまたの議員や、乱立する政党など、複雑すぎる昨今の日本の政治。元国会新聞編集次長の宇田川敬介氏が、マスコミ報道という観点から、異論・反論交えて解説するーー。 アルジェリア天然ガス施設人質事件において、イスラム教原理主義者武装グループによる人的被害が出た。この犠牲者の氏名を公表するのかしないのか、をめぐり論争が起きたが、ここにもマスコミを正しく見る上で重要なポイントがある。 まず、少し前の話になってしまったので、事件の概要を簡単に振り返っておこう。 1月に、アルジェリアの天然ガス施設でイスラム教原理主義者武装グループによる人質事件が発生した。人質を連れ出そうとする武装グループと、それを阻止しようとするアルジェリア軍との間で銃撃戦が発生し、両者による銃撃戦の結果、犠牲者が出てしまった。その中で、現地の天然ガス施設開発を請け負っていた日本の企業、株式会社日揮からは17人の人質のうち10名が犠牲となった。もちろん、日本人だけでなく、フランスやイギリス、アメリカ、フィリピンなど多くの国の人々が犠牲となった。 この事件に際して、対策本部を設置した日本の首相官邸および株式会社日揮は、犠牲者および救出された日本人の氏名の公開を行わないように要請していた。これに対して内閣記者会およびテレビ朝日、そして朝日新聞は、氏名公開に踏み切ったのである。これには、遺族から非常に強い抗議が出てきて話題になった。 こうした事件が発生した場合マスコミは、犠牲者の遺族が犠牲者を本人と確認するまで、名前を公表しないのが「通例」である。 あえて通例と書いたのは、基本的にこの部分に関して、法律的なルールが存在しない。マスコミと政府間で申し合わせたような文書も存在しないし、ましてや拘束力がある法律は存在しない。 とはいえ、海外での人命に関わる事件だと、警察や捜査機関関係者などは、マスコミとの報道協定を用いて、事件の情報を強く制限することがある。一方で、政治記者が集まる内閣記者クラブでは、そうした拘束力が働くことがまったくないのである。だから、こうした国外での事件が起きた際に、情報漏洩の元は、内閣記者会もしくは、防衛などを含む官僚の記者会であるということは注目してほしいところだ。 果たして、朝日資本の報道機関2社による、犠牲者の公開はよかったのか、それとも悪かったのか。 ●自然災害や飛行機事故ならOK 氏名公開の境界線 ざっくりと考えると、朝日新聞とテレビ朝日は、事件解決のために何をしなければならないのか? 国民はどのような情報を知らなければならないのか? ということがわかっておらず、行き過ぎた「知る権利」を行使した結果であると断罪できる。その上、いうなればその根底には、「スクープ」を目指すという功名心がそのようにさせたのは誰の目にも明らかだ。 マスコミが行方不明者の発表を行うときには、まず犠牲になった原因が自然災害や飛行機事故の場合に、公表されることがある。広範囲で、なおかつ多数の人の生死が不明である場合、また、そこにいるはずの人(飛行機事故なら搭乗予定者)の遺体が見つからない場合は、「行方不明者」として氏名が公表されることが多い。 こうした事例の場合、マスコミが「行方不明者」の氏名を公表することで、捜索の役に立つ場合も少なくないから氏名公表には価値があるといえる。行方不明者の氏名を公表することで、たまたま、その事件に遭遇することなく他の場所で生存が確認されるような場合もある。例えば01年のアメリカ同時多発テロ事件(9・11事件)のときも、たまたま、その日に限って別な場所に出張していた人が行方不明者として発表され、自ら名乗り出たという例もある。特に航空機の事故などの場合は、切符を買って乗り遅れたなどの場合があるし、85年8月の御巣鷹山日航機墜落事故などではそのような「運の良い人」が話題になったこともある。報道機関による行方不明者の氏名の公表が、重大事件での捜索に役に立ち、また、行方不明者の命を救うという目的に適う場合があるのだ。 一方、戦争や拉致事件など「人為的故意によって犠牲になった人」の場合は、そのような捜索の必要がない。捜索のことを考えた氏名公表の基準にする必要はないのである。その上、遺族が遺体を確認する前から香典やお悔やみの電報などが届けられては、遺族に対して残酷すぎるであろう。 そもそも「テロ事件で誰が犠牲になったのか」を報道することは、国民の「知る権利」を満たすことなのか? 今回の人質事件に関して、その事件の真相を知ることは重要かもしれない。もちろん、グローバリズムが華やかなりし昨今において、いまだにテロの危険がある海外の情報は、非常に大きな関心事であるだろう。親族が海外に行ってる人たちにとっても同様である。 また、こうした事件の全容を把握しておくことで、再発防止と次の安全対策として備えることができる。こうした前例に対する研究があってこそ、旅行や経済における日本人の海外活動がより自由になるのだ。 だが、逆に言えば、それ以上の情報や、それらの目的に明らかに合致しない部分の情報は、ある意味「興味」でしかなく、また、「野次馬根性」でしかないのだ。こうした事例はやはり断罪されうるべきだと言えるだろう さらに、そのような対応が一般の罪のない一部の国民を、大多数の国民の「興味の目」の犠牲者にするのは、これが初めてではない。松本サリン事件のように、根拠のない報道で、社会的に罪もない人を一時的に殺人犯に仕立てあげた例もある。 今回の事件は、マスコミがわかりやすく「知る権利」を「濫用した」例であるといえる。そのために、アルジェリア人質事件における、朝日新聞そのほかが行った人質の実名報道は、単純に「スクープ」を狙ったというだけでなく、その裏にある、報道機関の責任感のなさが露呈した結果であろうといえるだろう。 (文=宇田川敬介) ■おすすめ記事 ソフトバンク絶好調で孫社長は豪邸購入!?アンドロイド売れず社員には危機感も… 中国人は、他人を見たらまず「どうやってダマそうか?」と考える? 大企業ブラック化、アベノミクスでも賃金上がらないワケ…ストしない連合の怠慢 周囲にいない? こんな困った非常識社員 Amazonガチャ、なぜたった5日で消えた?胡散臭さ先行したが意外に魅力的?元フランス代表のサッカー選手ジダンはアルジェリア移民の2世。(「Wikipedia」より)

<ジャニーズ ぶっちゃけ発言>
――ジャニーズアイドルといえども、やっぱり一人の男。思わずポロリと漏らした発言から、彼らの素の顔が見えるかも!?
■今日の発言者
松本潤(嵐)
「僕と相葉以外の3人、デビュー当時辞めたがってた」
バレンタインデーに放送された『ひみつの嵐ちゃん!』(TBS系)の「嵐シェアハウス」コーナーで、松本潤からぶっちゃけ発言が飛び出した。バレンタインだから甘~い話が展開されるのかと思いきや、幸か不幸かその発言は「僕と相葉以外の3人、デビュー当時辞めたがってた」というシビアなもの。デビュー当時といえば、ハワイで会見を行うなど華々しくアピールしていたあの頃が思い出される。ファンの中には、「なんか騙された気分」と感じてしまう人もいるのではないだろうか?
この日の放送は、各年代別トップアイドル4人(榊原郁恵・新田恵利・浅香唯・石川梨華)をシェアハウスのゲストに迎え、松本と相葉雅紀でトークを展開。“初任給”の話題に触れ、榊原の給料の安さに思わず「自由にするお金がなかったんですね」と相葉。「遊びたいと思わなかったし……。デビュー当時はお仕事があることがうれしくなかった?」と榊原が逆に嵐の2人に振った。「あっ、僕……うれしかったですね」と松本が答えたが、何か含みがある言い方でこう続ける。

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