莫大な富を有する資産家夫婦は誰に狙われたか? “取り巻き”と「日中混成強盗団」の影を追う──

警視庁HPより
何かが狂ってしまった現代社会。毎日のようにニュースに流れる凶悪事件は尽きることを知らない。そして、いつしか人々はすべてを忘れ去り、同じ過ちを繰り返してゆく......。数多くある事件のなかでも、未だ犯人・被疑者の捕まっていない"未解決事件"を追う犯罪糾弾コラム。 第22回 板橋・資産家夫婦殺害放火事件 (2009年5月)  東京全域が激しい雷雨に見舞われていた、2009年5月25日午前0時半。東京都板橋区弥生町の豪邸が炎に包まれた。まもなく消防隊が駆けつけたものの、火勢が強く、家屋は全焼。焼け跡から、この家に住む瀬田英一さん(当時74歳)と妻の千枝子さん(当時69歳)の遺体が発見された。2人は鈍器で何度も頭部を殴られた上、胸部と腹部には刃物で刺された形跡も……。警察は殺人放火事件と断定し、捜査を開始した。  警察の調べによれば、犯人は24日午後11時から25日午前0時過ぎの間に瀬田さん宅に侵入し、夫妻を殺害。その後、おそらく証拠隠滅のため、ポリタンクに入っていた灯油を撒いて放火したものとみられている。ちなみに、ポリタンクは同宅にもともとあったものだという。英一さんは25日未明に豊島区内の飲食店に赴く予定があり、千枝子さんは24日午後10時45分の閉店まで板橋区内のパチンコ店で遊戯を楽しんでいた。つまり、2人は自宅で一緒になったわずかな時間の間に、何者かによって殺害されたのである。さらに、殺害現場となった部屋には2,000万円以上の札束が散乱していたという。一体なぜ、犯人はそのような大金を残したまま立ち去ったのだろうか?    その疑問はすぐに解消される。英一さんは、江戸時代からこの地域に続く大地主の跡取り。火を放たれた邸宅を含め、約80物件ものアパートや土地を所有し、100億円にも迫る総資産を有していたのである。自宅には常に何千万円もの現金が保管されていたというのだから、部屋に残されていた大金は、犯人が“盗まなかった”ものではなく、“運びきれなかった”ものと推測できる。  生前の英一さんの豪奢な遊び方は、とりわけ夜の池袋界隈では有名な話。高級スーツをまとい、毎晩のようにネオン街に現れ、一晩で数十万円を使うことは日常茶飯事だったという。なじみのホステスには、「自宅から他人の土地を踏まずに池袋(距離にして約4km)まで行ける」と語っていたほどである。  地元の誰もが知る裕福な暮らしぶりを見せていた夫妻だが、地域住民との接触は異常なまでに少なかったという。自宅にいてもほとんど電話に出ることもなく、来客にすら応じなかったのは、意図的に他人を避けていたからかもしれない。例えば、夫妻と連絡を取る場合には、手紙を書いてポストに投函するか、FAXを送るしか方法がなかった。証言者の多くが、夫妻の用心深い性格を指摘し、「数回会っただけの人物を、瀬田さんが家に招き入れるはずがない」と口々に語るほどである。いったい何を契機に、夫妻は凶悪犯の標的となってしまったのだろうか?  被害者の人間関係の乏しさから、今現在も事件解決に困難を極めているこの事件だが、夫妻の日頃の生活をたどれば、事件解決の糸口になりそうな人物像もいくらかは浮上する。夫妻は連日のように一緒にパチンコ店に通っていたのだが、同じ常連客からは「2人の周りにはみすぼらしい格好をした“取り巻き”が何人もいた」との証言も。さらに、ある関係者も「人付き合いの少ない瀬田さんにとって、唯一心を開いていたのが“取り巻き連中”だったのかも」と語る。つまり、ビジネスとして近付いてくる人間より、だらしがなくても酒や食事を奢られて喜ぶ取り巻きのほうが、人間味が感じられたのではないか、というのだ。確かに、そういった人間であれば、用心深い瀬田さんの自宅にも容易に入れたのかも知れない。しかし、事件と彼らの関係は、今も明らかにはされていない。  2010年10月、事件は突如として動き出す。「瀬田さん夫妻殺害の協力を依頼された」という男が、警視庁に上申書を提出したのだ。そこには、犯人が中国出身のリーダーの男、同じく日本に帰化した男、そのほか日本国籍の暴力団員で構成された十数人の日中混成強盗団であると書かれていた。強盗団内部での内輪揉めを解決するため、多額の金が必要となったメンバーが中心となり、事前調査で資産家と判明した瀬田さん夫妻を襲ったというのである。さらには、事件の直前、リーダー格の中国人男性から、「『資産家の夫婦の寝込みを襲う。数千万円が手に入る』と聞かされた」という衝撃的な内容が記されている。尚、この強盗団のメンバーの一部は、別の強盗事件ですでに逮捕されているが、この殺害事件への関与はいまだに明らかにされていない。つまり、その上申書自体の信憑性も不明という判断である。  被害者の成仏のためにも、そして、安心して暮らすことができる市民社会の秩序回復のためにも、事件解決は警察の急務である。真犯人(たち)は、今も次なる標的を狙っているかもしれない。 (取材・文=神尾啓子) <事件の情報> 名前:瀬田英一さん(当時74歳)    瀬田千枝子さん(当時69歳) 発生場所:東京都板橋区弥生町79番所在の一戸建て住宅内  <連絡先> 「板橋区弥生町所在の住宅内殺人及び放火事件」特別捜査本部 TEL.03-5272-0110(板橋警察署 特別捜査本部/直通) TEL.03-3581-4321(警視庁/内線7863-6501・6502) 「日本"未解決事件"犯罪ファイル」過去記事はこちらから

「STORY」礼服企画、「K應のお母さんのヒールは●●」という細かすぎる規則

「STORY」2013年2月号/光文社

 「STORY」2月号(光文社)は、まず、林真理子の連載コラム「出好き、ネコ好き、私好き」からご紹介したいと思います。見出しは、「どんなに美しい40代でも、やっぱり忘れちゃいけない希望と諦めのバランス」。なんだか「STORY」読者にケンカを売っているような言葉です。内容は女性ストーカーについて。林真理子は「女性ストーカーの心根がしみじみとわかる」とのことで、“元カレ”らにストーカーに間違われた衝撃の過去を明かしています。しかしながら、書くことでガス抜きができているので、本物のストーカーにならずに済んでいるそう。男性の誉め言葉を「お世辞だとわかっていても心ははずむ。が、心のタガをはずしたことはない」と述べています。

「『何のかんの言っても、おばさんだもん』という諦めと自己認識が私の中にはあるためだ。たいていの女が、この諦めと、『頑張ればもっとイケるかも』という希望とのバランスを保って今日も生きている。そのバランスを保つのが、むずかしい世の中になってきたのは確かなのである」

 と、最後は結んでいます。要は、40~50代でもまだイケると「STORY」をはじめとするメディアが吹聴したせいで、おばさんが勘違いしがちだから、どんなに美しくても「おばさん」という自覚は持っておけよ、ということですね。

 しかし、筆者は「おばさんだもん」という言葉は諦めの言葉ではないと思っています。振り返れば、若い頃はもっとたくさんの諦めの言葉を吐かざるを得ませんでした。ブスだもん、デブだもん、チビだもん、ズボラだもん、性格悪いもん……イケてない自分を認識するたびに自己嫌悪に陥っていました。しかし! 四十路目前の今は、すべてを「だっておばさんだもん」と、年齢のせいにすることができるのです。「おばさん」は諦めではなく、自分を楽にするためのマジックワード。林真理子も、ほかの欠点から目をそらすために、「おばさんだもん」と言っているのでは……と思わずにはいられません。若かったらイケてたんですか?

<トピック>
◎特集「カジュアルを極めた40代の、BACK TO コンサバ宣言!」
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◎コーデ不要「ずぼら服」が、朝を救う!

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オヤジ系漫画誌の一角「漫画サンデー」が廃刊決定 「看板雑誌も赤字には耐えられなかった……」

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「漫画サンデー」(実業之日本社)
1月22日号
 2012年12月、足かけ24年にわたって連載された新田たつお氏の『静かなるドン』がフィナーレを迎えたばかりの「漫画サンデー」(実業之日本社)が、2013年3月をめどに廃刊することが、明らかになった。  同誌は「漫画ゴラク」(日本文芸社)、「週刊漫画タイムス」(芳文社)と並ぶ、オヤジ系漫画誌の代表格。だが、出せば出すほど赤字がかさむ中で、経営陣は苦渋の決断を迫られたようだ。  「漫画サンデー」は1959年創刊。オヤジ系漫画誌の中でも、骨太な作品を多く掲載してきた。  過去の連載作品は、手塚治虫氏の『一輝まんだら』、水木しげるの『劇画ヒットラー』、杉浦日向子の『百日紅』、畑中純の『まんだら屋の良太』など尽きない。また、かつては、つげ義春が数多くの作品を発表した雑誌でもある。しかし、近年は売れ行きが芳しくはなかったようで、2012年6月からは発行ペースを週刊から月2回へ変更していた。  廃刊の理由は、利益があがらないことに尽きるという。 「よく知られている通り、漫画雑誌は赤字分を単行本で稼ぐもの。ところが、ほかの雑誌も同じ状況でしょうが、『漫画サンデー』でも単行本がまったく売れず、赤字がかさんでいました。それでも、会社の看板であることから発行は継続していましたが、いよいよ限界が来たんです」 と、編集部の関係者は語る。  さらに、漫画家の原稿料も赤字を増やす原因になってきたという。 「『漫画サンデー』では、原稿料を漫画家としてのキャリアに応じて支払うシステムが慣例でした。初めて執筆する漫画家さんでも、それまでのキャリアが長ければ原稿料は高くなるんです。原稿料は、安い方でも『週刊少年ジャンプ』の中堅クラスの2倍程度は支払っていました。単行本で稼ぐビジネスモデルが確立している頃なら、問題はなかったのでしょうが……」(同)  しかし、単行本が売れていないとはいえ、同誌が面白くないわけでは決してない。むしろ、歯ごたえのある作品が盛りだくさんで、ライバル誌の「漫画ゴラク」や「週刊漫画タイムス」とは違う独特の色合いの作品を支持する人は多い。同誌に連載されていた『監禁探偵』(原作:我孫子武丸・作画:西崎泰正)は、2013年初夏に実写映画の公開が決まっている人気作だ。  刊行が月2回になったことなど、不安要素はあったものの「まだまだ、元気な雑誌」と思われていただけに、廃刊の報は残念でならない。  読み捨てられる媒体のイメージが強いオヤジ系漫画誌だが、実のところ少年誌・青年誌とは異なる独特のテイストは見るべきものがある。その一角が崩れてしまうことをきっかけに、ジャンル自体が縮小してしまうことも危惧される。  なお、廃刊後も実業之日本社の漫画部門は継続するが、後継誌の予定はないという。 (取材・文=昼間たかし)

長谷川博己の怪演で話題に! 『鈴木先生』の原作マンガを読む

 1月12日から全国ロードショーで公開される映画『鈴木先生』。長谷川博己演じる主人公・鈴木先生の怪演と、これまでにはなかった学園ドラマが話題を呼び、深夜放送にかかわらず多数の受賞歴のあるドラマの続編です。原作は「漫画アクション」(双葉社)で連載されていた同名マンガ。鈴木先生のトレードマークである、黒縁メガネとループタイは原作にももちろん描かれています。そして、ドラマでも特徴的だった鈴木先生のモノローグは原作ではもっと過剰。ひたすらに自問自答を繰り返す姿にはおかしみすら感じられます。

 生徒の抱える悩みならば、問題の大小は問わずすべてに全力で取り組む教師・鈴木先生は、給食時になるとトラブルを起こし、周りの生徒を不快にさせる生徒・出水に手を焼いていた。これを解決しようと、出水が給食を食べるところを3日間“見る”ことに。「原因は隣の席の中村にあるのかもしれん」と考えた鈴木先生は、どう問題を解決していくのか? 

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 生徒の抱える悩みならば、問題の大小は問わずすべてに全力で取り組む教師・鈴木先生は、給食時になるとトラブルを起こし、周りの生徒を不快にさせる生徒・出水に手を焼いていた。これを解決しようと、出水が給食を食べるところを3日間“見る”ことに。「原因は隣の席の中村にあるのかもしれん」と考えた鈴木先生は、どう問題を解決していくのか? 

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【ジャニーズ青田買い】学業専念から復帰し、活躍の場を広げた阿部亮平

jraberyouhei.jpg

【ジャニーズ研究会より】

<ジャニーズJr.青田買い!>

――デビュー組のコンサートや歌番組出演に彩りを添えるジャニーズJr.。少年特有の限りある美しさ、未完成なパフォーマンスは今しか楽しめない魅力。将来、キラキラのジャニーズアイドルとして輝くだろう彼らを今のうちに青田買い!

■今回の気になるJr.

<学業専念から復帰し、ダンサーとして役者として羽ばたいた>
阿部亮平(あべりょうへい)

【性格・来歴】
 1993年11月27日、千葉県で生まれる。小学生時代で一番辛かったことは、冬場、学校の砂場を掘り、表面を軟らかくする仕事だったとか。半袖姿で冷たくなった金属製のシャベルを持ち作業するだけでなく、その後使ったシャベルを水洗いするときは、泣き出したくなくほど辛かったそうだ。

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【ジャニーズ研究会より】

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――デビュー組のコンサートや歌番組出演に彩りを添えるジャニーズJr.。少年特有の限りある美しさ、未完成なパフォーマンスは今しか楽しめない魅力。将来、キラキラのジャニーズアイドルとして輝くだろう彼らを今のうちに青田買い!

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