
『消滅した国々 第二次世界大戦
以降崩壊した183カ国』
(社会評論社)
いまや、マニアック本出版社としての地位を確立しつつある社会評論社から、またまたマニア心をくすぐる本が出版され、話題となっている。それが、吉田一郎氏の著書『消滅した国々 第二次世界大戦以降崩壊した183カ国』である。
この本は、吉田氏が運営するサイト「世界飛び地領土研究会」(
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/)のコンテンツ、「消滅した国々」をもとにしたもの(サイトのメインコンテンツである「飛び地」の項目も、同社から『世界飛び地大全』として発売中だ)。
この本、まず驚くのは本の分厚さ。総ページ数700ページ超の大ボリュームなのだ。
政変で政権が交代するとか、革命が起こって権力者が追放されるって事態はよく聞くが、国が滅びるなんて東ローマ帝国の滅亡(1453年)とか世界史上の出来事かと思いきや、実は第二次世界大戦以降も、驚くほど多くの国が滅亡しているのだ。
それらの国の多くは、大国の思惑が絡んだりして興亡を繰り返した、怪しげなものばかり。南アフリカのホームランドなんて、まさにそれ。ホームランドとは、アパルトヘイトを行っていた時代の南アフリカ政府が、国際的非難をかわすために使った、いわば詭弁。不毛の地に黒人の独立国をつくらせて、南アフリカ国内の黒人はそこの住民だとでっち上げる。そうすれば、南アフリカの領土で働く場合は出稼ぎ労働者だから、南アフリカ国民ではない=権利が制限されるのも当然、というもの。
卑劣な人種差別の代名詞として知られるホームランドだが、その実態を詳しく記した書籍は、これまでほとんど存在しなかった。本書では、このインチキ国家で権力を握ろうとしたり、一儲けを企んだ群像についても詳しく解説している。この人種差別政策を逆利用して一儲けした実例として挙げられているのが、ボプタツワナ共和国。この国は、南アフリカの大都市に近接している利点を生かし、リゾート都市・サンシティを建設。南アフリカでは禁止されているカジノもあるし、同様に禁止されている黒人とのセックスも楽しめるとあって、わんさか白人たちが訪れて大いに栄えたという。アパルトヘイトのイメージを覆すような事実は、目からウロコというよりほかない。
イギリスが植民地にしていたアラビア半島の重要港・アデンの周囲にあったアデン保護領の首長国も、怪しさ満点だ。この首長国というのは、日本の戦国時代のようなもので、村を有力者が統治しているというようなスタイル。ゆえに、国を名乗ってはいるが、中には人口は百人ちょっと、というところもあったのだとか。そんな国が20世紀の後半まであったなんて、スゴイ! なお、アデン保護領はその後、アラビア半島唯一の社会主義国家・南イエメンになって独立。冷戦終結後に北イエメンと合併したはいいが、権力をめぐって南北の内戦になったり……メチャクチャな国すぎて住民にとっては迷惑なんだろうけど、なんだか興味をそそられてしまう。
■自分だけ生き残った、ひんしゅくものの権力者たち
さて、滅亡した183カ国の中は、平和裏に滅んでいったものは少ない。そういった国の王様や大統領は、いったいどうなってしまうのか? ここも、吉田氏が消滅した国々に、興味を引かれたポイントだ。だいたいは、処刑されたり無惨な最後を遂げたかと思いきや、のうのうと生き残っている人がけっこう多いのだ。中には、国の最後と運命を共にした人もいるだろうし、権力者だけが生き残るなんて、ひんしゅくものではないか。
その最も顕著な事例が、1967年から3年あまりの間に存在したビアフラ共和国のオジュク大統領だ。ナイジェリアの東部州だったビアフラは、同国の有力な産油地帯。住民は、黒人のキリスト教徒のイボ族主体で、自分たちの土地から湧き出る石油の利益が、民族も異なり宗教もイスラム教主体の他州の人々に吸い上げられているとして、民族紛争の末に独立を目指したもの。独立をめぐるビアフラ戦争で、内陸部に押し込まれたビアフラ側は200万人あまりの餓死者を出し、一時はビアフラ=飢餓のイメージは広く浸透していた。
最終的に、首都に攻め込まれ亡命したオジュク大統領は1984年に赦されて帰国すると、一転しナイジェリアの支持者に! 2003年には大統領選にも出馬したが、得票率わずか3%で落選したのだとか。
どうも、彼の中では「今のナイジェリアは当時とは違う、いい国」とつじつまが合っているらしいが……200万人も餓死させておいて虫のいい話である。
ほかにも、王様が若いアメリカ娘を嫁にしてハァハァしていたら、国民に見限られてインドに併合されたシッキムなどが本書には登場する。権力者は、スチャラカ過ぎて興味を引かれる人ばかりである。
■著者がもくろむ、消滅した自治体の復活
しかし、本の内容以上に興味深いのは、著者の吉田一郎氏自身。吉田氏は「大宮の自治と独立」を主張する、さいたま市議なのである。本の内容も興味深いが、この主張も興味深い。いったい、吉田氏の目指すものは、なんなのか?
「さいたま市誕生のための合併は、平成の合併による政令指定都市誕生のモデルケースとして、国主導の住民不在で行われたものです。当初は、さいたま新都心に首都機能が移転するという触れ込みだったのですが、実際にはごくわずかな機関が移転したにとどまりました」
吉田氏によれば、いまや旧大宮市の扱いは、前述のビアフラ共和国のような状態だという。
「旧大宮市、浦和市、与野市は表向き対等合併しましたが、実際には行政機能が集中している浦和市に有利となっています。大宮市の税収はおろか、図書館の本まで浦和市に奪われてしまっているのです。市議会でも市に対して合併して、どういった利点があったか質問したこともありますが、市の職員すら満足に答えることができないのが現状なんです」
いったん誕生した市から再び独立することなんて、雲をつかむような話に聞こえるが、吉田氏は本気だ。そもそも、市会議員に当選するだけの支持があるわけだから、旧大宮市民からの期待も大きい。でも実際に、いきなり分離独立することが困難なことは、吉田氏も認めるところ。まずは、財源や権限を分割する自治から、手をつけることを構想している。
消滅した自治体を復活させようと、リアルに企む吉田氏。そこからは、本書が単なる雑学本でないという意志が伝わってくる。
(取材・文=昼間たかし)