
アクション映画界の新旗手となったギャレス・エヴァンス監督。イギリス出身の33歳。
最強武術シラットとの出会いによって世界進出を果たした。
伝統芸能が息づく熱帯の国・インドネシアで1000年以上の歴史を誇る芸術的格闘技がある。それがシラットだ。殺傷能力を高めた軍隊式シラットをベースにしたローコンバットは世界50カ国で特殊部隊、警察、ボディガードなどのセキュリティー機関に採用されていることからも、いかに実用性の高い格闘技であるかが分かる。このシラットを全面的にフィーチャーしたインドネシア発の新感覚アクション大作が『ザ・レイド』。すでに全米900館で公開され、ハリウッドリメイクや続編製作が決定している大注目作なのだ。
シラットのプロ格闘家であり、本作のコリオグラファーも兼ねているのがインドネシアのアクションスター、イコ・ウワイス。イコ扮するSWAT部隊がスラム街にそびえる高層マンションを根城とする麻薬組織を一網打尽にすべく、強制捜査(raid)するというもの。だが、麻薬組織が武装して待ち構えていたため、マンションの住人たちを巻き込んでの阿鼻叫喚劇がノンストップで繰り広げられる。シラットに魅了され、本作のメガホンを取ったのはイギリス出身の新鋭ギャレス・エヴァンス監督。古今東西の娯楽作の要素を巧みに取り入れた『ザ・レイド』の舞台裏について、来日したエヴァンス監督が語った。
──最近のハリウッド映画はCGに頼った作品がほとんど。プラッチャヤー・ピンゲーオ監督の『マッハ!』(03)や『チョコレート・ファイター』(08)以降、もう新しいアクション映画は現われないかと思っていましたけど、インドネシアからこんなにも血湧き肉躍るホットな作品が登場したことに驚きました。
エヴァンス サンキュー! 確かにその通りだね。最近のハリウッド映画はCGばっかりになってしまったよね。ボクらが同じようにCGを使った作品を作っても、ハリウッド大作には到底かなわない。それでボクらはあえて後ろに後退するというか、原点回帰を目指したんだ。ボクが子どもの頃に夢中になって観ていた1960〜70年代の映画のことを思い出したんだ。あの頃のアクション映画にどうしてあんなに夢中になったのかあらためて考えたんだけど、カメラワークや編集の刻むリズムがすごく良かったことに気づいたんだ。そうだ、リズム感のあるアクション映画を作ろう! そこからボクらの映画製作が始まったんだよ。

主演のイコ・ウワイス、29歳。密室化した高
層マンションにて肉弾戦から銃撃戦まで何で
もありなバーリトゥード戦を繰り広げる。
──主な舞台は高層マンションだけという極めてシンプルな設定。ブルース・ウィリス主演の人気シリーズの第1作『ダイ・ハード』(88)や、リュック・ベッソン監督の『レオン』(94)のホテルからの脱出劇などを連想させますが、よりスリリングな展開に仕上げていますね。
エヴァンス イエス。ストーリーをどう展開させていくかは、すごく考えたよ。通常のアクション映画をDVDで観るときって、どうしてもドラマ部分を飛ばしてアクションシーンを観てしまうよね? みんな、そうでしょ(笑)。この映画も、みんな格闘シーンが目当てだと思うけど、他のアクション映画みたいにドラマ部分を飛ばして観たいと思われないような展開にしたんだ。上映中は一切の油断が観客もできないような展開を考えたわけさ。もちろん緩急は付けているけど、ひと呼吸できても「いやいや、あの柱の後ろにはまだ敵が潜んでいるに違いない」と常にハラハラドキドキするようなアクション映画に仕立てたんだ。
──一切の無駄なシーンを削ぎ落とした作品が今回の『ザ・レイド』というわけですね。
エヴァンス そういうことだね。アクションシーンとアクションシーンのつなぎ部分に違和感がないようにまとめたよ。どうしてもこの手の映画は“脚本の10ページにつき1回のアクション”みたいなペース配分で、無理やりな展開になりがちだからね。つなぎ部分は休憩タイムじゃなくて、より観ている人たちの緊張感を高めるためのパートとして考えたんだ。つまり、『ザ・レイド』はアクション映画ではあるんだけど、サバイバルホラーでもあるんだ。ホラー的な演出、スリラー的な要素を盛り込むことで、観ている人の緊張感をずっと持続させているんだ。それに高層マンションに突入したSWAT部隊は途中から分かれてしまう展開になるんだけど、これによって異なるロケーション、異なるトーンや色調になることで、変化が出せたと思うよ。Aチームがギャングと格闘している一方、Bチームは別のフロアで逃げ場のない密室に追い詰められて……みたいに気が抜けない展開にしたんだ。
──主人公ラマが得意とするのは、インドネシアの伝統的格闘技シラット。エヴァンス監督はシラットのどこに魅了され、インドネシアで映画を撮るようになったんでしょうか?
エヴァンス 実はボクは6年前までは、シラットのことを知らなかったんだ。もちろん格闘技全般が好きで、カンフー、ムエタイ、柔道、合気道などのファンではあったんだ。それで格闘技好きなことからインドネシアでシラットについてのドキュメンタリー番組を撮ることになり、そのときシラットの奥深さを知ったんだ。ドキュメンタリーの撮影をしながら、目からウロコが落ちるような体験をいろいろしたよ。シラットには200以上の流派があり、その流派ひとつひとつに異なる哲学がちゃんとあるんだ。それにインドネシアはイスラム教徒が多いけれど、インドネシアではイスラム教よりもシラットの歴史のほうが古いんだよ。そして、何よりもシラットのスタイルが興味深かった。とてもフレキシブルで、いろんな環境に適応できるようになっているんだ。密室で1対1で戦う場合、広い場所で複数の敵に襲われた場合など、いろんなシチュエーションに応じた戦い方があるんだ。型がきっちり固まっておらず、いろいろと発展させて使うことができるし、他の格闘技の影響を受けて、今でも変化している。そこがすごく面白いなぁと思ったんだ。

麻薬組織と麻薬王に買収されたマンションの住
民たちが次々とSWAT部隊に襲いかかる。
マンションにある物、すべてが凶器だ。
──アクション映画に適した格闘技といえそうですね?
エヴァンス うん、そう思うよ。他の格闘技は今ではどれもスポーツになっているけど、まぁシラットもスポーツ化はしているけど、もともとのシラットはコンバット用のもので、“生きるか死ぬか”という状況で使われていた非常にアグレッシブなもの。シラットにはいろんな種類があるんだけれど、そのひとつに「チマンデ・シラット」というのがあるんだ。これは相手の骨を折ることを目的とした、とても攻撃的なもの。でも、それとは逆に「チマンデ・オイル」というのも存在して、これは相手の折った骨を治癒するためのもの。骨を折るだけでなく、折った骨を治してしまう。これも、とても興味深いよね。ある種のドラマチックさを感じさせる、シラットならではの奥深さじゃないかな。
──骨を折っちゃうのもエグいけど、たちまち治しちゃうんですね。シラット、すごいなぁ。『ザ・レイド』は過激なアクションシーンの連続ですが、本当に死傷者は出てないんですか?
エヴァンス ラッキーなことに死者は出てないよ、まぁ負傷者は少しばかり出たけどね(苦笑)。
■切腹、子連れ狼、サニー千葉……。日本映画が大好き!
『ザ・レイド』の特筆すべき点は、5歳からプンチャック・シラットを始めた主演のイコ・ウワイスをはじめ、主要キャストにプロの格闘家をそろえたアクションシーンのガチンコぶり。肉弾戦、銃撃戦、剣斬戦と、さまざまなシチュエーションでの変化に富んだ戦いが繰り広げられる。エヴァンス監督は前作『ザ・タイガーキッド 旅立ちの鉄拳』(09)でもイコを主演&コリオグラファーとして起用していたが、イコのデビュー作となったこちらの作品も手加減なしの驚愕作だった。観る側に痛みが伝わってくるようなリアルさ。それがエヴァンス監督とイコ・ウワイスとのコラボ作の特徴といえそうだ。
──前作『ザ・タイガーキッド』もすごかったですね。隣のビルに飛び移った主人公役のイコが、続いて飛び移ろうとする敵を物干しざおで突き落とすシーンは、どうやって撮影したんですか?
エヴァンス ジャンプしている敵を竹ざおでビルの下に突き落としてしまうシーンだね(笑)。インドネシア版のDVDには特典でメイキング映像が付いていたんだけど、日本版は残念ながら入ってなかったらしいね。あのシーンはずいぶん時間を掛けたよ。まず敵役をワイヤーで吊るして、本当に落っこちないようにしたんだ。それからジャストなタイミングで竹ざおで突けるように何度もテイクを重ねた。もちろん竹ざおの先端にはゴムをハメていたし、敵役の胸にはパットを入れていたよ。それでもテイクを重ねると、どうしても集中力が落ちてきてしまう。13回撮り直してとめたんだ。どうして13回かというと、13回目でイコが誤ってしまい、相手の首筋のすぐ横を竹ざおがすり抜けたんだ。もし、首を直撃していたら、多分死んでたんじゃないかな。それで、「これ以上はヤバい」とスタッフ一同焦って、撮影をストップしたわけさ。それが13回目だった。本編では7テイク目が使われているよ。アクションシーンの撮影は万全を期しているけれど、何度も撮り直すことで、どうしてもリスクが生じてしまう。アクション映画は、やっぱり危険が伴うものなんだ。
──今回は落っこちた敵が手すりに当たって、背骨が逆V字になってしまう強烈シーンがありますが、あれはCGじゃないんですか?

こちら麻薬組織の最強戦士マッド・ドッグ(ヤ
ヤン・ルヒアン)。悪人顔だが、イコと共に本
作の過激なコリオグラフも担当している。
エヴァンス CGは使ってないよ。あのシーンは1ショットで撮っているように見えるだろうけど、実は3ショットを組み合わせたものなんだ。まず、マットを敷いた上に人が落っこちてくるショット。次に、落っこちた人の上半身が手すりに垂れ下がっているショット。そして反対側に下半身があるショット。その3つのショットをうまく組み合わせることで、あたかも手すりに当たって背骨が真っ二つに折れたように見えるシーンに仕上げたんだ。
──CGに頼らず、アイデアをたっぷり使ったわけですね。
エヴァンス そうなんだよ! これだけアクションシーンがあると、ボクだけのアイデアでは追いつかない。それで撮影監督や特撮担当といろいろと相談して、アイデアを練り合うんだ。「こーゆーシーンを撮りたいんだけど、どう?」「あーやれば、撮れるんじゃないかな」というふうにね。3人でいろいろアイデアを出し合って、撮り進めていったんだ。
──エヴァンス監督のプロフィールを見て気になったんですけど、デビュー作の短編映画のタイトルは『Samurai Monogatari』。よほど時代劇がお好きなようですね?
エヴァンス ボクは小さい頃から、父親が映画好きで、ビデオをよく借りてきて一緒に観ていたんだ。ハリウッド映画だけじゃ物足りなくなって、香港のアクション映画や日本の時代劇といった作品もすごく観て、アジアに興味を持つようになったんだよ。黒澤明監督はもちろん、溝口健二監督の『雨月物語』(53)も大好きだ。あと、ダイゴローが出てくるのは何だった? そうそう、三隅研次監督の『子連れ狼』(72)も忘れられない作品。それに子どもの頃にいちばん好きだったのは、サニー千葉主演の『戦国自衛隊』(79)。あれは時代劇にSFタイムスリップを合体させた、最高に面白いエンタテインメント作だったと思うな。1カ月前には小林正樹監督の『切腹』(62)も観たよ。これにも痺れたね〜。
──日本映画が大好きで、日活の『冷たい熱帯魚』(10)スタッフと組んで、北村一輝主演のバイオレンス映画『KILLERS』を製作することになったわけですか。

「香港のアクション映画や日本の時代劇が大好
き」というエヴァンス監督。礼節を重んじる
アジアの武術にすっかり心酔しているのだ。
エヴァンス そうだね。ボクはチーフプロデュースではなく、コプロデュースという立場になるけどね。インドネシアで活躍しているモー・ブラザースが監督していて、製作の真っ最中。この間、撮影現場に立ち会ったけど、北村さんが普段とは全然イメージの異なる殺人鬼役に挑戦していて、すっごく面白い作品に仕上がると思うよ。日本のファンも期待していいんじゃないかな。
──エヴァンス監督は、これから『ザ・レイド』の続編製作に加え、ハリウッドで『ザ・レイド』のリメイク、さらにはメジャースタジオでハリウッド大作を撮ることに。エヴァンス監督自身が大変な修羅場に足を踏み入れることになりますね。
エヴァンス そうなんだよ(笑)。でも、そういう状況でこそ、シラットは役に立つと考えているよ。シラットは精神面にも重点を置いていて、「シラット・ウラフニ」という言葉があるんだ。これは“自分からケンカを探しに行くようなまねはするな”という教え。シラットはただ相手を倒す技を教えるだけでなく、どうすればトラブルを回避できるかという教えも含んでいるんだ。どんなにストレスに悩まされても、ケンカ腰で仕事をしちゃいけない。平和的に解決できる方法が必ずあるはず。このことをボクはいつも心掛けているよ。インドネシアで映画を撮っていると、どうしてもインドネシアのスタッフはイギリスから来たボクに対して遠慮しがちだけど、ボクはみんな対等な関係だと考えているんだ。主演のイコがいないとボクは撮影ができない、でもイコはロケ車のドライバーがいないと撮影現場に来ることができない。みんなが協力し合わないと、映画はできないからね。シラットの教えを心掛けて、これからも面白いアクション映画を作っていくよ!
(取材・文=長野辰次)
『ザ・レイド』
監督/ギャレス・
エヴァンス 音楽/マイク・シノダ(リンキン・パーク)、ジョセフ・トラパニーズ 出演/イコ・ウワイス、ヤヤン・ルヒアン、ジョー・タスリム、ドニ・アラムシャ、レイ・サヘタピー、ピエール・グルノ、テガール・サトリヤ
配給/角川映画 R15 10月27日(土)より渋谷シネマライズ、角川有楽町シネマほか全国ロードショー (C)MMXI PT. MERANTAU FILMS
http://www.theraid.jp
●ギャレス・エヴァンス
ウェールズ生まれ。2003年に短編映画『Samurai Monogatari』で処刑を待つサムライを描いた。脚本も兼ねた低予算映画『Footsteps』(06)で長編監督デビューを果たし、スウォンジー湾映画祭で最優秀映画賞を受賞。2007年にインドネシアで撮影されたテレビ用ドキュメンタリー番組『The Mystic Arts of indnesia:Pencak Silat』を監督。このとき、プンチャック・シラットやスマトラ島東部の文化に触れ、すっかり心酔。ドキュメンタリー撮影で知り合ったイコ・ウワイスを主演に迎えた『ザ・タイガーキッド 旅立ちの鉄拳』(09)で注目を集める。本作の続編となる『Berandal』、ユニバーサルが企画開発を進めているクライムアクション大作『Breaking the Bank』などが監督作として予定されている。さらに北村一輝主演の日本・インドネシア合作映画『KILLERS』(13年世界公開予定)のプロデュースにも参加している。