ジャニーズ専門誌「Jマニア」が休刊! 次のデビュータレントを大胆予測

「Jマニア」135号(鹿砦社)

 ジャニーズ情報専門月刊誌「Jマニア」(鹿砦社)が、8月10日発売の135号をもって休刊することになりました。ジャニーズタレントのウラネタや私服姿のプライベートショット、入所したてのJr.の写真など、ほかのアイドル誌には絶対に掲載できないマニアックな情報を発信し続けていた唯一の紙媒体であり、惜しむ声が多数ありますが、今後は、サイト「ジャニーズ研究会」で情報を発信していくとのことです。

 最終号を飾る巻頭グラビアの1つに、「特別企画 次のデビューJr.を考える」という記事が掲載されていました。記事によれば、ジャニーズのデビューには1つの法則があるとのこと。それは、連続ドラマへのレギュラー出演なのだそうです。その法則にのっとって考えると、次にデビューするJr.は、森本慎太郎と田中樹が有力候補なのだそう。森本は4月期に『私立バカレア高校』(日本テレビ系)に出演、7月期には『GTO』(フジテレビ系)に出演中。田中は同じく『私立バカレア高校』出演し、7月期は『スプラウト』(日本テレビ系)に出演しています。2人とも2期にわたってレギュラー出演を果たし、注目度が高まっていることは確か。果たして“その日”はいつやってくるのか、楽しみですね。誌面には、ふたりのプライベートショットも掲載されています。

磯野貴理子の再婚を、お家芸“過剰あおり”で祝福した日本テレビ

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磯野貴理子公式サイトより

 “番組から衝撃の重大発表! 今夜、出演者の誰かの人生を左右する重大な出来事が!”

 なんだか盛大にあおっているが、これは8月5日放送の『行列のできる法律相談所 夏の2時間SP』(日本テレビ系)の番組欄に書かれていた文言である。

 放送前に、ヤフーニュースのトップに、この一件の記事が出てしまっていたが、「誰か」は磯野貴理子、そして「衝撃の重大発表」とは、以前から付き合っている24歳年下の彼にプロポーズされるということ。「貴理子の再婚」が、「衝撃の重大発表」に相当するということか。

 日テレのこうしたあおりといえば、『芸能★BANG+』が記憶に新しい。オセロ・中島知子騒動の時に、「渦中の占い師登場」とあおりまくった挙げ句、結局登場しなかったことが問題になった。そして番組自体も、7月に打ち切りになったばかり。もったいつけすぎて、「貴理子かよ!」となってしまうのも、ちょっとかわいそうだし、事前に知られておく方がよかったのかもしれない。

【ロンドン五輪現地ルポ】紳士の国だから!? ダフ屋がいない珍しいオリンピック

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雨の中、地元ファンが、チケットが2枚欲しいと
必死にアピールしていたが、ダフ屋の姿は見当たらない
 ロンドンオリンピックも今週末で幕を閉じる。  オリンピックの前半戦、筆者はロンドン市内の会場でいくつかの競技を観戦した。テレビ観戦とは違うライブの迫力、会場内の臨場感と一体感はオリンピックでしか味わえないものである。  もし、まだ生観戦してないロンドン滞在中の人がいたら、この週末、会場に足を運ぶことをおすすめしたい。  だが、問題はチケットの入手である。競技によっては今でもまだ売れ残っているものもあるが、会場における当日券販売は一切行われていない。公式ウェブサイトであらかじめ購入してから、予約番号と引き換えにチケットを手に入れなくてはならないのだ。ただ、このようにネット決済できるのはイギリスかEUの居住者のみ。日本人やほかの外国人が購入することは不可能である。  となると、頼りになるのは会場周辺でチケットを売り歩くダフ屋の存在。これまでにトリノ、北京、バンクーバーで開催されたオリンピックに行った筆者の経験から判断すると、必ずダフ屋がいると思っていた。  ところが、実際はほぼ皆無。どこの会場に行っても、セカンドバッグを小脇に抱えたうさんくさいオヤジたちは見当たらない(ダフ屋のビジュアルは万国共通)。体格のいい警官が常に厳しく目を光らせているのだから無理もないが。  そんな状況なので、時折見かける怪しげな紳士たちも、監視の目を盗んでチケットを探していそうな人たちに声をかける程度の動きしか見せない。だから、ダフ屋を探し出して買うのは難しいだろう。それに、数少ない何人かのダフ屋に聞いたところ、彼らもチケットをあまり持っていないことが判明した。  となると、残された手段は、「チケットを譲ってください」と英語で書いた紙を手に持って、入場する観客にアピールするのみ。販売ではなく購入に関しては警官は容認しているようなので、注意はされない。もちろん、根気は必要だ。  即座に入手できることもあれば、筆者のように体操のチケットを譲ってもらうのに4時間以上もかかることも。幸いロンドンは気候が穏やかなので、熱中症の心配もまずない。どうしても見たい競技があるなら、根気よく粘ってみるしかないだろう。 (取材・文=シン上田)

李大統領竹島上陸。韓国領・鬱陵島の反応は?

8月10日午後、韓国の李明博大統領が国家元首として初めて竹島(韓国名:独島)に上陸。これに対し韓国国内では、韓国内では「当然の行いだ」、「日本は独島の領土」などと大多数が賛同の声を上げた。特にオリンピックのサッカー日韓戦の直前ということもあり、過激さはエスカレート。「日韓戦はまさに戦争となるだろう」、「今日のサッカーは独島ダービーだ」、「銅メダルと一緒に独島も奪い返せ」……一方、竹島からわずか80kmにある韓国領の鬱陵島。

意外と知らない、身近ななぜ?3 ~クレー射撃

ロンドンオリンピックでも正式種目となっている「クレー射撃」をご存知でしょうか。日本では馴染みが薄いかもしれませんが、世界的には一般的なスポーツであるこの競技。簡単に言うと小さい円盤(クレー)を機械で飛ばし、散弾銃で撃ち落とすというもので、スキートとトラップという2種類の競技でそれぞれ100枚のクレーを撃ち、当たった枚数で得点を競います。
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[秘蔵写真]トッピング☆ガールズ ギャラリー vol.4

今年も『大つけ麺博』の時期がやって来た。ということで、お馴染みのトッピングガールズも復活! 3年目となる今年は『トッピング☆ガールズGT』として、さらにパワーアップして戻ってきたのだ。「GTは、頑張れつけ麺」(桜のどか) 昨年の2.0からGTに生まれ変わった今年は、今まで以上にホンキでつけ麺を応援する!気持ちのこもったユニット名なのである。ところが、、、

イッキマン -サラダ油-

「イッキマンに飲んで欲しいもの。『サラダ油』!」というようなメールをたくさんいただいております。そうですか。見聞が足りなかったようです。そうですねサラダ油も飲み物です。というわけで今日はサラダ油をイッキ!

同語反復に過ぎないポストモダン議論などしょうもない! 国家に基づいたお金が流通する本当の理由

【プレミアサイゾーより】 ──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか......気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。 第24回テーマ「ポストモダンが見誤る市場経済」
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[今月の副読本] 『資本論 (一)』 カール・マルクス/岩波文庫(69年)/882円 言わずと知れた、マルクス経済学の根底をなす不朽の古典。初版は1867年に刊行。資本主義における市場経済や経済法則を分析し、その矛盾を顕にしながら社会主義の到来と必然を問う、当時としては画期的な論考だった。

 個人的な話からで恐縮ですが、私が大学に進学したのは1989年のことです。そのころの人文思想界ではポストモダンが全盛期で、少しでも哲学や思想に興味がある学生はほとんどと言っていいほどポストモダン思想(として紹介されていたもの)に感化されていました。愛知県の某地方都市でさして文化度の高くない高校生活を送っていた私は、ポストモダンなどというものが思想界を席巻していることを大学に入るまでまったく知らず、したがって当時スターとしてあがめられていたデリダやドゥルーズといった哲学者たちの名前も知らなかったので、大学で先輩や同級生がポストモダンの用語や思想家の名前を使っていろいろと議論しているのを見て驚いたものです。  ただ、その当時日本でなされていたポストモダン論議の大部分は、いまから振り返るとひじょうにしょうもないもので、当時よく話題にのぼっていた本や論文をいま読むと、あまりの無内容さと独りよがりな物言いに「よくこんなものにみんな熱中していたな」と恥ずかしくなってしまいます(もちろんだからといってドゥルーズやフーコーの議論が無内容だということではありません、あくまでも日本の思想界での話です)。あの時代、輝いてみえたポストモダン思想も、実際のところは、大学の研究者も含め、多くの人が「外部」だとか「力」とかいったポストモダン用語に振り回されて、本当は自分たちでもよくわかっていないことを印象論のレベルで論じていただけでした。ですので、当時のポストモダンの議論が現代の思想論壇やアカデミズムに有意味な影響をほとんど与えていないのも当然のことでしょう。とはいえ、それでもなお当時のポストモダン議論に影響を受けつづけ、当時のままの語彙や物言いで思想を論じている人間がまだまだいるのも事実で、そういった人間をみると、バカにつける薬はないというか、端的にうんざりします。  そうした当時のポストモダン議論の一つに貨幣をめぐる議論があります。たしかに貨幣は謎に満ちています。一万円札という紙幣は、いうなれば「壱万円」と印刷された紙切れにすぎないのに、なぜそれだけの価値があるものとして人びとのあいだで流通するのでしょうか。これは真に考えるに値する問題です。ポストモダン思想でもしばしば取り上げられました。ただし、そこでの「解決」はほとんど解決といえるようなものではありませんでした。  ポストモダン的な貨幣論では、往々にしてマルクスの『資本論』における価値形態論が引き合いにだされ、それが記号論的に読み替えられることで、「貨幣が貨幣としての価値をもつのは、みんながそれを貨幣として使っているからである(みんながそれを受け取ってくれるから、私たちは紙幣を価値あるものとして受け取るのである)」というような結論が導きだされます。岩井克人さんの『貨幣論』などがそうした議論の典型例ですが、しかし、これではそもそも問題に対する理論とはいえませんよね。なぜなら、本来考えるべきなのは「なぜみんながそれを価値ある貨幣として受け取ってくれるのか」という問題であり、貨幣が価値をもつ根拠を「みんなが使っているから」という点に求めるのは単なるトートロジー(同語反復)にしかならないからです。こんなことはちょっと冷静になって考えてみればわかることなのですが、当時は多くの人がこうした理論ならざる理論に惹き込まれていたのです。それが「ポストモダン」時代の知的状況でした(ちなみに、マルクスの価値形態論を記号論的に読み替えるという手法は当時のポストモダン議論のなかではよく使われたのですが、これも「貨幣と言語は構造的に類似している(たとえば貨幣と商品の関係は言語と事物の関係に等しい)」というような、まったくでたらめな断定にもとづくものです)。  では、なぜ紙幣は価値をもつものとして人びとのあいだで流通することができるのでしょうか。岩井さんは『貨幣論』の結論部分でそれを「無が有になる神秘」だと述べていますが、実際にはそれは「神秘」でもなんでもなく、そこにはちゃんとした根拠があります。その根拠を、中央銀行が設立されてきた過程をつうじて考察したのが前回の連載でした。  おさらいを兼ねて簡単に確認しましょう。もともと現在のような貨幣(紙幣)が生まれたのは、中央銀行のもととなったイングランド銀行が、それまで通貨として使用されていた金や銀を人びとから預かって、その代わりに利子のつく預かり証(捺印手形)を発行したことによってでした。その捺印手形が紙幣の原型となったのです。かつて紙幣は「兌換紙幣」として中央銀行が保有する金と交換可能だったのはそのためです。他方でイングランド銀行は、人びとから預かった金や銀をイングランド政府に貸し付けて、そのイングランド政府が税収からおこなう利払い分を、捺印手形の利払いに充てました。つまり、イングランド銀行の捺印手形を人びとが受けとってくれ、それを決済手段としてもちいる(すなわち紙幣が流通する)ことを支えたのは、イングランド政府の徴税力だったのです。徴税力とは単に政府の権力の大きさや国民からの支持だけを意味するのではありません。税を支払う人びと(国民)の経済力も、その政府がどれぐらいの税額を徴収できるかを決定します。要するに、徴税力とはその国の「国力」全体をあらわすものなんですね。これこそが貨幣の価値の裏づけとなる。だからこそ、政府の統治が機能していなかったり、財政政策がうまくいっていなかったり、経済力がない国の貨幣は、その価値が低下してしまうのです。  結局、貨幣が価値をもつのは、人びとがそれをさしたる根拠もなく貨幣として使っているからではなく、政府による徴税をつうじて国力とむすびついているからなんですね。「貨幣に価値があるのはみんながそれを貨幣として使っているからにすぎない」と述べることは、「当たり前だと思われているものでも実は確たる根拠などない」というポストモダン思想によくあるロジックであり、そんなことをいわれると聞いたほうはドキッとして「たしかにそうかもしれない」と思わず信じてしまうのかもしれません。しかし、それは単に理論の弱さからくるレトリックにすぎないのです。  問題は、こうしたポストモダン的な貨幣論が、貨幣の存立における国家の役割を見逃してしまい、貨幣が市場のメカニズムだけでなりたつと思い込んでしまっていることです。この点でいうと、ポストモダン貨幣論は、国家は市場からでていくべきだと主張する市場原理主義や、中央銀行が貨幣供給量を増やせば経済は活性化すると考える金融緩和論とひじょうに近い発想に立っています。どちらも市場経済は国家から自立的になりたつと考えるわけですから。しかし、市場経済は税という非市場的なお金の流れによって支えられなくてはけっしてなりたちません。2008年の金融危機の際、あれほど「政府は市場に口出しするな」と叫んでいた投資銀行に、税による莫大な公的資金が注入されました。税による支援がなければ市場経済そのものが機能不全に陥りかねなかったからです。たしかに、現在では紙幣と金との兌換は廃止されており、紙幣は何の実体的な価値ともむすびついていないヴァーチャルなものになっているように見えるかもしれません。しかし、だからこそよけいに貨幣の価値は政府の財政力とダイレクトにむすびついていることが理解されるべきなのです。国家は単に犯罪を取り締まり、市場での交換のもととなる所有権を保護することによって、外在的に市場とかかわっているのではありません。徴税をつうじて内在的に市場を構成しているのです。 かやの・としひと 1970年、愛知県生まれ。03年、パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。津田塾大学准教授。主な著書に『国家とはなにか』(以文社)、『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『権力の読みかた』(青土社)など。近著に『最新日本言論知図』(東京書籍)、『新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版新書)など。
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何度も足を組み替える=仲を深めるチャンス!? 足のしぐさにあらわれる本音

【ハピズムより】

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異性限定です

 友達や好きな人、仕事の取引先など、会話をしている時、相手が何を考えているのか気になりますよね。楽しそうな感じがするけれど、本音はどう思っているのか……。そんな時は、相手の「足のしぐさ」をチェックしましょう。もし会話が楽しくなかった場合、言葉や表情は繕ってごまかすことができます。しかし、足まではなかなか意識が向かないもの。そのため、足のしぐさは本音があらわれやすいといえるのです。では、さっそくチェックしてみましょう!

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豊かなGカップバスト!! グラドル岸明日香のミルクタンクにやられる!?

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 Gカップグラビアアイドルの岸明日香がセカンドDVD『Milky Glamour』を発売、東京・秋葉原で記念イベントを開催した。
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 DVDタイトルの「ミルキー・グラマー」は、もちろんその豊かなGカップバストのこと。柔らかいのは胸だけではない。全身の雰囲気からふんわりとした笑顔まで、すべてがミルキーだった。 「撮影はグアムでした。とても暑かったですが、楽しかったです。最終日にお休みをいただいて、買い物もできました!」 ――では、肝心のDVDの内容は? 「2枚目ということで、けっこう過激になっているかも知れません......」 ――なかでも、もっとも過激なシーンは? 「パッケージにもなっている、眼帯水着っていうんですか? すごく小さな水着で、自分でもヒヤヒヤしながらポーズをとっていました。ほかにも全体的に小さな水着や変形水着が多くて、しかもそれで踊ったり泳いだり......、チャレンジでしたね(笑)。背中の開いた水着で寝転がったシーンは、ピンチの連続でした!」 ――では、見てほしいシーンは? 「ナースと、メイド風のウエイトレスのコスプレをしています。なぜかだんだんと脱いでいくんですけど(笑)。コスプレは好きなので、これからイベントなどでも挑戦したいです!」  大阪出身で、ふんわりとした関西イントネーションがかすかに残る、おっとりした口調で質問に答えてくれた。大きなミルクタンクを持つ癒し系美人だ。
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岸明日香オフィシャルブログ「あすぽんずblog」 <http://ameblo.jp/asuka-kishi/