[秘蔵写真]トッピング☆ガールズ ギャラリー vol.4

今年も『大つけ麺博』の時期がやって来た。ということで、お馴染みのトッピングガールズも復活! 3年目となる今年は『トッピング☆ガールズGT』として、さらにパワーアップして戻ってきたのだ。「GTは、頑張れつけ麺」(桜のどか) 昨年の2.0からGTに生まれ変わった今年は、今まで以上にホンキでつけ麺を応援する!気持ちのこもったユニット名なのである。ところが、、、

イッキマン -サラダ油-

「イッキマンに飲んで欲しいもの。『サラダ油』!」というようなメールをたくさんいただいております。そうですか。見聞が足りなかったようです。そうですねサラダ油も飲み物です。というわけで今日はサラダ油をイッキ!

同語反復に過ぎないポストモダン議論などしょうもない! 国家に基づいたお金が流通する本当の理由

【プレミアサイゾーより】 ──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか......気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。 第24回テーマ「ポストモダンが見誤る市場経済」
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[今月の副読本] 『資本論 (一)』 カール・マルクス/岩波文庫(69年)/882円 言わずと知れた、マルクス経済学の根底をなす不朽の古典。初版は1867年に刊行。資本主義における市場経済や経済法則を分析し、その矛盾を顕にしながら社会主義の到来と必然を問う、当時としては画期的な論考だった。

 個人的な話からで恐縮ですが、私が大学に進学したのは1989年のことです。そのころの人文思想界ではポストモダンが全盛期で、少しでも哲学や思想に興味がある学生はほとんどと言っていいほどポストモダン思想(として紹介されていたもの)に感化されていました。愛知県の某地方都市でさして文化度の高くない高校生活を送っていた私は、ポストモダンなどというものが思想界を席巻していることを大学に入るまでまったく知らず、したがって当時スターとしてあがめられていたデリダやドゥルーズといった哲学者たちの名前も知らなかったので、大学で先輩や同級生がポストモダンの用語や思想家の名前を使っていろいろと議論しているのを見て驚いたものです。  ただ、その当時日本でなされていたポストモダン論議の大部分は、いまから振り返るとひじょうにしょうもないもので、当時よく話題にのぼっていた本や論文をいま読むと、あまりの無内容さと独りよがりな物言いに「よくこんなものにみんな熱中していたな」と恥ずかしくなってしまいます(もちろんだからといってドゥルーズやフーコーの議論が無内容だということではありません、あくまでも日本の思想界での話です)。あの時代、輝いてみえたポストモダン思想も、実際のところは、大学の研究者も含め、多くの人が「外部」だとか「力」とかいったポストモダン用語に振り回されて、本当は自分たちでもよくわかっていないことを印象論のレベルで論じていただけでした。ですので、当時のポストモダンの議論が現代の思想論壇やアカデミズムに有意味な影響をほとんど与えていないのも当然のことでしょう。とはいえ、それでもなお当時のポストモダン議論に影響を受けつづけ、当時のままの語彙や物言いで思想を論じている人間がまだまだいるのも事実で、そういった人間をみると、バカにつける薬はないというか、端的にうんざりします。  そうした当時のポストモダン議論の一つに貨幣をめぐる議論があります。たしかに貨幣は謎に満ちています。一万円札という紙幣は、いうなれば「壱万円」と印刷された紙切れにすぎないのに、なぜそれだけの価値があるものとして人びとのあいだで流通するのでしょうか。これは真に考えるに値する問題です。ポストモダン思想でもしばしば取り上げられました。ただし、そこでの「解決」はほとんど解決といえるようなものではありませんでした。  ポストモダン的な貨幣論では、往々にしてマルクスの『資本論』における価値形態論が引き合いにだされ、それが記号論的に読み替えられることで、「貨幣が貨幣としての価値をもつのは、みんながそれを貨幣として使っているからである(みんながそれを受け取ってくれるから、私たちは紙幣を価値あるものとして受け取るのである)」というような結論が導きだされます。岩井克人さんの『貨幣論』などがそうした議論の典型例ですが、しかし、これではそもそも問題に対する理論とはいえませんよね。なぜなら、本来考えるべきなのは「なぜみんながそれを価値ある貨幣として受け取ってくれるのか」という問題であり、貨幣が価値をもつ根拠を「みんなが使っているから」という点に求めるのは単なるトートロジー(同語反復)にしかならないからです。こんなことはちょっと冷静になって考えてみればわかることなのですが、当時は多くの人がこうした理論ならざる理論に惹き込まれていたのです。それが「ポストモダン」時代の知的状況でした(ちなみに、マルクスの価値形態論を記号論的に読み替えるという手法は当時のポストモダン議論のなかではよく使われたのですが、これも「貨幣と言語は構造的に類似している(たとえば貨幣と商品の関係は言語と事物の関係に等しい)」というような、まったくでたらめな断定にもとづくものです)。  では、なぜ紙幣は価値をもつものとして人びとのあいだで流通することができるのでしょうか。岩井さんは『貨幣論』の結論部分でそれを「無が有になる神秘」だと述べていますが、実際にはそれは「神秘」でもなんでもなく、そこにはちゃんとした根拠があります。その根拠を、中央銀行が設立されてきた過程をつうじて考察したのが前回の連載でした。  おさらいを兼ねて簡単に確認しましょう。もともと現在のような貨幣(紙幣)が生まれたのは、中央銀行のもととなったイングランド銀行が、それまで通貨として使用されていた金や銀を人びとから預かって、その代わりに利子のつく預かり証(捺印手形)を発行したことによってでした。その捺印手形が紙幣の原型となったのです。かつて紙幣は「兌換紙幣」として中央銀行が保有する金と交換可能だったのはそのためです。他方でイングランド銀行は、人びとから預かった金や銀をイングランド政府に貸し付けて、そのイングランド政府が税収からおこなう利払い分を、捺印手形の利払いに充てました。つまり、イングランド銀行の捺印手形を人びとが受けとってくれ、それを決済手段としてもちいる(すなわち紙幣が流通する)ことを支えたのは、イングランド政府の徴税力だったのです。徴税力とは単に政府の権力の大きさや国民からの支持だけを意味するのではありません。税を支払う人びと(国民)の経済力も、その政府がどれぐらいの税額を徴収できるかを決定します。要するに、徴税力とはその国の「国力」全体をあらわすものなんですね。これこそが貨幣の価値の裏づけとなる。だからこそ、政府の統治が機能していなかったり、財政政策がうまくいっていなかったり、経済力がない国の貨幣は、その価値が低下してしまうのです。  結局、貨幣が価値をもつのは、人びとがそれをさしたる根拠もなく貨幣として使っているからではなく、政府による徴税をつうじて国力とむすびついているからなんですね。「貨幣に価値があるのはみんながそれを貨幣として使っているからにすぎない」と述べることは、「当たり前だと思われているものでも実は確たる根拠などない」というポストモダン思想によくあるロジックであり、そんなことをいわれると聞いたほうはドキッとして「たしかにそうかもしれない」と思わず信じてしまうのかもしれません。しかし、それは単に理論の弱さからくるレトリックにすぎないのです。  問題は、こうしたポストモダン的な貨幣論が、貨幣の存立における国家の役割を見逃してしまい、貨幣が市場のメカニズムだけでなりたつと思い込んでしまっていることです。この点でいうと、ポストモダン貨幣論は、国家は市場からでていくべきだと主張する市場原理主義や、中央銀行が貨幣供給量を増やせば経済は活性化すると考える金融緩和論とひじょうに近い発想に立っています。どちらも市場経済は国家から自立的になりたつと考えるわけですから。しかし、市場経済は税という非市場的なお金の流れによって支えられなくてはけっしてなりたちません。2008年の金融危機の際、あれほど「政府は市場に口出しするな」と叫んでいた投資銀行に、税による莫大な公的資金が注入されました。税による支援がなければ市場経済そのものが機能不全に陥りかねなかったからです。たしかに、現在では紙幣と金との兌換は廃止されており、紙幣は何の実体的な価値ともむすびついていないヴァーチャルなものになっているように見えるかもしれません。しかし、だからこそよけいに貨幣の価値は政府の財政力とダイレクトにむすびついていることが理解されるべきなのです。国家は単に犯罪を取り締まり、市場での交換のもととなる所有権を保護することによって、外在的に市場とかかわっているのではありません。徴税をつうじて内在的に市場を構成しているのです。 かやの・としひと 1970年、愛知県生まれ。03年、パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。津田塾大学准教授。主な著書に『国家とはなにか』(以文社)、『カネと暴力の系譜学』(河出書房新社)、『権力の読みかた』(青土社)など。近著に『最新日本言論知図』(東京書籍)、『新・現代思想講義 ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版新書)など。
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「サイゾーpremium」とは? 雑誌「サイゾー」のほぼ全記事が、
月額525円読み放題! (バックナンバー含む) 【「サイゾーpremium」では他にも話題の識者による連載が満載!】【マル激 TALK ON DEMAND】国策として邁進されてきた原発の非代替性【宇野常寛の批評のブルーオーシャン】第4回AKB48選抜総選挙を考える【佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」】自力で手法を編み出してこなかった ネット広告業界がスマホで不振にあえぐ

何度も足を組み替える=仲を深めるチャンス!? 足のしぐさにあらわれる本音

【ハピズムより】

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異性限定です

 友達や好きな人、仕事の取引先など、会話をしている時、相手が何を考えているのか気になりますよね。楽しそうな感じがするけれど、本音はどう思っているのか……。そんな時は、相手の「足のしぐさ」をチェックしましょう。もし会話が楽しくなかった場合、言葉や表情は繕ってごまかすことができます。しかし、足まではなかなか意識が向かないもの。そのため、足のしぐさは本音があらわれやすいといえるのです。では、さっそくチェックしてみましょう!

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豊かなGカップバスト!! グラドル岸明日香のミルクタンクにやられる!?

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 Gカップグラビアアイドルの岸明日香がセカンドDVD『Milky Glamour』を発売、東京・秋葉原で記念イベントを開催した。
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 DVDタイトルの「ミルキー・グラマー」は、もちろんその豊かなGカップバストのこと。柔らかいのは胸だけではない。全身の雰囲気からふんわりとした笑顔まで、すべてがミルキーだった。 「撮影はグアムでした。とても暑かったですが、楽しかったです。最終日にお休みをいただいて、買い物もできました!」 ――では、肝心のDVDの内容は? 「2枚目ということで、けっこう過激になっているかも知れません......」 ――なかでも、もっとも過激なシーンは? 「パッケージにもなっている、眼帯水着っていうんですか? すごく小さな水着で、自分でもヒヤヒヤしながらポーズをとっていました。ほかにも全体的に小さな水着や変形水着が多くて、しかもそれで踊ったり泳いだり......、チャレンジでしたね(笑)。背中の開いた水着で寝転がったシーンは、ピンチの連続でした!」 ――では、見てほしいシーンは? 「ナースと、メイド風のウエイトレスのコスプレをしています。なぜかだんだんと脱いでいくんですけど(笑)。コスプレは好きなので、これからイベントなどでも挑戦したいです!」  大阪出身で、ふんわりとした関西イントネーションがかすかに残る、おっとりした口調で質問に答えてくれた。大きなミルクタンクを持つ癒し系美人だ。
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岸明日香オフィシャルブログ「あすぽんずblog」 <http://ameblo.jp/asuka-kishi/

豊かなGカップバスト!! グラドル岸明日香のミルクタンクにやられる!?

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 Gカップグラビアアイドルの岸明日香がセカンドDVD『Milky Glamour』を発売、東京・秋葉原で記念イベントを開催した。
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 DVDタイトルの「ミルキー・グラマー」は、もちろんその豊かなGカップバストのこと。柔らかいのは胸だけではない。全身の雰囲気からふんわりとした笑顔まで、すべてがミルキーだった。 「撮影はグアムでした。とても暑かったですが、楽しかったです。最終日にお休みをいただいて、買い物もできました!」 ――では、肝心のDVDの内容は? 「2枚目ということで、けっこう過激になっているかも知れません......」 ――なかでも、もっとも過激なシーンは? 「パッケージにもなっている、眼帯水着っていうんですか? すごく小さな水着で、自分でもヒヤヒヤしながらポーズをとっていました。ほかにも全体的に小さな水着や変形水着が多くて、しかもそれで踊ったり泳いだり......、チャレンジでしたね(笑)。背中の開いた水着で寝転がったシーンは、ピンチの連続でした!」 ――では、見てほしいシーンは? 「ナースと、メイド風のウエイトレスのコスプレをしています。なぜかだんだんと脱いでいくんですけど(笑)。コスプレは好きなので、これからイベントなどでも挑戦したいです!」  大阪出身で、ふんわりとした関西イントネーションがかすかに残る、おっとりした口調で質問に答えてくれた。大きなミルクタンクを持つ癒し系美人だ。
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岸明日香オフィシャルブログ「あすぽんずblog」 <http://ameblo.jp/asuka-kishi/

文藝春秋がAKB48公式本発売で、第2の指原スキャンダルは幻と消える?

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ヤクザな世界よね~まったく!(撮影:後藤秀二)

 AKB48のスキャンダルを“唯一”掲載できる媒体と言われていた「週刊文春」(文藝春秋)が、ついに降伏してしまったとネット上で話題になっている。「高橋みなみの母親逮捕」「指原莉乃がファン男性と交際」など、他社が後追いすら尻込みしたAKB48スキャンダルを報じてきた「文春」。しかし、同発行元から『AKB48 東京ドーム公演 オフィシャルムック AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~』が今月23日に発売されることとなり、ついにスキャンダル記事は封印と見られているようだが……。

 同書は、今夏開催されるAKB48東京ドーム公演の、いわば公式パンフレット。公演翌日に卒業が決定している前田敦子の特集も組まれており、完全にファン向けに作られた内容となっている。さらに「文春」のグラビアページに2週続けてAKB48メンバーが登場したこともあって、いよいよ敵対関係も解消されたと言われているのだ。

田原総一朗が語る「不倫の末結ばれた、最愛の妻を看取って」

 サイゾー新ニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けしちゃいます! ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 山本一郎「まさかのバンダイナムコが新ガチャで規制逃れ」 今さらですがやっぱりFacebook使うのって危なくない? 日テレ、テレ朝、東洋経済…トヨタの軍門に下るメディアたち? ■特にオススメ記事はこちら! 田原総一朗が語る「不倫の末結ばれた、最愛の妻を看取って」 - Business Journal(8月10日)
田原総一朗氏
(撮影=笹村泰夫)
『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系列)などで、先鋭的な視点と歯切れのよい物言いを武器に、政治や経済、社会など幅広い領域の問題について、大胆かつ過激に切り込むジャーナリスト・田原総一朗。  厳しい横顔でパネリストたちの激論を繰る彼だが、その裏には、知られざる秘めた愛の軌跡があった。  元日本テレビアナウンサー・節子氏との、長年にわたる不倫である。  互いに家庭のある身でありながら、どうしようもなく惹かれ合っていく男女。しかしふたりは決めた。ふたつの家庭の中で、責任をもってそれぞれの家族を守り、互いにそれを侵さないと。  時は流れ、田原氏が前妻を看取って6年。  「結婚しようか」  「そうしようか」 ――ようやくふたりが手を取り合うときがきたのである。出会いから27年。不器用にも深く結ばれてから22年の月日が流れていた。  しかし、再婚した妻を病魔が襲う。乳がんだった。病床の妻を支え続け、後追い自殺すら考えた田原氏。妻への献身的な愛は『私たちの愛』(田原総一朗、田原節子著/講談社)(http://www.amazon.co.jp/dp/4062115557/)に詳しい。  そんな田原氏に、  夫婦とは何か?  愛、結婚、不倫、家族とは何か?  家事、子育て、介護とは?  そして、「田原氏は日本初の成人向けビデオ男優」との噂があるほど、いつも本気で仕事に取り組むその「仕事道」について聞いた。  忌憚なき明瞭な回答の数々から浮かび上がったのは、現代社会における夫婦像や互いの役割、課題、そして男女のあるべき姿だった。  激流の時代、結婚・恋愛というものの変遷を追いながら、愛の本質に迫る。 ――『私たちの愛』では、その再婚された奥さまとは、当初お互いに家庭があり、いわゆる「不倫」であったことを明かしていますが、初婚時と再婚時の違いはなんだったのでしょうか? 田原総一朗氏(以下、田原) 再婚した妻とは、フィーリングが合ったんですね。彼女は日本テレビのアナウンサーで、僕は5人くらいいる番組の構成者のひとりでした。次に番組で何をやろうかと話しているうちにフィーリングが合って、ふたりで話す時間が長くなっていった。お互いの共通点をどんどん見つけていくふたり。世の中の常識とかけ離れた感覚や、まったくもって間違っているといわれるような価値観ですらフィットしたんです。数年間、そういう関係が続きました。だから「結婚がどうの」とは考えていなかったんです。 ――そういった関係からやがて恋愛へと発展し、そして前の奥さまの亡きあと、再婚されました。そのように結ばれていく過程とは、どのようなものだったのでしょうか? 田原 彼女なくしての人生はありえない――そう僕も思ったし、彼女も思ったんです。どうも、お互いに相手のことが必要だと。生きるために。それが愛だと気付いたんですね。気が合う、フィーリングが合う、話しやすい、話が合う、お互いに必要な相手だ。そういう関係が長く続いた。男女の行為なしで、恋愛が成立していたんですよ。 止められない愛 ――お互いに家庭のある者同士が惹かれ合ってしまった時には、どうすべきだとお考えですか? 田原 僕は意識が古いので、夫というものは、女房、子どもを食わせるのが第一条件だと思っています。当時はもちろん、今でもね。家長的な責任意識が強かったんです。だから、前の女房と離婚する気はまったくなかった。女房、子どもを食わせなければと、彼女と親しくなればなるほど、自分の無駄遣いを一切せずに、収入はすべて女房に渡していました。もともと全額女房に渡して、僕は預金通帳もキャッシュカードも持たずに、月に1〜2回、女房から小遣いをもらっていました。今では、その役割は娘が引き継いでくれています。だから自分ではお金を銀行から下ろしたこともないので、いくら収入や貯金があるのかも知りません。自分でお金を持たずに女房に管理してもらっているのが、気楽でもあるからですが。  だから、たとえ家庭がありながら、ほかの女性に惹かれてしまったとしても、家長としての責任、つまり女房、子どもを食わせること。それは果たすべきだと考えています。  前の女房は、僕と彼女との関係には気づいていましたよ。口に出しては言わないけれど、態度でなんとなく。女房の立派だったところは、そんな状況下でも、一度たりとも娘たちの前で僕の批判をすることがなかったこと。女房に悪いという思いは、もちろんありました。それも、長いあいだ2番目の妻と男女の行為を持たなかった理由のひとつです。 命がけで仕事に取り組む ――「家長としての責任」というお話が出ましたが、田原さんはいつも真剣勝負で仕事に挑むと本書でもおっしゃっています。 田原 だから僕は、常に仕事に対しては本気。仕事には平気で命をかけようと思っていますから、ときにはめちゃくちゃなこともします。東京12チャンネル(現テレビ東京)時代の1971年には、金曜スペシャルで『日本の花嫁』というドキュメンタリー番組をつくり、自衛隊の結婚式など、いろんな結婚式を取材に行きました。ある全共闘崩れの連中の結婚式では、列席している仲間たちがみんな裸なんです。新婦が列席者の男たちと本番行為をするという結婚式でね。で、スタッフも全員裸になれと。すると新婦が「まずディレクター(である僕)と寝たい」と言いだした。断るわけにはいかない。これも取材だと、新婦と本番行為をして、それを撮って放映しました。そのことをして、お笑い芸人の水道橋博士は「田原総一朗は日本で初めての、成人向けビデオ作品男優である」としています(笑)。それくらい本気なんですよ。 ――田原さんは、その奥様をがんで亡くされました。自分の妻や夫、恋人が、不治の病や悩みなどで苦しんでいる姿に直面したときには、どのように接したらいいのでしょうか? 田原 僕が再婚した女房(節子氏)は悪性の炎症性乳がんで、判明したときにはすでに手術ができない、長くても半年の命という状態でした。医師は彼女に乳がんであることは告げましたが、炎症性乳がんであるとは言わなかったんですね。それで「告知しますか、どうしますか?」と。僕は余命半年の女房にそんなことを告知してしまったら、彼女ががっくりくるのではと判断し、言わなかったんですね。  しかし、抗がん剤治療を数カ月間続けた結果、手術できる段階にまで回復できた。それで手術へと踏み切ったんですが、術後に女房がインターネットで病名を調べて、自分が炎症性乳がんであることを知り、烈火のごとく怒ったんですよね。  無事に手術はできたけれど、いつまで生きられるかわからない。とにかく一日でも長く生きてほしいという願いでしたね。そのためにはなんでもするからと。 ――具体的に、どのようなサポートをされたのでしょうか? 田原 治療の手助けに始まり、亡くなる前の介護に至るまで、いろんなことをしましたね。大きな手術でしたからね、術後、胸のかさぶたがはがれたあとには、骨が見えるほどの大きな穴が空いてしまいました。消毒し薬を塗らなければならないのですが、初めの2〜3度だけ病院の方にやってもらって、あとは僕がやりましたよ。亡くなる1年前には、歩けなくなり車椅子の生活になってしまったので、毎日相撲のように抱え上げてね。そういうことを1年くらい続けました。 介護とは老後の愛である ――高齢化社会において、夫婦間の介護も増えています。実際に体験されていかがでしたか? 田原 介護というのは、実に楽しいものでした。認知症の介護であれば、反応がないから大変かもしれません。しかし、反応がある場合には楽しいものですよ。だって、相手はとても愛している女房なんですから。  それに、介護をする上で、やはり相手に触れたり抱き上げたりしますよね。夫婦は60歳を過ぎたら、キスをすることも手を握ることも男女の行為をすることもなくなってきます。しかし介護というのは、毎日肌で接し合い、触れ合うんです。“老後の愛”とはこういうものなのだなと。まさに愛の再発見です。  だから夫婦間の介護というのは楽しい。きわめて楽しい。介護がつらいというのは、よくわからない。自分が動けなくなったら違ってくるかもしれませんが、お互いに動けるあいだは楽しいものですよ。 ――先ほど、家長的な責任意識が強かったとのお話しがありましたが、家庭における男性、女性、そして父親、母親、それぞれの役割とは? 田原 本来は、男女、父母の役割に区別はないのですが、ただ男性に子どもを産むことはできません。母乳も出ません。もちろん父親としてできる限りのことはするものの、幼児期のうちは父親が寝かしつけようと抱っこしても泣く、母親が母乳をあげて抱っこしていると眠るといったように、子どもも父親には母親ほど懐かないですしね。どうしても子育てにおいては、女性が中心になるわけです。中心になるということはハンディキャップが生まれるということ。  そこで、僕は早い段階から、女房に炊事洗濯をしなくていいと告げていました。人間は平等、でも子育ての負担は女性のほうが大きい。申し訳ないなと。手っ取り早く男性にできるのはお金を稼いでくること。そして炊事洗濯など、子育て以外のことをなるべくしてもらわないようにすること。そのために、生活に余裕が出てからは家政婦さんを雇いました。たとえ食べ物を貧しくしてでも、女房に炊事洗濯はしてほしくなかった。いま共働きの夫婦が家事を分担するというのは、当たり前のことだと考えています。 愛のない結婚生活を続ける必要はない ――高齢化社会が深刻化する現代では、老後に関係をぎくしゃくさせてしまったり、熟年離婚に至ってしまったりといった夫婦も多く見られます。夫の退職後や子どもが自立したあと、高齢夫婦が良好な関係を保っていくためには、どうしたらよいのでしょうか? 田原 相手を愛しているかどうかですね。夫婦の関係というものが、いかに大事か。高齢化社会になって、あらためて感じさせられます。  かつては、女性は結婚して初めて、経済的に安定するものでした。女性にとって結婚とは経済が決め手となるものであり、経済とはすなわち安定だったんです。しかし夫が退職すると、それがなくなってしまいますよね。  対して、現代は愛で結婚する時代。つまり、愛さえ続けば大丈夫なんです。愛が続かないのであれば、早く離婚したほうがいい。今ではフランスなどでは事実婚が増えていて、大統領も事実婚。男性も女性も、結婚というかたちに縛られなくてもいいわけです。我慢して結婚生活を続ける必要性など、どこにもない。我慢して続けるから、高齢になって、いざ退職だ病気だという現実に直面して困るわけでしょう。愛のない結婚生活を続けることはないんですよ。 ――昨今、若い世代の未婚率が上昇しています。なぜでしょうか? 田原 男女雇用機会均等法や男女共同参画など、女性が総合職として働くことのできる時代になりました。昔は女性は総合職には就けず、早く結婚するしかなかった。でも今は総合職に就けることで、女性も仕事に生きることが可能になりました。そうすると、なぜ結婚しなくてはならないのか、女性にとって結婚する理由が愛以外になくなってしまったんです。女性が経済的に自立していることで、結婚年齢が上がるわけですね。  少子化と言われて久しいですが、なぜいま子どもが少ないのか。女性の自立に伴って結婚年齢が上昇する一方、出産の適齢期は、当然ながら今も昔も変わらない。生物学的な出産の適齢期は18歳から24歳までです。でも24歳の時点で結婚していない女性はたくさんいる。つまり結婚した時点で、出産の適齢期を過ぎているんです。それで子どもができにくいなどの支障が出てしまう。これが少子化の原因のひとつですね。  女性が経済的な必要性に駆られて結婚しなくてもよくなったので、男性にはハードルが高くなってしまったんですね。女性は、愛のない結婚をする必要性がなくなったんですよ。 現代男性は、どうすれば結婚できるのか? ――なるほど。女性の経済的な自立により、結婚は経済よりも愛でするものへと変わってきた。それに伴い少子化も進むと。では現代の男性は、結婚にあたってどのような問題をクリアすればよいのでしょうか? 田原 日本人というのはコミュニケーションが下手。男女とも異性を口説くのが下手です。だいたいにおいて男性が女性を口説くものでしょうけれど、その際、将来出世の見込みがあるだとか給料が高い、大きな会社に勤めているなどといった、昔だったら結婚の決め手になっていたことが、今では通用しなくなってきている。男性がいかに自分の魅力を伝えるかにおいて、コミュニケーションの重要性が高まっているんです。  しかし、魅力を伝えるというと、自慢になってしまう人が多い。やれ東大を出ている、やれ外務省に勤めている。ところがそんなものは、今の時代、魅力になんてなりません。かえってとんでもなく失敗した経験なんかを話すと、おもしろい人だねとなることも。人間性をどう見せられるかが、異性を口説くときの重要なキーになるんです。 女性に自分の魅力を伝えるということ ――草食系男子という言葉の流行に見られるように、異性を口説く場面において、男性が昔に比べてガツガツしなくなったのでしょうか? 田原 男性がガツガツしなくなったのではなく、女性が難しくなったんですよ。女性が経済的に自立したことにより、経済的なことに左右されて結婚する必要性がなくなった。昔はお見合い結婚も多く、出身大学や勤務している会社、親や親戚がどうだということが条件として成立していました。ところが、今はそんなものは結婚条件にならない。そこで新しいコミュニケーションが必要になってくるんです。男性が女性に自分の魅力を伝えることが難しくなっているんですね。  かくいう僕も、自分の魅力を伝えるのは、とても下手でした。僕の最初の結婚は3歳年上のいとことでしたが、僕が叔母の家に下宿していて、彼女が親切にしてくれたのがきっかけ。長いあいだ一緒に生活していたわけですから、お互いのよさはそれとなくわかっている。だから口説き合う必要もなかった。つまりは、怠け者の結婚だったんですね。 ――今の男女の愛における課題とはなんでしょうか? 田原 愛というのは、すぐにマンネリ化してしまうもの。だから、愛は自分たちでどんどん進化させなくてはなりません。こんないいところがあったんだと、お互いに新発見をしていくこと。マンネリ化して夫婦が空気のような関係になるというのは最悪だと、僕は思います。安心しきるということは、緊張感がないということ。愛には、常に緊張感がなくてはなりません。前妻とも再婚した妻とも、亡くなるまで緊張感を維持し続け、お互いにいいところを見つけようと努めてきました。前妻にも、飽きているわけではありませんでしたからね。  高齢化社会が進むにつれて、夫婦の関係というものが、より重要になってきています。若いころから共に老いてゆくまで、そのような愛のかたちを維持し続けていくことが、老後も良好な夫婦関係を保つための秘訣なのではないでしょうか。 (構成=大川内麻里) ●田原総一朗(たはら・そういちろう) 1934年、滋賀県生まれ。60年、岩波映画製作所入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーランスとなり、テレビ朝日系列『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。現在、早稲田大学特命教授として大学院で講義をするほか「大隈塾」塾頭も務める。『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。また『日本の戦争』(小学館)、『日本人は原発とどうつきあうべきか』(PHP研究所)、『日本人のための新「幸福論」』(三笠書房)、『田原総一朗責任編集 ホリエモンの最後の言葉』(アスコム)など、多数の著書がある。 田原総一朗 公式サイト http://www.taharasoichiro.com/ ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 山本一郎「まさかのバンダイナムコが新ガチャで規制逃れ」 今さらですがやっぱりFacebook使うのって危なくない? 日テレ、テレ朝、東洋経済…トヨタの軍門に下るメディアたち? 不正アクセスで手軽にネットカンニング! サッカー五輪代表は、海外移籍で1億円稼げるか? 有名女子高では4割!?医学部志望女子急増の意外なワケ ソフトバンクの落とし穴?再生エネ全量買取で東電原発の復活も

田原総一朗が語る「不倫の末結ばれた、最愛の妻を看取って」

 サイゾー新ニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けしちゃいます! ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 山本一郎「まさかのバンダイナムコが新ガチャで規制逃れ」 今さらですがやっぱりFacebook使うのって危なくない? 日テレ、テレ朝、東洋経済…トヨタの軍門に下るメディアたち? ■特にオススメ記事はこちら! 田原総一朗が語る「不倫の末結ばれた、最愛の妻を看取って」 - Business Journal(8月10日)
田原総一朗氏
(撮影=笹村泰夫)
『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系列)などで、先鋭的な視点と歯切れのよい物言いを武器に、政治や経済、社会など幅広い領域の問題について、大胆かつ過激に切り込むジャーナリスト・田原総一朗。  厳しい横顔でパネリストたちの激論を繰る彼だが、その裏には、知られざる秘めた愛の軌跡があった。  元日本テレビアナウンサー・節子氏との、長年にわたる不倫である。  互いに家庭のある身でありながら、どうしようもなく惹かれ合っていく男女。しかしふたりは決めた。ふたつの家庭の中で、責任をもってそれぞれの家族を守り、互いにそれを侵さないと。  時は流れ、田原氏が前妻を看取って6年。  「結婚しようか」  「そうしようか」 ――ようやくふたりが手を取り合うときがきたのである。出会いから27年。不器用にも深く結ばれてから22年の月日が流れていた。  しかし、再婚した妻を病魔が襲う。乳がんだった。病床の妻を支え続け、後追い自殺すら考えた田原氏。妻への献身的な愛は『私たちの愛』(田原総一朗、田原節子著/講談社)(http://www.amazon.co.jp/dp/4062115557/)に詳しい。  そんな田原氏に、  夫婦とは何か?  愛、結婚、不倫、家族とは何か?  家事、子育て、介護とは?  そして、「田原氏は日本初の成人向けビデオ男優」との噂があるほど、いつも本気で仕事に取り組むその「仕事道」について聞いた。  忌憚なき明瞭な回答の数々から浮かび上がったのは、現代社会における夫婦像や互いの役割、課題、そして男女のあるべき姿だった。  激流の時代、結婚・恋愛というものの変遷を追いながら、愛の本質に迫る。 ――『私たちの愛』では、その再婚された奥さまとは、当初お互いに家庭があり、いわゆる「不倫」であったことを明かしていますが、初婚時と再婚時の違いはなんだったのでしょうか? 田原総一朗氏(以下、田原) 再婚した妻とは、フィーリングが合ったんですね。彼女は日本テレビのアナウンサーで、僕は5人くらいいる番組の構成者のひとりでした。次に番組で何をやろうかと話しているうちにフィーリングが合って、ふたりで話す時間が長くなっていった。お互いの共通点をどんどん見つけていくふたり。世の中の常識とかけ離れた感覚や、まったくもって間違っているといわれるような価値観ですらフィットしたんです。数年間、そういう関係が続きました。だから「結婚がどうの」とは考えていなかったんです。 ――そういった関係からやがて恋愛へと発展し、そして前の奥さまの亡きあと、再婚されました。そのように結ばれていく過程とは、どのようなものだったのでしょうか? 田原 彼女なくしての人生はありえない――そう僕も思ったし、彼女も思ったんです。どうも、お互いに相手のことが必要だと。生きるために。それが愛だと気付いたんですね。気が合う、フィーリングが合う、話しやすい、話が合う、お互いに必要な相手だ。そういう関係が長く続いた。男女の行為なしで、恋愛が成立していたんですよ。 止められない愛 ――お互いに家庭のある者同士が惹かれ合ってしまった時には、どうすべきだとお考えですか? 田原 僕は意識が古いので、夫というものは、女房、子どもを食わせるのが第一条件だと思っています。当時はもちろん、今でもね。家長的な責任意識が強かったんです。だから、前の女房と離婚する気はまったくなかった。女房、子どもを食わせなければと、彼女と親しくなればなるほど、自分の無駄遣いを一切せずに、収入はすべて女房に渡していました。もともと全額女房に渡して、僕は預金通帳もキャッシュカードも持たずに、月に1〜2回、女房から小遣いをもらっていました。今では、その役割は娘が引き継いでくれています。だから自分ではお金を銀行から下ろしたこともないので、いくら収入や貯金があるのかも知りません。自分でお金を持たずに女房に管理してもらっているのが、気楽でもあるからですが。  だから、たとえ家庭がありながら、ほかの女性に惹かれてしまったとしても、家長としての責任、つまり女房、子どもを食わせること。それは果たすべきだと考えています。  前の女房は、僕と彼女との関係には気づいていましたよ。口に出しては言わないけれど、態度でなんとなく。女房の立派だったところは、そんな状況下でも、一度たりとも娘たちの前で僕の批判をすることがなかったこと。女房に悪いという思いは、もちろんありました。それも、長いあいだ2番目の妻と男女の行為を持たなかった理由のひとつです。 命がけで仕事に取り組む ――「家長としての責任」というお話が出ましたが、田原さんはいつも真剣勝負で仕事に挑むと本書でもおっしゃっています。 田原 だから僕は、常に仕事に対しては本気。仕事には平気で命をかけようと思っていますから、ときにはめちゃくちゃなこともします。東京12チャンネル(現テレビ東京)時代の1971年には、金曜スペシャルで『日本の花嫁』というドキュメンタリー番組をつくり、自衛隊の結婚式など、いろんな結婚式を取材に行きました。ある全共闘崩れの連中の結婚式では、列席している仲間たちがみんな裸なんです。新婦が列席者の男たちと本番行為をするという結婚式でね。で、スタッフも全員裸になれと。すると新婦が「まずディレクター(である僕)と寝たい」と言いだした。断るわけにはいかない。これも取材だと、新婦と本番行為をして、それを撮って放映しました。そのことをして、お笑い芸人の水道橋博士は「田原総一朗は日本で初めての、成人向けビデオ作品男優である」としています(笑)。それくらい本気なんですよ。 ――田原さんは、その奥様をがんで亡くされました。自分の妻や夫、恋人が、不治の病や悩みなどで苦しんでいる姿に直面したときには、どのように接したらいいのでしょうか? 田原 僕が再婚した女房(節子氏)は悪性の炎症性乳がんで、判明したときにはすでに手術ができない、長くても半年の命という状態でした。医師は彼女に乳がんであることは告げましたが、炎症性乳がんであるとは言わなかったんですね。それで「告知しますか、どうしますか?」と。僕は余命半年の女房にそんなことを告知してしまったら、彼女ががっくりくるのではと判断し、言わなかったんですね。  しかし、抗がん剤治療を数カ月間続けた結果、手術できる段階にまで回復できた。それで手術へと踏み切ったんですが、術後に女房がインターネットで病名を調べて、自分が炎症性乳がんであることを知り、烈火のごとく怒ったんですよね。  無事に手術はできたけれど、いつまで生きられるかわからない。とにかく一日でも長く生きてほしいという願いでしたね。そのためにはなんでもするからと。 ――具体的に、どのようなサポートをされたのでしょうか? 田原 治療の手助けに始まり、亡くなる前の介護に至るまで、いろんなことをしましたね。大きな手術でしたからね、術後、胸のかさぶたがはがれたあとには、骨が見えるほどの大きな穴が空いてしまいました。消毒し薬を塗らなければならないのですが、初めの2〜3度だけ病院の方にやってもらって、あとは僕がやりましたよ。亡くなる1年前には、歩けなくなり車椅子の生活になってしまったので、毎日相撲のように抱え上げてね。そういうことを1年くらい続けました。 介護とは老後の愛である ――高齢化社会において、夫婦間の介護も増えています。実際に体験されていかがでしたか? 田原 介護というのは、実に楽しいものでした。認知症の介護であれば、反応がないから大変かもしれません。しかし、反応がある場合には楽しいものですよ。だって、相手はとても愛している女房なんですから。  それに、介護をする上で、やはり相手に触れたり抱き上げたりしますよね。夫婦は60歳を過ぎたら、キスをすることも手を握ることも男女の行為をすることもなくなってきます。しかし介護というのは、毎日肌で接し合い、触れ合うんです。“老後の愛”とはこういうものなのだなと。まさに愛の再発見です。  だから夫婦間の介護というのは楽しい。きわめて楽しい。介護がつらいというのは、よくわからない。自分が動けなくなったら違ってくるかもしれませんが、お互いに動けるあいだは楽しいものですよ。 ――先ほど、家長的な責任意識が強かったとのお話しがありましたが、家庭における男性、女性、そして父親、母親、それぞれの役割とは? 田原 本来は、男女、父母の役割に区別はないのですが、ただ男性に子どもを産むことはできません。母乳も出ません。もちろん父親としてできる限りのことはするものの、幼児期のうちは父親が寝かしつけようと抱っこしても泣く、母親が母乳をあげて抱っこしていると眠るといったように、子どもも父親には母親ほど懐かないですしね。どうしても子育てにおいては、女性が中心になるわけです。中心になるということはハンディキャップが生まれるということ。  そこで、僕は早い段階から、女房に炊事洗濯をしなくていいと告げていました。人間は平等、でも子育ての負担は女性のほうが大きい。申し訳ないなと。手っ取り早く男性にできるのはお金を稼いでくること。そして炊事洗濯など、子育て以外のことをなるべくしてもらわないようにすること。そのために、生活に余裕が出てからは家政婦さんを雇いました。たとえ食べ物を貧しくしてでも、女房に炊事洗濯はしてほしくなかった。いま共働きの夫婦が家事を分担するというのは、当たり前のことだと考えています。 愛のない結婚生活を続ける必要はない ――高齢化社会が深刻化する現代では、老後に関係をぎくしゃくさせてしまったり、熟年離婚に至ってしまったりといった夫婦も多く見られます。夫の退職後や子どもが自立したあと、高齢夫婦が良好な関係を保っていくためには、どうしたらよいのでしょうか? 田原 相手を愛しているかどうかですね。夫婦の関係というものが、いかに大事か。高齢化社会になって、あらためて感じさせられます。  かつては、女性は結婚して初めて、経済的に安定するものでした。女性にとって結婚とは経済が決め手となるものであり、経済とはすなわち安定だったんです。しかし夫が退職すると、それがなくなってしまいますよね。  対して、現代は愛で結婚する時代。つまり、愛さえ続けば大丈夫なんです。愛が続かないのであれば、早く離婚したほうがいい。今ではフランスなどでは事実婚が増えていて、大統領も事実婚。男性も女性も、結婚というかたちに縛られなくてもいいわけです。我慢して結婚生活を続ける必要性など、どこにもない。我慢して続けるから、高齢になって、いざ退職だ病気だという現実に直面して困るわけでしょう。愛のない結婚生活を続けることはないんですよ。 ――昨今、若い世代の未婚率が上昇しています。なぜでしょうか? 田原 男女雇用機会均等法や男女共同参画など、女性が総合職として働くことのできる時代になりました。昔は女性は総合職には就けず、早く結婚するしかなかった。でも今は総合職に就けることで、女性も仕事に生きることが可能になりました。そうすると、なぜ結婚しなくてはならないのか、女性にとって結婚する理由が愛以外になくなってしまったんです。女性が経済的に自立していることで、結婚年齢が上がるわけですね。  少子化と言われて久しいですが、なぜいま子どもが少ないのか。女性の自立に伴って結婚年齢が上昇する一方、出産の適齢期は、当然ながら今も昔も変わらない。生物学的な出産の適齢期は18歳から24歳までです。でも24歳の時点で結婚していない女性はたくさんいる。つまり結婚した時点で、出産の適齢期を過ぎているんです。それで子どもができにくいなどの支障が出てしまう。これが少子化の原因のひとつですね。  女性が経済的な必要性に駆られて結婚しなくてもよくなったので、男性にはハードルが高くなってしまったんですね。女性は、愛のない結婚をする必要性がなくなったんですよ。 現代男性は、どうすれば結婚できるのか? ――なるほど。女性の経済的な自立により、結婚は経済よりも愛でするものへと変わってきた。それに伴い少子化も進むと。では現代の男性は、結婚にあたってどのような問題をクリアすればよいのでしょうか? 田原 日本人というのはコミュニケーションが下手。男女とも異性を口説くのが下手です。だいたいにおいて男性が女性を口説くものでしょうけれど、その際、将来出世の見込みがあるだとか給料が高い、大きな会社に勤めているなどといった、昔だったら結婚の決め手になっていたことが、今では通用しなくなってきている。男性がいかに自分の魅力を伝えるかにおいて、コミュニケーションの重要性が高まっているんです。  しかし、魅力を伝えるというと、自慢になってしまう人が多い。やれ東大を出ている、やれ外務省に勤めている。ところがそんなものは、今の時代、魅力になんてなりません。かえってとんでもなく失敗した経験なんかを話すと、おもしろい人だねとなることも。人間性をどう見せられるかが、異性を口説くときの重要なキーになるんです。 女性に自分の魅力を伝えるということ ――草食系男子という言葉の流行に見られるように、異性を口説く場面において、男性が昔に比べてガツガツしなくなったのでしょうか? 田原 男性がガツガツしなくなったのではなく、女性が難しくなったんですよ。女性が経済的に自立したことにより、経済的なことに左右されて結婚する必要性がなくなった。昔はお見合い結婚も多く、出身大学や勤務している会社、親や親戚がどうだということが条件として成立していました。ところが、今はそんなものは結婚条件にならない。そこで新しいコミュニケーションが必要になってくるんです。男性が女性に自分の魅力を伝えることが難しくなっているんですね。  かくいう僕も、自分の魅力を伝えるのは、とても下手でした。僕の最初の結婚は3歳年上のいとことでしたが、僕が叔母の家に下宿していて、彼女が親切にしてくれたのがきっかけ。長いあいだ一緒に生活していたわけですから、お互いのよさはそれとなくわかっている。だから口説き合う必要もなかった。つまりは、怠け者の結婚だったんですね。 ――今の男女の愛における課題とはなんでしょうか? 田原 愛というのは、すぐにマンネリ化してしまうもの。だから、愛は自分たちでどんどん進化させなくてはなりません。こんないいところがあったんだと、お互いに新発見をしていくこと。マンネリ化して夫婦が空気のような関係になるというのは最悪だと、僕は思います。安心しきるということは、緊張感がないということ。愛には、常に緊張感がなくてはなりません。前妻とも再婚した妻とも、亡くなるまで緊張感を維持し続け、お互いにいいところを見つけようと努めてきました。前妻にも、飽きているわけではありませんでしたからね。  高齢化社会が進むにつれて、夫婦の関係というものが、より重要になってきています。若いころから共に老いてゆくまで、そのような愛のかたちを維持し続けていくことが、老後も良好な夫婦関係を保つための秘訣なのではないでしょうか。 (構成=大川内麻里) ●田原総一朗(たはら・そういちろう) 1934年、滋賀県生まれ。60年、岩波映画製作所入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーランスとなり、テレビ朝日系列『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。現在、早稲田大学特命教授として大学院で講義をするほか「大隈塾」塾頭も務める。『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。また『日本の戦争』(小学館)、『日本人は原発とどうつきあうべきか』(PHP研究所)、『日本人のための新「幸福論」』(三笠書房)、『田原総一朗責任編集 ホリエモンの最後の言葉』(アスコム)など、多数の著書がある。 田原総一朗 公式サイト http://www.taharasoichiro.com/ ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) 山本一郎「まさかのバンダイナムコが新ガチャで規制逃れ」 今さらですがやっぱりFacebook使うのって危なくない? 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今週末の運勢第1位は牡牛座! 五感を研ぎ澄ます目隠しプレイで快感を貪って

【ハピズムより】

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――夜空に浮かぶ月は潮の満ち引きに影響を与え、身体の70%以上が水分でできている人間にも身体的・精神的に影響を与えます。特に感覚が優れている女性はその影響を受けやすく、恋愛やセックスにおいてより重要なもの。月の占い師・アイビー茜が、月模様から週末のあなたの恋とセックスの運命をズバッと占います!

 今週末(8月10日~12日)の月は、「牡牛座の月」。一体どんな週末になるのでしょうか?

■今週末の牡牛座の月ってどんな月??
キーワードは次の3つ! 
「グルメ」「経験重視」「舌で異性を味わう」

 12星座はよく「人の一生」に置き換えて考えることができるのですが、12星座中2番目の牡牛座は「五感を覚える」フェーズに当たります。

 牡牛座は非常に五感が優れ、心地のいい場所、おいしい味、香りに敏感です。今テレビで話題のスポットには目もくれず、自分自身が肌感覚でここがいいと感じたものにしか惹かれません。それゆえ、食に対しても舌が肥えやすく、グルメな人が多いようです。そして、「揺るがない俺」「私の経験論」に裏付けされたことしか実行できないので、融通が利かないやつと思われることもしばしば。しかしながら、その強いこだわりが功を奏し、職人気質、マニアックな分野で第一人者となる傾向もあります。

 また、牡牛座は五感が発達していることから、セックスに関しても「味わう」ような行為が好きなようです。ですので、今週末のセックスは、「舐める」だとか「はむはむする」といった行動に縁があります。

 さて、あなたの今週末の恋とセックスの運命はいかに?

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