芸能界からの転落……沢尻エリカとヒロインがリンクする『ヘルタースケルター』

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『ヘルタースケルター』公式サイトより

 「さあ、さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。めったにお目にかかれない。大イタチだよ。こんなに大きなイタチは見たことない。見なきゃ損だよ」という呼び込みの声につられて飛び込んだ見世物小屋。しかしそこには、“大きな板に血が付いている”だけのまやかしものがあるだけだった……。

 そんな、後味の悪さだけが残る映画を見た。沢尻エリカ(26)主演の『ヘルタースケルター』だ。主演の沢尻は、体調不良でジャパンプレミアを欠席し、その後も「連絡が取れない」「行方不明」などと報道が過熱。果たして7月14日の映画公開初日の舞台挨拶に「出るか出ないか」と大騒ぎになった。

「ここまで動員力がないとは……」AKB48前田敦子『苦役列車』大コケで閉ざされる女優の未来

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『苦役列車』HPより
 AKB48卒業を来月に控えた前田敦子の未来に、早くも暗雲が立ち込めている。卒業後は女優に転身する予定だというが、前田がヒロインの映画『苦役列車』が早くも大コケしてしまったのだ。同日に公開された沢尻エリカ主演の『ヘルタースケルター』にも大惨敗。あっちゃんの将来はどうなっちゃうの?  『苦役列車』は、前田が尊敬する山下敦弘監督がメガホンを取るということもあり、女優への本格転身を前にした本人の意気込みはかなりのものだった。しかしフタを開けてみれば、とんでもなく厳しく、そして寒い現実を突きつけられてしまった。 「14日土曜日に公開された『苦役列車』ですが、土日の2日間で全国の観客動員数は5,000人台後半で、6,000人にすら届きませんでした。映画チケット代が1,800円として単純に計算すると、1,000万円ほどしか売り上げがなかったということです。昨年前田が主演した『もしドラ』も制作陣の予想を大きく下回る大コケでしたが、それ以上のコケっぷりです。関係者も“ここまで動員力がないとは思わなかった”と頭を抱えていますよ」(映画関係者)  一方、同日に公開された『ヘルタースケルター』は、大麻報道があった沢尻がジャパンプレミアを欠席するなど波乱の幕開けとなったが、それが逆宣伝効果となったのだろう。大ヒットに向けて好調な滑り出しとなった。 「『苦役列車』の3倍ほどのスクリーンで公開されているとはいえ、初日から3日間で25万人超の動員。興行収入も3億5,000万円ほどです。目標興収15億円というのも見えてきた」と別の映画関係者。  『苦役列車』は、原作者の芥川賞作家・西村賢太氏が「どうしようもなくつまらない映画」「原作者として名前を連ねるのも不快」などと酷評。さらに前田をヒロイン役に起用したことにも「柏木由紀さんの方が理想だったんですけど」などとバッサリ斬り捨てるなど、公開前から穏やかではなかった。  映画の不人気は決して前田だけの責任ではないが、前田がこれまでのドラマや映画出演で何一つ実績らしい実績を挙げていないことは明らか。このままではAKB48を卒業して女優になっても、進む道は“苦役列車”となってしまいそうだ。

一度に5本抜歯し、鎮痛剤の過剰摂取!? スタローン息子の死の真相は

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二股かけられても親友になれるって男同士は不思議

 還暦を過ぎてもなお第一線で活躍するハリウッド・アクションスター、シルべスター・スタローンの息子で、俳優・映画監督のセイジ・スタローンが、13日、ハリウッドの自宅で遺体となって発見された。最新情報では、ロサンゼルス市警察の強盗殺人課が捜査に乗り出したそうだが、当初から報じられているように薬の過剰摂取(OD)が死因という説が有力だと考えられている。セイジは処方箋薬に依存していた可能性が高いとも言われているが、彼の弁護士は「薬もやらないし酒も飲まなかった」「遺体のそばに薬の空き瓶など転がっていない」とODを否定。他殺もあり得るのかと情報が錯綜しているが、そんな中、沈黙を守り続けていた母親が「息子は一度に5本抜歯し、鎮痛剤を飲んでいた」と発表。痛みに耐えられず、強い鎮痛剤を飲みすぎて命を落としたとの見解を示した。

 36歳の若さで急死したセイジは、シルベスターと最初の妻で女優のサーシャ・キューザックとの間に生まれた長男。自閉症だと診断された弟と共に幸せな生活を送っていたが、9歳の時に両親は離婚。シルベスターは、アーノルド・シュワルツェネッガーと二股をかけていたブリジット・ニールセンと結婚するためにサーシャを捨てたのだが、セイジとはその後も良好な親子関係を築いていた。1990年に公開された『ロッキー5 最後のドラマ』では親子役で共演しており、今回の息子の突然の死に打ちひしがれているという。

一度に5本抜歯し、鎮痛剤の過剰摂取!? スタローン息子の死の真相は

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二股かけられても親友になれるって男同士は不思議

 還暦を過ぎてもなお第一線で活躍するハリウッド・アクションスター、シルべスター・スタローンの息子で、俳優・映画監督のセイジ・スタローンが、13日、ハリウッドの自宅で遺体となって発見された。最新情報では、ロサンゼルス市警察の強盗殺人課が捜査に乗り出したそうだが、当初から報じられているように薬の過剰摂取(OD)が死因という説が有力だと考えられている。セイジは処方箋薬に依存していた可能性が高いとも言われているが、彼の弁護士は「薬もやらないし酒も飲まなかった」「遺体のそばに薬の空き瓶など転がっていない」とODを否定。他殺もあり得るのかと情報が錯綜しているが、そんな中、沈黙を守り続けていた母親が「息子は一度に5本抜歯し、鎮痛剤を飲んでいた」と発表。痛みに耐えられず、強い鎮痛剤を飲みすぎて命を落としたとの見解を示した。

 36歳の若さで急死したセイジは、シルベスターと最初の妻で女優のサーシャ・キューザックとの間に生まれた長男。自閉症だと診断された弟と共に幸せな生活を送っていたが、9歳の時に両親は離婚。シルベスターは、アーノルド・シュワルツェネッガーと二股をかけていたブリジット・ニールセンと結婚するためにサーシャを捨てたのだが、セイジとはその後も良好な親子関係を築いていた。1990年に公開された『ロッキー5 最後のドラマ』では親子役で共演しており、今回の息子の突然の死に打ちひしがれているという。

「このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなもの」ソウルセット・渡辺俊美が歌う“県内の人”の歌

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 結成20年を迎えたTOKYO No.1 SOULSETのギター・ボーカルであり、ソロユニットTHE ZOOT16としても活躍する渡辺俊美は、震災以降、脱原発の姿勢を強く表明している。昨年、箭内道彦やサンボマスター山口隆らとともに「猪苗代湖ズ」として紅白にも出場した彼の故郷は、福島県富岡町。福島第一原発の半径20km圏内に位置し、現在も実家には思うように立ち入ることができない。  今回、20年以上にわたるキャリアの中で初となるソロアルバム『としみはとしみ』(felicity)をリリースした彼に、日刊サイゾーではインタビューを敢行。最小限の音で作られたポップなアルバムは、アーティストとしての熟練を感じさせる仕上がりとなっている。もちろん、このアルバムの制作にも、福島出身というアイデンティティは深く関わっているようだ。 ――現在、富岡町のご実家は、どのような状況になっているのでしょうか? 渡辺俊美(以下、渡辺) 一時帰宅した姉によれば、草も伸びきって、家にも虫がわいてしまった。野生動物が入った跡もあるそうです。もう一度家を建て直すのも無理かもしれないですね。 ――やはり、復興は程遠い状況なんですね……。今回リリースした『としみはとしみ』では、福島で育ったアイデンティティが深く関わっているように感じました。今、あえてソロ作品をリリースする意義は、俊美さんにとっても大きなものなのでしょうか? 渡辺 大きいですね。3年くらい前から、自分とちゃんと向き合った作品を作りたいと思っていたんです。そのために、ZOOT16でもSOULSETでもなくソロアルバムという形になりました。SOULSETもZOOT16も、僕の中では“東京の音楽”という雰囲気。けれども、渡辺俊美は福島で育った人間です。その過去を見つめ直して、今故郷をどう思っているのか、これから自分がどういう選択をしてくのか、ということを歌にしたいと思ったんです。 ――“選択”というのは、どういうものでしょうか? 渡辺 原発に反対するのも選択だし、推進するのも選択です。住む場所にしても、福島でいいのか、別の場所のほうがいいのか……。3月11日以降、誰もがいろいろな選択をしなければならなくなりました。僕は福島第一原発の20km圏内で生まれ育ち、音楽もやってきたし、洋服屋もやってきた。そんな自分がこの先どんな選択をしていくのか、自分でも興味があるんです。 ――今作の落ち着いたトーンには、俊美さんの等身大の姿が描かれているように感じました。一方で、今の日本の状況を考えれば、怒りに満ちたレベル・ミュージック(反抗の音楽)になる可能性もあったのではないかと思います。 渡辺 七尾旅人くんの「圏内の歌」や、斉藤和義くんの「ずっとウソだった」、フライングダッチマンの「Human ERROR」、この3人の曲が僕の怒りの気持ちを代弁してくれています。それ以上のことは、僕が歌うことではないんじゃないかと思いました。そのような怒りは、“県外の人”が歌うことなのではないかと。 IMG_6249.jpg  僕は被害者でもあるんだけど、ずっと原発の近くに住んできたし、なんらかの形で恩恵は受けきた加害者としての側面もあります。そのような“県内の人”が、どのように歌を歌うべきかを考えていました。今作で「僕はここにいる」という歌が一番最初にできたんですが、その中に「誰のせいでもない」という歌詞があります。国のせいでも、東電のせいでも、自分のせいでもない。誰かをヒステリックに責めるのではなく、自分の選択は自分で決めるということを歌っています。人々がいがみ合って、あたかも戦争のような状態にならないための、僕なりのレベル・ミュージックであり、“県内の人”の歌なんです。 ――加害者でもあり被害者でもあるというのは、まさに「当事者」である福島県人の複雑な感情ですね。 渡辺 猪苗代湖ズでは、どんな応援ソングにも負けない歌を出したという自信があります。次に何を歌おうかと考えたら、「これは福島だけの問題じゃない、日本の問題だよ」ということを言わなければならないと思いました。 ――1986年に起こったチェルノブイリ事故の時は、どういったお気持ちだったんでしょうか? 当時も、何か音楽で表現しようと思っていたんでしょうか? 渡辺 当時は20歳で、東京で洋服屋を始めた頃でした。「チェルノブイリ」を歌っていたブルーハーツも「サマータイムブルース」を歌っていた忌野清志郎さんも大好きだったんですが、原発のすぐ近くに住んでいた僕はこういう歌を歌えないと思っていましたね。同級生にも原発関連で仕事をしている人がたくさんいました。原発を否定することは、その人たちの仕事も否定することにもなってしまいますからね。 ――今回の事故でもやはり、原発関連で仕事をする同級生や周囲の人のことは考えましたか? 渡辺 やっぱり、最初はそういったことも考えました。けれども、原発を廃しても雇用はできるのではないかと思うんです。僕らの世代は贅沢をしすぎてしまった。だから、僕らが社会の状況を変えなきゃならないんです。それは原発だけではなく、産業廃棄物の問題や米軍基地の問題も同じことです。 ■故郷の人々を前に、歌うということ ――震災から1週間後、ギターを持って避難所を訪れたものの、歌うことができなかったそうですね。 渡辺 テレビの中で歌っていた人はいましたが、避難所では「上を向いて歩こう」みたいなことはとても歌えない。「上なんてどこにもないじゃん」という状況でした。歌うことよりも、嘆きや叫びを聞いてあげることのほうが大切なことでした。だから、震災直後に天皇陛下がとった行動は素晴らしいと思いましたね。被災者の話に耳を傾けてあげるという姿勢は、当時いちばん求められていることだったんです。 IMG_6282.jpg ――そういった経験を通して、自らの歌うことに対する変化はありますか? 渡辺 歌っていると、涙が出るようになりました。悲しみ、憎しみ、うれしさ、いろいろな感情が出てくるんです。「伝えよう」とか「どう見せよう」ということではなく、「歌っていいな」と思いながら、情景を感じながら歌えるようになりましたね。 ――アーティストとしては、これ以上ない経験ですね。 渡辺 ありませんね。福島の20km圏内に生まれ育っていなければこういった感覚は得られなかったと思います。エンタテインメントの音楽活動やってなくてよかったなって、本当に思いますね(笑)。 ――7月28日には、帰村宣言が出されたばかりの川内村でのライブを予定されています。 渡辺 帰村宣言を出したといっても、村長ですら川内村に人が戻ってこないというのはわかっているんです。でも、だからこそ、現場で言葉を残さなければいけない。そういった思いから、ライブを行います。無責任かもしれないけれど、地元の人が声を上げられないんだったら、僕が代わりに歌っていきたいなと思っているんです。まだ人が住むことは難しいのかもしれませんが、イベントは毎年でも行っていきたいですね。 ――再び福島に帰りたいという思いはありますか? IMG_6387.jpg 渡辺 実は2年くらい前から、子どもと一緒に福島に移住しようと思っていたんです。親父が川内村で百姓をやっていたので、僕も農業のことを独学で勉強していました。以前から東京でレベル・ミュージックを歌うということに疑問を感じていたんですね。だから、地元に根ざして音楽活動をしようと思っていたんです。 ――そんな夢も、震災によって奪われてしまった。 渡辺 今作に収録した「安らぎの場所」で歌っているのは、そんな場所のことです。現実的には難しいかもしれませんが、まだあきらめたわけではありません。それが福島になるのか、それともどこか別の場所になるのかはわかりませんが、希望は持ち続けていたいと思っています。 ――いま福島について、どんな思いを持っていますか? 渡辺 「FUKUSHIMA」と書かれることを地元の人はあまりよく思わないのですが、新しい日本のモチーフとなる場所であることは間違いないでしょうね。原発の問題はずっと続いていく問題だと思っています。僕は、このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなものだと思っているんです。この先も、2巻、3巻と、死ぬまで終わることなく制作を続けていくでしょうね。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=後藤秀二) ●わたなべ・としみ 1966年12月6日生まれ、福島県出身。1990年に結成したTOKYO No.1 SOUL SETのシンガー、ギターとしてデビュー。2000年以降TOKYO No.1 SOUL SETとしての活動は休止となり、ソロユニットTHE ZOOT16を始動させるほか、2010年には福島県出身の松田晋二(THE BACK HORN)、山口隆(サンボマスター)、箭内道彦(風とロック)と猪苗代湖ズを結成。「I love you & I need you ふくしま」で紅白歌合戦出場を果たす。

「このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなもの」ソウルセット・渡辺俊美が歌う“県内の人”の歌

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 結成20年を迎えたTOKYO No.1 SOULSETのギター・ボーカルであり、ソロユニットTHE ZOOT16としても活躍する渡辺俊美は、震災以降、脱原発の姿勢を強く表明している。昨年、箭内道彦やサンボマスター山口隆らとともに「猪苗代湖ズ」として紅白にも出場した彼の故郷は、福島県富岡町。福島第一原発の半径20km圏内に位置し、現在も実家には思うように立ち入ることができない。  今回、20年以上にわたるキャリアの中で初となるソロアルバム『としみはとしみ』(felicity)をリリースした彼に、日刊サイゾーではインタビューを敢行。最小限の音で作られたポップなアルバムは、アーティストとしての熟練を感じさせる仕上がりとなっている。もちろん、このアルバムの制作にも、福島出身というアイデンティティは深く関わっているようだ。 ――現在、富岡町のご実家は、どのような状況になっているのでしょうか? 渡辺俊美(以下、渡辺) 一時帰宅した姉によれば、草も伸びきって、家にも虫がわいてしまった。野生動物が入った跡もあるそうです。もう一度家を建て直すのも無理かもしれないですね。 ――やはり、復興は程遠い状況なんですね……。今回リリースした『としみはとしみ』では、福島で育ったアイデンティティが深く関わっているように感じました。今、あえてソロ作品をリリースする意義は、俊美さんにとっても大きなものなのでしょうか? 渡辺 大きいですね。3年くらい前から、自分とちゃんと向き合った作品を作りたいと思っていたんです。そのために、ZOOT16でもSOULSETでもなくソロアルバムという形になりました。SOULSETもZOOT16も、僕の中では“東京の音楽”という雰囲気。けれども、渡辺俊美は福島で育った人間です。その過去を見つめ直して、今故郷をどう思っているのか、これから自分がどういう選択をしてくのか、ということを歌にしたいと思ったんです。 ――“選択”というのは、どういうものでしょうか? 渡辺 原発に反対するのも選択だし、推進するのも選択です。住む場所にしても、福島でいいのか、別の場所のほうがいいのか……。3月11日以降、誰もがいろいろな選択をしなければならなくなりました。僕は福島第一原発の20km圏内で生まれ育ち、音楽もやってきたし、洋服屋もやってきた。そんな自分がこの先どんな選択をしていくのか、自分でも興味があるんです。 ――今作の落ち着いたトーンには、俊美さんの等身大の姿が描かれているように感じました。一方で、今の日本の状況を考えれば、怒りに満ちたレベル・ミュージック(反抗の音楽)になる可能性もあったのではないかと思います。 渡辺 七尾旅人くんの「圏内の歌」や、斉藤和義くんの「ずっとウソだった」、フライングダッチマンの「Human ERROR」、この3人の曲が僕の怒りの気持ちを代弁してくれています。それ以上のことは、僕が歌うことではないんじゃないかと思いました。そのような怒りは、“県外の人”が歌うことなのではないかと。 IMG_6249.jpg  僕は被害者でもあるんだけど、ずっと原発の近くに住んできたし、なんらかの形で恩恵は受けきた加害者としての側面もあります。そのような“県内の人”が、どのように歌を歌うべきかを考えていました。今作で「僕はここにいる」という歌が一番最初にできたんですが、その中に「誰のせいでもない」という歌詞があります。国のせいでも、東電のせいでも、自分のせいでもない。誰かをヒステリックに責めるのではなく、自分の選択は自分で決めるということを歌っています。人々がいがみ合って、あたかも戦争のような状態にならないための、僕なりのレベル・ミュージックであり、“県内の人”の歌なんです。 ――加害者でもあり被害者でもあるというのは、まさに「当事者」である福島県人の複雑な感情ですね。 渡辺 猪苗代湖ズでは、どんな応援ソングにも負けない歌を出したという自信があります。次に何を歌おうかと考えたら、「これは福島だけの問題じゃない、日本の問題だよ」ということを言わなければならないと思いました。 ――1986年に起こったチェルノブイリ事故の時は、どういったお気持ちだったんでしょうか? 当時も、何か音楽で表現しようと思っていたんでしょうか? 渡辺 当時は20歳で、東京で洋服屋を始めた頃でした。「チェルノブイリ」を歌っていたブルーハーツも「サマータイムブルース」を歌っていた忌野清志郎さんも大好きだったんですが、原発のすぐ近くに住んでいた僕はこういう歌を歌えないと思っていましたね。同級生にも原発関連で仕事をしている人がたくさんいました。原発を否定することは、その人たちの仕事も否定することにもなってしまいますからね。 ――今回の事故でもやはり、原発関連で仕事をする同級生や周囲の人のことは考えましたか? 渡辺 やっぱり、最初はそういったことも考えました。けれども、原発を廃しても雇用はできるのではないかと思うんです。僕らの世代は贅沢をしすぎてしまった。だから、僕らが社会の状況を変えなきゃならないんです。それは原発だけではなく、産業廃棄物の問題や米軍基地の問題も同じことです。 ■故郷の人々を前に、歌うということ ――震災から1週間後、ギターを持って避難所を訪れたものの、歌うことができなかったそうですね。 渡辺 テレビの中で歌っていた人はいましたが、避難所では「上を向いて歩こう」みたいなことはとても歌えない。「上なんてどこにもないじゃん」という状況でした。歌うことよりも、嘆きや叫びを聞いてあげることのほうが大切なことでした。だから、震災直後に天皇陛下がとった行動は素晴らしいと思いましたね。被災者の話に耳を傾けてあげるという姿勢は、当時いちばん求められていることだったんです。 IMG_6282.jpg ――そういった経験を通して、自らの歌うことに対する変化はありますか? 渡辺 歌っていると、涙が出るようになりました。悲しみ、憎しみ、うれしさ、いろいろな感情が出てくるんです。「伝えよう」とか「どう見せよう」ということではなく、「歌っていいな」と思いながら、情景を感じながら歌えるようになりましたね。 ――アーティストとしては、これ以上ない経験ですね。 渡辺 ありませんね。福島の20km圏内に生まれ育っていなければこういった感覚は得られなかったと思います。エンタテインメントの音楽活動やってなくてよかったなって、本当に思いますね(笑)。 ――7月28日には、帰村宣言が出されたばかりの川内村でのライブを予定されています。 渡辺 帰村宣言を出したといっても、村長ですら川内村に人が戻ってこないというのはわかっているんです。でも、だからこそ、現場で言葉を残さなければいけない。そういった思いから、ライブを行います。無責任かもしれないけれど、地元の人が声を上げられないんだったら、僕が代わりに歌っていきたいなと思っているんです。まだ人が住むことは難しいのかもしれませんが、イベントは毎年でも行っていきたいですね。 ――再び福島に帰りたいという思いはありますか? IMG_6387.jpg 渡辺 実は2年くらい前から、子どもと一緒に福島に移住しようと思っていたんです。親父が川内村で百姓をやっていたので、僕も農業のことを独学で勉強していました。以前から東京でレベル・ミュージックを歌うということに疑問を感じていたんですね。だから、地元に根ざして音楽活動をしようと思っていたんです。 ――そんな夢も、震災によって奪われてしまった。 渡辺 今作に収録した「安らぎの場所」で歌っているのは、そんな場所のことです。現実的には難しいかもしれませんが、まだあきらめたわけではありません。それが福島になるのか、それともどこか別の場所になるのかはわかりませんが、希望は持ち続けていたいと思っています。 ――いま福島について、どんな思いを持っていますか? 渡辺 「FUKUSHIMA」と書かれることを地元の人はあまりよく思わないのですが、新しい日本のモチーフとなる場所であることは間違いないでしょうね。原発の問題はずっと続いていく問題だと思っています。僕は、このアルバムは『はだしのゲン』の第1巻のようなものだと思っているんです。この先も、2巻、3巻と、死ぬまで終わることなく制作を続けていくでしょうね。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=後藤秀二) ●わたなべ・としみ 1966年12月6日生まれ、福島県出身。1990年に結成したTOKYO No.1 SOUL SETのシンガー、ギターとしてデビュー。2000年以降TOKYO No.1 SOUL SETとしての活動は休止となり、ソロユニットTHE ZOOT16を始動させるほか、2010年には福島県出身の松田晋二(THE BACK HORN)、山口隆(サンボマスター)、箭内道彦(風とロック)と猪苗代湖ズを結成。「I love you & I need you ふくしま」で紅白歌合戦出場を果たす。

SUPER JUNIORが蒼井そらのAVを視聴!? Twitterを賑わせた騒動の裏側

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「Sexy, Free & Single」/avex trax

 7月14日に韓国で放送された『サタデーナイトライブコリア2』の最終回で、SUPER JUNIORのメンバー、イェソンがAV女優・蒼井そらについて言及し、Twitterのトレンドワードにも浮上した。

 SUPER JUNIORは、番組内の法廷コントに挑戦。その中で、メンバーのイェソンが殺人事件の犯人ではないかと疑われ、法廷でアリバイについて弁明。インターネットの検索履歴に「蒼井そら」が残っており、課金動画を見た形跡があることから、罪は逃れられたが「変態!」 と罵られてしまう……というものだ。

 こんなふうにテレビのコントにも名前が出てくる蒼井そらだが、韓国ではどのくらいの知名度なのだろうか。

中丸雄一、女性に対する“低すぎる理想”を語る!

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【ジャニーズ研究会より】

 7月5日放送のTOKIOが司会を務めるトークバラエティー『5LDK』(フジテレビ系)に、KAT-TUNの中丸雄一とモデルの菜々緒が出演しました。国分太一が店長を務める店で、TOKIOのメンバーとゲストが食材の間違いを当てる定番コーナー「OH! マチガエテーラ」。今回は小学生が考案したメニューSPで、まず出されたのはカニチャーハンでした。

 番組冒頭で「自信あります!」と断言していた中丸に、国分が「中丸くんが負けてしまった場合、“KAT-TUNは味オンチ”ということでよろしいでしょうか?」と尋ねると、「あぁ、なるほど。わかりました」と真顔で頷く中丸。このひねりのない即答ぶりにTOKIOは大笑い。「ちょっとは、やりとりしようぜ?」と長瀬智也がもっともなことを言っていました。

中丸雄一、女性に対する“低すぎる理想”を語る!

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【ジャニーズ研究会より】

 7月5日放送のTOKIOが司会を務めるトークバラエティー『5LDK』(フジテレビ系)に、KAT-TUNの中丸雄一とモデルの菜々緒が出演しました。国分太一が店長を務める店で、TOKIOのメンバーとゲストが食材の間違いを当てる定番コーナー「OH! マチガエテーラ」。今回は小学生が考案したメニューSPで、まず出されたのはカニチャーハンでした。

 番組冒頭で「自信あります!」と断言していた中丸に、国分が「中丸くんが負けてしまった場合、“KAT-TUNは味オンチ”ということでよろしいでしょうか?」と尋ねると、「あぁ、なるほど。わかりました」と真顔で頷く中丸。このひねりのない即答ぶりにTOKIOは大笑い。「ちょっとは、やりとりしようぜ?」と長瀬智也がもっともなことを言っていました。

「3日あったら、殺人を自白させてやる……」冤罪が生まれる裏側に迫る『冤罪と裁判』

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『冤罪と裁判』(講談社現代新書)
 6月7日、ネパール人男性ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏が横浜刑務所から釈放された。1997年に起こった東電OL殺人事件の犯人として無期懲役の判決を受けていたゴビンダ氏。事件発生から15年の月日が経ち、ゴビンダ氏の再審請求審を認定。刑の執行が停止されたため、今回の釈放が決定された。この事件は、ゴビンダ氏が逮捕された当初から冤罪事件ではないかとささやかれていた。  2010年に再審無罪が確定し大きなニュースとなった「足利事件」や、大阪地検特捜部による証拠改ざんが行われた厚労省局長による「障害者郵便制度悪用事件」など、冤罪が判明した事件は数多い。『冤罪と裁判』(講談社現代新書)は、20年にわたる弁護士活動の中で数多くの冤罪事件を扱ってきた今村核氏が、冤罪が引き起こされる構造的な問題を分析した一冊だ。  例えば、自白という問題。  普通、容疑者が自白を行ったといえば、世間的には完全に「クロ」と目される。まさか、やってもいない罪を好んで被る人間などいるわけがないだろう。しかし、現実は違う。一日10時間以上にわたって、刑事が恫喝するように声を荒らげる取り調べの現場。接見禁止となれば、弁護士以外のあらゆる人間と面会することすらできない。痴漢などの軽い罪であれば、容疑を認めればすぐにでも釈放されるが、認めなければ1カ月以上の拘束が続く。そんな状況で、容疑者の頭は混乱してゆく。「もしかしたら記憶がないだけで、自分がやったのかもしれない」「認めたほうが楽になる」……。こうして「私がやりました」と、容疑者はあっけなく“自白”をする。  これは、特殊な人の話でも、精神的に弱い人の話でもない。ある元刑事はジャーナリストに対して「3日あったら、お前に、殺人を自白させてやるよ。3日目の夜、お前は、やってもいない殺人を、泣きながらオレに自白するよ。右のとおり相違ありません、といって指印を押すよ」と語る。熟練の刑事にかかれば、誰でも例外なく「自白」をしてしまうのだ。  これを防ぐために取り調べ過程を録音・録画し、可視化する方向で議論が進められているものの、なかなか導入が進まないのが現状だ。  さらに、警察・検察側の手練手管は、とどまるところを知らない。  目撃者に対する事情聴取や、写真面割りと呼ばれる方法でも巧妙な誘導が行われ、警察の思い描いたように犯人は仕立て上げられる。警察・検察が独占する物的証拠では、すり替えや隠蔽が行われることも多い。前述の足利事件では、ずさんなDNA鑑定結果が判決の決定的な証拠として採用されたことから、冤罪が生まれてしまった。また、冤罪の可能性から再鑑定をしようにも、証拠品をDNA鑑定で全て使い切ってしまった、処分してしまったとして再鑑定ができないというお粗末な事態も多いという。  また、今村は司法制度改革として注目される裁判員制度にも疑問を投げかける。「裁判員の負担を減らす」という名目で、検証される証拠は絞りこまれ、審理がスムーズに進むように分刻みのスケジュールが計画される。その結果、事件に対する十分な検証がなされず、冤罪の可能性が疑われることもなく判決が下る。冤罪の可能性がある複雑な裁判は、裁判員にとっても負担が大きい。裁判員の負担を減らすために冤罪が生まれるのであれば、本末転倒と言わざるをえないだろう。  本書の帯に書かれているように、日本の裁判における有罪率は99.9%。警察に逮捕され、「容疑者」という言葉が付けられたが最後、ほとんどの人間は「犯人」とされることを免れられない。いま、裁判所は真実を明らかにする場ではなく、有罪を認める場に成り下がっている。真の司法改革を実現するために求められるのは、民間人が参加する裁判員ではなく、警察の取り調べや捜査手法を改善し、裁判における構造的な問題を問い直すことなのではないだろうか。  「それでも僕はやってない」と意思を強く示せるのは、本当に一握りの人間に過ぎず、多くは冤罪を進んで引き受けてしまう。次に無実の罪によって刑務所に送り込まれるのは自分かもしれない……。そう考えながら本書を読むと、背筋に寒気を覚えてくる。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●いまむら・かく 1962年生まれ。東京大学法学部卒業、92年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。冤罪事件、労働事件のほか、群馬司法書士会事件、保土ヶ谷放置死事件などを担当。現在、自由法曹団司法問題委員会委員長。