
第1位
「驚愕スクープ 小沢一郎に隠し子がいた!」(「週刊文春」5月3・10日特大号)
第2位
「弟子を殴って殴って殴る『貴乃花親方』の日常」(「週刊新潮」5月3・10日特大号)
第3位
「なぜ小沢でなくて、橋下なのか――この時代の読み方」(「週刊現代」5月19日号)
ゴールデンウイークは雨に祟られ、最後の日曜日は各地で強風・豪雨・落雷があり、茨城や栃木では竜巻が発生して大きな爪痕を残した。
5月4日(金)に、ジャーナリストの青木理さんに頼まれてTBSラジオの『ニュース探究ラジオ Dig』という番組に出た。『Dig』は、私も何度か出たことのある『アクセス』の後番組で、青木さんが金曜日を担当している。女子アナはカワイイ江藤愛さん。
週刊誌について話してくれ、という。「フライデー」や「週刊現代」の編集長時代の昔話や、張り込みスクープの裏話、後半は報道の自由とプライバシー問題や、AKB48に牛耳られている週刊誌の困った現状、それでも「権力よりも反権力、強者よりも弱者の側に立ち、正義よりも興味」を優先させれば、週刊誌は生き残っていくだろうなどと話してきた。
今日、「現代」「週刊ポスト」「AERA」が発売され、一部のキオスクでは「週刊朝日」と「サンデー毎日」も売っているが、誌面に元気がない。
「毎日」が山田道子編集長から潟永秀一郎編集長に替わった。51歳の単身赴任だと「編集長後記」に書いているが、タイトルを見る限り「誌面が変わる」という雰囲気が漂ってこない。
雑誌は編集長のものだ。思う存分、やりたいようにやったらいい。それが新聞とはまったく違う、雑誌の面白さである。これからに期待しよう。
さて、今週の第3位は「現代」の記事。小沢一郎に無罪判決が出て、各誌「無罪判決でついに小沢一郎『総理への道』」(朝日)的な記事が多いが、どれも似たり寄ったりで読む気が失せる。
ならば「現代」の、「小沢ではなく橋下へ日本の軸は移った」というほうが読む気を起こさせる。
3部構成になっているが、1部の田中秀征×田崎史郎の対談はスルー。2部の石川知裕×後藤謙次のほうがまだいい。
石川は小沢の元秘書で、政治資金規正法違反で一審有罪判決を受け控訴中だが、小沢が無罪判決が出た後、電話一本なかったことを、こう話している。
「『自分は無罪判決を得たけれども、みんなの苦労は決して忘れないから』ぐらいの労いの言葉はあってほしかったですね」
また、小沢が消費税増税に反対していることに対しても、
「93年に著した『日本改造計画』では、消費税を10%にして所得税を半減させるという直間比率の見直しを謳い、細川政権では国民福祉税構想を打ち出した。ではなぜいま、増税に反対するのか。この問いに小沢元代表がどう答えるのかということが大きなポイントです」
と、親分・小沢とは距離を置いているようだ。
橋下と小沢との連携も、組むか組まないかの決定権は橋下にあるという。
「選挙で勝ち上がってきたメンバーを見てからの橋下さんのひと言が決め手になると思います。いずれにしろ、いまの勢いでは、橋下さんのほうが相手を選ぶ立場です」
元秘書の言を、小沢はどう聞くのだろうか。
政治ジャーナリストの後藤も、最後にこういっている。
「小沢氏から橋下氏に、もう『政治の流れ』は変わってしまったんだと思います」
「毎日」は巻頭で「衆議院『300選挙区』当落」を予測しているが、その中で選挙プランナーの三浦博史は、維新の会をブレークさせるための「超サプライズ」は「ズバリ東京1区から橋下氏自らの出馬です」と言っている。
そこにメディアの注目を集めて維新の会を全国的なブームにしていけば、相当な議席を取るというのである。
党派別の議席獲得予測では、大阪維新の会が29、維新の会と近いみんなの党が35議席とると見ている。
「現代」に戻ろう。3部では「好きでも嫌いでも『次の総理』橋下徹」だと言い切っている。
これまでの20年、政界は「小沢か、非小沢か」で動いてきたが、これからは「橋下か、非橋下か」に変わるというのだ。
消費税増税、原発再稼働に走る野田佳彦政権を批判し、首相公選制導入を掲げ、国民にも「自立、自己責任、自助努力」を求める橋下流が、これからの流れになっていくのだろうか。
我こそ日本のリーダーだと胸を張り、わかりやすいキャッチフレーズ、国民にも痛みを分かち合ってもらう改革を訴えているところは、あの小泉純一郎元総理によく似ている。
橋下流は初めに大風呂敷を広げておき、相手が反撃してくると話を小さくさせたり、問題をすり替える手法を使うと、ジャーナリストの大谷昭宏は批判する。
「原発も、自分から『大飯原発を止めろ』と言っておきながら、今になって『府民にも応分の負担をしてもらう』『その痛みを府民は受け入れる覚悟はあるのか』と、今度は責任を府民に押しつけようとしている。たちの悪い酔っ払いのような手口です」
「現代」は、「『一度はこの男に賭けてみたい』そんな期待と不安が、沈滞ムードに沈む日本を揺り動かし、いま大きく変えつつある」と結んでいる。
私は、橋下大阪市長が英雄だとは思わないが、よく言われるように、英雄を求める時代が幸せな時代でないことは間違いない。
「強いリーダー」かもしれないと幻想を抱き、熱狂した小沢一郎や小泉純一郎の化けの皮は剥がれ落ちた。その愚を、今度は橋下で繰り返すのだとすれば、この国の近未来はなおさら暗くなるに違いない。
第2位は相撲界の不祥事を追及してきた「新潮」の告発記事。タイトルがすごい。
貴乃花親方といえば、不祥事続きの角界の中で唯一といってもいい、汚れのない希望の星である。
それが「貴乃花お前もか」と言わざるを得ない“暴行事件”を起こしていたというのだから、驚かざるを得ない。
春場所直前の2月、前途有望といわれていた弟子が脱走してしまっていたのだ。その当人がこう話す。
「1月の初場所で、僕は頑張って頑張って勝ち越しできた。2年前に16歳で入門して以来、初めての勝ち越しでした。もちろん嬉しかったし、親方も喜んでくれると思ってました。それで部屋に帰ってから親方に報告に行くと、いきなり“なんで先輩よりも先に報告に来るんだ!”と怒鳴りつけられ、腹を5、6発、拳骨で力任せにボコボコ殴られた。それで腹を庇うと、今度は顔面もボコボコ。もうこれ以上、親方の暴力には耐えられない。実は、これまでもずっと日常的にそんな暴力を受けていて、しかもその理由がまったく分からない」
このままでは命が危ないと思って部屋を飛び出し、逃げたというのである。
決心を促した理由はもう一つあった。中学3年生の弟が来年、貴乃花部屋へ入門する予定だったので、それを止めるためでもあったのだ。
「新潮」によれば、これまでも貴乃花部屋では、親方による暴行が10人少々の弟子たちに対してほぼ満遍なく行われていたという。
貴乃花部屋は、先代の二子山親方時代から鉄拳制裁が部屋の伝統という環境にあったといわれるが、今の時代、問答無用の暴力で弟子が居着くはずがない。
5年前に時津風部屋で親方や兄弟子たちによる暴行で弟子が死亡し、逮捕される事件に発展した。その後、相撲協会は再発防止を誓い、稽古場に竹刀やバットを置かないよう厳重注意したのだが、以後も、春日野親方のゴルフクラブによる暴行や、芝田山親方が書類送検される事件が続発するなど、角界の体質は変わらない。
そこに、角界の体質を改革すると唱えて理事に就任した貴乃花だったが、裏の顔がこのザマだったとは。
それにしても、異常に激やせした貴乃花が薄ら笑いを浮かべながら弟子を殴るのは、ホラー映画のようで怖いな~。
今週のグランプリは、松田賢弥記者を起用して小沢一郎の隠し子問題を抉った「週刊文春」に捧げる。
これまでも、小沢が総理になるチャンスは何度かあった。彼は、いろいろな理由をつけて断ってきたが、その背景には不透明なカネの問題と、愛人との間にいる“隠し子問題”があるといわれてきた。
よく知られているように、かつて紀尾井町にあった料亭の女将と小沢は相思相愛だった。しかし、結婚したかった二人を田中角栄が許さず、現在の妻である和子と結婚させてしまったのだ。
しかし、結婚後も二人の関係は切れることはなく、現在も続いているというのが大方の永田町住人たちの見方である。
94年、私が「現代」の編集長の時に、松田記者に「小沢に隠し子がいる」というルポを書いてもらったことがある。
その当時、小沢の彼女が3歳の男の子を突如養子として引き取り、手元で育てているというウワサが流布していた。
彼女の子ではないのは間違いないが、父親は誰で、母親は誰なのか。
そのルポでは、父親は小沢一郎で母親は芸能界にいた女性だったと書いた。二人の接点は小沢が幹事長の時、ホテルのスイートルームを貸し切り、小沢たち数名と彼に呼ばれた女性たちが飲み食いするパーティーが何度か開かれたことがあった。
小沢と彼女はそこで知り合い、しばらくして彼女は姿を消してしまうのである。そして90年夏に、彼女は男の子を出産する。
その子を2年半も手元で育てながら、なぜか小沢の彼女にその子どもを渡してしまうのだ。
このあたりまでは、当時の「現代」に書いてある。
松田記者はその後もこの情報を追い続けて、今回、その子を産んだ女性と結婚した男性と親しかったという、Xなる人物に接触することができた。
その当時の詳しい経緯を聞き出すことに成功し、産みの母とその娘の育ての母親にも直撃インタビューしている。
松田記者の執念が、政治家にとって一番嫌な隠し子の存在を白日の下に晒したのである。
妊娠中、彼女は小沢の友人で世田谷区野沢で不動産売買を営む男に、中絶を要求されたこともあったという。
その男が、彼女が出産後、小沢とのメッセンジャー役も担ったと松田記者は推測する。
小沢の彼女(文中では裕子になっている=筆者注)に引き取られた子ども(文中では健太=筆者注)のその後を、こう書いている。
「健太君は小学校を卒業すると、都内でも有数の中高一貫の有名校に進んでいる。直美(産みの母親=筆者注)はそれを大変喜び、一度はその体育祭に足を運んだこともあるという。グラウンドの人混みの中に二歳半で別れた健太君の姿を探していたのだ。その有名校を卒業した健太君は、現在二十一歳になり、すでに裕子の住むマンションを出ているという」
松田記者は、小沢の師・田中角栄とその彼女だった佐藤昭の関係を挙げて、角栄は認知こそしなかったが、娘・佐藤あつ子をわが子のようにかわいがったと書いている。角栄とは違って、子どもの存在をひた隠しにしてきた小沢についてはこう難じている。
「産みの母親から引き離され、裕子のもとに引き取られた建太君は、どんな思いで生きてきたのか。小沢が角栄のような愛情を建太君に注いだことが、果たしてあったのか。(中略)やはり小沢は、つくづく『角栄になれなかった男』と言わざるを得ない」
無罪判決の日(4月26日)に合わせて、小沢が一番嫌がるだろうテーマをぶつけた「文春」と松田記者の「覚悟」に脱帽である。
「報道の自由とプライバシー保護のどちらかを選べといわれて、倫理観に縛られて、プライバシーの保護を選ぶようではマスコミで働く意味はない」。パパラッチ発祥の国・イタリアの有名編集長はこう言った。週刊誌はこうでなくちゃいけない。
(文=元木昌彦)

1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか







