カレーの熟成の限界に挑戦!~21日目~

熟成21日目 さくらカレー 見栄え変われど味変わらず。いや、変わってます。明らかに「熟成」が進んでおります。加熱しても腐敗臭とか腐敗味が隠せなくなってまいりました。まずい。酸っぱい。吐き気する。そんなわけでまた明日。本日超短いのはお花見で酒をたらふく飲んでベロベロだからです。吐き気がするのは酒のせい。

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クールジャパンは成功するのか? 外国人にウケるのは商品の「物語」だった

R0031494.jpg  去る4月6日、秋葉原UDXにて「クールかどうかは外国人に聞け!~英国のクリエイティブ産業とクールブリタニア~」が、クールジャパン・イノベーション研究会主催で開催された。  この研究会の目的はずばり、自分たちで日本の文化や製品がカッコイイと言い合うだけの状況から一歩先に進んで、外国から「カッコイイね」と言われる部分を再発見しようというもの。昨年、経済産業省に設けられたクールジャパン室は、やはり日本の伝統工芸と外国ブランドのコラボ商品の開発の後押しを志向するなど、日本の文化や製品を自画自賛することからの脱却を図っている。官でも民でも立場は変わらず、従来の「クールジャパン」のもう一歩先に、進まなければならないと思っているわけだ。  最初に登壇した三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 芸術・文化政策センター センター長・太下義之氏は「《クール・ブリタニア》再考」と題して講演した。そもそもイギリスが「クール・ブリタニア」として注目されたきっかけは、「ニューズウィーク」が1996年11月号の巻頭特集「ロンドン式」で、「ロンドンが世界で最もCoolな首都である」と掲載したこと。そして、「Varity Fair」が97年3月号の「COOL BRITANIA London Swings! Again!」と題した特集記事で、「60年代半ばと同じように、イギリスの首都ロンドンは文化的な先駆者であり、藝術・ポップス・ファッション・食文化、そして映画等の分野において、新しくて若々しいアイコンに満ちている。政治家さえもがクールだ」と評したことに始まる。これに加えて、97年5月にはトニー・ブレアがイギリス首相に選出されたこともイギリスのイメージ転換を後押しした。就任当時ブレアは43歳、労働党出身にもかかわらず、それまでの労働党の出身者とは一線を画すファッショナブルなスタイルが注目を集めることとなった。  これに時期を併せるように、イギリスの独立系シンクタンク「DEMOS」のマーク・レナード研究員は「複数の政府機関とビジネスが共同して、肯定的なアイデンティティーを発信することができれば、英国の経済に大きな利益をもたらすことになる」と提言する。当時、イギリスは香港の返還や、ダイアナ妃の死去など、国のブランドイメージが低下する事件が相次いでいた時期だ。首相に就任したブレアは、さっそくレナードの考え方を取り入れ、「クール・ブリタニア」をキャッチフレーズとする国家ブランディング戦略を展開していくことになる。  こうして当初は一時的なブームに過ぎなかった「クール・ブリタニア」がクリエイティブ産業振興政策へと発展していったわけである。この政策は、主として外務・英連邦省が所管するパブリック・ディプロマシー政策、文化・メディア・スポーツ省と貿易産業省によるクリエイティブ産業輸出政策、文化・メディア・スポーツ省が所管する、クリエイティブ産業振興政策の三本柱で行われた。  しかし、この政策は思ったほど成果を挙げることができなかった。  その理由は、イギリスを取り巻く内政と外政の両方が大きく変化したことにある。99年にはスコットランドとウェールズで独自の議会が設置される。さらに2001年の911以降、イギリスを含めて欧米諸国は、自らの文化に否定的な勢力が存在していることを痛感する。つまり、先進諸国が総じて世界は多文化主義的であることを認めざるを得ず、多様性を重視する志向へと変化した。これによって「要は、イギリスだけがカッコイイとは言えなくなった」のだと、大下氏は指摘する。  さて、こうした一連の流れを聞いた上で重要なのが、なぜイギリスが(あるいはブレア政権が)、クリエイティブ産業振興策を打ち出すに至ったかである。大下氏は、イギリスが文化産業に注目した理由を、「美しいストーリーではなく、産業構造が劇的に変化したため」だと指摘する。具体的には、製造業が海外に流出したことだ。ひとつの産業セクターが失われれば、当然、その分の雇用を確保しなければならなくなる。その方策として、「仮想フロンティア」としてのクリエイティブ産業が重視されたというわけだ。  この点から見ても、日本の「クールジャパン」に絡む政策は、イギリスの政策を反省点を踏まえながら後追いをしていると見てよいだろう。日本の政策がイギリスと異なる点は、政策で扱う産業の多様性だ。この政策で振興が目指されるのは文化産業だが、日本では、観光・食・住の要素までもが含まれる。つまり、イギリスに比べて幅広い産業に「日本ブランド」の要素をもたらすことができると言える。  その方法を示唆したのが、続いて講演した株式会社ちん里う本店のゾェルゲル・ニコラ氏だ(なんの会社かと思ったら、小田原にある梅干しの老舗だそうで「妻が社長です」と自己紹介)。ニコラ氏は、日本には「老舗」と呼ばれる店舗が山のように存在することを取り上げ、日本の製品の特徴を「物語のあるもの」だと指摘する。具体例として、ニコラ氏は甲州印伝の名刺入れを取り出し、「これは、もともとは鎧の部品だった。“あなたの鎧の一部になります”という物語を作ることもできるし、珍しいものを持っているに至った物語を伝えることもできるんです」と話す。さらに、熊本象眼や、狗張り子なども取り上げて日本の製品の持つ「物語」の豊富さを次々と指摘した。  日常生活において、衣服でも文房具でも、単に見てくれのよいものよりは伝統や開発に至るまでの物語があるもの、あるいは、フェラーリのように所有することに手間も金もかかるもののほうが「買ってよかった」という感覚を抱かせるはず。それは、世界共通なのではないかと考えた。 (取材・文=昼間たかし)

クールジャパンは成功するのか? 外国人にウケるのは商品の「物語」だった

R0031494.jpg  去る4月6日、秋葉原UDXにて「クールかどうかは外国人に聞け!~英国のクリエイティブ産業とクールブリタニア~」が、クールジャパン・イノベーション研究会主催で開催された。  この研究会の目的はずばり、自分たちで日本の文化や製品がカッコイイと言い合うだけの状況から一歩先に進んで、外国から「カッコイイね」と言われる部分を再発見しようというもの。昨年、経済産業省に設けられたクールジャパン室は、やはり日本の伝統工芸と外国ブランドのコラボ商品の開発の後押しを志向するなど、日本の文化や製品を自画自賛することからの脱却を図っている。官でも民でも立場は変わらず、従来の「クールジャパン」のもう一歩先に、進まなければならないと思っているわけだ。  最初に登壇した三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 芸術・文化政策センター センター長・太下義之氏は「《クール・ブリタニア》再考」と題して講演した。そもそもイギリスが「クール・ブリタニア」として注目されたきっかけは、「ニューズウィーク」が1996年11月号の巻頭特集「ロンドン式」で、「ロンドンが世界で最もCoolな首都である」と掲載したこと。そして、「Varity Fair」が97年3月号の「COOL BRITANIA London Swings! Again!」と題した特集記事で、「60年代半ばと同じように、イギリスの首都ロンドンは文化的な先駆者であり、藝術・ポップス・ファッション・食文化、そして映画等の分野において、新しくて若々しいアイコンに満ちている。政治家さえもがクールだ」と評したことに始まる。これに加えて、97年5月にはトニー・ブレアがイギリス首相に選出されたこともイギリスのイメージ転換を後押しした。就任当時ブレアは43歳、労働党出身にもかかわらず、それまでの労働党の出身者とは一線を画すファッショナブルなスタイルが注目を集めることとなった。  これに時期を併せるように、イギリスの独立系シンクタンク「DEMOS」のマーク・レナード研究員は「複数の政府機関とビジネスが共同して、肯定的なアイデンティティーを発信することができれば、英国の経済に大きな利益をもたらすことになる」と提言する。当時、イギリスは香港の返還や、ダイアナ妃の死去など、国のブランドイメージが低下する事件が相次いでいた時期だ。首相に就任したブレアは、さっそくレナードの考え方を取り入れ、「クール・ブリタニア」をキャッチフレーズとする国家ブランディング戦略を展開していくことになる。  こうして当初は一時的なブームに過ぎなかった「クール・ブリタニア」がクリエイティブ産業振興政策へと発展していったわけである。この政策は、主として外務・英連邦省が所管するパブリック・ディプロマシー政策、文化・メディア・スポーツ省と貿易産業省によるクリエイティブ産業輸出政策、文化・メディア・スポーツ省が所管する、クリエイティブ産業振興政策の三本柱で行われた。  しかし、この政策は思ったほど成果を挙げることができなかった。  その理由は、イギリスを取り巻く内政と外政の両方が大きく変化したことにある。99年にはスコットランドとウェールズで独自の議会が設置される。さらに2001年の911以降、イギリスを含めて欧米諸国は、自らの文化に否定的な勢力が存在していることを痛感する。つまり、先進諸国が総じて世界は多文化主義的であることを認めざるを得ず、多様性を重視する志向へと変化した。これによって「要は、イギリスだけがカッコイイとは言えなくなった」のだと、大下氏は指摘する。  さて、こうした一連の流れを聞いた上で重要なのが、なぜイギリスが(あるいはブレア政権が)、クリエイティブ産業振興策を打ち出すに至ったかである。大下氏は、イギリスが文化産業に注目した理由を、「美しいストーリーではなく、産業構造が劇的に変化したため」だと指摘する。具体的には、製造業が海外に流出したことだ。ひとつの産業セクターが失われれば、当然、その分の雇用を確保しなければならなくなる。その方策として、「仮想フロンティア」としてのクリエイティブ産業が重視されたというわけだ。  この点から見ても、日本の「クールジャパン」に絡む政策は、イギリスの政策を反省点を踏まえながら後追いをしていると見てよいだろう。日本の政策がイギリスと異なる点は、政策で扱う産業の多様性だ。この政策で振興が目指されるのは文化産業だが、日本では、観光・食・住の要素までもが含まれる。つまり、イギリスに比べて幅広い産業に「日本ブランド」の要素をもたらすことができると言える。  その方法を示唆したのが、続いて講演した株式会社ちん里う本店のゾェルゲル・ニコラ氏だ(なんの会社かと思ったら、小田原にある梅干しの老舗だそうで「妻が社長です」と自己紹介)。ニコラ氏は、日本には「老舗」と呼ばれる店舗が山のように存在することを取り上げ、日本の製品の特徴を「物語のあるもの」だと指摘する。具体例として、ニコラ氏は甲州印伝の名刺入れを取り出し、「これは、もともとは鎧の部品だった。“あなたの鎧の一部になります”という物語を作ることもできるし、珍しいものを持っているに至った物語を伝えることもできるんです」と話す。さらに、熊本象眼や、狗張り子なども取り上げて日本の製品の持つ「物語」の豊富さを次々と指摘した。  日常生活において、衣服でも文房具でも、単に見てくれのよいものよりは伝統や開発に至るまでの物語があるもの、あるいは、フェラーリのように所有することに手間も金もかかるもののほうが「買ってよかった」という感覚を抱かせるはず。それは、世界共通なのではないかと考えた。 (取材・文=昼間たかし)

和田アキ子、AKB48板野の“携帯へし折り”は愛のムチだった!

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殴られなくてよかったね。
 人気アイドルグループAKB48・板野友美の携帯電話を同事務所の大御所・和田アキ子がヘシ折り、板野が号泣したという事件。ネット上を中心に話題となっているが、その裏には和田なりの愛情があったようだ。  週刊誌などの報道によれば、事件が起きたのは3月下旬のホリプロのパーティー会場。和田が遅れて登場したところ、板野が挨拶もせずに自分の携帯をいじっていたため、それを見た和田が「挨拶くらいせんかい!!」とブチ切れ。彼女の携帯を取り上げて真っ二つに折ってしまったという。  和田は、“多くの先輩たちもいるパーティー会場で、友達とメールするなどして遊んでいるとは何事か”と激怒したようだが、実はこれは勘違い。板野が携帯で見ていたのは近く行われるAKB48のコンサートの振り付けで、忙しくてあまり確認ができなかったため、時間ができたタイミングでもう一度……といった場面で和田に見つかり、怒られてしまったようだ。  しかし、和田が厳しい態度に出たのにも理由があるという。 「和田さんは、伸びる後輩に目を付けてかわいがる人です。自分も年なので、後輩たちの中からホリプロを支えてくれる人材が多く出てきてほしいと考え、後輩への教育を積極的に行っている人でした。AKB48の中では板野さんに注目し、常に目をかけていました。いずれホリプロの中核になってもらいたい、と考えていたようですね」(事務所関係者)  そんな期待もあって、和田は何かあると楽屋に板野を呼んでは指導していたそうだが、なかなか板野の態度が改められることはなかったという。 「パーティー会場とはいえ、立派な現場。板野が携帯をいじっている姿を見た時に、自分の指導が足りていない、熱意が伝わっていなかったと考え、けじめをつける意味で携帯を折るという実力行使に至ったのだそうです」(同)  ちなみに、後に和田の勘違いであることが判明し、現在ふたりは和解しているという。板野も反省し、自身の態度を改めるべく努力しているようだが、すべてはホリプロの将来を気にかけた和田の“愛のムチ”だったようだ。

和田アキ子、AKB48板野の“携帯へし折り”は愛のムチだった!

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殴られなくてよかったね。
 人気アイドルグループAKB48・板野友美の携帯電話を同事務所の大御所・和田アキ子がヘシ折り、板野が号泣したという事件。ネット上を中心に話題となっているが、その裏には和田なりの愛情があったようだ。  週刊誌などの報道によれば、事件が起きたのは3月下旬のホリプロのパーティー会場。和田が遅れて登場したところ、板野が挨拶もせずに自分の携帯をいじっていたため、それを見た和田が「挨拶くらいせんかい!!」とブチ切れ。彼女の携帯を取り上げて真っ二つに折ってしまったという。  和田は、“多くの先輩たちもいるパーティー会場で、友達とメールするなどして遊んでいるとは何事か”と激怒したようだが、実はこれは勘違い。板野が携帯で見ていたのは近く行われるAKB48のコンサートの振り付けで、忙しくてあまり確認ができなかったため、時間ができたタイミングでもう一度……といった場面で和田に見つかり、怒られてしまったようだ。  しかし、和田が厳しい態度に出たのにも理由があるという。 「和田さんは、伸びる後輩に目を付けてかわいがる人です。自分も年なので、後輩たちの中からホリプロを支えてくれる人材が多く出てきてほしいと考え、後輩への教育を積極的に行っている人でした。AKB48の中では板野さんに注目し、常に目をかけていました。いずれホリプロの中核になってもらいたい、と考えていたようですね」(事務所関係者)  そんな期待もあって、和田は何かあると楽屋に板野を呼んでは指導していたそうだが、なかなか板野の態度が改められることはなかったという。 「パーティー会場とはいえ、立派な現場。板野が携帯をいじっている姿を見た時に、自分の指導が足りていない、熱意が伝わっていなかったと考え、けじめをつける意味で携帯を折るという実力行使に至ったのだそうです」(同)  ちなみに、後に和田の勘違いであることが判明し、現在ふたりは和解しているという。板野も反省し、自身の態度を改めるべく努力しているようだが、すべてはホリプロの将来を気にかけた和田の“愛のムチ”だったようだ。