「あは、ウケる~」岡村靖幸との青春時代を"エピック三兄弟"に直撃!

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「エチケット」(V3 Record)

 ミュージシャン・岡村靖幸が10日発売の「文藝春秋」(文藝春秋)2月号掲載の特集記事「嗚呼『同級生』」にて、ともに1965年生まれのミュージシャン尾崎豊、吉川晃司について語っている。同い年であり親友でもあった3人のデビュー当時の逸話や、最後に3人がそろった場面なども振り返っている。

 岡村は過去3回にわたって覚せい剤取締法違反の罪で逮捕・起訴されており、現在行われているツアーも3度目の復帰となった。すでに本格的な活動再開に入ったようで「ローリングストーン日本版」(セブン&アイ出版)にもインタビューが掲載され、来月には神聖かまってちゃんとのコラボライブも予定されている。

【占い・スピ好きモニター】募集中!

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 ただいまハピズムでは、モニターとして協力してくださる占い好きの方、占いに興味のある方を募集しています。以下要項をご確認の上、ふるってご応募ください。 【募集要項】 ■モニター内容 普段どのように占いを楽しんでいるのか(対面鑑定に行く頻度、携帯の占いコンテンツの登録数、よく読む雑誌など)、または新しい占い情報の収集方法などについて。 (※詳細は当選者にお伝えします) ■実施日時 2月後半の平日夜間もしくは休日を予定しています。 ■実施場所 株式会社サイゾーのオフィス(渋谷区道玄坂) ■応募資格 ・20~30歳くらいまで ・占いが好き、もしくは興味があり、定期的に占いサイトや雑誌をチェックしている方 ・東京近辺にお住まいの方(交通費は謝礼に含ませていただきます) ■謝礼 モニター協力費としてわずかばかりではございますが謝礼をご用意させていただきます。 ■応募方法 以下の応募フォームよりご応募ください。 応募フォーム ■応募締切 1月31日

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みんなで見よう! 伝説の放送禁止作品『南ベトナム海兵大隊戦記』上映会が開催決定

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 かつて、政府の圧力で放送中止になったとされる伝説のテレビドキュメンタリー『南ベトナム海兵大隊戦記』の上映会が、来たる1月27日(金)に東京大学本郷キャンパスで予定されている。  この作品は『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』などの製作者としても知られる、ドキュメンタリー作家の故・牛山純一氏が1965年に製作したもの。同年2月下旬から2カ月半、当時日本テレビのプロデューサーだった牛山は南ベトナム軍の海兵大隊の作戦を同行取材し、テレビ放映のために三部作にまとめた。  この作品は当時・日本テレビが日曜日の21時30分から東京ガスの一社提供で放映していたドキュメンタリー番組『ノンフィクション劇場』で放映されることになる。この番組は現在でもテレビ史に残る番組で、大島渚が演出し、国籍の違いから補償を受けられない片手片足で両眼を失明した元朝鮮人日本兵を主人公に描く『忘れられた皇軍』や、村でも唯一になってしまった鷹匠の老人に取材した『鷹匠 老人と鷹』(62年カンヌ国際映画祭テレビ映画部門グランプリ)といった作品を残している。  さて、『南ベトナム海兵大隊戦記』の第一部が放映されたのは65年の5月9日のこと。南ベトナム軍の海兵隊員が、射殺した少年の首をカメラの前に放り投げるという、今では絶対に放映できないようなシーンもあった。ただ、当時は日本テレビ内でも「ちょっと残酷だったかな」という意見があった程度で、特に視聴者からの抗議もなかったという。  ところが、11日になって当時の日本テレビ社長・清水与七郎に、官房長官の橋本登美三郎から「茶の間に放映するには残酷過ぎないか」と電話がかかってきた。  これを機に局内では「第二部・三部を放映すべきか否か」をめぐり議論が巻き起こった。局内の意見の大勢は「放映を継続すべき」というものだった。番組審議会も協議尾の末に「残酷な面もあるが、戦争の狂気と悲惨さを訴えるためにはいいだろう」と結論づけた。  ところが、清水社長は、第二部・三部の放映を取りやめ、第一部の再放送も行わないこととなった。  テレビを通じてジャーナリズムを実践することの限界を知らしめたこの事件。この後、牛山は『すばらしい世界旅行』を経て、日本テレビから独立し、映像ライブラリー機関「日本映像カルチャーセンター」を設立。価値を認められずに消えていくだけだったテレビ番組の保存事業に貢献し、97年に死去した。  日本テレビでも、この作品を放送中止に追い込まれた「挫折」は痛みとなって残った。同局は88年8月20日に開局35周年を記念して「テレビ放送三十五年 怒り、悲しみ、そして喜び」と題して報道特別番組を放映したが、その中でひとつの柱になったのが『南ベトナム海兵大隊戦記』のその後を追うものだった。この番組では、『南ベトナム海兵大隊戦記』の主人公として描かれた元南ベトナム軍大尉や、射殺された少年の家族も探し出す熱のこもった取材が行われている。  やはり、この番組が「封印作品」になってしまった経緯で注目したいのは、多くが「放映すべき」という意見だったにもかかわらず、社長が政府からの「圧力」を恐れて放映を中止してしまったことだ。放映を強行した後に、待ち受ける有形無形の「圧力」を恐れたのか?  時は流れて21世紀、もし時の権力から「圧力」を受けた際に、どれだけの人が「それでも放映すべき」あるいは「出版すべき」と、意志を表明できるだろうか。いや、むしろ、今や、権力と対峙したジャーナリズムの姿を想像できない人ばかりかもしれない。単に「放送禁止作品」「封印作品」だとワクワクするのではなく、そこに込められたテレビを通じたジャーナリズムの実践という意志を、ぜひ感じ取りたいものだ。 ●TVアーカイブ・プロジェクト 第1回「みんなでテレビを見る会」 テーマ:制作者シリーズ「牛山純一 映像のドラマトゥルギー」 日時:2012年1月27日(金)、18:00-20:30 場所:東京大学本郷キャンパス、工学部2号館9階92B教室 <http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_04_03_j.html> 上映:ノンフィクション劇場『南ヴェトナム海兵大隊戦記』(1965年、50分)ほか ゲスト:濱崎好治さん(川崎市市民ミュージアム) <http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/event_detail.php?id=1408>
田原総一朗の遺言 ~永田洋子と連合赤軍~ 封印ドキュメンタリーといえば。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・当代随一の「封印作品」 安全神話を語り続けた禁断の「原発PR映画」上映会が東大で開催!追悼......"永遠の反逆児"原田芳雄さん幻の主演作『原子力戦争』がDVD化あの原発でゲリラ撮影を敢行! 原発不安で話題の映画『原子力戦争』が見たい!

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 かつて、政府の圧力で放送中止になったとされる伝説のテレビドキュメンタリー『南ベトナム海兵大隊戦記』の上映会が、来たる1月27日(金)に東京大学本郷キャンパスで予定されている。  この作品は『日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行』などの製作者としても知られる、ドキュメンタリー作家の故・牛山純一氏が1965年に製作したもの。同年2月下旬から2カ月半、当時日本テレビのプロデューサーだった牛山は南ベトナム軍の海兵大隊の作戦を同行取材し、テレビ放映のために三部作にまとめた。  この作品は当時・日本テレビが日曜日の21時30分から東京ガスの一社提供で放映していたドキュメンタリー番組『ノンフィクション劇場』で放映されることになる。この番組は現在でもテレビ史に残る番組で、大島渚が演出し、国籍の違いから補償を受けられない片手片足で両眼を失明した元朝鮮人日本兵を主人公に描く『忘れられた皇軍』や、村でも唯一になってしまった鷹匠の老人に取材した『鷹匠 老人と鷹』(62年カンヌ国際映画祭テレビ映画部門グランプリ)といった作品を残している。  さて、『南ベトナム海兵大隊戦記』の第一部が放映されたのは65年の5月9日のこと。南ベトナム軍の海兵隊員が、射殺した少年の首をカメラの前に放り投げるという、今では絶対に放映できないようなシーンもあった。ただ、当時は日本テレビ内でも「ちょっと残酷だったかな」という意見があった程度で、特に視聴者からの抗議もなかったという。  ところが、11日になって当時の日本テレビ社長・清水与七郎に、官房長官の橋本登美三郎から「茶の間に放映するには残酷過ぎないか」と電話がかかってきた。  これを機に局内では「第二部・三部を放映すべきか否か」をめぐり議論が巻き起こった。局内の意見の大勢は「放映を継続すべき」というものだった。番組審議会も協議尾の末に「残酷な面もあるが、戦争の狂気と悲惨さを訴えるためにはいいだろう」と結論づけた。  ところが、清水社長は、第二部・三部の放映を取りやめ、第一部の再放送も行わないこととなった。  テレビを通じてジャーナリズムを実践することの限界を知らしめたこの事件。この後、牛山は『すばらしい世界旅行』を経て、日本テレビから独立し、映像ライブラリー機関「日本映像カルチャーセンター」を設立。価値を認められずに消えていくだけだったテレビ番組の保存事業に貢献し、97年に死去した。  日本テレビでも、この作品を放送中止に追い込まれた「挫折」は痛みとなって残った。同局は88年8月20日に開局35周年を記念して「テレビ放送三十五年 怒り、悲しみ、そして喜び」と題して報道特別番組を放映したが、その中でひとつの柱になったのが『南ベトナム海兵大隊戦記』のその後を追うものだった。この番組では、『南ベトナム海兵大隊戦記』の主人公として描かれた元南ベトナム軍大尉や、射殺された少年の家族も探し出す熱のこもった取材が行われている。  やはり、この番組が「封印作品」になってしまった経緯で注目したいのは、多くが「放映すべき」という意見だったにもかかわらず、社長が政府からの「圧力」を恐れて放映を中止してしまったことだ。放映を強行した後に、待ち受ける有形無形の「圧力」を恐れたのか?  時は流れて21世紀、もし時の権力から「圧力」を受けた際に、どれだけの人が「それでも放映すべき」あるいは「出版すべき」と、意志を表明できるだろうか。いや、むしろ、今や、権力と対峙したジャーナリズムの姿を想像できない人ばかりかもしれない。単に「放送禁止作品」「封印作品」だとワクワクするのではなく、そこに込められたテレビを通じたジャーナリズムの実践という意志を、ぜひ感じ取りたいものだ。 ●TVアーカイブ・プロジェクト 第1回「みんなでテレビを見る会」 テーマ:制作者シリーズ「牛山純一 映像のドラマトゥルギー」 日時:2012年1月27日(金)、18:00-20:30 場所:東京大学本郷キャンパス、工学部2号館9階92B教室 <http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_04_03_j.html> 上映:ノンフィクション劇場『南ヴェトナム海兵大隊戦記』(1965年、50分)ほか ゲスト:濱崎好治さん(川崎市市民ミュージアム) <http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/event_detail.php?id=1408>
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『KAMIWAZA~神芸~』視聴率7.3% ドル箱の『M-1』を"強奪"されたABC朝日放送の悲哀


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紳助特需に沸く今田がニッコリ。
 1月8日に放送された『KAMIWAZA~神芸~2012』の視聴率が7.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったことが分かった。同番組を制作したABC(朝日放送)としては、キラーコンテンツだった『オートバックス・M-1グランプリ』の後継番組として期待も大きかっただけに肩すかしに終わった格好だ。  同番組は世界中の一流パフォーマーらが人間の領域を超えて身につけた究極の技を競うというもので、『M-1』同様、吉本興業とABCが共同で開催。番組では日本人ダンサーの蛯名健一さんが"初代神芸"の座に輝いたが、視聴者の反応はいまひとつ。 「蛯名さんはもちろんのこと、口でジャグリングするイギリス人パフォーマーなど、確かに出場者たちの技は凄かった。ただ、それをランク付けするのは、審査員としてもどうしても主観的にならざるを得ません。そういう意味では、視聴者からも『審査員の判定が微妙』という声がありました(苦笑)。ギネスブックのように公認されているものではないので、"世界最高峰"とか"神業"なんて言われてもピンと来ませんからね。それに似たような番組は過去にもありましたし、低視聴率にABCはガッカリでしょうが、妥当なところだと思いますよ」(テレビ情報誌編集者)  「こんなことなら、『M-1』を継続すればよかった」というABCの恨み節も聞こえてきそうだが、『M-1』は発起人の島田紳助が「M-1の役目は終わった」と一昨年に終了してしまっただけに、いかんともしがたいところ。さらに、「オートバックスがスポンサーを降りることが決定したのも理由のひとつだったようだ」(在京マスコミ関係者)という声もある。だが、前出・テレビ情報誌編集者はこう指摘する。 「しかし、紳助と吉本は『M-1』のノウハウやフォーマットをそのままフジテレビに移して、昨年12月に『THE MANZAI 2011~年間最強漫才師決定トーナメント!~』を放送したわけです。『M-1』がABCからフジへ移籍したといっても過言ではないでしょう。ABCとしてはドル箱番組をフジに強奪された形ですが、あまり魅力的なコンテンツとは言えない『KAMIWAZA』と『M-1』の司会者だった今田耕司を代償として吉本にあてがわれたというのが実際のところではないでしょうか。しかも、『THE MANZAI』の視聴率は『KAMIWAZA』の倍以上の15.6%を記録したわけですから、ABCとしては泣くに泣けない話でしょう」  フジと吉本の親密な関係からすれば、確かにあり得ない話ではない。吉本にしても高視聴率を取れる番組なら在京キー局で放送したほうがよりメリットがある、という見方もできる。ABCにとっては、在阪キー局の悲哀を痛感させられる出来事だったということなのだろうか。 (文=牧隆文)
M-1グランプリ the FINAL PREMIUM COLLECTION 2001-2010 もはや伝説? amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 ・広報担当たった1人」で現場は大混乱『THE MANZAI 2011』のお寒い舞台裏「ネタがデジタル化している」「審査員が悪すぎる」ビートたけしが『THE MANZAI』に苦言予選は吉本&作家の思惑次第 M−1はやっぱり出来レース!?

TOKIOの新曲が発売中止に! 異例の事態に広がる波紋

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理由が全然みえません!

 2月1日に発売が予定されていたTOKIOのニューシングル「KIBOU」の発売中止が明らかになった。初回限定版と通常版の2種類ともに中止。この曲は、ヤマト運輸 「宅急便ひとつに、希望をひとつ入れて。」篇のCMソングとしてすでに放送されており、お茶の間でもお馴染みのナンバー。

 この異例の事態に、「希望というタイトルなのに中止って......」「発売延期ではなく中止?」「TOKIOの扱いがひどい」とファンの間では困惑の声があがっている。ジャニーズ事務所公式サイト「Johnny's net」、レコード会社「J Storm」には発売中止のお知らせとして「諸般の事情により発売を中止させていただく事となりました。既にご予約を頂戴したお客様をはじめ、販売店様、関係者の皆様には大変ご迷惑をお掛けしますことを深くお詫び申し上げます。」という文面が掲載されているのみ。

TOKIOの新曲が発売中止に! 異例の事態に広がる波紋

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理由が全然みえません!

 2月1日に発売が予定されていたTOKIOのニューシングル「KIBOU」の発売中止が明らかになった。初回限定版と通常版の2種類ともに中止。この曲は、ヤマト運輸 「宅急便ひとつに、希望をひとつ入れて。」篇のCMソングとしてすでに放送されており、お茶の間でもお馴染みのナンバー。

 この異例の事態に、「希望というタイトルなのに中止って......」「発売延期ではなく中止?」「TOKIOの扱いがひどい」とファンの間では困惑の声があがっている。ジャニーズ事務所公式サイト「Johnny's net」、レコード会社「J Storm」には発売中止のお知らせとして「諸般の事情により発売を中止させていただく事となりました。既にご予約を頂戴したお客様をはじめ、販売店様、関係者の皆様には大変ご迷惑をお掛けしますことを深くお詫び申し上げます。」という文面が掲載されているのみ。