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日別アーカイブ: 2011年12月15日
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「でき婚騒動」で倖田來未は何を恐れたのか?

※イメージ画像:『KODA KUMI 10th
Anniversary ~FANTASIA~
in TOKYO DOME』/rhythm zone
【メンズサイゾーより】
日本を代表する歌姫の1人である倖田來未が13日未明、電撃結婚を発表した。お相手は4人組ロックバンド「BACK-ON」のボーカル兼ギタリスト、KENJI03。現在、交際4カ月であり、年内にも入籍するという。そもそも倖田の妹、misonoが今年2月、Me名義で発表したBACK-ONとのコラボ曲を勧めたところ、倖田も気に入り、BACK-ONに作曲を依頼したことがきっかけで、親密交際に発展したという。
倖田はファンクラブ会員に宛てた直筆メッセージで「私がホレてもたのであります」と自分から好意を持ったことを明かし、図らずも恋のキューピッドとなったmisonoも2年3カ月ぶりにブログを更新し「まさか"29歳のくぅちゃん"の夢(結婚)を叶えてくれるとは?!...CDを発売した2月は、思ってもいませんでしたが(笑)周りの人生、自分の人生どうなるか誰にも分かりませんねぇ?」と姉の電撃結婚に向けコメントを寄せた。
妊娠は確定? 4カ月スピード婚の倖田來未、関係者の声は

「Connectus and selfish」/cutting
edge
「みなさぁーん!!報告で~す!29ちゃい倖田來未!!結婚することになりましたっっっ!!! キャピー」「私がホレてもたのでありますっっ...。彼と一緒にいると笑顔が絶えず、自分らしい自分で居られます。あとはー...ありすぎるのでこの辺で止めておきます」とファンに向けたメッセージで結婚を発表した歌手の倖田來未(29)。お相手は、4人組ロックバンド「BACK-ON」のボーカル、KENJI03(ケンジスリー・27)。彼らは、日本より米国、カナダ、台湾で有名なバンドだそうで、KENJI03は倖田の2歳年下のイケメンだ。ふたりは、8月に行われた倖田が所属するエイベックス主催のライブイベント「a-nation」のステージ上で肩を組み、顔を近づけて歌い、倖田がKENJI03の耳元にキスまでしていた。ボルテージは上がりっぱなしのふたりだが、誰一人、倖田の新恋人だとは思っていなかった。倖田らしい、激しい"エロかっこいい"ステージに見えてたからだ。
「僕たちが住んでいる社会はやっぱりおかしい」小説家・高橋源一郎と3.11

高橋源一郎の最新作『恋する原発』(講談社)は、「不謹慎」の塊のような小説だ。「3.11のチャリティーAVをつくる」「靖国神社は韓国も中国も関係なく祀られるようになった」「学校では文字を教えずに、セックスを教える」などなど、軽妙な語り口ながら、そこには思わず眉をひそめてしまうような描写が連発されている。世間の自粛ムードをまるで無視したかのようなその不謹慎さは、作家からの挑発にも読めてくる。
どうしてこんな小説が生まれてしまったのか? なぜ、彼はこの作品を書かずにはいられなかったのか? そして、ここに描かれているものは、一体何なのか? 高橋氏を直撃した。
――そもそも、この小説はどのような意図で書かれたものなのでしょうか?
高橋源一郎(以下、高橋) 10年くらい前に、『群像』(講談社)で、『メイキングオブ同時多発エロ』という小説を2年くらい連載していました。これは2001年に発生した9.11米同時多発テロのチャリティーAVを作るという話でした。でも、全然うまくいかず、途中で連載を終わらせてしまった。その後、ずっと寝かせておいたんですが、この小説を途中で止めた理由がずっと分らなかった。でも、3.11が起こって、これを書けなかった理由が分かったような気がしたんですね。
――「書けなかった理由」というのは?
高橋 ひとことで言うと、9.11は他人事だったからです。だから、逆にすごく真面目な小説になってしまった。でも3.11は僕もある意味で当事者と言える。だからこそ、「原発なんて関係ないよ」とか「被災地なんて知らん」とも堂々と言えるんです。「しょせん他人事ですよ」と言えるのは、実は自分が"外"ではなく"中"にいる時なんです。そういう発言をすれば、当然、問題になるでしょう。何を言っても問題が発生するというのは、非常にいいことです。言論とはそういうことなんです。
――ご自身の"事件との距離感"というものが左右した、と。
高橋 3.11から最初の数日間のこと、覚えてます? 結構、明るかった。ニューヨーク・タイムズに東浩紀や村上龍とともに寄稿したんですが、論調はほぼ同じでした。「すさまじい被害にあったけど、国民はパニックに陥っていない。日本には閉塞感があったけど、これを機会に変われるかもしれない」。でも、そんな空気もいつの間にかもとに戻ってしまい、前よりひどくなってしまう。
――どういった部分で、前よりもひどくなったと感じますか?
高橋 暗くなってると思います。僕はTwitterをやっています。3.11の前のTwitterはまったりしていて、つまんないことを言える空間だったんです。でも、3.11以降、Twitterが「戦場」になってしまった。他人を攻撃するような言論が多くなり、みんながそういう相手を求めるようになった。
――「まったりする」余裕がなくなったことによって、他者を攻撃するようになってしまった。
高橋 もともとそんなに余裕はなかったんだけど、なんとなくあるような気がしてたんですね。「お金ないし景気悪いし、嫌だよね」と言いながらも、カタストロフィーは起こっていなかった。
例えば、ある家族がいたとするでしょう。楽しく暮らしていたんだけど、ある日、お父さんの浮気がバレた。おじいちゃんの多額の借金がバレた。お母さんは難病だった。子どもは非行に走っていました。みんな実は隠してたんだけど、1つバレたらみんなバレちゃった(笑)。そうしたら「浮気したのはお前が悪いんだ」「よかれと思って借金したんだ」と罵り合いになってしまう。今回は、お父さんがラブホテルの鍵を落としたから発覚したんだけど、落とさなくても、遅かれ早かれ、すべて分かるはずだった。
――まさに、みんなが犯人探しのために互いを攻撃し合っているような雰囲気ですね。
高橋 みんな、「自分は悪くない」と言いたいんです。誰かをディスる言論の中身は、「誰が悪い」っていうことと「俺は悪くない」っていうことの2つでできています。政府が悪い、エネルギーどうするんだって。沈没船の中で「誰が船を壊したんだ!」と首を絞め合いながら沈んでいくんです。
――つまり、高橋さんの見方としては、3.11以降、何かが変わったわけじゃないんですね。
高橋 もともと日本の社会には展望などなく、破滅を先伸ばしにしていただけなのかもしれない。原発って、その意味でとても典型的ですよね。放射性廃棄物をどうするんだという問題があったのに、「なんとかなる」って言い続けてきた。原発から出たゴミは東北のどこかに置いて、その代わりに金をばら撒いておけば、あとはもう知らない。沖縄の米軍基地も同じ構造ですよね。だったら、東京に置けばいい。基地も原発も全部東京に置いたら地産地消でしょ(笑)。成田を米軍基地にして、皇居や国会議事堂の地下を原発にすればいい。そうしたら厳重に管理するようになるでしょう、怖いから。
■「ヤバいものを見せない」という社会構造が創造力を奪う
――そのような現状認識で書かれた『恋する原発』ですが、作品自体はネガティブになることなく、とてもポジティブです。こうなったのは必然性があったのでしょうか?
高橋 小説は楽しくなきゃいけないと思います。今回の目標は「笑い」でした。怒りや悲しみにも、いい面はあります。けれども、それらは直截的な感情だから、思考停止になったり何も見えなくなってしまうこともある。「笑い」は俯瞰的になるんですよね。どんなことでも距離を取ればおかしいでしょ? 下がれば下がるほど、いろんなモノが見えてくるんです。
――いわゆる「カメラを引く」ような作業ですね。
高橋 血まみれで、倒れている人がいたら胸が痛む。けれども、カメラが下がっていくと、それは映画かもしれない。さらに下がれば「目指せ、(芦田)愛菜ちゃん」とか言っているママがいるかもしれない。
カメラを引いていくことは、周囲を「認識」をしていく作業なんです。騙されてて本当に馬鹿だったねと、自分を笑うこと。そうしないと、今のこの空気に対抗できないだろうと思ったんです。
――一方で、『恋する原発』では、作品中に「服喪」についての言及もなされています。震災によって2万人が命を落とした今、死を考えることによって何を見いだせるのでしょうか?
高橋 さっきの話の続きで言うと、平穏な家庭はいろいろな問題を隠しています。お金とか、セックスとかを見せないようにして、日常生活を楽しく過ごしている。その中の1つが「死」ですね。テレビだと、陰部にモザイクがかかるでしょ。それから、死体と手錠にもかかる。陰部、死体、手錠。客観的に見たらすごく変な組み合わせです。あらゆる場所は映すのに、この国では、その3つは絶対に映らない。
――「ニューヨーク・タイムズ」のウェブサイトには遺体の写真がいくつも掲載されていて、国内でも話題になりました。
高橋 2万人が亡くなったのに、「大災害」という言葉だけで、日本には遺体の写真が1枚もない。死体を1体も見せないっていうのは異常ですよね。この社会の妙な雰囲気は、「ヤバいものは見せない」という社会の構造が原因なのかもしれない。空気なんて見えないのに、それを感じろっていうのはダメでしょう。ものを見ないということが、逆に想像力を失くしてしまうんです。
――本作で言及されている「1,000年後の子ども」というモチーフも、「死」と同じように普段は隠れている存在ですよね。前作『悪と戦う』(河出書房新社)でも、同じくまだ生まれていない子どもがモチーフにされていました。
高橋 こういうことを考えるのは、子育て中だからかもしれません。今、僕は60歳で、子どもたちは5歳と7歳。彼らが30歳くらいになった時には、僕はもういない。だから、彼らの未来は想像するしかない。この子たちはあと80年くらい生きるんだから、僕が死んだらバイバイっていうわけにはいかないでしょ。僕は、自分が死んでから50年後の世界について責任があるんです。
僕たちは共同体の中に生きています。共同体は今生きている人だけのものじゃない。歴史的にいえば過去の人もいるし、未来の人もいる。現在の人間がエネルギーが足りないといって原発を使い、処理することのできない放射性廃棄物を生み出したり、国の借金を増やし続けたりしていたら、同じ共同体の未来の人たちに迷惑がかかるでしょう。
■3.11後に小説を書くということの意味
――震災後、あらためて、小説の役割が問われているように思います。高橋さんは、どのように考えていらっしゃるのでしょうか?
高橋 「小説の特性とは何か」と考えると、この世界にいること、この世界があることの不条理、人間はなぜ生きねばならないのか、といった形而上的な問題を扱うことだと思います。「この人が好き」という感情を表現することや、歴史の変動を描くのは映画でも可能かもしれない。楽しいコメディーは韓流ドラマでもいいかもしれない。こういう危機的な状況において、形而上的な問題を扱えるという小説の特性は、より発揮されるんじゃないでしょうか。
――ただ、震災を受けて、「フィクションよりも現実のほうがすごい」という言説が説得力を持ってきています。
高橋 3.11以降、読める小説と読めない小説が出てきました。実は、それは3.11以後に書かれたのか以前に書かれたのかは関係ありません。3.11以前に書かれていても、まるでこの現実に対応しているかのように書かれているものがあります。「僕たちが住んでいる世界はやっぱりおかしくないか?」という認識が根底にある小説は、3.11以降に読んでもやっぱり面白いんです。
――高橋さんはTwitterでも積極的に発言をされていますが、小説の言葉とTwitterの言葉に違いはあるのでしょうか?
高橋 Twitterでやっている「小説ラジオ」(不定期に深夜0時から行われる高橋自身の連続ツイートのシリーズ)の言葉ってストレートですよね。フィクションのように、多義的な言葉ではありません。フィクションのいいところは「これはどういう意味」と聞かれても、答えなくてもいいこと。読者は「作者の考えをもとにした別のこと」を考えることができるんです。だから、日常ではない舞台で考えられる、想像できる、という「空間」を提供するのが小説家の仕事だと思います。いわば、喫茶店みたいなもの。ものを考えるカフェ。ただ、横に死体が転がってたり、後ろのカップルがセックスを始めるかもしれないけど(笑)
――全然くつろげませんね(笑)
高橋 だから、日常じゃないんだけど、「結構面白いかも」って思ってもらえたらいいよね。
――お話を伺っていて、やはり『恋する原発』は、高橋さんの作品群の中でもとても意味のある作品なのではないかと感じました。例えば、デビュー作の『さようなら、ギャングたち』(講談社)では、「執筆時のことをほとんど覚えている」とおっしゃってられていましたが、『恋する原発』も、それと同じくらい高橋さんにとって重要な作品でしょうか?
高橋 僕の実質的なデビューは『さようなら〜』ではなく、『ジョン・レノン対火星人』(講談社)という作品です。『さようなら〜』は、優しさと美しさを求めて書いた小説でしたが、『ジョン・レノン〜』はできるだけ汚く書こうとしていた。文学も作家もみんな死ねばいいと思って書いたんですよ。
そう、だから、自分を間違えていたのかもしれない。僕はやっぱり『さようなら〜』のほうではなく、こっち側だった。今の僕は、妙に作家っぽいし、評論もいっぱい書くし、社会的発言もする。キモいよね(笑)
――その意味では『恋する原発』は、『ジョン・レノン〜』の原点に戻ろうとした作品なんですね。ちなみに、次回作のご予定はあるんですか?
高橋 実は、いま少々ウツ気味なんです。何も書きたくない。この小説は世間のひんしゅくを買うかもしれない。でも書いているときは楽しかったんですよね。その反動ですごく疲れてしまって......。こういうことを楽しく書いちゃう自分は人としてどうなんだろう、と思うところもあって。書いているときはこれしかない、こういう方法が正しいと思って書いているんですが、ときどきカメラを引いてみると、「これでいいの?」と自問自答してしまう。これ自体、爆笑だって思ってしまう。そういう意味では、作家ってみんな、二重人格なんですね。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=尾藤能暢)
●たかはし・げんいちろう
1951年広島生まれ。81年、『さようなら、ギャングたち』で「群像」(講談社)新人長編小説賞優秀賞受賞。88年、『優雅で感傷的な日本野球』で第1回三島由紀夫賞受賞。著書に『虹の彼方に』、『ジョン・レノン対火星人』、『ペンギン村に陽は落ちて』、『日本文学盛衰史』など。05年より明治学院大学国際学部教授を務めている。
「私の病気は被曝のせいかも」、脚本家・北川悦吏子が「婦人公論」で衝撃発言

「婦人公論」(中央公論新社)12月
22日号・1月7日合併号
今号の「婦人公論」は、年末年始の合併特大号。ということで、特別付録「2012年、福を招く『江原啓之 七福神カレンダー』」が付いています。とっくにスピリチュアルブームは去っているのに、いつもかたくなに江原推しなのが「婦人公論」最大の謎なんですが、カレンダーは意外とフツーの、商店街でもらえそうな安っぽい七福神のイラスト入りカレンダーでした......と思ったら、七福神のイラスト、大黒様も恵比寿様もみーんな顔が江原になってます(恐怖)! そんなワナが仕掛けてあるなんて、も~~!! こりゃ年末の悪夢ですね。
<トピック>
◎特集 不況に負けない「貯まる家庭」
◎北川悦吏子 難病に苦しんだ10年を、私は忘れない
◎今田美奈子×林真理子 「食」との出会いが、女の人生を変える
70年前と変わらない日本人の精神構造『聯合艦隊司令長官 山本五十六』

エネルギー資源を求めて日本は太平洋戦争に踏み切る。
石油ショックによって建設が加速化した原発禍と重なる日本が抱える根底的な問題だ。
(c)2011「山本五十六」製作委員会
日本はなんで国力が10倍以上ある米国に無謀にも戦争を挑んじゃったのか? 『聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実』は、真珠湾奇襲攻撃を計画し、日米開戦の口火を切った連合艦隊司令長官・山本五十六の視点を中心に、太平洋戦争の発端から敗戦までを2時間20分の尺にまるっと収めたものだ。「文藝春秋」の記者時代に大座談会『日本のいちばん長い夏』を企画したことで知られる作家・半藤一利氏を監修に迎え、エネルギー資源を海外に頼る日本がエネルギー資源の輸出国である米国と戦争を始めることになった経緯と、その顛末を分かりやすくまとめている。戦争シーンは主にCGで描かれ、流血場面は極力少ない。バイオレンス描写を売りにした戦争映画が多い中、本作は戦争映画というよりは、70年前から今も変わらない日本人の精神構造について言及した問題提起作となっている。『八日目の蝉』が好評を博した戦後生まれ(1961年)の成島出監督が撮り上げた。
日中戦争が膠着状態に陥っていた1939年から物語は始まる。庶民は不況にあえぎ、内閣はことごとく短命で交替していく。日本中を先行きの見えない閉塞感が覆っている。派手な戦争をまた始めれば、景気は回復するのではないか? ドイツ、イタリアと軍事同盟を組んで、英米の圧力を押し返せ! そんな世論が広まっていた。ドイツと手を組めば米国との開戦は必至。国際情勢に詳しい山本五十六(役所広司)をはじめとする海軍が猛反対し、一度は三国同盟はお流れとなる。だが、アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツの欧州での快進撃の前に、「勝ち馬に乗りそびれるな」と結局は三国同盟を締結。山本五十六が予見したように、日米関係は一気に開戦へと向かう。1941年12月、国力に勝る米国との戦争は短期決戦による早期講和しかないと連合艦隊を指揮する山本五十六は真珠湾奇襲に成功するも、この戦果に大喜びした軍の上層部は戦域を拡大。米国との講和の機会を狙っていた五十六の思惑は、日本中の大熱狂に掻き消されてしまう。

海軍次官から連合艦隊司令長官に拝命された山本
五十六(いそろく)。名前の由来は父親が56歳
のときに生まれたことから。
本作で描かれているのは、山本五十六の武勇伝ではなく、日本人のおめでたい気質だ。ヒトラーの著書『わが闘争』の抄訳版には日本のことを見下した記述が省かれていることを知らずに、若い軍人たちは感激している。真珠湾攻撃は米軍の空母を叩くという目的が果たせなかったのに、「米軍は恐れるに足らず」とお祭り状態。自分たちの都合の悪いことには目をそむけ、都合のいい部分だけを見て大喜びする。現状を冷静に分析し、対策を練らなければいけないはずの軍の上層部や政治家たちも"都合のいい報告"に一緒に浮かれる。マスコミは都合のいい報告をさらに腕の見せ所とばかりに美化して広め、伝言ゲームのごとく現実とはまるで異なるニュースが流れる。庶民たちも嘘だらけのニュースを信じ込むことで安心する。みんなそろって、ぬか喜び。島国だけで自給自足していた時代ならいざしらず、血にまみれた歴史を踏み越えてきた諸外国にとっては格好のカモ。なんともおめでたい国・ニッポン。まさに、バンザ~イ、バンザ~イだ。

ミッドウェー海戦で日本海軍は大敗。次代を担
うと期待された山口多聞(阿部寛)ほか多く
の部下と主力艦隊を失う。
ミッドウェー海戦での大敗後、日本軍大本営は損害を矮小化して発表し、"撤退"という表現を使わずに"転進"と言い換える。新聞社の若手記者・真藤(玉木宏)は「それは転進ではなく撤退なのでは?」と大本営発表に疑問を挟むと、先輩記者の宗像(香川照之)が「国威発揚こそが我々の役割じゃないか」とたしなめる。真藤は反論できない。これとよく似たことを最近の日本人は経験している。福島第一原発事故で政府と東電側はかたくなに"メルトダウン"という言葉を使おうとせず、多くのマスコミはその大本営発表に同調した。太平洋戦争時と今の日本人の精神構造と行動パターンは変わっていない。また、「絶対に沈まない」と称された日本海軍のシンボル・戦艦大和は肝心の燃料がないという設計者が思いもしなかった想定外の理由から活躍の機会を失う。最後は片道分の燃料だけ積んでオトリ作戦に使われ、世界に誇る巨大戦艦は撃沈した。科学の粋を集め、「絶対に安全」と謳われた原発も、想定外の震災で大惨事を招いている。"絶対"という言葉ほど、もろくて危険なものはない。

山本五十六を取材する新聞記者の宗像(香川
照之)と真藤(玉木宏)。宗像は五十六を
「あなたは世論がまったく分かってない」
と責める。
本作では山本五十六を完全無欠な英雄に祭り上げることは避けている。日米開戦に反対し、戦争の主力が軍艦ではなく戦闘機になることを先見していた五十六だが、真珠湾攻撃とミッドウェー海戦で戦略の真意を連合艦隊中に徹底させることができず、そのことが致命傷を招く。また軍の中枢と距離を置いたことから、どんどん溝が生じて、五十六の真意がさらに伝わらなくなる。そして問題点が改善されないまま、次の局面へと押し流されてしまう。山本五十六もまた、どうしようもなく日本人的な人間として描かれている。
全編を通して印象に残ったのが、画面の狭苦しさだ。本来なら戦争映画は大スペクタクルシーンが見どころになるはずだが、主なシーンは五十六と参謀たちが詰める旗艦内の長官室、新聞社の編集室、記者の真藤が行き着ける小さな小料理屋、そして五十六と家族が暮らす質素な自宅。ほとんど室内でドラマが進む。密室の中で重要事項が決定されていく。予算的な都合だけでなく、演出的な意図もあるようだ。強いて開放感の感じられるシーンを挙げるとすれば、南洋の島で最後の夜を過ごす五十六がウイスキーを片手に気心の知れた部下たちと一緒に故郷の長岡甚句を歌う場面くらいだろう。いや、開放感があるシーンがもうひとつある。軍隊に徴兵された記者の真藤は、日本の敗戦にともない職場のあった東京に戻ってくる。都合のいいニュースが飛び交っていたあの東京は、焼け野原となっており、まったく何もなくなっていた。まるでキャンバスのように真っ白だ。あまりの何もなさに、真藤は唖然とするのと同時に、小さな希望も感じたのではないだろうか。
(文=長野辰次)
『聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実』
監修/半藤一利 脚本/長谷川康夫、飯田健三郎 特撮監督/佛田洋 監督/成島出 出演/役所広司、玉木宏、柄本明、柳葉敏郎、阿部寛、吉田栄作、椎名桔平、益岡徹、袴田吉彦、五十嵐隼人、坂東三津五郎、原田美枝子、瀬戸朝香、田中麗奈、中原丈雄、中村育二、伊武雅刀、宮本信子、香川照之 配給/東映 12月23日(金)より全国ロードショー <http://isoroku.jp>
大野智、マンガのアイデアを藤子不二雄Aに褒められる!
嵐の大野智が、映画『怪物くん』で共演したダチョウ倶楽部・上島竜兵とともに富山県氷見市を訪れ、原作者の藤子不二雄Aのルーツを辿った、『news every. 特別版 大野智が行く"怪物くん社会科見学"』(日本テレビ系)が12月10日に放送されました。
氷見市は藤子氏が生まれ育った場所。「潮風ギャラリー」というギャラリーで「藤子不二雄Aまんが展」を見た後は、藤子氏の生家であり、現在は同氏が描いた『怪物くん』などのキャラクター作品が展示されている寺を3人で訪れて鼎談をしました。
歌舞伎町ホスト練炭心中事件
私は大切で大好きな人と一緒にこの世を去ります...(中略)
上記のような言葉を残して、1人の若い女性(Kさん)がこの世を去った。
文中の「彼」とは、新宿区歌舞伎町でホストクラブを経営していた・・・
ラーメン二郎の戦略
読者から度々「ラーメン二郎歌舞伎町店の対応がひどすぎる。」という投書を受けていたのでどうしてそれでも流行っているんだろうか?という謎を探るために行ってみた。
さて、初めて二郎を食す。
何だこの味は!?

