
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
ビートたけしが9月21日に発売された「週刊文春」(文藝春秋)において、暴力団との交際歴を告白し、話題になっている。そのことについては賛否両論飛んでいるが、筆者はその内容よりも、このタイミングでたけしが告白するよう仕向けた権力側の意向が気になる。
同記事の取材で、「文春」の記者はたけしに警察しか知っていないような情報をぶつけており、当局が直接リークしたかは不明だが、情報源をたどれば警察に行き着くことは明らかだ。その裏には、10月1日から東京都でも施行される「暴力団排除条例」を浸透させたい警視庁の思惑が見え隠れしており、たけしはそのスケープゴートに利用されたように思えてならない。
というのは、「文春」の記事には具体的な交際時期が書かれておらず、読者は、たけしと暴力団との交際が今も続いていると錯覚してしまう危険があるからだ。むしろ、それが情報をリークした警視庁の狙いかもしれない。
筆者は、島田紳助の引退騒動を踏まえて、当コラムでたけしについても触れた(記事参照)。「文春」の記事でもたけし自身が触れているが、彼はフライデー事件後、「復帰が早過ぎる」と右翼団体の抗議行動にあった際、単身で右翼団体が関係する暴力団の親分の家に行き、「弱い芸人をいじめないでください」と直談判して事態を収拾している。ここが暴力団に解決を頼った紳助と違う点であるとたけしは語っているが、いずれにせよ、この一件は20数年も前の話だ。
しかも、本来このトラブルは、当時の所属事務所であり、たけしの復帰時期に決定権を持っていた「太田プロダクション」が解決すべき問題だった。たけしはタレントとして、復帰についても事務所の決定に従ったのだから。
ところが、太田プロは社長以下幹部が逃げ回って右翼の行動に対処できなかったことから、止むに止まれず、たけしは自身で話をつけにいったというのが事の真相だ。結果、事務所への不信感を持ったたけしは、太田プロから独立。「オフィス北野」を設立した。さらに、大阪の芸人が仲介者となり、5代目山口組組長に大阪のクラブでの面会を仕組まれたとも告白している。「文春」では、この芸人を吉本興業の中田カウスと断定しているが、それも10数年前の話。「稲川会」の稲川聖城総裁との「新潮45」(新潮社)の頂上対談も10年前の話だ。過去のことだからといって無視はできない、という報道姿勢も分からないことはないが、問題の本質はそこにはない。
芸能人の中には、演歌の大御所の北島三郎や弟子の山本譲二、それに細川たかし、ミュージシャンの松山千春のように、暴力団が好きで自ら交際している芸能人もいる。だが、大半のタレントが暴力団と接点を持ってしまうきっかけは、事務所が決めた仕事に暴力団関係者が関与していたというケースだ。興行などに暴力団が入り込んでいるのを分かっていながら、事務所は黙認。興行主となれば、タレントだって無視するわけにはいけない。ステージ外で何らかの関係を持たざるを得なくなることも少なくないのだ。
たけしも「仕事と言われれば、タレントは断れない」と言っているが、そのタレントを守るのが本来は芸能プロの義務でもある。ところが、反社会的勢力と対峙するどころか、結託している芸能プロも少なくない。紳助やたけしの時のように、右翼団体から抗議を受けても、タレントの盾になることを放棄する芸能プロもある。
警察はそうした背後関係も調べず、もしくは知っていても無視して、暴力団と交際歴がある大物芸能人の名前をメディアにリークして、スケープゴートにしようとしている。本来、取り締まるべきは暴力団の関係を断ち切れない芸能プロ。そうした本丸にメスを入れないのは、反社会的勢力排除を名目に、大企業へ警察関係者を天下りさせてきた時と同様、芸能プロに新たな利権を見出そうとしているのではないかと訝しく思ってしまう。
繰り返し言うが、芸能界を本気で浄化したいのであれば、取り締まるべきは暴力団との関係を断ち切れない芸能プロだ。一タレントの過去の話をほじくり出しても問題は解決しない。メディア側も、そうした権力側の目論見に与するようなリークには踊らされるべきではない。人権侵害と批判の声もある「暴排条例」の、当局による一大キャンペーンのお先棒を担ぐことになりかねないのだ。
(文=本多圭)
日別アーカイブ: 2011年9月28日
『震災以降も「原子力ムラ」は何も変わっていない』 原発と共に生きる人たちの現実【前編】
──若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
■今月の提言
「脱原発議論が捕促しない地元のリアリティを見よ」
ゲスト/開沼博[社会学者] 原発事故から半年がたった。「脱原発」をぶち上げた菅首相は退陣、新首相が誕生したが、反原発・嫌原発の空気は続いている。放射能汚染についても日々情報が錯綜している状況だ。日本のエネルギー対策は、そして「原子力ムラ」はどうなっていくのか? 本誌8月号にも登場した開沼博氏に、『「フクシマ」論』のその後を聞く。 荻上 東京電力福島第一原子力発電所の事故発生以降、原発についての国民的・世界的関心は一気に高まりました。しかしながら、事故後半年にならんとする現在でも、収束に向けた見通しは不透明で、正確な情報が十分に共有されているとは言い難い。その情報の需給ギャップが、さまざまな憶測や流言が発生する余地を生む状態も、依然続いています。 例えば、「予防原則」という言葉が、実にご都合的に「確かめなくても拡散しときゃいい」「オレがデマ流しても叩かず、『安全でよかった』と笑っておけ」というイイワケとして振りかざされているのは、頭が痛い光景。間違ったことを言ったから叩かれた者が、そこをスルーして「実は自分は正しかったのに、ヒステリックに叩かれた」なんて自己肯定してる姿は、生涯その人のイメージとして脳裏から離れなさそうです。 それにしても、かくも私たちが混乱してきたのは、放射性物質や原発に対する「確かな情報」が社会的にシェアされていなかったからですが、そうした中で論点の需給ギャップを埋め合わせる数少ない試みのひとつが、開沼さんの『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)でした。事故以前から調査されていた原発地域の生活文化の実態や、福島に原発ができた歴史的経緯等を緻密に押さえながら、政策的な議論の前提を提供する役割を好タイミングで果たされていたと思います。 『「フクシマ」論』については方々で話されてきたでしょうし、僕も開沼さんとはこれが実は3度目の対話。そこで今回は、著書を出されて以降、アフターの話をしたいと思います。まずは震災後も取材を続ける中で、2つの「原子力ムラ」、すなわち「原子力ギョーカイ」と「原子力地域キョードータイ」の「その後」の動きに、気になる変化はありましたか? 開沼 研究会や講演でも言い続けていることですが、状況については何も変わっていないと思います。これは、「いや、これだけ変わったじゃないか」という議論を喚起したい部分と、本心からそう思う部分の、両方の意味で言っています。 前者については、例えば環境省の中に原子力安全庁を作る動きなどが挙げられるでしょう。推進側と安全監視側の所管を分けるべきという政策趣旨自体は、確かに必要な方向性。しかし、これまで「CO2削減に役立ち、経済効率もいいエネルギー」といった名目で原発が推進されてきたことひとつ取っても、単なるガス抜き措置に終わるかもしれないという疑義は拭えません。私が本の中で書いた、中央政府内の「原子力ムラ」がオートマチックに動いていく構図は、例えば吉岡斉さんや武田徹さんが10年以上前に分析された状況から大して変わっておらず、それに対する社会の側の問題意識のレベルが今のままでは到底今後も変わり得ない。 そして、地元の側の原子力ムラの状況も、本質的には何も変わっていません。今週も福島に行きましたが、現地の方々の中には東電や政府に怒るより「原発を動かしてもらわないと困る」という声は少なからずある。直接原発で働く労働者はもちろん、彼らが利用する宿、飲み屋、あるいは交通機関の人々と、かつて福島第一原発だけで1万人規模の雇用があったわけですから、その数は無視できるものではありません。むしろ、収束のための作業の発生で、ある面では原発バブル的なものが起きている部分もある。「原発から近い所の人は、即刻原発停止を望んでいるに違いない」という予想を裏切る、非常に根深い問題がそこにはあります。 で、こうした事実を報告すると、「現状維持に加担するのか」と脊椎反射的な反発を受けることがままありますが、もちろんそうではありません。良いか悪いか価値判断をする以前に、現状を認識しないと何も始まらないという当たり前のことを申し上げているのだと、あらためて強調しておきたいと思います。 ■メディアが伝えない「信心」の皮肉な拡大 荻上 震災後の現地の状況について、もう少し詳しく伺わせてください。特に気になるのは、事故収束に当たる原発労働者の実情や、放射性物質の拡散で強制的に「利害関係者」が増えたことの影響です。開沼さんが『「フクシマ」論』のベースとなった修士論文を書かれた時は「皆が忘れ去っている問題」だったのが、今や大きく変わってしまいましたから。 開沼 まず、復旧労働者の間では、圧倒的な日常が流れています。ここには、原発事故を非日常として扱いたがるメディアとの大きなギャップがある。例えば、原発から二十数キロの地点にある原発労働者向けの民宿は3月末には営業を再開していて、行ってみると皆マスクもせずにステテコ一丁で、外で酒を飲んだりしています。その人たちがいわゆる多重下請け構造の犠牲者で、無理やりそこに泊まらされて働いているのかというと、そうではない。いわき市内のホテルは、避難区域指定の影響で、原発直近の4町の労働人口が集中したために、全部埋まっています。そこに泊まれず郡山や茨城のほうから通うとなると、通勤にプラス1時間半くらいかかる。だから、「近くから通えて楽だ」と、進んでそうした宿を利用する状況があるわけです。 また、労働者に「危ないと思わないんですか」と聞くと、「前よりは確かに喰って(浴びて)いい線量の限界値は少し高くなったけど、放射線の勉強をした人に大丈夫だと言われてるから」と、ほぼ気に留めてません。常に線量計をつけて被ばく量を測り、限度が来たら作業をやめる仕組み自体は、以前と変わらない。彼らにとって大事なのは、これまで通りの働き口があって家族を養っていけることで、安全性やリスクに関する「科学的に正確な知識」など、知ってどうなる、という話なんです。 そうした原発近辺や労働者のリアリティまみれの「日常」を見聞きして東京に戻ると、「このままでは全てが破滅だ」「脱原発の流れは揺るがない」といったハイテンションかつイマジナルな「非日常」言説で溢れている。そんな「非日常」に持続性はありません。再度皆が忘れ去っていく「忘却」の問題は、すでに始まっていると言っていいでしょう。 荻上 事故後に放送されたマイケル・サンデルのロールプレイングでも【4月16日NHK総合『マイケル・サンデル 究極の選択』】、労働者にツケを背負わせることの是非、というのがありましたね。実際、「多重下請けの労働者が搾取されていてけしからん」といった議論が、同情論としての反原発のフックになっている面がある。それが「中抜きして賃金を上げろ」というロジックと、「高賃金をエサに危険な労働を押しつけるな」というロジックが同居していたりして、「じゃあ、どんな条件なら働いていいんだよ!?」と思いもするんだけれど、"なんとなく反資本主義"な嫌儲気分が「いや、労働者には労働者の満足や日常があった」という観察を遠ざけてしまっている面はありそうです。それは結局、一部の「切り取り」であり、地方や労働者を政治主体として認めないことにもなりかねない。当事者が増えたこともまた、その争点の整理を再度、難しくしている点もあるでしょうね。
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「安心して楽しめる!?」TBS『オールスター感謝祭』も脱・紳助 司会は安住アナに
「いろいろとうわさされてましたけど、やっぱりというか、司会は安住アナが務めることになったようです。TBSがまだ発表しないのも、"紳助騒動"が思いのほか長引いてるので、番組そのものの開催が危ぶまれていたからなんです」(番組関係者) 春と秋に行われるTBSの目玉番組『オールスター感謝祭』が、この秋も"無事"10月1日に行われることになった。番組の公式HPには、番組のみどころとして、 《1991年秋から足掛け20年、41回目の感謝祭!! 新時代を迎える感謝祭をお楽しみに!!》 とだけ書かれており、当然のことながら"紳助"の"し"の字も見当たらない。もちろん、司会者についても、現時点で何の発表もなく、番組のラテ欄でも「司会は誰に?」とお茶を濁している。 「実際、9月の頭くらいまでは番組を行うかどうかも決まっていませんでした。司会も、TBSに馴染みがある人ということで、ホンジャマカの恵さんや、SMAPの中居さん、草野仁さんなど、たくさんの名前が挙がってました。それでも、今回はTBSの顔でもある安住アナに仕切ってもらうのが一番じゃないかって話になって、ようやく最近になって決まりました」(TBS関係者) 出演する側としても、紳助がいない方が楽しめるという声が多いという。ある芸能事務所幹部は、「あれだけタレントが出ていて、中にはドラマの撮影中の俳優だっている。当然、遅れていくこともあるんだけど、紳助は最後までその俳優を睨んだりしてるんだ。あれじゃ、楽しめたもんじゃないよ。今年は安心して楽しめるね」と明かす。 皮肉にも、以前司会を務めていた番組が降板後に視聴率がアップするなど、紳助にとって現実はあまりにも厳しい。番組側も"新時代"と打ち、"紳助色"を払拭しようと躍起になっているだけに、この番組も視聴率のアップは間違いないかも!?安心って、素敵やん......。
「スキンヘッドじゃなかった!」亀梨和也のベム姿にファンが一安心

こっちのがまだベムってないかい?
20日、10月期ドラマ『妖怪人間ベム』(日本テレビ系)での"妖怪姿"が初解禁されたKAT-TUN亀梨和也。ドラマ主演が決定して以降、「妖怪って......そこまで堕ちたか」「好評価だった『怪物くん』の二番煎じを狙ってるんだろうけどこれはさすがにない」など悪評ばかりがささやかれ、頼みの綱のファンからも「どんなビジュアルになるのか......想像つかない」と不安の声ばかりが聞こえていたこのドラマ。しかし公開された亀梨の姿はすこぶる評判が良く「意外と視聴率もとれるのでは?」と関係者も期待しているという。



