練り続けて25年! 家族の絆を繋ぐ遊べるお菓子「ねるねるねるね」秘話!

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 アナログとデジタルの過渡期であった1980年代。WiiもPS3もなかったけれど、ジャンクでチープなおもちゃがあふれていた。足りない技術を想像力で補い、夢中になって集めた「キン消し」「ミニ四駆」「ビックリマンシール」......。なつかしいおもちゃたちの現在の姿を探る!  「ねるねるねは......ひっひっひ。練れば練る程色が変わって、こうやってつけて、......うまい!」  テーレッテレー!  このフレーズを耳にした瞬間、満面の笑みを浮かべる魔女の姿が脳裏に浮かんだ人も多いのではないだろうか。そんな読者には言うまでないが、今回取り上げるのは1986年の登場以来、四半世紀にわたって、化学的な驚きとミステリアスな味を子どもたちに提供し続けているおもしろお菓子「ねるねるねるね」だ。カップ1杯の水と2種類の粉を混ぜ合わせると、クリーム状のお菓子が次々と色を変え、そして物凄い勢いで膨張していく! まるで魔法のようなお菓子に、全国の子どもたちは夢中になり、その怪しげな制作過程にお母さんたちは眉をひそめた。そんな「ねるねるねるね」を発売しているクラシエフーズにお邪魔して、その開発裏話を聞いてみた。 ■泥遊びから生まれた「ねるねるねるね」 「弊社はもともと粉末のジュースの素など、粉を使ったお菓子をずっとやっていたのですが、その粉を使って子どもが自分で作るお菓子ができないかと思って開発を開始しました。自分で作る満足感や、色が変わって膨らむといった化学的な好奇心を刺激することで、子どもがワクワクしてもらえればという思いがスタート地点です」
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人気のソーダ味とブトウ味、そして今夏に
新発売された「なぞなぞねるねる」。
 このように語るのは今も毎日「ねるねるねるね」を試食し、日々研究と商品開発に勤しむクラシエフーズの津田未典さんである。元々、「渡辺のジュースの素」で一世を風靡した渡辺製菓を吸収合併し、粉末菓子の技術を持っていたクラシエフーズ(当時、「ベルフーズ」)は、砂場で子どもたちが泥をこねて遊んでいる姿から、練る動作を取り入れた「作って遊べるお菓子」というアイデアを思いついたそうだ。同社のこのアイデアは大当たり。子どもたちがテレビをよく見る時間帯を狙って大量に放送された冒頭のキャッチーなCMの効果もあいまって、たちまち「ねるねるねるね」は空前の大ヒットを記録した。1986年の発売以来、これまでに実に20種類以上のフレーバーが登場。発売当初から18年間不動の人気を誇ったメロン味や、現在商品の新たな看板として愛されているブドウ味といった定番フレーバーの他に、コーラ味、いちご味など毎年次々と新たなフレーバーを開発し、25年にわたり子どもたちの目と舌を楽しませ続けている。中にはピーチプリン味、梅あられ味など挑戦的すぎて、あまり人気が出ずにすぐに店頭から消えてしまったフレーバーも存在するものの、常にチャレンジ精神を失わないその姿勢はお見事だ。結果、「ねるねるねるね」は発売開始以来なんと7億食以上も消費され、今もなお大ヒットお菓子のトップを独走中である。 ■徹底したリサーチと気配りから生まれるヒット商品  まったく人気の衰える様子が見えない「ねるねるねるね」だが、子どもが熱中するのに比例して眉をひそめていたのはそのスポンサーたるお母さんたちだ。 「やっぱり魔女が出てくるCMが『怪しいお菓子』というイメージを助長していたみたいですね(笑)」  水を入れると粉の色が変化し、なんだかモコモコと膨らんでくる......。このケミカルなビジュアルと「例のCM」の合わせ技で、発売当初より「体に悪そう」というイメージが付きまとっている「ねるねるねるね」だが、実は発売当初より保存料、合成着色料などは一切使用されていないのだそうだ。 「なかなかそういう部分が伝わりにくいので、最近はパッケージに大きく『保存料、合成着色料ゼロ』っていうマークを入れて、保護者の方に一目で分かっていただけるように努力しています」  粉の色変化についてもちゃんとパッケージに解説を入れている。ブドウ味を例に挙げると、酸性だと赤色に、アルカリ性だと青色に、中性だと紫色になるという赤キャベツ色素の「アントシアニン」の性質を利用して色変化するそうだ。
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裏面には、色変化の解説がしっかり書かれて
いる。
「理科の実験で行うリトマス試験紙の色が変わるのと同じ原理です。また、膨らむのはケーキを膨らませたりするのにも使われる重曹の反応によるものなんです」  何かと事実が隠ぺいされがちな昨今。ここまで情報を開示してくれると、親も安心して「ねるねるねるね」を買ってあげられるというものだろう。とはいえ、やはりいちばん大切にしているのはメインターゲットの子どもたちの目線を忘れないことだ。 「基本的に子どもたちが、面白い、おいしい、と思うようなものを開発するというスタンスは崩さないようにしています」  「ねるねるねるね」は年齢問わずいつまでも食べる類のお菓子ではなく、どうしても子どもが一定の年齢に達すると卒業してしまうため、常に新しい消費者──子どもたちに新商品をプレゼンしなければならないという宿命を背負っている。そのため、開発スタッフは常に子どもたちの流行や思考の変化を追い続けなければならない。そこで、クラシエフーズは年に何十回も親子モニターを招待し、新商品を試食してもらっているという。 「試作して、試食している子どもの横で、ひたすら私たちはメモをとっています。実際お菓子を作ってもらった時の様子や、食べた時にどんな表情をしているか。『まずい』みたいなちょっとしたつぶやきを全部記録して、子どもたちの嗜好の変化を常にキャッチするようにしています」 「子どものお菓子に、ここまで徹底して調査しているメーカーはないと思います」と津田さんは胸を張る。25年に及ぶ、この不断の努力が今もなお子どもたちの心をとらえ続ける商品の魅力の源だったのだ。 ■震災以降、再評価される「ねるねるねるね」  「ねるねるねるね」のヒット以降、作って遊べる「知育菓子」シリーズが誕生。これまでに100種類以上もの商品が登場し、今日も子どもたちの好奇心を刺激している。オーブンで加熱することで本物の焼き菓子のようなお菓子を作ることのできる「ハッピーキッチン」シリーズ。リアルなカブトムシやバッタのグミキャンディをジオラマできるという男子心をくすぐる「昆虫グミ図鑑」。麺とスープを自作ししょうゆラーメンをお手軽に作ることのできる「ラーメンセット」。これら全てを「水と粉」だけで作り上げるというから驚きだ。粉に無限の可能性を感じてしまう「知育菓子」シリーズだが、3月の東日本大震災以降「ねるねるねるね」を始めとする同シリーズの売り上げが急上昇しているそうだ。
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男の子に大人気の「昆虫グミ図鑑」。
「外で遊ぶのが危ない、という保護者の判断もあるんでしょうけど、それ以上に親子でコミュニケーションをとりたいと思われるご家庭が増えたんでしょうね。おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に作りましたというお話もよく聞くようになりました」  昨年に比べてすでに150%以上の売り上げ増を記録しているそうだ。かつて「不健康そうなお菓子」の代表格であった「ねるねるねるね」は、今や「知育菓子」シリーズの顔となり、家庭のコミュニケーション・ツールとして全国各地で愛されているのだ。 ■時代が変わっても変わらぬ「ねるねるねるね」イズム  水と粉を混ぜて遊びながら作る、というかつてないお菓子「ねるねるねるね」が誕生した1980年代とは、いったいどんな時代だったのだろうか。 「いろいろな実験や挑戦ができたし、さまざまな可能性があった時代だったんでしょうね。80年代にリリースされた商品は、今見てもトリッキーなものが多いんですが、その分面白いと思える物ばかりだと思います。企業としても元気な時期だったので、色々な新商品を出してチャレンジできる風土があったんじゃないかなと思います」  どんなアイデアでも実践でき、面白いと思えるものがどんどん市場に登場した80年代に誕生した「ねるねるねるね」が、今、日本中の家庭に元気を与え、コミュニケーションのきっかけとなっているなんて、ちょっといい話じゃないだろうか。
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本物の焼き菓子のようなお菓子を
作ることのできる「ハッピーキッ
チン」シリーズ。
「そう言われると何だか壮大な話のように聞こえるかもしれませんが、あくまで『ねるねるねるね』は100円です(笑)」  そう津田さんは笑って答えた。  現在「ねるねるねるね」は、ブドウ味、ソーダ味、マスカット味の3種に加え、今夏より新発売された、いちごソーダ味とレモンスカッシュ味の2種類のフレーバーが楽しめる上、混ぜて食べると3種類目の味に変化するという1個で3倍楽しめる新商品「なぞなぞねるねる」といったラインナップで展開している。  また、津田さんはこう語る。 「今年は『ねるねるねるね』を大きくリニューアルして、10年間変わらなかったブドウの味を少し変えたんです。今までは酸っぱさを強調していたのですが、今年はより甘さを感じられるようジューシーに調整しました」  これも子どもの嗜好の変化に合わせたリニューアルだという。神は細部に宿る、とはよく言ったものである。この細やかな気配りこそが25年にもわたって、子どもたちに愛されるお菓子を生み出してきたのだ。 「日本中の方が『ねるねるねるね』を知って下さるということは非常にありがたいのですが、今後もそれにあぐらをかくことなく、味もおいしく作って楽しいものを提案していきたいと思います。きっと皆さんを飽きさせませんので、ずっと食べ続けてください」  どんなに時代が変わろうとも、核になる魂が変わらなければ商品は愛され続けるのだろう。「ねるねるねるね」を食べながら、そんなことを思ってしまう筆者であった。 (取材・文・写真=有田シュン)
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●【バック・トゥ・ザ・80'S】バックナンバー 【Vol.6】合体のロマンに全国の男子がハマりまくった! 「合体シリーズ」「ミニ合体シリーズ」今昔物語 【Vol.5】男子だって着せ替えしたいんです、プロテクターを! 「聖闘士聖衣大系」今昔物語 【Vol.4】学校で唯一読めたコミック! 『エスパークス』今昔物語 【Vol.3】ゲームの可能性を広げた80年代のミッキーマウス 「パックマン」今昔物語 【Vol.2】世代を超えて愛される地上最速ホビー「ミニ四駆」今昔物語 【Vol.1】手のひらに広がる大冒険!「ゲームブック」今昔物語

霊界から恋のアドバイス! 「東銀座の神」の秘法で意中の彼と急接近!?

【ハピズムより】

――占い好きを悩ませるのがお金の問題。高けりゃいいってもんじゃない、でも安いと妙に不安になる......。そうやって、占いジプシーになってしまった人も多いはず。筋金入りの占いジプシーの話を反面教師に、上手な付き合い方を学びましょう。

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守護霊様! 私に愛の手を差し伸べてください

 モグとの「1秒にも満たない」逢瀬の後、私は恋の成就へ向けた新たな戦法を考えあぐねていました。そして目にした「チャネリング」という単語。「チャネリング」とは、相談者の守護霊などからその人の過去や未来、運命などを見てアドバイするしてくれるもの。でもそんな正体不明のものとなると、さんざ占い師を巡ってきた私とはいえちょっと尻込みしてしまいます。

 ある日、バイト先の同僚で流行に敏感なKちゃんにその話をすると、「『東銀座の神』と呼ばれてるすごいチャネラーさんを知ってますよ」と一言。その人のアドバイスで恋成就する人が多く、「恋愛の神様」という意味からそう呼ばれているらしい。Kちゃんが紹介してくれるというし、なにより「東銀座の神」という存在に惹かれてとうとう私はチャネリングに挑戦することにしました。

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ギャルから天然美少女まで!女性ボウラーの活躍する「Pリーグ」とは?

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※画像は
『P★FILE 2011―ボウリング革命』
【メンズサイゾーより】  日本で活躍する女子プロボウラーと女子アマチュアの混合編成によって争われるボウリングトーナメント『ボウリング革命 P★League』がにわかに注目を集めている。きっかけはお笑い芸人の土田晃之の持ち込み企画によって放送された18日の『アメトーーク!』(テレビ朝日系)。この日の放送ではPリーグファンを自任する芸人らが多数出演。彼らによって紹介された華麗なPリーガーたちに多くの視聴者が熱い反応を示したようだ。そこで、今回のメンズサイゾーでは、今大注目のPリーガーを独断と偏見で勝手にジャンル分けして紹介したい。ギャル系から天然美少女系までそろった24名の美しきボウラーたちは要チェックです。
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愛知の女子大生殺害事件、ネットのデマを覆す証言

愛知県の女子大生殺害事件で、ネット上に根拠のない情報が出回っている。

逮捕された丹羽雄治容疑者は、カイロプラクティック会社の撮影と称してモデル事務所に依頼し、派遣された女子大生を殺害した。容疑者が逮捕されると、一宮市の自宅近辺の様子が報道された。フジテレビ系列の東海テレビの映像では、容疑者宅の外壁の看板にモザイクがかけられていた。

芸能探偵・記者のメモ書き 52

◆ZONEファンに朗報!(15日)
ZONEが復活ライヴを行った。1ヶ月だけの再結成ということで芸能探偵の『再結成して欲しいグループアンケート』の際には期間延長を望む声なども届いたが、ライヴのサプライズとしてホントに延長することを発表!年内いっぱいはZONEとして活動していくとのこと。

懲りない魔性の整体師

最初は旦那さんからの浮気調査の依頼。対象者は奥さんでした。最近、メールを打つ回数がやたらと増えた、携帯を見たらロックが掛っている…奥さんの様子が以前と違うことに疑いを抱いていたのです。調査開始後すぐに浮気の事実が判明。相手は整体師でした。奥さんがギックリ腰になり二対 (※第二対象者のこと)の勤める整体院に通ううちに、男女の関係になったようです。でも、これはこれで調査が終わりました。
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輪廻転生という萌え要素を回収できなかった、メイ作『天よりも星よりも』

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『天よりも星よりも』1巻(赤石
路代、小学館)

――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてきぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史に燦然と輝く「迷」作を、紐解いていきます。

 たぶん現実では叶えられないけど、実現したらいいなという夢ってなんだろう。それは「超能力者になる」じゃないだろうか。恐らく誰でも1度は、「なれたらいいな」と考えたことがあるはずだ。しかしどんなに金を積んでも叶えられないのがこの願い。バブル期、金さえ出せばたいていのものは手に入ると思われていたこの時代に、少女マンガでめっぽう多かったのが超能力者の話だ。

「正直、自分が受けたショックの100分の1も描けていない」しりあがり寿が見た3.11とマンガの可能性

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 マンガ家・しりあがり寿が東日本大震災以降に描いたマンガをまとめた単行本『あの日からのマンガ』(エンターブレイン)が話題を呼んでいる。震災からわずかひと月後に掲載され大きな反響を呼んだ「月刊コミックビーム」(同)発表作や、朝日新聞夕刊に連載中の時事4コマ「地球防衛家のヒトビト」などが収められた本作。"あの日"から現在進行形で続く信じがたい現実を前に、なぜしりあがり氏は震災をテーマにしたマンガを描き続けているのか。話を聞いた。 ――「地球防衛家のヒトビト」では3月14日掲載分から震災をテーマにマンガを描き続けていらっしゃいますが、創作意欲は衝動的に湧いてきたものだったんですか? しりあがり寿(以下、しりあがり) 11日に地震が来た後、すぐに描き始めたんです。衝動的でもあったし、「地球防衛家のヒトビト」という時事ネタを扱ったマンガを描いているのだから、描かないわけにはいかなかったんです。 ――震災から1カ月後には岩手県でボランティア活動をされたそうですね。その前後で、描く4コママンガに何か変化はありましたか? _MG_6061.jpg しりあがり ちょっと吹っ切れた感じはありました。僕は小心者だしボランティアとかガラじゃないけど、被災地に行かずに想像だけで描くっていうのは、どこか気が引けてしまって。本当に描いていいのかな、とか、被災者の気持ちはどうなのだろうとか思うけれど、でも描かなきゃいけない。どうしたらいいんだろうとモヤモヤしていたんです。でも実際に現地に行ってみると、たとえ2~3日でも、この目で見たことはウソじゃない。ストーリーがなくてガレキだけしか描いていない回もあるんだけれど、あれはしょうがないよ。何も浮かばなかったんだもの。あれしか浮かばなかった。 ――「コミックビーム」に掲載された短編「海辺の村」は特に大きな反響を呼びました。震災から50年後の未来を描いたこの作品ですが、「いつ失われるか分からない不安の中で豊かな生活を送ることをやめ、いつまでも続く幸せを選んだ」という一節はすごく印象的でした。まるで昭和30年代に戻ったかのように人々はつつましやかに暮らし、福島第一原発の周辺は風力発電でいっぱいになる、という風景は、現在のしりあがりさんが思い描く、理想の未来なのでしょうか? しりあがり 「海辺の村」は、3月20日くらいから描き始めたのかな。あのエンディングは僕の理想の未来というわけじゃなくて、消去法みたいなもんだよね。今までは、"幸せの中の不安"というのをテーマにマンガを描くことが多かったんだけれど、この時は逆だった。どこを向いても不安だらけだから、せめて希望を描かないといけないなって思ってね。で、その時点で自分なりにいろいろ考えたら、希望ってやっぱり、50年先まではないなって思ったんです。すぐは無理でも50年くらいのスパンで考えれば、下降から反転する可能性はあるかもしれない。再生エネルギーがうまく行き出すとか、それによって災害や放射能だけでなく戦争の不安からも解放されるような。戦争って結局は資源の取り合いだから、それがなくなるって希望じゃない? 逆に言うと、そこまでいかないと希望を見つけられなかった。みんなが明るく楽しくやっている時は「ちょっとどうなのよ?」って言いたいし、ヤバくなると、希望を見つけなきゃって思う。そういう意味では、僕は相当なへそまがりだよ。
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『あの日からのマンガ』「地球防衛家のヒトビト」より
――マンガというのはフィクションなわけで、もっとハッピーなエンディングにしようと思えばできたはずですが、ものすごくリアリティーのある形に落とし込んだのはなぜなんですか?  しりあがり 僕のマンガって、自分ではすごくリアリズムだと思っているんです(笑)。たとえば、シュールレアリスムって、ダリとかあり得ない光景を描いているけれど、ある意味、人の意識の中まで入ってきているから、見えるままの風景を描くよりもリアルでしょ? 不安な人にとっては、そういう風景の方がリアルだったりする。そういう意味では、常にリアルに描こうと思っているし、ずっと追求しているつもりでいるんだけどね。  マンガって割とファンタジーが多いけど、ファンタジーにしてもどこか現実に足場がないとリアリティーがない。僕は現実方向にもう一歩近づきたいなという気持ちがあって。10年前、9.11が起こったときにそれをテーマにしたマンガってあまり目にしなかった。文学とか音楽がそういう社会と連動するのに、それに比べてマンガってちょっと鈍いなって感じがして。力があるのにもったいないなって。僕は「くだらないもの」が大好きだけど、「くだらないもの」も「ファンタジー」も結局ある程度世の中が豊かで安定してないと成立しない気がしていて。だから少しは社会にコミットする必要があると思っているんです。そこにこの震災だからなー。  でも正直、自分が受けたショックの100分の1も描けていない気がするんです。だから期待して読まれるとすごく困る(笑)。そんなたいしたこと描いていないというか、その都度その都度の断片でしかないからね。
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『あの日からのマンガ』「海辺の村」より
――いま振り返ると、もうちょっと違う描き方ができたんじゃないかと? しりあがり うーん、やっぱり僕の力じゃ......っていうところもある。手を抜いたわけじゃないし、その時は一生懸命だったけれど、もっと絵がうまくてストーリーがうまい人が描いたら違うものが描けただろうし。逆にこれがきっかけになって、みんないろいろ描けばいいと思う。1,000年に1度の大地震だよ? 後世の人は、この地震が記されたマンガをいっぱい読みたいんじゃないかな? (ページをめくりながら)懐かしいね、今見ると。なんで僕、こんなに絵がヘタなんだろう?(笑) もうちょっと上手だったら泣けるのに......。泣けるシーンなのに、なんか笑えちゃうんだよね。 ――作品によってそれぞれ違うと思いますが、誰に向けて、どういう立場で描かれたんですか? しりあがり 特別に誰かに向けて描いたというよりは、それぞれの連載の一部分なので、それまでのシリーズの中で描いたっていう感じですね。しょせん、自分目線からは逃れられないし。 ――自分の気を静めるために描いていたという部分もあるんですか? しりあがり それもあるよね。さっき、希望というか未来を探したって言ったけど、それは自分のためだよね。モヤモヤとしていることを定着させることで落ち着くというか、踏ん切りがつくんじゃないかな。作品として描くことで、自分の体から切り離される感じ。変な話、例えば僕の身内に不幸があったとしても、僕は作品を描くと思うよ。 ――今回のマンガにはどれも、政府や東電に対する怒りの表現はありません。しりあがりさんご自身としては、今回の震災や原発に対して憤りはないんですか?
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『あの日からのマンガ』「川下り双子のオヤジ」より
しりあがり 本の中で「大きな賭けに負けた」っていう文章を書いているんだけれど、僕はまさかこんな大きな地震は来ない方に賭けていた。危険を訴える人がいるのは知っていたけれど、まさか原発が爆発するなんてことにはならない 方に賭けていた。誰が悪いというより、日本まるごと「しくじった」という思いが強かった。  マスコミや政府を批判するのも大切だけど、結局真実もウソもひっくるめて不信感に包まれただけじゃ元も子もないからね。代わりに信頼できる情報が出るようになったかというと、そんなに簡単な話じゃない。こうなったら怒っているよりも、小さなコミュニティーでもつくって、大切な人たちと生きていけるような仕組みをつくる方に力を使ったらいいんじゃないかと思ってしまう(笑)。 ――原発事故はまだ収束していないし、日々、放射能汚染が目に見えるかたちで表れてきています。現在進行形の問題をフィクションにして描くことには、作家として相当の覚悟があったと思うのですが。 しりあがり やっぱり怖かったですよ。だって、描いていることが変わっちゃうかもしれないから。3月下旬に描いたものが4月10日くらいに発売される間に致命的な爆発が起こるかもしれなかったし、状況は刻々と変わっていくから。それに、今回の震災は地域によって受け止め方に差があって、誰かの共感は呼ぶけれど別の誰かの反感を買う恐れもある。でも、描かざるを得ない感じだったなー。マンガのルーツにはポンチ絵とか風刺マンガとかもあるんだけれど、あれって写真の技術がそこまで普及していなかった時代に、従軍マンガ家が描いていたのが元だったみたい。戦場の様子をスケッチして新聞に載せる。マンガはジャーナリズムの一端を担っていた。そういう意味では、そこにあるものを描くっていうのは、基本っていう感じがしますね ――なるほど。実はそれとはまた別の視点になるんですが、想像を絶するような恐ろしい「現実」と向き合うには、やっぱり何らかのフィルターが必要だと思うんです。その役割の一端を、マンガも担えるということを証明した作品なのではないかという気がしています。不謹慎だとか自粛とかいう言葉がはびこる窮屈な状況の中で、「フィクションとして震災を捉える」という視点は、ひとつの風穴を開けてくれた。エンタテインメントとしてだけではない、マンガの新しい可能性を見せてくれたのではないかと。 しりあがり 「エンタテインメントって何か?」って、これも難しいけれど、僕は30年くらいマンガを描いてて、常にマンガの可能性を広げていきたいというのはあった。マンガって、コマがあって絵があって、そういうシンプルなものから広がって無限の可能性があるじゃん? ストーリーを入れなくたっていいし、何をしたっていい。最近、美術館で絵を描かせてもらう機会もあるんだけど、それって自分ではアートではなく、マンガの延長線上にある気がしているんです。 ――帯には「『たとえ間違っているとしても、今描こう』と思った」とありますが、このマンガを通して伝えたいメッセージとはどんなものなんでしょうか? しりあがり メッセージはないんです。今までの作品は何か伝えたいことがあってそのためにマンガを描くみたいなところがあったんだけど、今回は断片ばかりだから。もう、「あの時、自分はあんな想いでした」という記録でしかない。それぞれの作品に深みとかひねりや表現としての新鮮さがあるわけじゃないし、そもそも面白いとかうまいとかいうものではない。だけど、迷ったり、混乱したりしながらその都度描いたマンガは少なくとも「ウソ」じゃない。「確かにあの日からマンガを描いた」という証のようなものです。正直、1冊の本として出版するには自信がなかったんです。でも僕の周りの信頼している何人かが「これはいいよ」って言ってくれて、それで世に出してもいいかなって。これからも震災をテーマにした作品は描き続けたいなという思いはあるけれど、そろそろ本当に力がある人が描き始めるんじゃないかな(笑)。 (取材・文=編集部/写真=後藤匡人) ●しりあがり・ことぶき 1958年静岡市生まれ。81年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン・広告宣伝等を担当。85年単行本『エレキな春』でマンガ家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。94年に独立後は、幻想的あるいは文学的な作品などを次々に発表、マンガ家として独自な活動を続ける一方、近年ではエッセイ・映像・ゲーム・アートなど多方面に創作の幅を広げている。
あの日からのマンガ あの日からの記録。 amazon_associate_logo.jpg
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Google+が真に狙い定めるはフェイスブックよりツイッター!

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Google+参戦で激化するSNS三国志、覇権
争いになるのか、棲み分けを目指すのか?
──激変するITビジネス&カルチャーの深層を抉る!  SNS分野が苦手だと言われ続けてきたグーグルが、Google+で再びSNS市場に乗り込んできた。ツイッターが普及し、フェイスブックもユーザーを増やす日本では一見、同サービスの勝機は薄そうに見えるが、これが案外可能性があるようで......。  グーグルが「Google+(以下、G+)」という新しいソーシャルネットワーク(SNS)を始めた。まだβテスト中で、すでに使っているユーザーから招待をもらえないと登録できないが、しかしこれはフェイスブックとツイッターの長所ばかりをうまくすくい上げているサービスだ。日本で相当に普及していくのではないかと私は今予感している。  G+の特徴をこの連載の枠組みの中で文章で説明するのはかなり大変だが、わかりやすくほかのソーシャルメディアと比較すれば、次のような点にある。 ■フェイスブック:情報の発信者と受信者はフラットな「友だち」の関係。 だから発信者が友だちとして承諾してくれないと、受信者は発信者の書き込みは読めない。 ■ツイッター:情報の発信者に承諾を得る必要はなく、受信者は発信者を勝手にフォローすればその人の情報はすべて読める。 ■G+:ツイッターと同じように受信者は発信者を勝手にフォローできて、フェイスブックのように承認は必要ない。でも発信者が自分宛てにも情報を発信してくれるかどうかは、受信者には保証されていない。  フェイスブックは、今春に公開された実録映画『ソーシャル・ネットワーク』でもつぶさに描かれていたように、もともとCEOのマーク・ザッカーバーグがハーバード大学在学中に作ったSNSで、大学内の人間関係をそのままネット上に転写させることを最初の目的としていた。だからあくまでも、友人や知人とのつながりを確認し、仲間内での情報のやりとりを主眼とするSNSとなっている。  これに対してツイッターは、もっとオープンだ。ツイッターが画期的だったのは、140文字という短い文字数でのやりとりを生み出したことだけでなく、もうひとつある。それはフォローとフォロワーという非対称の関係性を持ち込んだことだ。フォローは勝手に行えるので、相手から承認を受ける必要はない。  そもそもリアルの世界においては、情報の流通は非対称でオープンである。マスメディアや有識者、言論人、有名タレント、あるいはさまざまな専門家など、情報は常に影響力の強い存在からその他大勢の人へと流れていく。しかも、それは閉鎖的な圏域の中ではなく、誰にでも触れられるオープンな空間に開かれている。  SNSも、フェイスブックの黎明期のように友人知人間のやりとりだけを扱うのではなく、インターネットならではの情報流通基盤へと進化していこうとするのであれば、このような「非対称かつオープン」性がどうしても必要になってくる。ツイッターは、そこにぐさりと刺さったというわけだ。
「プレミアサイゾー」で続きを読む