「福島から、一緒に未来を歩いてゆく」詩人・和合亮一 その言葉とともにあるもの

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現在も福島市に暮らす詩人・和合亮一氏。
「放射能が降っています。静かな夜です。」(『詩の礫』引用)  東日本大震災の発生から6日目の3月16日夜、福島県福島市在住の詩人・和合亮一はTwitter上に言葉を投下し始めた。福島第一原発が1号機、3号機に続き、4号機でも水素爆発を起こした、その翌日だった。 「放射能が降っています。静かな静かな夜です。」(『詩の礫』引用)  それから、詩人は毎日ツイートを繰り返した。ときに具体的に、ときに観念的に、その言葉は詩人と福島の極限的な状況を伝えた。詩人のTwitterアカウントは瞬く間に拡散され、やがて詩人の言葉は「詩の礫(つぶて)」と名付けられた。震災の最中にあって、多くの読者が「詩の礫」に触れ、直接に詩人と言葉を交換した。 「しーっ、余震だ。」(『詩の礫』引用)  立て続けに発生する震度4、震度5という大きな余震に揺さぶられながら詩人が綴った「詩の礫」は、一冊の本になった。震災から100日あまりが経過した6月下旬、上京していた詩人・和合亮一に会いに行った。 ――震災時は勤務先の高校にいらっしゃったと伺っています。 和合亮一氏(以下、和合) 伊達市内の高校にいました。いままで体験したことのない、動物の背中に乗っているみたいな、そういう揺れでしたね。想像の域を超えたような揺れ。ただ、そのときはこんなに大きな被害が出るとは思っていなかったんです。2~3日もすれば日常生活に戻れるだろうと。ところが、その日の夜に、余震がひどくて駐車場で夜を明かそうとしていたら、ラジオから「仙台の若林区に300人の遺体が流れ着きました」という声が流れてきた。その情報を耳にしたときに、これはすごいことが起きているな、こんな破壊的なことって、経験したことないな、と。今回の震災が、衝撃を持って実質的に自分の中に入り込んできた感じでした。 ――その後の3日間は避難所で過ごしたそうですが、書くことへの意欲が湧いてきたのはいつごろでしょうか。 和合 その3日間はほとんどライフラインが止まっていたので、食料や水を確保することで1日が手いっぱいでしたね。ただ、手帳にメモを書いていました。いままで自分が書いたことのないようなメモです。ずっと、ひっきりなしに書いていたんです。いま思えば、震災のショックで、書くことに徹していたような気がしますね。 ――そのメモは、理路整然としたものなのでしょうか。 和合 すごく、幼稚な文章です。誰がこういうことを言ったとか、列に並んだ、並んで水をもらった、パンをもらった、そういうことですね。それと、飛び込んでくる死者の数をメモしていたり。何か、とにかく目の前であったことを書かずにはいられなかったんです。そうして自分自身を守ろうとしていたのかもしれません。 ――とにかく、気を鎮めるため。 和合 気を鎮めるためですね。 ――3月16日からTwitterへの投稿を始められるわけですが、その冒頭で「物の見方、考え方が変わりました」と書かれています。 和合 そうですね。それまで、原発は絶対安全だと言われていたし、福島にも地震は来ないと言われてきた。そういう目の前のものが、すべて崩壊に向かっていくような、そういう風景が見えたんです。自分の言葉自体も崩れて、がれきになってしまったような、そういう印象がありましたね。  * 「行き着くところは涙しかありません。私は作品を修羅のように書きたいと思います。」(『詩の礫』引用)  * ――16日前後と言うと、原発が爆発した直後で、命の危険というものも感じていたのではないでしょうか。 和合 それはすごく感じましたね。もっと大きな爆発があるんじゃないか、という不安もあったし、とにかく余震が多かったので。『風が吹くとき』(あすなろ書房)という絵本があるんですが、それを思い出していました。 ――そんな状況下で「作品を修羅のように書く」とは、どのようなことでしょうか。 和合 根源的な情動のようなものですね。初期のころの「詩の礫」は全部、即興なんです。思い付いたことをそのままツイートするという。ものを書いてきた人間の本能というか、いま思い出しても、自分が書いたんじゃないような、夢を見ているみたいな感覚です。キーを叩いていても、そこに自分の人格がない。自分自身が言葉にすがっている。ここに生きているということと、Twitterに言葉を投げ込むということが、同じレベルにあったんだと思います。 ――詩を書く、という行為そのものが変わってしまった。 和合 いままでは、現代詩の技法というもの、その完成度を思いながら書いていたんです。比喩をどう使って、完成度の高いものを書くか、次には、その完成度をどう壊すか、そういう作業をしてきたんですが、震災後にはそういうものをすべてブン投げちゃった。完成度が高いとか低いとか、そういう価値基準や判断を持っていることがバカバカしくなってしまったんです。もう詩人としての勝負は辞める、と。震災前までは、僕の読者、詩集を買ってくれる方々というのがいて、僕は作品を書いてその読者に届ける、ということを考えていたんですけれど、震災後はまったくそういう想定がなくなってしまった。「詩の礫」も、誰かに届くということは考えていなかったですね。 ――「詩の礫」はTwitter上で、和合さんのことを知らなかった人たちの間で広く拡散されていきました。そうした新しい読者の反応をリアルタイムで見ながら書いていたということですが、作品を発表した瞬間に具体的なリアクションが返ってくるというのは、どういう体験でしたか。 和合 言葉の力をもらっている、という感覚ですね。メッセージをもらうと、自分の中に波が立ってくる。波が立ってくるから、また書こうと思える。僕は詩の朗読を20年間やってきたんですが、そのときの感覚とすごく似ています。現場性がある。呼吸が一致しているという感じがするんですよ。見てくれている人と、一緒になっている感じ。パソコンの画面がうねっているような、Twitterを通して、いろんな人の呼吸が感じられるんです。  4月1日に、10回目の「詩の礫」を書いているとき、不思議な体験をしました。そのころの「詩の礫」は、ある程度準備をして、メモを横に置いて作っていたんですが、2時間書き続けたうちの後半の1時間に、メモをまったく見なくても書ける、即興で書けるという状態になったんです。この詩はラストにはどうなるんだろうという不安を感じながら、言葉がどんどん出てきた。最後は海に行って、水平線に美しい一艘の帆船が見えた、というところで終わるんですけど、それも最初からそういう展開になるとはぜんぜん思っていなかった。みんなの呼吸がそうさせてくれたっていうね。それまでの「詩の礫」とはまったく違う感触だったんです。その最後に「みなさんと一緒に未来を歩いた気がします」と書いたんですが、ネットでそういう目覚めのようなものを感じることは、震災前にはなかったことですね。  * 「11438人の影(日本中の詩友よ、今こそ詩を書くときだ、日本語に命を賭けるのだ、これまで凌ぎを削ってきた詩友よ、お願いする、詩を、詩を書いて下さい、2時46分、黒い波に呑まれてしまった無数の悲しい魂のために、お願いする、私こそは泣いて、詩友に、お願いする。)がバス停を過ぎる。」(『詩の礫』引用)  * ――震災直後から和合さんの詩を読んでいた方というのは、直接大きな被害を受けていない方や、被災地にいてもインフラの復旧が早かった方が主だったと思うんですが、自分も含め、そういう人たちの間には「自分には何もできない」という無力感とともに、自分が被害を受けていないという事実に対して罪悪感のようなものがあったと思うんです。そういう人たちにとって、毎日更新される「詩の礫」というのが「この詩を読んでいる間、私は福島とともにある」という実感が得られるものとして機能していたのではないかと感じるんですが、和合さんご自身はその期間、詩人として、社会の中である役割を担っていたという思いはありますか。 和合 メッセージを、たくさんいただいたんですね。「情報に追われて生活をしていて、つらい中で、このTwitterを読んだことで静かな気持ちになり、いろいろ考えることができました」とか、両親を残して福島を離れている方が、「福島の状況を知りたい、父と母のことを考えたいから読んでいる」とか。そういうメッセージやお手紙をいただくんです。「心配で心配でしょうがなくて、いろんな人に話を聞きにいったんだけど、どの人の説明も、自分の心を満足させてくれなくて、『詩の礫』を読んでると、自分が求めてるのは、詩人の語りなんだな、と思いました」とか、「お父さんお母さんを亡くして、それでもう、何も考えられない日々を過ごしてたんだけど、この詩を読んで、まず泣いた、ずーっと泣いた、一日泣いてた、泣いたら、次どうしようかってことを考え始めることができました」って、どれもすごく丁寧に書かれていて。そうして待っている人がいるのであれば、書こうと思うんです。それを、物書きとしての役割と言っていただくのはすごくうれしいことですけど、本気で気持ちを救うことができるのであれば、少しでも手助けができるのであれば、それは続けたいと思いますね。 ――詩人だから詩を書く、というのではなく、重そうな荷物を持ってあげていたような感覚でしょうか。 和合 そう。だから「詩の礫」って名前は付けているけれど、書いたものに詩が宿ってきてくれればいいかな、と思うんです。  * 「うるせえ、放射能をぶっ潰してやる。震災をぶっ潰してやる。」(『詩の礫』引用)  * ――「詩の礫」では、怒りの感情もすごくストレートに表現されています。地震に対して、地球に対して。その反面、誰か人間に対して怒っているという部分は見当たらない。例えば避難所やガソリンスタンドには自分勝手な人がいたかもしれないし、地元の行政にもいたかもしれない。もちろん東電や、政治家にも不満や怒りは大いにあったと思うんですが、「詩の礫」を公開していく中で、これは詩に書いてはいけない、この気持ちを表現してはいけない、と決めていたことはありますか。 和合 そこはやっぱり、詩だ、という意識があるんですね。詩である限り、何か高潔なものでありたいという気持ちがある。人を傷付けるものにはできないという。宮沢賢治の言葉に出会ったんです。「新たな詩人よ 嵐から雲から光から 新たな透明なエネルギーを得て 人と地球にとるべき形を暗示せよ」っていうね。詩を書くことの意味って、人と地球、人の次に地球が来るっていうのが、詩ならではの働きかけなのかな、と。だから今回の『詩の礫』を書いているときにも、誰かを傷つけてはいけない、被災者の人たちの気持ちを追い込んではいけない、という思いは、書く基準としてあったと思いますね。  * 「美しく堅牢な街の瓦礫の下敷きになってたくさんの頬が消えてしまった」「こんなことってあるのか比喩が死んでしまった」(『詩の礫』引用)  * ――「比喩が死んだ」という表現をされていましたが、確かに今回の震災で、多くの言葉が意味を変えました。例えば「原発」という言葉もそうですし、サザンオールスターズの「TSUNAMI」という曲もそう。報道の中で「市街地が壊滅しています」とNHKが繰り返している。それはフィクションの中でしか聞こえてこなかった表現だったはずですが、現実が比喩を追い越していくという状況を、言葉の表現者としてどのように受け止めていくのか、あるいは、日本語がここまで大きく姿を変えたとき、詩人はそれとどう向き合うのでしょうか。 和合 やっぱり詩を書くということにおいては、直接的でなくとも、比喩を追い求めていかなくてはいけないと思います。言葉が醸し出す何がしか、言葉の影のようなものを追いかけていかなくちゃいけない。おっしゃる通り、今は完全に現実が比喩を追い越してしまって、比喩というものが極限状態では成立しないということを、まざまざと見せ付けられたわけです。言葉が、まったく表情を変えてしまった。例えば「福島」なんて、震災前は「ふぐすま」なんて言われて、何もない土地だという印象だったけれど、今は世界中の人たちが分かってしまう。カタカナで「フクシマ」っていう、なんだか鋭くて恐ろしい言葉に変わってしまった。そういう言葉の表情一つひとつが変わってきた中で、変わってきたものを並べながら、やっぱり比喩を作っていくしかない。比喩を作るっていうのが詩人の命ですから、直喩にしろ擬人法にしろ暗喩にしろ、どうにかして比喩を成していかなくちゃいけないというのが、これからの課題だと思うんです。僕が選んだ方法というのは、とにかく目の前のことを、ドキュメントとして書いていく、記録として書いていく、いまあることを、いまあるままに発信していく。その中で、そこに新しい比喩が宿っていけばいいな、というふうに思いながら、実は書いています。  * 「目をあけた 福島の子よ」「雨の夜を歩き通した 子どもよ」「一番最初の きみの 夜明けだ」「生まれてきて くれて ありがとう」(『詩の礫』引用)  * ――実は今日、一番聞きたかったのは、まさに和合さんがおっしゃっていた「フクシマ」という日本語の話なんです。もう世界中の人が、「チェルノブイリ」「スリーマイル」と言うときと同じ顔で「フクシマ」と言う、そういう状態になってしまったことは動かしようがなくて、それでも福島には、今もたくさんの子どもたちが暮らしている。彼らは、福島生まれ福島育ちという事実を一生背負っていかなければならない。健康被害ももちろん心配ですが、その思想やアイデンティティーにも大きな影響を与えることだと思うんです。汚染された地域で育った人間である、と見られ続けていく彼らに対して、私たち、日本の大人たちは、何をどう伝えていったらいいのだろう、ということなんです。 和合 そこがですね、僕がいま、ずっと考えていることなんですよ。放射能とともに暮らすという現実が、これからずっと続くと思うんですね。簡単に「子どもを逃がせ」って言ってくる人もいるけれど、例えば自主避難をしたとしても、避難した先でどう暮らすか、そこには仕事もなければ生活の基盤もない、お金だって下りないし、生きていけないんです。そういう現実を、福島は抱えてるんですよ。それは福島の空気の中で暮らさないと分からないことだし、浜通りには浜通りの空気の中で暮らさないと分からないことがある。一度故郷を離れたらもう戻って来られないという気持ちもあるし、親の問題もある。いま避難せずに生きている人たちって、何らかの理由があって福島にいるわけです。だから、福島で生きていく限り、それを大人たちがもっと語れるようになっていかなければいけない。福島の人たちの気持ちの拠りどころになれるような言葉を、僕はずっと自分の中に探しているんです。一言なのかもしれないし、長いフレーズなのかもしれない。今はまだ、分からないです。大人が子どもたちにどう接したらいいか、分からないです。言葉は何も解決しないでしょうけれど、何か時代のよすがになれるような言葉を、あれからずっと考えているんです。このままだと、われわれ福島の人間は、根無し草のまま、ずっと何の発信もできずに、原発が爆発したら爆発したまま、避難しろって言われたら言われたまま、まま、まま、っていう受動的な、そういう生き方、生き様で、悔しさを抱えながら、流されて生きていかなくちゃいけなくなるんですね。だから、ここに自分たちの生き様があったんだっていう、何かそういう言葉を残したいと、今は思っているんです。  * 「2時46分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。」(『詩の礫』引用) (取材・文=編集部) ●わごう・りょういち 1968年福島県生まれ。詩人。高校教諭の傍ら詩作活動を行う。福島高校、福島大学卒業。99年、第一詩集『AFTER』で第4回中原中也賞、06年に第四詩集『地球頭脳詩篇』で第47回晩翠賞を受賞。詩集に『RAINBOW』『誕生』『入道雲入道雲入道雲』『黄金少年』『詩ノ黙礼』『詩の邂逅』。その他の著書に『パパの子育て奮闘記』『にほんごの話』(谷川俊太郎と共著)。ラジオ福島で『詩人のラヂオ 和合亮一のアクションポエジィー』のパーソナリティを務める。 Twitterアカウントは「@wago2828」。
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アイドルから毎日写メ付きラブメール!「妄想」でも彼女がいれば毎日幸せ!!

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会社、学校と家の往復で暮れる日々にさよなら。
こんなに可愛いコから毎日メールが!
【メンズサイゾーより】  携帯電話のアドレス帳を見ても異性の名前はごく僅か。恋人はいないし、若くてカワイイ女の子からメールなんて届いたこともない。そんな、あなたに潤いを与えてくれる新しいサービスが誕生した。  その名も「妄想恋人」。自分のアドレス(携帯・PC)を登録するだけで、現実に存在する女の子があなただけのために毎日写メ付きのラブラブなメールをしてくれて、甘酸っぱ~い恋人ムードを演出してくれるのだ。  そんな夢のようなシチュエーションを叶えてくれる恋愛のパートナーは、グラビアアイドルとしての活動をスタートさせたばかりの堀咲りあちゃん。京都出身だけあってはんなりした語り口調と、透明感のあるキュートなルックスが癒し効果タップリの彼女に、理想の恋人や恋愛観を語って貰った。
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「これから脇役で売っていく!」SMAP最後の隠し玉、稲垣吾郎の新戦略

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たしかに脇役で輝きそうなタイプ

 国民的人気グループ・SMAPと言えば、いまやドラマや映画では主演が当たり前となっている。しかし、メンバーの中でも稲垣吾郎だけは違うようだ。7月6日スタートの日本テレビ系連続ドラマ『ブルドクター』(水曜午後10時~)では、主演の江角マキコ、石原さとみに次ぐ3番手の扱いなのだ。しかも、それがSMAPの"育ての親"と言われるI女史の戦略だというから驚きだ。

もう、鍋もざるも必要ない! 「レンジでそうめん」を5名にプレゼント

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 夏の定番と言えば、そうめん! 氷水でキュッとしまったそうめんは、のど越しがよく、暑さで食欲がない時でも、ついついはしが進んでしまいます。

 でも、1人分のそうめんをゆでるのって、けっこう面倒くさい。大きめの鍋でたっぷりのお湯を沸騰させ、麺を入れたらふきこぼれに注意しつつ、ゆで上がるまでコンロの前にいないといけません。暑い季節にぐらぐら煮立つ鍋の前にずっといないといけないなんて耐えられない!

あのタレントが"ブログをやめる"という英断

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*イメージ画像:『超カンタン! 最強メディア 
ブログ成功バイブル』
【メンズサイゾーより】  俳優・佐藤健のブログ「WITH」が6月30日に終了した。「けじめの日」と題された最終日の記事によれば、翌日の7月1日にオープンしたオフィシャルサイト上で、今後のスケジュールやスタッフレポートなどが更新されていくということだ。また記事では同時に、「このブログを閉じるという寂しい気持ちも全部含めて、今日がひとつのけじめとなって、明日から新たにスタートを切れるんじゃないかってことに、その明日からの日々にワクワクしています」と前向きな決断であることを強調している。佐藤は2007年放送の平成仮面ライダーシリーズ『仮面ライダー電王』(テレビ朝日系)での初主演でブレイク。先日、2012年公開予定の映画『るろうに剣心』の主演を務めることが発表されたが、人気漫画が原作となった映画での主演という大役について、その決心をブログで綴ったばかりだった。  「更新頻度が下がってなし崩しに自然消滅」というパターンではなく、この佐藤のように、日にちを区切ってブログを止めるという選択は、かなり勇気のいることでもあるし、同時に英断でもあるだろう。現在の芸能界は、ブログやTwitterによるファンとのコミュニケーションが定番となっている。私生活が垣間見えるような記事を読めるだけでなく、これらツールにより実際にファンとのやり取りも行われることがあり、ファン側からすれば、芸能人の存在が今までよりも身近に感じられる効果がある。しかしその一方で、ブログやTwitterをやっていなければ縁のなかったようなトラブルを起こしてしまう危険もはらんでいる。先日の『江口愛実騒動』において......
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方言アイドル・古崎瞳の新作DVDは盗撮もの!?

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 広島県出身で、"方言アイドル"としても有名な古崎瞳がDVD『ボクの彼女』発売を記念し、イベントを開催した。
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 今日のイベントでは、広島弁でトークを行った瞳ちゃん。 「今作は2月に都内で撮影しました。寒い時期じゃったんだけど、ほとんど室内だったじゃけん、寒くありませんでした。でも、ちょっとだけ外で撮った時はめっちゃくちゃ晴れとって、2月とは思えんくらい晴れとって全然大丈夫でした」  と、撮影の感想をかわいらしい広島弁で話してくれた。DVDの内容を聞かれると、 「『ボクの彼女』というかわいいタイトルなんですが、中身は盗撮系の内容です。私、盗撮されてます。DVDメーカーさんに新人アイドルとして「よろしくお願いします」ってあいさつに行ったところからスタートして、DVD撮影に行くっていう設定なんですけど、その行く時も盗撮されているっていう。見たいところがいっぱい詰まっているんじゃないかと思います。カメラは家にも仕掛けられてました(笑)」  盗撮とは物騒な話だが、実は驚きのオチがあるのだという。 「なんで、『ボクの彼女』ってタイトルなのに盗撮なんだろうって思うじゃないですか? 始めはDVDメーカーの社長が盗撮をしているって設定で始まるんですけど、実は最後に本当の犯人が出てくるんです。犯人は見てのお楽しみです」  一番オススメのシーンを聞かれると、 「一番盗撮っぽいなって思ったところは、清楚系の衣装を着ている面接のシーンなんです。始めから盗撮をされていて、終了後、お家に帰ってきたところや、服を脱ぐところなど盗撮の醍醐味だと思うところまでガッツリ写ってます」  最近はグラビア以外の仕事も順調なようで、 「『方言彼女』という番組のDVDが10月に発売されます。それから『眠れぬ街のアプリンス』という日本テレビの木曜深夜番組に出演させてもらいました。次の次から出ます」    とDVDと今後の出演予定作をPRした。
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古崎瞳オフィシャルブログ「瞳のブログじゃけぇ~」 <http://ameblo.jp/hitomin-f/>
『ボクの彼女 古崎瞳』 このかわいさなら盗撮したくなるのも分かる! amazon_associate_logo.jpg
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洋服から人と人の関係性を描く『繕い裁つ人』の優しく強靭な意思

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『繕い裁つ人』(講談社)

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が"正しき女子まんが道"を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
池辺葵『繕い裁つ人』1巻
講談社/620円

「ルーツは『天空の城 ラピュタ』」ウォン・カーウァイに見い出された香港の若き才能

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(c)小克
 『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』......子どものころ、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火をつけていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。 第17回 イラストレーター/漫画家/アニメーター/脚本家/作詞家 小克(シュウハ)  小克(シュウハ)は、漫画家であり、脚本家であり、アニメーターであり、作詞家であり、かつてはぬいぐるみ作家だったこともあるマルチタレントだ。本人に、肩書きをどうすればいいかと聞くと「好きなように呼んでいいよ。自分では決められないんだ」という。学生のころにその才能をウォン・カーウァイに見い出され、彼の映画の脚本チームとして参加して以来、小克の活動は香港の若者の注目の的であり、今や香港のカルチャー・シーンでカリスマ的人気を誇る兄貴的な存在だ。    その小克に、日本のことをチラリと振ると、待ってましたとばかりに話し出す。 「日本のテレビアニメを見ること、それが僕の子どものころの一番大切な時間でした。10歳でサッカーを始めたのは、『キャプテン翼(足球小將)』の影響だし。あとは何と言っても『黄金戦士ゴールドライタン(飯冪鋩淪)』。僕の『ハーバー・ヒーローズ』は、ゴールドライタンの深い記憶から生まれた、彼らに捧げた作品です」
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(左)「黄金戦士ゴールドライタン」オリジナル・サウンドトラック
(右)「hourbar heroes」(c)小克
 「ハーバー・ヒーローズ」とは、巨大ロボット風に描かれた香港の高層ビル群が、ローカルなネタをめぐって毎回珍騒動を巻き起こす、小克漫画の人気シリーズだ。香港っ子も大好きなヒーローたちの元ネタが、ゴールドライタンだったとは......。 「日本のプラモデルにも夢中でした。バンダイやタミヤの、ガンダムやタンクモデル。特に今も捨てられないのが、『ビッグワンガム』(のおまけについていたプラモデル)!! 子どものころ、母親に連れられてスーパーマーケットに行くたびに『ビッグワンガム』をねだりました。いつも買ってもらえたわけではないけど、僕がスーパーに行きたがった理由は、考えてみたらそれだけでしたね」 「生涯何度でも繰り返し見ることができるのアニメは『天空の城 ラピュタ』。宮崎駿は、僕のスーパーアイドルですから。『ラピュタ』が香港で初めて上映されたのは1986年。僕は12歳でした。ああ!! もう、これって、12歳の男子にとっての、ファンタジーそのものでしょ。冒険、父と息子の関係、愛と友情、夢、空を飛ぶこと、戦争、機械、ロボット、西洋的な風景、環境保護、工業革命、アトランティスの謎の石......他に何が必要か、教えてほしいぐらい! この映画がきっかけで、元ネタの『ガリバー旅行記』も読みました」
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(c)小克
 日本アニメを熱く語る小克兄貴。だが、コミックは数えるほどしか読んでいないという。 「テレビはタダだけど、漫画は買ったり借りたりにお金がかかったから。漫画を読まない漫画家というのは変かもしれないけど、でも楳図かずお(媒圖一雄)の『神の左手悪魔の右手』を読んだときの衝撃は今でも覚えているし、大学のときに出会った手塚治虫の『火の鳥』は、未来永劫僕の"ベスト・オブ・ザ・ベスト"です!」   小克は小説読みでもある。好きな作家を聞いてみた。 「最近は東野圭吾、向田邦子、宮本輝。東野圭吾は推理小説の発展にすごく貢献していると思う。向田邦子の文章や人物表現、そして彼女の悲劇の人生に感銘を受けました。宮崎輝は、常に大好きな作家なのですが、人生を描くときのリアルな描写力、彼の表現するリアリティーがすごい! 僕の作品に直接影響を与えたわけではないのですが、彼の書くものからは、自分とほぼ同じ感覚を受けるんです。まるで自分の考えを書かれているみたいに! 彼と僕は、すごく似た感覚を持っているのかもしれません。『錦繍』は、今まで読んだ中で最高の小説でした」  この夏、ビッグ・イベントが控えているという。 「香港のテルフォード・プラザというショッピング・センターで「Siuhak's mass landing 2011」というイベントを行います。7月18日から9月まで、僕の初の個展も開かれるなど、夏いっぱい、カーニバルが続く感じです。時間があったら、是非遊びに来てください!」 ■画像ギャラリー<画像をクリックすると拡大します/(c)小克>
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(取材・文=中西多香[ASHU]) siuhak-portrait.jpg ●小克 1974年、香港生まれの典型的なてんびん座。
96年、Hong Kong Polytechnic universityにて BA (Hons) Graphic design修得。
卒業後は、フリーランスで、イラストレーター、漫画家、アニメーター、脚本家、作詞家として活躍中。現在は杭州をベースに、香港を行き来している。 Web site : <http://siuhakfans.blogspot.com/> ●なかにし・たか アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com > オンラインTシャツオンデマンド「Tee Party」<http://teeparty.jp/ashu/>
「黄金戦士ゴールドライタン」オリジナル・サウンドトラック テコンVみたいな感じね。 amazon_associate_logo.jpg
■バックナンバー 【vol.15】「原点は日本のコミック」東南アジアを席巻する都会派クリエーター 【vol.14】エロ×宗教×故事が混在!? 中国版・寺山修司が造り出すカオスな世界 【vol.13】昼間はOL、夜は寡黙なアーティスト ソン・ニが描く秘密の快楽の世界 【vol.12】まるで初期アニメ ローテクを駆使する南国のアート・ユニット「トロマラマ」 【vol.11】「造形師・竹谷隆之に憧れて......」 1000の触手を持つ、マレーシアのモンスター 【vol.10】"中国のガロ系"!? 80年代以降を代表するコミック・リーダー ヤン・コン 【vol.9】大のラーメンおたく!? シンガポールデザイン界を率いる兄貴、クリス・リー 【vol.8】メイド・イン・ジャパンに憧れて...... 香港の文学系コミック作家・智海 【vol.7】「血眼になってマンガを追いかけた」海賊版文化が育んだ中国の新しい才能 【vol.6】裸人間がわらわら 香港ピクセル・アートティストが放つ"アナログデジタル"な世界 【vol.5】ダメでも笑い飛ばせ! 香港の国民性を体現したグラフィック・ノベリスト 【vol.4】「教科書はガンダムの落書きだらけだった」 香港・原色の魔術師の意外な原点 【vol.3】「懐かしいのに、新しい」 読むほどにクセになる"タイ初の日本漫画家"タムくん 【vol.2】 マイブームはBL!? 香港の腐女子が描きとめる、消えゆく都市の記憶 【vol.1】「 :phunk版ガッチャマンが作りたい」 シンガポール発のデザイン集団が描く夢

「耽美」から「ボーイズラブ」へ! 「JUNE」系とは何だったのか

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「JUNE」カルチャー第一線のお二人です

 男性同士の恋愛が描かれたファンタジーを"ボーイズラブ(BL)"と呼ぶのは、もはや周知の事実。そのBL文化が根づく過程で、美しい男性同士の関係が描かれた創作物を"耽美"と呼んだ時代があった。その"耽美"が、一ジャンルとして定着する上で大きな影響力を発揮した雑誌「JUNE(ジュネ)」をご存じだろうか? 1978年にサン出版より「COMIC JUN」として創刊された「JUNE」は(3号から改名)、小説やマンガ、イラストだけでなく、映画、音楽......など、当時のあらゆるカルチャーの"耽美"な部分をクローズアップし、「JUNE」文化を広げてきた。そんな「JUNE」イズムとは、何であったのか。6月26日に米沢嘉博記念図書館で開催された、耽美系文学の確立に貢献した翻訳家・柿沼瑛子氏と、元「JUNE」編集長・佐川俊彦氏によるトークイベント「永遠の6月(JUNE)」の模様をお届けしよう。