■『泣けるAKB48メンバーヒストリー 少女たちの汗と涙の軌跡』
劇場公演を900回以上(『AKB48 LIVE!! ON DEMAND』含む)見続けている"AKB48評論家"が紡ぎだすAKB48「圧倒的成功」の真相。本書の詳細はこちら。
http://www.cyzo.com/2011/06/post_7538.html
泣けるAKB48メンバーヒストリー 少女たちの汗と涙の軌跡 今こそ必読。
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「an・an」(マガジンハウス)6月
22日号
このごろ、「an・an」イズムを感じられない特集が続いていたため当レビューも自然消滅か......と心の準備をしていたところに、ストライクボールが投げ込まれました! 特集「片思いをかなえる114の方法」。恋愛とセックスの特集だけは外さないセンスで知られる「an・an」が一体どんな方法を教えてくれるのか、「マイバースデー」(説話社)のおまじないより効く方法なのか、楽しみにして見ていきましょう。

※画像はDVD『平野綾 ラブレター』
『大島優子写真集「優子のありえない日常」』
『前田敦子写真集「あっちゃん」』より
【メンズサイゾーより】
5月31日、声優、平野綾への殺害予告を行ったとして、警視庁は威力業務妨害の疑いで札幌市在住の作業員古市友一容疑者(24)を逮捕した。古市容疑者は今年4月から5月にかけ、掲示板「2ちゃんねる」に「今すぐあなたを殺しますので今すぐあなたを殺しに行きます」「平野綾を殺しました フジテレビピカルの収録スタジオを爆破します」などの書き込みを投稿。さらにTwitterでも、自身のアカウントから「今すぐ あなたを殺しに行きます」「死ぬ 死ぬ 死ぬ」など、リプライの形で平野本人に宛てて投稿を繰り返していた。繰り返される犯行予告に2ちゃんねるでは古市容疑者を監視するスレッドが立てられる事態にも発展していたという。逮捕を受け平野は、Twitter上にて心配の声を寄せたユーザーに対して「ありがとうございます。私は大丈夫です。色々とお騒がせして申し訳ありません」とコメントしている。かたや古市容疑者のほうは「書き込んだことは間違いない」と容疑を認めているという。
こちらの件はひとまず犯人逮捕に至ったが、殺害予告に悩まされているのは平野綾だけではない。先日、総選挙が行われたばかりのAKB48メンバー、大島優子に対しても10日、掲示板「2ちゃんねる」に殺害予告と思われる書き込みが発見されている。「え~本日、AKB48メンバー大島優子を殺害することをここに決意。時刻は9時過ぎです。血まみれにさせます。(略)ぶっ殺すなどというレベルではない。過剰殺傷だよw目ん玉飛び出すよ」と、きわめて過激かつ悪質な内容である。
AKB48メンバーへの殺害予告はこれだけではない......
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「RINKA NOT NOW!!」(講談社)
編集S 梨花が妊娠を発表したわね。11月に出産予定とか。
しいちゃん ブログでは、「実は今までに何度も流産してきてしまった私は.....、今回の妊娠を知った時、とっても嬉しい!けど正直不安で怖くてしかたなかった」「ゆっくり安静にしていたにもかかわらず今回も2度の切迫流産で、入退院の繰り返し.....」と喜びの裏にある悲しみ、苦悩を明らかにしてる。今も基本安静とのことで、主治医と相談しながら少し仕事をしている状況よ。ネットなどでは「安定期に入ってよかった」「無事に生まれてほしい」といった祝福や応援の声が多いわね。

撮影=後藤匡人
「脱力系」「自然体」と言われる、その独特の空気感に定評のある劇団「五反田団」主宰で作家の前田司郎氏。2009年に小説『夏の水の半魚人』(扶桑社)で三島由紀夫賞を獲得するなど、近年、劇作家としてだけでなく小説家としても高く評価されている。そんな彼の最新刊『ガムの起源 ~お姉さんとコロンタン』(光文社)が上梓された。辛酸なめ子氏による奇抜な装丁も話題の本書だが、その摩訶不思議な前田ワールドの原点に迫る!
――『ガムの起源』は、お姉さんと謎の生物・コロンタンが「ゴルフのはじめて」や「地獄のはじめて」、「ガムのはじめて」などさまざまなモノの起源を探すために時空を駆けめぐるお話ですが、どのようなコンセプトで書かれたんですか?
「光文社のPR誌『本が好き!』と『小説宝石』で連載していたものなんですが、当初は『まんがはじめて物語』(TBS系)の小説版を書こうと思っていたんです。1話完結で毎回いろいろなモノの"はじめて"を書こうとしていたんですが、1回目から1話完結にならずにどんどん続いていってしまって......。もっと短い予定だったんですが、気が付いたら長編になってしまいました」
――お姉さんとコロンタンというモチーフも『まんが――』からですか? かなりアレンジが利いているようですが。
「『まんが――』は幼稚園のときに見ていたので、アレンジをしたというよりは記憶の彼方にあったものだから、あんまりはっきりとは覚えてないですね」
――作中に、「直木賞を取りたい」とか「『ゴルフ』の章がちょっと長過ぎた」といった会話のやりとりが出てきますが、これは前田さんご自身の本音なんですか? 随所に散りばめられたこの"ぶっちゃけ"感が、独特のスパイスになっているように感じます。
「直木賞は取れないと思うんですが(笑)、"話がちょっと長過ぎた"というのは本音です。なんでもありだったんで、その時その時で思いついたことを書いた、という感じですね。きりがないから無理やり終わらせましたけど、どこまででも続けられるような感じでした」
――「前田」や「前田2」というキャラクターも登場しますが、これは前田さんご本人なんですか?
「そうですね。厳密に言えば違うのかもしれませんが、ほとんど同じです。最初から考えていたわけじゃなかったんですが、途中からストーリー展開に困ってしまって、それで登場させたんです。お姉さんとコロンタンが同じ方向を向いていたので、別の視点を持った人物として書いています」
――そもそも、いつごろから小説を書こうと思っていたんですか?
「幼稚園の時から空想をするだけでいいような仕事がしたくて、ずっとどんな仕事があるかと探ってたんですが、小4の時に物語を書いてみようという国語の授業があって、これはいけると思ったんです。そこから小説家になれたらいいなと思っていました」
――前田さんが一番好きな小説はなんですか?
「『赤毛のアン』ですね。16、17歳のころに読んだと思うんですが、登場人物に『どこかにいそう』な感じがするんです。別段いいやつもいないし、すごく悪いやつも出てこない。そういう、ちょっといいやつかちょっと悪いやつが出てくるというところに共感が持てるんです。僕は芝居もやっているので、リアリティーのことはよく考えます。物語を進めようとすると、作者に都合のいいすごく悪いやつとかがいた方が話を進めやすいから、どうしてもそういう人物を作ってしまいがちなんですが、そうじゃないだろうって気がしていて。それは小説にしても同じです。僕、『はぐれ刑事純情派』に出てくるような不良がすごく嫌なんですよ。女がいると必ず絡んできたり、チーマーだったら大声で怒鳴りながら絡んできたり......そんなやついないじゃないですか」
――今回の本に限らず、前田さんの小説を読んでいると、カッコいいことに対して恥ずかしがるというか、"照れる"という感覚を大事にされているように感じます。
「照れはすごく大事だと思っていますね。照れずにやっちゃうと気持ち悪いんです。カッコいいことを照れずにやると、見ている側が恥ずかしくなってしまいます。テレビドラマなんかでカッコいい人がカッコいいことを言っているのを見ると、自分はいったい何を見ているんだろうと思ってしまいます」
――演劇にしても小説にしても、前田さんのスタイルはよく「脱力系」と評されますよね。
「よく言われるんですが、僕としては一生懸命頑張ってるつもりです。劇評家の方とかがカテゴライズしたがる気持ちはよく分かるけど、そんなきれいに分けられるものじゃないし、意味がないと思うんです。『ゼロ年代』と言われても、それって2000年代のことじゃないですか。そんなのバカでも分けられますよ(笑)。よく"『五反田団』はゼロ年代の脱力的な日常を描いている"とか言われますけど、僕にとっての日常は同世代の人と比べたら非日常のものかもしれないですし。そういう評価は、あまり信用していないです」
――では、前田さんは何を書いているのですか?
「頭や言葉で考えても考えられないことを書けたらと思ってます。死ぬことや生きることについて、芝居や小説を使って考えることで、言葉で考えるよりもう少し深く、違った角度から考えられるんです。書いて何かを伝えたいということではなくて、書くことで何かを考えていますね。それが、お客さんや読者にとっても考える道具になったらありがたいと思います。老人だったり子どもだったり、いろいろな設定で書いていますが、何を題材にしても、自分としては同じことを書いているつもりです。『愛』とか『生きる』『死ぬ』といったことを考えるために書いているんです」
――あわよくば、それを誰かが面白がってくれたらいいと。
「ただ書くだけでは"商品"として成り立ちづらいから、ストーリーを付けたり、最初と最後を作ったりして、一応そういう体裁を保っているんです。糖衣みたいなもんです。薬に砂糖をまぶすみたいに食べやすいように甘くしているだけで、薬本来の効用は変わらないんです」
――小説と戯曲を書く際の違いは、どこに付けているんですか?
「戯曲の場合は生身の人間がしゃべるので、小説より恥ずかしいですよね。シリアスなことが恥ずかしくなるので、それをどう処理するかというところを小説よりも考えます。どちらもお客さんを驚かすことが必要だと思っているんですが、肉体があるのとないのでは違うので、そこに差がありますね。また、自由の方向が違う、という点もあります。例えば「男がいる」って書いたときに、舞台は一人立たせておけば大体こういう男だっていうのが明確ですが、小説の場合はその情報がすごく広いから、いくら「制服を着た30代の男」って書いても、そのとらえ方は人それぞれ違う。だから文章を重ねていって、その情報を狭めていくんです」
――では、小説と戯曲、どちらの方が書いていて面白いですか。
「それは小説ですね。戯曲は書いただけでは完成していなくて、そこに俳優が入って、演出が入って、照明や美術が入って、上演してお客さんが見て、初めて完成する。小説も読者が読んで完成するものだけれど、自分も読者として読めるからそこで完成しますよね。だから小説の方がすっきりするというか。でも、芝居と小説どっちが面白いのかは言えない。戯曲は芝居の一部でしかないですから」
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])
●まえだ・しろう
1977年、東京生まれ。劇作家・演出家・俳優・作家。和光大学在学中に劇団「五反田団」を旗揚げ。2005年『愛でもない青春でもない旅立たない』で小説家デビュー。08年『生きてるものはいないのか』で岸田國士受賞。09年『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞受賞。

画像:「週刊プレイボーイ 2011年7月
27日号」集英社より
【メンズサイゾーより】
江崎グリコ「アイスの実」のCMキャラクターに抜擢されたAKB48の研究生・江口愛実(16)が、CGによる合成ではないかとの疑惑が浮上し、14日からネット上などで大きな騒ぎとなっている。
12.5期生としてAKBに加入したという江口は、6月13日発売の「週刊プレイボーイ」(集英社)で表紙&グラビアデビューし、記事中で秋元康プロデューサーが「AKB、SKEを作ったのはこの子に出会うためだった」とべた褒め。「アイスの実」のCMでは、総選挙1位の前田敦子(19)と2位の大島優子(22)を脇に従え、いきなり"センター"のポジションを獲得している。
ところが、ネット上などで「顔が不自然すぎる」「CG合成では?」「静止画だと韓国デリヘルの写真みたい」との疑問が指摘され、画像検証によって目は前田敦子、鼻は板野友美(19)、口は篠田麻里子(25)など、メンバーの顔の一部分を貼り合わせて作られたCGキャラクターではないかとの説が浮上。江口愛実という名前は商品の正式名「江崎グリコ 一口フルーツジェラート アイスの実」からとったもので、誕生日がグリコの創立記念日であるなど、実在が疑わしくなる要素が次々と見つかった。
さらに、AKBメンバーの菊地あやか(17)が14日付のブログに......
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ブラピの子どもともなると、カメラごときで動じない
2010年に続き、11年もベビーブームに沸くハリウッド。殺伐とした世の中だから、家族のきずなを深め大事にしたいと思うのか、毎月のようにセレブが妊娠・出産を発表している。そんなセレブの幸せを、世間と分かち合ってもらいたいタブロイドは、連日セレブっ子たちを追い掛け回しパパラッチしている。それを有名税と考え、危害さえ加えなければよいと考えているセレブも増えており、アメリカ人にとってセレブっ子たちはとても身近な存在となっている。
今回は、セレブっ子たちの中でも、特に美しいと多くの人を夢中にしている「セレブの美形な子どもたち」をリストアップしてみた。

会場となった「セブンイレブンいわき豊間店」。
今年もそのビーチは、多くのサーファーや海水浴客で賑わうはずだった。東北地方でも有数の美しさを誇り、「鳴き砂の浜」としても有名な豊間海岸は、3月11日に発生した東日本大震災に伴う大津波で壊滅的な被害を受け、多くの死者・行方不明者を出した。3カ月が経過した現在でも1階部分が完全に破壊された民家群がその無残な姿をさらし、田畑には乗用車やトラックが転がっている。
そんな豊間地区の海岸線から目と鼻の先で営業していた「セブンイレブンいわき豊間店」もまた、がれきに埋もれた建物のひとつだった。店内に流れ込んだ木材や土砂や自動車が撤去されると、ひしゃげた鉄骨と天井だけが残っていた。
過日、同店の店長・金成伸一は、被災地取材に訪れたジャーナリスト・津田大介に、こんな話をしたのだという。
「つらいことはたくさんあるけど、ここで楽しいことをたくさんやって、楽しいことでつらいことを上書きしたい」
その思いが、ちょうど3カ月目の6月11日に、チャリティーライブ「SHARE FUKUSHIMA」という形で結実した。
■ボランティアツアーは即日完売
「SHARE FUKUSHIMA」の参加告知が行われたのは、開催のわずか2週間前。早朝に東京をたち、正午を挟んで被災地見学、がれき撤去やゴミ拾いなどのボランティア活動を行い、午後2時30分から約2時間のライブに参加し、夕刻に現地をたって東京に戻るというスケジュールのバスツアーは、たった1日で定員の84席を埋めてしまった。1万円のツアー参加費全額と義援金を合わせた100万円が、募金団体などを通さず直接いわき市豊間地区に寄付された。
「SHARE FUKUSHIMA」をプロデュースした津田大介は、こう語っている。
「ボランティアをやりたい人、こっち(被災地)でライブをやりたいと思っているミュージシャンはたくさんいる。ただ、まじめな人ほど、そういうものに二の足を踏んでしまうんです。そういう二の足を踏んでいる人の背中を押して、しかもそれが具体的な復興につながるようなことがやりたかった」

そんな津田の思いに共鳴したのが、音楽家・渋谷慶一郎とシンガーソングライター・七尾旅人。それに、いわき市在住のアーティスト・YDMだった。
5月9日に移動販売車による営業を再開した「セブンイレブンいわき豊間店」。むき出しになったフロアには不釣り合いなグランドピアノが運び込まれ、アンプセットやネット中継用の機材が次々に設置されると、簡易ステージが出来上がった。朝から降り続いた雨は上がったが、吹き抜けた海からの風には、ほんの少し腐敗臭が混じっていた。
「これから最高のライブが始まりますが、大きな地震が起きたら、このイベントをやめます。やめて逃げます。津波が来たら、あっちに高台があるので、あそこに逃げようということも決まっています。トラブルが起きたら、一緒に逃げましょう」
開演を心待ちにする参加者を前に津田がそうあいさつして、「SHARE FUKUSHIMA」は幕を開けた。
■3カ月目の「2時46分」、捧げられる黙とう
2時30分、渋谷と七尾による即興演奏から、ステージは始まった。渋谷のピアノに乗せて、七尾が言葉を、歌声を散りばめてゆく。やがて音楽が豊間の浜を包み込んだころ、渋谷のピアノがやみ、津田があらかじめ予定されていた一言をつぶやく。
「黙とう──」
2時46分だった。アーティスト、参加者、スタッフ、地元の方々、「SHARE FUKUSHIMA」に集まった100人以上の誰もが目を閉じ、1分間の沈黙を捧げた。あの日、すべてを奪い去っていった猛烈な津波の水面は、いま我々がいる場所の、はるか頭上にあったのだ。
長い長い1分間の黙とうの後、再び音楽は奏でられた。まずは渋谷がピアノソロを披露。まるで十指で語り掛けるようなその調べの合間を縫うように、地元のアーティスト・YDMがステージをカラフルなテープで彩っていった。最後に渋谷が「七尾の声をイメージして作った」という曲を演奏し、再び七尾とのセッションが始まる。
■被災地で歌う、ということ
七尾は震災後、精力的にチャリティーイベントなどでライブを行っているアーティストの1人だ。福島にも何度も足を運んでおり、その際いろいろな人と出会って生まれたのが、福島第一原発事故の影響で警戒区域となっている地域のことを歌った「圏内の歌」という楽曲だという。

七尾旅人氏。
「こういう場所で歌うことに、どれほどの意義があるのか分からない。いま、歌が意味を持つということはものすごく難しくて、津田さんが音楽イベントをやりたいって言ったときに僕も慎重になってしまって、どういう形だったらいいのかということをものすごく考えた。それでもやっぱり歌いたい曲もできてきて、この歌もそのひとつ。福島で歌うのは2回目です」
一言ひとこと、七尾はかみしめるように参加者に語り掛けると、ゆっくりとギターの弦を弾いた。
「子どもたちだけでも/どこか遠くへ逃がしたい/どこか遠くへ逃がしたい/離れられない小さなまち」
福島第一原発から50km圏内で奏でられたそのストレートなメッセージは、「SHARE FUKUSHIMA」スタッフによるUstream中継と、5名の中継班を現地に派遣した「ニコニコ生放送」によって、リアルタイムで数万人の視聴者に届けられた。
終演後、津田の紹介で、今回のライブの発端となった「セブンイレブンいわき豊間店」の店長・金成がステージに立った。「そんなに大した男じゃないよ」と照れ笑いを浮かべながらも、金成は参加者への感謝の言葉とともに、現地の苦しい状況と決意を打ち明けた。
「津波だけじゃなく、地震も、原発の問題もあって、地域のきずながズタズタになってしまったところもある。だけど、行政に頼るだけじゃなく、自分たちでこういうことを『やってみっぺ』と、何か始めてみたいと思った。そういう小さなことが、そのうち、大きな渦になっていくんじゃないかと。世の中には、いつも目の前に迷いがある。その中で、楽しい道を選んでいく。自分が夢中になれることに、夢中になっていく。そうすれば、道は開ける......っぺ!」
■「やってみたら、できちゃうもの」
搬出されるグランドピアノを見送りながら、「イベントのプロデュースなんてまったく初めてだった」という津田に話を聞いた。
「東京から連れてきた人たちに、被災地の現状を何の後ろめたさもなく見てもらって、それを持ち帰ってもらう。かつ、被災地のためになることをやってもらって、ライブを見て幸せな気持ちで帰ってもらうというパッケージを考えるまでは、すごく大変だった。でも、(七尾)旅人くんと渋谷くんがすごく共鳴してくれていたし、やれば絶対面白いイベントになるというのは分かりきっていた」

渋谷慶一郎氏。
参加した人、ネットで見ていた人には、この体験を「SHARE」してほしいと津田は語った。それが「SHARE FUKUSHIMA」の目的だった、と。
準備期間はたった2週間。グランドピアノの手配が整ったのは、わずか2日前だったという。演出スタッフとしてUstream中継を担当した編集者・伊藤ガビンは「回線がつながったのは開演の10分前。まったく、津田組はいいかげんでどうしようもないよ」と大口を開けて笑い、津田も「ガビンさんに言われたくないよ! でも、やってみたらできちゃうもの。信頼関係もあったしね」と今日一番の笑顔を見せた。
震災以降、Twitterをはじめとしてジャーナリスト・津田大介の存在感は日増しに大きくなってゆく。野暮と知りつつ、ずっと津田に聞きたかったことを聞いてみた。その猛烈なモチベーションは、いったいどこから来るものなのか、と。
「ソーシャルメディアの情報というのは可能性があるものなんだよっていうことを説いてきた立場だったので、最初はそれをどれだけ示せるかっていうのを自分で見極めたい気持ちもあった。正直な話、もっと役に立たないと思っていたけれど、思っていたよりも役に立ったな、というのが震災直後に見えてきた中で、じゃあこれから先、復興というところで、もっとソーシャルメディアの役割って大きくなるんじゃないかなって、ずっと感じていて。その中でひとつ具体例を作るというか、その積み重ねが大事だと思っているので、これが唯一の正解ではないけれど、ひとつのものとして面白いケースがつくれたんじゃないかなと」
確かに津田はこの日、土曜日の昼間に約100人の若者をボランティアとして被災地に連れ出し、100万円を現地に置いてきた。しかも、かかわった誰もが満足する形で、それを達成した。
その思いを、行動を、もっと多くの人が「SHARE」できたら──。
6月11日現在、東日本ではいまだ10万人近くが避難所で暮らし、罹災によって仕事や生活の目処が立たない方々はその何倍にも上るだろう。実際、ライブ後に立ち寄ったいわき市の久ノ浜地区では、2カ月前に訪れたままに(http://www.cyzo.com/2011/04/post_7045.html)、がれきの山が手付かずで残っていた。収束の兆しさえ見えない原発事故による被曝への恐怖は、静かに、しかし確実に東日本全体に広がりつつある。
それでも。
あの日の午後2時46分で止まった時計の針が、また少しずつ回り始めていることだけは間違いないはずだ。
(文中敬称略/取材・文=編集部)
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