【6.11 SHARE FUKUSHIMA】大破したコンビニでチャリティーライブ 被災地"圏内"に響く歌声

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会場となった「セブンイレブンいわき豊間店」。
 今年もそのビーチは、多くのサーファーや海水浴客で賑わうはずだった。東北地方でも有数の美しさを誇り、「鳴き砂の浜」としても有名な豊間海岸は、3月11日に発生した東日本大震災に伴う大津波で壊滅的な被害を受け、多くの死者・行方不明者を出した。3カ月が経過した現在でも1階部分が完全に破壊された民家群がその無残な姿をさらし、田畑には乗用車やトラックが転がっている。  そんな豊間地区の海岸線から目と鼻の先で営業していた「セブンイレブンいわき豊間店」もまた、がれきに埋もれた建物のひとつだった。店内に流れ込んだ木材や土砂や自動車が撤去されると、ひしゃげた鉄骨と天井だけが残っていた。  過日、同店の店長・金成伸一は、被災地取材に訪れたジャーナリスト・津田大介に、こんな話をしたのだという。 「つらいことはたくさんあるけど、ここで楽しいことをたくさんやって、楽しいことでつらいことを上書きしたい」  その思いが、ちょうど3カ月目の6月11日に、チャリティーライブ「SHARE FUKUSHIMA」という形で結実した。 ■ボランティアツアーは即日完売  「SHARE FUKUSHIMA」の参加告知が行われたのは、開催のわずか2週間前。早朝に東京をたち、正午を挟んで被災地見学、がれき撤去やゴミ拾いなどのボランティア活動を行い、午後2時30分から約2時間のライブに参加し、夕刻に現地をたって東京に戻るというスケジュールのバスツアーは、たった1日で定員の84席を埋めてしまった。1万円のツアー参加費全額と義援金を合わせた100万円が、募金団体などを通さず直接いわき市豊間地区に寄付された。  「SHARE FUKUSHIMA」をプロデュースした津田大介は、こう語っている。 「ボランティアをやりたい人、こっち(被災地)でライブをやりたいと思っているミュージシャンはたくさんいる。ただ、まじめな人ほど、そういうものに二の足を踏んでしまうんです。そういう二の足を踏んでいる人の背中を押して、しかもそれが具体的な復興につながるようなことがやりたかった」
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 そんな津田の思いに共鳴したのが、音楽家・渋谷慶一郎とシンガーソングライター・七尾旅人。それに、いわき市在住のアーティスト・YDMだった。  5月9日に移動販売車による営業を再開した「セブンイレブンいわき豊間店」。むき出しになったフロアには不釣り合いなグランドピアノが運び込まれ、アンプセットやネット中継用の機材が次々に設置されると、簡易ステージが出来上がった。朝から降り続いた雨は上がったが、吹き抜けた海からの風には、ほんの少し腐敗臭が混じっていた。 「これから最高のライブが始まりますが、大きな地震が起きたら、このイベントをやめます。やめて逃げます。津波が来たら、あっちに高台があるので、あそこに逃げようということも決まっています。トラブルが起きたら、一緒に逃げましょう」  開演を心待ちにする参加者を前に津田がそうあいさつして、「SHARE FUKUSHIMA」は幕を開けた。 ■3カ月目の「2時46分」、捧げられる黙とう  2時30分、渋谷と七尾による即興演奏から、ステージは始まった。渋谷のピアノに乗せて、七尾が言葉を、歌声を散りばめてゆく。やがて音楽が豊間の浜を包み込んだころ、渋谷のピアノがやみ、津田があらかじめ予定されていた一言をつぶやく。 「黙とう──」  2時46分だった。アーティスト、参加者、スタッフ、地元の方々、「SHARE FUKUSHIMA」に集まった100人以上の誰もが目を閉じ、1分間の沈黙を捧げた。あの日、すべてを奪い去っていった猛烈な津波の水面は、いま我々がいる場所の、はるか頭上にあったのだ。  長い長い1分間の黙とうの後、再び音楽は奏でられた。まずは渋谷がピアノソロを披露。まるで十指で語り掛けるようなその調べの合間を縫うように、地元のアーティスト・YDMがステージをカラフルなテープで彩っていった。最後に渋谷が「七尾の声をイメージして作った」という曲を演奏し、再び七尾とのセッションが始まる。 ■被災地で歌う、ということ  七尾は震災後、精力的にチャリティーイベントなどでライブを行っているアーティストの1人だ。福島にも何度も足を運んでおり、その際いろいろな人と出会って生まれたのが、福島第一原発事故の影響で警戒区域となっている地域のことを歌った「圏内の歌」という楽曲だという。
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七尾旅人氏。
「こういう場所で歌うことに、どれほどの意義があるのか分からない。いま、歌が意味を持つということはものすごく難しくて、津田さんが音楽イベントをやりたいって言ったときに僕も慎重になってしまって、どういう形だったらいいのかということをものすごく考えた。それでもやっぱり歌いたい曲もできてきて、この歌もそのひとつ。福島で歌うのは2回目です」  一言ひとこと、七尾はかみしめるように参加者に語り掛けると、ゆっくりとギターの弦を弾いた。 「子どもたちだけでも/どこか遠くへ逃がしたい/どこか遠くへ逃がしたい/離れられない小さなまち」  福島第一原発から50km圏内で奏でられたそのストレートなメッセージは、「SHARE FUKUSHIMA」スタッフによるUstream中継と、5名の中継班を現地に派遣した「ニコニコ生放送」によって、リアルタイムで数万人の視聴者に届けられた。  終演後、津田の紹介で、今回のライブの発端となった「セブンイレブンいわき豊間店」の店長・金成がステージに立った。「そんなに大した男じゃないよ」と照れ笑いを浮かべながらも、金成は参加者への感謝の言葉とともに、現地の苦しい状況と決意を打ち明けた。 「津波だけじゃなく、地震も、原発の問題もあって、地域のきずながズタズタになってしまったところもある。だけど、行政に頼るだけじゃなく、自分たちでこういうことを『やってみっぺ』と、何か始めてみたいと思った。そういう小さなことが、そのうち、大きな渦になっていくんじゃないかと。世の中には、いつも目の前に迷いがある。その中で、楽しい道を選んでいく。自分が夢中になれることに、夢中になっていく。そうすれば、道は開ける......っぺ!」 ■「やってみたら、できちゃうもの」  搬出されるグランドピアノを見送りながら、「イベントのプロデュースなんてまったく初めてだった」という津田に話を聞いた。 「東京から連れてきた人たちに、被災地の現状を何の後ろめたさもなく見てもらって、それを持ち帰ってもらう。かつ、被災地のためになることをやってもらって、ライブを見て幸せな気持ちで帰ってもらうというパッケージを考えるまでは、すごく大変だった。でも、(七尾)旅人くんと渋谷くんがすごく共鳴してくれていたし、やれば絶対面白いイベントになるというのは分かりきっていた」
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渋谷慶一郎氏。
 参加した人、ネットで見ていた人には、この体験を「SHARE」してほしいと津田は語った。それが「SHARE FUKUSHIMA」の目的だった、と。  準備期間はたった2週間。グランドピアノの手配が整ったのは、わずか2日前だったという。演出スタッフとしてUstream中継を担当した編集者・伊藤ガビンは「回線がつながったのは開演の10分前。まったく、津田組はいいかげんでどうしようもないよ」と大口を開けて笑い、津田も「ガビンさんに言われたくないよ! でも、やってみたらできちゃうもの。信頼関係もあったしね」と今日一番の笑顔を見せた。  震災以降、Twitterをはじめとしてジャーナリスト・津田大介の存在感は日増しに大きくなってゆく。野暮と知りつつ、ずっと津田に聞きたかったことを聞いてみた。その猛烈なモチベーションは、いったいどこから来るものなのか、と。 「ソーシャルメディアの情報というのは可能性があるものなんだよっていうことを説いてきた立場だったので、最初はそれをどれだけ示せるかっていうのを自分で見極めたい気持ちもあった。正直な話、もっと役に立たないと思っていたけれど、思っていたよりも役に立ったな、というのが震災直後に見えてきた中で、じゃあこれから先、復興というところで、もっとソーシャルメディアの役割って大きくなるんじゃないかなって、ずっと感じていて。その中でひとつ具体例を作るというか、その積み重ねが大事だと思っているので、これが唯一の正解ではないけれど、ひとつのものとして面白いケースがつくれたんじゃないかなと」  確かに津田はこの日、土曜日の昼間に約100人の若者をボランティアとして被災地に連れ出し、100万円を現地に置いてきた。しかも、かかわった誰もが満足する形で、それを達成した。  その思いを、行動を、もっと多くの人が「SHARE」できたら──。  6月11日現在、東日本ではいまだ10万人近くが避難所で暮らし、罹災によって仕事や生活の目処が立たない方々はその何倍にも上るだろう。実際、ライブ後に立ち寄ったいわき市の久ノ浜地区では、2カ月前に訪れたままに(http://www.cyzo.com/2011/04/post_7045.html)、がれきの山が手付かずで残っていた。収束の兆しさえ見えない原発事故による被曝への恐怖は、静かに、しかし確実に東日本全体に広がりつつある。  それでも。  あの日の午後2時46分で止まった時計の針が、また少しずつ回り始めていることだけは間違いないはずだ。 (文中敬称略/取材・文=編集部) ●SHARE FUKUSHIMA <http://www.asaho.net/share-fukushima/>
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山口もえも嵌められた洗脳セミナーの実態

無免許の“素人医師”が跋扈(ばっこ)しているのが、自己啓発セミナーだ。スピリチュアル、宗教の世界であるから、私たちは、洗脳のメカニズムをよく知って、自衛しなければならない。先日タレントの山口もえさんの夫で実業家の尾関茂雄容疑者(36)が無免許でキャバクラを運営した容疑で逮捕された。キャバクラ嬢には、若い女優やタレントも在籍していたようだ。その尾関容疑者が自己啓発セミナーを運営していたのは当サイトで既報の通り。じつは山口もえさんを初め、タレントや女優、さらに若手経営者も積極的に参加していた。一体どういう自己啓発セミナーだったのか。我々は尾関容疑者が実質的に代表を務めていた沖縄洗脳セミナーの実態について入手した。

事件を見に行く「伊豆詐欺!? 伊豆急 釣り銭の誤払い連発」

物事は、往々にして繰り返されるものである 伊豆急行(本社:静岡県伊東市、社長:川上正弘)の伊豆急行線伊豆稲取駅で、乗車券を購入した利用者から6月12日、「釣り銭が不足している」と指摘され、駅員が確認したところ、500円硬貨と50円硬貨を間違えて券売機にセットしていた事が6月13日に同社から発表があった。伊豆急行は、2010年の12月25日に今回と同様の釣り銭の誤払い事件を伊豆急行線川奈駅で起こしており、前回の教訓は生かされなかった様だ。他山の石だったのだろうか――。12日、伊豆稲取駅を利用している利用者が駅員に対して「伊東駅までの乗車券を購入するために2000円札を入れたが、釣り銭が400円しか出てこない。普通乗車券は1枚1150円なので釣り銭不足だ」と釣り銭の足りないことを指摘。

バカなことをした?イケメン俳優の止まらない苦悩と○欲

イケメン双子俳優として、人気者だったのも今は昔。早くも「あの人は今」状態に陥りつつある斉藤慶太&祥太兄弟だけど、最近はどうしてるのだろうか?2人を知るという女性から兄・斉藤祥太の近況が入ってきた!「仕事があまりなくて以前に比べると暇みたいですね。元カノのことが忘れられず『他の女を好きになれない』って言ってます」元カノとは、雑誌『CanCam』のモデルを務めていることから、女の子にはお馴染みのモデル南条有香。祥太はこれまでモデルのFやO、今や母親ながら離婚に向かってまっしぐらのSなど、蒼々たる美女たちと浮き名を流してきた。

セクハラ反対! 上司に立ち向かった部下

私達探偵は、色んな調査に遭遇し、証拠能力の高い撮影を要求される。その多くは「浮気調査」という浮気(不貞行為)の証拠撮影が占めるのだが・・・。さて、今回のミッションは?依頼者は、建築現場で働く20代男性作業員。「こんなヒドイ親方がいるんだ、とみんなにも知ってもらいたい」と記事にする事まで望んでいた、その相談内容とはいかに?とある現場にて、親方と作業を行う依頼者。昼の休憩に入り、トラックの物陰で弁当を食す二人。私たちは依頼者からの情報により、このトラックの陰になっている二人をコッソリ監視していると!? ・・・始まりました。
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【近親相姦】伝説の人気シリーズは禁断の中出し愛!

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カギはヒラリーの"愛人"? 下半身写真を送った米議員の辞職カウントダウン

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「私がビアンかどうかはとりあえず置いておいてぇ~」

 次期ニューヨーク市長選の最有力候補と言われてきたアンソニー・ウェイナー下院議員(46歳)が、ブリーフの中で硬く勃起したイチモツの写真を撮影し、twitterの女性フォロワーたちに送り付けた騒動。彼はタオルで局部を隠した自撮りセミヌード写真を送ったことも発覚し、病的なまでの露出好きナルシストであることが明らかになってきている。このような醜態をさらし続けているウェイナー下院議員だが、今なお議員の座にしがみついており、世間からは非難する声が上がっている。

「今度は大丈夫?」松田聖子、懲りずに4度目の全米進出へ

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日本で売れてたっけ?
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  恒例になった松田聖子の全国ツアーが6月12日からスタートしたが、聖子を知る音楽関係者から「聖子はツアーが終わり次第、4度目の全米進出を理由にロスへ行くつもりみたい。どうも、向こうに好きな外国人がいるようですね」という情報を提供された。  これまで、聖子はサンミュージック時代に、長女の沙也加を出産後、元夫の神田正輝と沙也加を日本に置いて、全米進出にチャレンジするべく準備を開始。ところが現地ニューヨークでは、ホテルで近藤真彦と密会している現場をフライデーされた。この時はサンミュージックの幹部が現地に飛んで、「フライデー」(講談社)の編集者と折衝。大きなスキャンダルに発展しないよう、必死に食い止めたのを記憶している。  しかし、懲りない聖子は1989年にサンミュージックから"身勝手独立"。その後、ジェフ・ニコルス君と深い関係に陥った。遊び気分の全米進出は、当然ながら失敗に終わった。96年には、デビューから所属していたソニー・ミュージックからユニバーサルミュージック(当時は、マーキュリー・ミュージック)に移籍。2度目の全米進出に挑戦した。  そのころ、ビートたけしがハリウッド映画に出演するというので、筆者も休刊になった隔女性週刊誌「微笑」(祥伝社)の編集者と彼の取材のためにロスに数日間、滞在した。この時、歌手として全米進出するためにロスに滞在している聖子が、ロデオドライブの近くにある高級ホテルのバーで、ハリウッド映画のプロデューサーと密会している現場を目撃した。遊び気分は治っていなかったと思った。その後、ダンサーのアラン・リードとの関係が発覚。"外人狂い"というありがたくないレッテルを張られてしまった。タダでさえ容易ではない全米進出なのに、男にかまけていたのだから、失敗は当然のことだった。  その後、ソニーに出戻った聖子は3度目のチャレンジを試みるが、これも失敗。3度の失敗で全米進出はあきらめたと思われていたが、2009年6月にユニバーサルに再び移籍したころから、4度目となる全米進出の話が持ち上がっていた。  しかし、ユニバーサル移籍後の聖子の実績たるや散々たるもの。当コラムでも何度も指摘してきたが、10年5月に発売された移籍第一弾シングルは、同社が連続ドラマの主題歌などの大型タイアップ案件を取ってきても、売り上げは伸びなかった。原因は、ソニー時代からの、自身の作詞・作曲能力に対する過信からだ。これでは、4度目の全米進出挑戦どころではない。  ところが、冒頭の音楽関係者は「ロスで知り合った外国人プロデューサーがいて、その彼と頻繁に連絡を取っているみたいですよ。極秘でロスに一人で出掛けているらしいです」と言う。  聖子には元整体師でマネジャーの座に納まった愛人のK氏がいる。それなのに、ロスに行く場合は、K氏は連れていかないという。なんとも怪しげだ。もし4度目の全米進出をするなら、今度はしっかり男断ちして、チャレンジしてほしい。ツアーの最終日は、8月7日のマリンメッセ福岡。それ以降の聖子の動向に注目したい。 (文=本多圭)
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「栄転or左遷」フジテレビ人事異動にあの女優の離婚が関係している!?

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※画像は「フェイク 京都美術事件絵巻」(NHK)公式HPより
【メンズサイゾーより】 芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、芸能界の裏側に横たわるオトコとオンナの深い業を掘り起こします。  女優の財前直見と別居中のフジテレビのドラマ制作センター室長のH氏が6月24 日付の人事で、系列局の北海道文化放送の取締役編成局長に異動になることが発表されて、「栄転か? 左遷か?」と業界では議論が分かれている。  財前といえば、所属事務所「研音」の後輩だった押尾学被告とドラマ共演がキッカケで熱愛が噂されたことがある。一時は、自称・元暴走族だった押尾被告に感化されたのか、財前もクロムハーツを身に付け、ライディングスーツ姿でヤマハのV-MAXを乗り回していたという。だが、押尾の女癖の悪さを知っていた関係者の忠告で、押尾被告とは別れたと言われている。その選択は正解だったと言えよう。その後、財前は主演したフジテレビのドラマ『スチュワーデス刑事』のプロデュースと演出を手掛けたH氏と2003年に入籍、06年12月に40歳で男の子を産み、高齢出産と話題になった。しかし、長男が誕生したころから夫婦関係はおかしくなったという。
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