
「週刊文春」6月16日号 中吊り広告より
第1位
「石川遼『無免許運転2カ月』なぜ見逃された」(「週刊文春」6月16日号)
第2位
「被災地の納棺師」(「週刊ポスト」6月24日号)
第3位
「スクープ 原発から60km人口29万人福島市内が危ない」(「週刊現代」6月25日号)
私の友人が緊急開発した「安心生活」という放射線測定システムがある。テレビ、新聞などでもずいぶん取り上げられたから、ご覧になった方もいるかもしれない。
これは10秒ごとに正確な放射線量を測定し公開表示、誰でも見ることができる。また、5分間隔で24時間計測した場合、計測データは2,000日分蓄積でき、累積放射線量の測定表も簡単につくれる。
このシステムは、5月末から6月初めにかけて、福島市、飯舘村、伊達市、南相馬市に設置された。6月下旬からは東京都庁周辺にも設置されるという。
福島市長は、設置することを大変喜んでくれたそうだが、大いなる悩みもあると打ち明けたそうだ。
それは、文科省が毎日発表する福島市の放射線量は、見事に年間20ミリシーベルトを越さない数値で推移しているが、市独自で測ったら、場所によっては20ミリシーベルトをはるかに超える数値になっているからだ。
この公開システムを設置することで、住民がその数値を自分の目で確認できるから、これ以上は隠しようがなくなる。しかし30万人近くがいる福島市の住民がすべて避難できる場所などあるだろうか。
設置したのは市庁舎前の植え込みの中で、高さは幼い子どもと同じぐらいの地上から50センチ。市長の言っていた通り、放射線量は年間20ミリシーベルトを超える数値が出て、連日、それを見ようと市民の人だかりができた。
友人によると、都庁前の植え込みの中でも、かなり高い数値が出たそうだ。今週の「朝日」と「AERA」が広範囲にわたる放射能汚染地図を特集しているが、東京でも葛飾区、足立区、江戸川区などの一部地域で、高い数値が出ていると報告している。
3位は、その福島市内が危ないという「現代」の記事。6月7日に、国際環境NGOグリーンピースが主体となって緊急調査が市内で行われた。
それによると、市役所から車で5分ほどの公園の盛り土から毎時6.3マイクロシーベルト。公園の隅の枯れ葉の固まりからも毎時4.2マイクロシーベルト。トイレ裏の雑草で毎時9.1マイクロシーベルト、入り口の排水路では毎時12.5マイクロシーベルトという高い数値が出たというのだ。
さらに、この公園ではセシウム134、セシウム137に加えてコバルト60も検出されている。
原発から60kmも離れた福島市でコバルトが検出されたのは、原子炉のメルトダウンで放出されたことを証明するものだと、九州大学特任教授の工藤和彦氏は言っている。
私立保育園「こどものいえ そらまめ」の正門周辺では、毎時19.6マイクロシーベルトを計測しているという。
グリーンピースのクミ・ナイドゥ氏は、「いまフクシマは、親が住むのに世界で一番つらい場所かもしれない。誰もサポートしてくれない。子どもに何もしてやれない」と語る。
もはや自主避難しかないと「現代」は書くが、今の政府の方針では、自主避難では原発補償の対象にはならない。しかも29万人全員ではなくても、例えば10万人が避難できる所などどこにあるのだろう。
永田町は、ポスト菅をめぐるバカとアホウの駆け引きがヒートアップしているようだが、そんなくだらないことは即刻やめて、日々刻々放射能を浴びている子どもたちを守るために、早急に手を打つべきだ。それとも永田町を福島に移して、放射能の恐怖を実体験しながら対策を考えさせれば、わが事として考えるようになるかもしれないが。
どちらにしても、国民の多くはポスト菅などに関心はない。
2位は、ノンフィクション作家・石井光太による被災地の納棺師の話。納棺師といえば映画『おくりびと』で一躍その存在を知られたが、これは岩手県釜石市に住む納棺師・千葉淳についてである。
石井氏は、被災地で遺族や遺体と出会うたびに、津波で命を落とした者たちの弔われ方が気になっていた。そのころ、千葉と知り合い、それならば僕の仕事を手伝ってみないかと言われたそうだ。
千葉は3年ほど前に葬儀社を退職して年金暮らしをしていたが、今は依頼があるときだけ納棺師として働いている。
廃校になった旧釜石第二中学校の体育館が遺体安置所になったとき、多くの遺体の取り扱いや葬儀社との交渉を、経験がある自分にやらせてくれと市長に申し出たのだ。
彼は死後硬直した遺体を、「腕や関節を揉み解して柔らかくしたり、それでも入りきらないときは棺を替えたり、向きを変えて袋に入れなければならない」が、千葉はそうするときも必ず遺体に語り掛け、こうささやくという。
「もうちょっと頑張って腕を伸ばそう。旅立つ前に着替えた方がすっきりするからな」
ある女性と亡くなった母親との話が出てくる。彼女が遺体と対面したのは、津波が起きてから1週間以上経ってからだった。時間と気温のせいで少しずつ腐敗が進み、褐色の斑点が皮膚に浮かび上がってきていた。
彼女は母親の遺体をしばらく見つめた後、自分の化粧道具を取り出して、このままの顔ではあまりにも寂しいから、お母さんに化粧をしてあげてくれないかと、千葉に頼んだ。
千葉は化粧をしながら、こう語り掛けた。
「最後にきれいにしてあげるからね。あなたの気に入るようにはできないかもしれないけど、精いっぱいやるから我慢してね。あの世でご先祖様に会ったときに恥ずかしくないようにきれいになるんだよ」
そうして化粧を終えると、千葉は化粧道具をお棺の中に入れるよう提案した。もしやり残した個所があれば、あの世で存分にお化粧するようにと声を掛けながら、それを入れた。
千葉の次の言葉が重く響く。
「遺体は誰からも忘れられてしまうのが一番つらい。だからこそ、僕を含めて生きている者は彼らを一人にさせないようにしてあげなきゃならないんだ」
千葉のような納棺師に送られた死者たちは、少し慰められ、旅立っていったのではないか。6ページだが、もっと読みたくなる、いいノンフィクションである。
今週の第1位は、17日(日本時間)から開幕する全米オープンを前にして、我らが石川遼に降り注いだ、「文春」発のスキャンダル。
大筋はこうだ。今年の2月5日から渡米し、マスターズなど6試合に出場したが、その時に石川は、現地の免許と国際免許を取ったのだそうだ。
4月12日に帰国してからは、自分で運転してゴルフ場へ来る姿がよく見られるようになった。だが、これが無免許運転だというのだ。
その理由は、海外で取得した免許には以下のような条件があるからだ。
「日本人が海外で国際運転免許を取得した場合、道交法により、3カ月ルールが適用されます。つまり、免許取得時の渡航が3カ月未満の場合、その国際免許は無効となり、日本国内で運転すると無免許運転になります」(警察庁交通局)
石川のアメリカ滞在は2カ月と少し。しかし、これを知って記事を書こうとした記者に、豪腕パパの勝美氏が「書かないでくれ」と連絡してきて、初めその記事は出なかった。
石川は「文春」が出た後、アメリカで会見をして無免許運転のことを謝罪した。だが、父親の圧力で記事を書かなかったゴルフ記者も情けない。
大相撲、野球、サッカー、競馬、ゴルフなど人気スポーツでは、事件化しない限り、そこに所属する記者クラブの記者たちは、内部のことや選手を批判する記事は書かない。ようやく20歳になろうかという若い石川には、まだまだ覚えなければいけない世の中のルールが多くあるはずだ。それを教えず、ただチヤホヤしているだけでは、中年おばさんたちの遼ちゃん応援団と同じではないか。
やはり、そうしたことができるのは週刊誌しかない。そう思わせる記事である。
日別アーカイブ: 2011年6月13日
アリバイ作り? かまってちゃん?「浜崎あゆみ、電車に乗る」騒動

※画像は
『ayu-mi-x 7 -LIMITED COMPLETE BOX』
avex traxより
【メンズサイゾーより】
歌手の浜崎あゆみがTwitter上でちょっとした騒動を巻き起こしている。
発端は9日の朝10時、あゆ本人が「田園都市線なう」とTwitterに投稿したことがきっかけだった。つぶやきとともに写真もアップされており、それには大きめのサングラスに帽子、肩見せトップスにデニム......というラフな装いの本人とともに、友人と思われる男性3人も写っていた。投稿直後、Twitter上には「えーーー!あゆが電車!」「ぁゅが電車って意外...どこ行くの」「それは一般人の乗り物だよ!」など驚きの声が続々投稿され、さらには「浜崎あゆみ、普通に電車に乗る!」とウェブニュースにも報じられる騒ぎに発展していた。
だがこれは嘘だったことが発覚する。あゆと親しくしていることで知られる、下着販売会社ピーチ・ジョンの元社長(現・取締役)野口美佳氏が同日18時に「これって空港のシャトルでないの?(笑)」とTwitter上でコメント。これに対してあゆも「かーちゃん、がーさす。笑」とつぶやきを返し、田園都市線ではなく空港のシャトルであることを認める流れとなった。よく見れば、木曜日の朝に「なう」と書かれた投稿なのにもかかわらず他の乗客が写っていないことや、あゆと一緒に写っている男性の手にはパスポートが握られており、つり革もない乗り物であることから、明らかに田園都市線でないことは分かるものの、信じてしまったファンは多かったようだ。
これに対してネットでは「完全にだまされた」と落胆するファンからのコメント......
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頻繁に出川哲朗に絡む岡村隆史、見ている側が心配になるテンション

無理しないで......
今回ツッコませていただくのは、復帰後のナインティナイン岡村隆史の"心の支え"に見えるもの。
『めちゃ×2 イケてるッ!』(フジテレビ系)でも『東野・岡村の旅猿~プライベートでごめんなさい~』(日本テレビ系)でも、最近、岡村がやたらと連発している言葉がある。
それは、ゲストとしてやって来る出川哲朗に対する、
6.11「脱原発100万人アクション」が全国で同時開催

一連のデモではおなじみになった手作りプラカード
【メンズサイゾーより】
去る6月11日、かねてから告知されていた、複数の市民グループの呼び掛けによる「6.11脱原発100万人アクション」が全国43以上の都道府県で行われた(著者確認による)。今回の企画が「デモ」ではなく「アクション」となっているように、街頭デモだけでなく、講演会や学習会、映画上映会、ディスカッション、ライブコンサート、写真展など多種多彩な形で展開された。
東京でも各地でデモや集会が実施されたが、中でも4月10日の「高円寺デモ」を企画した「素人の乱」http://www.shirouto.org/ が主催する「新宿デモ」には多くの参加者が集まった。
スタート地点の新宿中央公園には、雨模様だったもののすでに14時過ぎには目測で500~600人以上が集まっていた。スタート前には主催者あいさつの後、賛同者のスピーチやバンドの演奏なども行われた。その中には、5月7日の渋谷に引き続きタレントで歌手の藤波心氏によるメッセージや、アイドルグループ「制服向上委員会」の面々が「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を披露。参加者の喝采を浴びた。
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石垣島へ! 赤ん坊連れで検査を受けると思わぬ光景が見られますよ

(C)倉田真由美
4月に沖縄に行った時に娘ココが海を怖がってたので、無理やりにでも海好きにしたいと思い、3泊4日で石垣島に行くことにしました。旅行当日は朝6時の飛行機だったので、5時に羽田空港に行かなければならない。なので、夜中の3時起き! ということで、前日は夜8時ごろに妻くらたまと娘ココと3人でベッドに入るが、全然寝られない! それでもココだけでも寝かせないと飛行機の中で寝なくなるかもしれないので、無理やり寝かせることに。まあ、いつもココは夜10時前後に寝てるのでなんとか寝てくれた。で、オレと妻が寝たのは結局12時過ぎ。普段と寝る時間が変わらないわけで、そんな状態で夜中の3時に起きて旅行の準備するってのは完全に寝不足だよ。
【AKB48総選挙徹底分析 Vol.02】「絶対に夢をあきらめません」それぞれの人生劇場
"脱ネガティブ"を誓った北原が、昨年より3ランクアップし、一昨年とタイに。「去年よりもたくさんの票を獲得できたことがうれしくて、私のことを応援してくれる方がこんなにいるということが幸せです。13位という順位を胸に、13位以上の活躍ができるよう頑張っていきます」とコメント。じゃんけん大会の裏側に密着したドキュメンタリーDVD『リアル』で見せた感受性の強さも人気を後押しした。
■14位 27,804票 SKE48 チームS 松井珠理奈(09年19位、10年10位)
SKE48の若きエースに突き付けられた順位は年齢と同じ14という数字だった。そんな彼女の口から出たのは4回もの「感謝」という言葉。「総選挙が近づくにつれて不安になったり、去年よりも1つでもいいから上に行きたいという気持ちが大きくなっていきました。それよりも順位じゃなくて、私を応援して支えてくれているみなさんに感謝の気持ちを笑顔でお伝えすることができたらすごく幸せだなと思いました」と決意の弁。総選挙で初めて順位で松井玲奈に敗れたが、ブログで「れなちゃんも10位だしね! メディア選抜として、私ができないぶんまで、SKEの魅力をアピールしてきてほしいです!」と思いを託した。SKE48の看板を背負う14歳のその双肩に託された重責をはあまりに大きい。だが、チームSの円陣の掛け声にも登場する「感謝」の気持ちがある限り彼女は、これからもどんな試練にも打ち勝っていくはずだ。
■15位 26,070票 AKB48 チームK 峯岸みなみ(09年16位、10年14位)
「総選挙ではこの順位ですが、私のことを『一番だよ』『応援してるよ』という人たちがいるという何よりも大切なことを教えてくれたので、その大切なことを忘れずに頑張ります」とコメント。ノースリーブスとしての峯岸のソロ曲「私は私」の歌詞のように、自分らしさを大切に、テレビに出る機会を増やしていってほしい。
■16位 22,857票 AKB48 チームB 河西智美(09年10位、10年12位)
この1年は理由はあったとしても握手会への遅刻が目立ってしまった河西智美。だが、彼女が歌やダンスに高い志を抱いていることは知られている。「私は、本当にAKBが大好きだし、メンバーもスタッフさんも、そして皆さんが本当に大好きです。だから私は絶対に夢をあきらめません。これからも私を応援していてください」と語り、彼女の夢である「ステージで歌い続ける」をことを強調した。河西は総選挙で「選抜に入ったら初のソロ写真集を出したいなと思っています」と明かしている。倉持明日香から『AKB48のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で「歩くエロス」と評された彼女の小悪魔っぷりが発揮された写真集の発売に期待。
■17位 17,154票 AKB48 チームK 秋元才加(09年12位、10年17位)
この1年は試練の年だった秋元才加。だが、速報23位から6ランクアップで選抜復帰を果たした。チームKキャプテンながら選抜メンバーからは漏れることが多い秋元才加だが、過去2年総選挙のたびに選抜に復帰しており、それは今年も継続された。「昨年は本当にいろんなことがあって、AKB48としても皆さんに迷惑や心配を掛けてしまった。でもそんなときでも、メンバーやファンの皆さんがすごく支えてくれて......この1年間本当に皆さんに支えられているんだなとあらためて実感することができました」とコメント。確かに彼女には誤解を受ける出来事があったかもしれない。だが、それを自ら受け止め、謝罪し、傷つきながらも自分の信じる道を進んでいく彼女が、人を魅きつける力があるのだろう。速報23位での1,502票から17位での17,154票と、その伸びは11.42倍という今回のメンバー最高の伸び率を示した。
■18位 16,574票 AKB48 チームB 佐藤亜美菜(チームB:09年8位、10年18位)
09年は8位で初選抜となり「テレビや雑誌で見るAKBの子たちみたいにキラキラできないから、貢献できてないと思ってて......」と大号泣した亜美菜。昨年18位を経て今年は笑顔で壇上に上がることを宣言。「18位という素晴らしい順位をもらって選抜に入った今、自分がやらなければならないことを一生懸命やって、皆さんに『亜美菜に投票してよかった』って思っていただけるよう頑張っていきます」と晴れがましい笑顔で堂々と宣言し、その成長をうかがわせた。
■19位 16,455票 AKB48 チームK 横山由依(09年未加入、10年圏外)
チームK昇格、Not yet参加とメディア出演の増加というプッシュによってファンと同時にアンチも急増した横山由依。壇上で倒れそうになりながら、「たくさんのチャンスを頂いて、この場では伝えきれないくらいうれしくて......。19位という順位にふさわしい人になれるよう、投票してくださった皆さんに恩返ししていけるように頑張っていきたいと思います」と語った。号泣しながら絞り出したその一言一言には、彼女のAKB48への思いの深さをうかがわせた。
■20位 14,137票 AKB48 チームB 増田有華(09年25位、10年25位)
昨年10月の『AKB48秋祭り』でのカラオケ大会での1位、DiVAでの活動を経て、歌姫・増田有華が選抜入り。「私はこのステージでトロフィーを持つことに憧れていました。『選抜に入りたい?』と言われると強がりなのでいつも『自分らしくいられればいい』と強がっていました。これからはAKB48、そして新しく誕生したユニットのDiVAの一員として皆さんの心に響くような歌を届けられるように、自分をそして皆さんを信じて頑張ります」と決意表明。歌のポテンシャルは高いものの、これまで決して恵まれた状況にいたとは言い難かった彼女が、演技を経験したことで、歌にさらなる表現力を増し、新たなファンを増やした。
■21位 12,387票 AKB48 チームA 倉持明日香(09年21位、10年23位)
選抜当落線上に咲く"AKB48のくびれの女王"が再び選抜入り。「正直この時期になると毎年すごく不安で、ファンの皆さんから『僕たちがついている』『心配しないで』と温かい言葉を頂いて、本当に幸せでした。この21位という順位を私は誇りに思って、また明日から1年皆さんのために、自分のために精いっぱい頑張っていきます」とコメント。体調を崩せば怒る厳しい父・元プロ野球選手の倉持明氏から厳しいしつけを受け、総選挙後には、「ファン1号」として激励のメールをくれた優しい母に支えられ、7月には初の主演舞台に挑む。
(文=本城零次<http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>)
泣けるAKB48メンバーヒストリー 少女たちの汗と涙の軌跡 売り切れ店続出中。
マンネリが最大の武器! 「AneCan」モデルトリオが放つ、起死回生の一矢

「AneCan」2011年7月号(小学館)
今月号の大特集は「もえ・友里・麗子 私生活と、夢と野望!」。筆者が見出しを目にした時の興奮といったら、先月号で表紙にIKKOを発見した時の比ではありませんでした。ついに、編集部はこのテーマを投下してきたか!
今は三十路を過ぎても、結婚しても、女性モデルが活躍し続けられる時代。ひと昔前だったらモデルとして行き場を失っていたかもしれない3人も、変わらず看板を張っています。しかし皮肉にも、年齢や結婚という強制引退がなくなったことで、出ずっぱりになった「AneCan」モデルのマンネリ化=「AneCan」自体のマンネリ化。独身のもえ、ILMARIと結婚したエビちゃん、スピードスケートの金メダリスト・清水宏保と結婚した高垣麗子。果たして、どんな私生活と夢と野望が明らかになるのか! 嗚呼、期待で胸は高鳴るばかり。読み進めてまいりましょう。
「秋葉原事件」とは何だったのか 気鋭の言論人が追った加藤智大の横顔

北海道大学公共政策大学院准教授・
中島岳志氏。
2008年6月8日12時30分ごろ、東京・秋葉原で無差別殺傷事件が発生した。歩行者天国にトラックで突っ込み、ダガーナイフで通行人を切りつけるという残忍なこの事件によって死者7人、負傷者10人という被害者が出た。
その規模の大きさだけでなく、加害者である加藤智大にまつわる「非正規雇用」「ネット掲示板」といったキーワードがセンセーショナルにメディアを騒がせたこの事件。果たして、彼はどうしてこのような事件を起こすまでに追い込まれていったのか? そして、このような事件が引き起こされてしまう現代とは、どのような時代なのだろうか? これまで論壇誌などで数々の社会的な事件について寄稿し、今年3月にノンフィクション『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』(朝日新聞出版)を上梓した北海道大学公共政策大学院准教授・中島岳志氏にお話を伺った。
――秋葉原事件について中島さんは、事件発生当初からどのように動かれていたんでしょうか?
「事件直後からさまざまな取材の依頼が来たんですが、そのほとんどを断っていました。加藤の全貌が把握できず、語ることができなかったんです。裁判が始まり、実際に彼自身の言葉が語られるようになったのが昨夏ごろ。それから裁判に出席したり、加藤の出身地である青森に足を運んだり、彼の友人に話を聞いたりと本書のための取材を開始しました」
――裁判で見る被告の姿はいかがでしたか?
「小柄でびっくりしましたね。いつも同じスーツを着ているんですが、スーツに着せられているように感じました。線が細くて小柄な彼の体は、あの事件の大きさととても結び付きにくかった。また、裁判中はピクリとも動かず、感情の動きが外からは見えにくい人だなと感じましたね」
――本書では、加藤被告の精神構造を「ネタ化」「ベタ化」といった言葉で分析されています。
「彼が言っていることを整理すると、『建前』『本音』『本心』はどれも違うと主張している点がポイントです。現実の世界は、彼にとっては『建前』の関係で、本当のことなんて言えない世界です。一方、ネットは彼にとっては『本音』の世界でした。ただし『本音』と『本心』は異なります。例えば、彼は『ゲーセンでイチャついているカップルに火をつけたい』といった内容を掲示板に書き込んでいるんですが、これは『本音』だけど『本心』ではありません。本当に火をつけたいわけじゃないけど『うっとうしい』という気持ちはあるんです。その気持ちを『ネタ』にしているのが書き込みなんです。そして、その皮肉を分かってくれる人とベタな『友達』になりたかった」
――加藤被告としては、あくまで「本音」のレベルでの関係を求めていたんでしょうか。
「そうだと思います。ネットで知り合った人に、彼は自分の悩みを相談していました。そういう関係性を具体的に結びたいと思っていたんでしょうね。『ネタ』を繰り出せるのが自分の才能だと思っていたから、その『ネタ』を面白がってくれる人は彼にとって自分の才能を認めてくれる人だったんです。その承認を得た上で『ベタ』な悩みを共有でき、手を取り合える関係を望んでいたんです」
――この事件は、当初から非正規雇用の問題が語られていました。中島さんも以前非正規雇用者として働いていたそうですが、この労働形態についても問題を感じますか?
「僕は31歳まで一種の非正規で、不安定な就労形態だったんですが、僕の場合はそんなに過酷な仕事ではありませんでした。ただその不安はよく分かりますね。非正規雇用のつらさは代替可能性の問題です。『あなたでなくても別の誰かを雇ったらいい』という関係でしか扱われないんです」
――「自分でなくてもいい」という事実は、仕事のやる気も失わせますね。
「非正規労働者には『自分がいないと社会が回らない』『自分は重要な仕事をしている』といったアイデンティティーが初めから失われています。いつでも付け替え可能で便利な他者として扱われているんですね。これは人間としてキツいことです。自分の居場所と言えるようなものがないんです」
――仕事場だけでなく、家庭や友人関係の中にも、加藤被告はそのような居場所を持ち得なかった。
「けれども、それを持ち得た瞬間はあったんです。加藤にも真剣に向き合って話をしてくれた他者がいました。青森で加藤と一緒に仕事をしていた藤川さん(仮名)という人物がそうです。彼は加藤に『なに勘違いしてんだ!』と怒鳴り、しっかりと向き合ってくれた人でした。藤川さん以外にも、そうやって向き合ってくれた人が彼の人生には何人か現れます。加藤はそれらの人たちに本音を吐露し、涙を流すことがあったんですが、最終的には向き合うことができなかった」
■加藤智大に届く言葉とは?
――本書では藤川さんの発したような「言葉」の重要性にも言及されていますね。
「加藤のような人間にも届く言葉があると思うんです。彼が事件直前に派遣先で暴れた後に、掲示板に書き込んだのがBUMP OF CHICKENの『ギルド』の歌詞でした。バンプの曲が彼の根源的なところに届いたんですね。加藤のような人が何十万人といる社会に、どんな言葉を投げ掛けられるのか? 加藤を通じて自分と向き合いたいというのが本書の狙いのひとつでした」
――インターネット上に限らず、言葉は社会にあふれています。どうしてそれらの言葉は加藤被告には届かないのでしょうか?
「例えばネット上で『死ね』と言っても、加藤にとっては何の意味もありません。裁判中にピクリとも動かない彼が反応した言葉は、ある被害者からの『一つでもいいから世の中のためにいいことをしてください』というものでした。定型句ではなく、『なんとかあなたのことを理解したいから、あなたは自分と向き合ってほしい』という言葉に加藤は反応しました」
――「自分の言葉」でしっかりと向き合えば、加藤被告はそれに対して向き合うことができた。
「『自己責任』などの定型句が飛び交う世の中で、本当に他者に届く言葉を僕たちは発しているのでしょうか? 一瞬でも真剣に自分と向き合ってくれた言葉に加藤は動かされたんです」
――一方、加藤被告の発した「誰でも良かった」という言葉を中島さんはどのように受け止めますか?
「逆に言うと、殺したい人は特定の誰かではなかったんです。ただ本当に誰でもいいわけではありません。彼は『秋葉原』という場所を選んでいますよね。彼の価値観における世界の中心は秋葉原であり、秋葉原で事件を起こすということに意義があったんです。職場である静岡では意味がなかったんですね」
――お話を伺っていると、この事件はあらためて現代を象徴するようなものだったと感じます。
「加藤の暴力は他者に向かったから注目されましたが、その暴力が『自分』に向かうことで引き起こされるのが、毎年3万人以上の自殺者です。現代の日本社会は自殺と他殺が背中合わせなんだと思います」
――本書では、1995年のオウム事件以降続く、世の中の「分かりやすさブーム」への警鐘も鳴らしています。この「分かりやすさ」とはどういった種類のものでしょうか?
「分かりやすいことはもちろん重要だと思っているんです。けれども、現代では『分かりやすさ=単純化』と勘違いされています。以前、NHKの歴史番組『その時歴史が動いた』のリサーチャーをやっていたんですが、そこで感じたのが分かりやすさという名の単純化でした。そもそも『その時』に歴史なんて動かないんですよ。それなのに、さまざまな枝葉を切り、単一の原因に帰結させていってしまう。そもそも人間や世の中は合理的ではないし、複雑なものだと思うんです。それを丁寧に説明していくのが『分かりやすさ』ではないでしょうか。世の中は『○か×か』という結論に持っていきがちですよね。これはヤバいのではないかと思っています」
――確かに、メディアは物事を単純化して報道をしてしまいがちですね
「もっと重層的に考えなきゃならないんです。すごく短い時間で『秋葉原事件はこういう事件だった』という結論のような言説が生み出されてしまう。さらに、それで分からなければ、理解しようとする手だてすら放棄して『モンスター』と言い出すんです。さまざまなものを丁寧に見ようとしない時代になってしまったんじゃないでしょうか」
----―最後に、中島さんとして、全国にいる「加藤のような人」に対して、どんな言葉を投げ掛けられますか?
「もちろん一言で言えないからこんな長い本を書いたので、簡単なものではありません。ただ、ギリギリ言えることは自分を考えるためにこの『秋葉原事件』を読んでほしいですね。加藤が事件を起こすまでのプロセスを経ることで、自分はどう感じることができるのかという問いを持ってほしいです」
(取材・文・写真=萩原雄太[かもめマシーン]
●なかじま・たけし
1975年、大阪府出身。99年、大阪外国語大学外国語学部卒、2004年、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科博士課程修了。現在、北海道大学公共政策大学院准教授。学術博士(地域研究)。専門は南アジア地域研究、日本思想史。05年、『中村屋のボース』(白水社)で大佛次郎論壇賞を受賞。10年より朝日新聞書評委員を務める。
シリーズ震災から三カ月〜 あの日から3ヶ月・・・
あの日から、今日で3ヶ月が経ちました。
石巻だけでも、死者4,521人。約3,000人の方が今なお行方不明です。
3ヶ月目の朝は雨降り。
天も震災で亡くなった方々を偲び涙を流したのかな?
と、良い方向に考えてしまいます。
茶葉の出荷規制は正当か?風評問題の核心
放射性セシウムの暫定規制値は、1キログラム当たり500ベクレル。生茶葉だけでなく、加工段階にある「荒茶」や、商品として販売される「製茶」にも、この基準が適用されることとなった。荒茶になった段階で、濃度は約5倍になるという。そのため、多くの生産地の茶葉が規制値を超え、出荷規制の対象となった。



