
青木裕子『明るく楽しく』(辰巳出版)
7日発売の「週刊実話」(日本ジャーナル出版)がナインティナイン・矢部浩之とTBSの青木裕子アナウンサーの破局を報じている。二人は昨年8月に交際が発覚し、青木の出演する『サンデージャポン』の番組内でネタにされたり、矢部も関係を肯定するような発言をラジオや出演番組でしていたことから、結婚間近かともささやかれていた。しかし、「週刊実話」によればすでに矢部はコンパにいそしんでいるという。青木の近況についてもTBS関係者がこう証言する。

青木裕子『明るく楽しく』(辰巳出版)
7日発売の「週刊実話」(日本ジャーナル出版)がナインティナイン・矢部浩之とTBSの青木裕子アナウンサーの破局を報じている。二人は昨年8月に交際が発覚し、青木の出演する『サンデージャポン』の番組内でネタにされたり、矢部も関係を肯定するような発言をラジオや出演番組でしていたことから、結婚間近かともささやかれていた。しかし、「週刊実話」によればすでに矢部はコンパにいそしんでいるという。青木の近況についてもTBS関係者がこう証言する。

いわき市の久ノ浜地区。瓦礫の向こうには
静かな海が広がっている。
福島第一原発事故は一向に収束の気配を見せず、近隣のいわき市沖で調査用に採取されたコウナゴからは、またしても国の暫定規制値を超える放射性セシウムが検出された。
福島第一原発から"35キロ"近辺に位置するいわき市・四倉には、いまだ避難指示も屋内退避指示も出ていない。放射能への恐怖からトラックドライバーが寄り付かず、震災後しばらく物資が不足していたことは既報の通りだが、1カ月が経過した今、地元住民たちはどのように暮らしているのか。被災地いわきの今を歩いた。
■いまだに残るがれきの山
常磐道は「いわき四倉IC」までが復旧しており(※2011年4月10日時点)、首都高から約3時間で四倉地区の中心地「道の駅よつくら港」のある国道6号線にたどり着く。昨年7月にグランドオープンを迎えたばかりの「道の駅よつくら港」は、柱と屋根を残して津波に打ち抜かれている。
国道6号を挟んだ向かい側の木造住宅群は特に損傷が激しく、住人たちが忙しそうに廃材や廃家具を運び出している。一服していた地元の方に話を聞くと、食料や燃料などの物資については、もうほとんど不足はなくなってきているという。
「アレ(道の駅)が目の前にできた時は"ずいぶんと立派なのが建った"と思ったけど、今じゃほら、一緒だ」
地元に居を構えて30年以上になるという60代の男性。水産関係の仕事は復旧の目途すら立っていないが、とにかくできることをやるしかない、と笑顔を見せる。
「放射能は、そりゃ怖くないわけじゃないが、どうしようもないからなあ。こうやって片付ける家があるだけでもまだマシってもんだよ」
「何か困っていることはありますか?」と尋ねると、ぐしゃぐしゃに壊れた家の中に案内してくれた。
「これ、知り合いに頼んで安くしてもらったんだけど。こうなっちまって、なんだか申し訳ないんだよなあ」と、木くずと泥にまみれたドラム式の洗濯機を指さした。
■「体を動かしている時だけ、震災を忘れられる」
四倉地区の津波被害は、宮城県の気仙沼市や女川町に比べれば「全然大したことないレベル」(地元の20代男性)だという。それでも、1カ月たった今でも方々にがれきの山が築かれ、自動車が転がっているのだから、その威力は想像を絶するものがある。
土砂の詰まった布袋をネコ車に載せてヨロヨロと運んでいた40代くらいの女性から、荷を引き取りつつ声をかけた。
「ショックだったし、しばらくは大変だったけど、いつまでも寝てるわけにもいかないから。不思議なもので、こうやって体を動かして片付けをしてると、震災のことを忘れられるんですよ。おかしいでしょ?」
歩道には、家屋や路地に流れ込んだ土砂を詰めた布袋が、まるで土のうのように積み上げられている。今は穏やかに小波が打ち寄せているが、大津波を起こした海からは数十メートルしか離れていない場所だ。怖くないのか、と聞くと、
「怖いでしょう? 避難場所はそこの高台だからね。揺れたら必死で走りなさいよ」
アハハ、と記者の腕をたたきながらひとしきり笑うと、「ありがとう、助かりました」と空になったネコ車を押してがれきの山へ戻っていった。
四倉からさらに北上した久ノ浜地区には、常磐線の線路上に空っぽになった電車が乗り捨てられていた。海沿いの集落には、一階部分がごっそり抜けてしまった木造住宅が肩を寄せ合っている。重機の入った形跡もあり、片付けは着実に進んでいるようだ。
久ノ浜第一幼稚園の崩壊した園舎に、園児を連れた両親が訪れていた。この幼稚園に限って言えば、園児に犠牲者は出なかったという。
「ママ、あった、これ!」と、園児が真っ赤なおもちゃを掲げてうれしそうに顔を輝かせている。聞けば、4月からは15キロほど南下したところにある平第一幼稚園に編入することになり、ちょうどこの日が入園式だったそうだ。
■原発事故の前線からわずか10分 復興への意気は高く

J-ビレッジ前の検問。ここから先は
福島第一原発の20キロ圏内となる。
久ノ浜から6号を北上すると、ほんの10分ほどで原発事故の前線基地になっている「Jヴィレッジ」が見える。交差点で警察が検問を張っていて、それ以上進むことができなかった。ここが20キロ地点である。近隣のセブンイレブン広野町店には広い駐車場があり、警察車両が何台も止まっていて、真っ白い防護服とゴーグル、マスクを着用した作業員が数十人、車座になって地べたに腰を下ろしていた。
復興へ息づく町と、原発事故の前線が、まさに背中合わせなのである。
「とにかく、分からないことが多すぎる。(漏れ出している放射性物質に)人を殺すような害があるのかないのか、どのくらい危ないのか、避難した方がいいのか、今、こうやってる時も、ここの空気は吸っちゃいけないくらい汚れてるのか。いくら考えても分かることじゃないし、どうにもならないことばかりですよ。でも、がれきを片付けてると、どんどんきれいになるからね。生きてる感じがする。人間の体だってケガしたら治る、治そうとする、それと同じだよ」(四倉在住の30代男性)
事故を起こしている第一原発からわずか35キロ、いわきの市街地はエネルギーに満ちているように見えた。
政府は11日、20キロ圏外の一部地域について「放射性物質の年間積算量が20ミリシーベルトを超える地域」を「計画的避難区域」に設定し、避難を指示することを決定したという。その避難区域にも、いわき市は含まれていない。
日々、発表されてはコロコロと変更や訂正が繰り返される放射性物質の量についても、政府のあいまいな避難指示についても、話題を振れば住民たちはいら立ちと不安を隠そうとしない。だがその一方で、目の前に広がるいわきの町を元の姿に戻そうと、朝から晩まで汗を流して身体を動かしている。
この日、30人ほどの被災者の方々にお話をうかがったが、「避難指示が出てもここにとどまる」と答えた方は一人もいなかった。こうした住人の生命と健康を守るのが、政治の役割であるはずだ。政府には、適切な判断と指示が求められている。
(取材・文=編集部)
※当記事は、2011年4月10日(日)の取材を元に構成しております。取材に訪れた日の翌11日夕方、いわき市では大きな余震が立て続けに発生し、土砂崩れで3人の方が亡くなるなど、大きな被害が出ているそうです。編集部は犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、一日でも早くいわき市と東日本全域の被災地に暮らす方々に安寧の日が訪れることを願っております。
【サイゾーウーマンより】 4月7日、福島県郡山市にある避難所を「極秘訪問」したSMAPの中居正広。白いニットキャップにサングラス、大きなマスクで完全に顔を隠して黙々と作業を手伝っていたが、最後には正体がバレてしまいサングラスを外してあいさつ。「SMAP中居です。今日はプライベートですから......」と控えめに語りつつ「みんな元気に明るくいきましょう!」と激励の声をかけ、避難所を後にしたという。中居クンに最上級のリスペクトを!
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【メンズサイゾーより】
多くの外国人が働く六本木。クラブやバー、レストランが立ち並び、世界各国からの観光客も訪れる、日本随一の国際的な繁華街だ。
3月11日、日本を襲った東日本大地震。その後の計画停電の影響により、六本木からも明かりは消え、人通りも少なくなった。震災から2週間後、筆者は六本木に潜入取材に行った。学生時代に六本木の、とあるレストランでアルバイトをしていた経験があり、顔見知りの外国人も多いのだ。
震災後各国大使館から在日外国人に出された「避難勧告」。それなのにも関わらず、「私は今母国に帰ろうだなんて思わないわ」と、強い口調で言い切るルーマニア人女性に出逢った。彼女の名前はアナスタシヤ(愛称アナ)。真っ白な肌に美しいブロンド髪、濃い緑色の瞳、身長は170センチ。豊かな胸にスラっと伸びた美脚。モデル並みに美しい彼女は、来日して6年経つ。人妻で29歳......
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『贖罪』(朝日新聞出版)
覚せい剤取締法違反の罪で執行猶予中の元女優・酒井法子が6日、中国・北京を"電撃訪問"した。空港に降り立つや、現地メディアやファンからの大歓声。その姿は、往年の"トップアイドル"そのものだった。
訪中の目的は同国の薬物撲滅運動のキャンペーン。翌7日には北京市内で薬物乱用防止教育の施設を訪れ、関係者から「北京薬物撲滅ボランティア」の証書を受け取った。その後、なぜかテニスウエアに着替え、薬物防止のCM撮影にも臨んだ。
そんな酒井の姿に首をかしげるのが芸能事務所の関係者だ。
「執行猶予中なことに加え、日本は震災で大変な時期。ノーギャラの慈善活動とはいえ、このタイミングで目立つ行動をするのは反発を呼ぶと分かっていたはずなのに......。酒井側の人間は誰も止めなかったのか」
その裏には、やむにやまれぬ事情があった。酒井と親交のある人物は、「実は年明けから彼女の様子がおかしかったんです。感情の浮き沈みが激しいというか......。まだ定期的に通院して、精神安定剤や睡眠薬を処方してもらっているようですしね」と明かす。
既定路線と言われる芸能界復帰に対して、関係者は「執行猶予が明けてから」と繰り返している。そのことは酒井本人も承知していたが、昨年12月に出版した自叙伝『贖罪』(朝日新聞出版)は返品が相次ぐ大赤字となり、「彼女本人も焦りと不安を感じていた。そこへ巨大地震も来た。彼女のストレスは限界に達していたようで、周囲も息抜きという意味で訪中を勧めたようだ」(舞台裏を知る関係者)。
事実、現地で超VIP待遇を受けた酒井は、終始上機嫌で"のりピースマイル"を連発していたという。現地メディアでは5月に北京で行われる「東京ガールズコレクション」への参加も報じられているが、酒井に近い関係者は「それはあり得ない。執行猶予の身だし、ギャラが発生したら仕事になってしまう」と否定する。どうやら電撃訪中は芸能界復帰の足がかりというより、酒井の"心のリハビリ"の一環だったようだ。

中居クンに最上級のリスペクトを!
4月7日、福島県郡山市にある避難所を「極秘訪問」したSMAPの中居正広。白いニットキャップにサングラス、大きなマスクで完全に顔を隠して黙々と作業を手伝っていたが、最後には正体がバレてしまいサングラスを外してあいさつ。「SMAP中居です。今日はプライベートですから......」と控えめに語りつつ「みんな元気に明るくいきましょう!」と激励の声をかけ、避難所を後にしたという。

「婦人公論」2011年4月22日号(中
央公論新社)
今号の「婦人公論」の特集は「40代からが女の人生の本番です」。表紙にその文字がデカデカと書かれています。そしてその横には、38歳で結婚、39歳で第一子を出産した永作博美が......。なんかイヤ~な予感がします。女優としてすんごく美形というわけでもなく、グラマーでもなく、しばしば「ナチュラル」「自然体」といった形容詞で語られることが多いにも関わらず、「魔性の女」のイメージも併せ持つ永作博美は、しばしば「憧れの女性」として名前が挙がります。しかし、現実には一般の中年女性が「ナチュラル」と「魔性の女」を両立させるなんてぜーーったい無理。だって「ナチュラル」と「魔性の女」を両立させようと目論むその計算高さ自体、全然ナチュラルじゃないですもん。ストレートにナチュラル婆さんを目指すか、魔性婆さんを目指すかどっちかにしたほうが、よほど素直で好感が持てます。筆者個人は、「憧れの女性は永作博美」と言って、男をチラ見しながら無邪気にクシャッと笑うような女は信用しないことにしていますよ。
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