
"復讐バイオレンスもの"として甦った『トゥルー・グリット』。
作品の知名度に頼った近年の安易なリメイクブームに対して、
コーエン兄弟は現代的テーマを浮かび上がらせることで一線を画している。
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暴力と金に支配された現代社会をシニカルに描いた『ノーカントリー』(07)で2008年のアカデミー賞作品賞&監督賞&脚色賞を受賞したコーエン兄弟。同じ価値観を共有する兄弟がタッグを組むことで、年々激しさを増すハリウッドのコマーシャリズムの濁流に抗い、独自の道を歩んでいる。自分たちのアイデンティティーである1960年代のユダヤ人ファミリーを主人公にした半自伝的コメディー『シリアスマン』(現在公開中)に続いて、新作『トゥルー・グリット』では米国人のアイデンティティーである"西部劇"の名作『勇気ある追跡』(69)をリメイクした。『ノーカントリー』が"現代の西部劇"と称されただけに、『勇気ある追跡』の現代的なリメイクはまったく違和感がない。19世紀末の開拓期に起きた殺人事件の顛末を、いつものコーエン兄弟らしくシニカルに描き出している。撮影時13歳だった新人女優ヘイリー・スタインフェルドの健気さと、『クレイジー・ハート』(09)で名優の評価を取り戻したジェフ・ブリッジスの妙演もあり、コーエン兄弟史上最大のヒット作となっている。
原作者は別人だが、コーエン兄弟が監督したことで、『ノーカントリー』と『トゥルー・グリット』はよく似た内容となっている。『ノーカントリー』で無慈悲な殺人鬼に追い掛けられたコーエン作品の常連俳優ジョシュ・ブローリンが、『トゥルー・グリット』では14歳の少女に執拗に追われる。『ノーカントリー』では麻薬の取り引き現場に残されていた大金をネコババしたジョシュ・ブローリンだが、今回は牧場主を殺して、たった2枚の金貨を奪ったことから牧場主の娘マティ(ヘイリー・スタインフェルド)に地の果てまで追い詰められる。とは言え、開拓期の米国南部は少女がひとり旅をすることすら憚れる時代。そこでマティは、殺しのプロである保安官とは名ばかりの酔いどれジジイのコグバーン(ジェフ・ブリッジス)に金を払って復讐代行を依頼する。コグバーンがもらった金で飲んだくれることは容易に予測できたので、ちゃんと復讐を遂行するかどうかを見届けるため、マティは現地まで同行する。テキサス・レンジャーのラビーフ(マット・デイモン)も懸賞金の掛かったお尋ね者を捕らえるため捜索の旅に加わる。

1,500人のオーディションから選ばれた新人女優
ヘイリー・スタインフェルド。『レオン』(94)、
『片腕マシンガール』(07)、『キック・アス』
(10)に通じる美少女による復讐劇なのだ。
自分の決めたルールを頑なに守り、周囲の大人にまで強要する14歳の少女、生きるために汚い仕事にも手を染めてきた片目の酔っぱらい、弾道距離の長いカービン銃を持っているが、頭が固くて融通の効かないテキサスの田舎者という波長の合わない3人が、司法の手の及ばないインディアン居住区に逃げ込んだ獲物を追跡していく。マティたちが出発するのは米国南部アーカンソー州のフォートスミスという町だが、「セントルイス以西には法律は存在せず、フォートスミス以西には神も存在しない」と当時の米国では言われていた。法律も神も守ってくれない異界にまで少女は足を踏み入れ、父親殺しの犯人に天罰を与えようとする。だが、そのために予想外の血が流れ、指がもげ、死体の山ができていく。"人を呪わば穴ふたつ"で、少女自身も穴に落ち込み、大きな犠牲を払うことになる。
『勇気ある追跡』で酔いどれ保安官コグバーンを演じたのは、"米国映画史上最大のスター"ジョン・ウェイン。飲んだくれながらも、ここぞというときはバシッと決めるコグバーン役でアカデミー賞主演男優賞を獲得している。40年という時間を経て、この酔いどれ保安官を演じたのがジェフ・ブリッジス。『ラスト・ショー』(71)や『サンダーボルト』(74)で好演し、将来の大スターを約束されていたジェフ・ブリッジスだが、ジョン・ウェインが"無敵のヒーロー"を演じた旧き善き時代はすでに終わり、曲がり角を迎えた米国社会と米国映画界でキャリアを重ねることになる。『800万の死にざま』(86)や『フィッシャー・キング』(91)など、理想と現実の狭間にぱっくりと口を開いた深い溝に落ち込んで、もがき苦しむ"屈折した元ヒーロー"を演じることが多かった。『タッカー』(88)や『恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』(89)で芸達者ぶりを見せてはいたが、"米国でもっとも過小評価されている男優"と呼ばれ続けてきた。

アル中の老保安官、コミュニケーション能力に
難のあるテキサス・レンジャー、頑固な14歳の
少女による地獄への三人旅。ジェフ・ブリッジス
はモンタナの牧場主だけに騎乗アクションはさすが。
『アイアンマン』(08)ではコクのない悪役に甘んじていたジェフ・ブリッジスが、名優として再評価されたのが低予算映画『クレイジー・ハート』。豊かな才能に恵まれながらも、アルコールと女に溺れてしまった老カントリー歌手が、年齢の離れたシングルマザーと出会い、それまでの自堕落な生活を断ち切ろうとする。米国人にとって、西部劇と並ぶもうひとつのアイデンティティーと言える"カントリー・ソング"をジェフ・ブリッジスはしみじみと歌い上げ、昨年のアカデミー賞主演男優賞を受賞した。『トゥルー・グリット』の老保安官コグバーンも、過去のあやまちや日々の生活の煩わしさをアルコールで紛らわして生きながらえてきたが、自分の意思を決して曲げようとしない14歳の少女と出会うことで、コグバーンの心の奥底にずっと長い間眠っていた"トゥルー・グリット"が目覚める。現実世界でも、作品に恵まれ出した最近のジェフ・ブリッジスは俳優としてかつての輝きを取り戻したようだ。
『勇気ある追跡』のジョン・ウェインは"強くて正しいアメリカ"としてのシンボルを揺らぐことなく演じたが、同じ原作の『トゥルー・グリット』でジェフ・ブリッジスは目先の金銭やアルコールに踊らされながらも、心の中の"聖域"だけは懸命に守ろうとする年老いた一人の男をリアルに演じてみせる。両作品の間には40年間という歳月の中で米国社会が失ってきたものと、かろうじて残っているものがくっきりと浮かび上がる。リメイクした意義が、そこにある。そしてコーエン兄弟は、いつものオフビートな笑いの代わりに、泣かせには走らないオフビートな感動をクライマックスに用意した。
最後にジョン・ウェインとジェフ・ブリッジスの接点をもうひとつ。ジェフ・ブリッジスの出世作『ラスト・ショー』で閉館される映画館で最後に上映されるプログラムが、『赤い河』(48)だった。『赤い河』はアメリカの黄金時代に作られたジョン・ウェイン主演の西部劇の代表作だ。ジェフ・ブリッジスは、ヒーローに憧れながらもヒーローになれない男をずっと演じてきた。ジョン・ウェインのようなオールドタイプのヒーローにはなれなかったが、ジョン・ウェイン以上の名優と呼んで何ら差し支えないだろう。
(文=長野辰次)
『トゥルー・グリット』
原作/チャールズ・ポーティス 製作総指揮/スティーブン・スピルバーグ 監督・製作・脚色/ジョエル&イーサン・コーエン 出演/ジェフ・ブリッジス、マット・デイモン、ジョシュ・ブローリン、ヘイリー・スタインフェルド
配給/パラマウント ピクチャーズ ジャパン 3月18日(金)よりTOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開
<http://www.truegritmovie.com/intl/jp>









