AKB48は可愛くない、4年が限界!もしドラ著者が断言

2010年のベストセラーになった「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメントを読んだら』」著者の岩崎夏海氏が、女性自身2010年12月28日号で大胆な発言をしている。岩崎氏は記事の冒頭で、次のように述べる。「『歌・ダンスが下手、かわいくない』そんな声を耳にすることがありますが、彼女たちは自分で重々承知しています」。お気に入りのメンバーを「かわいい」と絶賛している熱心なAKBファンの人々が聞いたら、ショッキングな一言に違いない。岩崎氏は、AKBの元アシスタントプロデューサーである。「もしドラ」の登場人物のモデルがAKBのメンバーであることは、今やファンの間では有名な話だ。その岩崎氏が宣告する、「アイドルはとても短命で、20代前半には卒業しなければならない。タイムリミットを持つはかない存在です。AKBの平均余命は4年でしょう」。

日本人が作った日本人のための… ジパングカジノ

今回紹介するのは、日本人が始めた日本人のためのカジノ。英語に不安のある方・初心者はここを選んでおけば間違いなし!ジパングカジノ ゲームや登録説明が日本語なのは当たり前。サポートまでも24時間・日本人による対応です。チャットサポート、電話サポート、メールサポートと万が一のトラブルにもばっちり対処してくれます。普通のオンラインカジノは、海外の会社が日本語版を公開している形がほとんどで、日本人による日本人のためのカジノは、ジパングだけです!!『SPA!』さんでも取り上げられたりと、日本のオンラインカジノファンの間では人気のカジノです。ジパングカジノの名物のひとつが、ライブゲーム。

仲良し親子の裏に見える、「STORY」世代の複雑な母娘関係

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「STORY」(光文社)2011年2月号

 「ニッポンの40代はもっともっと若くなる!」という、ダーウィンの進化論を真っ向から否定するテーマを掲げ、バブルの匂いを引きずる40代女性の生き方を全面的に肯定し続ける「STORY」ですが、ここ最近は相方である「美STORY」(ともに光文社)の激しいキャラ立ちや、40代向け女性誌「GLOW」(宝島社)の創刊など、方向性に若干の迷いも見られます。そもそも、イケてる旦那と自慢の子どもに囲まれて、所帯染みたことは何も気にせずカワイイ私(はあと)を夢想する雑誌なのに、このところは激しい「働け」押し。ウォッチャーとして、今後の展開は非常に気になるところです。

上野樹里主演NHK大河 関連商品が"少女漫画タッチ"なワケ

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NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』より
 滋賀県長浜市。上野樹里主演の2011年NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』の主人公・江の出身地だ。先日、長浜を訪れると、妙な現象が起こっていた。  当然のように駅前や街のいたるところにポスターなどが貼られていたりするのだが、どこか少女漫画テイストな見た目のものが、やたら多い気がする。  ドラマと連動して開催される博覧会イベントのビジュアルがまず、少女漫画風(しかもちょっと古め?)だし、土産物店に並ぶ「浅井三姉妹ロールケーキ」「戦国三姉妹物語」といったお菓子なども、少女漫画タッチや美少女アニメキャラ風のパッケージに包まれている。グッズもちらほら出始めていて、可愛いキャラクター化された三姉妹が、滋賀ということもあり、ひこにゃんグッズと並んで土産物コーナーをにぎわせている。  書店を見ても、関連書籍の表紙(中身も)は少女漫画風/美少女アニメ風のものが多い。一昔前までは歴史関係の書籍といったら、たとえば「歴史群像」シリーズのような、どちらかというと荘厳なタッチのものが定番だったりしたのだが。今回少女漫画風のものが多いのは、なぜなんだろうか。歴史物の取材を担当する記者に聞いた。 「近年の『歴女』ブームしかり、ゲームや小説、ライトノベルの世界などでは特に、戦国武将の人気があるんですね。そこでやたらと美形に描かれるようになってきているのですが、その女性版だと言えます」  今回の大河ドラマは、浅井家の三姉妹を描く物語となるが、長女の淀が宮沢りえ、次女の初を水川あさみ、主役の三女・江を上野樹里が演じる。前出の記者は言う。 「キャスティングからして、"美人姉妹"というところがまずクローズアップされてますよね。とくに序盤は『若草物語』的というか、仲良し美人三姉妹の描写を押し出しそうです。それが、歴史の波にのまれて、三人それぞれ激動の人生を送っていく。そんな要素が少女漫画の空気にうまくはまるんじゃないでしょうか。アキバ系の萌えキャラとしても、それぞれの性格などでキャラクター分けなんかをすると使い勝手もよさそうですしね。『オレは江ちゃん推し』とか、『淀サマ、ハァハァ』みたいなノリも出てくるかもしれません(笑)」  たとえば三姉妹の母が織田家の出身でありながら、浅井家は信長に城を攻め落とされてしまう。さらに長女の淀が秀吉の側室になった一方で三女の江は徳川家に嫁ぎ、三代将軍の家光を産んでいたり、確かに波乱に満ちている気はする。あるテレビ関係者は言う。 「脚本を担当するのが、『篤姫』の田渕久美子ですからね。『篤姫』は恋愛要素を多く導入したことで、韓流ドラマに熱中する主婦層に支持されました。今回も、運命に翻弄されながら強く生きる姉妹たちというのが、また主婦ウケがよさそうです。それこそ、そのちょっと古めの少女漫画を見て育った世代でしょうしね。ですから、そういった漫画的な雰囲気を前面に出すのは合っているのかもしれませんね」  大河ドラマ50作記念作品でもある『江』。1月9日の初回放送で、その描かれ方を期待したい。 (文=太田サトル/「サイゾー裏チャンネル」より)
お江 確かに。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 「まるでBLドラマ」NHK大河『天地人』に腐女子が熱視線!? 司馬遼イメージそのまま!? 『龍馬伝』"人斬り以蔵"佐藤健に意外な高評価 時代遅れのヒーローでも構わない!? 開き直ったキムタクが背負う"SMAP"の重み

ゼロサムゲームでは勝ち目なし!? 迷走する日本外交がとるべき戦略【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
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■今回の提言 「日本の外交は、大国ぶらず、せこくロシアを苛立たせろ!」 ゲスト/廣瀬陽子[政治学者] ──社会の現状を打破すべく、若手論客たちが自身の専門領域から、日本を変える提言をぶっ放す! という本連載、今月のゲストは政治学者の廣瀬陽子さん。旧ソ連地域を専門にする広瀬さんに、民主党の外交能力への疑問点や、外務省が抱える組織的な問題点について、率直な意見をうかがいます。 荻上 アジア外交、対中関係をテーマにした前回に続いて、今回は旧ソ連地域をご専門にしている国際政治学者の廣瀬陽子さんに、対ロシア外交についてお話をうかがいたいと思います。去る11月1日、メドヴェージェフ大統領が日本の呼びかけを無視して、ロシアの元首としては初めて北方領土の国後島を訪問しました。対米国の普天間基地問題、対中国の尖閣諸島問題に続き、民主党政権の外交的能力のお粗末さに対する批判が高まっています。米オバマ政権も経済と外交という二重の課題に苦しんでいますが、日本の民主党も同様の苦境に立たされているわけです。  まず、今回の訪問の背景には何があったのかを、あらためて語ってみましょう。すでにこの問題については「シノドス」責任編集のオピニオンブログ「SYNODOS JOURNAL」でも廣瀬さんに分析していただいたように、ロシアの国内政治や日本側の弱み、あるいは経済的事情など、さまざまな要因が絡んでいるわけですが、中でもどの要素に注目すべきだと思われますか?   廣瀬 一番はロシア側の内政事情だと思います。メドヴェージェフとしては、2012年の大統領選挙を見越して、大統領としてのポジションを固めておきたいという思惑があります。特に強硬なイメージの強いプーチン首相と対抗するため、少なくとも見劣りのしないレベルにまでは自分のステータスを高めておきたいと。これまでは2人の役割分担の中で、首相が外に出ることが多かったんですが、理知的で安定志向のイメージが強い自分だけど外交もちゃんとできるぞ、と振る舞いたかったんですね。加えて、国内全域に目を配って国民の繁栄に尽くしているぞ、と二重のアピールができますから。 荻上 どの国も外交ステージを巧みに使って、自国民にメッセージを発するわけですからね。ロシアは「南」「西」「東」にそれぞれ大きな課題を抱えていました。しかし今では、「南」の中国とは、中ロ国境協定による領土問題の解決以降、良好な関係構築に向けて動いており、「西」にはコーカサス地域などの課題が山積みではあるものの、EU、NATOとの関係も進展している。そうしたロシア内部の事情を踏まえれば、「次は東をにらむか」という流れはとても理解しやすい。結果的には、メドヴェージェフらの「政治家としてのポイント稼ぎ」という行動原理でなされた外交戦略に、日本政府が振り回された形になるわけですね。 廣瀬 そうですね。特に中国とは04年くらいから信頼調整のスタンスに入っていて、かつアジア全体の枠組みの中では、ロシアは経済パートナーとしても日本ではなく中国を重視しようという方針を決めてしまったところがあります。そういう意味でも、日本はもう切り捨てられてしまう存在になったともいえる。欧米との関係は、08年のグルジア紛争で一時冷却化しましたが、ヨーロッパとはわりとすぐ修復しましたし、アメリカとも09年にオバマ大統領が「リセット」を宣言したことで、特に今年に入って急速に関係が改善しています。実際、11月20日のNATOリスボンサミットにもメドヴェージェフが赴いてアフガニスタン政策への協力を表明しただけでなく、共同のMD計画を構想していくというようなレベルにまで踏み込んだ話が出ましたし、周りの問題が片付いて余裕ができたから、日本に対しては強硬に出ても大丈夫だ、という判断になった可能性は高いでしょう。 ■国内の対立が台無しにした北方領土問題のゆくえ 荻上 反対に、日本はどんどん余裕を失っている。韓国、ロシア、中国と、急成長している国が隣国に三カ国もある一方、長期不況の泥沼から一向に抜け出せないでいます。インドや中東などの新興国に注目が集まる中、そのプレゼンスは下がる一方。かつての日本には、とりあえずは経済的優位があり、各国にカネを出すことが最大の外交カードになっていた。しかし、今となってはその見返りも期待できない。少なくともロシアに関しては、無駄金を使っただけで、北方領土問題の解決や緊張の緩和、あるいは各産業の市場における優位性の確保といったリターンは、ほとんど得られなかった気がします。 廣瀬 日本は希望的観測が強すぎた感がありますね。さんざん援助をしてきたわけですが、ロシアがまだ弱いうちにそれを刈り取る努力をすればよかった。多分、ソ連崩壊直後のエリツィン時代くらいが一番狙い目だったわけですが、その貴重なチャンスを逸したことが今となっては大打撃だったと思いますね。ロシアは00年代には石油・天然ガス輸出で経済大国になってしまい、外交的にも強気に出るようになってしまいましたから。日本の北方領土交渉における主張が、常に四島一括返還の一点張りで、まったく柔軟性を見せなかったことが一番の問題だと思うんです。二島返還であれば、かなりの可能性で実現していたのではないかと。 荻上 二島返還論は、ロシア側も最初から交渉のテーブルには載せていたわけですからね。ただ日本国内では反発が強い。北方領土問題については、二極の理想論同士の対立もありました。ひとつは非妥協的な四島返還論、もうひとつは四島を主権棚上げの特区にし、ビザなし交流をすることで和平の象徴にしようとする共同開発路線。ビザなし交流については、一応限定的には実現したわけですが、それ自体は明確に四島返還に向かうわけでもなければ共同開発に向かうわけでもない、すごく中途半端なステップになってしまった。どちらの理想論にせよ、本気で交渉のテーブルに出していくにはハードルの高い路線のため、「まずは」二島返還を目指すべき「だった」というのが、廣瀬さんのお立場ですね。 廣瀬 はい。「ビザなし交流になんの意味があるんだ」という意見もありますが、ビザなしでも行ける状態になっていること自体が、他のロシア領とは違う土地だとロシア自身が認めているということなので、やはり日本にとっては大事なポイントだと思うんです。それは戦後、日本の外交官がこつこつ積み上げてきた成果だったのは間違いないんですよ。でも、そのビザなし交流についても、09年頃からロシアが否定し始めるようになってきて、いよいよ日本の足がかりが失われつつあるのかもしれないという気がします。 荻上 日本はほとんど、ジャイアンにカツアゲされるのび太みたいな状態になってきている。かつてはアメリカと経済成長という名のドラえもんが後ろ盾だったけれど、最近どうもドラえもんもいないらしい、だったら歯止めなくいじめ抜いてやれと。

演技にも悪影響!? 中居正広の困った癖は「舌をちょびっと出す」

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「お見苦しくて申し訳ございません」
【サイゾーウーマンより】  「なくて七癖」という言葉があるように、癖というのは自分で意識していなくてもついついやってしまうモノ。ジャニーズタレントも例外ではなく、特に「爪を噛む」癖が目につきやすく、TOKIO長瀬智也や嵐・相葉雅紀、V6井ノ原快彦などが最近までそんな仕草を見せていた。また、KinKi Kids堂本剛はテレビで自ら語っていたように、照れたり緊張すると髪をいじってしまう癖が目立つ。自分自身の心情が垂れ流しになってしまうという意味で、ちょっと不自由な癖と言えそうだ。
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AKB48黎明期を支えたファンの"夭逝" NMB48が歌い継ぐ「ライダー」誕生秘話

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『teamA 3rd Stage「誰かのために」』
(DefSTAR RECORDS)
 5年の活動で、関連グループを含め350曲以上のオリジナル楽曲があるアイドルグループ・AKB48。その中で、唯一特定のあるファンをモチーフにした楽曲がある。それが2006年8月から07年1月に行われたチームA3rd公演『誰かのために』の7曲目「ライダー」。AKB48を活動10日目の05年12月18日から応援し続けた故・福原浩文さんに捧げられた1曲だ。  バイクが好きで"ライダー"の愛称で知られた彼は、連日AKB48劇場に通っていたが、06年6月16日に劇場で倒れ、病院に搬送された後、7月1日、不帰の人となってしまう。32歳で夭逝した彼のエピソードは、ファンブック『48現象』(ワニブックス)で6ページに渡って紹介されている。  そんなファンの思いが詰まった楽曲を含む『誰かのために』公演を、11年1月1日から大阪・なんばを拠点に活動を開始するNMB48が披露することになった。そこで、福原さんのご家族の許可も得た上で、彼の親友で同じくAKB48ファンのYさんに、福原さんとの出会いから楽曲誕生の背景、年月を重ねた現在の思いを語っていただいた(以降、「」内はYさんの言葉)。 「福原くんとは94年に指圧師の専門学校で会いました。お互い格闘技やアイドルが好きだったことから懇意になりました。翌年、福原くんはボクシングを始め、その後プロデビューも果たしています。ボクサーは引退しますが、それからお互い指圧師の道に進み、05年12月に彼はAKB48と出会います。駒谷仁美さんと渡邊志穂さんの二人(現在は両名とも卒業)を推していましたね。メンバーをあえて苗字で呼ぶ声援をしたり個性的な面もあったけど、ほかのファンの方からもその熱心な姿勢は認められていたと思います。メンバー全員にまめに手紙を書いていたし、『桜の花びらたち』の全国イベントでは、北海道、金沢、大阪、名古屋などにも遠征。その時も、AKB48のハッピを着たまま飛行機や新幹線に乗っていました。それは彼が周囲の視線を気にしない人間だったのではなく、AKB48をより世間に広めたい一心だったからだと思います」  Yさんは福原さんに誘われて、06年1月6日にAKB48劇場に足を運び、それから一緒に劇場に通うようになる。現在チケットは一般3,000円だが、当時は1,000円。しかも、ファンは多くても70人ほどしかいなかったという。だが、2月4日には初の劇場満員公演を迎え、4月にチームKが発足し、チームAは2nd公演『会いたかった』がスタートし、次第にファンは増えていく。劇場で知り合った共通の友人もできる中、06年6月16日は、Yさんにとって忘れられない日となる。 「その1週間前から福原くんは『風邪をひいている』と言っていました。6月16日は大江朝美さん(現在は卒業)の生誕祭で、チケットが早く売り切れてしまったんです。徐々にAKB48の人気が出ているのを実感しつつ、劇場には僕と福原くんともう一人友人が一緒に来ていて、食事に行こうと彼を誘ったんですが『体調が悪い』と言うので、とりあえず僕は友人と食事に出ました。そして劇場に戻ると、福原くんがトイレの入り口で倒れていたんです。彼が『救急車を呼んでください』と言うので、劇場のスタッフにも相談すると、迅速に対応してくれて、救急車を呼びました」  Yさんは福原さんの救急車に同乗し、東京医科歯科大学へ向かう。福原さんは脳内出血の可能性があり、精密検査の結果、緊急手術を行った。小康状態となるが、再出血があり、集中治療室に入ることになる。そんな福原さんの容態をAKB48サイドに伝えるかどうかは大いにためらったが、友人と相談し、最終的に6月28日、劇場側に報告。すると30日に、劇場支配人の戸賀崎智信氏が駒谷、渡邊のお見舞いメッセージが入ったMDを手に福原さんを見舞った。だがその夜、7月1日未明に福原さんは亡くなってしまう。 「通夜は2日に行われ、戸賀崎さんがいらっしゃるのは事前に聞いていたんですが、駒谷さんと渡邊さんも参列してくれました。本当にびっくりしましたし、心からうれしかったですね。実はほかのメンバーも『行きたい』と言ってくれていたようです。僕は、10年来の友人を突然亡くした衝撃が大きくて、しばらくは劇場に足が向きませんでした」  そんな中、AKB48は当時行われていたチームA2nd公演が8月11日で千秋楽を迎える。次の公演の準備が行われる中、Yさんには福原さんをテーマにした曲「ライダー」がその新公演で披露されることが告げられる。 「正直、複雑でした。今だから言いますけど、最初は止めてほしいと思ったほど。劇場に行っても『何で彼がいないんだ......』と思って、亡くなったというより、突然消えてしまったという印象でした。でも、僕も福原くんも好きだった漫画で、当時映画化された『逆境ナイン』に『それはそれ これはこれ』という意識の切り替えを語った名台詞があって、その言葉のおかげで、考え方を変えられましたね。久しぶりに入った劇場は、1曲目の『月見草』からメンバーの靴音がやけに耳に残ったのを覚えてますね」  そうして披露された楽曲「ライダー」はさわやかな曲調で、遠い街に引っ越した友人への思いを綴ったポジティブな曲となっていた。福原さんがファンだった駒谷、渡邊から歌い始め、大江、折井あゆみ、川崎希、戸島花、星野みちる(全員卒業/星野はMichiruに改名)、佐藤由加理、浦野一美(両名SDN48に移籍)の計8人のユニット曲となった。メンバーは公演期間中一度も涙を見せることなく、気丈にこの曲を歌いきったという。 「曲を聴くと辛い時期もありました。でも、ある日、戸賀崎さんから『戸島から伝言がある』と言われて、『(劇場に)来るの、辛くないですか? 心配しています』とメッセージをもらいました。これは極めて特別な計らいで、心強かったです。このころから次第に曲の意味合いが自分の中で変わってきましたね。公演の千秋楽では友人から『曲という形になって、よかったんじゃない?』と言われて、一つ前に進めた気がしますね」  その後も、Yさんは福原さんが見たかったはずの公演を見続け、彼が倒れた日から1年後に、100回劇場公演を見たファンの名前が劇場のネームプレートに刻まれる"100MVP"を達成。さらに300公演越えも達成し、その記録を持つファン限定で09年12月8日に開催された4周年記念公演も参加した。Yさんは「彼の代わりに劇場に足を運ぶのが、僕と彼との約束」と語る。AKB48は活動6年目に突入する中、AKB48の妹分・NMB48が『誰かのために』公演を開始する。 「AKB48に出会った時の僕は、夢に敗れて、ものすごくやさぐれていた時期でした。そんな時に、必ず夢が叶う確証もなく、何も省みずにがむしゃらに歌い踊るAKB48の姿に胸を打たれました。頑張っている人を見ると、自分の今の心境が見えてくると思うんです。彼女たちを見て、『じゃあ自分はどうするんだ?』と。なので、新たに活動を始めて、夢を追いかけるNMB48が、当時のがむしゃらなAKB48の曲を歌うのは感慨深い。NMB48には、過去の『ライダー』にとらわれないで、新しい『ライダー』を作ってほしいと思います」  メンバーがファンの通夜に参加することなどに違和感を覚える人もいると思うが、これは極めて異例の出来事。福原さんはチケットが並び順だった当時、その列にいつも一番で並び、全国イベントで各地に参加するなど、初期からAKB48を熱心に応援してきたからだった。当時は今以上に、メンバーとファンが一体となってAKB48というグループを盛り上げていったという一つの証拠だろう。また、これらのことでYさんもいわれない中傷を受けたことがあったという。だが、それをいとわず、Yさんは貴重なお話を語っていただいた。  『48現象』では、A3rd公演の期間は「ゆっくりとライダーを弔ってきた日々」で、メンバーたちが一度も涙を見せず「ライダー」を歌ったことで「特定個人を感傷的に歌った曲にとどまらず、親しくした人と別れる寂しさと、それを乗り越える強さを歌った普遍的な曲になり得た」と表現されている。楽曲「ライダー」に公演開始当初は戸惑ったファンもいたが、楽曲へと昇華されたことで、最終的にはファンにとってもメンバーにとっても前へ進む力へとなったようだ。  このように、AKB48はファンの意見をくみ取りながら成長を遂げてきた。実は、福原さんが全国遠征で着ていたAKB48のハッピも当時、アンケートに欲しいグッズとして彼が書いたものが反映されて、生まれたものだった。選抜総選挙、じゃんけん大会もファンの意見を参考にして発案されたが、そこには誰よりも真っ直ぐにAKB48を応援していた福原さんの思いが、今も息づいているのかもしれない。 (文=本城零次<http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>)
teamA 3rd Stage「誰かのために」 誰かのために人は生きている。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 『もしドラ』とAKB48の相関関係 岩崎夏海が明かすAKB48大ブレイクの真相(前編) 『もしドラ』とAKB48の相関関係 岩崎夏海が明かすAKB48大ブレイクの真相(後編) 「ヲタにメアドがバレた」AKB48"オモドル"指原莉乃が深夜の衝撃告白

演技にも悪影響!? 中居正広の困った癖は「舌をちょびっと出す」

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「お見苦しくて申し訳ございません」

 「なくて七癖」という言葉があるように、癖というのは自分で意識していなくてもついついやってしまうモノ。ジャニーズタレントも例外ではなく、特に「爪を噛む」癖が目につきやすく、TOKIO長瀬智也や嵐・相葉雅紀、V6井ノ原快彦などが最近までそんな仕草を見せていた。また、KinKi Kids堂本剛はテレビで自ら語っていたように、照れたり緊張すると髪をいじってしまう癖が目立つ。自分自身の心情が垂れ流しになってしまうという意味で、ちょっと不自由な癖と言えそうだ。