あの有名漫画家も登場! FCBの10th記念ライブ!

昨日17日。川崎市教育文化会館にてFCB(FamiComBand)のライブが行われた。FCBとは、あの懐かしのファミコンをはじめとした家庭用ゲーム機のゲームミュージックを、ゲーム画面を再現する寸劇も交えながらバンドで演奏するというグループ。今回、ライブホールにおいて記念すべき10回目のライブと相成った。

"検察史上最大の汚点"も!? 元「噂の眞相」西岡氏が検察の悪事を暴く!

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「週刊朝日」10月29日号
●第63回(10月13日~10月18日発売号より) 第1位 「三井環の『口封じ逮捕』に利用された!! 元暴力団組長が『獄中手記』」(「週刊朝日」10月29日号) 第2位 「スクープ 日中『尖閣密約』あった」(「AERA」10月25日号) 第3位 「AKB秋元才加 56歳オヤジと『自宅お泊まりデート』撮った!」(「週刊文春」10月21日号)    秋晴れ、巨人は阪神に勝つし、アパパネで少し儲けさせてもらったし、言うことなしだが、今日発売の「現代」と「ポスト」にはガッカリだ。  「現代」のトップはお決まりの仙谷由人官房長官批判「仙谷さまのお通りだ!」。だが、内容に新味なし。  お得意の13ページ大特集「人生もう悩まない」を読んでみたが、結論は「自分を見つめ、欲をなくせば悩みというものは自然と消えていくのである」だとさ。こんなことは「現代」に教えられなくても分かっちゃいる。だけど、それができないから悩んでいるんじゃないのかね、世の人たちは。  「ポスト」はもっとひどい。目次の右トップは、その週一番ウリの記事を持ってくるものだが、それが「53人乱交パーティの仰天密室」だから仰天する。これって、先週木曜発売の「新潮」がすでに「50人『乱交パーティ』検挙までの『実況中継』」で報じている。〆切の関係かもしれないが、他誌はよく読んでおくべきだろう。  さて、今週の第3位は、「文春」の専売特許になった感のある「AKB48」のスキャンダル。チームKリーダーの秋元才加(22)が、ゲームクリエイターで、最近はAKBの舞台演出まで手がける広井王子氏(56)とラブラブだそうな。  グラビアには、秋元のマンションに通う広井氏の(ワシも他人のことは言えんけど)、冴えな~い姿が写っている。  秋元はフィリピン人の母親を持ち、自分の父親が高齢だったためファザコンらしいというのだ。広井氏は、深夜、彼女の家に行って早朝出てきたことは認めているが、芝居の話をしていただけだと答えている。「私には彼女と同年代の娘もいるんですよ」。だからどうしたと言うんじゃ(いきなり河内弁風になる)。  ま、恋に年の差はないからね。それにしても、他のメディアはなぜ「AKB48」のスキャンダルを追いかけないのか。もはや「SMAP」並みの人気者でタブーになってしまったということか。「フライデー」がんばれや!  第2位。中国漁船の船長逮捕問題で、いまだに中国では反日デモが起きている。この難しい尖閣諸島をめぐる問題は、小泉政権のときに日中双方が了解した「密約」があったという「AERA」の地味だが、大事な記事。  2004年に中国の活動家7人が尖閣に上陸し、沖縄県警が逮捕して強制退去処分にしたことがあった。その後、川口順子外相が訪中して「密かな約束」をしたというのだ。  それは、「日本側は原則的に上陸しないよう事前に押さえる。重大事案に発展しないかぎり日本側は拘留しない。中国側は、抗議船団の出航を控えさせる」ことなどを約束するというものだった。  だが、この約束は、政権交代した民主党側には引き継がれていないようだ。その理由は、政治主導をいい張っている菅・仙谷に、外務官僚がそっぽを向いてしまっているからではないか。  中国側の傲慢なやり方には腹ふくるる思いはするが、ここは胸襟を開いてお互い話し合う、大人の対応が必要だろう。  今週のグランプリは、元「噂の眞相」にいて、最近は元後藤組組長の語りおろし本で乗っている西岡研介氏の署名記事。今回は、逮捕された大坪弘道前大阪地検特捜部長がヒラ検事だった頃の"悪事"を、元暴力団組長が、獄中から明かすというのだからすごい。  検察は、事前にストーリーを作り上げておいて、それに合わせて自白させていくというのは、これまで何人もの事件の被告たちが訴えている。  02年4月22日に、検察の裏金問題を告発していた三井環大阪高検公安部長が、テレビで実名告発しようとした日に、大阪地検特捜部に逮捕されたが、その容疑事実は、でっち上げられた可能性が大だというのだ。  その逮捕容疑は微罪だったため、三井氏を、暴力団関係者から飲食や1度ならず2度までも女の接待を受けていたという収賄容疑で再逮捕したのだ。これによって、三井は悪徳検察官だというイメージが出来上がり、検察が苦慮していた裏金問題がどこかへ消えてしまったのである。  だが、三井氏と同じ時期に逮捕された山口組二代目「佐藤組六甲連合」会長(当時)亀谷直人受刑者が、獄中で書いた「手記」にはこう書かれていた。  逮捕され、三井を接待したと自白したTという男から聞いたが、三井に女を1回は世話したが、2度目は、三井のほうからキャンセルしてきたというのだ。このTを取り調べたのが、話題の大坪検事で、当時はヒラ検事だった。  公判供述では、2度目に女を世話するTと三井氏の具体的な会話まであり、リアリティたっぷりだが、Tは「大坪検事が調書を捏造した」と話したという。  大坪がTの供述をヒントにこのストーリーを作り上げた時には、そのデートクラブは潰れていて、三井と情交に及んだというデート嬢は、別の事件で殺されていたのだ。  死人に口なし。大坪はその後、デート嬢を接待したというホテルの風景をビデオに撮り、Tに繰り返し見せて復習させたという。  だが、この2度目の接待は公判段階で、Tの運転手の日報や証言から、Tがその日はまったく別のところにいたことが判明し、裁判所もこれに関しては、三井を無罪にしたのである。  しかし、それでも他の微罪ではすべて有罪とし、三井は1年8カ月の実刑判決を受け、最高裁へ上告するが棄却され、刑に服するのだ。  西岡氏は大坪がやった捏造は、検察組織からの要請だったのではないかと推測している。  亀谷受刑者は、「今回の厚労省の事件(郵便不正事件)での前田(元主任検事)の捏造も『大坪流』の、(大阪地検)特捜部のやり方だ」と書いている。  当時、大坪がTに言った「特捜部は何でも可能なんや」という言葉は、私も、何人かの特捜部出身のヤメ検弁護士から聞いたことがある。この驕りが、多くの冤罪を作り出しているのではないか。  逮捕された連中が関わった事件を、もう一度検証し直す必要があるはずだ。  西岡氏は、亀谷受刑者が犯した射殺事件の背後には、三井事件に端を発する「検察史上最大の汚点」が隠されているという。その真相は近く「朝日」で詳報するというから、楽しみにしたい。 (文=元木昌彦)
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撮影/佃太平
●元木昌彦(もとき・まさひこ) 1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
検察との闘い 巨大権力ってコワいね。 amazon_associate_logo.jpg
検察に天罰を! 小沢起訴に噛みつく「週刊朝日」の意気込み 人権派弁護士・弘中惇一郎氏が明かす、郵政不正事件裁判3つの勝因 「特捜部は解体せよ!」検察捜査の盲点に週刊誌が切り込む!

清原、純一、井上雄彦も参列した「JELLY」モデル山本優希のセレブ婚

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「JELLY」(ぶんか社)12月号

 販売部数が45万部を突破したという、SHIBUYA109系おネエGAL誌「JELLY」(ぶんか社)。先月号まで「魅せる女になってやる!」という薄らぼんやりとしたキャッチコピーを掲げていた同誌ですが、今月から「辛口女子のオシャレを独占!!」に変更するとの発表ページが。競合誌の「BLENDA」(角川春樹事務所)や、「Happie Nuts」(インフォレスト)にテイストが近付いてしまう予感は否めませんが、これからも他誌に負けずに部数を伸ばし続けて欲しいところです。

島田紳助がいよいよピンチ!? 加速する「若手芸人離れ」の現実──

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そして誰もいなくなった......?
 近年、"テレビ界のドン"として君臨してきた島田紳助の求心力が低下している。週刊誌報道によれば、原因の一端はこれまで高視聴率を維持してきた『クイズ!ヘキサゴンII』(フジテレビ系)が低迷していること、新たにスタートしたレギュラー番組がことごとくコケていることが挙げられている。だが、これまでの貢献度を考えれば今後も紳助のテレビ界での地位は揺らぐことはないだろう。  問題なのは、むしろ「瞬間湯沸かし器」と揶揄されるその性格にある。  お笑い芸人トリオ「東京03」を生放送中に恫喝した事件は記憶に新しいが、あるお笑い関係者は「あれは氷山の一角。気に入らないタレントを楽屋に呼びつけ説教することは日常茶飯事ですよ」という。怖いのはプライベートでも同じだ。紳助主催のゴルフ大会でもこんな出来事があったという。 「紳助さんはなぜか波田陽区をかわいがっていて、あるゴルフ大会で波田がマネジャーも連れずにやって来たんです。帰る際、1人ポツンを帰るのはかわいそうだと、紳助さんは他の事務所のマネジャーに波田陽区を送るようお願いしたんですが、そのマネジャーは拒否。これにブチ切れ説教が始まったそうです」(テレビ関係者)  そんな激情型の紳助に対して、最近露骨に距離を置いているのが中堅芸人のMだ。Mはダウンタウンや千原ジュニアなどにもかわいがられており、テレビで見ない日はないほどノリにノッている。 「そのMは紳助さんを敬遠していて、マネジャーにも紳助さんの番組にブッキングしないようお願いしているそうです。理由? 本人が何かされたというわけではなく、単に『怖いから』だそうです。気を遣いながら仕事するのが嫌みたいですね」(某お笑い芸人)  "紳助ファミリー"に取り込まれたら最後、神経をすり減らす毎日が続くとでも考えているのだろうか......。とはいえ、こうしたMの考えを支持する後輩芸人が急増中なのも事実。 「M軍団は業界に増殖中で、数年後には一大勢力になるかもしれない。紳助さんも、うかうかしてられないですよ」(バラエティー関係者)  親分肌と言われる紳助だが、それがすべて受け入れられるわけではないようだ。
ヘキサゴンファミリーコンサート WE LIVE ヘキサゴン2009 サヨウナラ! amazon_associate_logo.jpg
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深すぎる愛がゆえ、他の街をサゲる『高円寺 東京新女子街』

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『高円寺 東京新女子街』(洋泉社)

 30代以上の人にとっては、未だにサブカルイメージの根強いJR中央線。その沿線の中でも独特な雰囲気を放つ"高円寺"の研究本『高円寺 東京新女子街』(三浦展+SML著/洋泉社)が発売となった。高円寺在住の筆者は、そのピンクのかわいい装丁とタイトルから、ガーリーなお店がたくさん紹介されたカフェ本のようなものと誤解して跳び付く様に購入。だが実際は、街の構造や歴史、住民の傾向などについて、グラフを多様し独自の都市論を展開するという、少々マニアックな内容だ。

ランキングを独占!? 声優歌手とアニソンは、J-POPの救世主なのか?

──近年、アニメファン以外の客層からも支持を集めている声優歌手。しかしこれらは急激に売れ始めたのではなく、勃興期より少しずつマーケットを拡大してきたのだ。オタクビジネスとして支持を得てきたビジネスが、旧来のフィールドを飛び出しつつある現状を調査した。  近年、音楽チャートを賑わせているのが、水樹奈々に代表される「声優」たちが、「アーティスト」として歌う声優ソングだ。彼女たちはアニメ声優としての人気を得つつも、時にはJ-POPアーティストを抑えてヒットチャートの上位を独占することも今は珍しくはない。  しかし、「人気がある」といわれても、まだまだ一般人からすると、その実態はわかりづらい。その実態を調べるために、まずはこのジャンルがどのように育ってきたかを見ていきたい。 「声優ソング」の歴史は、1970年代半ばから始まる。ハイティーンのアニメファンが増えた当時、アイドル声優が誕生する。最初期に特に人気を集めたのは、古谷徹や神谷明などを擁し、77年に結成されたバンド「スラップスティック」だ。このバンドは、アニメのキャラを声優たちが演じてテーマ曲を歌う、いわゆる「キャラクターソング」以外の楽曲を演奏し、世間的な認知を得た最初のバンドであるといえるだろう。ムッシュかまやつや大瀧詠一などから楽曲提供を受けていたことから「声優歌手」が当初から本格志向であったことがうかがえる。  とはいえまだまだ当時の「声優ソング」はニッチな存在であった。

IMALUをゲストに迎えた『徹子の部屋』で、思いがけない事態に!

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そんな徹子さんを見たくないよ......

 今回ツッコませていただくのは、IMALUが出演した10月14日放送分『徹子の部屋』(テレビ朝日系)。IMALUの"なんちゃって大物感"が黒柳徹子相手にどう発揮されるのか、ややハラハしつつ見守ったのだが、不安は全く予想外のところに移っていった......。

 それは、徹子の「しゃべり」の変化である。