『奥様は、取り扱い注意』より怖い!? 監禁された娘が語る「私を助けた意外な人物」

 綾瀬はるか主演の連続ドラマ『奥様は、取り扱い注意』(日本テレビ系)。綾瀬演じる主人公・伊佐山菜美は、特殊工作員という過去を持つ専業主婦で、同じセレブ住宅街に暮らす、主婦友の大原優里(広末涼子)や佐藤京子(本田翼)とともに、主婦の間で起きるさまざまなトラブルを解決していくストーリーだ。

 10月25日放送の第4話では、菜美が優里、京子と一緒に、町内の豪邸に住む主婦・美佐子(星野真里)が開く「読書会」に参加する。美佐子の息子・悠斗に会った菜美は、夫の勇輝(西島秀俊)に「子どもが欲しい」と言おうとするが、はぐらかされてしまう。数日後、悠斗が誘拐される事件が発生。犯人は翌日までに1億円支払うよう要求、「警察に通報したら息子を殺す」と脅迫してきたところを、菜美が助けようとする……という展開だ。

 誘拐ではなかったが、監禁され、犯人から脅迫を受けるというトラブルに巻き込まれた女性、アイリさん(仮名・20歳)。家族の力によって果たされた脱出劇について語ってくれた。

アイリさんは高校生の時、家の事情からキャバクラで働いていた。当時、彼女の住む地域には、18歳未満を雇う違法キャバクラがあったという。

「私が16歳の時に、父が病気で他界しました。私は三姉妹の長女なので、家計を助けようとアルバイトを始めたのですが、母は心労から徐々にアルコールに溺れるようになったのです」

 家に帰るといつも酒を飲んでいる母を、初めは仕方ないと思った。だが次第に嫌気が差し、友人の家を泊まり歩く生活を送るようになる。そんな時、街で声を掛けられたのが、キャバクラのスカウトだったという。

「高校生の私でも働けて、寮にも入れると言われました。すぐ働くことになり、学校へも行かなくなったのです。そんな時、母から『再婚したので、家に戻ってこい』と連絡がありました。再婚相手を聞くと、なんとヤクザだと言うんです。母のアルコール依存はマシになっていたようですが、見ず知らずで、しかもヤクザの義父と暮らしたくなかったので、帰りませんでした」

 キャバクラの寮に入り、週5日働くようになったアイリさん。しかし数カ月働いた頃、店に対して徐々に不信感を募らせるようになったという。

「給料が遅れていたんです。店長に聞いてもうまくはぐらかされ、1カ月で数万円しかもらえないこともありました。50万円ほどの未払いがあったと思います。このまま働いてもらちが明かないと思い、店長に退店を告げました」

 アイリさんの言葉を聞いて店長がとったのは、思いがけない行動だった。

「『今辞めたら、給料は払わない』と脅され、寮に監禁されました。携帯電話を奪われ、従業員に交代で寮の出入り口を見張られました。暴力などはありませんでしたが、外出はおろか、出勤もさせてもらえません。『もし通報すれば、未成年のお前たちも捕まるぞ』『店のバックには、ヤクザが付いているから逃げられない』と脅され、警察にも行けそうにありませんでした。私以外の未成年のキャストにも、未払いがあったようです。3日後、隙を見て逃げ出したのですが、すぐに見つかって連れ戻されました」

 アイリさんを助けたのは、意外な人物だった。

「連れ戻された時、偶然近くに住んでいた同級生が見ていて、実家に連絡してくれたそうです。それを聞いた義父が『話をつけてやる』と、店に乗り込んできました。後から聞いたところでは、義父は、キャバクラや飲食店や不動産業を仕切るのは『企業ヤクザ』だと言っていました。義父のような本物のヤクザ(暴力団の構成員)は店を持つことができないので、経営は企業ヤクザにやらせるそうです。ヤクザは名刺1枚出すことも脅迫になってしまうので、『相手がケツモチを出してこない限り、こっちも出ることができない』とも言われました。しかし、店長がケツモチの組の名を出したので、義父も出ることができたのです。結局、支払われた給料50万円のうち、20万円は義父のシノギ(収入)になりましたが……」

 現在は1人暮らしをしているアイリさん。実家には時々帰るが、母や義父との仲は良好だという。すでにカタギになったという義父のことを、アイリさんはどう思っているのだろうか?

「ヤクザだった義父が解決してくれたことには感謝しています。義父からは今も『また、未払いトラブルがあったら、いつでも言ってこい』と言われています。義父に頼むとシノギも取られますけどね。今は、変な店では働かないようにしています」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』のリアル元子!? “ホームレス”からナンバー1キャバ嬢へ成り上がった女の意外な夢

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である「ルダン」を手に入れようとするが、「ルダン」はおろか、「カルネ」までも差し押さえられてしまう。先週の第7話では、「燭台」のママ・岩村叡子(真矢ミキ)にも見放され、議員秘書の安島富夫(江口洋介)を頼り、弁護士を紹介してもらうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、夜の世界でトップにのし上がった女性がいる。深田恭子似のリサさん(仮名・27歳)は、現在も大阪の有名キャバクラでトップを走り続けるナンバー1キャストだ。リサさんが水商売の世界に入ったのは大学生の時。学費を払うために始めたという。

「実家はそこまでひどく苦労しているわけではありませんが、親には頼れないと思い、名古屋の実家を出て、自分で学費を払っていました。当時は同棲していた彼氏がいたので、キャバクラはお金を稼ぐためだけのアルバイト感覚でした」

 大学へは行っていたものの、「卒業後は彼氏と結婚して専業主婦になるんだろう」と、漠然とした考えで生きていたと、リサさんは当時を振り返る。就活はせず、卒業が近づいてきた頃、事は起きた。

「彼氏に振られたんです。20歳そこそこの彼氏に将来を託していたつもりはなかったのですが、22歳の私にとっては絶望的でしたね。就職先もナシ、同棲していた家も追い出されて住む家もナシ、学費を払っていたので貯金もナシ。親に就職先を探してないなんて口が裂けても言えず、実家に帰ることもできませんでした」

 彼氏との別れを機に、突如ホームレスになってしまったリサさん。幸い、キャバクラのアルバイトは続けていた。

「友達の家やネットカフェを泊まり歩いて、1カ月間がむしゃらに働きました。それまでは彼氏の休みに合わせて店を休んだり、お客さんに営業もまったくしてこなかったんですが、この時、初めて水商売の仕事と向き合いました」

 もともと、社交的で人見知りしない性格のリサさん。本来、真面目だったこともあり、遅刻も欠勤もせずに働き、1カ月後、2,000円だった時給は5,000円にまで上がった。結果、部屋を借りることもできた。その後も、店での成績は順調に伸ばしたというリサさんの「売れるための秘訣」とは、何だったのだろうか?

「お客さんと一緒になって楽しむことを、一番大事にしました。私は特に気配りができるというタイプでもないし、連絡がマメというわけでもないので。店に来ていない時にメールや電話を頑張るのではなく、店に来たら必ず楽しんでもらえるようにしました。私のお客さんは割とお金持ちで、普段は高級クラブで飲んでいるような人が多いです。仕事中は部下を使って、高級クラブではチヤホヤされる、常に誰かの上にいる人たち。私はそういう人にも常に同じ立場で、友達のように接して一緒に騒いじゃいます。それが良いと言って来てくれる人が多いですね。ただ、売れている人の接客は観察していました。私にはなくて、売れている人にあるものは吸収するようにしていました」

 その後、キャバクラで初めてのバースデーイベントを行ったリサさんは、1日で300万円を売上げ、ナンバー1になった。

「ナンバー1になった時、あまり実感は湧きませんでしたが、正直複雑でした。私は、常に誰か尊敬する先輩がいて、それを追っかけるという立場が好きだったので。ナンバー1になると、抜かされないような努力をしないといけなくて、今までと努力の内容が変わってくるのも嫌でした。もちろんプライドがあるので、一度上に行ったら落ちたくないという気持ちもあります。でも、そのためにお客さんに無理させるというのは、私のスタイルではないと思いましたね」

 また、トップになったことにより、トラブルも生じてくる。

「店の子のドレスがハサミでズタズタに切られていたのを、私が犯人扱いされたり、口説いてきたお客さんに冷たくしたら、その客がほかのキャストに『リサがお前の陰口言ってる』など、私の立場を悪くするうわさを流されたりしました。その客は出禁にしたのですが、その後、ストーカーまがいなことをされました。メールを1日100通近く送ってきたり、私の自転車を見て帰ってるかを確認されたり……。結局、こういったトラブルが絶えず、店を移ることにしたんです」

 現在は比較的大手のキャバクラに移ったリサさん。移籍してほどなくナンバー1になったリサさんは、約3年たった今でも、その座をキープしている。

「前の店からお客さんをほぼ全員連れてきたので、売上は安定しています。あまり目立つと、前の店同様、トラブルになりかねないので、うまく調整しているんです。こちらの店へ移るまでの休暇期間に、お客さんのほうから裏引き(客から直で現金をもらうこと)を提案してくれたので、今も毎月数十万から100万円ほど援助してもらいながら、たまに店に来てもらってます。マンションを買ってくれるという話もたまにありますが、愛人とか枕営業とかはしたくないので断わりました。あくまでお互い楽しく飲めるのがスタンスです」

 ちなみに今までもらったプレゼントで一番高かったものは、フランク・ミュラーのカサブランカ(推定100万円)という。そんなリサさんに将来の夢を聞いてみた。

「ずっと夜の仕事を続けていきたいとか、自分の店を持ってママになりたいとかは思いません。なるべく早く上がって、昼の仕事に就きたいですね。今、税理士の資格を取るために専門学校へ通っています。やっぱりこの仕事を通して、夜の嫌な部分がいっぱい見えてしまったからかな」

 リサさんが、そう話すのには理由がある。

「今の店に入ってしばらくした時に、仲の良かった子が店を辞めたんです。その後、その子に税務署から数百万円の請求が来たと聞きました。どうやら、店側と揉めて辞めた子の給料明細を、店が税金対策のために税務署に提出していたそうです。結局、私が知り合いの税理士を紹介して、うまく収まりました。私が裏引きを始めたのはこういう理由もあるのですが、キャバ嬢にとって税金対策は切っても切れない悩みです。通常、キャバクラで働いている人は、店から10%の所得税を引かれます。そこから、キャバクラが本職の人は稼ぎをうまく確定申告して、なるべく税金を取られないようにします。しかし中には、税金に詳しくないキャバ嬢を利用し所得税を多く取って、残りを着服する悪質な店もあります。また、昼間働いている『掛け持ちキャバ嬢』に対して、面接時にマイナンバーを記載した身分証を提出させ、所得税の名目のまま法外な金額を取る店もあるそうです。そういう相談をよく受けていて、話を聞いてあげるのも好きなので、そのような悩みを聞いてあげたくて、税理士を目指そうと思いました」

 何気なくキャバクラに入り、その後、ホームレス経験をしてナンバー1になったリサさん。彼女は今、水商売について何を思うのだろうか?

「サクッと稼いで辞めるのが一番いいと思います。お客さんにお金使わせることに罪悪感を抱いて辞めていく、心がきれいな女の子も中にはいますけど、お客さんはいつか切れてゆくものです。キャバクラにはまってお金を使う人は、結局どこへ行っても使います。罪悪感は持たずに、お金をもらって夢をたくさん与えてあげましょう」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』のリアル元子!? “ホームレス”からナンバー1キャバ嬢へ成り上がった女の意外な夢

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である「ルダン」を手に入れようとするが、「ルダン」はおろか、「カルネ」までも差し押さえられてしまう。先週の第7話では、「燭台」のママ・岩村叡子(真矢ミキ)にも見放され、議員秘書の安島富夫(江口洋介)を頼り、弁護士を紹介してもらうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、夜の世界でトップにのし上がった女性がいる。深田恭子似のリサさん(仮名・27歳)は、現在も大阪の有名キャバクラでトップを走り続けるナンバー1キャストだ。リサさんが水商売の世界に入ったのは大学生の時。学費を払うために始めたという。

「実家はそこまでひどく苦労しているわけではありませんが、親には頼れないと思い、名古屋の実家を出て、自分で学費を払っていました。当時は同棲していた彼氏がいたので、キャバクラはお金を稼ぐためだけのアルバイト感覚でした」

 大学へは行っていたものの、「卒業後は彼氏と結婚して専業主婦になるんだろう」と、漠然とした考えで生きていたと、リサさんは当時を振り返る。就活はせず、卒業が近づいてきた頃、事は起きた。

「彼氏に振られたんです。20歳そこそこの彼氏に将来を託していたつもりはなかったのですが、22歳の私にとっては絶望的でしたね。就職先もナシ、同棲していた家も追い出されて住む家もナシ、学費を払っていたので貯金もナシ。親に就職先を探してないなんて口が裂けても言えず、実家に帰ることもできませんでした」

 彼氏との別れを機に、突如ホームレスになってしまったリサさん。幸い、キャバクラのアルバイトは続けていた。

「友達の家やネットカフェを泊まり歩いて、1カ月間がむしゃらに働きました。それまでは彼氏の休みに合わせて店を休んだり、お客さんに営業もまったくしてこなかったんですが、この時、初めて水商売の仕事と向き合いました」

 もともと、社交的で人見知りしない性格のリサさん。本来、真面目だったこともあり、遅刻も欠勤もせずに働き、1カ月後、2,000円だった時給は5,000円にまで上がった。結果、部屋を借りることもできた。その後も、店での成績は順調に伸ばしたというリサさんの「売れるための秘訣」とは、何だったのだろうか?

「お客さんと一緒になって楽しむことを、一番大事にしました。私は特に気配りができるというタイプでもないし、連絡がマメというわけでもないので。店に来ていない時にメールや電話を頑張るのではなく、店に来たら必ず楽しんでもらえるようにしました。私のお客さんは割とお金持ちで、普段は高級クラブで飲んでいるような人が多いです。仕事中は部下を使って、高級クラブではチヤホヤされる、常に誰かの上にいる人たち。私はそういう人にも常に同じ立場で、友達のように接して一緒に騒いじゃいます。それが良いと言って来てくれる人が多いですね。ただ、売れている人の接客は観察していました。私にはなくて、売れている人にあるものは吸収するようにしていました」

 その後、キャバクラで初めてのバースデーイベントを行ったリサさんは、1日で300万円を売上げ、ナンバー1になった。

「ナンバー1になった時、あまり実感は湧きませんでしたが、正直複雑でした。私は、常に誰か尊敬する先輩がいて、それを追っかけるという立場が好きだったので。ナンバー1になると、抜かされないような努力をしないといけなくて、今までと努力の内容が変わってくるのも嫌でした。もちろんプライドがあるので、一度上に行ったら落ちたくないという気持ちもあります。でも、そのためにお客さんに無理させるというのは、私のスタイルではないと思いましたね」

 また、トップになったことにより、トラブルも生じてくる。

「店の子のドレスがハサミでズタズタに切られていたのを、私が犯人扱いされたり、口説いてきたお客さんに冷たくしたら、その客がほかのキャストに『リサがお前の陰口言ってる』など、私の立場を悪くするうわさを流されたりしました。その客は出禁にしたのですが、その後、ストーカーまがいなことをされました。メールを1日100通近く送ってきたり、私の自転車を見て帰ってるかを確認されたり……。結局、こういったトラブルが絶えず、店を移ることにしたんです」

 現在は比較的大手のキャバクラに移ったリサさん。移籍してほどなくナンバー1になったリサさんは、約3年たった今でも、その座をキープしている。

「前の店からお客さんをほぼ全員連れてきたので、売上は安定しています。あまり目立つと、前の店同様、トラブルになりかねないので、うまく調整しているんです。こちらの店へ移るまでの休暇期間に、お客さんのほうから裏引き(客から直で現金をもらうこと)を提案してくれたので、今も毎月数十万から100万円ほど援助してもらいながら、たまに店に来てもらってます。マンションを買ってくれるという話もたまにありますが、愛人とか枕営業とかはしたくないので断わりました。あくまでお互い楽しく飲めるのがスタンスです」

 ちなみに今までもらったプレゼントで一番高かったものは、フランク・ミュラーのカサブランカ(推定100万円)という。そんなリサさんに将来の夢を聞いてみた。

「ずっと夜の仕事を続けていきたいとか、自分の店を持ってママになりたいとかは思いません。なるべく早く上がって、昼の仕事に就きたいですね。今、税理士の資格を取るために専門学校へ通っています。やっぱりこの仕事を通して、夜の嫌な部分がいっぱい見えてしまったからかな」

 リサさんが、そう話すのには理由がある。

「今の店に入ってしばらくした時に、仲の良かった子が店を辞めたんです。その後、その子に税務署から数百万円の請求が来たと聞きました。どうやら、店側と揉めて辞めた子の給料明細を、店が税金対策のために税務署に提出していたそうです。結局、私が知り合いの税理士を紹介して、うまく収まりました。私が裏引きを始めたのはこういう理由もあるのですが、キャバ嬢にとって税金対策は切っても切れない悩みです。通常、キャバクラで働いている人は、店から10%の所得税を引かれます。そこから、キャバクラが本職の人は稼ぎをうまく確定申告して、なるべく税金を取られないようにします。しかし中には、税金に詳しくないキャバ嬢を利用し所得税を多く取って、残りを着服する悪質な店もあります。また、昼間働いている『掛け持ちキャバ嬢』に対して、面接時にマイナンバーを記載した身分証を提出させ、所得税の名目のまま法外な金額を取る店もあるそうです。そういう相談をよく受けていて、話を聞いてあげるのも好きなので、そのような悩みを聞いてあげたくて、税理士を目指そうと思いました」

 何気なくキャバクラに入り、その後、ホームレス経験をしてナンバー1になったリサさん。彼女は今、水商売について何を思うのだろうか?

「サクッと稼いで辞めるのが一番いいと思います。お客さんにお金使わせることに罪悪感を抱いて辞めていく、心がきれいな女の子も中にはいますけど、お客さんはいつか切れてゆくものです。キャバクラにはまってお金を使う人は、結局どこへ行っても使います。罪悪感は持たずに、お金をもらって夢をたくさん与えてあげましょう」
(カワノアユミ)

リアル『黒革の手帖』人生! 風呂なし住宅から、月300本指名のホステスが見た水商売とお金

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である『ルダン』を手に入れようとする。先週の第6話では、オーナーの長谷川庄治(伊東四朗)と約束した期日に契約金の残金を支払えなかったことで、『ルダン』を手に入れることはおろか、『カルネ』までも差し押さえられてしまうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。木村亜美さん(35歳)だ。現在は水商売をはじめとするサービス業専門のフリーコンサルタントとして活躍する彼女だが、以前は北海道で月間最高300本の指名本数を取るナンバー1ホステスだった。亜美さんが水商売の世界に飛び込んだのは、幼い頃から見てきた家庭の事情にあったと話す。

■市営住宅の風呂なし2LDKに家族5人暮らし

「父は建築業を営んでいましたが、消費税の引き上げ以降、仕事が激減しました。函館の市営住宅の2LDKに家族5人暮らしでした。ボロボロの住宅にお風呂はなく、冬は母が石油代を節約していたため、家の中に入る隙間風で、吐く息が白いほど寒かったです。幼い頃、体が強くなかった私は、何度も風邪や肺炎にかかっていました」

 初めて働いたのは、18歳の時にスカウトされた函館の高級クラブだった。

「函館の歓楽街の規模は小さいですが、3店あるクラブは全国の富裕層のお客様には有名でした。中でも私がスカウトされたクラブは、VIPな方や著名人もたくさん来店されてたんです。ホステスにも入店条件があり、店が決めた基準体重であること、身長160cm以上、黒髪、上品さがあることなどの、条件を満たしている人しか入店できません。そこに在籍していたと言うだけで、他店でも優遇されるほどでした」

 両親のために、亜美さんは水商売で成り上がろうと決めた。だが、初めの時給は驚くものだったそう。

「時給は1,300円。理由は、未経験の三流ホステスだからです。入店すると、まず1週間の研修があり、ホステスとしての立ち振る舞いを徹底的に叩き込まれます。頭上に数冊の本を乗せて落とさないように歩く練習や、手の位置を覚えさせられました。後ろ姿から指先まで、常に美しくいるためです。次に教わったのは店のマニュアルで、内容は非公開なので詳しくは言えませんが、分厚いマニュアル本を何度も読まされました。こうした研修を終えて、入店から1週間後に初めて客席に着くことができます。二流、一流になると時給は上がっていくのですが、接待を任される一流ホステスになると、信じられないほど高額な時給がもらえます。私が在籍していた時は、10年勤務しているお姉さんは時給5万円以上だったそうです」

 初めての高級クラブは、見たことのないほど煌びやかな世界だったという。

「6〜7桁のお会計は当たり前、100万円の束を出してチップをばら撒くお客様も珍しくありません。お客様からは『ホステスが遠慮することは失礼』『ワガママは聞いてもらうべき、自分のお金を使うのは失礼』と教わりました。お客様は、『これ、こないだ欲しいって言ってたでしょ』『一流のお店に入ったなら、それなりのものを着なきゃね』と、ブランド物のバッグや服など、欲しいものは何でも買ってもらえたんです」

 一方で年功序列の世界や、給料システムに窮屈さを感じるようになったという。給料は指名本数や売り上げではなく、時給のみ。その時給も勤務年数のみでしか上がらなかった。あくまで両親のために働きたかったと話す亜美さんは、20歳の時にラウンジへ移籍した。

「クラブで学んだことも含め、自分がどこまでできるのか挑戦したい気持ちもありました。クラブの経験があり時給は優遇されましたが、それがほかのキャストの気に障り、初日からいじめられたんです。陰口を叩かれたり、トイレに呼び出されて『生意気だ』と殴られました。腹は立ちましたが、やり返しません。1カ月後に私がそのキャストの売り上げを抜き、彼女が謝ることになると思ったからです」

 亜美さんは1カ月後、彼女の売り上げを見事に抜き、店のママが亜美さんの味方に付いた。そして、思惑通り、殴ったキャストは急に亜美さんに媚び出したという。「ママが厳しかったおかげで根性がついた」と亜美さんは話す。

「ママは厳しい人でした。入店した頃から営業前の準備を任されてましたが、時々遅刻してたのがバレて、階段から蹴り落されたこともあります(笑)」

 その後、函館初の指名制キャバクラに移り、亜美さんはナンバー1になった。月の指名本数は300本、売り上げは300万円以上。ナンバー1になった秘訣とは何だったのだろうか。

「クラブやラウンジは『店が抱えるお客様』でしたが、キャバクラは新規のお客様がメインなので、一から関係を築いていかなければなりません。時間がかかる作業なので、営業時間外も無駄にしません。昼間、お客様と会社の社食をご一緒したり、差し入れのお弁当を作ったりしました。時には自腹を切ってサプライズをしたり、誕生日プレゼントは奮発しました。手間と時間を惜しまず、常に男性を立てる女性に徹するのがコツです」

 その頃、実家の状況は急変していた。

「祖母が亡くなり、その医療費で両親の借金は膨れ上がっていました。実家の荷物は差し押さえられ、当時の私のお給料だけではどうすることもできない状況になっていたんです。姉もキャバクラで働いていたのですが、『もっと稼ぐにためは北海道を出るしかない』と、私と姉はほかの土地への出稼ぎを決めました」

 全国の求人を探し、亜美さんたちは時給5,000円の静岡のキャバクラへ出向いた。札幌・ススキノや東京も考えたが、家賃や生活費を抑えることを優先したという。姉と店の寮に入り、せんべい布団の部屋に寝泊まりしながら出勤した。入店1カ月でナンバー1になり、月給は7桁に上った。

「姉と合わせて月100万円を実家に送り、差し押さえは免れました。ちょうどその頃、知り合いから『スナックを始めるからママをやらないか?』と誘われたのをきっかけに、経営側にまわることになったんです。数年前に一度閉店したその店はボロボロで、オーナーはオープン準備から経営まで私に丸投げしてきました。集客や宣伝に使える資金はないと言われた私は『廃墟のようなこのお店をどうしたら良いか』『売り上げが出なければ、自分のお給与も出ない』と考えたんです。コンセプトと集客方法、回転率を固め、オープンから二週間で黒字化に成功し、表に立つことよりも経営(裏側の作業)の仕事に興味を持ち始めました」

 しかし、亜美さんはほどなくしてママを辞めることとなる。

「いくら売り上げても、オーナーはすべて愛人に使ってしまったんです。金庫に入れている釣り銭用の小銭もすべて持っていってしまい、私は営業中に何度も両替に行くことになり、それが営業に支障を来すようになりました。オーナーには、何度注意しても聞いてもらえませんでしたし、愛人もオーナーに貢いでほしいあまりに、店にわざわざ来て『今日何組くるの?』『どのくらい売り上げありそう?』など、大声で話すようになったのです。お給料はそれなりにもらえていましたが、オーナーと愛人の態度に嫌気が差したのです」

 この時の経営の経験を生かしたいと思った亜美さんは、その後、現在のビジネスを立ち上げた。

「黒字化するまでのアイデアや、女性に指導して効果があったことなどをブログにしたら反響があったので、それをきっかけに、独学で経営の勉強をしました。実家に送りながらもわずかに残っていた200万円の貯金をすべて立ち上げに使いました。事業内容は主に店舗と個人キャスト向けのコンサルティングです。同時に、現役の頃に『店でお客様との会話に困ってしまう』というホステスの悩みをヒントに、トークスキルを指導してレベルを上げるチャットレディ・プロダクションを立ち上げました」

 現在の収入は現役の頃と同じくらいと話す亜美さんの「成り上がり人生」は続いていく。苦労した両親の背中を見て育ち、月間300本の指名を取るナンバー1ホステスになった亜美さん。彼女は今、お金と水商売について何を思うのだろうか?

「お金は追うほど逃げていくもの、いわゆる色恋営業、枕営業では、お金を手にすることはたやすいですが、一度、寝てしまったらお客様はそれで満足してしまいます。客との体の関係から抜け出せなくなり、精神を病んでしまうホステスもたくさんいます。この世界で『成り上がる人間』とは、逆境にくじけずに悔しさをバネにできる人。高く目標を持ち、そこに努力して向かえる人。メンタルが弱くても、自分自身で立て直せる人だと思います。水商売は、落ちてしまえば抜け出せない地獄、登り詰めれば成功への入り口になる夢のあるお仕事だと思います」
(カワノアユミ)

リアル『黒革の手帖』人生! 風呂なし住宅から、月300本指名のホステスが見た水商売とお金

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープンした元子は、銀座のクラブの最高峰である『ルダン』を手に入れようとする。先週の第6話では、オーナーの長谷川庄治(伊東四朗)と約束した期日に契約金の残金を支払えなかったことで、『ルダン』を手に入れることはおろか、『カルネ』までも差し押さえられてしまうという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。木村亜美さん(35歳)だ。現在は水商売をはじめとするサービス業専門のフリーコンサルタントとして活躍する彼女だが、以前は北海道で月間最高300本の指名本数を取るナンバー1ホステスだった。亜美さんが水商売の世界に飛び込んだのは、幼い頃から見てきた家庭の事情にあったと話す。

■市営住宅の風呂なし2LDKに家族5人暮らし

「父は建築業を営んでいましたが、消費税の引き上げ以降、仕事が激減しました。函館の市営住宅の2LDKに家族5人暮らしでした。ボロボロの住宅にお風呂はなく、冬は母が石油代を節約していたため、家の中に入る隙間風で、吐く息が白いほど寒かったです。幼い頃、体が強くなかった私は、何度も風邪や肺炎にかかっていました」

 初めて働いたのは、18歳の時にスカウトされた函館の高級クラブだった。

「函館の歓楽街の規模は小さいですが、3店あるクラブは全国の富裕層のお客様には有名でした。中でも私がスカウトされたクラブは、VIPな方や著名人もたくさん来店されてたんです。ホステスにも入店条件があり、店が決めた基準体重であること、身長160cm以上、黒髪、上品さがあることなどの、条件を満たしている人しか入店できません。そこに在籍していたと言うだけで、他店でも優遇されるほどでした」

 両親のために、亜美さんは水商売で成り上がろうと決めた。だが、初めの時給は驚くものだったそう。

「時給は1,300円。理由は、未経験の三流ホステスだからです。入店すると、まず1週間の研修があり、ホステスとしての立ち振る舞いを徹底的に叩き込まれます。頭上に数冊の本を乗せて落とさないように歩く練習や、手の位置を覚えさせられました。後ろ姿から指先まで、常に美しくいるためです。次に教わったのは店のマニュアルで、内容は非公開なので詳しくは言えませんが、分厚いマニュアル本を何度も読まされました。こうした研修を終えて、入店から1週間後に初めて客席に着くことができます。二流、一流になると時給は上がっていくのですが、接待を任される一流ホステスになると、信じられないほど高額な時給がもらえます。私が在籍していた時は、10年勤務しているお姉さんは時給5万円以上だったそうです」

 初めての高級クラブは、見たことのないほど煌びやかな世界だったという。

「6〜7桁のお会計は当たり前、100万円の束を出してチップをばら撒くお客様も珍しくありません。お客様からは『ホステスが遠慮することは失礼』『ワガママは聞いてもらうべき、自分のお金を使うのは失礼』と教わりました。お客様は、『これ、こないだ欲しいって言ってたでしょ』『一流のお店に入ったなら、それなりのものを着なきゃね』と、ブランド物のバッグや服など、欲しいものは何でも買ってもらえたんです」

 一方で年功序列の世界や、給料システムに窮屈さを感じるようになったという。給料は指名本数や売り上げではなく、時給のみ。その時給も勤務年数のみでしか上がらなかった。あくまで両親のために働きたかったと話す亜美さんは、20歳の時にラウンジへ移籍した。

「クラブで学んだことも含め、自分がどこまでできるのか挑戦したい気持ちもありました。クラブの経験があり時給は優遇されましたが、それがほかのキャストの気に障り、初日からいじめられたんです。陰口を叩かれたり、トイレに呼び出されて『生意気だ』と殴られました。腹は立ちましたが、やり返しません。1カ月後に私がそのキャストの売り上げを抜き、彼女が謝ることになると思ったからです」

 亜美さんは1カ月後、彼女の売り上げを見事に抜き、店のママが亜美さんの味方に付いた。そして、思惑通り、殴ったキャストは急に亜美さんに媚び出したという。「ママが厳しかったおかげで根性がついた」と亜美さんは話す。

「ママは厳しい人でした。入店した頃から営業前の準備を任されてましたが、時々遅刻してたのがバレて、階段から蹴り落されたこともあります(笑)」

 その後、函館初の指名制キャバクラに移り、亜美さんはナンバー1になった。月の指名本数は300本、売り上げは300万円以上。ナンバー1になった秘訣とは何だったのだろうか。

「クラブやラウンジは『店が抱えるお客様』でしたが、キャバクラは新規のお客様がメインなので、一から関係を築いていかなければなりません。時間がかかる作業なので、営業時間外も無駄にしません。昼間、お客様と会社の社食をご一緒したり、差し入れのお弁当を作ったりしました。時には自腹を切ってサプライズをしたり、誕生日プレゼントは奮発しました。手間と時間を惜しまず、常に男性を立てる女性に徹するのがコツです」

 その頃、実家の状況は急変していた。

「祖母が亡くなり、その医療費で両親の借金は膨れ上がっていました。実家の荷物は差し押さえられ、当時の私のお給料だけではどうすることもできない状況になっていたんです。姉もキャバクラで働いていたのですが、『もっと稼ぐにためは北海道を出るしかない』と、私と姉はほかの土地への出稼ぎを決めました」

 全国の求人を探し、亜美さんたちは時給5,000円の静岡のキャバクラへ出向いた。札幌・ススキノや東京も考えたが、家賃や生活費を抑えることを優先したという。姉と店の寮に入り、せんべい布団の部屋に寝泊まりしながら出勤した。入店1カ月でナンバー1になり、月給は7桁に上った。

「姉と合わせて月100万円を実家に送り、差し押さえは免れました。ちょうどその頃、知り合いから『スナックを始めるからママをやらないか?』と誘われたのをきっかけに、経営側にまわることになったんです。数年前に一度閉店したその店はボロボロで、オーナーはオープン準備から経営まで私に丸投げしてきました。集客や宣伝に使える資金はないと言われた私は『廃墟のようなこのお店をどうしたら良いか』『売り上げが出なければ、自分のお給与も出ない』と考えたんです。コンセプトと集客方法、回転率を固め、オープンから二週間で黒字化に成功し、表に立つことよりも経営(裏側の作業)の仕事に興味を持ち始めました」

 しかし、亜美さんはほどなくしてママを辞めることとなる。

「いくら売り上げても、オーナーはすべて愛人に使ってしまったんです。金庫に入れている釣り銭用の小銭もすべて持っていってしまい、私は営業中に何度も両替に行くことになり、それが営業に支障を来すようになりました。オーナーには、何度注意しても聞いてもらえませんでしたし、愛人もオーナーに貢いでほしいあまりに、店にわざわざ来て『今日何組くるの?』『どのくらい売り上げありそう?』など、大声で話すようになったのです。お給料はそれなりにもらえていましたが、オーナーと愛人の態度に嫌気が差したのです」

 この時の経営の経験を生かしたいと思った亜美さんは、その後、現在のビジネスを立ち上げた。

「黒字化するまでのアイデアや、女性に指導して効果があったことなどをブログにしたら反響があったので、それをきっかけに、独学で経営の勉強をしました。実家に送りながらもわずかに残っていた200万円の貯金をすべて立ち上げに使いました。事業内容は主に店舗と個人キャスト向けのコンサルティングです。同時に、現役の頃に『店でお客様との会話に困ってしまう』というホステスの悩みをヒントに、トークスキルを指導してレベルを上げるチャットレディ・プロダクションを立ち上げました」

 現在の収入は現役の頃と同じくらいと話す亜美さんの「成り上がり人生」は続いていく。苦労した両親の背中を見て育ち、月間300本の指名を取るナンバー1ホステスになった亜美さん。彼女は今、お金と水商売について何を思うのだろうか?

「お金は追うほど逃げていくもの、いわゆる色恋営業、枕営業では、お金を手にすることはたやすいですが、一度、寝てしまったらお客様はそれで満足してしまいます。客との体の関係から抜け出せなくなり、精神を病んでしまうホステスもたくさんいます。この世界で『成り上がる人間』とは、逆境にくじけずに悔しさをバネにできる人。高く目標を持ち、そこに努力して向かえる人。メンタルが弱くても、自分自身で立て直せる人だと思います。水商売は、落ちてしまえば抜け出せない地獄、登り詰めれば成功への入り口になる夢のあるお仕事だと思います」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』が現実に!? 客への復讐として “月収400万円”ホステスとなった女性

 武井咲演じる原口元子が、親の残した借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座の一等地にクラブ「カルネ」をオープン。先週放送の5話では、元子が銀座のクラブの最高峰である「ルダン」を手に入れるため、オーナーである政財界のフィクサー・長谷川庄治(伊東四朗)と交渉するという展開だった。

 実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。その人は大きな目が印象的なミユキさん(仮名・31歳)。水商売を始める前はフルタイムでバリバリ働く会社員だったという。

「16歳で家を出て、大阪でアパレル企業のアルバイトを経て正社員になりました。マネジャーを任され、月収は35万円と業界内では高給でした」

 母子家庭だったミユキさんは21歳のとき、「祖父母と暮らしたい」という母のためにマンションをプレゼントした。しかし、そのわずか1年後……。

「祖母が自殺しました。母は幼いころ裕福な家庭で育ち、祖父母よりも家政婦と過ごす時間が多く、わがままな性格でした。母と暮らし始めた祖母は、奴隷のように扱われていたそうです。祖母の相談を、私は仕事が忙しくてなかなか聞いてあげることができませんでした。祖母から最後の着信があった3日後、祖母は遺書を残して自宅のベランダで首を吊ったのです」

■自殺した祖母の気持ちに気づかなかったことを悔やんで生きてきた

 「祖母からの『SOS』に気づいてあげられなかったことを悔やんで生きてきた」とミユキさんは言う。それでも残された祖父と母のために、実家のローンを払い続けた。

「24歳のときにアパレル会社を辞めることになりました。同僚同士の派閥や陰口など、人間関係のトラブルが原因です。他社から引き抜きの話もありましたが、これ以上の昇給は望めないと考え、業界から身を引きました。マンションのローンも含め、これからどうしようと悩んでいるときに声を掛けられたのがキャバクラの仕事だったんです」

 祖父、母、そして自身の生活のためにキャバクラで働くことを決意した。源氏名の「ミユキ」は祖母の名前から付けた。

「水商売には少し抵抗がありましたが、実際に働いてみると、お客さんが自分のために1時間1万円を使うことが、すごくありがたいことだと思いました。昼職をしてお金の大切さを知っていたからかもしれません。ホステスは自分が商品であってマニュアルなどがないので、接客は漫画『女帝』(芳文社)を読んで勉強しました。源氏名に祖母の名前を付けたのは、なるべく自分を嘘で固めたくなかったからで、お客さんを騙すよりも楽しんでもらうことを一番に考えました」

 ミユキさんはわずか2カ月でナンバー(トップ10)入りした。その後キャバクラで初めてのバースデーイベントを行い、ひと月の売り上げは300万円に上った。そして、1人の客と恋に落ちる。相手は3歳年上で、優しい性格に惹かれたという。彼との交際も順調なとき、ミユキさんの妊娠が発覚した。

「彼に報告すると『好きだけど、まだ責任は取れないから堕ろしてほしい』と耳を疑うような言葉が返ってきました。その後、彼とは連絡が取れなくなり、バレンタインの日に1人で堕胎手術を受けました。その時、『もう客は信じない、金のみ搾り取ってやろう』と、客への復讐を誓ったのです」

 25歳になったミユキさんは、ミナミのニュークラブ(高級キャバクラ)に移籍する。客を持っていたので時給は8,000円からのスタートだった。

「ナンバー1になるのは嫌だったので、売上げ管理をしながらナンバー2か3をキープしました。ナンバー1になるのは簡単ですが、維持するのが大変なんです。一度トップになっても、落ちたときのプレッシャーに耐えられず辞めてゆく人たちをたくさん見てきたので。また、裏引き(お店を通さずに客から金をもらうこと)やプレゼントは一切もらわず、店でお金を使わせることを徹底しました。目先のお金よりも安定したお給料を求めたので、成績を安定させて、店から良い客を優先的につけてもらうようにしました」

 当時、ミユキさんの月収は150万円以上あったが、半分は親のマンションのローンと仕送りに充て、自分で使うのは最低限の生活費と店の衣装代やヘアメイク代だけで、残りは貯金していた。生活は質素だったという。

■「このまま水商売を続けていいのか」と自問自答

 そんなある日、客から打ち明けられた。

「Aさんというお客さんが、『ミユキに会いたいけど会いに行くお金がなくなったから、借金をして、妻と別れることになった』と店で泣き出したんです。大の大人が泣くなんてよっぽどだなと思い、『こうやって人の人生を狂わせながら生きていっていいのかな』と、仕事に対して疑問を抱くようになりました」

 罪悪感を持ったミユキさんは1カ月の休暇をとった。その間もマメに連絡をくれていたAさんに、少しずつ恋愛感情が芽生えたという。休暇が終わって店に復帰したが、仕事に対する気持ちは晴れなかった。自問自答する中、この月ミユキさんは初めてナンバー1になった。

「ナンバー1になった途端、今までトップだったキャストから嫌がらせを受けるようになったんです。 客席で無理矢理飲ませようとしてきたり、 アフターで客との枕を勧められたり……。数カ月間ナンバー1争いを繰り返した結果、元ナンバー1は逃げるように退店しました。安心もつかの間、今度は自分がナンバー1を守る立場になり、プレッシャーで押し潰されそうになりましたね」

 心のよりどころはAさんだけだった。Aさんと交際し、実家のローンにも終わりが見えてきたミユキさんは「このまま夜の仕事をあがってAさんと落ち着こう」と店を辞める決意をする。ナンバー1を維持して数カ月、ミユキさんの月収は400万円に上っていた。

「店を辞めた後にAさんの嘘が発覚したんです。借金もないし、離婚もしてない。私はただの浮気相手だと知りました。結局、この男も逃げた元彼と同じ……。でも、すべて自分がまいた種なんだ。仕事でしたこと、ついた嘘が、裏切りとして自分に返ってきただけ。自暴自棄になり、ついにパニック障害と診断されました」

 それ以来、ミユキさんは抗うつ剤が手放せなくなった。実家に戻ることも考えたが、ある大衆キャバクラから誘いを受けた。

「今までの店とは違い派閥もなく働きやすいと聞き、しばらく休んだ後に、お手伝いとして働かせてもらうことになりました。以前のお客さんはほとんど切って、抗うつ剤でお酒は飲めないから、時給は3,000円からのスタートでした」

 給料はそれまでの3分の1以下になったが店の居心地は良かった。そんな中、同業の経営者という客に出会う。

「話が合って楽しい人というのが最初の印象です。この仕事を理解してくれて『お付き合いしてください』と言われたのですが、過去の経験からまた傷つくのが嫌だったので、全て話してお断りしようと思いました」

 ミユキさんが彼に全てを話した後、彼の返事は意外なものだった。

「『過去もすべて受け入れる。一緒に住む家も用意して、婚姻届を出したら信用してくれる?』と言われました。しばらく考えて、『この人なら信じられるかも』と思ったんです。そこから彼の宣言通りに話が進み、仕事をあがることになりました。店を辞めるときの貯金は100万円くらい。まさに電撃結婚ですね」

 現在は夫と2人暮らし。パニック障害の症状も落ち着き、好きだったアパレルのネットショップも始めた。水商売の世界に入り、数々の裏切りを経験し、パニック障害を発症したミユキさん。彼女は今、水商売について何を思うのだろうか?

「その世界でしか出会えない人たちにもたくさん出会えましたし、今はホステスの仕事をして良かったと思います。お金は、人が生きていく上で必要不可欠だけど、人を惑わす悲しい道具だとも思います。夜の世界は大金を簡単に稼げるけれど、出ていくのも簡単です。お金が湯水のように溢れ出るものと勘違いすると、痛い目に遭う。水商売は欲に流されず、目指すものや、やるべきことがある人が輝ける場所だと思いますね」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』のような“成り上がり”! 16歳から水商売、歌舞伎町で稼いだ「億の金」の行方は……?

 武井咲演じる原口元子が、借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープン。今日放送の第5話では、元子が銀座のクラブの最高峰「ルダン」を手に入れるため、オーナーである政財界のフィクサー・長谷川庄治(伊東四朗)と交渉するという展開だった。

■母子家庭で貧しく、16歳で水商売の世界へ

実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。その人の名は舞さん(仮名・34歳)、和服が似合いそうな、キリッとした美人だ。幼い頃から母子家庭だった舞さんの家は、決して裕福ではなかったと話す。

「地元が神戸で、周りは裕福な家庭が多かったです。中学の同級生は高校から私立へ行き、ブランド物のバッグを持つのが当たり前。私はお小遣いももらえず、家での食事もウインナーと玉子焼きだけなど、質素なものでした」

 家に借金はなかったものの、舞さんの高校の学費を払うだけで手一杯だった。家計の助けと自身のお小遣いほしさに、舞さんが水商売の世界に入ったのは16歳のときだ。

「最初に働いたのは、時給1,800円の地元のスナックでした。私の年齢を知っているのはママだけで、お客さんには18歳と言ってました」

 舞さんは昼は学校、夜はスナックという生活を続けた。お酒も強く、毎日のように出勤。すぐに店にも慣れ、次第に学校へ行かなくなっていた。高校を中退した舞さんはキャバクラへ移り、18歳になると大阪・北新地の高級クラブに入店。そこでの日当は4万円で、当時の界隈ではトップクラスだったという。

「北新地のお客さんはレベルが違いました。見たことないような額のボトルや、キャバクラとは全く違う会話に初めは戸惑いました。会話の内容は難しくてついていけなくても、せめて言葉遣いだけは品良く話すよう努力しました。若いうちにクラブで働いて、水商売の最低限のマナーを身につけられたことは、貴重な経験ですね」

 舞さんがホステスとして安定してきた頃、世の中はキャバクラブームになっていた。毎日のようにメディアで取り上げられる「カリスマキャバ嬢」を見て、舞さんの心境に変化が訪れる。

「東京の華やかな有名キャバ嬢を見て、どうしても歌舞伎町で働きたくなったんです。大阪にお客さんもいたけど、『水商売で一から自分を試したい』と思い、21歳で上京しました。歌舞伎町は当時プチバブルで、裏稼業から会社経営者まで、関西とは全く違う層のお金持ちに圧倒されました。初めてついたお客さんは某有名金融会社の人だったんですけど、無造作に500万円ほどコンビニ袋に入れているのを見て『やっぱり東京はすごいな』と感じましたね」

 しかし、物おじしてはいられない。見知らぬ土地で舞さんが実践した接客は、どのようなものだったのだろうか?

「関西人らしい『明るい接客』を心がけました。私、根はそんなに明るくないんですけど、『人は明るいところに集まる』という言葉があるように、明るく振る舞っていれば、お客さんも来てくれると思うんです。私を指名してくれるお客さんは、ちょっと怖い感じの方が多かったです。カタギじゃなかったり、会社で立場が上の人ですね。そういう人たちは仕事で悩むことが多く、よく相談を受けるんですが、男性が悩みを打ち明けるって、めったにないと思うんです。そんなときは親身になって聞くように心がけていました」

 真面目な性格が通じ、舞さんは歌舞伎町に来てわずか1カ月でその店のナンバー1になり、月収は3桁に上った。

「きっかけは、1人のお客さんが友達を大勢連れてきて、店を私の指名客で埋めてくれたんです。その友達というのも経営者や有名ホストといった方たちばかりでした。皆さんが以後もずっと来店してくださったため、ナンバー1を維持することができました」

 不動のナンバー1になった舞さんは、ニューオープンのキャバクラ「A」にスカウトされる。「A」とは現在も歌舞伎町でトップクラスの店である。オープニングメンバーとして引き抜かれた舞さんに提示された時給は、1万2,000円であった。

「『A』には、各店のナンバー1が引き抜かれていました。皆、容姿も接客もトップクラス。私はそれまで通りの接客を続けましたが、毎日の同伴とアフターは欠かせませんでした。睡眠は1日3時間で、起きている間は、ずっとお酒を飲んでいました」

 「A」入店後、舞さんの月収は300万円を超えていた。しかし、飲み続ける舞さんの体に、ある異変が起き始める。

「ずっとお酒を飲んでいるせいか、体中に発疹が出たり、手の震えが止まらなくなったんです。寝ても疲れが取れなくて、ついに出勤の日もベッドから動けなくなったんです」

 病院へ行くと、「このまま飲み続けると、肝臓病になる恐れがある」と診断された。舞さんは「A」の出勤を大幅に減らし、給料は時給から売り上げ制になった。月に一度は出勤するようにしたが、ほとんど飲めず、収入は減ってゆく一方だった。そんな舞さんを見かねたのが「A」の常連客だ。

「体を壊してから、お客さんたちが経済的支援をしてくれるようになりました。額は1回食事して300~800万円、月平均して1,000万円ほどですね。体の関係はありません。マンションの敷金から引っ越し代まで、生活に必要なものはすべて出してくれた人もいたんです」

 かなりの額だが、「当時の歌舞伎町ではよくある話」と舞さんは言う。もらったお金は何につかっていたのか?

「もらったとはいえ、自分で稼いだお金ではないので、豪遊はしてません。私、もともと浪費するタイプではないんですよ。たまに時計とか大きい買い物はしますけど、あとは貯金していました。国税局が怖いので銀行には入れず、タンス貯金でしたけど、一時は億はあったと思います」

■キャバクラを辞めて始めた事業に失敗

 そんな舞さんは、28歳のときに水商売をあがる決意をしたという。

「28歳で『A』を退店し、貯めたお金でマツエクサロンを開業したんですが、失敗しました。真面目に働くことから長い間離れていたので、いざ社会に戻ろうと思っても、うまくいきませんでしたね。当時、同棲していた彼氏も事業に手を出して失敗し、私が生活費などを工面していたら、貯金も底をついてしまいました。その彼氏と別れ、クラブで働きだしたときに出会ったのが今の夫でした」

 その後、舞さんは子どもをもうけ、主婦として新たな人生を歩み始めている。現在の生活は、世間一般から見ても平均的なレベルだという。貧しかった幼少期から月に何百万も稼ぐホステスの暮らしを経て、舞さんは、お金に対して何を思うのだろうか?

「子どものころ貧しかった分、お金に対してハングリーな部分は、今も変わりませんね。お金に好かれるためにはどうしたらいいのかは、常に考えています。キャバ時代のお客さんには感謝してますし、出してもらって当たり前という考えもありません。今の生活はキャバ時代に比べると質素になりましたが、家族もできて、毎日がすごく幸せだなと感じます」
(カワノアユミ)

『黒革の手帖』のような“成り上がり”! 16歳から水商売、歌舞伎町で稼いだ「億の金」の行方は……?

 武井咲演じる原口元子が、借金返済のために銀座のホステスとしてのし上がってゆくドラマ『黒革の手帖』(テレビ朝日系)。派遣先の銀行から横領した1億8,000万円をもとに、銀座にクラブ「カルネ」をオープン。今日放送の第5話では、元子が銀座のクラブの最高峰「ルダン」を手に入れるため、オーナーである政財界のフィクサー・長谷川庄治(伊東四朗)と交渉するという展開だった。

■母子家庭で貧しく、16歳で水商売の世界へ

実際に、ドラマのように貧しかった家庭から、トップホステスにのし上がった女性がいる。その人の名は舞さん(仮名・34歳)、和服が似合いそうな、キリッとした美人だ。幼い頃から母子家庭だった舞さんの家は、決して裕福ではなかったと話す。

「地元が神戸で、周りは裕福な家庭が多かったです。中学の同級生は高校から私立へ行き、ブランド物のバッグを持つのが当たり前。私はお小遣いももらえず、家での食事もウインナーと玉子焼きだけなど、質素なものでした」

 家に借金はなかったものの、舞さんの高校の学費を払うだけで手一杯だった。家計の助けと自身のお小遣いほしさに、舞さんが水商売の世界に入ったのは16歳のときだ。

「最初に働いたのは、時給1,800円の地元のスナックでした。私の年齢を知っているのはママだけで、お客さんには18歳と言ってました」

 舞さんは昼は学校、夜はスナックという生活を続けた。お酒も強く、毎日のように出勤。すぐに店にも慣れ、次第に学校へ行かなくなっていた。高校を中退した舞さんはキャバクラへ移り、18歳になると大阪・北新地の高級クラブに入店。そこでの日当は4万円で、当時の界隈ではトップクラスだったという。

「北新地のお客さんはレベルが違いました。見たことないような額のボトルや、キャバクラとは全く違う会話に初めは戸惑いました。会話の内容は難しくてついていけなくても、せめて言葉遣いだけは品良く話すよう努力しました。若いうちにクラブで働いて、水商売の最低限のマナーを身につけられたことは、貴重な経験ですね」

 舞さんがホステスとして安定してきた頃、世の中はキャバクラブームになっていた。毎日のようにメディアで取り上げられる「カリスマキャバ嬢」を見て、舞さんの心境に変化が訪れる。

「東京の華やかな有名キャバ嬢を見て、どうしても歌舞伎町で働きたくなったんです。大阪にお客さんもいたけど、『水商売で一から自分を試したい』と思い、21歳で上京しました。歌舞伎町は当時プチバブルで、裏稼業から会社経営者まで、関西とは全く違う層のお金持ちに圧倒されました。初めてついたお客さんは某有名金融会社の人だったんですけど、無造作に500万円ほどコンビニ袋に入れているのを見て『やっぱり東京はすごいな』と感じましたね」

 しかし、物おじしてはいられない。見知らぬ土地で舞さんが実践した接客は、どのようなものだったのだろうか?

「関西人らしい『明るい接客』を心がけました。私、根はそんなに明るくないんですけど、『人は明るいところに集まる』という言葉があるように、明るく振る舞っていれば、お客さんも来てくれると思うんです。私を指名してくれるお客さんは、ちょっと怖い感じの方が多かったです。カタギじゃなかったり、会社で立場が上の人ですね。そういう人たちは仕事で悩むことが多く、よく相談を受けるんですが、男性が悩みを打ち明けるって、めったにないと思うんです。そんなときは親身になって聞くように心がけていました」

 真面目な性格が通じ、舞さんは歌舞伎町に来てわずか1カ月でその店のナンバー1になり、月収は3桁に上った。

「きっかけは、1人のお客さんが友達を大勢連れてきて、店を私の指名客で埋めてくれたんです。その友達というのも経営者や有名ホストといった方たちばかりでした。皆さんが以後もずっと来店してくださったため、ナンバー1を維持することができました」

 不動のナンバー1になった舞さんは、ニューオープンのキャバクラ「A」にスカウトされる。「A」とは現在も歌舞伎町でトップクラスの店である。オープニングメンバーとして引き抜かれた舞さんに提示された時給は、1万2,000円であった。

「『A』には、各店のナンバー1が引き抜かれていました。皆、容姿も接客もトップクラス。私はそれまで通りの接客を続けましたが、毎日の同伴とアフターは欠かせませんでした。睡眠は1日3時間で、起きている間は、ずっとお酒を飲んでいました」

 「A」入店後、舞さんの月収は300万円を超えていた。しかし、飲み続ける舞さんの体に、ある異変が起き始める。

「ずっとお酒を飲んでいるせいか、体中に発疹が出たり、手の震えが止まらなくなったんです。寝ても疲れが取れなくて、ついに出勤の日もベッドから動けなくなったんです」

 病院へ行くと、「このまま飲み続けると、肝臓病になる恐れがある」と診断された。舞さんは「A」の出勤を大幅に減らし、給料は時給から売り上げ制になった。月に一度は出勤するようにしたが、ほとんど飲めず、収入は減ってゆく一方だった。そんな舞さんを見かねたのが「A」の常連客だ。

「体を壊してから、お客さんたちが経済的支援をしてくれるようになりました。額は1回食事して300~800万円、月平均して1,000万円ほどですね。体の関係はありません。マンションの敷金から引っ越し代まで、生活に必要なものはすべて出してくれた人もいたんです」

 かなりの額だが、「当時の歌舞伎町ではよくある話」と舞さんは言う。もらったお金は何につかっていたのか?

「もらったとはいえ、自分で稼いだお金ではないので、豪遊はしてません。私、もともと浪費するタイプではないんですよ。たまに時計とか大きい買い物はしますけど、あとは貯金していました。国税局が怖いので銀行には入れず、タンス貯金でしたけど、一時は億はあったと思います」

■キャバクラを辞めて始めた事業に失敗

 そんな舞さんは、28歳のときに水商売をあがる決意をしたという。

「28歳で『A』を退店し、貯めたお金でマツエクサロンを開業したんですが、失敗しました。真面目に働くことから長い間離れていたので、いざ社会に戻ろうと思っても、うまくいきませんでしたね。当時、同棲していた彼氏も事業に手を出して失敗し、私が生活費などを工面していたら、貯金も底をついてしまいました。その彼氏と別れ、クラブで働きだしたときに出会ったのが今の夫でした」

 その後、舞さんは子どもをもうけ、主婦として新たな人生を歩み始めている。現在の生活は、世間一般から見ても平均的なレベルだという。貧しかった幼少期から月に何百万も稼ぐホステスの暮らしを経て、舞さんは、お金に対して何を思うのだろうか?

「子どものころ貧しかった分、お金に対してハングリーな部分は、今も変わりませんね。お金に好かれるためにはどうしたらいいのかは、常に考えています。キャバ時代のお客さんには感謝してますし、出してもらって当たり前という考えもありません。今の生活はキャバ時代に比べると質素になりましたが、家族もできて、毎日がすごく幸せだなと感じます」
(カワノアユミ)

熟女キャバクラ急増のワケとは? いま求められる“熟女”力

 栄枯盛衰、かつて栄えていたものも、時代の移り変わりにより突如終焉が訪れる。2017年2月、大阪のとあるキャバクラが20年の歴史に幕を閉じようとしていた。繁華街の中心に店を構える「クラブL」。40坪の店内には、常に20名以上のキャストが在籍。20代の若い女性をメインに揃え、リーズナブルな価格設定で、週末には必ず満席になるほどの賑わいだったという。人気のキャバクラに、いったい何があったのだろうか。周辺事情に詳しい人に話を聞いた。

■30代から40代女性のキャストがメイン

「年末にはお客さんが並ぶほどの盛況ぶりでした。それでも往年に比べると、売り上げは伸び悩んでいたそうです」(キャバクラの客引き)

 ここ数年、業績不振といわれているキャバクラ業界だが、ある変化が起きているという。

「最近は若いコがいる店より、熟女キャバクラのほうがお客さんは入っていますね。『クラブL』もオーナーが変わり、跡地には熟女キャバクラができるそうです」(同)

 数年前から人気が高まっているといわれる熟女キャバクラだが、ここ1年ほどで、その人気は急上昇しているという。ひと昔前まで、熟女キャバクラとは30代前後の女性キャストが在籍する店のことを指していたが、最近では30代から40代の女性のキャストがメインだという。しかしなぜ今、若手メインのキャバクラが減少し、熟女キャバクラが増え続けているのだろうか。

■風営法改正による、「若者のキャバクラ離れ」

「2000年初頭、キャバクラに来る客はヤミ金や振り込め詐欺などの犯罪を働く若者が中心となり、年齢層は一気に低下しました」(元キャバ嬢)

 90年代後半まで、若い客などほとんど来なかったキャバクラ。だが2000年に入り、ヤミ金融やオレオレ詐欺、テレクラのサクラなどの職業が流行し、大金を持った若者たちがキャバクラで豪遊するようになった。05年には雑誌「小悪魔ageha」(インフォレスト、現・主婦の友社)が創刊。派手な盛り髪にデコネイルの「age嬢」ファッションは社会現象にもなり、キャバクラ嬢は「小中学生の将来なりたい職業ランキング」にランクインする。しかし、時代は長く続かない。

「ヤミ金、振り込め詐欺の摘発強化により、それまで豪遊していた若者連中が姿を消しました。さらに追い打ちをかけたのが、2005年に改正された風俗営業法(風営法)です。今まで深夜過ぎまで営業していたキャバクラが、深夜1時閉店となったことで、終電を逃した若者たちが来なくなりました」(同)

 最近、よく目にするようになった「若者の酒離れ」など、キャバクラから足が遠のいた理由は諸説あるが、風営法の改正は大きく影響したと見られる。こうした「若者のキャバクラ離れ」により、客の年齢層が上昇。これに目をつけたキャバクラ経営者がオープンさせたのが、正午から夕方まで営業する「昼キャバ」だった。

■昼キャバから始まった熟女需要

「昼キャバ客のターゲット層は、定年退職者などの高齢者。それに合わせ、通常よりも年齢の高い30代以上のキャストを採用しました。キャストのほとんどが、昼間子どもを預けられる主婦や、離婚歴のある子持ちの女性です。苦労している分、若いコにはできない気配りがあります。また、若いコに比べ、低コストで雇えるのも大きいです。生活がかかってる分、仕事熱心で、経験者も多いので、一から教えなくて済む。今や熟女は、若いキャバ嬢よりも経営者側にとって需要が高いといわれています」(熟女キャバクラ経営者)

 昼間は30代前後のキャスト、夜は20代のキャストと二部制にすることで、一時、落ち込んでいた売り上げも同店では戻ってきたという。さらに二部(夜の営業)にも30代以上の女性を起用し、客層も幅広い年齢へと広げていった。そんな中、同氏が熟女キャバクラをつくるきっかけとなる出来事が起こったという。

「昨年から始まったマイナンバー制度の導入で、『昼の仕事にキャバクラの副業がバレてしまうのではないか』と、昼夜掛け持ちする副業キャバ嬢が一斉に辞めてしまいました。彼女らのほとんどが20代半ば頃から後半、店の中堅層といわれる年齢のキャストたちでした。結果、キャストの平均年齢が上がってしまったので、思い切って熟女キャバクラに変えることにしました」(同)

■クラブより安く、キャバクラより落ち着いた雰囲気

 客に続き、働き手側にも「若者のキャバクラ離れ」が始まった。店は30代から40代のキャストをメインに集め、熟女キャバクラへと生まれ変わった。しかし、ただ年齢層が高いだけのキャバクラではいずれ飽きられてしまう。そこで秘策を打ち出した。

「銀座や北新地のクラブのように、接待で使ってもらえる店を目指しました。今まで企業の接待は、座って数万円する高級クラブが使われていましたが、1人のお客様に対して、ホステスが数人着くことがある。キャバクラの特徴である1対1の接客を武器にして、接待で使っていただけたらと。キャストの年齢自体は高級クラブのホステスと変わりません。教育を徹底的に行いました」(同)

 この店では料金は指名しても、1人1時間1万円。ハウスボトルがあるので、クラブに比べると、かなり安い価格設定だ。

「料金もですが、クラブのような厳しさがないのも特長です。店内カラオケ禁止とか、出勤の時は必ずドレスにハイヒールとか、そういう規則はうちにはありません」(同)

 働くキャストは、若いキャバ嬢やクラブホステスのような派手さはないが、背中のあいたロングドレスにショールといった落ち着いた衣装が主流だ。

「熟女キャバクラ嬢の魅力は、気を使わなくていいとこ。年齢が近いので話が合います。若いコ相手だと話が合わないので疲れちゃうんですよね。高級クラブのように、同伴で高級店に連れていかなきゃ、というプレッシャーもないし。あと、多少のオサワリを許してくれるのも良いですね(笑)」(熟女キャバクラ常連客)

 そんな熟女キャバクラだが、中には比較的若いキャストもいるようだ。

「もともと、キャバクラで働いていたのですが、若いお客さんや女のコのノリに付いていけなくて、こっち(熟女キャバクラ)に移ってきました。お客様は年配の方が多いので働きやすいです。キャバ嬢のような派手な服装も苦手なので、熟女キャバクラの落ち着いた雰囲気は自分に合っていると思います」(熟女キャバクラ嬢28歳)

■若手キャバ嬢たちが路頭に迷っている

 いまや、熟女キャバクラは勢いを増している。しかし一方で、減りつつある若手のキャバ嬢たちはどう思っているのだろうか。閉店を間近に控えた「クラブL」のキャストに、先行きを聞いた。

「売り上げがあるキャストは、熟女キャバクラに残れる方針でいるそうです。でも、全員を今まで通りの時給で、というわけにはいかないみたいです。私はほかの店を探そうと思ったのですが、時期が時期なので、しばらく熟女キャバに残りながら、ほかの店を探すことにしました。また、売り上げや出勤が少ないキャストは、遠まわしにクビを宣告されているそうです。新しい店を探したり、キャバクラの派遣会社に登録するというコもいますが、皆、なかなか移動先が見つからないとぼやいています」(「クラブL」古株キャスト・27歳)

 水商売で2月は、暇な月といわれている。実績がないと、働き口はなかなか見つからないという。

「同じエリアなら、今まで来てくれてたお客さんも引っ張りやすいけれど、この辺りで『L』と同じ料金で飲める店はない。新天地で一からお客さんをつかんでいくのも厳しいけど、時給が下がるのも困る」(同)

 相次いでオープンする熟女キャバクラの裏側で、多くの若手キャバ嬢たちが路頭に迷っているようだ。「小悪魔ageha」全盛期の頃のように、彼女らがふたたび日の目を見ることはあるのだろうか。
(カワノアユミ)

「キャバ嬢としての全盛期が忘れられない」夜の世界から足抜けできなかった女たちの今

 夜の商売で働く女性たち。彼女たちはそれぞれに事情を抱え、本当はやめたいのにやめられずにいる……などというのは昔の話。ヘルスなどの射精産業には暗い裏事情を持つ女性たちもいるというが、キャバクラ嬢たちの中には、至ってカジュアルに夜の世界で働いている女性たちも多い。

■キャバクラを辞めた後は株を始めたり、会社を立ち上げる子

「こないだ昔なじみの黒服がぼやいていましたよ。指名もついて、さあこれから稼いでくれるぞ! って期待していた子が、『彼氏ができたから辞める』ってLINEで送ってきたってね(笑)。それからひと月もたたないうちに別の店で働いているってうわさを聞いて、その店に行ったという客に聞いたら『彼氏と別れたから復帰した』って笑って話していたそうです。店は売れっ子のキャストがひとり抜けたら、けっこうダメージを受けるんですけどね」

 そう話すのは、かつてキャバクラを経営し、今でも店にドレスやスーツを販売する外商として夜の世界に関わるM氏。長年この世界で生きているM氏を慕うキャバクラ関係者は多く、そんな愚痴を聞くのも仕事のうちだ。

「キャバ嬢が店を辞める理由としてよく聞くのは、彼氏がらみですね。彼女が客とはいえ他の男とLINEやメールのやり取りをし、仲良く話をしているのに焼きもちを焼いてしまうんだとか。目端の利く子の中には、キャバ嬢として働いている間に人脈をつくったり、いろんな知識を身につけたりして、店を辞めた後は株を始めたり、会社を立ち上げる子もいます。どんな会社かって? よく聞くのはペット関連です。ペットを飼っているキャバ嬢は多いから、その延長でビジネスを始めるみたいです」

■夜の商売の門戸は広くなっているから、働き口に困らない

 M氏によれば、キャバで働くのは20代。できれば20代半ばまでで足を洗いたいと思っているキャバ嬢が多いという。キャバを抜けた後の身の振り方は結婚、企業の一般職への就職などさまざまだが、中には夜の世界にどっぷりつかり、抜け出せなくなる子も多い。

「見た目が若ければ年齢をごまかして働くこともできるし、ただ若いだけの子より、アラサーくらいの落ち着きのある子の方がいいっていう客もいますからね。30代、40代になっても熟女キャバクラがあるから、働く場所には困らない。太っている子を雇うポチャ専の店もありますしね。夜の商売の門戸は広くなっているから、働き口に困らないという『いい面』がある反面、抜け出せなくなるという『悪い面』もあるんです。選ぶのは本人の自由だから、私がとやかく言うことじゃありませんが、歩けなくなるくらい酒を飲んで、泣きながら愚痴を言っている子を見ると、『ああ、辞めた方が体にもいいのにな』と思います。気楽に働いているように見えても、指名や売り上げなど、彼女たちもいろんなプレッシャーと戦い続けていますから」

 そういうキャバ嬢たちを見ていると、M氏は若かりし頃の顧客だった、キャバレー嬢たちを思い出すという。バブル真っ只中で羽振りの良かった頃、景気よく金を使ってくれた彼女たちも、バブル崩壊による景気の低迷、それに伴い夜の世界も大箱のキャバレー全盛からキャバクラがメインとなっていく中で、ひとり、またひとりと夜の世界から足を洗っていったというが……。

「たまに商売で顔を出す店にね、バブルの頃からの顔なじみがいるんです。キャバレー、キャバクラ、スナックと流れて、今はまたキャバレーに戻ったそうです。あのドラマ、『キャバすか学園』(日本テレビ系)でしたっけ? 全国のキャバクラを渡り歩いているっていう子(小嶋陽菜演じる「こじはる」)が出てきましたが、あの子みたいに、いろんな土地の店を渡り歩いているベテラン嬢は意外といるんですよ」

■自分にとっての“一番いいとき”を忘れられない

 しかし、かつてのキャバレー全盛時代のような収入は望むべくもなく、時給は1,000円ちょっとと、アルバイトや一般職のパートの時給とそれほど変わらない。なぜ、収入の高さというメリットがないのに、夜の世界にこだわるのだろうか?

「ちょっと前に、あるAV女優のドキュメントを見たんですが、売れっ子のときはトップアイドル並みの待遇を受けていたけど、人気が落ちてからは、複数の女優が出演する、ひと山いくらみたいな扱いの作品しかオファーが来ないんだそうです。それなのに辞めない理由を聞かれると、『また昔みたいになりたい』と答えていました。上ったはしごの先から降りられなくなったというのかな? ちやほやされて、はしごを上ったけど、人気がなくなったからとはしごを外されたら、落ちるしかないですよね? そうなったらほとんどの人はあきらめるけど、自分にとっての“一番いいとき”を忘れられず、支える足場がないのに、そこにしがみついてしまう人間もいます。夜の世界から抜けられなくなった女性たちは、『自分にはこの仕事しかできない』と口を揃えて言うのですが、良き時代をいまだに忘れられずにいるのかもしれません」

 自分が一番輝いていた瞬間。「本人にとっての武勇伝」をいい年になっても自慢げに話す男が多いように、それを忘れられないのは女も同じなのかもしれない。夜の世界にこだわるのは本人の自由だ。しかし、M氏はベテラン嬢たちのどこか疲れた背中を見ると、なんともやるせない気持ちになるという。