“フクシくん”落合福嗣のナレーションでつづる「プロ野球選手の子ども」の人生

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イメージ画像(Thinkstockより)
 今年もプロ野球のペナントレースが終わりを告げた。まだまだポストシーズンの戦いがあるとはいえ、試合のないオフシーズン、ストーブリーグの季節も意外ともうすぐそこにある。ただ、試合はなくとも、別角度から野球を楽しめるのがオフシーズンの醍醐味。そのひとつが、密着ドキュメントだ。シーズン中に放送される場合もあるが、オフのほうが選手の内面や私生活、家族を巻き込んだ企画が増えて、見応えあるものが多い。  この分野で一日の長があるのは、なんといってもTBS。年末恒例の『プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達』、最近、放送回数が増えてきた『壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち』、そして間もなく迎えるドラフト会議当日には『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう 夢を追う親子の壮絶人生ドキュメント』と、おなじみの企画がめじろ押しだ。  この「野球ドキュメンタリー」の分野で、TBS以外で新たな鉱脈を見つけたのがフジテレビ。今年3月に放送された新企画『プロ野球選手の子供に生まれて』。その第2弾が10月2日、早くも放送された。  3月放送の第1弾では、テニスに打ち込む石井琢朗コーチ(広島)の娘、父と同じ野球の道を選んだ前田幸長氏、元木大介氏(ともに元巨人)の息子たちを取材。それぞれの親子の関係性、注目を集めやすい「プロ野球選手の子ども」という境遇・環境だからこその悩みなどを描いた。  今回放送の第2弾では、石井親子のその後、そして新たな親子として、3兄弟がJリーガーという高木豊(元横浜)親子、オヤジ超えを目指して英才教育を施す度会博文(元ヤクルト)親子が登場。「プロを目指すなら、今のうちに負けを経験しておくこと」と語る石井。「(スポーツ界では)オヤジの名前なんて通用しない。自分の実力で切り開かなきゃいけない」と高木。大舞台に挑む息子に「きっと誰かが見ている。だから、いつも、全力で」とメッセージを送った度会と、三者三様の“オヤジの背中”はそれぞれ温かく、そして味わい深かった。  これほど早く第2弾が制作されたのは、よほど第1弾の評判と数字がよかった、ということのはず。その成功の要因のひとつは、なんといってもナレーションを元三冠王・落合博満の息子にして声優の落合福嗣が務めたことだ。声優として確固たる地位を築きつつある福嗣の声はとても聞きやすく、そして番組コンセプトにこれほど合致し、話題性を生む人選はなかったはず。むしろ、福嗣ありきの企画だったのでは? と思えてしまうほど、この番組には欠かせない要素だ。  それにしても……かつて、名著にして怪著『フクシ伝説 うちのとーちゃんは三冠王だぞ!』(集英社)を刊行し、ある意味、「プロ野球選手の息子」を肩書に生きていた感すらある“フクシくん”が、こんなに立派になって……という感慨深さは、2回目でも収まらなかった。  そして第2弾を見て思ったのは、成功する企画には“見えざる力”が働くものだな、ということ。たとえば、今回取り上げた3組の親子のうち、度会の息子は中学生最後の全国大会で大活躍し、見事に全国制覇。その活躍が認められて、U15の侍ジャパンにも選出された。  また、第1弾で「プロになんてなれっこない」と父から断言されていた石井の娘は、海外武者修行を経て、全国大会で準優勝。こうした“結果”は、どんなに番組スタッフが努力したところで実現できるわけではない。むしろ、うまくいかないケースのほうが多いはず。その半面、番組自体の勢いや時流とのマッチングが強い場合には、自然と結果が結びつくからなんとも不思議だ。  ちなみに、今回の番組最後で「ユニフォームを脱いで、(テニスでプロを目指す娘と一緒に)海外を回りたい」と語った石井。するとこの数日後、今季限りでのカープ退団を発表。記者会見で「一番の理由は、東京にいる家族です。『戻って来 てほしい』と……」と発言していたが、番組を見た人はきっと、テニスに打ち込む娘の姿を思い起こしたはず。こうした積み重ねで、番組ファンは着実に増えていくのではないだろうか。  恐らく、遠くない時期に第3弾も放送されるであろう、『プロ野球選手の子供に生まれて』。期待したいのは、落合博満・福嗣親子の物語も見てみたい、ということ。くしくもこの夏、福嗣は自身のTwitterで、父・博満と野球観戦したことをツイートしていた。 《63年弱生きてきて産まれてはじめて野球場の客席でお酒を飲む。ずーっと夢だったんだって。ほら、いつだって野球は『仕事』だったからさ》  あの博満の意外すぎる“小さな夢”をかなえた息子、福嗣。とんねるずやナインティナインにも暴言を吐いていたあの子が、本当に立派になったなぁ……。 (文=オグマナオト)

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 今年もプロ野球のペナントレースが終わりを告げた。まだまだポストシーズンの戦いがあるとはいえ、試合のないオフシーズン、ストーブリーグの季節も意外ともうすぐそこにある。ただ、試合はなくとも、別角度から野球を楽しめるのがオフシーズンの醍醐味。そのひとつが、密着ドキュメントだ。シーズン中に放送される場合もあるが、オフのほうが選手の内面や私生活、家族を巻き込んだ企画が増えて、見応えあるものが多い。  この分野で一日の長があるのは、なんといってもTBS。年末恒例の『プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達』、最近、放送回数が増えてきた『壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち』、そして間もなく迎えるドラフト会議当日には『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう 夢を追う親子の壮絶人生ドキュメント』と、おなじみの企画がめじろ押しだ。  この「野球ドキュメンタリー」の分野で、TBS以外で新たな鉱脈を見つけたのがフジテレビ。今年3月に放送された新企画『プロ野球選手の子供に生まれて』。その第2弾が10月2日、早くも放送された。  3月放送の第1弾では、テニスに打ち込む石井琢朗コーチ(広島)の娘、父と同じ野球の道を選んだ前田幸長氏、元木大介氏(ともに元巨人)の息子たちを取材。それぞれの親子の関係性、注目を集めやすい「プロ野球選手の子ども」という境遇・環境だからこその悩みなどを描いた。  今回放送の第2弾では、石井親子のその後、そして新たな親子として、3兄弟がJリーガーという高木豊(元横浜)親子、オヤジ超えを目指して英才教育を施す度会博文(元ヤクルト)親子が登場。「プロを目指すなら、今のうちに負けを経験しておくこと」と語る石井。「(スポーツ界では)オヤジの名前なんて通用しない。自分の実力で切り開かなきゃいけない」と高木。大舞台に挑む息子に「きっと誰かが見ている。だから、いつも、全力で」とメッセージを送った度会と、三者三様の“オヤジの背中”はそれぞれ温かく、そして味わい深かった。  これほど早く第2弾が制作されたのは、よほど第1弾の評判と数字がよかった、ということのはず。その成功の要因のひとつは、なんといってもナレーションを元三冠王・落合博満の息子にして声優の落合福嗣が務めたことだ。声優として確固たる地位を築きつつある福嗣の声はとても聞きやすく、そして番組コンセプトにこれほど合致し、話題性を生む人選はなかったはず。むしろ、福嗣ありきの企画だったのでは? と思えてしまうほど、この番組には欠かせない要素だ。  それにしても……かつて、名著にして怪著『フクシ伝説 うちのとーちゃんは三冠王だぞ!』(集英社)を刊行し、ある意味、「プロ野球選手の息子」を肩書に生きていた感すらある“フクシくん”が、こんなに立派になって……という感慨深さは、2回目でも収まらなかった。  そして第2弾を見て思ったのは、成功する企画には“見えざる力”が働くものだな、ということ。たとえば、今回取り上げた3組の親子のうち、度会の息子は中学生最後の全国大会で大活躍し、見事に全国制覇。その活躍が認められて、U15の侍ジャパンにも選出された。  また、第1弾で「プロになんてなれっこない」と父から断言されていた石井の娘は、海外武者修行を経て、全国大会で準優勝。こうした“結果”は、どんなに番組スタッフが努力したところで実現できるわけではない。むしろ、うまくいかないケースのほうが多いはず。その半面、番組自体の勢いや時流とのマッチングが強い場合には、自然と結果が結びつくからなんとも不思議だ。  ちなみに、今回の番組最後で「ユニフォームを脱いで、(テニスでプロを目指す娘と一緒に)海外を回りたい」と語った石井。するとこの数日後、今季限りでのカープ退団を発表。記者会見で「一番の理由は、東京にいる家族です。『戻って来 てほしい』と……」と発言していたが、番組を見た人はきっと、テニスに打ち込む娘の姿を思い起こしたはず。こうした積み重ねで、番組ファンは着実に増えていくのではないだろうか。  恐らく、遠くない時期に第3弾も放送されるであろう、『プロ野球選手の子供に生まれて』。期待したいのは、落合博満・福嗣親子の物語も見てみたい、ということ。くしくもこの夏、福嗣は自身のTwitterで、父・博満と野球観戦したことをツイートしていた。 《63年弱生きてきて産まれてはじめて野球場の客席でお酒を飲む。ずーっと夢だったんだって。ほら、いつだって野球は『仕事』だったからさ》  あの博満の意外すぎる“小さな夢”をかなえた息子、福嗣。とんねるずやナインティナインにも暴言を吐いていたあの子が、本当に立派になったなぁ……。 (文=オグマナオト)

TBSラジオ「プロ野球中継から撤退」にファンが悲鳴! ラジオはなぜ“巨人戦至上主義”から抜け出せないのか?

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 リーグ優勝は決まっても、CS進出争いがまだまだ佳境のプロ野球。一方、Bクラスが確定した球団のファンの気持ちは早くも来季へ。試合単位、シーズン単位で落胆することはあっても、先へ先へと楽しみを循環できるのも野球ファンの醍醐味のひとつだ。そんな中、その前向きな気持ちに水を差しかねないニュースが飛び込んできた。 <TBSラジオが来季から野球中継撤退へ> 「週刊ポスト」(小学館/9月29日号)が報じたもので、(1)野球中継の聴取率低下で広告収入が激減。(2)各球場のラジオ用ブースの使用契約料もバカにならず、採算が厳しい……という状況のため、1952年から60年以上続いてきたプロ野球中継『エキサイトベースボール』を今季限りで撤退する、というニュースだ。  27日には、さらに続報が流れた。TBSラジオの入江清彦社長が定例記者会見で「具体的に発表できる結論は出ていないが、年内をめどに結論を出す」「(撤退の)検討はずっと繰り返している」と答えたという。  プロ野球ファン、そしてラジオファンとしてはただただ悲しく、残念な気持ちになるニュースだ。もちろん、広告収入が激減、採算が厳しいという側面はあるのだろう。カールの販売中止が決まってから、思い出したように大人買いする消費者のように「ラジオの野球中継っていいよね」と言いつつ耳を傾ける回数を減らしていたのだとしたら、その責任の一端はリスナーや野球ファンにもあるのかもしれない。  一方で、どうしても疑問と不満も拭えない。ポストの記事では、入江社長の〈ラジオで野球を楽しむ習慣が遠のいている〉というコメントも紹介しているが、遠のかせないための施策は十分にできていたのだろうか?  野球ファンの間でよく議論になるのが、ラジオ中継の巨人戦偏向主義だ。これは、巨人寄りの中継をしているということではなく、ラジオのどの局も巨人戦しか中継してくれない、ということ。「パ・リーグきこうぜ!」でおなじみの文化放送『ライオンズナイター』もあるのだが、西武戦が組まれていない日のラテ欄を見ると、NHK、TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、ラジオ日本のAM5局がすべて「巨人×◯◯」と横並びで、その編成の貧困さに悲しくなることが年に数回はある。  巨人・大鵬・卵焼きの時代ならいざ知らず、なぜラジオは(そしてこれは、民放テレビもそうなのだが)いまだに巨人戦至上主義から脱却できないのだろうか?  地上波テレビでの野球中継が激減した2000年以降、野球人気の低下が叫ばれて久しい。その半面、ここ数年はどの球場も観客動員数で過去最高を更新し続けている。確かに、70年代・80年代のような圧倒的な人気はなくなってしまったのかもしれないが、ファンの多様化・裾野の拡大という意味では、以前よりもいい時代を迎えつつあるのだ。  さらに、16年から導入された、radikoの「エリアフリー」「タイムフリー」は、実は野球中継を楽しむ上でももってこい。ひいきの球団が勝った試合を、最初はCS中継で見て、その後にradikoのタイムフリーで聴き直すことだってできるし、球団地元のローカル局ではどんな応援実況をしていたのか聴き比べることだってできてしまう。むしろ今、ラジオで野球中継を扱うことは、追い風が吹いているようにも感じる。  もったいないと思うのは、野球ファンの多様性をどこよりも紹介しているのもまた、TBSラジオだということ。阪神が負けた翌朝の放送はどことなくテンションが低い『森本毅郎スタンバイ!』。たびたび偏狭なベイスターズ企画をぶち込む『荒川強啓デイ・キャッチ!』。各球団ファンの論客やコラムニストをゲストに招くプロ野球企画が好評の『荻上チキ・Session-22』。そして、『伊集院光とらじおと』『深夜の馬鹿力』でラジオ界を牽引する伊集院光は日本ハムファンの代表格で、トークの枕として日本ハムネタ、プロ野球ネタから番組が始まることは少なくない。  朝から深夜まで、TBSラジオでは巨人以外の野球ネタがめじろ押しなのだ。それなのに、野球中継『エキサイトベースボール』では巨人戦ばかりというちぐはぐさ。きっと何かできることはあるはずなのだ。  折しも先週、文化系野球ファンに人気の不定期刊行雑誌「屋上野球」(編集室 屋上)の最新号が発売。その特集企画が「野球は、ラジオで」だった。全国ラジオ局へのアンケート調査ページで、TBSラジオが「野球中継が一番面白いのは実は『ラジオ』なんです」と答えていているのがなんだか切ない。  恐らく、TBSラジオの野球中継撤退は既定路線なのだろう。それでもいちるの望みをかけ、「屋上野球」の冒頭コラムを引用して終わりたい。 《ラジオで野球中継を聴くということに、ノスタルジーを感じる人もいるかもしれない。懐かしいな。昔よく聴いたなあ。いやいや、今なんです。今、ラジオで聴く野球が、どんどん面白くなっているんです。(中略)ラジオで野球を聴く楽しみを知ったら、あなたの野球はきっともっと広がっていく》 (文=オグマナオト)

芸能人の“ぶっちゃけ”だけじゃない! 『しくじり先生』が見つけたアスリート・エピソードという鉱脈

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 2014年のレギュラー放送開始以降、世間の話題に上ることが多かった『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(テレビ朝日系)が、いよいよ今月いっぱいで終焉を迎える。今後は特番として継続されるというが、一時代を築いた番組としては、その潔すぎる終わり方がなんとも感慨深い。  そこで本稿では、この番組を“スポーツ視点”で振り返ってみたい。というのも、登場した『しくじり先生』のうち、アスリート(元スポーツ選手)の占める割合がかなり高かったからだ。  そもそも、レギュラー化以前の特番時代からして、大林素子(バレーボール)と池谷幸雄(体操)、織田信成(フィギュアスケート)という強烈ラインナップ。濃度が濃すぎたからか、深夜レギュラー時代に「しくじりアーカイブス アスリート編」として池谷編、織田編が再編集されたほどだった。  以降、深夜放送時代には、獣神サンダー・ライガー(プロレス)、元木大介(野球)、浅田舞(フィギュア)、武田修宏(サッカー)らが登場。  ゴールデンに移行した記念すべき1発目の『しくじり先生』も前園真聖(サッカー)だったし、その後も定期的に丸山茂樹(ゴルフ)、武蔵(格闘技)、G.G.佐藤(野球)、内村周子(体操 ※内村航平の母)、貴闘力(相撲)、亀田大毅(ボクシング)、清水宏保(スピードスケート)、成田童夢(スノーボード)、新庄剛志(野球)、瀬古利彦(マラソン)、江本孟紀(野球)、荻原次晴(スキーノルディック複合)、神取忍(プロレス)、森本稀哲(野球)と、競技の枠を超え、そうそうたるメンバーが出演を続けた。  つい先日、9月10日放送回でも、元なでしこジャパンの丸山桂里奈が登壇。温厚な澤穂希を怒らせたエピソードを披露し、放送後のSNSはこの話題でにぎわいを見せていた。  これまで、「先生」として登壇したのは総勢123名。うち、元アスリートは23名。付け加えれば、「アスリート先生」が登場する際には、「生徒役」にも元アスリートが並ぶことが多く、前園、織田、元木などは、先生としても生徒としても優秀な働きを見せていた。  ここから考えられるのは、『しくじり先生』に限らず、いま番組づくりをする上では、出演者の中にこのくらいの比率でアスリート枠が必要、という示唆でもあるのではないだろうか? それほど、スポーツ選手たちはエピソードの宝庫だし、時に飛び道具として番組にアクセントを加えることができる存在になっている。  そしてあらためて思うのは、アスリートほど、日々「しくじり」と向き合う職業はない、ということ。もちろん、ひとつの負け、三振やエラーといったミスをすべて「しくじり」とまとめてしまうのは乱暴だが、日々の試合や練習で何度も「失敗」を重ね、どうすれば「失敗しないか」に腐心する毎日を過ごしている。  結果として、日常的にさまざまなプレッシャーと向き合うことで、ネジが飛んでしまったり、感覚が麻痺してしまったりすることもあるだろう。だからこそ、競技生活を終えたあと、そのギャップによってしくじってしまう人が多いのではないだろうか。  だが、この「ネジが飛んでいること」「感覚が麻痺していること」こそが、ある種、アスリートの魅力、ともいえる。常軌を逸した毎日を過ごすからこそ、見る者を驚かすパフォーマンスを生み出せるのだろうし、常人が想像もできない体験を重ねているからこそ、彼らの発言は思わぬ含蓄を帯びることがあるのだ。  最近、アスリートにも「品行方正」を求める向きが多いが、品行方正では世界で伍して戦うことなんてできないのではないか。『しくじり先生』を見ると、あらためてそう感じてしまう。いや、もちろん、品行方正で世界一になることができれば、それに越したことはないが……。  それにしても、野球選手が多かったとはいえ、よくぞこれほど多種多様な競技から“先生”を引っ張ってきたなぁと、感心してしまう。  スポーツを愛する層の中には、アスリートをバラエティで起用することに拒否反応を示す人も少なからず存在する。だが、こうした番組をキッカケに競技や選手を知り、応援したくなるケースもきっと多いはず。結果としてそれは、アスリートの支援や競技普及にもつながっていくのではないだろうか。 (文=オグマナオト)

「野球 vs サッカー」という不毛な企画を繰り返すバラエティ、テレ朝『◯◯総選挙』シリーズを見習え?

「野球 vs サッカー」という不毛な企画を繰り返すバラエティ、テレ朝「◯◯総選挙」シリーズを見習え?の画像1
TBS『ジョブチューン ~アノ職業のヒミツぶっちゃけます!』公式サイトより
 一体、いつまでこんな不毛な議論を繰り返すのか? 26日に放送された『ジョブチューン』(TBS系)の2時間特番「野球 vs サッカー 国民的スポーツNo.1はどっち!? プロ大激論&全国投票で今夜決着SP!」のことだ。  放送を受け、早速スポーツ系媒体や各ウェブメディアでは内容のダイジェストが紹介され、それに対してSNS上では賛否が巻き起こっている(まあ、筆者が見た限り、賛はほぼないのだが……)。  それぞれの、野球押し、サッカー押しの意見。そして、野球のダメなところ、サッカーのダメなところはあえてこの稿では振り返らない。  兎にも角にも疑問なのは、野球とサッカー、戦ってどうするのよ!? ということ。たとえば、ラーメンというジャンルの中でどの店がNo.1かを決めることはあっても、「ラーメンとうどん(そばでも可)、国民的麺料理No.1」はどっち? なんて議論、テレビでやろうものなら「比べるものではない」とバカにされることは目に見えている。  同様に今回の番組も、スポーツ好きからすれば比べる必要性も、戦う必要性も見いだせないのだ。  確かに、バラエティとして楽しめた部分はあったかもしれない。アスリート個々のエピソードは豪快だし、考えさせられる議論もあった。旬の“サッカー芸人”ともいえる小柳ルミ子をブッキングしていたあたりは納得だし、もはやバラエティの住人でもある前園真聖と松木安太郎はしっかりと笑いを取っていた。  ついでに言えば、前園の伝説のCM「いじめ、カッコ悪い。」が見られるとは思ってもいなかったので、その点、資料的な価値はあったかもしれない(どうせなら、「ラ王」も見せてほしかった)。  ただ、野球人気も、サッカー人気も決して安泰ではないのに、争っている場合なんかないはずなのだ。  この「野球vsサッカー」、定期的にテレビ番組の企画になるのだからタチが悪い。記憶に新しいところではちょうど1年前、『ナカイの窓』(日本テレビ系)で、野球好き芸能人3人とサッカー好き芸能人3人がそれぞれの競技の魅力を語り合い、貶し合うという企画を放送し、案の定炎上していた。  確かに、野球とサッカーをことさらに比較し、サッカーファンのことを「サカ豚」、野球ファンのことを「焼き豚」とののしる狭量なファンが一部ではいるだろう。だが、昨今のほとんどのスポーツファンは野球もサッカーも好きだし、見る競技、応援する球団・選手をいくつも持っているほうが大多数だ。  なのに、メディアはこの2つを対決構図で見せようとする。野球にも、サッカーにも、それぞれのファンにも失礼でしかない。  1993年、Jリーグが開幕し、サッカーブームたけなわだった頃。ドーハの悲劇によってワールドカップ出場を逃してしまったサッカー日本代表。日本中が悲嘆に暮れる中、野球選手や野球記者(の一部だとは思う)がガッツポーズして喜んだ……という逸話がある。あれから四半世紀がたとうというのに、同じところでとどまってどうしようというのだろう。  ひとつ救いだったのは、番組の最後で松木氏が大人のコメントを残していたことだ。 「サッカーのいいところ、野球の素晴らしさ。できれば両方やって、楽しんで、あ、自分は野球にいこう、サッカーにいこう、ほかの競技にいこう……という選択肢ができたことがいいことかな」  このひと言が番組最後を締めくくったという点にこそ、2時間を要した対決構図の不毛さが端的に表れていたように思う。  最後に。批判ばかりしても芸がないので、今ならどのような番組が求められていたのかも書いておきたい。ヒントは、テレビ朝日系で不定期に放送される『◯◯総選挙』シリーズではないだろうか?  この半年だけでも、「プロレス総選挙」「大相撲総選挙」というスポーツネタで特番が組まれたが、過去から現在まで、個々の競技の名場面を総ざらいで見せてくれて、その競技に詳しくなくとも楽しめる構成になっていた。  競技や選手をけなすシーンを作るくらいならば、もっともっと「素晴らしさ」や「すごさ」を伝えてほしい。アスリートにまつわる豪快なエピソードや失敗談も楽しいが、スポーツで見たいのは、やはり超人的なプレーのはずなのだ。 (文=オグマナオト)

「野球 vs サッカー」という不毛な企画を繰り返すバラエティ、テレ朝『◯◯総選挙』シリーズを見習え?

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TBS『ジョブチューン ~アノ職業のヒミツぶっちゃけます!』公式サイトより
 一体、いつまでこんな不毛な議論を繰り返すのか? 26日に放送された『ジョブチューン』(TBS系)の2時間特番「野球 vs サッカー 国民的スポーツNo.1はどっち!? プロ大激論&全国投票で今夜決着SP!」のことだ。  放送を受け、早速スポーツ系媒体や各ウェブメディアでは内容のダイジェストが紹介され、それに対してSNS上では賛否が巻き起こっている(まあ、筆者が見た限り、賛はほぼないのだが……)。  それぞれの、野球押し、サッカー押しの意見。そして、野球のダメなところ、サッカーのダメなところはあえてこの稿では振り返らない。  兎にも角にも疑問なのは、野球とサッカー、戦ってどうするのよ!? ということ。たとえば、ラーメンというジャンルの中でどの店がNo.1かを決めることはあっても、「ラーメンとうどん(そばでも可)、国民的麺料理No.1」はどっち? なんて議論、テレビでやろうものなら「比べるものではない」とバカにされることは目に見えている。  同様に今回の番組も、スポーツ好きからすれば比べる必要性も、戦う必要性も見いだせないのだ。  確かに、バラエティとして楽しめた部分はあったかもしれない。アスリート個々のエピソードは豪快だし、考えさせられる議論もあった。旬の“サッカー芸人”ともいえる小柳ルミ子をブッキングしていたあたりは納得だし、もはやバラエティの住人でもある前園真聖と松木安太郎はしっかりと笑いを取っていた。  ついでに言えば、前園の伝説のCM「いじめ、カッコ悪い。」が見られるとは思ってもいなかったので、その点、資料的な価値はあったかもしれない(どうせなら、「ラ王」も見せてほしかった)。  ただ、野球人気も、サッカー人気も決して安泰ではないのに、争っている場合なんかないはずなのだ。  この「野球vsサッカー」、定期的にテレビ番組の企画になるのだからタチが悪い。記憶に新しいところではちょうど1年前、『ナカイの窓』(日本テレビ系)で、野球好き芸能人3人とサッカー好き芸能人3人がそれぞれの競技の魅力を語り合い、貶し合うという企画を放送し、案の定炎上していた。  確かに、野球とサッカーをことさらに比較し、サッカーファンのことを「サカ豚」、野球ファンのことを「焼き豚」とののしる狭量なファンが一部ではいるだろう。だが、昨今のほとんどのスポーツファンは野球もサッカーも好きだし、見る競技、応援する球団・選手をいくつも持っているほうが大多数だ。  なのに、メディアはこの2つを対決構図で見せようとする。野球にも、サッカーにも、それぞれのファンにも失礼でしかない。  1993年、Jリーグが開幕し、サッカーブームたけなわだった頃。ドーハの悲劇によってワールドカップ出場を逃してしまったサッカー日本代表。日本中が悲嘆に暮れる中、野球選手や野球記者(の一部だとは思う)がガッツポーズして喜んだ……という逸話がある。あれから四半世紀がたとうというのに、同じところでとどまってどうしようというのだろう。  ひとつ救いだったのは、番組の最後で松木氏が大人のコメントを残していたことだ。 「サッカーのいいところ、野球の素晴らしさ。できれば両方やって、楽しんで、あ、自分は野球にいこう、サッカーにいこう、ほかの競技にいこう……という選択肢ができたことがいいことかな」  このひと言が番組最後を締めくくったという点にこそ、2時間を要した対決構図の不毛さが端的に表れていたように思う。  最後に。批判ばかりしても芸がないので、今ならどのような番組が求められていたのかも書いておきたい。ヒントは、テレビ朝日系で不定期に放送される『◯◯総選挙』シリーズではないだろうか?  この半年だけでも、「プロレス総選挙」「大相撲総選挙」というスポーツネタで特番が組まれたが、過去から現在まで、個々の競技の名場面を総ざらいで見せてくれて、その競技に詳しくなくとも楽しめる構成になっていた。  競技や選手をけなすシーンを作るくらいならば、もっともっと「素晴らしさ」や「すごさ」を伝えてほしい。アスリートにまつわる豪快なエピソードや失敗談も楽しいが、スポーツで見たいのは、やはり超人的なプレーのはずなのだ。 (文=オグマナオト)

視点を変えると見方も変わる――開幕直前『世界パラ陸上』はどう見るべき?

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JPA日本パラ陸上競技連盟公式サイトより
 トップアスリートたちが2年に1度、世界一を目指して競う陸上の世界大会が間もなくロンドンで幕を開ける。  と書くと、織田裕二の季節を想像する人が多いだろう。もちろん、織田が20年目、11大会連続でメインキャスターを務めるTBS系『世界陸上ロンドン』(8月4日~)も楽しみなのだが、今年はその前、7月14日から、同じロンドンを舞台にして2年に1度の『世界パラ陸上』も行われる。 『世界陸上』と『世界パラ陸上』が同一会場で開催されるのは、史上初の試みだ。こちらの放送はNHK BS1。当然、織田も中井美穂も出てこない。  TBSのさまざまなスポーツ番組、スポーツニュースで陸上の話題が増えているように、NHK BSでもパラ陸上に関する話題は増えている。そのひとつが、9日夜に放送された『T44 T54 ~パラアスリート 私の視点~』だ。 「案内人」として出演するのは、俳優の風間俊介とタレントの壇蜜。そこに、リオパラリンピック走り幅跳び4位の中西麻耶(T44クラス)、38歳にして世界記録に肉薄する樋口政幸(T54クラス)が登場し、2人を取材したシンガーソングライターのNakamuraEmiと詩人の豆塚エリが、それぞれに当てたオリジナルの曲と詩を番組最後に披露した。  一般視聴者受けを狙うには渋すぎるメンバーかもしれない。だが、この渋すぎる番組が、実に素晴らしかった。端的にいうと、50分間の番組中、ずっと名言だらけだったのだ。  番組の幹となるのは、中西と樋口への密着取材。この取材構成も見どころは多かったが、顕著だったシーンをひとつだけ紹介したい。  パラアスリートとしては別格の知名度を誇る中西。それは、競技成績もさることながら、“美人パラアスリート”という肩書と、資金集めのためにセミヌード写真集を販売するなど、何かと話題性があるからだ。だが、このセミヌードに関しては「障害を売り物にするな」といった批判も多かったという。そのことに対して、中西は語る。 「共感してもらおうとも思わない。でも、スポーツをただするだけじゃなくて、障害者スポーツの全体の流れが変わるときの、ほんの数ミリの歩幅を進められたとか、私がやってきたことがまた誰かにとって必要な物事であってくれればいいなと思ってやっています」  そして、こう続ける。 「中西麻耶らしさを失ってしまったら、跳べない競技なんですよ」  この密着取材の合間にインサートされるのが、「案内人」風間と壇蜜によるミニドラマだ。ここでは、「パラスポーツ」や「パラアスリート」、それこそ「障害者」や「健常者」といった言葉は一切出てこないが、それらを暗示させるフレーズで「障害者と共に生きる世界」を表現し、番組タイトル通り「パラスポーツ」の見方に新たな視点を提供する。 壇蜜「ムカデから見たら、少ない足でよく歩けるなって思うのかな?」 風間「欠落しすぎに見えるかもね。(中略)手が3つあればなって思うこともあるんだけど」 壇蜜「でも、多ければ機能的とも限らないよ。ムカデって、めっちゃ足遅いもん」 といった具合だ。このドラマパートにどんな意味を込めたのか、その説明は一切ない。だが、説明しすぎることが当たり前の昨今のテレビ番組においては、この潔さこそが番組の誠実さを醸成していた。  それは、パラアスリートの取材部分でも同様だ。通常ならナレーションを入れたくなるような場面でも、取材ディレクターの声が多少入るだけで、ナレーションは一切なし。最小限のテロップと、あとはパラアスリートの「肉声」と「表情」だけが番組を構成する  昨年のリオパラリンピックを経て、パラスポーツとパラアスリートは以前よりだいぶメディアで目にする機会が増えた。ただ、既存のスポーツと比べると、まだまだどう見ればいいのかわからないのが正直なところ。この番組では、中西の友人でありライバル、リオパラリンピック幅跳びの銀メダリストであるステファニー・リードが、こんな言葉でパラスポーツの魅力を語っていたのが印象的だった。 「例えば、腕のない水泳選手が水を切って進んでいく姿には、本当に力強いメッセージがあると思います。そこには どこか“共感”が生まれるからです。人なら誰だって、夢をかなえられないつらさを知っています。そういった意味で、パラリンピック選手には共感しやすい。パラリンピック選手を見ると、それぞれが超えてきた困難が、すぐに見えます。それこそが力強いメッセージだと思います」  オリンピックで得られるのが驚嘆だとすれば、パラリンピックは共感。そう捉えるだけで、パラスポーツとパラアスリートにグッと接しやすくなるはずだ。  ちなみに、壇蜜演じる「ナミ」は、事故で右足を切断した、という設定。そんな彼女を通して、こんなやりとりもあった。 風間「最近、元気になったナミを見ていたらなんでもできるような気がして、この年にして、苦手だった泳ぎを克服してみようかな、って」 壇蜜「そういう美談にするところ、大っ嫌いだからね」  障害者、と聞けば美談に仕立てようとする一部の界隈にこそ、見てほしかった番組だ。 『世界パラ陸上』期間中(7月14~23日)はまた再放送される可能性もあるし、今後、シリーズ化しそうな(というか、するべき)番組だっただけに、機会があればぜひ、多くの方に見ていただきたい。 (文=オグマナオト)

スポーツ番組にもユルさを! さまぁ~ず『さまスポ』に学ぶ、スポーツの多様性

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『さまスポ』テレビ東京
 これからの時代、スポーツにも「ユルさ」が必要……そんなことを考えさせられる事象が、ここのところ多い。  象徴的だったのは、スポーツ庁が示した「スポーツが嫌いな中学生を現在の半分に減らす」という目標設定に、各方面から反発の声が上がったこと。『久保みねヒャダ こじらせナイト』(フジテレビ系)で「体育への恨みつらみ川柳」なるコーナーを持つ久保ミツロウ、能町みね子、ヒャダインがその急先鋒だ。  そりゃあ反発するよ、と思う。そもそもスポーツ庁のいう「スポーツ」は体育の延長線上でしかなく、あまりに十把一絡げ。スポーツには<「する」スポーツ>もあれば<「見る」スポーツ>も<「語る」スポーツ>も、いろいろあるはずなのだから。その懐の深さこそがスポーツの魅力なのだ。 筆者個人としては熱闘や熱血も大好物なわけだが、別軸から攻める「ユルいスポーツ番組」が増えると、スポーツの楽しみ方はもっと柔軟に、多様性が出てくると思う。  そこでオススメしたいのが、テレビ東京系で4月から始まった『さまスポ』(毎週土曜夕方6時〜)。さまぁ~ず初のスポーツ番組だ。  さまぁ~ずの2人がさまざまなスポーツに体当たりで挑戦し、その魅力を学んでいく、というコンセプト。ただ、「体当たり」といっても、そこはやはりさまぁ~ず。ある意味、「熱血」とか「精神論」といったものと対極に存在しそうな2人を起用したところに、この番組の意義がある。一歩間違うとグダグダになりそうな……それでいてなぜか心地いい、さまぁ~ずの世界観がスポーツを題材にしても成り立っているのだ。  お笑い芸人がスポーツ番組を持つ、というのはもはや見慣れた光景。ただ、その多くは芸人としてのトークスキルやまわしの技術を生かして、スタジオでアスリートの素を引き出す、という企画が多かった。言うなれば、バラエティのフォーマットの中でスポーツやアスリートを扱う、というものだ。  一方の『さまスポ』は、あくまでも“スポーツ番組”を標榜。スタジオ収録ではなく、各競技の現場に出向き、アスリートの「技」や「身体」にスポットを当てていく。  実はテレビ東京、今もっともスポーツに力を入れている民放局、といっても過言ではない。先月末から今月頭にかけては「世界卓球×全仏テニス」の二大世界大会を生放送。卓球では、テレビ東京が今年放送した全番組の中で最高視聴率となる13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、5月29日から6月4日のゴールデンタイムの週間平均視聴率は8.6%を記録。1964年の開局以来、初の民放3位に輝いたことがニュースとなった。  ある意味、スポーツに社運を懸けているテレビ東京だからこそ、『さまスポ』におけるアスリートのキャスティングに妥協がないのも好印象だ。ここまで登場したのは、卓球・リオ五輪銀メダリストの水谷隼。レスリング・リオ五輪金メダリストの登坂絵莉と土性沙羅。プロバスケットボールBリーグのアルバルク東京。野球界のレジェンド・山本昌。プロボクシング・ロンドン五輪銅メダリストの清水聡……この豪華一流アスリートたちの「技」が見られるのだから、それだけでも十分楽しめる。  番組の製作総指揮を務めるのは、『モヤモヤさまぁ~ず2』でもさまぁ~ずとコンビを組む伊藤隆行。その伊藤が「ザテレビジョン」(KADOKAWA)のインタビューで、こんな言葉を述べていた。 《僕は、これからのテレビは『素直』がキーワードだと思っていて。素直に面白い、素直にすごい、というストレートな感性で番組を作っていかないと。今のテレビって、勝手にいろんな心配をしてヤスリで削っていっちゃうんですよ。万人に受けるように、どんどんおとなしい番組になっちゃう。だからそのための『勇気』も必要かもしれない。テレビに必要なのは『素直』と『勇気』ですね》 『さまスポ』も、まさに「素直」を軸にした番組。アスリートの技と身体を「素直」に訴求しているからこそ、さまぁ~ずのリアクションも生きてくるわけだ。  むしろ、今以上にアスリートや競技の持つ魅力だけで勝負してほしいほど。ボクシング回では、パンチがヒットするタイミングで“当たる音”を後から加えていたのは明らかだったが、そういった編集すら不要だと思う。その点は、もっともっと勇気を持った編集を目指してほしい。  というわけで、いま、スポーツ庁の方々に見てほしいのが『さまスポ』だ。なんなら、鈴木大地スポーツ庁長官のゲスト回なんてどうだろう。あえて今、バサロ泳法を学ぶさまぁ~ず、ちょっと面白いと思うのだが。 (文=オグマナオト)

スポーツ番組にもユルさを! さまぁ~ず『さまスポ』に学ぶ、スポーツの多様性

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『さまスポ』テレビ東京
 これからの時代、スポーツにも「ユルさ」が必要……そんなことを考えさせられる事象が、ここのところ多い。  象徴的だったのは、スポーツ庁が示した「スポーツが嫌いな中学生を現在の半分に減らす」という目標設定に、各方面から反発の声が上がったこと。『久保みねヒャダ こじらせナイト』(フジテレビ系)で「体育への恨みつらみ川柳」なるコーナーを持つ久保ミツロウ、能町みね子、ヒャダインがその急先鋒だ。  そりゃあ反発するよ、と思う。そもそもスポーツ庁のいう「スポーツ」は体育の延長線上でしかなく、あまりに十把一絡げ。スポーツには<「する」スポーツ>もあれば<「見る」スポーツ>も<「語る」スポーツ>も、いろいろあるはずなのだから。その懐の深さこそがスポーツの魅力なのだ。 筆者個人としては熱闘や熱血も大好物なわけだが、別軸から攻める「ユルいスポーツ番組」が増えると、スポーツの楽しみ方はもっと柔軟に、多様性が出てくると思う。  そこでオススメしたいのが、テレビ東京系で4月から始まった『さまスポ』(毎週土曜夕方6時〜)。さまぁ~ず初のスポーツ番組だ。  さまぁ~ずの2人がさまざまなスポーツに体当たりで挑戦し、その魅力を学んでいく、というコンセプト。ただ、「体当たり」といっても、そこはやはりさまぁ~ず。ある意味、「熱血」とか「精神論」といったものと対極に存在しそうな2人を起用したところに、この番組の意義がある。一歩間違うとグダグダになりそうな……それでいてなぜか心地いい、さまぁ~ずの世界観がスポーツを題材にしても成り立っているのだ。  お笑い芸人がスポーツ番組を持つ、というのはもはや見慣れた光景。ただ、その多くは芸人としてのトークスキルやまわしの技術を生かして、スタジオでアスリートの素を引き出す、という企画が多かった。言うなれば、バラエティのフォーマットの中でスポーツやアスリートを扱う、というものだ。  一方の『さまスポ』は、あくまでも“スポーツ番組”を標榜。スタジオ収録ではなく、各競技の現場に出向き、アスリートの「技」や「身体」にスポットを当てていく。  実はテレビ東京、今もっともスポーツに力を入れている民放局、といっても過言ではない。先月末から今月頭にかけては「世界卓球×全仏テニス」の二大世界大会を生放送。卓球では、テレビ東京が今年放送した全番組の中で最高視聴率となる13.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、5月29日から6月4日のゴールデンタイムの週間平均視聴率は8.6%を記録。1964年の開局以来、初の民放3位に輝いたことがニュースとなった。  ある意味、スポーツに社運を懸けているテレビ東京だからこそ、『さまスポ』におけるアスリートのキャスティングに妥協がないのも好印象だ。ここまで登場したのは、卓球・リオ五輪銀メダリストの水谷隼。レスリング・リオ五輪金メダリストの登坂絵莉と土性沙羅。プロバスケットボールBリーグのアルバルク東京。野球界のレジェンド・山本昌。プロボクシング・ロンドン五輪銅メダリストの清水聡……この豪華一流アスリートたちの「技」が見られるのだから、それだけでも十分楽しめる。  番組の製作総指揮を務めるのは、『モヤモヤさまぁ~ず2』でもさまぁ~ずとコンビを組む伊藤隆行。その伊藤が「ザテレビジョン」(KADOKAWA)のインタビューで、こんな言葉を述べていた。 《僕は、これからのテレビは『素直』がキーワードだと思っていて。素直に面白い、素直にすごい、というストレートな感性で番組を作っていかないと。今のテレビって、勝手にいろんな心配をしてヤスリで削っていっちゃうんですよ。万人に受けるように、どんどんおとなしい番組になっちゃう。だからそのための『勇気』も必要かもしれない。テレビに必要なのは『素直』と『勇気』ですね》 『さまスポ』も、まさに「素直」を軸にした番組。アスリートの技と身体を「素直」に訴求しているからこそ、さまぁ~ずのリアクションも生きてくるわけだ。  むしろ、今以上にアスリートや競技の持つ魅力だけで勝負してほしいほど。ボクシング回では、パンチがヒットするタイミングで“当たる音”を後から加えていたのは明らかだったが、そういった編集すら不要だと思う。その点は、もっともっと勇気を持った編集を目指してほしい。  というわけで、いま、スポーツ庁の方々に見てほしいのが『さまスポ』だ。なんなら、鈴木大地スポーツ庁長官のゲスト回なんてどうだろう。あえて今、バサロ泳法を学ぶさまぁ~ず、ちょっと面白いと思うのだが。 (文=オグマナオト)

東京五輪キャスターまであと一歩!? 関ジャニ∞・村上信五のMC力を鍛えた『村上信五とスポーツの神様たち』

東京五輪キャスターまであと一歩!? 関ジャニ∞・村上信五のMC力を鍛えた『村上信五とスポーツの神様たち』の画像1
 今年の『FNS27時間テレビ』の総合司会者はビートたけしに決定。そのたけしを脇で支える「キャプテン」として、関ジャニ∞・村上信五が起用されることも発表された。  これ、総合司会=ビートたけし、は間違いだと思う(フジがそう発表しているのだから、間違いも何もないのだが)。編成・営業的な理由で「ビートたけし」の冠を立てなければならないのは明らか。たけしという旗印のもと、実質的な司会者として村上が番組のかじ取り役になる、と捉えたほうがいいはずだ。  実際、SNSを中心に懸念されているのが、たけしの今の滑舌で長時間の番組が成り立つのか、ということ。だからこそ、村上の司会力・MC力が問われることになる。  個人的には、村上の司会者ぶりが今から楽しみで仕方がない。実際、『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)、『ありえへん∞世界』(テレビ東京系)といった番組では抜群の安定感を見せ、そして、いま民放で最も熱量の高い番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)でも、その「回しの技術」は際立っている。  だが、『月曜から夜ふかし』はマツコ・デラックスの存在があってこそ。『ありえへん∞世界』『関ジャム』ではほかの関ジャニメンバーもいるだけに、その関係性の中で番組を回すことが多い。純粋に、村上のMC技術がどう優れているのかは、一見するとわかりにくいかもしれない。  そんな村上の「司会ぶり」を判断する上で、ぜひ一度見てもらいたい番組がある。番組開始から2年を過ぎたスポーツバラエティ『村上信五とスポーツの神様たち』(フジテレビ系)だ。  番組開始当初は、タイトル通り“スポーツの神様たち”=各競技で一時代を築いた往年のスーパースターたちを招き、現役時代の荒唐無稽なエピソードを聞く、というコンセプト。釜本邦茂、輪島功一、福本豊、中野浩一……といった、ヒト癖もフタ癖もある、さらにいえば司会者の言葉なんて一切聞いていないような唯我独尊のレジェンドたちを、MC村上が見事にいなしていくさまは、実に見応えがあって面白かった。  ただ、こうした「神様」たちも一巡してしまったのか、少しずつ現役選手や引退したばかりの選手の割合が多くなり、最近では「球団職員」「熱狂的ファン」「アスリートの妻」「トレーナー」「マイナー競技に挑戦」といった、もう神様など関係ない企画が多くなっている。  断っておくと、神様が出てこなくなったここ最近の番組も十分面白く、スポーツの魅力、奥深さ、マニアックさをしっかり伝えることができている。一方で、大きく変わったのがMC・村上にかかる比重だ。  神様が毎回出ていた時代、その神様たちが気持ちよく言葉を発することができれば、ある意味で番組は成り立っていた。意地悪くいえば、ブッキングができた時点で半分、面白さは担保できていたわけだ。  だが、今は違う。「球団職員」「熱狂的ファン」「トレーナー」「マイナー競技」……ある意味で、“素人”の出番が増えてきたのだ。当然、トーク力・トーク内容に関しては、神様ほどの破壊力はない。だからこそ、村上のMC力が重要になってくる。そして実際、村上がさまざまなエピソードを拾い上げ、膨らませ、毎回ちゃんと面白いスポーツ語りに帰結していく。  この手の役回りは、かつて『ジャンクSPORTS』(同)における浜田雅功の独壇場だった。だが、村上はより身近な存在として、微に入り細に入り、アスリートや競技関係者の懐に飛び込んでいく。  さらに言うと、以前はますだおかだの岡田圭右が毎回、サブMCとして村上をサポートしていたのだが、なぜか最近は出番が激減。村上ひとりで進行する回が多くなった。司会者としてのスキルも経験値も、ひとりで回すことでより高まっているはずだ。  この『村上信五とスポーツの神様たち』の先にある、村上の野望――。それは、2020年東京五輪におけるメインキャスターへの道だ(実際、それを番組の中でも公言している)。そのための足がかりとして、今年の『FNS27時間テレビ』でどんな司会者ぶりを発揮してくれるのか。今後の『村上信五とスポーツの神様たち』同様、大いに期待したい。 (文=オグマナオト)