ジャニーズか、元SMAPか……『めちゃイケ』後番組で、フジテレビが苦悩中!

 ジャニーズか元SMAPか……フジテレビが、今年3月で終了する『めちゃ×2イケてるッ!』の後番組をめぐって、究極の選択を迫られている。

 1月2日に放送された『めちゃ×2イケてるッ!中居&ナイナイ日本一周FINAL』は視聴率6.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の大爆死となったが、数字とは裏腹に、番組を観たSMAPファンからは歓喜の声が上がったという。いったいどういうことか?

「今回、番組のサブタイトルが『日本一周72時間ホンネの旅』となっており、元SMAPで『新しい地図』の稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾が出演し話題となった『72時間ホンネテレビ』(AbemaTV)を意識していたのは明らか。以前から『めちゃイケ』の後番組が元SMAP3人による旅番組になるのではないかとのウワサが流れていたため、番組で『ホンネテレビ』というフレーズが連呼されたのは、それを示唆しているのでは? と、ファンは期待したようですね。実際、1月5日発売の『女性セブン』(小学館)には、『めちゃイケ』、もしくは『とんねるずのみなさんのおかげでした』の後番組として、稲垣ら3人が出演する新番組が提案されているというテレビ関係者の証言が載っています。昨年、3人の所属事務所である『カレン』にフジの敏腕スタッフが合流し、同局に営業をかけているようです」(テレビ関係者)

 実際、最近のフジは、テレビ東京に視聴率で追い抜かれてもおかしくない位置まで転落しているだけに、もし3人の番組が始まるとなれば、世間から大きな注目を集めるのは間違いない。しかし一方で3、人を起用すればジャニーズ事務所を刺激することは分かりきっており、そのようなキャスティングをフジがするのかは疑問だ。

「香取がレギュラー出演していた『おじゃMAP!!』を3月で終了させるなど、フジはジャニーズへの忠誠心を見せようとしていた。しかし、ジャニーズサイドは嵐・相葉雅紀が主演した月9ドラマ『貴族探偵』の低視聴率ぶりにあきれ返り、フジと距離を置きつつある。フジとしても、局全体が低調な今の状態ではお金をかけた番組は作れないうえに、ジャニーズを起用しても数字が取れないとあって、二の足を踏んでいる。そこに、かつてなら考えられないほどの低予算で元SMAP3人を起用できるという話が来たのですから、飛びつきたいのがホンネでしょう」(同)

 苦境のフジがどういう選択をするのか注目だ。

「渋谷系」とは日本版アシッドジャズだった!? 若杉実の労作が提示する“DJ文化”という視点

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若杉 実『渋谷系』(シンコーミュージック)

【リアルサウンドより】

 ムーヴメントとはいっても東京の局所で流行っていた音楽という程度の緩いカテゴライズに過ぎず、にもかかわらずその音楽的なイメージと全体像が当時は何となく共有されていて、影響というか余波もいまだに尾を引いている——渋谷系というのはつくづく捉えどころがあるようなないような現象だった。

 むろん個人的な印象に過ぎないが、ある世代以上には日本ポピュラー音楽史上看過できない変革として刻印されているのに、ある世代以下になると、大きく誤解していたり、そもそも知らない人すらいたりするという具合に、今日となっては受け止め方に極端な温度差が感じられる歴史上の出来事でもある。

 本書『渋谷系』は、そんなヌエのような渋谷系の総体を描き出そうとした、初めての単行本である。そう、初めての、なのだ。

 90年代を彩った大きなムーヴメントだったことは間違いないのに、雑誌やムックの特集みたいなものはあっても、歴史として正面から取り組んだ書籍がこれまで登場しなかったのは、渋谷系というブームのそうした扱いづらさと、イメージの多様さゆえのことだろう。一家言あるうるさ型が多そうだから敬遠されていた節もあると思われるが(笑)。

渋谷系=DJ文化

 本書の描く渋谷系もまた、一般的なイメージからすると特異に映るかもしれない。何しろこの本には、いわゆる渋谷系の代表選手とされる人たち、フリッパーズ・ギター(小沢健二、小山田圭吾)、ピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラヴ、サニーデイ・サービスといった名前は、もちろん登場しはするのだが、それほど多く出てこないのだ。

 ページを割かれているのは、むしろ、レコード店やDJバー、クラブなどについてであり、そこで行き交っていた人々についてである。

 渋谷という街が、なぜ、どのようにして特別で独特な場所として成り立ったか、レコード店やDJバー、クラブという場を介して人々がいかに交錯したか、そのプロセスでどのような音楽や文化が生まれていったか。そうした動きの全体を、当事者の証言を集めて捉えることに力は注がれている。

 言い換えれば著者は、渋谷系という現象を、渋谷という場所を舞台に蠢いていた音楽や文化の流転の、ひとつの現れと見なしているのだ。それは、あとがきに「当初あった“バック・トゥ・ザ・90’S”的企画がいつのまにやら“渋谷系”に差し替えられ」たとあることからもうかがうことができる。

 レコード店、DJバー、クラブに焦点が当てられているのは、渋谷系、ひいてはその現象を生み出すにいたった渋谷の音楽文化の本質は「中古レコード文化」だった、もっと端的にはDJ文化だったと捉えられているからだ。

 この見立てには、著者が長年レアグルーヴを軸に活動してきた音楽ジャーナリスト、DJであるという背景が一役買っていようが、渋谷系を過去の音楽的資産の再解釈・再構築だとする既存の見方ともよく合致する。

 ちょっと脱線するが、ウルトラ・ヴァイヴから「渋谷ジャズ維新」というコンピレーション・シリーズが出ている。まあ、レア音源を発掘するシリーズで、何枚か買ったのだけれど、「ジャズ」といいつつジャズには聞こえないものが多いし、そもそもなぜ「渋谷」なんだろうとずっと不思議に思っていた(ライナーを読まないせいだ)。このコンピ・シリーズを手掛けているのは、本書の著者・若杉実なのだ。今回そのことに気づき、ようやく「渋谷」という冠と、「ジャズ」の解釈の幅の広さに合点がいったのだった。

渋谷系のすべて

 さて、そんな視点で書かれた本書は、まず70年代の渋谷から始まる。当時の渋谷を音楽的に彩ったのは、はっぴいえんどの風都市の拠点となった百軒店のBYGやブラック・ホークといったロック喫茶、道玄坂のヤマハなどだ。80年代に入る頃から輸入中古レコード店が登場しだし、その草分けのマンハッタンレコードが移転したことで、90年代、渋谷は宇田川町界隈を中心に「世界一レコード店が多い」街となりギネスブックに載るまでになる。HMVの開店は90年のことだ。

 西武と東急の開発競争により、渋谷が若者の街として急激に発展したことが背景にはあったわけだが、湾岸戦争を境に、バブルで円安傾向だったのが円高傾向に転じたことがレコード輸入販売業者にとって追い風になり、渋谷を世界一のレコード街にしたのだと著者は分析している。

 ともあれそのような土壌で、DJバーやクラブを舞台に、ラウンジやレアグルーヴといったDJカルチャーが花開くことになる。なかでも、91年8月にDJバー・インクスティックで開催されたイベント「サバービア」が極めて重大な事件として特記されている。

「この日ぼくは、最初にして最後、最大だったかもしれない渋谷系というものを全身で吸収することになる」
「『渋谷系とはなにか?』という問いかけに対する答えはそれほど自信があるわけでもない。しかし、記憶を映像化できるならこの1日の体験とともに『これがすべて』と胸を張って言える自信がある」

 主催者はフリーペーパー『サバービア・スイーツ』を発行していた橋本徹、バーのプロデューサーはいまや大御所のDJ小林径で、著者はその日、初対面の小林に誘われてこのイベントを訪れたのだった。

 エレベーターを降り、すし詰めの人をかき分けて店内に進んだ著者は、小沢健二と渡辺満里奈にいきなり遭遇する。著者の顔を見た満里奈は小沢に「あれ、田島〔貴男〕くんの弟?」と漏らしたそうだ。ゲストには、小沢に加えて、小山田圭吾、小西康陽、高波敬太郎、サエキけんぞう、高橋健太郎という、渋谷系のキーパーソンを含む面々が並んでいた。サエキもこの日のことを『ほぼ日刊イトイ新聞』の連載「総武線猿紀行」に記している(https://www.1101.com/saeki/archive/2001-06-21.html)。

 客の大半が床に座り込み、オーケストラやストリングス、効果音のようなものに耳を傾けている——「それまでヒップホップやレアグルーヴ、ディスコ系のクラブイベントしか知らなかったぼくにとって、こうしたスタイルが異質に感じられたのも無理はなかった」。

「サバービア」のこのイベントは、「渋谷系」という言葉で示されることになる価値の転換を、これ以上ないほどに体現した出来事だったということだろう。

 だが、91年のこの時点で、「渋谷系」という言葉はまだ存在していない。

「渋谷系」の登場

 「渋谷系」が初めてメディアに登場したのは、セゾングループが発行していたタウン誌『apo』93年11月9日号。

「センター街あたりじゃあたりまえ “渋谷系”ミュージックって、なに?」

 見出しのこんな文章で使われたのが初出だとされている。執筆者は、当時はミニコミだった『バァフアウト!』を発行していた山崎二郎だ。

 こんな逸話も紹介されている。

 93年の春、フリッパーズを解散した小山田圭吾が、馴染みのレコード店、渋谷ゼストに来て、こういったのだという。

「これからは“渋谷系”というのがくるらしい」

 ゼストはカジヒデキもバイトしていた、ネオアコの聖地と呼ばれたレコ屋だ。小山田がそう話した店員は、渋谷系を代表するレーベル、エスカレーター・レコーズを興した仲真史。渋谷系の筆頭となる小山田が、渋谷系の要人となる仲に、渋谷系の聖地となる場所で、「渋谷系というのがくるらしいよ」などと他人事のように話していたわけで、じわじわ来るエピソードである。

 小山田は、渋谷系という言葉を雑誌編集者から聞いたそうだ。山崎も打ち合わせの時『apo』編集者から教えられたのだという。その頃「渋谷系」は業界内ではすでに流布していて、たまたま最初に書き留めたのが山崎だったわけだ。

 著者は「口コミ」から生まれた言葉だと片付けて、それ以上の追究はあっさり放棄している。渋谷系の謎を究明するのが目的なのではないという著者のスタンスがよく現れているといえよう。

渋谷系とは日本版アシッドジャズである!?

 したがって後半は、DJ文化がどのような変遷をたどり、どのような側面が渋谷系と呼ばれる音楽に結実していったかをひもとくことが課題の中心となる。

 ある意味で、著者自身の経験を現在の視座から捉え直すのに似た作業であるためか、詳細ではあるのだが、取り散らかった印象がないではない。評者なりに大づかみにまとめるならこうなるだろうか。

 まず80年代に芽生えたDIY意識が前提とされる。具体的には、貸しレコードで自分なりのライブラリーをつくることや、インディーズ・レーベルやフリーペーパー、カセットマガジンといった手作りのオルタナティブなメディアが登場することなどだ。特に重視されているのは、桑原茂一の主催するフリーペーパー『ディクショナリー』(88年創刊)で、DJ登竜門的な性格も持っていたこの雑誌は、沖野修也やU.F.O.の松浦俊夫など90年代に繋がる人材を輩出した。また、90年代以降は渋谷系の人脈カタログの様相を呈するようになる。

 この時代に培われたDIY意識は、90年代にマッキントッシュが普及することによって増幅、拡散していく。『サバービア・スイート』の橋本徹は、渋谷系とは「マック以降、インターネット以前」のものだったとしている。批判的な目に晒されずにアイディアを試すことのできる環境がその時期あったということである。

 その一方で、モッズからアシッドジャズへの流れ、伝説的な下北沢ズー/スリッツ、京都のDJ〜クラブシーンなど同時多発的な動きが渋谷に集約されていく様子が描かれる。モッズ〜アシッドジャズという流れはとりわけ重視されていて、著者は「渋谷系とは、とりもなおさず日本版アシッドジャズではないか、というのがぼくなりの持論だ」とまで書いている。

「88年から音楽メディアがCDに代替し、それにともない旧譜、名盤、レア盤の類がいっきに再発された流れは、東京・ロンドンを中心とした都市部の文化水準をいっきに向上させた。アシッドジャズも渋谷系もその時代が重複する」

 初期フリッパーズの音楽性はネオアコとされることが多いが、田島貴男などをパンクと評する者もいた。アシッドジャズとオリジナル・ラヴならダイレクトに繋がっている印象があるが、アシッドジャズとフリッパーズ、パンクとフリッパーズはなかなか繋げて考えにくい。再発により豊穣な音楽資産が水平なアーカイヴとなった地点において、DIY精神とDJ感覚に基づく意識で音楽を作り始めたという共通性の背後にモッズの精神性があり、また、そうした行為がパンクが形骸化した状況に対するカウンターとして本質的にパンクだったと解釈すればいいだろうか。

 正直なところかなり整理しにくい本で、読む分にはそうでもないのだけれど、書評となると、どこをどう抽出してどう繋げればいいのか悩むことしばしだった。結局、渋谷系というのは、どこかの誰かがパッケージするために生み出した言葉に過ぎないわけで、パッケージング以前の現実がその器に合わせて動いていたはずもなく、話があちこちするのは当然ではあるのだろう。

 全体を通して見て、やはりDJ〜クラブカルチャーに偏向している嫌いがないではない。だが、偏った部分があったとしても、ここを叩き台に、後続の渋谷系本が肉付けを補っていけばいい話だ。同時代を現場で体験してきた者による渋谷系総括として得難い一冊といえるのではないかと思う。

■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter

「メイサ殺す!」F1彼氏を"奪還"したあびる優 モナコ社交界デビューは大丈夫?

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「週刊女性」(主婦と生活社)3月20日号より
 このところ、メディアの話題を独占していたオセロ・中島知子の女性霊能者による洗脳問題。中島の両親や所属事務所サイドが中島を"奪還"したことを発表し、ひとまず騒動は収束したが、中島問題よりもひと足早く"奪還"劇を繰り広げていたのがタレントのあびる優だ。 「おととし10月にF1レーサーの小林可夢偉との交際が発覚。昨シーズンは可夢偉のレースを世界各地で観戦し、結婚秒読みとも言われていた。ところが、昨年秋に女性誌で可夢偉と、先ごろ赤西仁とデキ婚を発表した黒木メイサのお忍び温泉旅行が発覚。しかし、あびるはそれに動じることなく可夢偉を待ち続け、そのうち黒木からの"奪還"に成功。いまやすっかり元サヤに収まったようだ」(スポーツ紙デスク)  一部週刊誌などによると、あびるは「あれはただの浮気。メイサ殺す!」と周囲に言い放ち、メイサが来ると困るので、可夢偉の自宅マンションに陣取り"迎撃"の準備を整えるなど涙ぐましい努力の末、"奪還"に成功したようだ。 「DA PUMPのISSA、山下智久、KAT-TUNの田中聖、元東方神起でJYJのジェジュンらと浮き名を流してきたあびるだが、徹底的に交際相手に尽くすようで、別れた男もなかなかあびるのことを忘れられないようだ。山下と田中はあびるをめぐってカラオケボックスで殴り合いのケンカをしたこともあったほど。あまりにも男たちを虜にするので、"魔性の女"とも言われている」(芸能プロ関係者)  そんなあびるだが、「週刊女性」(主婦と生活社)3月20日号によると、可夢偉とともに近々、F1レースも開催され多くのセレブたちが住むモナコに移住するというのだ。  可夢偉のマネジャーは同誌の取材に対し、「今月からですね。3月のいつからかはわかりませんが」とあっさり移住を認めたものの、あびると一緒かどうかについては言葉を濁した。一方、直撃を受けたあびるは「たぶん、(部屋を)借りられたらそうするんじゃないですか」とモナコに同行することを半ば認め、気になる結婚については「まだまだこれからって感じです......。私たちのペースで、それは考えたい」と語るにとどまったものの、結婚を前提にしたモナコ移住であることをうかがわせた。 「F1レーサーと芸能人の結婚といえば、F1の人気絶頂期に活躍したジャン・アレジと結婚したゴクミこと後藤久美子。籍は入れてない事実婚だが、アレジの地元・フランスの大豪邸に3人の子どもと暮らし、多くの女性の憧れの存在となった。あびるといえば、深夜番組で幼いころの万引きをうっかり告白した騒動が記憶に新しい。F1レーサーの妻ともなればセレブが集うパーティーに頻繁に参加しなければいけないので、自然と品格も漂ってくるはずだが......」(ファッション誌関係者)  日本ではかなり"やんちゃ"なキャラだったあびるだが、海外の社交界でどんな立ち振る舞いを見せるだろうか。
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彼氏同伴の沢尻エリカ、窪塚俊介と「別れちゃった」岩佐真悠子とパーティー参加

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岩佐真悠子公式サイトより

 昨年6月に窪塚洋介の実弟、俳優の窪塚俊介との熱愛が発覚した岩佐真悠子。一部女性誌に"極秘交際4カ月"と報じられ、窪塚のマンションで半同棲中との証言も掲載されていたが、今年初めには破局していたことが分かった。

 岩佐は16歳の時に受賞した『ミスマガジン2003』グランプリで芸能界デビュー。一時期はコンビニに並ぶ青年誌の表紙には、必ずといっていいほど水着姿の彼女が登場していたほどだった。バラエティ番組にも頻繁に出演し、飾らないキャラクターが幅広い支持を受けていた。

 またデビュー時期から女優業も積極的に行い、グラビアを卒業した現在では演技派として業界内の評判も上々だ。窪塚とも昨年共演した舞台で意気投合し、その後交際に発展したとみられている。ところが自身の交際については「最長でも7カ月くらい」という岩佐だけに、今回の恋もまた短く終わっていたようだ。

徹子、 「ショートコントは相当やりましたんで」とサンドウィッチマンの前で宣戦布告!

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『サンドウィッチマン ライブ2011』
/エイベックス・エンタテインメント

 2月28日放送の『徹子の部屋』、ゲストは2回目の出演となるサンドウィッチマン。初出演のときと大きく変わった点、それは二人ともお父さんになったこと。そんなわけで、まずは二人の赤ちゃんの写真を見て、「まぁ、カワイイ~」という話になる。そして、ぬいぐるみと一緒に写った伊達みきおの赤ちゃんの写真を見て、

「どっちですかね?」
「この時点だったら人形のほうがまだ可愛いよ」

 など、富澤たけしがボケて、それに伊達みきおがツッコむという安定の流れの中、何かに気付いたように徹子が唐突に言った。

「すべては新喜劇のため」座長・小籔千豊 初の主演映画で"アホらしくなった"ものって?


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 3月10日、吉本新喜劇の座長を務める小籔千豊の初主演映画『FLY! ~平凡なキセキ~』が公開される。小籔が演じる主役の平野満男は、大阪の町工場に勤める内気な青年。工場の事務員でシングルマザーの高崎ななみ(相武紗季)に密かに思いを寄せる彼は、あるとき地球に不時着したさえない宇宙人・シカタ(温水洋一)に出会い、彼と同居することになる。大阪の街を舞台にした友情と恋がテーマの物語。主演を果たした小籔に話を聞いてみた。 ――今回の映画で主役に抜擢されたときのお気持ちはいかがでしたか? 小籔千豊(以下、小籔) 「ホンマに僕でええんかな?」という戸惑いがありましたね。僕は新喜劇で座長をやってますけど、演技にまったく自信もないですし。それでまた、周りのキャストを見たらえげつないぐらい強烈な人たちですから。光栄なんですけど、荷が重いんじゃないかなと思ってましたね。 ――役作りのために何かやったことはありますか? 小籔 主役の満男に自分を重ね合わせて「相武紗季さんぐらいかわいい人に恋したらどういう気分なんやろうな?」って考えたりはしてましたね。カメラが止まってるときでも、気持ち悪がられへん程度に相武さんとか本仮屋(ユイカ)さんの顔をずっと見ながら「こんなきれいな人が言い寄ってきたらどうなんやろ?」って思ったりはしてました。周りからは「大阪の芸人が東京のきれいな女優さんをじっと見てて、めっちゃ調子乗ってるやん」って思われてたかもしれないんですけど(笑)。僕としては一応、真面目にイメトレとしてふたりを見つめていたんです。
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――相武さん以外にも、温水洋一さん、大杉漣さんなど、豪華な俳優陣と共演されていましたね。 小籔 そうですね。相武さんと演技をさせていただいて、それまではテレビ見てて「かわいい人やなあ」ぐらいにしか思ってなかったんですけど、じかで見たらやっぱりプロの女優さんなので、演技力ヤバいですからね。例えば、阪神が弱いときにピッチャーが打たれたら、うちの父親とかが「こんなんやったら俺が投げたほうが抑えられるわ」とか、酒飲みながら言うわけですよ。テレビ見てる間は好き勝手言えるんですけど、実際そのピッチャーが父親が入ってる草野球チームに来たら、たぶん完全試合になると思うんですよね(笑)。テレビで見てるのとじかで見るのとはすごさが全然違う。もちろん頭ではわかってたことなんですけど、それを超えて皆さん素晴らしい役者さんばっかりだったんで、勉強になりました。それで刺激を受けて、僕はお笑いを頑張ろうと思いましたね。自分の本業をちゃんとしないと、この人らみたいに格好良くなれないな、と。 ――最近は東京のテレビ番組でも小籔さんの姿をお見かけする機会が増えてきましたが、新喜劇の座長としてはやっぱり大阪がご自分のホームグラウンドだという意識があるんでしょうか? 小籔 そうですね、僕は新喜劇の広報担当やと勝手に思ってるんです。東京のテレビに出て、僕が「新喜劇出てます」って言うことで新喜劇を広く知ってもらって、東京の方が大阪に遊びに来た際に「新喜劇って聞いたことあるな、ほな行ってみようか」ってなればいいかなと。大阪のテレビに出るときも考え方は同じで、結局は新喜劇につながればいいなあと思ってますね。 ――この映画はどういう人に見てもらいたいですか? 小籔 モテへん人とか一歩踏み出されへんような人が、僕のことを自分やと思って見ていただいたら面白い映画なのかなと思いますね。普段からルーティンで毎日を過ごしてしまって、変わらないとアカンなと思ってるけど、勇気が出なくて変わられへんっていう人が結構いると思うんですよ。そういう人がこれを見て、自分も一歩踏み出してみようとか思っていただけたらいいですね。僕も、相武さんと本仮屋さんのおふたり人と共演したおかげで、半分病気だったキャバクラ通いをやめることができました。こんなきれいな人たちと仕事場でタダでしゃべれるのに、なんで俺こんな不細工な人たちに金払わなアカンねんと思ってたら、アホらしくなってきて。僕をキャバクラ通いから"FLY"させてくれたのがこの映画です(笑)。 (取材・文=ラリー遠田/撮影=長谷英史) fly.jpg ●『FLY!~平凡なキセキ~』 監督:近藤真広 出演:小籔千豊、相武紗季、温水洋一ほか 3月10日(土)よりシネマート新宿、シネマート六本木、シネマート心斎橋、コロナシネマワールド他にて全国公開 (c)朝日放送/吉本興業 配給:株式会社よしもとクリエイティブ・エージェンシー
兵動・小籔のおしゃべり一本勝負 其の四 おしゃべり大好き。 amazon_associate_logo.jpg
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「切り刻み、犬の餌にしてやる」! セレブのストーカーによる衝撃事件簿

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ストーカー事件で映画界から引退しかけたジョディ

 2月中旬、元恋人と親権争いを繰り広げているハル・ベリーが、精神病棟から逃げ出したストーカーから逃れるために、娘を連れてフランスへ移住することを考えているというニュースが流れた。このストーカーは、20年ほど前にマドンナをストーキングして逮捕された男であり、禁錮10年の刑を受けて服役。出所したものの破壊行為で再逮捕され、精神病院に強制入院していた。精神状態はかなり悪く、入院する前からハル・ベリーを殺すと繰り返し発言。「首をかっ切ってやる!」とハルを脅迫し、恐怖心を与えていた。幸い、このストーカーは1週間後に再び入院させられたが、ハルの心は穏やかではないだろう。

 職業柄、ストーカー被害者になりやすいセレブスターたち。今回は、世間に衝撃を与えた「セレブのストーカー事件簿 5」を、お伝えする。

遠藤久美子、独立から一転! 大手芸能プロへ移籍していた

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遠藤久美子公式プロフィールより

 遠藤久美子が長澤まさみ、水野真紀、沢口靖子などが所属する芸能事務所「東宝芸能」に移籍したことが分かった。2月27日付のオフィシャルブログで発表している。

 遠藤は、1995年に出演したマクドナルドのCMが話題となり、その後は一躍人気アイドルに。ドラマ・バラエティ・CMと幅広い活躍を見せ、1998年には歌手デビューし、天然ボケなキャラクターで多くのファンを獲得。「エンクミ」の愛称で親しまれたが、近年ではアイドル時代に比べ露出も減り、昼ドラやサスペンスドラマで見かける機会が多くなっている。

グラドル・矢野未夏のタンクトップ姿は横からJカップバストが丸見えになっちゃう!?

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 グラビアアイドルの矢野未夏が2枚目のDVD、『モミズム』を発売、東京・秋葉原で記念イベントを開催した。
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 100cm-Jカップのボリュームを、惜しげもなく「揉みズム」したという本作。本人も自信満々のようだ。 「2度目のDVD撮影なんですけど、カメラマンさんが変わると、やっぱり違うし、最初はかなり緊張したり戸惑いました」 ――タイトルは『モミズム』ですが、内容は? 「ホントにそんな感じです(笑)。撮影の時も、テーマはそれだからって説明を受けました!」 ――特に見てほしい衣装は? 「タンクトップの下が破れてるデザインの衣装が、着てみたら全然サイズが足りなくて......。ほとんど丸見えで、その場でスタイリストさんに作り直してもらいました(笑)」 ――大変だったシーンは? 「最後のシーンです! もう凄いというか、大変というか、ぜひ見て下さい! とにかく凄いんです! 内容はナイショですけど(笑)」  今後もグラビアで頑張っていきたいという未夏ちゃん。さらなる成長を誓っていた。
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