にゃんこスター・アンゴラ村長、大先輩・モモコへの発言に見る「自己中」「今どき」な思考回路

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「今日、ごはんに連れて行ってくださいって言おうと思いました」にゃんこスター・アンゴラ村長
『ナカイの窓』(日本テレビ系、12月6日)

 「感覚が違う」「新しい」という意味で、“今どき”だなと思う女性有名人が2人いる。

 1人目はフジテレビ・山崎夕貴アナウンサー。元横綱・日馬富士が幕内力士の貴ノ岩を暴行した原因は、「横綱・白鵬が貴ノ岩を説教中に、携帯をいじるという“非礼”がきっかけとなった」といわれているが、数年前に山崎アナも同じようなことをしている。

 オリコン主催の「好きな女性アナウンサー」にランクインするなど、フジテレビのエースとなりつつあった山崎を、石橋が鮨屋に連れて行った時のこと。山崎は、石橋と話している最中に携帯をいじった上に、かかってきた電話に断りも入れずに出たことを『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)で暴露されていた。「まいっちゃった」と石橋が自嘲気味に笑い、スタジオからも追従笑いが起きる。が、当の山崎アナは、笑うでも謝罪するわけでもなく、表情にも変化は見られなかった。

 石橋のような大物芸能人を前に、女子アナが非礼を働くというのは、フジテレビの一種のお家芸で、かつて木佐彩子アナがよくやっていた。帰国子女である木佐アナは、漢字や敬語が苦手だったがゆえの非礼なのだが、あくまでもカメラが回っている時なので、双方遺恨はない。

 しかし、プライベートは違う。食通で知られる石橋が、山崎のような人気アナウンサーを庶民的な店に連れて行くとは考えづらい。さらに言うと、大物の自覚がある石橋が、山崎アナと割り勘にすることはあり得ないだろう。業界の大物にご馳走してもらうのに、しかも、怒らせたら面倒くさそうな石橋相手にそりゃないだろうと思うが、こういう思考回路こそ“古い”のだと思う。

 「誘われたから、もしくは断りきれなかったから、鮨屋に行った」「だから、高い店だろうと安かろうと、私には関係ない」「電話に出たのは、仕事中ではないから」――山崎の“言い分”を勝手に想像すると、こんな感じなのではないか。

 石橋をはじめとした古い人は、「自分クラスのポジションの人間に誘われたら、うれしくてたまらないはず」と思っているものの、“今どきの人”にとって、上司や取引先は仕事中の人間関係であって、まるで会社の中の自販機のように、定時が過ぎたら用はないのではないだろうか。偉い人であろうと、そうでなかろうと、基本的に自分にしか興味ないのが“今どき”なのである。

 山崎アナの“今どき”感が最大限に発揮されたのが、『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)に、俳優・小泉孝太郎が出演した時のことである。孝太郎は言わずとしれた小泉純一郎元首相の子息だが、「家事は全部女性にやってほしい」と発言すると、山崎アナは「器の大きさがほしい」「私のカレは全部やってくれる」と反論していた。山崎アナの彼氏は、お笑い芸人・おばたのお兄さんで、売れている芸人とは言いがたい。総理大臣の息子の前で、売れない芸人を褒めることができるのも、“今どき”だと私は感じる。

 2人目の“今どき”の人。それが『キングオブコント2017』で、一躍、時の人となった、にゃんこスターのアンゴラ村長である。顔のパーツこそ違えど、大きく見開いた目と、口をとがらす仕草が、往年の広末涼子を思わせて女性の敵が多そうな印象を受ける。アンゴラ村長は23歳と若い分、“今どき”感が山崎アナより強いのだ。

 『ナカイの窓』(日本テレビ系)は、芸能人のトーク内容をもとに、専門家が「心理学的に〇〇な人」という診断をつける番組だが、12月6日放送の回は、いつもと趣向が異なり、ドッキリを敢行。心理学者が、ゲストのハイヒール・モモコを「威圧的なので、これからの時代、危ない人」と断言、ゲストMCの次長課長・河本準一、モモコがそれに反発するというヤラセのケンカを繰り広げ、平成生まれの女芸人(アンゴラ村長、ガンバレルーヤ、たまかつなな)が、どう対応するかで深層心理を見るという内容だった。

 たかまつは「先輩風を吹かしていると思ったことはない」、ガンバレルーヤは「番組前に、どんどん言いたいことを言っていいと言ってくださった」と、モモコが“してくれたこと”を披露し、モモコを擁護する。しかし、アンゴラ村長は「今日、ごはんに連れて行ってくださいって言おうと思いました」と、1人だけ“自分の気持ち”を話しているのである。

 おそらく「『ごはんに連れて行ってください』と言いたくなるほど、優しい先輩」と言いたかったのだと思うのだが、お笑いの世界でよく言われる「先輩が払う」システムからすると、食事に連れて行くメンバーを決めるのは、先輩(この場合、モモコ)であって、アンゴラ村長ではない。「先輩に食事に連れて行ってもらって、うれしい」という思考回路が旧式、「誘われたから、行っただけ」という思考回路が山崎式だとすると、アンゴラ村長はもっと進んで「優しい先輩だから、食事に行ってやってもいい」という、さらに進んだ“今どき”の思考回路といえるのではないだろうか。

 自分から食事をねだるのは、オトコ芸人には喜ばれるだろうが、共演回数の少ない同性の先輩だと図々しいと思われる可能性もある。しかし、後輩の頼みを断ると先輩の了見に関わるので、表向きは「いいよ、連れて行くよ」となるのが同性の怖いところである……が、書いているうちに気づいた。こういう人は、自分中心なので、怖さなんてまるで感じない。一発屋の気配濃厚だが、アンゴラ村長は案外生命力のある芸能人になりそうだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

高橋真麻、テレビに出るために「不幸でいたい」戦略の落とし穴

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「不幸でいたい」高橋真麻
『ダウンタウンDX』(日本テレビ系、11月30日)

 10代の頃の高橋真麻を、私は見たことがある。

 といっても、もちろん私は知人でもなんでもなく、真麻はお嬢さま女性誌「25ans」(ハースト婦人画報社)に、“俳優・高橋英樹のご令嬢”として頻繁に登場していたのだ。高橋夫妻は何度も流産を経験している。真麻を妊娠中にも、何度も流産の兆候があったそうで、英樹は子どもが無事に生まれてきますようにと、道端のお地蔵さんや、来日していたローマ法王のテレビ画像にも手を合わせるほど、信心深くなったという。そんな真麻誕生秘話が、雑誌に書いてあったように記憶している。都内の名門女子高校に通う真麻が、英樹ゆずりの鼻をカメラに向け、誌面で毎回違う振り袖姿を披露し、屈託なく微笑んでいた姿を今も覚えている。

 そんな真麻が、フジテレビの女子アナとして登場し、父親が有名俳優・高橋英樹だと知れると、「あのルックスでフジに入社できるのは、父親のコネを使ったからではないか?」と、ネットでバッシングが始まる。女子アナの入社試験の倍率は数千倍ともいわれるが、たまたま有名人の娘に生まれたというだけで、そのポジションを得られることに納得がいかない人もいるだろう。

 が、世の中はそんなに甘くない。授業料を払って学歴を得る学生と違って、社会人は成果をあげなければ、仕事は来ないし、給料も上がらない。各局にはそれぞれ、見ない日はないというくらい出ずっぱりの人気アナウンサーもいるが、それは逆に言うと、仕事がない女子アナも存在するということである。英樹が直々に「うちの娘を頼む」と言ったのか、テレビ局が忖度して真麻を採用したのかは不明だが、ラクをして入社すると、ツケを払わされて苦労するのは本人である。

 実際、入社後の真麻は苦労したように私には見える。『おしゃれイズム』(日本テレビ系)で真麻は、「ネットで叩かれて激痩せして、可愛くないなら、細いと言われたくなった」「ラーメンの麺1~2本しか食べられず、38キロまでいった」と、精神的に相当追い込まれていたことを明かしていた。

 局が特別扱いしていないと示すためか、真麻は『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)で、とんねるずに一斗缶で殴られ、熱湯をかけられていた(スタジオに英樹がいて、娘の姿を見て笑っていたが、これは「親公認のイジリであってイジメではない」というエクスキューズだと思われる)。また、お正月特番で、着付けのために女子アナが早朝に集合をかけられる中、真麻だけは顔の出ない着ぐるみを着させられ、その番組を見た真麻の母ががっかりしていたと『ウチくる!?』(フジテレビ系)で話していたこともある。

 資本主義社会では、払ったカネに応じた扱いを受けるものだ。お嬢さまである真麻は、数々の特権を味わい、それが彼女自身の自己評価に影響を与えているように思う。だからこそ、女子アナを目指したのだろうが、念願の女子アナになってテレビには出られても、自尊心を破壊されるような扱いを、真麻が本当に受け入れていたかは疑問である。

 真麻は表面上、テレビの二元論的価値観を受け入れる。テレビでは、「既婚者は独身より幸せ」「子持ちは子ナシより幸せ」で、「オンナ芸人はモテない」といった決めつけのもとに作られているが、真麻はこのルールに沿って、自分は「視聴者より下」であると印象付けることを、自らに課したようだ。ブログにぼっち飯を載せたり、交際中の彼氏とのノロケを書かないかわりに“うまくいっていないこと”をたびたびアピールするのは、一種の“サービス”なのだろう。

 11月30日放送の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に出演した真麻は、彼氏と結婚しない理由について聞かれると、「仕事が第一」「人は人の幸せに興味がない」「家族も仲良し、仕事も順調、新婚さんでラブラブになんて怖い」「だから、不幸でいたい」と話していた。幸せになってしまうと、視聴者にそっぽを向かれて、仕事が減ると考えているのだろう。

 お嬢さまなりに、一生懸命、世の悪意について考えたのだろうが、いかんせん、お嬢さまなので詰めが甘いというか、底が浅い。もし真麻が本当に「仕事が第一」なら、結婚して子どもを産む方がいいのだ。

 テレビが独身女性を不幸、結婚できないとイジるということは、テレビで働く真麻にとっては、仕事が増えることになるのでおいしい。しかし、この独身イジりには条件があり、「結婚できないはずがないから、笑える、イジれる」のである。具体的に言うのなら、「モテそうなルックス、職業である」「まあまあ若いこと」が条件であり、40歳以上の芸能人がイジられることは滅多にない(あるとしたら、井森美幸のように、とてもその年齢には見えない美しさを保っている場合である)。真麻は現在36歳。あと数年もすると、番組側がイジる対象でなくなる。今の営業方針では、頭打ちになる時が来るのだ。

 もう1つ、真麻の言う「人は人の幸せに興味がない」のは事実だろうが、不幸であればウケると言い切れるほど、視聴者心理は単純なものではないと私は思っている。

 バラエティの常連タレントたちは、年齢ごとに微妙にスタンスを変えている。例えば、HKT48・指原莉乃、フリーアナウンサー・田中みな実ら、20代半ばからアラサー世代に属する若いチームは、“自虐”で売っているが、真麻と同年代の女優・遠野なぎこや佐藤仁美は、自分の不幸経験をさらすことはあっても、“自虐”はしない。これは単なる偶然ではなく、意図的なものだろう。幸せを貯金と置き換えてみよう。若い時に、貯金がない(不幸である)の仕方ないことだが、ある程度の年齢になって貯金がない(不幸である)と、「何やっていたんだ」と言われるのと一緒である。

 真麻が本当に「仕事が第一」なら、テレビの世界が認定する幸せ、つまり“結婚して子どもを持ち”、悩みはあるけれど「まあまあ幸せ」を演出した方が、視聴者の気持ちはつかめると思うのだが。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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高橋真麻、テレビに出るために「不幸でいたい」戦略の落とし穴

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「不幸でいたい」高橋真麻
『ダウンタウンDX』(日本テレビ系、11月30日)

 10代の頃の高橋真麻を、私は見たことがある。

 といっても、もちろん私は知人でもなんでもなく、真麻はお嬢さま女性誌「25ans」(ハースト婦人画報社)に、“俳優・高橋英樹のご令嬢”として頻繁に登場していたのだ。高橋夫妻は何度も流産を経験している。真麻を妊娠中にも、何度も流産の兆候があったそうで、英樹は子どもが無事に生まれてきますようにと、道端のお地蔵さんや、来日していたローマ法王のテレビ画像にも手を合わせるほど、信心深くなったという。そんな真麻誕生秘話が、雑誌に書いてあったように記憶している。都内の名門女子高校に通う真麻が、英樹ゆずりの鼻をカメラに向け、誌面で毎回違う振り袖姿を披露し、屈託なく微笑んでいた姿を今も覚えている。

 そんな真麻が、フジテレビの女子アナとして登場し、父親が有名俳優・高橋英樹だと知れると、「あのルックスでフジに入社できるのは、父親のコネを使ったからではないか?」と、ネットでバッシングが始まる。女子アナの入社試験の倍率は数千倍ともいわれるが、たまたま有名人の娘に生まれたというだけで、そのポジションを得られることに納得がいかない人もいるだろう。

 が、世の中はそんなに甘くない。授業料を払って学歴を得る学生と違って、社会人は成果をあげなければ、仕事は来ないし、給料も上がらない。各局にはそれぞれ、見ない日はないというくらい出ずっぱりの人気アナウンサーもいるが、それは逆に言うと、仕事がない女子アナも存在するということである。英樹が直々に「うちの娘を頼む」と言ったのか、テレビ局が忖度して真麻を採用したのかは不明だが、ラクをして入社すると、ツケを払わされて苦労するのは本人である。

 実際、入社後の真麻は苦労したように私には見える。『おしゃれイズム』(日本テレビ系)で真麻は、「ネットで叩かれて激痩せして、可愛くないなら、細いと言われたくなった」「ラーメンの麺1~2本しか食べられず、38キロまでいった」と、精神的に相当追い込まれていたことを明かしていた。

 局が特別扱いしていないと示すためか、真麻は『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)で、とんねるずに一斗缶で殴られ、熱湯をかけられていた(スタジオに英樹がいて、娘の姿を見て笑っていたが、これは「親公認のイジリであってイジメではない」というエクスキューズだと思われる)。また、お正月特番で、着付けのために女子アナが早朝に集合をかけられる中、真麻だけは顔の出ない着ぐるみを着させられ、その番組を見た真麻の母ががっかりしていたと『ウチくる!?』(フジテレビ系)で話していたこともある。

 資本主義社会では、払ったカネに応じた扱いを受けるものだ。お嬢さまである真麻は、数々の特権を味わい、それが彼女自身の自己評価に影響を与えているように思う。だからこそ、女子アナを目指したのだろうが、念願の女子アナになってテレビには出られても、自尊心を破壊されるような扱いを、真麻が本当に受け入れていたかは疑問である。

 真麻は表面上、テレビの二元論的価値観を受け入れる。テレビでは、「既婚者は独身より幸せ」「子持ちは子ナシより幸せ」で、「オンナ芸人はモテない」といった決めつけのもとに作られているが、真麻はこのルールに沿って、自分は「視聴者より下」であると印象付けることを、自らに課したようだ。ブログにぼっち飯を載せたり、交際中の彼氏とのノロケを書かないかわりに“うまくいっていないこと”をたびたびアピールするのは、一種の“サービス”なのだろう。

 11月30日放送の『ダウンタウンDX』(日本テレビ系)に出演した真麻は、彼氏と結婚しない理由について聞かれると、「仕事が第一」「人は人の幸せに興味がない」「家族も仲良し、仕事も順調、新婚さんでラブラブになんて怖い」「だから、不幸でいたい」と話していた。幸せになってしまうと、視聴者にそっぽを向かれて、仕事が減ると考えているのだろう。

 お嬢さまなりに、一生懸命、世の悪意について考えたのだろうが、いかんせん、お嬢さまなので詰めが甘いというか、底が浅い。もし真麻が本当に「仕事が第一」なら、結婚して子どもを産む方がいいのだ。

 テレビが独身女性を不幸、結婚できないとイジるということは、テレビで働く真麻にとっては、仕事が増えることになるのでおいしい。しかし、この独身イジりには条件があり、「結婚できないはずがないから、笑える、イジれる」のである。具体的に言うのなら、「モテそうなルックス、職業である」「まあまあ若いこと」が条件であり、40歳以上の芸能人がイジられることは滅多にない(あるとしたら、井森美幸のように、とてもその年齢には見えない美しさを保っている場合である)。真麻は現在36歳。あと数年もすると、番組側がイジる対象でなくなる。今の営業方針では、頭打ちになる時が来るのだ。

 もう1つ、真麻の言う「人は人の幸せに興味がない」のは事実だろうが、不幸であればウケると言い切れるほど、視聴者心理は単純なものではないと私は思っている。

 バラエティの常連タレントたちは、年齢ごとに微妙にスタンスを変えている。例えば、HKT48・指原莉乃、フリーアナウンサー・田中みな実ら、20代半ばからアラサー世代に属する若いチームは、“自虐”で売っているが、真麻と同年代の女優・遠野なぎこや佐藤仁美は、自分の不幸経験をさらすことはあっても、“自虐”はしない。これは単なる偶然ではなく、意図的なものだろう。幸せを貯金と置き換えてみよう。若い時に、貯金がない(不幸である)の仕方ないことだが、ある程度の年齢になって貯金がない(不幸である)と、「何やっていたんだ」と言われるのと一緒である。

 真麻が本当に「仕事が第一」なら、テレビの世界が認定する幸せ、つまり“結婚して子どもを持ち”、悩みはあるけれど「まあまあ幸せ」を演出した方が、視聴者の気持ちはつかめると思うのだが。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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田中みな実、「ぼっちアピール」や「闇エピソード」に見る“わがままな女王様”の顔

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「みんな、いなくなっちゃえ」田中みな実
『もしかしてズレてる?』(フジテレビ系、11月27日)

 「独身VS既婚」「女子アナVSオンナ芸人」――テレビはこういった具合に、二元論的に人を分けるのが好きである。テレビの価値観でいうと、独身より既婚者の方が幸せで、オンナ芸人はモテずに寂しい毎日を送っているはずであって、結婚しても満たされない女性もいるとか、恋愛を謳歌しているオンナ芸人がいるという解釈はされないものだ。

 こういったテレビの価値観に慣らされ、「条件が揃えば幸せになれる」という考えを刷り込まれた純粋な女性にとって、最難関職種といっても過言ではない女子アナになった田中みな実の“幸福でないアピール”は、親近感を抱かせるものなのかもしれない。しかし私から見ると、この人の強欲さはすさまじいなと思うばかりである。

 11月27日放送の『もしかしてズレてる?』(フジテレビ系)に出演した田中は、“闇”をアピールする。田中は仕事を終えて、部屋に帰った時に「胸をぎゅーっとしめつけられるような寂しさに襲われるが、電話をする人がいない、こんなに電話帳にいるのに」と、ぼっちアピールをしていた。電話を数人にかけたけれどつながらないというのなら、“ぼっち”感があるが、電話をしていないなら、誰ともつながらないのは当たり前である。電話する人がいないことに腹を立てた田中は、「みんな、いなくなっちゃえ」と電話帳を削除しようとするものの、「消したら本当に1人になっちゃう」と何度も思い留まっていると言っていたが、自分の役に立たない人を切ろうとするのは、思い通りにならないことがあると癇癪を起こして、「首を切っておしまい」と命じる「不思議な国のアリス」のハートの女王のようである。田中は闇を抱えたさみしんぼうではなく、すぐにヘソを曲げるわがままな女王様なのではないだろうか。

 田中がぼっちアピールをし始めたのはフリーになってから。そもそも彼女がフリーになったのは28歳で、ほかの女子アナと比べると大分早い(たいていの女子アナは、30代になってから、もしくは結婚してフリーになる)。田中はぶりっ子キャラ、オリエンタルラジオの藤森慎吾と付き合っていたというエピソードで知名度は高いものの、それ以外の“代表作”を持たないまま、フリーに転身してしまった。

 昨年『ボクらの時代』(同)に出演した田中は、「自分の芸能界におけるポジションや、求められているものはこの辺だなとわかって、身の程を知った」と発言している。つまり、自分の商品価値は高いと思って早くにフリーになってみたが、芸能界での価値は思ったより“下”だったと気付いたということだろう。

 田中はほかにも“闇”エピソードの中で、「私って使い道がない」とか「喜んだりすると、悲しいことが起きるから、喜びたくない」とネガティブに聞こえる発言を連発していた。「田中=わがままな女王様」と仮定して、これらを解釈すると、「自分はデキるはず」「自分の人生には予期しないような素晴らしいことが起きるはず」という思い込みが強すぎるから、反動でいちいち落ち込むといえる。

 田中は7月22日放送の『もしかしてズレてる?』で、ぎっちぎちに美容やワークアウトの予定を入れ、1人で過ごしていると明かしていた。「1人の時間を充実させるのはオトナの証拠」といった説が女性誌を中心に流布しているが、田中のような極度の自分好きが1人でいると、エンドレスに「自分はデキるはず、それなのに……」と思って自分について考え、ますますイライラするので、悪循環なのではないだろうか。

 それにしても、田中は芸能人以上に芸能人気質を持っていると思わせられることが多々ある。バラエティ番組で、自分にまつわるVTRを見る時の田中はうっとりしている。一方、『ダウンタウンなう』(同)で、中高年女性に人気のスーパー銭湯アイドル・純烈と共演した際、彼らと目を合わせることすらしなかった(いまどきのタレントは、心の中は別として、形だけでも興味を示すものである)。自分が大好きで、自分にメリットのない人には1ミリも興味をひかれない性質に生まれついているのではないだろうか。

 田中といえば、「GINGER」(幻冬舎)にたびたび登場するが、幻冬舎の社長は見城徹である。見城はサイバーエージェント代表取締役社長の藤田普と共著で『人は自分が期待するほど、自分を見てくれていないが、がっかりするほど見ていなくはない』(講談社)という本を出している。悩んでいる(つもりの)田中に、このタイトルを捧げたい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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田中みな実、「ぼっちアピール」や「闇エピソード」に見る“わがままな女王様”の顔

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「みんな、いなくなっちゃえ」田中みな実
『もしかしてズレてる?』(フジテレビ系、11月27日)

 「独身VS既婚」「女子アナVSオンナ芸人」――テレビはこういった具合に、二元論的に人を分けるのが好きである。テレビの価値観でいうと、独身より既婚者の方が幸せで、オンナ芸人はモテずに寂しい毎日を送っているはずであって、結婚しても満たされない女性もいるとか、恋愛を謳歌しているオンナ芸人がいるという解釈はされないものだ。

 こういったテレビの価値観に慣らされ、「条件が揃えば幸せになれる」という考えを刷り込まれた純粋な女性にとって、最難関職種といっても過言ではない女子アナになった田中みな実の“幸福でないアピール”は、親近感を抱かせるものなのかもしれない。しかし私から見ると、この人の強欲さはすさまじいなと思うばかりである。

 11月27日放送の『もしかしてズレてる?』(フジテレビ系)に出演した田中は、“闇”をアピールする。田中は仕事を終えて、部屋に帰った時に「胸をぎゅーっとしめつけられるような寂しさに襲われるが、電話をする人がいない、こんなに電話帳にいるのに」と、ぼっちアピールをしていた。電話を数人にかけたけれどつながらないというのなら、“ぼっち”感があるが、電話をしていないなら、誰ともつながらないのは当たり前である。電話する人がいないことに腹を立てた田中は、「みんな、いなくなっちゃえ」と電話帳を削除しようとするものの、「消したら本当に1人になっちゃう」と何度も思い留まっていると言っていたが、自分の役に立たない人を切ろうとするのは、思い通りにならないことがあると癇癪を起こして、「首を切っておしまい」と命じる「不思議な国のアリス」のハートの女王のようである。田中は闇を抱えたさみしんぼうではなく、すぐにヘソを曲げるわがままな女王様なのではないだろうか。

 田中がぼっちアピールをし始めたのはフリーになってから。そもそも彼女がフリーになったのは28歳で、ほかの女子アナと比べると大分早い(たいていの女子アナは、30代になってから、もしくは結婚してフリーになる)。田中はぶりっ子キャラ、オリエンタルラジオの藤森慎吾と付き合っていたというエピソードで知名度は高いものの、それ以外の“代表作”を持たないまま、フリーに転身してしまった。

 昨年『ボクらの時代』(同)に出演した田中は、「自分の芸能界におけるポジションや、求められているものはこの辺だなとわかって、身の程を知った」と発言している。つまり、自分の商品価値は高いと思って早くにフリーになってみたが、芸能界での価値は思ったより“下”だったと気付いたということだろう。

 田中はほかにも“闇”エピソードの中で、「私って使い道がない」とか「喜んだりすると、悲しいことが起きるから、喜びたくない」とネガティブに聞こえる発言を連発していた。「田中=わがままな女王様」と仮定して、これらを解釈すると、「自分はデキるはず」「自分の人生には予期しないような素晴らしいことが起きるはず」という思い込みが強すぎるから、反動でいちいち落ち込むといえる。

 田中は7月22日放送の『もしかしてズレてる?』で、ぎっちぎちに美容やワークアウトの予定を入れ、1人で過ごしていると明かしていた。「1人の時間を充実させるのはオトナの証拠」といった説が女性誌を中心に流布しているが、田中のような極度の自分好きが1人でいると、エンドレスに「自分はデキるはず、それなのに……」と思って自分について考え、ますますイライラするので、悪循環なのではないだろうか。

 それにしても、田中は芸能人以上に芸能人気質を持っていると思わせられることが多々ある。バラエティ番組で、自分にまつわるVTRを見る時の田中はうっとりしている。一方、『ダウンタウンなう』(同)で、中高年女性に人気のスーパー銭湯アイドル・純烈と共演した際、彼らと目を合わせることすらしなかった(いまどきのタレントは、心の中は別として、形だけでも興味を示すものである)。自分が大好きで、自分にメリットのない人には1ミリも興味をひかれない性質に生まれついているのではないだろうか。

 田中といえば、「GINGER」(幻冬舎)にたびたび登場するが、幻冬舎の社長は見城徹である。見城はサイバーエージェント代表取締役社長の藤田普と共著で『人は自分が期待するほど、自分を見てくれていないが、がっかりするほど見ていなくはない』(講談社)という本を出している。悩んでいる(つもりの)田中に、このタイトルを捧げたい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

いしだ壱成、19歳新恋人に尽くす姿に見る「モラハラの始まり」と「捨てられることへの不安感」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「絶対別れないです」いしだ壱成
『バイキング』(フジテレビ系、11月20日)

 モラハラ男は、腕力や経済力の優位性で相手を支配する、いわば女性を下に見る人だと漠然と思っていた。もちろん、モラハラ男にもいろいろな“種類”が存在するので、一言で言い表せないが、高橋ジョージを押しのけて、“ミスターモラハラ”の座についた、いしだ壱成を見ていて思ったのは、いしだはモラハラというより、精神的に不安定という意味でのメンヘラで、不安感が強いのではないかということだ。

 8月中旬に二度目の離婚をした、いしだ。ルーティーンを課したことで、愛想を尽かした妻が家を出て行ったと明かし、確実に女性からの好感度は下がったと思われる。が、そのいしだに新恋人の出現である。

 相手は舞台で共演した24歳年下、19歳の女優・飯村貴子である。11月20日放送の『バイキング』(フジテレビ系)に出演したいしだの説明によると、5月に知り合い、ひとめぼれ。前妻との離婚が成立した8月に交際をスタートさせたという。MCの坂上忍をはじめとした出演者は、前妻と結婚している時から交際していた、つまり不倫ではないかと指摘するが、いしだは否定する。

 まぁ、結婚時から付き合っていましたと正直に話すバカはいないので、こう答えるしかないものの、いしだタイプは、婚姻期間と交際がかぶることに抵抗がないだろう。かつて『良かれと思って』(同)に出演したいしだは、前妻が家を出て行った時に、「謝罪したけれど、手遅れでした」と発言していた。つまり、いしだは自分が謝れば済むと思っていたようで、相手が自分から逃げていくとはまったく思っていなかったことがわかる。世間一般の基準でいえば、前妻がモラハラの被害者であるが、いしだの視点で考えると、「急に奥さんに逃げられた」わけだ。自分はハラスメントをしている意識がないだけに、妻が急に去っていった意味がわからず、被害者意識すら持っているのではないか。だとすると、たとえ婚姻が継続中でも、次の女性を探すのは、いしだの中では“当然の権利”と認識されているのかもしれない。

 『バイキング』で、いしだは新恋人と「絶対別れない」と発言し、その根拠を「(彼女と)魂がつながっている」からと説明した。昭和の少女漫画のような発言で、このテの言葉に若い女性は弱いだろう。しかし、視点を変えると「魂がつながっていると思えるほど、特別な女性に出会えたから、別れない」という発言は、前妻を含めた過去の女性は「特別でないから、別れた」ことになり、つまり「別れた原因は、女性側にある」とうっすら思っているということではないだろうか。己を顧みる心はゼロなのである。

 今のいしだは、彼女に前妻のようなルーティーンを課していないという。彼女がお風呂に入っていると、バスタオルを広げて待っているほど尽くしているそうだ。前妻とのあまりの違いを疑問に思う人もいるだろうが、これこそがモラハラの始まりといえるのではないだろうか。自分が愛情を前払いし、払った分と同等、もしくはそれ以上を、彼女からルーティーンとして回収するのである。いしだは彼女に頼んで、スマホに「いっくん、愛してる」と書いてもらったそうだが、これは一種の借用書になりうる。いしだの思い通りにならないことが起きた時、借用書を突きつけて、「愛していたら、オレの言うことを聞けるはず」と話のすり替えができるからである。

 愛情を取り立てるための囲い込みは、すでに始まっている。いしだと新恋人は郊外のワンルームのアパートで同棲しているそうだが、交通の便が悪く、狭い場所に、わざわざ一緒に住む意味はあるのだろうか。一緒に住めば2人分の家事が発生するものの、彼女は“自らの意志” で料理などを始めたという。『良かれと思って』で、いしだは前妻に「(言葉ではなく)目で教えた」、つまり、やるように追い込んでいったと語っており、また同じパターンが繰り返されているのである。

 11月17日の『エゴサーチTV』(Abema TV)に出演したいしだは再婚願望があることと、「ルーティーンはやってほしい」と発言していた。ルーティーンがもとで離婚したのに、いまだに凝りていないことに驚くが、おそらくそれは、いしだにとって特別な意味を持っているのではないか。傍からみれば、いしだのルーティーンは面倒くさい“家事”である。しかし、いしだにとって、「こんな面倒くさいことをやってくれるのは、愛されているから」という確認のために必要なのではないか(ゆえに家政婦にやってもらっても、意味がない)。人を毎日試さずにいられないのは、いしだが絶えることなく「自分は捨てられるかもしれない」と不安を抱えているからのように思えて仕方がないのである。

 ブラックマヨネーズの吉田敬は、いしだに「40代に希望と与えた」としながらも「2年後にボロボロになってる予感しかしない」と述べたが、私もそう思う。願うのは、ただ1つ。いしだの新恋人である飯村が、メンタルを壊すことなく、このチャンスを生かし、芸能人として前に進むことである。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

三遊亭円楽の不倫女性を「頭おかしい」となじるハイヒール・リンゴ、その大きな矛盾点

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「頭、おかしいんちゃいますか?」ハイヒール・リンゴ

『ノンストップ!』(フジテレビ系、11月14日放送)

 三遊亭円楽が、一般人女性と錦糸町のラブホテルに入る姿を「フライデー」(講談社)に撮られ、不倫を認めて謝罪したのが昨年の6月。今度は「フラッシュ」(光文社)が、円楽主催の博多でのゴルフコンペに、例の女性が参加している写真を掲載した。不倫関係が続いていたのかについて記者が尋ねると、円楽はきっぱり否定。説明によると、円楽主催の「博多・天神落語まつり」が開かれ、円楽周辺が20数人のツアーを組んで博多を訪問、ゴルフコンペは打ち上げであり、女性は単なる仲間の1人であることを強調した。

 不倫を肉体関係と仮定するのなら、一緒にゴルフをしていることイコール不倫ではない。しかし、昨年の謝罪会見のプレッシャーにあらゆる意味で凝りていたら、誤解を招くような行動は取らないはず。ゆえに、やはり不倫は続いているとみる人もいるだろう。

 円楽の味方をするつもりはないが、昨年の謝罪会見時に、女性とは仲間として今後も会うと明言していたし、「フラッシュ」も不倫をはっきり裏付けるような写真が撮れたら、そちらを掲載するだろうから、関係が続いているかどうかは写真を見る側の判断によるだろう。そんな中、この件に怒りを露わにしたのが、ハイヒール・リンゴである。

 11月14日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)に出演したリンゴは、「(相手の女性は)頭、おかしいんちゃいますか?」と女性有責論を唱えた。かつての不倫相手が、妻の目の届かない旅先で夫のそばをちょろちょろしていたら、いい気分はしないという妻側の立場に立った意見だろう。

 しかし、誘われもしないのに、女性がゴルフコンペに押しかけるとは考えにくい。仮に女性が行きたいと頼んだとしても、円楽が拒否すれば終わる話である。ということは、女性だけが悪いということはなく、どっちもどっちなのではないだろうか。

 円楽は夫人に対し、事前に女性を含めての博多訪問についてを説明し、許可を取っていたそうだが、リンゴの怒りはなかなか収まらない。「奥さん、怒ってもいいんちゃう?」としつこく首をかしげていたが、ここで思い出すのは、リンゴが今年9月、デイリースポーツの取材に「不倫たたき、一度立ち止まって考えませんか?」と提言していることである。リンゴは山尾志桜里議員の不倫騒動を例に挙げ、「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか。そもそも、不倫に社会的な制裁は必要なのか?」と、山尾議員に対する報道を不当なものだと主張した。

 政治家である山尾議員は公人だし、宮崎謙介元議員の不倫が発覚した際、先頭を切って責めていただけに、巨大なブーメランとなって返ってきたのは致し方ないことだと私は思うが、リンゴは、そこはスルーである。

 それに、リンゴの「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか」論で言うのなら、妻が納得している円楽の不倫再燃疑惑にリンゴが怒るのもおかしな話なのである。リンゴは山尾議員について「私が会った中で1、2を争う優秀な人という印象」と述べていた。山尾議員の不倫は擁護し、円楽の相手を叩くのは、輝かしい美貌と経歴を誇る山尾議員にあこがれを感じる一方、円楽の相手の女性は一般人なので、軽く見ているだけの話ではないだろうか。

 円楽に話を戻そう。

 「フラッシュ」によると、もともと円楽は女性の父親と付き合いがあり、そこから女性と知り合ったそうだ。有名な噺家がその辺にいる普通のオジサンと親しくするとは考えにくいので、女性の父親は円楽の後援者と考えることができるのではないだろうか。

 だとすると、思い浮かぶのが、梅沢富美男である。梅沢夫人が「女性自身」(光文社)に語ったところによると、夫人の実家は家族全員で梅沢の後援会に入っていて、それがきっかけとなって交際が始まった。夫人の父親は、海外公演にも同行するなどのひいき筋らしく、梅沢を支えるだけでなく、梅沢の最初の離婚の際に慰謝料を貸したりと身内のような付き合いをし、梅沢に「娘をもらってくれないか」と頼んだこともあったらしい。つまり、梅沢は大恩人の娘と結婚したわけだ。大衆演劇も落語も、切符をさばけないと始まらないという意味では同じだろう。円楽の相手女性の父親が後援者だと考えると、週刊誌に写真を撮られたくらいで交際を絶つわけにはいかないし、夫人も文句は言えないはずだ。

 リンゴは相手の女性を「頭おかしいんちゃいますか?」と強い言葉でなじったが、女性が後援会関係者の娘だと仮定するならば、遊びで済まされない女性に手を出した円楽の方が、よっぽどおかしいんちゃいますか? と思うのだが。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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三遊亭円楽の不倫女性を「頭おかしい」となじるハイヒール・リンゴ、その大きな矛盾点

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「頭、おかしいんちゃいますか?」ハイヒール・リンゴ

『ノンストップ!』(フジテレビ系、11月14日放送)

 三遊亭円楽が、一般人女性と錦糸町のラブホテルに入る姿を「フライデー」(講談社)に撮られ、不倫を認めて謝罪したのが昨年の6月。今度は「フラッシュ」(光文社)が、円楽主催の博多でのゴルフコンペに、例の女性が参加している写真を掲載した。不倫関係が続いていたのかについて記者が尋ねると、円楽はきっぱり否定。説明によると、円楽主催の「博多・天神落語まつり」が開かれ、円楽周辺が20数人のツアーを組んで博多を訪問、ゴルフコンペは打ち上げであり、女性は単なる仲間の1人であることを強調した。

 不倫を肉体関係と仮定するのなら、一緒にゴルフをしていることイコール不倫ではない。しかし、昨年の謝罪会見のプレッシャーにあらゆる意味で凝りていたら、誤解を招くような行動は取らないはず。ゆえに、やはり不倫は続いているとみる人もいるだろう。

 円楽の味方をするつもりはないが、昨年の謝罪会見時に、女性とは仲間として今後も会うと明言していたし、「フラッシュ」も不倫をはっきり裏付けるような写真が撮れたら、そちらを掲載するだろうから、関係が続いているかどうかは写真を見る側の判断によるだろう。そんな中、この件に怒りを露わにしたのが、ハイヒール・リンゴである。

 11月14日放送の『ノンストップ!』(フジテレビ系)に出演したリンゴは、「(相手の女性は)頭、おかしいんちゃいますか?」と女性有責論を唱えた。かつての不倫相手が、妻の目の届かない旅先で夫のそばをちょろちょろしていたら、いい気分はしないという妻側の立場に立った意見だろう。

 しかし、誘われもしないのに、女性がゴルフコンペに押しかけるとは考えにくい。仮に女性が行きたいと頼んだとしても、円楽が拒否すれば終わる話である。ということは、女性だけが悪いということはなく、どっちもどっちなのではないだろうか。

 円楽は夫人に対し、事前に女性を含めての博多訪問についてを説明し、許可を取っていたそうだが、リンゴの怒りはなかなか収まらない。「奥さん、怒ってもいいんちゃう?」としつこく首をかしげていたが、ここで思い出すのは、リンゴが今年9月、デイリースポーツの取材に「不倫たたき、一度立ち止まって考えませんか?」と提言していることである。リンゴは山尾志桜里議員の不倫騒動を例に挙げ、「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか。そもそも、不倫に社会的な制裁は必要なのか?」と、山尾議員に対する報道を不当なものだと主張した。

 政治家である山尾議員は公人だし、宮崎謙介元議員の不倫が発覚した際、先頭を切って責めていただけに、巨大なブーメランとなって返ってきたのは致し方ないことだと私は思うが、リンゴは、そこはスルーである。

 それに、リンゴの「パートナーが怒るのは当然だけど、世間になぜ謝らなきゃいけないのか」論で言うのなら、妻が納得している円楽の不倫再燃疑惑にリンゴが怒るのもおかしな話なのである。リンゴは山尾議員について「私が会った中で1、2を争う優秀な人という印象」と述べていた。山尾議員の不倫は擁護し、円楽の相手を叩くのは、輝かしい美貌と経歴を誇る山尾議員にあこがれを感じる一方、円楽の相手の女性は一般人なので、軽く見ているだけの話ではないだろうか。

 円楽に話を戻そう。

 「フラッシュ」によると、もともと円楽は女性の父親と付き合いがあり、そこから女性と知り合ったそうだ。有名な噺家がその辺にいる普通のオジサンと親しくするとは考えにくいので、女性の父親は円楽の後援者と考えることができるのではないだろうか。

 だとすると、思い浮かぶのが、梅沢富美男である。梅沢夫人が「女性自身」(光文社)に語ったところによると、夫人の実家は家族全員で梅沢の後援会に入っていて、それがきっかけとなって交際が始まった。夫人の父親は、海外公演にも同行するなどのひいき筋らしく、梅沢を支えるだけでなく、梅沢の最初の離婚の際に慰謝料を貸したりと身内のような付き合いをし、梅沢に「娘をもらってくれないか」と頼んだこともあったらしい。つまり、梅沢は大恩人の娘と結婚したわけだ。大衆演劇も落語も、切符をさばけないと始まらないという意味では同じだろう。円楽の相手女性の父親が後援者だと考えると、週刊誌に写真を撮られたくらいで交際を絶つわけにはいかないし、夫人も文句は言えないはずだ。

 リンゴは相手の女性を「頭おかしいんちゃいますか?」と強い言葉でなじったが、女性が後援会関係者の娘だと仮定するならば、遊びで済まされない女性に手を出した円楽の方が、よっぽどおかしいんちゃいますか? と思うのだが。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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森口博子の「私が結婚できない理由」に見る、“母子密着”のはらむ「狂気」

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「人に合わせることを覚えろ」坂上忍
『ウチくる!?』(フジテレビ系、11月5日)

 バラエティ番組の“結婚できないオンナ”企画は、製作費もかからず、タレント側もイジられてそれなりにおいしい。ゆえに、なくなることはないのだろう。

 11月5日放送の『ウチくる!?』(フジテレビ系)に出演したタレント・森口博子は結婚願望を語るが、番組は彼女の面倒くさいルーティーンを紹介する。「イタリアンレストランでも、白湯を飲む」「18時以降は、お茶も飲まない」「バナナを持ち歩いている」「潔癖症で、ホテルや病院のそなえつけのスリッパを使えないので、二足スリッパを持ちこむ」。変わっているかもしれないが、相手に同じように振る舞うことを強要しない限り、特に問題があるとは思えない。加えて、三十年来の友人である俳優・坂上忍が「食事をする時、家族を連れてくる。あれでは恋愛にならない」と証言する。食事をした時期について明言されていなかったが、森口は相変わらずなんだとしみじみした次第である。

 2012年、森口は『解決!ナイナイアンサー』(日本テレビ系)の“ワケあり独身女芸能人”の回に出演していた。森口の両親は小学生の時に離婚をし、母親は昼も夜も働いて4人の娘たちを育てたという。生活は苦しく、見かねた叔母が森口を養女にすることを申し出たこともあるそうだ。森口は幼い頃からの夢を叶え、芸能界デビューするが、鳴かず飛ばず。事務所からクビを宣告されるが、仕事を選ばずバラドルに転向、レギュラー12本を抱える売れっ子となった森口は、お母さんに家をプレゼントする。姉妹仲も良く、しょっちゅう会っていると言っていた。坂上の言う「家族を食事に連れてくる」は、森口があらゆる意味で、親族を背中に背負うという2012年方式を継続しているということだろう。

 森口には結婚願望があり、母親も孫の誕生を待っている。しかし、なぜか結婚に踏み切れないのは、森口が「母親が完璧な人だったので、結婚したら自分も同じようにできるか不安」だかららしい。何を言ってるんだか、いまいち意味がわからないが、森口が母親に寄せる信頼は厚い。例えば、母親の誕生日を祝ったことについて書いた森口の公式ブログには、「ママ、生まれてきてくれてありがとう」と書かれている。皇太子妃の雅子さまが、ご出産後の記者会見で、愛子さまに対し「生まれてきてくれてありがとう」とお話しになったことがあるが、これは母親が子どもに向けて話す言葉であって、娘から母にかける言葉としてふさわしくないのではないだろうか。このほかにも、「抱きしめてあげたい」や同居しているにもかかわらず「いっぱいいっぱい一緒にすごせる時間を増やしていこう」という記述からは、母娘逆転(森口が母親で母親が娘)、もしくは母親の彼氏のような意識を持っていることがうかがえる。

 このように常軌を逸脱した癒着が起きる原因を、心理学者・高石浩一氏は「マゾヒスティック・コントロール」という言葉を用いて説明している。マゾヒスティック・コントロールとは、母親が自らを犠牲にして子育てをすると、娘は恩義と罪悪感から、母親の顔色を見て物事を決めるようになってしまうことを指す。森口はブログで、母親は苦労して自分を含めた四姉妹を育ててくれたと繰り返し書いているが、これこそが典型的なマゾヒスティック・コントロールである。つまり、日本人が大好きな“子どものためなら苦労を厭わない母”と“母のために頑張る孝行娘”は、母娘依存の源泉とも言えるのだ。

 もう1つ、私が思う癒着の原因は、「オトコがいないから」である。彼氏がいれば全て解決という意味ではない。“他人”に「なんでそんなに親の言うこと聞くの?」とつっこまれて自分を振り返るきっかけをつかむ人もいるが、オトコという他人がいなければ、誰にもとがめられず、思う存分“母子密着”ができるのだ。こうなると彼氏はできにくいか、できても長続きしない。鶏が先か、卵が先かに似た話だが、こうして悪循環にはまっていく。

 結婚願望のある森口に、坂上は「人と合わせることを覚えろ」と言っていた。坂上が電話ではなくメールで連絡しろと言っているにもかかわらず、森口が電話をしてくることが、「人に合わせない」証拠らしい。森口が坂上と結婚したいわけでないなら合わせる必要はないわけだが、のべ一万人以上の婚活相談を受けた私の体験から言わせてもらうと、母親に依存している人は「合わせない」わけではなく、「母親に気に入られることばかり考えて生きてきたので、母親以外の人間はどうでもいい」ことが多い(こういう人は、母親のことを話す時が、一番イキイキしている)。

 アリストテレスは「詩学」で、悲劇を構成する要素は「すぐれた人」だと言った。極貧にもかかわらず、娘を手放さなかった母、芸能界で成功した娘は、まさに「すぐれた人」と言えるだろう。打算なく愛し合う2人の向こうにあるのは、日本人好みの美談かそれとも――。確かなことは、家族という気密性の高い集団は、愛だけでなく狂気をもはらんでいるということだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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虻川美穂子、「女子力高いよね」を褒め言葉と受け取る“性格”のメリット

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「どうやって見分けるんですか、人のウラを」北陽・虻川美穂子
『ノンストップ』(フジテレビ系、10月27日)

 褒められてるんだか、バカにされてるんだかわからない。そんな経験をしたことはないだろうか。

 10月27日放送の『ノンストップ』(フジテレビ系)では、「ホメる女にはウラがある」と題して、このあたりの機微を特集していた。ウェブサイト「ママスタセレクト」掲載の「『旦那さんかっこいいね』というママ友と、言われる側の妻。それぞれの内心」という記事をもとに、夫の外見を褒められることは、何を意味するのか、果たしてウラがあるのかを話し合っていた。

 「旦那さん、かっこいいね」と言われたら、千秋と北陽・虻川美穂子は「うれしい」と感じるが、ハイヒールのリンゴは「うちの旦那は一回り上の68歳やから、そんなわけない」「うれしくない」という。リンゴは「話を盛ってるだけ。最近、みんな人を最近褒めすぎ」とそういった風潮に不快感を示していた。

 番組では、視聴者からの声を紹介していく。30代のある女性は、SNSに「今日は彼とピクニック。お弁当は手作り」とSNSにアップしたところ、友人から「女子力高いよね。私には無理だわ」というコメントがついたという。千秋は、この「女子力高い」を「理由はわからないけど」とした上で「褒めていない」とし、リンゴもこれを「はいはい、(女子力高いアピールをこれからも)やらはったらどうですか?」という意味であって、「褒め言葉ではない」と判断していた。

 手作り弁当の画像を上げるということは、直接的に料理の腕前もしくは出来栄えを見せたいと考えられるので、これに対する褒め言葉は「おいしそう」もしくは「料理がうまい」だと思う。「女子力が高い」というのは、「料理がうまい」というより、「頑張って女性としての努力をしている」という意味のように私は感じる。となると、「腕前は別として、よく頑張っている」といった上から目線の言葉にも取れるので、褒め言葉でないと思うが、虻川は違う。「女子力は高い方がいいんだから、褒め言葉じゃないですか」「どうやって人のウラを見分けるんですか?」と返していた。

 女性を褒める難しさで思い出すことがある。個人的な話で恐縮だが、私は昨年、男性向けに“女性の褒め方”に関する書籍を上梓した。恋愛や婚活市場では、年収の高い男性が強者になる。“年収は個人の努力ではどうにもならないのだから、女性をほめることで自分の付加価値を新たに生み出そう”をテーマに掲げたハウツーである。“男性向け”とはっきり銘打っているにもかかわらず、若い女性や女性誌から「この褒め方は、同姓に使っても有効でしょうか?」という問い合わせが相次いで驚いたことがある。やりとりをしている際に感じたのは、「褒めれば、相手は喜ぶはず」「職場のお局は褒め言葉に弱い」という女性の思い込みだった。

 上述した例でもわかるとおり、確率100%の褒め言葉というのは、存在しない。

 虻川は、基本的に他人に言われたことをあまり噛み砕かずに受け止めるタイプのようだが、その虻川でも「ウソだ」と思う褒め言葉があるらしい。ファッション誌の撮影時に、カメラマンなどのスタッフから、やたら「カワイイ」と言われた場合、「そんなわけない」と思って却って表情が硬くなってしまうそうだ。

 この例でもわかるように、ただ「褒められたから」うれしくなるわけではなく、「受け手の自己評価と褒め言葉がマッチしたから」うれしくなることがわかる。自分が自信を持っている部分を褒められればうれしいと感じ、そうでない部分を褒められると「ウソだ」と思うのだ。例えば千秋は、15歳年下のTBSイケメン社員と再婚を果たした。千秋自身が夫を「イケメンだ」と思っているから、「旦那さんかっこいいね」という言葉がウラのない褒め言葉だと解釈できる。虻川はファッション誌のモデルとくらべると、自分は劣ると思っているので、「カワイイ」と褒められても響かないのだ。

 褒めてその場の雰囲気をよくしたいという気持ちはわかるが、どうやって褒めようか迷っている時点で、その人は、相手の価値観や自己評価を読み切れていない。そこに適当な褒め言葉を投げかけた場合、喜ぶ人もいるだろうが、「調子がいい」とレッテルを貼られる恐れもある。適当に褒めると、却って自分の評価がマイナスになる可能性もあるわけで、それなら褒めない方が無難ではないだろうか。コミュニケーションを円滑にしたいのであれば、適当に褒めるより、きちんとお礼を言う方が効果的だと思う。

 虻川と言えば、数年前までは、夫婦問題を扱うバラエティー番組の常連だった。イタリアンレストランのシェフである夫は、虻川の欠点(料理がヘタ、服のセンスが悪い、がさつ)を意気揚々と話し、虻川も夫がスキンシップを拒むエピソードを披露していたため、離婚寸前と報道されたこともある。その一方、虻川夫は、虻川のおかげでテレビに出演し、芸能人人脈を得てレストランは繁盛。夫ばかりがトクをしているので、虻川は「利用されているかも」と疑いを持ったこともあるそうだ。しかし、虻川は今や待望の出産を果たし、子育てをしながら芸能活動を続ける働くママである。「短気は損気」というが、人のウラを読みすぎるのもまた“損気”なのではないだろうか。人のウラが読めないことで保たれる平和もあるのだ。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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