元夫の自殺と遺書公表を経ても……上原多香子の奔放ぶりに見る“忘れるオンナ”の顔

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「私にできることないかな」上原多香子
「フラッシュ」(光文社、2017年10月17・24特大号)

 自殺を容認する宗教を、私は知らない。

 キリスト教やイスラム教では自殺を禁じているし、仏教では、自殺はもちろんのこと、親より先に死ぬことを“逆縁”と呼び、一番の不孝と定義している。なぜ自殺をしてはいけないかについては、各宗教の専門家に任せるとして、自殺はあらゆる意味でやめた方がいいのではないかと思う。

 2014年にET‐KINGのTENN氏が自宅マンションの駐車場に停めた車の中で、自殺を図った。第一発見者は、妻である女優の上原多香子。自殺を図るような精神疾患を患っていた形跡もなく、行動に計画性が見られなかったことから、上原は若くして夫を亡くした悲劇の妻となった。

 しかし、3年がたった今年の夏、TENN氏の遺族が「女性セブン」(小学館)に、自殺の真相を明かす。TENN氏の遺書によると、彼は子どもの望めない体であること、また上原が舞台で共演した俳優・阿部力と不倫していることが書かれていたという。上原の携帯を見たTENN氏は“証拠”として、上原と阿部のLINEのやりとりや、キス画像を携帯に保管しておいたそうだ。TENN氏の遺書に「多香子をあまり責めないでやってください」と書いてあったことから遺族は黙って葬儀を終えた。しかし、新しい恋人ができると、上原があっさり籍を抜いて連絡すら取りにくくなり、遺族側が上原に慰謝料を要求したが、上原は分割払いでの支払いを提案。誠意のない態度に怒った遺族は、遺書を公表することを決意したそうだ。

 遺族の話をまとめると、TENN氏は上原の不倫を知ってしまったが、それを問い詰めることもできず、かといって、なかったことにすることもできず、離婚するのも嫌で死を選んだということなのだろう。

 「多香子をあまり責めないでやってください」という発言は、夫としての最後の優しさと見ることもできるが、別の見方をすると、強い復讐心の表れ、もしくは、あてつけとも言えるのではないだろうか(嫁の不倫が原因で息子が自殺をして、責めないでいられる遺族はいないだろう)。

 上原の不倫に絶望していたのだとしたら、話し合う勇気を持ってほしかったし、もしあてつけだとしたら、方法を間違っているように思えてならない。

 自分が原因で誰かが死んだら、一生後味の悪い思いをする。そう考えるのは、善良な人である。意図的かそうでないかは別として、自殺の原因を作った側は、案外ケロリとしているのが、現実ではないだろうか。

 例えば、歌手の藤あや子。若くしてデビューした藤だが、なかなか売れず、改名をして再デビューを果たす。「こころ酒」で大ヒットを記録した藤は、レコード会社の既婚男性と不倫関係に陥るものの、売れっ子になりつつあった藤が、別れを選ぶと、男性は「別れたくない」と藤の自宅で首を吊った。遺体の第一発見者は、学校から帰宅した藤の一人娘であることを当時の週刊誌は書き立てた。

 あえて藤の家を死に場所に選ぶあたりに“あてつけ”な印象を受けるが、それで、藤の芸能人生命が絶たれたかというと、そんなことはない。『NHK紅白歌合戦』の常連となり、8歳年下の俳優・木村一八と交際したり、今年の春に20歳年下の一般人男性との再婚を発表するなど、人生を謳歌しているように見える。

 女優の荻野目慶子も、不倫関係にあった映画監督に自宅で首をつられた過去がある。芸能界引退まで追い込まれた精神状態を救ったのは、故・深作欣二監督で、今度は深作と不倫関係に陥る。深作監督亡き今も女優を続け、現在は産婦人科医と結婚。自殺したオトコのことをどう思っているかは、本人でなければわからないが、表面的に見れば、藤や荻野目は再起不能になるほどの精神的ダメージを受けたとは考えにくい。

 それは上原も同様である。TENN氏の自殺の原因が、上原の不倫であると報道されてから、彼女は芸能活動を自粛。自分の不倫が暴露され、芸能活動も自粛とあって、さぞ精神的に追い込まれていると善良な人は想像するだろうが、「フラッシュ」(光文社)によると、上原は恋人であるコウカズヤの公演後の打ち上げに参加し、「私に何かできることないかな」と妻のようにかいがいしくふるまいつつ、その一方でコウでない男性に抱きつくなど、変わらない奔放さを見せたという。この行動から考えると、上原にとってTENN氏のことは“なかったこと”になっているのではないだろうか。

 誰かを傷つけてやりたい、懲らしめたい。誰しも人生のうちで一度くらいは、こう考えることがあるだろう。人によっては、実際に直接的な行動に移す人もいるかもしれないが、本当に怖い嫌がらせとは、相手のことをきれいさっぱり忘れてしまう、つまり生きている人の存在を殺してしまうことではないだろうか。尋常でなく忘れっぽい“超忘却力”を持つ人は稀にいて、そういう人に命を懸けた抗議をしてもムダなのだ。

 超忘却力を持つ女性は、“天然”“おっとりしている”と男性には魅力的に映るようだ。コウが、ある日突然上原に忘れられる日が、1日でも遅いことを祈るばかりである。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

「男の不倫はOK、女は言語道断」の考えを振りかざす、“おじさん”坂上忍のチョロさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「月曜『バイキング』のコメンテーターとか」坂上忍
『バイキング』(フジテレビ系、10月2日)

 テレビのコメンテーターという仕事の肝は、面白いことを言うよりも、「いかに司会者の思いを汲めるか」ではないだろうか。

 番組の“色”や方向性は、司会者で決まる。しかし、司会者はある程度中立でいなければならないので、自分の意見ばかり言うわけにはいかない。そのため、司会者の意を汲んだ発言をするコメンテーターが必要となる。鵜匠が船に乗り、鵜を使ってアユなどの魚を取る鵜飼いになぞらえて考えると、司会者は鵜匠で、コメンテーターは鵜、アユが視聴率と言えるだろう。

 「コメンテーターは、鵜飼の鵜」だと私が強く感じる番組は、『バイキング』(フジテレビ系)である。2016年以来、芸能人の不倫のニュースが頻発している中、同番組を見ていると、「男性の不倫はOKだが、女性は言語道断」という姿勢を感じる。

 例えば、「週刊文春」(文藝春秋社)が斉藤由貴と開業医男性との不倫を報じた時のこと。2人が指を恋人のようにからめあうつなぎ方をしていたり、斉藤のマンションに男性が通う姿を撮られていた。斉藤本人は記者会見を開いて、「手をつないだのは一瞬」「往診のためにマンションに来てもらった」と釈明したが、あの会見を真に受けた人は、ごく少数ではないだろうか。

 事実、会見後、斉藤と男性のキス写真、男性がパンツをかぶっている写真など、不倫の証拠とも言うべき画像が「フラッシュ」(光文社)に掲載される。それを見た坂上は、「不倫をした、しかも3回目ですよ、その上に嘘が乗るんだ」と斉藤を断罪。確かに斉藤は独身時代、歌手の尾崎豊や俳優の川崎麻世と不倫をし、会見を開いたこともあるので、事実と言えるが、それを言うなら、金曜レギュラーの雨上がり決死隊・宮迫博之だって同じである。

 「文春」に、2人の女性との不倫を報じられた宮迫は、「同じホテルに泊まったことは事実だが、肉体関係はない」と苦しい言い訳をしている。2010年にもタレント・木村まみの家に通う姿を写真週刊誌「フライデー」(講談社)に撮られていたし、斉藤と同様に不倫の“常習犯”だが、そのあたりは同番組で責められていない。宮迫が妻に「家族だから、私が助けるよ」と言われたエピソードを披露すると、妻を「芸人の妻の鑑」と絶賛するなど、坂上は「夫の不倫を許す妻が、いい女」という考えを持っているようだ。

 坂上がこういうスタイルであるので、“鵜”たちも、不倫に甘い。自身も不倫経験者で、風俗店で16歳少女から性的なサービスを受け、芸能活動を自粛したこともあるタレント・東国原英夫、「浮気は人類誕生以来行われてきたことだから、そろそろ女性は慣れて」と不倫を擁護するお笑い芸人・ブラックマヨネーズの吉田敬、「役者だから」「遊びだから」と公言する梅沢富美男など、『バイキング』のコメンテーターは、“不倫肯定派”ばかりである。“人より稼いでいるんだから、股間の自由を認めろ、その代わり家庭を壊すつもりはない”といわんばかりの彼らにとって、許しがたいのは、“騒ぐオンナ”ではないだろうか。不倫をマスコミに暴露する女や、「不倫された、許さない」と夫を責め立てる妻が、“騒ぐオンナ”である。

 “騒ぐオンナ”の典型が、俳優の袴田吉彦と関係を持っていたことを「週刊新潮」(新潮社)に告白したグラビアアイドル・青山真麻だろう。別居していたとはいえ、袴田には妻子がいたので不倫である(その後、離婚)。会うのはいつもアパホテルで、10回の逢瀬のうち、7回はホテル代を青山が払ったものの、支払いで生じたポイントは、袴田が自分のカードにつけたことから、“アパ不倫”と名付けられた。袴田の女性への扱いにはまるで誠意が感じられず、『今夜解禁!ザ・因縁』(TBS系)で袴田が語った通り、「性欲に走ってしまった」関係だったのだろう。

 青山は、『バイキング』の取材に対し、「売名ではない」と言いつつも、「チャンスをもらった」「『しゃべくり007』(日本テレビ系)に出たい」と、袴田との関係を1つのステップと考えていることをほのめかした。

 対する袴田の元妻・河中あいは騒がない。「タウンワーク」で見つけた事務バイトをしながら、シングルマザーとして子どもを育てている河中は、『ザ・因縁』にVTR出演し、結婚生活を振り返って「世間も知らないし、何もできない子を母親にしてくれたことに本当に感謝している」と述べた。夫を責めなかった河中を、坂上や東国原は“いいオンナ”と絶賛。坂上は河中を「月曜『バイキング』のコメンテーターに」とまで言い出した。

 知人の弁護士いわく、子どものいる女性が離婚して“感謝”と言い出すのは、「この子に出会えたから、お前のことなどどうでもいい」という決別だそうだ。河中も同じ気持ちなのかは知る由もないが、1つ言えるのは、今後も芸能活動を続けると明言している河中にとって、今が大きなチャンスであるということである(河中は早速、坂上のブログをお気に入り登録している)。

 “売名”とは、有名人男性とのセックスをネタにすることと思われがちだが、大きな意味で言えば、「誰かを利用して、自分が芸能人として前に進むこと」と言えるだろう。となると、今回売名に成功したのは、青山真麻ではなく、元妻の河中あいなのではないか。

 同情を引くという売名は、体を張るよりイメージがよくて安全である。河中を“かわいそう”“健気”と信じる……坂上をはじめとするオジサンは、案外チョロいと言えるのではないだろうか。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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田村淳、「青学受験」宣言に見るズル賢さ――まるでOLのような芸能人としての歩み

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「青山学院大学への合格を目指します」ロンドンブーツ1号2号・田村淳
(Abema TV特別番組、9月23日)

 ロンドンブーツ1号2号の田村淳を初めてテレビで見たのは、『急性吉本炎』(TBS系)だった。街行く一般人の女性にカードを引かせて、当たりが出れば現金を進呈、ハズレだと淳がビンタするという企画で、私には何が面白いのかさっぱりわからなかった。しかし、この企画で淳は名前を売り、以降“ガサ入れ”と称して、彼氏に代わって彼女の浮気を調査するなど、シロウトの女性いじりに特化していく。

 そんな淳は、「芸人は売れるとモテるが、淳は売れる前からモテていた」「淳と連絡を取りたい女性数名が、携帯電話を買い与えていた」「貢がれていた」といったエピソードが暴露される人物だ。また、『しゃべくり007』(日本テレビ系)に出演した際、淳は、一夜だけ関係を持った女性の数を聞かれ、「カップラーメンの値段4個分」と答えたこともある。女性タレントには、このような質問がされないことから考えると、不特定多数の女性とセックスすることは、男性にとっては名誉なのだろう。モテる淳を“オトコの中のオトコ”と羨望のまなざしで見る人もいるだろうが、淳の芸能人としての歩みは、“オトコの中のオトコ”というより、OLのように私には感じられる。「こういう人いた」という既視感がすごいのだ。

 例えば、ジュニア・ベジタブル&フルーツマイスター「通称野菜ソムリエ」という、モデルの長谷川理恵が先駆けて取得した資格を、淳も取得している。モデルは体が資本であることを考えると、長谷川の資格取得は辻褄が合っているし、仕事が増えることも目に見えている。が、淳がこの資格を取っても、芸人として特にプラスになるとは考えにくい。となると、野菜そのものの仕事がしたいというより、資格という権威や頑張った証拠がほしかったのではないかと思えるのだ。

 仕事を覚えた中堅OLが、資格取得にハマることがある。資格取得といえば、転職やキャリアアップを連想するのが一般的だが、仕事に直結しない資格ばかり取る人がいるのだ。今いる場所はキープしつつ、その集団の中で「ちょっと違う高い意識を持ったワタシ」をアピールする手段として、資格という権威が有効だと考える人がいるのである。

 淳のこうした権威へのあこがれは、オンナ選びにも反映されているのではないだろうか。かつて『真夜中の大かま騒ぎ』(フジテレビ系)において、淳は「女優と結婚したい」と発言。司会の明石家さんまが「オレは女優と結婚した」と言ったところ、羨望の声が上がっていたのを見ると、男性にとって「女優と結婚する」というのは、一種のステイタスなのだろう。

 女優ではないが、淳はそれ以上のステイタス保持者、アジアの歌姫・安室奈美恵との熱愛が発覚する。安室のために、キッチンが充実したマンションに引っ越したともいわれた淳だが、結婚について尋ねられると「日本式の結婚を信じていない、フランス式の事実婚スタイルがいい」と答えた。この答え方も本当にウマいとしか言いようがない。結婚を考えていないと言えば、格上の彼女に失礼だし、だからといって、軽々しく結婚したいといえば無責任である。結婚制度そのものを悪者にすれば、ステイタスホルダーのカノジョを傷つけない形で、自分の意見を通すことができ、淳は権威を利用して、自分のイメージをよくすることに成功している。

 それだけでなく、印象操作がうまいのも淳の特徴である。淳は自身の結婚を『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)で発表したが、夫人は“家事手伝いの一般人女性”で、「淳が浮気したら、自分も一緒に反省する」と答えるなど、出川哲朗ら番組ゲストに“デキた女性”として絶賛されていた。しかし、「週刊文春」(文藝春秋社)によると、夫人は元「ViVi」(講談社)モデルで、売れっ子キャバクラ嬢だったという。家事手伝いの一般人女性で、浮気されても一緒に反省をすると聞かされると、世間知らずで、資産家家庭の子女であることを連想するだろう。しかし、夫人の実際の履歴、元芸能人で、人気キャバクラ嬢であったことから考えると、「それくらいで動じない」「オトコの性を知り尽くしている」という正反対の見方をすることもできる。明らかな嘘はつかないまでも、どう表現したら良いイメージになるかの計算が、淳はうまいのだ。

 淳のように「ウソではないが、本当でもない」という印象操作を得意とするOLがいる。彼氏がいないことを明言はしないものの、匂わせる発言をしていた人が、いきなり「結婚する」と言い出すことは珍しくない(彼氏はいないが、婚約者はいるという理屈だろう)。他人のプライベートにやたら干渉してくる人や、社内恋愛の場合は自衛手段ともいえるが、破談になっても詮索されないというメリットもある。逃げ道を確保するための印象操作である。

 9月23日のAbemaTV特別番組で、淳は「青山学院大学への合格を目指します」と宣言した。学生時代、まったく勉強をしてこなかった淳が、名門大学を受験するのはチャレンジングだが、ここを乗り切ればヒーローとなって仕事が増えることも期待される。政治家としての道が拓かれる可能性もある。当たれば大きい賭けではあるものの、ここでまた淳の「明らかなウソでないが、真実とも言えない」趣向は発揮されている。

 淳は「44歳になって、勉強したいという意欲がわいてきた」と言っているが、受験する学部については明言していない。一部なのか二部なのか、現役高校生と同じ学力試験を受けるのか、社会人入試なのか。学部や試験方式によって難易度は違う。そのあたりを明言せず、権威としての“青山学院大学”だけ掲げるあたりが、ズルうまいのである。

 淳が青山学院に入れても入れなくても、愛娘のお受験の口実になることは想像に難くない。例えば、入学できた場合は「この素晴らしい環境で、幼い頃から学ばせたい」と言えるし、もし無理だった場合でも「自分にはかなわなかったが、娘には小さい頃から学ぶ楽しさを感じてほしい」といった具合だ。不倫バッシングが続く昨今、既婚者の淳はもう恋愛で稼ぐことはできない。そんな中、“受験”にシフトするとは、淳の抜け目のなさには、敬服するしかない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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豊田真由子議員、謝罪会見で「夫と仲良し」発言の意味――「結婚=人格者の証拠」への違和感

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「仲の良い夫がいるんですけど」豊田真由子
(謝罪会見、9月18日)

 人気商売の人が行う謝罪会見とは、「自分の気持ちを話すこと」ではなく、「見ている人の気が済むように謝ること」が目的だと私は思っている。そういう意味でいえば、豊田真由子議員の会見は大失敗だったのではないだろうか。元秘書への暴言や暴行を「週刊新潮」(新潮社)に暴露された豊田議員。世間が期待するのは、元秘書への全面謝罪だろうが、豊田議員の釈明を一言でまとめると、“自分は頑張ってきたアピール”である。

 今回のケースは、相手が国会議員という公人であること、元秘書が音声などの証拠をそろえていたことから週刊誌が食いついた。しかし一般社会では、訴えることはしないまでも、“とよまゆ的”なパワハラ被害に遭ったことがある人は多いのではないだろうか。

 個人的な話で恐縮だが、会社員時代、私の隣の席の女性(以下、Aさん)が、豊田議員と同じく東大法学部卒だった。彼女はちょっとしたことで激高しやすく、気に入らないことがあると豊田議員の「このハゲーっ!」と同じ調子で怒鳴る性質を持っていた。基本的にAさんはいつも怒鳴っていたものの、誰にでも怒鳴るわけではなく、ちゃんと人を見ていた。対象は、自分より若く、学歴が低く、権力がない人。けれど、自分と同じくらいの年齢の女性社員や、押し出しが強かったり、オラオラ系の男子社員には、たとえ学歴が低くても、敬意を持って接していた。

 豊田議員は、後援会の人には非常に評判がいいという記事を目にしたことがあるが、Aさんと同じく、上下関係で完全に態度を変えていたのだろう。それはオトナとして当然の処世術だが、豊田議員が間違ったのは、秘書を怒らせるデメリットを理解していなかったことだ。自分が雇用しているという意味では、秘書は下の存在だが、“自分の秘密を知っていること”、またスマホさえあれば音声の録音や動画を撮れるので、“その秘密をマスコミに持ち込めること”を考えると、秘書は後援者や有権者と同じように、ある程度は敬うメリットのある存在なのだ。

 終始、「あの恫喝はたまたまであって、日常的ではない」ことを繰り返した豊田議員だが、会見の最後に、「新潮」の記者から質問を受けると、これまでの殊勝な態度は消え失せた。あごを上げ、敵意を表した薄目で攻撃的に話す様子は、真偽は別として、激高しやすく、パワハラが日常化していた印象を与えて本人に損だろう。しかし、そういう計算ができないくらい、良くも悪くも豊田議員は裏表のない人と見ることもできる。

 政治家であれ、芸能人であれ、人気商売をする人にとって、尋常じゃないヒステリーな人、パワハラをする人というレッテルを貼られるのは、まぎれもなく損である。その“疑い”を晴らすため、“容疑者たち”が取る行動の1つが「夫(妻)と仲良しアピール」である。

 例えば、豊田議員は会見の服装を見てみよう。黒いスーツにピアスもネックレスもない神妙ないでたちだが、よく見ると左手の薬指に二種類の指輪をしていることに気付く。立爪系のダイヤとシンプルなプラチナ系のリングは、婚約指輪と結婚指輪と推察することができる(ちなみに、この組み合わせは、夫婦仲良し売りをする君島十和子もよくしている)。

 指輪が本当に婚約指輪と結婚指輪の組み合せだったと仮定すると、これらは「結婚している」「婚約指輪を大事にするくらい、夫を大事にしている」というメッセージであると見ることもできるだろう。実際、豊田議員は、会見の際に夫とのエピソードを披露し、「16年連れ添っている、今も仲の良い夫がいるんですけれど、『あんな声聞いたことがないぞ、合成されたんじゃないか?』(と言っていた)」というふうに、夫の発言を借りて証言してみせた。

 夫や子どもには温厚でも、部下にパワハラする人はいるわけで、夫の“証言”はあてにならない。そんな理屈を天下の東大法学部出の豊田議員がわからないはずもない。豊田議員は、夫の存在を明らかにすることで、「夫に愛されているのは、性格がいい証拠」と訴えたかったのではないだろうか。豊田議員は、結婚を「人格に難がない証明書」と捉えているように、私には感じられるのである。

 ちなみに豊田議員は、2014年に園遊会に夫と共に招待されたが、当日は母親を伴って姿を現したと「産経新聞」が報じた。夫婦仲が良いのなら、なぜ一緒に参加しないのだろうか。こういった公式行事の時は、仲が良い悪いは別として、行動を共にするのが一般的ではないだろうか。園遊会事件には続きがある。宮内庁は母親の参加を拒否したものの、豊田議員は「母親が配偶者である」と強弁したそうだ。この言い訳もさることながら、宮内庁に断られてもそこに居座る母親も、かなり常識はずれではないだろうか。

 結婚すること、母親になることを神聖視し、“人格者の証拠”と見る傾向が日本には強い気がする。その考え方は、「結婚し、母親になった女性が上」という序列づけにつながっていく。豊田議員が明らかにしたのは、特定の秘書へのパワハラではなく、女性全体が受けているうっすらとしたハラスメントのように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

豊田真由子議員、謝罪会見で「夫と仲良し」発言の意味――「結婚=人格者の証拠」への違和感

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の有名人>
「仲の良い夫がいるんですけど」豊田真由子
(謝罪会見、9月18日)

 人気商売の人が行う謝罪会見とは、「自分の気持ちを話すこと」ではなく、「見ている人の気が済むように謝ること」が目的だと私は思っている。そういう意味でいえば、豊田真由子議員の会見は大失敗だったのではないだろうか。元秘書への暴言や暴行を「週刊新潮」(新潮社)に暴露された豊田議員。世間が期待するのは、元秘書への全面謝罪だろうが、豊田議員の釈明を一言でまとめると、“自分は頑張ってきたアピール”である。

 今回のケースは、相手が国会議員という公人であること、元秘書が音声などの証拠をそろえていたことから週刊誌が食いついた。しかし一般社会では、訴えることはしないまでも、“とよまゆ的”なパワハラ被害に遭ったことがある人は多いのではないだろうか。

 個人的な話で恐縮だが、会社員時代、私の隣の席の女性(以下、Aさん)が、豊田議員と同じく東大法学部卒だった。彼女はちょっとしたことで激高しやすく、気に入らないことがあると豊田議員の「このハゲーっ!」と同じ調子で怒鳴る性質を持っていた。基本的にAさんはいつも怒鳴っていたものの、誰にでも怒鳴るわけではなく、ちゃんと人を見ていた。対象は、自分より若く、学歴が低く、権力がない人。けれど、自分と同じくらいの年齢の女性社員や、押し出しが強かったり、オラオラ系の男子社員には、たとえ学歴が低くても、敬意を持って接していた。

 豊田議員は、後援会の人には非常に評判がいいという記事を目にしたことがあるが、Aさんと同じく、上下関係で完全に態度を変えていたのだろう。それはオトナとして当然の処世術だが、豊田議員が間違ったのは、秘書を怒らせるデメリットを理解していなかったことだ。自分が雇用しているという意味では、秘書は下の存在だが、“自分の秘密を知っていること”、またスマホさえあれば音声の録音や動画を撮れるので、“その秘密をマスコミに持ち込めること”を考えると、秘書は後援者や有権者と同じように、ある程度は敬うメリットのある存在なのだ。

 終始、「あの恫喝はたまたまであって、日常的ではない」ことを繰り返した豊田議員だが、会見の最後に、「新潮」の記者から質問を受けると、これまでの殊勝な態度は消え失せた。あごを上げ、敵意を表した薄目で攻撃的に話す様子は、真偽は別として、激高しやすく、パワハラが日常化していた印象を与えて本人に損だろう。しかし、そういう計算ができないくらい、良くも悪くも豊田議員は裏表のない人と見ることもできる。

 政治家であれ、芸能人であれ、人気商売をする人にとって、尋常じゃないヒステリーな人、パワハラをする人というレッテルを貼られるのは、まぎれもなく損である。その“疑い”を晴らすため、“容疑者たち”が取る行動の1つが「夫(妻)と仲良しアピール」である。

 例えば、豊田議員は会見の服装を見てみよう。黒いスーツにピアスもネックレスもない神妙ないでたちだが、よく見ると左手の薬指に二種類の指輪をしていることに気付く。立爪系のダイヤとシンプルなプラチナ系のリングは、婚約指輪と結婚指輪と推察することができる(ちなみに、この組み合わせは、夫婦仲良し売りをする君島十和子もよくしている)。

 指輪が本当に婚約指輪と結婚指輪の組み合せだったと仮定すると、これらは「結婚している」「婚約指輪を大事にするくらい、夫を大事にしている」というメッセージであると見ることもできるだろう。実際、豊田議員は、会見の際に夫とのエピソードを披露し、「16年連れ添っている、今も仲の良い夫がいるんですけれど、『あんな声聞いたことがないぞ、合成されたんじゃないか?』(と言っていた)」というふうに、夫の発言を借りて証言してみせた。

 夫や子どもには温厚でも、部下にパワハラする人はいるわけで、夫の“証言”はあてにならない。そんな理屈を天下の東大法学部出の豊田議員がわからないはずもない。豊田議員は、夫の存在を明らかにすることで、「夫に愛されているのは、性格がいい証拠」と訴えたかったのではないだろうか。豊田議員は、結婚を「人格に難がない証明書」と捉えているように、私には感じられるのである。

 ちなみに豊田議員は、2014年に園遊会に夫と共に招待されたが、当日は母親を伴って姿を現したと「産経新聞」が報じた。夫婦仲が良いのなら、なぜ一緒に参加しないのだろうか。こういった公式行事の時は、仲が良い悪いは別として、行動を共にするのが一般的ではないだろうか。園遊会事件には続きがある。宮内庁は母親の参加を拒否したものの、豊田議員は「母親が配偶者である」と強弁したそうだ。この言い訳もさることながら、宮内庁に断られてもそこに居座る母親も、かなり常識はずれではないだろうか。

 結婚すること、母親になることを神聖視し、“人格者の証拠”と見る傾向が日本には強い気がする。その考え方は、「結婚し、母親になった女性が上」という序列づけにつながっていく。豊田議員が明らかにしたのは、特定の秘書へのパワハラではなく、女性全体が受けているうっすらとしたハラスメントのように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

“結婚できない男”今田耕司に教えたい「外見が玄人、内面は素人」というオンナの正体

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「食べることが好きな人がいいね」今田耕司
『おしゃれイズム』(日本テレビ系、9月10日)

 人気男性芸能人の「結婚したいのに、できないネタ」ほど白々しいものはないと私は思っているが、彼らが実際にどんな生活をしているかは別として、視聴者にウケる「結婚できないネタ」にはコツがある。大前提として、売れていることが必要だが、人格のクセが強すぎないこと、そこそこ恋愛していることだろう。結婚できない理由が「人格が破たんしているから」とか「オンナ遊びがすごすぎる」というのはNGだ。

 そういう意味で言うと、今田耕司は「結婚したいのに、できないネタ」がハマるタイプだと思う。テレビ上の人格にクセはないし、私生活では潔癖症という点も、視聴者を面白がらせる“ネタ”に昇華している。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)にて、「飲んで帰ってきても、掃除と洗濯は欠かさない」「後輩や彼女が洗い物をしても、自分でもう一度洗い直す」「家政婦を雇ったけれど、掃除する場所がないくらにきれいで驚かせた」といったエピソードを披露し、「みなさん、気持ち悪いでしょ?」と笑われてみせた。潔癖症売りをする芸能人は、「自分が普通」と言い張るものだが、この「他人から見てオカシイ感じ」が理解できなければ、笑いにならない。同じことが、結婚できない売りにも言えるのではないか。

 今田も、時が来ればサラっと結婚するだろうが、2014年放送の『芸人報道』(同)で本人が掲げた結婚の条件39箇条は、私にとって面白かった。挙げた条件は以下のとおり。

1.身長163センチ以上/2.年齢28歳以下/3.日本人もしくはハーフもしくはロシア人/4.美人/5.肌がキレいで薄化粧/6.脚がキレい/7.カカトがキレい/8.歯と歯茎がキレい/9.手がキレイ/10.    手を握ったときにしっくりくる/11.やせすぎていない/12.頭皮のニオイがしっくりくる/13.明るい/14.キレい好きで少し大ざっぱ/15.子ども好き/16.運動神経が良い/17.車の運転ができる/18.箸の持ち方がきれい/19.肌にしっとり感がある/20.少食でない/21.お酒が好き/22.よく遊ぶ所が、西麻布や六本木ではない/23.クラブが好きじゃない/24.映画が好き/25.ファッションに興味がある/26.ハワイが好きすぎない/27.占い・風水にはまりすぎていない/28.今までの交際人数が、嘘でもいいから5人以内/29.売れてる芸能人とつきあったことがない/30.タトゥーを入れている男友達が多くない/31.タダで海外旅行に行ったことがない/32.ハリウッド関係者とご飯を食べたことがない/33.帰省する田舎がある/34.両親と仲が良い/35.お母さんが今田に否定的でない/36.部屋にペーパークラフトがない/37.動物が好きすぎない/38.AVを買うのを止めない/39.今田が出演した番組に、意見を言わない

 テレビでの発言を本気にしてもしょうがないが、これらの条件は、今田が面倒くさい認定されるのに十分な量と質である。

 今田の理想の相手は、「両親に可愛がられ、きちんとした躾を受けて育った地方出身者」で、「特に化粧などをしなくても美人で、体のパーツもきれい、よく食べるがスタイルはいい」「お酒が好きだけれど、六本木や西麻布といった繁華街で遊んだり、ガラの悪い男友達はいない」「芸能人や業界関係者と交流がなく、まちがっても枕営業なんてしない人」……とまとめることができるだろう。

 39の条件の中に、女性の職業については言及されていないものの、芸能人か、芸能人と知り合える特殊なコネを持っている女性を想定していることがよくわかる。キレイであることは絶対条件だが、ハリウッド関係者と食事をしたり、タダで海外旅行に行くという芸能人利権や芸能人的営業をしない人。人より前に出てナンボの芸能界で、そんな消極的では売れないだろう。ご両親がどっさり仕送りをしてくれるなら別だが、地方出身の、ビッグネームとは言い難い女性芸能人の生活は、そんなに余裕があるものではないと予想がつく。誰か応援してくれる人がいないと、もしくは時給の高いアルバイトをしないとしんどいだろうが、今田の考えはそこまで及ばない。外見はお金が稼げる玄人レベル、内面は業界の汚れを知らない強い貞操観念を持った素人っぽい女性を探しているようだ。

 時は流れて、2017年。9月10日放送の『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演した今田は、またしても「結婚したいのに、できないネタ」を披露する。今田の後輩であるナインティナイン・岡村隆史に、「人の見ていないところを見ている」「(顔やスタイルは良くても)『あの娘のハンカチ汚かったで』みたいに」と暴露されていた。岡村いわく、今田はその“汚いハンカチ”から、「家が汚いということは、トイレも汚い」といった具合に連想し、「裏側を見つけてしまう」のだそうだ。“内面を暴こうとする”視点には、外見のいい玄人タイプの女性は好きだけれど、玄人的な内面は嫌いという矛盾や葛藤を抱えているように感じられる。

 そんな今田は、結婚したい女性のタイプとして、ハーフであることと共に「食べることが好きな人がいいね」を挙げた。食べることが好きな人であれば、おいしいものを食べた時にいいリアクションをしてくれるという意味での発言だったが、いいリアクションは、感動から生まれるというより、ごちそうしてくれる目上の人に対する敬意として発せられるものではないか。となると、接客業のように「お客さんが上」かつ「金を使ってくれた人を喜ばせる」関係を何度も経験して、場数を踏んでいる女性こそ、それができるわけだ。つまり、リアクションのいい女性は、今田の嫌いな内面が玄人、もしくは玄人的センスを持っているということだろう。

 「外見が玄人、内面は素人」な女性を探すのは難しい。しかし、そういう女性を“完璧に演じられる人”なら、案外いると思う。なぜなら、素人っぽく振る舞えるのは、玄人が何たるかを知った人でないと無理だからである(家事手伝い、元モデルという触れ込みのロンブー淳夫人も元キャバクラ嬢だった)。今田と結婚したい接客業の女性は、チャンスありなのでぜひ頑張ってほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
ブログ「もさ子の女たるもの

“結婚できない男”今田耕司に教えたい「外見が玄人、内面は素人」というオンナの正体

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「食べることが好きな人がいいね」今田耕司
『おしゃれイズム』(日本テレビ系、9月10日)

 人気男性芸能人の「結婚したいのに、できないネタ」ほど白々しいものはないと私は思っているが、彼らが実際にどんな生活をしているかは別として、視聴者にウケる「結婚できないネタ」にはコツがある。大前提として、売れていることが必要だが、人格のクセが強すぎないこと、そこそこ恋愛していることだろう。結婚できない理由が「人格が破たんしているから」とか「オンナ遊びがすごすぎる」というのはNGだ。

 そういう意味で言うと、今田耕司は「結婚したいのに、できないネタ」がハマるタイプだと思う。テレビ上の人格にクセはないし、私生活では潔癖症という点も、視聴者を面白がらせる“ネタ”に昇華している。『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)にて、「飲んで帰ってきても、掃除と洗濯は欠かさない」「後輩や彼女が洗い物をしても、自分でもう一度洗い直す」「家政婦を雇ったけれど、掃除する場所がないくらにきれいで驚かせた」といったエピソードを披露し、「みなさん、気持ち悪いでしょ?」と笑われてみせた。潔癖症売りをする芸能人は、「自分が普通」と言い張るものだが、この「他人から見てオカシイ感じ」が理解できなければ、笑いにならない。同じことが、結婚できない売りにも言えるのではないか。

 今田も、時が来ればサラっと結婚するだろうが、2014年放送の『芸人報道』(同)で本人が掲げた結婚の条件39箇条は、私にとって面白かった。挙げた条件は以下のとおり。

1.身長163センチ以上/2.年齢28歳以下/3.日本人もしくはハーフもしくはロシア人/4.美人/5.肌がキレいで薄化粧/6.脚がキレい/7.カカトがキレい/8.歯と歯茎がキレい/9.手がキレイ/10.    手を握ったときにしっくりくる/11.やせすぎていない/12.頭皮のニオイがしっくりくる/13.明るい/14.キレい好きで少し大ざっぱ/15.子ども好き/16.運動神経が良い/17.車の運転ができる/18.箸の持ち方がきれい/19.肌にしっとり感がある/20.少食でない/21.お酒が好き/22.よく遊ぶ所が、西麻布や六本木ではない/23.クラブが好きじゃない/24.映画が好き/25.ファッションに興味がある/26.ハワイが好きすぎない/27.占い・風水にはまりすぎていない/28.今までの交際人数が、嘘でもいいから5人以内/29.売れてる芸能人とつきあったことがない/30.タトゥーを入れている男友達が多くない/31.タダで海外旅行に行ったことがない/32.ハリウッド関係者とご飯を食べたことがない/33.帰省する田舎がある/34.両親と仲が良い/35.お母さんが今田に否定的でない/36.部屋にペーパークラフトがない/37.動物が好きすぎない/38.AVを買うのを止めない/39.今田が出演した番組に、意見を言わない

 テレビでの発言を本気にしてもしょうがないが、これらの条件は、今田が面倒くさい認定されるのに十分な量と質である。

 今田の理想の相手は、「両親に可愛がられ、きちんとした躾を受けて育った地方出身者」で、「特に化粧などをしなくても美人で、体のパーツもきれい、よく食べるがスタイルはいい」「お酒が好きだけれど、六本木や西麻布といった繁華街で遊んだり、ガラの悪い男友達はいない」「芸能人や業界関係者と交流がなく、まちがっても枕営業なんてしない人」……とまとめることができるだろう。

 39の条件の中に、女性の職業については言及されていないものの、芸能人か、芸能人と知り合える特殊なコネを持っている女性を想定していることがよくわかる。キレイであることは絶対条件だが、ハリウッド関係者と食事をしたり、タダで海外旅行に行くという芸能人利権や芸能人的営業をしない人。人より前に出てナンボの芸能界で、そんな消極的では売れないだろう。ご両親がどっさり仕送りをしてくれるなら別だが、地方出身の、ビッグネームとは言い難い女性芸能人の生活は、そんなに余裕があるものではないと予想がつく。誰か応援してくれる人がいないと、もしくは時給の高いアルバイトをしないとしんどいだろうが、今田の考えはそこまで及ばない。外見はお金が稼げる玄人レベル、内面は業界の汚れを知らない強い貞操観念を持った素人っぽい女性を探しているようだ。

 時は流れて、2017年。9月10日放送の『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出演した今田は、またしても「結婚したいのに、できないネタ」を披露する。今田の後輩であるナインティナイン・岡村隆史に、「人の見ていないところを見ている」「(顔やスタイルは良くても)『あの娘のハンカチ汚かったで』みたいに」と暴露されていた。岡村いわく、今田はその“汚いハンカチ”から、「家が汚いということは、トイレも汚い」といった具合に連想し、「裏側を見つけてしまう」のだそうだ。“内面を暴こうとする”視点には、外見のいい玄人タイプの女性は好きだけれど、玄人的な内面は嫌いという矛盾や葛藤を抱えているように感じられる。

 そんな今田は、結婚したい女性のタイプとして、ハーフであることと共に「食べることが好きな人がいいね」を挙げた。食べることが好きな人であれば、おいしいものを食べた時にいいリアクションをしてくれるという意味での発言だったが、いいリアクションは、感動から生まれるというより、ごちそうしてくれる目上の人に対する敬意として発せられるものではないか。となると、接客業のように「お客さんが上」かつ「金を使ってくれた人を喜ばせる」関係を何度も経験して、場数を踏んでいる女性こそ、それができるわけだ。つまり、リアクションのいい女性は、今田の嫌いな内面が玄人、もしくは玄人的センスを持っているということだろう。

 「外見が玄人、内面は素人」な女性を探すのは難しい。しかし、そういう女性を“完璧に演じられる人”なら、案外いると思う。なぜなら、素人っぽく振る舞えるのは、玄人が何たるかを知った人でないと無理だからである(家事手伝い、元モデルという触れ込みのロンブー淳夫人も元キャバクラ嬢だった)。今田と結婚したい接客業の女性は、チャンスありなのでぜひ頑張ってほしい。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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斉藤由貴の“不倫キス写真”流出――ネット・スマホ社会における“モノ言う素人”の脅威

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「深く反省し、苦しんでおります」斉藤由貴
(所属事務所FAX、9月4日)

 ネットやスマホは、女性の自意識を変えた。大げさな言い方だが、本気でそう思うことがある。

 売れたミュージシャンが糟糠の妻を捨てることは珍しくなく、ミュージシャンが再婚を果たした後、「これって不倫略奪だよね?」と騒がれることもあるが、略奪の“証拠”がないので、うやむやになってしまう。糟糠の妻が一般人で、マスコミに対して強い影響力がないことも黙殺される理由の1つだろう。

 しかし、ゲスの極み乙女。の川谷絵音とベッキーの不倫は違った。彼らの不倫が新しかったのは、LINEのやりとりや、ホテルでくつろぐ2人の画像など、週刊誌でもキャッチできない“動かぬ証拠”がスマホから流出したことである。流出したLINEの画面から考えて、ネタ元は川谷の元妻など、川谷側と考えるのが自然だろう。

 ネットのない時代に、“動かぬ証拠”が手に入って週刊誌に持ちこんだとしても、週刊誌と事務所の“お付き合い”によっては、ネタが握りつぶされてしまうことだってあっただろう。しかし、現代にはSNSがあるので、週刊誌の力を借りなくても、一気に拡散される。ネットとスマホがあれば、泣き寝入りは防げる、ネットとスマホの前では、芸能人も一般人も平等なのである。

 ネットとスマホを手に入れた「モノ言う素人」の勢いは増す一方で、最近では、週刊誌側が一般人の声に耳を貸し、大々的な告発記事を展開するようにもなっている。例えば、「週刊新潮」(新潮社)に元神戸県市議・橋本健とのホテルでの“お泊まり”、新幹線内での手つなぎ爆睡を撮られた今井絵理子参議院議員。今井議員は、好意は認めつつ、肉体関係は否定。会見に応じた橋本元議員も、すでに夫婦関係は破たんしていて、離婚調停中であるから不倫には当たらないと述べた。しかし、一般人である橋本夫人は、同誌に、夫が今井議員の参院選当選直後に家を出て行ってしまったこと、同誌の発売される前日に、いきなり夫人に会いたいと連絡をしてきて、夫人の代理人である弁護士に「離婚届に判を押してくれ」と迫ったことを明かしている。夫人は、スマホから“動かぬ証拠”を提示することはなかったものの、理路整然とした説明で、私には辻褄があっているように思えた。不倫騒動を起こした人物の妻に話を聞くのは一般的ではあるものの、ある意味これも、ネットとスマホによって一般人の力が増したことを起因として、叶った記事だったのではないだろうか。

 橋本元市議の離婚が性急で強引だった原因は、やはり妻が一般人なので、たいしたことはできないと軽んじていたから、そして青春時代のアイドルだった今井と出会えて、舞い上がってしまっていたからのように思う。恐らく、このカップルの男性側もそうだったんだろうと私が思っているのは、女優・斉藤由貴と男性医師である。斉藤が所有するマンションに医師が通う姿を「週刊文春」(文藝春秋)に撮られたが、斉藤は「主治医であり、家族ぐるみのおつきあい」と不倫を否定。斉藤所有のマンションに医師が手ぶらで通っていたことに関しては「往診してもらっていた」、手をつないでいたことに関しては「よろけた」「ほんの一瞬だった」と苦しい言い訳をしてみせた。

 そして、ドラマやCMの降板をすることもなく、不倫のニュースが人々の記憶から薄れつつある中、第2の爆弾が投下された。9月5日発売の「フラッシュ」(光文社)に医師と斉藤のキス写真が掲載されたのだ。

 画像は自撮りと思われるもので、所属事務所が、斉藤に写真の真偽や流出の経路について問いただしたところ、記憶が曖昧なためコメントできないとのことだった。不倫関係で、なぜ見られてはまずい写真を撮るのか理解に苦しむが、男性側が、テレビの向こうにいたアイドルに触れられた“証拠”を残したかったのではないだろうか。

 画像が本当に斉藤と医師のもので、自撮りだと仮定して考えた場合、斉藤がそんな画像を自分で売るとは考えにくいから、流出源は医師側の携帯だろう。妻子ある医師本人が週刊誌に売るとは考えにくい。となると、医師の携帯を触ることができて、斉藤に制裁を加えたい人、つまり妻やその周辺がネタ元である可能性はある。夫の不倫は妻にとって許しがたいものだが、相手が有名人であれば、さらに日本全国にさらし者にされる。それなのに、不倫相手は芸能界で特に制裁も受けていないとなると、天誅を食らわしてやりたいと思うのは、ある意味当然のことだろう。やはり、スマホは「モノ言う素人」の味方である。

 今回のキス写真流失について、斉藤は「深く反省し、苦しんでおります」とコメントし、テレビでも広く報じられている。自分より夫や子どもの方が苦しんでいることは明白なのに、さらっと被害者側に回ってしまうこのメンタリティーは、まさに不倫向きだし、寄ってくるオトコも多いだろう。しかし、時代は変わった。斉藤は故・尾崎豊が不倫で騒がれていた頃、一般人である夫人はマスコミの攻撃に耐えていたが、もうそんなしおらしいシロウトはいないのだ。不倫するなら、スマホを持っていない人にしなさい。私が斉藤のマネジャーなら、こういって説教するだろう。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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斉藤由貴の“不倫キス写真”流出――ネット・スマホ社会における“モノ言う素人”の脅威

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「深く反省し、苦しんでおります」斉藤由貴
(所属事務所FAX、9月4日)

 ネットやスマホは、女性の自意識を変えた。大げさな言い方だが、本気でそう思うことがある。

 売れたミュージシャンが糟糠の妻を捨てることは珍しくなく、ミュージシャンが再婚を果たした後、「これって不倫略奪だよね?」と騒がれることもあるが、略奪の“証拠”がないので、うやむやになってしまう。糟糠の妻が一般人で、マスコミに対して強い影響力がないことも黙殺される理由の1つだろう。

 しかし、ゲスの極み乙女。の川谷絵音とベッキーの不倫は違った。彼らの不倫が新しかったのは、LINEのやりとりや、ホテルでくつろぐ2人の画像など、週刊誌でもキャッチできない“動かぬ証拠”がスマホから流出したことである。流出したLINEの画面から考えて、ネタ元は川谷の元妻など、川谷側と考えるのが自然だろう。

 ネットのない時代に、“動かぬ証拠”が手に入って週刊誌に持ちこんだとしても、週刊誌と事務所の“お付き合い”によっては、ネタが握りつぶされてしまうことだってあっただろう。しかし、現代にはSNSがあるので、週刊誌の力を借りなくても、一気に拡散される。ネットとスマホがあれば、泣き寝入りは防げる、ネットとスマホの前では、芸能人も一般人も平等なのである。

 ネットとスマホを手に入れた「モノ言う素人」の勢いは増す一方で、最近では、週刊誌側が一般人の声に耳を貸し、大々的な告発記事を展開するようにもなっている。例えば、「週刊新潮」(新潮社)に元神戸県市議・橋本健とのホテルでの“お泊まり”、新幹線内での手つなぎ爆睡を撮られた今井絵理子参議院議員。今井議員は、好意は認めつつ、肉体関係は否定。会見に応じた橋本元議員も、すでに夫婦関係は破たんしていて、離婚調停中であるから不倫には当たらないと述べた。しかし、一般人である橋本夫人は、同誌に、夫が今井議員の参院選当選直後に家を出て行ってしまったこと、同誌の発売される前日に、いきなり夫人に会いたいと連絡をしてきて、夫人の代理人である弁護士に「離婚届に判を押してくれ」と迫ったことを明かしている。夫人は、スマホから“動かぬ証拠”を提示することはなかったものの、理路整然とした説明で、私には辻褄があっているように思えた。不倫騒動を起こした人物の妻に話を聞くのは一般的ではあるものの、ある意味これも、ネットとスマホによって一般人の力が増したことを起因として、叶った記事だったのではないだろうか。

 橋本元市議の離婚が性急で強引だった原因は、やはり妻が一般人なので、たいしたことはできないと軽んじていたから、そして青春時代のアイドルだった今井と出会えて、舞い上がってしまっていたからのように思う。恐らく、このカップルの男性側もそうだったんだろうと私が思っているのは、女優・斉藤由貴と男性医師である。斉藤が所有するマンションに医師が通う姿を「週刊文春」(文藝春秋)に撮られたが、斉藤は「主治医であり、家族ぐるみのおつきあい」と不倫を否定。斉藤所有のマンションに医師が手ぶらで通っていたことに関しては「往診してもらっていた」、手をつないでいたことに関しては「よろけた」「ほんの一瞬だった」と苦しい言い訳をしてみせた。

 そして、ドラマやCMの降板をすることもなく、不倫のニュースが人々の記憶から薄れつつある中、第2の爆弾が投下された。9月5日発売の「フラッシュ」(光文社)に医師と斉藤のキス写真が掲載されたのだ。

 画像は自撮りと思われるもので、所属事務所が、斉藤に写真の真偽や流出の経路について問いただしたところ、記憶が曖昧なためコメントできないとのことだった。不倫関係で、なぜ見られてはまずい写真を撮るのか理解に苦しむが、男性側が、テレビの向こうにいたアイドルに触れられた“証拠”を残したかったのではないだろうか。

 画像が本当に斉藤と医師のもので、自撮りだと仮定して考えた場合、斉藤がそんな画像を自分で売るとは考えにくいから、流出源は医師側の携帯だろう。妻子ある医師本人が週刊誌に売るとは考えにくい。となると、医師の携帯を触ることができて、斉藤に制裁を加えたい人、つまり妻やその周辺がネタ元である可能性はある。夫の不倫は妻にとって許しがたいものだが、相手が有名人であれば、さらに日本全国にさらし者にされる。それなのに、不倫相手は芸能界で特に制裁も受けていないとなると、天誅を食らわしてやりたいと思うのは、ある意味当然のことだろう。やはり、スマホは「モノ言う素人」の味方である。

 今回のキス写真流失について、斉藤は「深く反省し、苦しんでおります」とコメントし、テレビでも広く報じられている。自分より夫や子どもの方が苦しんでいることは明白なのに、さらっと被害者側に回ってしまうこのメンタリティーは、まさに不倫向きだし、寄ってくるオトコも多いだろう。しかし、時代は変わった。斉藤は故・尾崎豊が不倫で騒がれていた頃、一般人である夫人はマスコミの攻撃に耐えていたが、もうそんなしおらしいシロウトはいないのだ。不倫するなら、スマホを持っていない人にしなさい。私が斉藤のマネジャーなら、こういって説教するだろう。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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壇蜜、卑猥な「宮城県PR動画」中止を釈明――男根主義的すぎる『サンジャポ』の愚かさ

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな芸能人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今回の芸能人>
「元気になったってことだよね」爆笑問題・太田光
『サンデー・ジャポン』(TBS系、8月27日)

 その昔、男尊女卑的な風土の企業に勤めていた。女子社員は容姿や年齢で待遇に差をつけられる。仕事の出来はどうでもよい。飲み会の会費も、外見によって異なる(可愛い子はタダ)。男性は、デスクの上に白人女性のヌードカレンダーを堂々と飾る。女性が「セクハラです」と言うと、「仕事の士気があがる」「文句を言うのは、妬みだ」と開き直る。

 そんな企業に勤務していた身には、『サンデー・ジャポン』(TBS系)にはびこる男根主義が、すごく懐かしいのである。ここで言う男根主義とは、「女は男を喜ばせるために存在する」「男根が反応するものが正義」「男の言うことに逆らわないのが、いい女」という考え方のことである。

 コメンテーター選びにも、男根主義は表れている。男性コメンテーター(レギュラーメンバーは、テリー伊藤、デーブ・スペクター、杉村太蔵)はオジサンだが、女性は男性陣に比べると大分若く、壇蜜や藤田ニコルなど、セクシーさや若さで売っている人をチョイスする。医師や弁護士など、専門職の男性コメンテーターはいるが、女性コメンテーターにエキスパートはいない(西川史子は医師で専門職と言えるが、飯島愛の引退に伴い、レギュラーに昇格したことから考えると、正統な専門枠ではない)。はっきり言えば、女に知性は求めていないということだろう。

 こういう男根主義の番組で光るのは、やはり壇蜜である。コメント力がすごいというのではない、スタジオ内の男たちを懐柔するチカラが半端ないのである。バラエティ慣れしている西川や藤田も、壇蜜にはかなわない。例えば、壇蜜がお笑い芸人であるピース・又吉直樹との熱愛を、東京スポーツに報じられたことがあったが、その際にガセであるということを示すため、「安定の東スポクオリティー」とつぶやき、スタジオがどっと沸いた。特に面白い発言ではないのに、男性陣が笑わないといけない気がする、もしくは面白いと思ってしまうのは、壇蜜が彼らの男根を掌握している証だろう。

 その壇蜜が出演した宮城県の観光PR動画が、公開を停止した。

 観光用動画のはずだが、壇蜜に「いっちゃう」「気持ちいい」「亀さん、上、乗ってもいいですか?」とセックスを連想させる内容になっている。市民や女性議員から「性的な表現が演出されており、不快」というクレームがついたことから、動画の公開を本来の予定より1カ月早く打ち切った。宮城県の村井嘉浩知事は「これまでのPR動画より、アクセスが30~40倍にもなっているのは『災い転じて福となす』だ」「妖艶な壇蜜さんの魅力を最大限に引き出して、宮城は夏でも涼しいことをPRすることが狙い」と成果を強調した。

 アクセスが増えたという意味では成功だろうが、観光という意味で考えれば、完全に失敗だろう。確かに男性ウケはいいかもしれない、しかし、家族の前で「お父さん、壇蜜の動画見たら、宮城に行きたくなっちゃった」と言える男性はいるだろうか。たっかいお金、しかも復興予算を使ってこんな動画を作るのは、“宮城県にはこんなに知性の低い人間しかいない”と喧伝するようなもので、はっきり言ってイメージダウンである。そもそも、宮城県が夏でも涼しいことをアピールするのに、壇蜜の妖艶さは不必要だと思う。それを理解しないのが、男根主義というやつなのだ。デスクの上にヌードカレンダーを飾っている人が、それを撤回しなかったのと同じように、「男根が反応するものは、正義」なのである。

 騒動は、壇蜜にも飛び火する。8月27日放送の『サンデー・ジャポン』で、西川が「性的な表現に違和を感じなかったのか?」と尋ねると、壇蜜は「壇蜜というタレントを選んでもらったお仕事として、できる限りのことをやった」「これはいいとか、おかしいとか思ってはいけない」とコメント。企画に口を出すのは自分の仕事ではない、プロとして仕事をまっとうしたと正論で返したが、はからずもこれは、男根主義者が大好きな「男に逆らわないのが、いい女」というセオリーを踏襲している。

 男根主義の同番組で、この問題を話し合っても答えなど出るわけがなく、最後はMCの爆笑問題・太田光が「悪ノリして、怒られるくらいまで(宮城県民が)元気になったってことだよね」とまとめた。

 今では、東日本大震災で被災した地域のことを、ニュースが報じる機会は減った。被災地を実際に訪れる人も少ないだろう。私もその1人だが、多くの親戚が宮城県に居住している身として言わせてもらうと、「宮城県民が元気になった」というのは、県民をバカにしすぎではないだろうか。被災した人もそうでない人も、宮城県民は元気なはずである。なぜなら、国があてにならない以上、自分たちがしっかりするしか方法はないからだ。

 テレビの女性差別は今に始まったことではないが、震災の被害を受けた弱い立場の人をもバカにする。男根主義者にとっては、女体だけではなく、他人の不幸な出来事も“興奮材料”の1つでしかないように思えてならない。

仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ、フリーライター。2006年、自身のOL体験を元にしたエッセイ『もさ子の女たるもの』(宙出版)でデビュー。現在は、芸能人にまつわるコラムを週刊誌などで執筆中。気になるタレントは小島慶子。著書に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)、最新刊は『確実にモテる 世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。
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