再び脚光を浴びるラジカセからBCLラジオまで……なぜ、人は“デカいもの”に憧れるのか

 人は、やっぱり大きいものに憧れるんだな。

 すでに、CDも要らない。それどころか、音楽はダウンロードの時代も通り過ぎてストリーミングへと移行しようとしている。そうした中で、カセットテープとラジカセが改めて脚光を浴びているのだ。

 CDに取って代わられたはずのアナログレコードは、いまだ音楽マニアの間では需要がある。

 レコードの味わいは、アナログならではの微妙な雑音である。過去のレコードをCDで復刻する時にも、あえて雑音が存在感を発揮するように音質を調整することも行われている。それと同様に、カセットテープもアナログならではのデジタルとは違う味わいのある音質。そして、曲をスキップせずに順番に聞かなくてはならない特性も人気になっているのだという。

 そうした風潮と共にラジカセ本体が脚光を浴びるのは、ごくごく自然なこと。昨年は、Bluetooth対応のラジカセがネットで話題にもなった。単に、時代に対応した最新の機種かと思いきや、ブランドがSANSUIだったのも注目された理由だった。

 SANSUIは、かつての高級オーディオメーカー・山水電気のブランド名。同社の破産後、別会社がブランドを所有しているが、そうした経緯や懐かしさが話題となっているのだ。

 スマートフォンの普及により、かつては、カバンの中にウォークマンを入れていたものだが、その手間もいらなくなった。すべてがコンパクトに済む中で、かえって場所を取るラジカセが人気を集めているのは興味深い。

 広く普及していた製品だけあり、ネットオークションを見ると多くのラジカセが出品されている。安いものは数千円台からあるが、状態のよいものになると、途端にゼロが増える。ダブルデッキですらないものでも……である。

 同様に、実用性の点では疑問だらけなのに、デッカいほうがウケているのが短波ラジオである。かつてのソニーの名機種、スカイセンサー・シリーズなどは、中古でもキズなどがなく新品同様のものであれば常に数万円が当たり前。1970年代、日本では短波で放送される海外の放送を受信するBCLという趣味がブームになった。

 それも今は昔の話。ネットの普及と共に短波放送局の数も激減した。何より、ラジオも小型で高性能になった。対して、ブームの頃に発売されたラジオはデカい。おまけに周波数のチューニングはアナログダイヤルである。

「それがいい……。ダイヤルを慎重に回して、ベストな感度を得るのが楽しい。とりわけ、短波放送は日によって電波の状態が変わったりするのでベストな周波数を見つけるワクワク感がある」(50代になって復帰したマニア談)

 実用性などどうでもいい。デカいゆえに満たされる所有欲。アナログならではの、自分の手でなにかとカスタマイズができる柔軟性と湧き上がる探究心。それらは普遍のものなのだろうか。確かに、多くの日本人は、どれだけ時代遅れであったとしても戦艦大和が好きだ。
(文=昼間たかし)

Jr.時代のKis-My-Ft2を収めた貴重写真と共に、デビューまでの長い道のりをたどる1冊!

 不屈のアイドル・キスマイのJr.時代をプレイバック! 
 「PLAYZONE 2009」や「Kis-My-Ftに 逢える de Show」のほか、バックを務めた嵐や滝沢秀明のツアーでの貴重なフォトもたっぷり収録! 
 デビューに至るまでの軌跡を振り返る永久保存版フォトレポート!

Contents
2008年
Arashi marks ARASHI AROUND ASIA 2008・・・・4P~

2009年
UCHI 博貴 内HIROCKY・・・・14P~
PLAYZONE 2009 〜太陽からの手紙〜・・・・20P~
Kis-My-Ft に 逢える de Show・・・・34P~

2010年
舞台「新春 滝沢革命」&舞台「新春 人生革命」・・・・52P~
Kis-My-Ft に010 逢える de Show・・・・・66P~
舞台「少年たち ~ 格子無き牢獄~」・・・・86P~
Kis-My-Ft に逢えるde Show vol.3・・・・100P~

2011年
東日本大震災復興支援イベント「Marching J」・・・・120P~
関西ジャニーズJr. with 中山優馬 2011 春・・・・128P~
みんなクリエに来てクリエ! 2011
北山宏光×藤ヶ谷太輔 スペシャルライブ・・・・・132P~
Kis-My-Ft2 BIOGRAPHY・・・・140P~

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アラフォーデブ風俗嬢が出会った、等身大マネキンと暮らすイケメンの怖すぎる「性癖」

――男は風俗嬢にどんな姿を見せているのだろうか。恋人や友人には見せない、男たちの情けなさ、みっともなさ、滑稽さ、そして優しさをアラフォー風俗嬢がつづります。

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 32歳、モデル風のイケメン。甘いお顔に長身でオシャレ。なんでデブ専門店のデリヘル嬢なんて呼ぶのか? と思ってしまうくらいの容姿だ。「モテる」と自分でも言っていた。自分で言うって、よほどモテるんだろうな。

 こんなイケメンがデブ専門の風俗店を利用するなんて、闇が深い気がしてならない。しかも、自宅は洒落たアジアンテイストなのに、なぜか不気味な顔色をした等身大の女性マネキンが裸で座っていた。そういう部分に興味を持ち、話をいろいろ聞いてみると、彼なりの悩みが少し見えた。

 どうやら、彼女にはアブノーマルや激しい行為を見せられないらしい。なるほど、変態の自覚あり。部屋にはお茶やジュースなどいろいろ置いてあり、「飲み物は好きなの選んで~」とか、最初はとても優しい気遣いを見せてくれた。

 そして他愛もない会話。

「お姉さんはエロいですか~?」
「自覚はないけど、スイッチ入れられちゃうとエロいってよく言われますね~」

 そんな会話からシャワーへ移動し、そしてベッドへ。しかしプレイが始まっても、なかなかイかない。とても激しい上に遅漏でかなりぐったりした。それでも、私のことを上手なプレイでイかせてくれて、なかなかのテクニック。風俗嬢あるあるの“イケメンはSEXがヘタ”というのが、当てはまらない人だった。

 そしてタイマーが鳴り、終了時間になったのでシャワーへ。出てきてから服に着替えようと思ったら、「お姉さんのまんこ超キレイだった~。もう一度見せて~」と、ソファーで強引にM字開脚。「全身脱毛が完了してて、おまんこも毛がないから中までよく見えるでしょ~」なんて、褒められたうれしさからすっかり気も許し、心と股を開いてしまった。

 と、その瞬間にいきなりソファの下から特大サイズの電マが! たしかに「電マだとすぐにイっちゃうの~」とは言ったけど、もうプレイ時間は終わっているし、帰る支度してる時にいきなりパワーMAX。しかも、指3本の“ガシマン”付き。「ひいぃぃ〜」と声にならない叫びを上げた。

 痛すぎて全身に力が入り、避けることもやめてと言うこともできない。結局10分くらい続け、強制的に4回はイかされ、潮まで吹かされ、フラフラになって帰った。

 悔しい! 完全に不意を衝かれた。男で電マを隠し持っている奴は要注意だな。確かに、これは彼女にできないプレイだ。痛がる人間を無視して続けるなんて、風俗嬢を人間として見ていないような遊び方。だから、風俗嬢を呼ぶんだな。安いからデブ専門店を選ぶんだな。

 それにしても、マネキンは一体どうやって遊ぶんだろうか。それは怖すぎて聞けなかった。

 そして、このことを忘れ去りかけていた数週間後、お店で待機していると仕事から戻ってきた風俗嬢が興奮した様子で店長に、「今行ってきたお兄さん超イケメンだったのに、家にマネキンが……」って言っているのが聞こえてきた。

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*曼荼羅*(まんだら)
デリヘルで風俗デビューし、出稼ぎ&吉原ソープを掛け持ちした後、現在は素人童貞などSEXに自信のない悩める男性のためにプライベートレッスンをしているアラフォー風俗嬢。子宮筋腫と腎臓の手術経験があり、現在は子宮頸がん中等度異形成持ち。売りはHカップのおっぱい。
ブログ「続・おちぶれ続けるアラフォーでぶ女の赤字返済計画

もはや「ちゃん」ではなく「先輩」――【安室奈美恵】を愛してマスカット

『安室奈美恵』

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9月20日、自身のHPで来年9月16日に引退することを発表した歌手の安室奈美恵。引退に向けて「MAXとの共演あるか?」という声も上がっているが、個人的には『ポンキッキーズ(フジテレビ系)時代に鈴木蘭々とやっていたシスターラビッツの復活を望んでいる。


 歌手・安室奈美恵の引退発表に日本中が揺れた。ファンの人もそうでない人も、一時代を駆け抜けた歌姫の引退を、惜しみ、悲しみ、そしてこれまで勇気づけられてきたことに感謝するなど、さまざまな思いが交錯している。そんな中、私が安室ちゃんの引退について感じるのは「悲しみ」でも「感謝」でもなく、ただ「恥ずかしい」という気持ちである。

 安室ちゃんなどと気安く呼んでいたから気づかなかったが、彼女は私の1コ下。今さらながら「1歳しか違わないのか……」という事実に愕然としている。

 例えば、羽生結弦とか大谷翔平ぐらい年が離れていると「いや~天才ってのはスゴいね~」などと大人ぶった態度で負けを認めながらも、どこか別次元のこととしてとらえてしまいがちだ。だが、これが同年代となってくると「俺は今まで何をやっていたんだろう……」と焦るというか、急に「こんな自分が恥ずかしい」という気持ちになってくる。もっと早く気づけよという話ではあるが、若い頃は「メジャーなものは避ける」というサブカルクソ気質だった私は、安室ちゃんが売れてくるとMAXのほうに興味がいってしまい、安室ちゃんのことは「そこそこ年下の女の子」という印象で止まっていたというのが正直なところだ。

 ただまあ、気づいていたところで20年以上前からその差は歴然なわけで、安室ちゃんが19歳の頃、すでに「SWEET 19 BLUES」で人気は絶頂。私の19歳の頃といえば、現役での大学受験に失敗し、事態を重く見た両親がなぜか、縁もゆかりもない土地に私を送り込み、ひとり浪人生活を送っていた時期だ。「もうすぐ大人ぶらずに 子どもの武器も使える いちばん旬なとき」を棒に振っていたのである。

『帰れま10』で、木村拓哉が難関・回転寿司チェーンに挑む! 1月15日(月)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
19:25~19:55 『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ) 城島茂

●V6

8:15~ 9:54 『あさイチ』(NHK総合) 井ノ原快彦

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薬物使用者の掲示板に見る、ドラッグに対する本心「人生が好転した」「死ぬしかない」

 今まで数多くの著名人等が、覚せい剤や大麻の使用・所持などにより逮捕され、世間を騒がせてきた。浅野忠信の父親が、覚せい剤使用の疑いで逮捕されたときは、本人も言い逃れすることもなく「自分の意思で使用していました」と、あっさりと使用を認めた。そんな話題を聞くたびに、ふと疑問に思うことがある。芸能界では覚せい剤って、そんなに身近なものなのだろうか? 多くの人にとって、覚せい剤は普段の生活で触れることのないものだ。せいぜい、知り合いに覚せい剤で逮捕された人がいるか……いや、そんなことも滅多にないだろう。

 だが、それが海外になると事情は変わる。私が海外で生活をした頃、多くの人にとって覚せい剤はごく身近なものであることを知った。例えば、海外では、日本の未成年者の喫煙と同程度の罪悪感の感覚で、平然とドラッグをキメることがあるようだ。もちろん、私が知っていることが全てではないが、現地の友人らも、約半数の人がドラッグを使用した経験があり、マリファナにいたっては約8割もの友人が経験アリとの答えだった。中には弁護士もいたし、一流大学出のいわゆる超エリートもいた。そんな彼らも、10~20代の頃に少なくとも一度や二度はドラッグの使用経験があるという。

 そこで今回紹介したいのは、英語圏最大のニュース掲示板サイト「Reditt」の「ドラッグ」コミュニティから、ドラッグ中毒を克服すると宣言した男性が立てた「Goodbye ドラッグ」トピック。このコミュニティは、大麻(Cannabis)、コカイン(Cocaine)アンフェタミン(Adderall)、MDMA、日本では指定薬物のクラトム(Kratom)などさまざまな薬物カテゴリがあり、ドラッグの使用感や取り引き方法、社会ニュースを議論するものまで幅広くトピックが存在している。

 「Goodbye ドラッグ」に寄せられたコメントのほとんどは、彼の決断を称賛するものばかりだが、LSDカテゴリのため基本的にみなLSDの使用者。ドラッグ経験者の彼らは、ドラッグをどのようなときに使用し、どう考えているのか? トピックのコメントを一部抜粋し、抄訳してご紹介する。

「Goodbye ドラッグ」

<トピック主>
 俺は、自分の人生と健康のために、ドラッグをやめるって決めた。最後にアシッド(LSD)でキマった時、ドラッグは人の成長を妨げるだけだって気付いたんだ。だから、やめて前に進む。俺はこのドラッグコミュニティでの交流を楽しんでるし、ドラッグを克服しようとしてる人をすごく尊敬するよ。もし、このコミュニティがなかったら、俺は間違いなく今よりもっと最悪なことになったと思うから。

<コメント1>
 主、よくやった! 俺がドラッグをやる時に一番大事にしてるルールは、ドラッグの効果を現実的に捉えるようにすること。それが、悪い効果でも良いものでも。たまに、悪い面ばかりを感じるときがあるけど、「良い効果ばかりじゃない」って気づくことが重要だと思う。もし主が、このドラッグコミュニティにまた来るなら、ドラッグをやってた過去の経験と、ドラッグ中毒を克服したその経験をみんなに話してもらいたい。ここのみんなにとって、きっと価値ある話になるから。

<主>
 ドラッグには良い面&悪い面があるっていうのには、すごく同意。大切なことは、ドラッグをやめたら、その後の行動に慎重になること。俺は今後、友達にもネット上でも、「ドラッグはやめるべきだ」って言い続けるつもりだよ。俺を救ってくれたこのコミュニティにお返しするためにも、いつか戻ってきたいと思う。

<コメント2>
 こないだコンサートでドラッグをキめたとき、ドラッグのおかげで、たくさんのことを学んだと気づいた。最高の人生のためにしなきゃいけないことが何か、ドラッグのおかげで理解できたんだ。奇遇なことに、それがわかってから人生は好転したし、愛も見つけることができて、鬱もなくなった。全てが以前よりもずっと良くなってきたんだ。このドラッグを開発した奴が、本物のMVPだよ。

<コメント3>
 これはある程度事実だと思うけど、ドラッグによる幻覚は、無限の知恵と自己洞察力を与えてくれる。私たちは、これからも人生のどこかで、障害にぶち当たり続けるけど、ドラッグは本当にやるべきことに気付かせて、それに集中させてくれる。そう考えると、LSDは精神的な問題を抱えていない限り、そして運転中じゃない限りは、最も安全なドラッグだと思う。

<コメント4>
 俺が最後にキマった時、ドラッグはもうやめるべきだってわかったんだ。特にマリファナ。あれはやめられなかった。最終的にパニック発作と不安の波が襲ってきたんだ。もし、やめられるタイミングがやってきたとしたら、賢くなったってことだよ。シラフの世界が待ってるよ!

<コメント5>
 中学生だった頃、俺はよくいるバカなガキだった。高校に進んでからは、環境を変えたい一心で、マリファナとか色んなことにハマったんだ。そのせいで、卒業するまでに2~3回停学を食らって、2回逮捕されたよ。そんな経験のせいか、大規模な非行グループのリーダーになったけど、そんなもの上っ面の関係でしかなかった。だから、高校を卒業してすぐ、俺はグループの何人かを除いて、全員との関係を断った。学校での悪い成績・評判が、その後の数年間、生活の妨げになった。俺は、将来や就職をちゃんと考えて過ごすべきだった時間を、しょうもない友達と過ごして無駄にしてしまったんだ。

 話を現在に戻すと、今は短大に通ってる。将来何がしたいかなんてわからないからね。まだ21歳だし、一人暮らしする理由もないから実家に住んで、クソみたいな販売のバイトをしてる。まだ将来に対して前向きに考えられないけど、でも少しずつ、道は見えてきてはいるんだ。とはいえ、俺には学が全然ないし、友達は少ないし、販売の仕事でよく物を持ち上げるせいで背中が痛み始めてるし、もう自分は負け組だなって。

 俺と同じような失敗はしてほしくない。高校生活に集中して、自分は何が得意なのか、将来どんなキャリアが築けるのかよく考えてほしい。別に、高校生活を楽しむばかりではダメだと言いたいんじゃないんだ。ただお願いだから、そういう楽しみは週末の夜だけにして、警察には十分気を付けるんだ。賢く生きろ。

 長くなっちゃってごめんよ。でもこのスレを見て、10代の人のドラッグ事情が心配になったから。ドラッグは間違ってる。人生をめちゃくちゃにするから。もし俺が使ってたようなヤバいドラッグには手を出さなかったとしても、中毒者にならないワケじゃないから。

<コメント7>
 ドラッグはいつも、人生を輝かせてくれる物のように感じる。その人を破滅させる前までは。自分を破滅させるために使い始める人なんていない。ドラッグをやる理由は、強さ・幸福感・自信、そして人生をより良くしてくれる全ての物を与えてくれると思うからだ。
最初はみんな、ドラッグのことを甘く見てる。「人生をこれほど輝かせてくれるなら使った方がいいに決まってるだろう」と。そう感じている間、脳は変化し、そして体はドラッグに染まっていく。

 使い始めは、ただのお遊び的な感覚で、たまに使用するだけだったのに、知らないうちにドラッグは自分の人生になり、生活の全てになってしまう。ドラッグが人を蝕んでいく。仕事に行き、そつなく仕事をこなしたとしても、実はもう、その人のアイデンティティーは失われ、人間らしい感情を持つこともなくなってしまう。お金は底をつき、健康状態は悪化していくにもかかわらず、ドラッグは人に、「自分はまったく問題ない」と思い込ませ、悪い方へと進んでいくんだ。

 ふと、「ドラッグのない生活の方がいいや」なんて気が変わり、やめられる人なんていない。ドラッグを断ち切ることができたのは、ひどく痛い目に遭った人か、すでにドラッグで死んだ人だ。人がシラフになる努力をしたとき、きっと何かが違うと感じる。その人を取り巻く世界は以前よりも暗く、思考は恐怖や退屈に支配される。確実に存在していた、明るかった世界の思い出は、まるで夢物語だったかのように思える。

 「ドラッグは最高だ……」。そんなものは最初だけだ。ドラッグは人を蝕み、人を虚無にする。後戻りできなくなる日がくるまで、誰しもがドラッグは最高だなんて思うんだ。

 ドラッグは必要ない。ドラッグのない人生の方がずっといい。ドラッグがあなたを食い尽くす前に、まず近寄ってはいけない。

――――――――――――――――――

 いかがだっただろうか。ドラッグ使用への罪悪感が薄いからか、それともドラッグが身近なものだからか、平然とドラッグを肯定する意見があるのは不思議なものだ。しかし、やはり最終的にたどり着く答えは、「ドラッグはやらない方がいい」というのが多数。

 これは海外での話だが、「日本は違う」と安心を決め込むことはできない。「やり始めはただの好奇心だった。たまにキメるだけで満足だった」。そういった人が増えないよう、中毒克服者の経験を知ることはストッパーになるかもしれない。
(抄訳・構成/藤子留美加)

薬物使用者の掲示板に見る、ドラッグに対する本心「人生が好転した」「死ぬしかない」

 今まで数多くの著名人等が、覚せい剤や大麻の使用・所持などにより逮捕され、世間を騒がせてきた。浅野忠信の父親が、覚せい剤使用の疑いで逮捕されたときは、本人も言い逃れすることもなく「自分の意思で使用していました」と、あっさりと使用を認めた。そんな話題を聞くたびに、ふと疑問に思うことがある。芸能界では覚せい剤って、そんなに身近なものなのだろうか? 多くの人にとって、覚せい剤は普段の生活で触れることのないものだ。せいぜい、知り合いに覚せい剤で逮捕された人がいるか……いや、そんなことも滅多にないだろう。

 だが、それが海外になると事情は変わる。私が海外で生活をした頃、多くの人にとって覚せい剤はごく身近なものであることを知った。例えば、海外では、日本の未成年者の喫煙と同程度の罪悪感の感覚で、平然とドラッグをキメることがあるようだ。もちろん、私が知っていることが全てではないが、現地の友人らも、約半数の人がドラッグを使用した経験があり、マリファナにいたっては約8割もの友人が経験アリとの答えだった。中には弁護士もいたし、一流大学出のいわゆる超エリートもいた。そんな彼らも、10~20代の頃に少なくとも一度や二度はドラッグの使用経験があるという。

 そこで今回紹介したいのは、英語圏最大のニュース掲示板サイト「Reditt」の「ドラッグ」コミュニティから、ドラッグ中毒を克服すると宣言した男性が立てた「Goodbye ドラッグ」トピック。このコミュニティは、大麻(Cannabis)、コカイン(Cocaine)アンフェタミン(Adderall)、MDMA、日本では指定薬物のクラトム(Kratom)などさまざまな薬物カテゴリがあり、ドラッグの使用感や取り引き方法、社会ニュースを議論するものまで幅広くトピックが存在している。

 「Goodbye ドラッグ」に寄せられたコメントのほとんどは、彼の決断を称賛するものばかりだが、LSDカテゴリのため基本的にみなLSDの使用者。ドラッグ経験者の彼らは、ドラッグをどのようなときに使用し、どう考えているのか? トピックのコメントを一部抜粋し、抄訳してご紹介する。

「Goodbye ドラッグ」

<トピック主>
 俺は、自分の人生と健康のために、ドラッグをやめるって決めた。最後にアシッド(LSD)でキマった時、ドラッグは人の成長を妨げるだけだって気付いたんだ。だから、やめて前に進む。俺はこのドラッグコミュニティでの交流を楽しんでるし、ドラッグを克服しようとしてる人をすごく尊敬するよ。もし、このコミュニティがなかったら、俺は間違いなく今よりもっと最悪なことになったと思うから。

<コメント1>
 主、よくやった! 俺がドラッグをやる時に一番大事にしてるルールは、ドラッグの効果を現実的に捉えるようにすること。それが、悪い効果でも良いものでも。たまに、悪い面ばかりを感じるときがあるけど、「良い効果ばかりじゃない」って気づくことが重要だと思う。もし主が、このドラッグコミュニティにまた来るなら、ドラッグをやってた過去の経験と、ドラッグ中毒を克服したその経験をみんなに話してもらいたい。ここのみんなにとって、きっと価値ある話になるから。

<主>
 ドラッグには良い面&悪い面があるっていうのには、すごく同意。大切なことは、ドラッグをやめたら、その後の行動に慎重になること。俺は今後、友達にもネット上でも、「ドラッグはやめるべきだ」って言い続けるつもりだよ。俺を救ってくれたこのコミュニティにお返しするためにも、いつか戻ってきたいと思う。

<コメント2>
 こないだコンサートでドラッグをキめたとき、ドラッグのおかげで、たくさんのことを学んだと気づいた。最高の人生のためにしなきゃいけないことが何か、ドラッグのおかげで理解できたんだ。奇遇なことに、それがわかってから人生は好転したし、愛も見つけることができて、鬱もなくなった。全てが以前よりもずっと良くなってきたんだ。このドラッグを開発した奴が、本物のMVPだよ。

<コメント3>
 これはある程度事実だと思うけど、ドラッグによる幻覚は、無限の知恵と自己洞察力を与えてくれる。私たちは、これからも人生のどこかで、障害にぶち当たり続けるけど、ドラッグは本当にやるべきことに気付かせて、それに集中させてくれる。そう考えると、LSDは精神的な問題を抱えていない限り、そして運転中じゃない限りは、最も安全なドラッグだと思う。

<コメント4>
 俺が最後にキマった時、ドラッグはもうやめるべきだってわかったんだ。特にマリファナ。あれはやめられなかった。最終的にパニック発作と不安の波が襲ってきたんだ。もし、やめられるタイミングがやってきたとしたら、賢くなったってことだよ。シラフの世界が待ってるよ!

<コメント5>
 中学生だった頃、俺はよくいるバカなガキだった。高校に進んでからは、環境を変えたい一心で、マリファナとか色んなことにハマったんだ。そのせいで、卒業するまでに2~3回停学を食らって、2回逮捕されたよ。そんな経験のせいか、大規模な非行グループのリーダーになったけど、そんなもの上っ面の関係でしかなかった。だから、高校を卒業してすぐ、俺はグループの何人かを除いて、全員との関係を断った。学校での悪い成績・評判が、その後の数年間、生活の妨げになった。俺は、将来や就職をちゃんと考えて過ごすべきだった時間を、しょうもない友達と過ごして無駄にしてしまったんだ。

 話を現在に戻すと、今は短大に通ってる。将来何がしたいかなんてわからないからね。まだ21歳だし、一人暮らしする理由もないから実家に住んで、クソみたいな販売のバイトをしてる。まだ将来に対して前向きに考えられないけど、でも少しずつ、道は見えてきてはいるんだ。とはいえ、俺には学が全然ないし、友達は少ないし、販売の仕事でよく物を持ち上げるせいで背中が痛み始めてるし、もう自分は負け組だなって。

 俺と同じような失敗はしてほしくない。高校生活に集中して、自分は何が得意なのか、将来どんなキャリアが築けるのかよく考えてほしい。別に、高校生活を楽しむばかりではダメだと言いたいんじゃないんだ。ただお願いだから、そういう楽しみは週末の夜だけにして、警察には十分気を付けるんだ。賢く生きろ。

 長くなっちゃってごめんよ。でもこのスレを見て、10代の人のドラッグ事情が心配になったから。ドラッグは間違ってる。人生をめちゃくちゃにするから。もし俺が使ってたようなヤバいドラッグには手を出さなかったとしても、中毒者にならないワケじゃないから。

<コメント7>
 ドラッグはいつも、人生を輝かせてくれる物のように感じる。その人を破滅させる前までは。自分を破滅させるために使い始める人なんていない。ドラッグをやる理由は、強さ・幸福感・自信、そして人生をより良くしてくれる全ての物を与えてくれると思うからだ。
最初はみんな、ドラッグのことを甘く見てる。「人生をこれほど輝かせてくれるなら使った方がいいに決まってるだろう」と。そう感じている間、脳は変化し、そして体はドラッグに染まっていく。

 使い始めは、ただのお遊び的な感覚で、たまに使用するだけだったのに、知らないうちにドラッグは自分の人生になり、生活の全てになってしまう。ドラッグが人を蝕んでいく。仕事に行き、そつなく仕事をこなしたとしても、実はもう、その人のアイデンティティーは失われ、人間らしい感情を持つこともなくなってしまう。お金は底をつき、健康状態は悪化していくにもかかわらず、ドラッグは人に、「自分はまったく問題ない」と思い込ませ、悪い方へと進んでいくんだ。

 ふと、「ドラッグのない生活の方がいいや」なんて気が変わり、やめられる人なんていない。ドラッグを断ち切ることができたのは、ひどく痛い目に遭った人か、すでにドラッグで死んだ人だ。人がシラフになる努力をしたとき、きっと何かが違うと感じる。その人を取り巻く世界は以前よりも暗く、思考は恐怖や退屈に支配される。確実に存在していた、明るかった世界の思い出は、まるで夢物語だったかのように思える。

 「ドラッグは最高だ……」。そんなものは最初だけだ。ドラッグは人を蝕み、人を虚無にする。後戻りできなくなる日がくるまで、誰しもがドラッグは最高だなんて思うんだ。

 ドラッグは必要ない。ドラッグのない人生の方がずっといい。ドラッグがあなたを食い尽くす前に、まず近寄ってはいけない。

――――――――――――――――――

 いかがだっただろうか。ドラッグ使用への罪悪感が薄いからか、それともドラッグが身近なものだからか、平然とドラッグを肯定する意見があるのは不思議なものだ。しかし、やはり最終的にたどり着く答えは、「ドラッグはやらない方がいい」というのが多数。

 これは海外での話だが、「日本は違う」と安心を決め込むことはできない。「やり始めはただの好奇心だった。たまにキメるだけで満足だった」。そういった人が増えないよう、中毒克服者の経験を知ることはストッパーになるかもしれない。
(抄訳・構成/藤子留美加)

保活が終わっても地獄? 「タバコを吸ってる保護者がいる」との密告で窮地に立たされるママも

 少子化といわれている現代。出産可能とされている15歳から49歳までに、1人の女性が産む子どもの数の平均を示す「合計特殊出生率」は、平成27年の発表によると「1.42」となっている。

 特に、ワーキングウーマンが多い都心部では、一人っ子が多く、自ずとお母さんの視線はその子だけに注がれる。特に、経済的理由から2人目を諦めた場合は、一人の子どもに対しての期待度が高くなってしまう。祖父母が地方に住んでいるために育児の協力を頼めない場合など、すべての判断がママに委ねられるために孤立しがちと言える。さらには、高齢出産や不妊治療の苦労などが影響し、子どもに対してつい度を越えた過保護になってしまうお母さんもいるようだ。いまだ解消されぬ待機児童問題の中、せっかく入園できた保育園を退園してしまう園児もいるが、その背後には、モンペと呼ばれるママたちの姿が見え隠れする。今回は、実際に保育園に勤務している保育士の「モンペママのせいで精神的に追い詰められた」という告白に着目。東京の育児ママたちの“保活のその後”に迫っていく。

■保育士「そんなに大事なら自分で育ててほしい」

 「潜在保育士」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは、実際に保育士の資格を持っていながらも、なんらかの理由で保育士の仕事に就いていない人を指す。よく保育士の賃金の安さがニュースなどでも取りざたされているが、問題はそれだけではない。

 都内で派遣社員として働いている香織さん(仮名)も、潜在保育士の1人だ。

「テレビのニュースなどで、保育士不足というのを見ると胸が痛みますが、戻る気はないです。園のお遊戯会で使う小道具を作ったり、土曜保育があるので土曜日も出勤したり。本当、休みが少なくてお給料も安いんです。子どもが好きだったので、最初はやりがいを感じていたのですが、お着がえの入れ間違いや、帽子をかぶせないで散歩に出かけたのを親からきつく言われたり、なんでも現場の保育士のせいにして知らん顔をする経営者に嫌気がして、辞めてしまいました」

 保育士不足の問題の一因にモンペママが絡んでいるようだ。

 恵美さん(仮名)は、中学生の頃からの夢が「保育士」だった。幼くして父親を亡くしたため、看護師として働いていた母親に育てられた。同じく看護師になるのも考えたが、卒業までに3~4年かかる看護学校の学費なども考慮し、保育士の資格が取得できる2年制の専門学校に進学。「20歳で保育園に就職が決まったのですが、最初の1年はストレスで髪が抜け落ちたり、蕁麻疹が出たりしていました」と語る。

「就職する前に、宗教系の保育園にインターンシップ制度で働いていました。その園は、園長が厳しく教育方針が合ったお子さんが通っていたのでトラブルは少なかったんです。就職先の認証保育所は、小規模保育だったので3歳までの園児しか預かれなかったのですが、ビルのワンフロアくらいの広さの中で、乳児たちが泣きわめいて地獄でしたね」

 毎年、新年度の4月になると、子どもたちの情緒が不安定になるため1日中泣き止まないこともよくあるらしい。

「劣悪な職場環境だとは思わなかったんですけど、やはり窓も開けられないような部屋で延々と乳児たちが泣き叫ぶのは、聞いていて気が狂いそうになりました。入社してすぐに保育士さんが辞め、さらに1年で3人も自己都合で辞めていったんです。そんな保育士が一時的に足りない時に、野外保育の公園で遊んでいる男児が滑り台でケガをしてしまったんですが、それを伝え忘れてから、ママさんの態度が豹変しました」

 その後、そのママの言動はどんどんエスカレートしていった。

「受け渡しの時に、“肌着を後ろ前に着せられていた”から始まり、自分でひっかく癖のあるお子さんだったのですが“お前の抱っこの仕方が悪い”と怒られ、立ったまま20分、多いときで40分近くクレームを言われ続けたこともあります」

 ついには、連絡帳に書く内容についても、細かく指示をされるようになった。

「おむつを替えた回数、離乳食の量、ミルクの回数など記入漏れがあると怒り出すんです。給食の配膳が少ないと文句をつけられて、園長が臨時保護者会を開いて説明しました。そんなに大事な子どもだったら、自分で育ててほしいって思いました」

 あくまで保育園は、「日中働いていて、育児ができない両親に代わって、子どもを預かる」場所であり、親代わりではない。しかし、乳児が家で長時間泣いたり、思うようにミルクを飲まないなどの様子が見られると、「日中関わっている保育士が原因ではないか」と思い込んでしまう親もいるそう。忙しく働くことで、精神的な余裕がないワーママがモンペママ化してしまうのかもしれない。

 保育士が抱えるモンペママ問題とは反対に、保育園側がママたちにクレームを付けるケースもあるという。俗に“園ルール”と呼ばれる独自の決まり事があり、それに違反したママに注意が入るのだ。規律の厳しい園では、送迎時の親の寄り道は禁止のため、買い物袋を提げて迎えに行くのはNG。あくまで保育は、仕事などやむを得ない理由があって子どもを預かっているという建前のため、買い物などはもっての外だという。

 この園ルールは、入園前の説明会などでさらっと説明をして終わるだけの園もあるので、事前に、児童館や地域センターを利用し、地元で子育てを行うママ友ネットワークを駆使して、園の雰囲気を知ることが重要と言える。しかし、前情報を得ていたとしても、保育士だけでなく、“同じ園に通っているママさん”からルール違反を厳しくチェックされ、苦しむママが続出しているという。

「喫煙者なので、出社前に一服したいんです。最近は、禁煙の駅も多いので保育園の近くにあるタバコの販売所が喫煙所代わり。でも、送迎中のママさんに見られたみたいで“保育園を出たところでタバコを吸っている保護者がいます”と、園から配られるお知らせに書かれました」

 彼女は、受け入れ先の幅が広がる3歳を目安に、転園も考えている。

 モンペママの傾向に、「自分がルールを守っているのに、守っていない人がいるのが許せない」というのがあるようだ。ある保育園では、子どもが着ているものにまで、文句を言うママがいたという。4歳になる女児を持つ美穂さん(仮名)は「4歳になると、アニメやテレビの影響でスカートを穿きたがるんです。でも保育園のルールはズボンのみ。同じクラスに通う女の子で、スカートとパンツが一体型となった“スカッツ”を穿いている子がいたんですが、『本人や親に“スカートはルール違反ですよ”って言っても“これはスカートじゃなくてズボンだ”と言い張るので、園長から注意してもらった』と話していたママがいました。1人が許されると、全体がまねするからだそうです」と語る。

 まるで、厳しい公立中学の学区で起きた話のようだが、歴とした保育園に通うママ同士のトラブル。“保活”をしていると、子どもは、預け先が見つかるまでが地獄で、入ってしまえば天国のように錯覚してしまうが、そんなことはない。0歳児で入園すると、卒園までの6年間を過ごすことになる保育園では、なにごともなく、無事に卒園を迎えられるのは少数と言えるかもしれない。
(文=池守りぜね)

 

保活が終わっても地獄? 「タバコを吸ってる保護者がいる」との密告で窮地に立たされるママも

 少子化といわれている現代。出産可能とされている15歳から49歳までに、1人の女性が産む子どもの数の平均を示す「合計特殊出生率」は、平成27年の発表によると「1.42」となっている。

 特に、ワーキングウーマンが多い都心部では、一人っ子が多く、自ずとお母さんの視線はその子だけに注がれる。特に、経済的理由から2人目を諦めた場合は、一人の子どもに対しての期待度が高くなってしまう。祖父母が地方に住んでいるために育児の協力を頼めない場合など、すべての判断がママに委ねられるために孤立しがちと言える。さらには、高齢出産や不妊治療の苦労などが影響し、子どもに対してつい度を越えた過保護になってしまうお母さんもいるようだ。いまだ解消されぬ待機児童問題の中、せっかく入園できた保育園を退園してしまう園児もいるが、その背後には、モンペと呼ばれるママたちの姿が見え隠れする。今回は、実際に保育園に勤務している保育士の「モンペママのせいで精神的に追い詰められた」という告白に着目。東京の育児ママたちの“保活のその後”に迫っていく。

■保育士「そんなに大事なら自分で育ててほしい」

 「潜在保育士」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは、実際に保育士の資格を持っていながらも、なんらかの理由で保育士の仕事に就いていない人を指す。よく保育士の賃金の安さがニュースなどでも取りざたされているが、問題はそれだけではない。

 都内で派遣社員として働いている香織さん(仮名)も、潜在保育士の1人だ。

「テレビのニュースなどで、保育士不足というのを見ると胸が痛みますが、戻る気はないです。園のお遊戯会で使う小道具を作ったり、土曜保育があるので土曜日も出勤したり。本当、休みが少なくてお給料も安いんです。子どもが好きだったので、最初はやりがいを感じていたのですが、お着がえの入れ間違いや、帽子をかぶせないで散歩に出かけたのを親からきつく言われたり、なんでも現場の保育士のせいにして知らん顔をする経営者に嫌気がして、辞めてしまいました」

 保育士不足の問題の一因にモンペママが絡んでいるようだ。

 恵美さん(仮名)は、中学生の頃からの夢が「保育士」だった。幼くして父親を亡くしたため、看護師として働いていた母親に育てられた。同じく看護師になるのも考えたが、卒業までに3~4年かかる看護学校の学費なども考慮し、保育士の資格が取得できる2年制の専門学校に進学。「20歳で保育園に就職が決まったのですが、最初の1年はストレスで髪が抜け落ちたり、蕁麻疹が出たりしていました」と語る。

「就職する前に、宗教系の保育園にインターンシップ制度で働いていました。その園は、園長が厳しく教育方針が合ったお子さんが通っていたのでトラブルは少なかったんです。就職先の認証保育所は、小規模保育だったので3歳までの園児しか預かれなかったのですが、ビルのワンフロアくらいの広さの中で、乳児たちが泣きわめいて地獄でしたね」

 毎年、新年度の4月になると、子どもたちの情緒が不安定になるため1日中泣き止まないこともよくあるらしい。

「劣悪な職場環境だとは思わなかったんですけど、やはり窓も開けられないような部屋で延々と乳児たちが泣き叫ぶのは、聞いていて気が狂いそうになりました。入社してすぐに保育士さんが辞め、さらに1年で3人も自己都合で辞めていったんです。そんな保育士が一時的に足りない時に、野外保育の公園で遊んでいる男児が滑り台でケガをしてしまったんですが、それを伝え忘れてから、ママさんの態度が豹変しました」

 その後、そのママの言動はどんどんエスカレートしていった。

「受け渡しの時に、“肌着を後ろ前に着せられていた”から始まり、自分でひっかく癖のあるお子さんだったのですが“お前の抱っこの仕方が悪い”と怒られ、立ったまま20分、多いときで40分近くクレームを言われ続けたこともあります」

 ついには、連絡帳に書く内容についても、細かく指示をされるようになった。

「おむつを替えた回数、離乳食の量、ミルクの回数など記入漏れがあると怒り出すんです。給食の配膳が少ないと文句をつけられて、園長が臨時保護者会を開いて説明しました。そんなに大事な子どもだったら、自分で育ててほしいって思いました」

 あくまで保育園は、「日中働いていて、育児ができない両親に代わって、子どもを預かる」場所であり、親代わりではない。しかし、乳児が家で長時間泣いたり、思うようにミルクを飲まないなどの様子が見られると、「日中関わっている保育士が原因ではないか」と思い込んでしまう親もいるそう。忙しく働くことで、精神的な余裕がないワーママがモンペママ化してしまうのかもしれない。

 保育士が抱えるモンペママ問題とは反対に、保育園側がママたちにクレームを付けるケースもあるという。俗に“園ルール”と呼ばれる独自の決まり事があり、それに違反したママに注意が入るのだ。規律の厳しい園では、送迎時の親の寄り道は禁止のため、買い物袋を提げて迎えに行くのはNG。あくまで保育は、仕事などやむを得ない理由があって子どもを預かっているという建前のため、買い物などはもっての外だという。

 この園ルールは、入園前の説明会などでさらっと説明をして終わるだけの園もあるので、事前に、児童館や地域センターを利用し、地元で子育てを行うママ友ネットワークを駆使して、園の雰囲気を知ることが重要と言える。しかし、前情報を得ていたとしても、保育士だけでなく、“同じ園に通っているママさん”からルール違反を厳しくチェックされ、苦しむママが続出しているという。

「喫煙者なので、出社前に一服したいんです。最近は、禁煙の駅も多いので保育園の近くにあるタバコの販売所が喫煙所代わり。でも、送迎中のママさんに見られたみたいで“保育園を出たところでタバコを吸っている保護者がいます”と、園から配られるお知らせに書かれました」

 彼女は、受け入れ先の幅が広がる3歳を目安に、転園も考えている。

 モンペママの傾向に、「自分がルールを守っているのに、守っていない人がいるのが許せない」というのがあるようだ。ある保育園では、子どもが着ているものにまで、文句を言うママがいたという。4歳になる女児を持つ美穂さん(仮名)は「4歳になると、アニメやテレビの影響でスカートを穿きたがるんです。でも保育園のルールはズボンのみ。同じクラスに通う女の子で、スカートとパンツが一体型となった“スカッツ”を穿いている子がいたんですが、『本人や親に“スカートはルール違反ですよ”って言っても“これはスカートじゃなくてズボンだ”と言い張るので、園長から注意してもらった』と話していたママがいました。1人が許されると、全体がまねするからだそうです」と語る。

 まるで、厳しい公立中学の学区で起きた話のようだが、歴とした保育園に通うママ同士のトラブル。“保活”をしていると、子どもは、預け先が見つかるまでが地獄で、入ってしまえば天国のように錯覚してしまうが、そんなことはない。0歳児で入園すると、卒園までの6年間を過ごすことになる保育園では、なにごともなく、無事に卒園を迎えられるのは少数と言えるかもしれない。
(文=池守りぜね)

 

“竹林W不倫報道”のフジ秋元優里アナ、遺された道は「廃業」か「ぶっちゃけキャラ」しかない!?

 新年早々、強烈な“文春砲”が炸裂した。10日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が、フジテレビ・秋元優里アナと、同局の40代プロデューサーとのW不倫を報じたのだ。

 同誌によれば、2人は昨年クリスマスの深夜に神奈川県下の竹林で、年明け4日には同県下の堆肥小屋で、いずれも30分ほど車の中で逢瀬を楽しんだとされる。同記事では、カーセックスを連想させる衝撃的な内容で、昨年末には箱根の完全個室の温泉施設で過ごしたことも伝えている。秋元アナのお相手は、自身が担当する『BSフジLIVE プライムニュース』の妻子持ちのプロデューサーだという。

 一部スポーツ紙の取材に対し、同局は「単なる相談相手と聞いておりますが、誤解を与えるような軽率な行動に対する責任を取って当面の間、番組出演を見合わせます」と回答したとされる。

 現在、秋元アナは『プライムニュース』のほか、隔週で出演する『ワイドナショー』、ナレーションを務める『皇室ご一家』を担当しているが、同局では速攻で全番組の出演を見合わせる措置を取った。『プライムニュース』には、松村未央アナが代打出演した。

 秋元アナの父は、元エリート外交官で、現在は宮内庁式部長官を務めている人物。幼少期には、父親の仕事の関係で、ロシア・モスクワで暮らしたことがある。帰国後、秋元アナはは中学、高校、大学と慶応一筋でお嬢様中のお嬢様だ。

 2006年4月に同局に入社し、09年9月末より、滝川クリステルの後任として、『ニュースJAPAN』のキャスターに抜擢される。12年9月で同番組を降板後も、『FNNスーパーニュースWEEKEND』、『BSフジNEWS』などを担当しており、まさに同局の“報道の顔”だ。

 私生活では、12年12月に後輩の生田竜聖アナと結婚し、13年7月に第1子となる女児をもうけた。しかし、16年11月に「FLASH」(光文社)で、プロデューサー・A氏との不倫が報じられた。その際、秋元アナは『ワイドナショー』で、夫と別居中で離婚協議中であることは認めたが、不倫については「やましいことはありません」と完全否定していた。今回、「文春」で報じられた相手は、「FLASH」のときと同一人物とみられる。

「前回、完全否定しているだけに、なおさら印象が悪いですね。『文春』の取材は克明で、言い訳はできないでしょう。『相談相手』なら、わざわざ人気のない竹林や小屋に行く必要などなく、カーセックスをしていたとなると、もはや論外。ここまでのスキャンダルが出ると、報道どころかバラエティでも復帰は困難ではないでしょうか」(スポーツ紙記者)

 そうなると、秋元アナの行く末はどうなるのだろうか?

「ほとぼりが冷めても、テレビに出すことは難しいでしょう。もともと『アナウンス部内での恋愛禁止』との暗黙のルールを破った過去があるだけに、フジ上層部もあきれているそうです。アナウンス部には、もう居場所はなさそう。折を見て、他部署に異動させられることが濃厚です。それが不満なら、退社するしかないでしょうね。ただ、これだけのスキャンダルですから、フリーに転向したところで、まともな仕事は回ってこないでしょう。もはやアナウンサーは廃業するか、元日本テレビの脊山麻理子アナのような、“ぶっちゃけキャラ”でやっていくしか道はなさそうです。とはいえ、報道路線で来た秋元アナにもプライドがあるでしょうから、なかなか、そういった転換はできないのでは?」(女子アナ事情通)

 美貌と推定Fカップともいわれる豊満なバストで、世の殿方を魅了してきた秋元アナだが、まさしく断崖絶壁。その姿をテレビで見ることは、もうできないかもしれないだけに、ファンの悲鳴が聞こえてきそうだ。
(文=田中七男)