金髪ジャニーズアイドルを総まとめ! あのメンバーの懐かしい金髪姿に会えるフォトレポート!

 ロンゲにパーマ、短髪、茶髪、黒髪、ヘアスタイルの流行はさまざまありますが、そのなかのひとつとしてファンから根強い人気を誇っているのが金髪。
 本書ではそんな金髪、もしくはハイトーンカラーのメンバーばかりをコレクション。
 おしゃれでかっこいい金髪ジャニーズを総まとめ!

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「愛人紹介」のラウンジオーナーと、“パパ活”女子大生の意外な本音【職業:愛人の女たち】

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 キラキラ女子というキーワードが世間を賑わすことは少なくなった。だが、若い女子の一部に上昇志向の強いコがいるのは、昭和の時代から変わらない。刻一刻と消えていく若さを知ってなのか、“人脈”と“金脈”を求め、夜の世界に繰り出す女子たち。

 「パパ活愛人」も、その上昇志向の表れなのか。若さを使って、同年代の女子たちが手にできない何かを掴もうとする娘たち、既得権益を利用して、若い女の体を弄ぼうと企む中年男たち……。そんな、飽くなき闘いの一端を覗いてみよう。

 ガールズバーで知り合った、オジサンたちの人生指導

ーーちょっと前、パパ活って言葉がはやったよね。実際してたコっている?

「いますよ。パパがほしいってコは、今もいます。っていうか、私もほしいかも(笑)」

 と話すのは、岩手から上京し、今年4月に都内お嬢様女子大に入学したアオイちゃん(仮名)。インスタグラムにはフォトジェニックな写真がズラリと並ぶ、イマドキのリア充な女子大生だ。現在は、大学の近くで一人暮らしをして、夜はガールズバーでバイトをしている。だが、このバイト、大学の友達には内緒にしているという。

「内部(註:付属学校)から進学してきたコとかは、みんな実家暮らしで、バイト代は全部お小遣いになるですよね。家も結構お金持ちっぽくて、普通にブランドのバッグとか財布とか持ってるんですよ。財布はヴィトン、バッグはケイト・スペードやフルラとかが人気あります。だから、それまでバッグなんてノーブランドの3,000円くらいのしか持っていなかったんですが、みんなについていかなきゃって気持ちになって、バイトしてシーバイクロエのバッグを買いました」

 長期の休みになると、旅行の機会もあり、とにかく内部進学生のライフスタイルについて行くのが大変なのだという。

ーーそういう友達とはサークルとかで出会うの?

「前はサークルも活発に顔出ししていたんですが、今はあんまり積極的な感じじゃないんです。っていうのも、新歓やるからおいでよって誘われて行ったら、先輩たちはヤりたいだけの人ばっか。飲み会の後は基本カップルになってて、誰かの家に行ってヤるみたいな空気で……。お互いに付き合うつもりはないのに」

ーーインカレのオールラウンドサークルとか?

「そうそう。ああいうサークルの中心の人たちって、基本ヤりたいだけ。男も女も利害が一致したWINーWINな関係なんですよ(笑)。でも、私は実害を感じたことがあって。A君って自他ともに認めるチャラ男なパリピがいるんです。クラブのVIP席でイチャついたりするような。その子が知り合いを妊娠させたっていう話を聞いて、自分を守りたいなら距離おくべきだなと」

ーー賢いね。で、サークルとは距離を置いたってわけだ。

「そう。でも、バイト先で、『慶應とか早稲田の男がいつも周りにいるような状況って今だけだよ。大学生のうちにちゃんと付き合って、そういう相手と結婚するんだよ』みたいなことをお客さんから言われるんですよ。だから今の時期を無駄にしちゃいけないなと思いまして……」

 夜のバイトで知り合った30代、40代の男性から”人生”について教えを受けるうちに”女子大生”に価値があることに気づいたのだ。そこでアオイちゃんは、“表向き”には上昇志向のある学生と付き合うことを目的に、せっせと同世代男子との出会いを探している一方、裏ではしたたかに「大人人脈」も築いている。

 つい先日、他大学の友達から誘われたパーティーに出かけてみたところ、そこはキャバ嬢やモデル、女子大生と付き合いたいリッチな男性が参加している場だったという。

「キャバ嬢とかは、本気で婚活モード入ってて、ああはなっちゃダメだなと思いましたね。私は、お金が欲しいっていうよりは、社会のことを色々教えてくれて、私のことを伸ばしてくれるような40歳くらいまでの男の人がいたら付き合いたいなと思って。その上で、ちょっとお小遣いもらえたらうれしいけど」

 結局、そのパーティーではなんとなく付き合った男性ができたそうだが、1カ月ほどで自然消滅してしまったという。その間、おいしいご飯を食べさせてもらい、洋服を買ってもらった程度で、現金をもらうような機会はなかったそうだ。ちなみにエッチは1回だけしたという……。

 しかも、こういったケースは一度ならず、何度も続いたのだった。

「六本木のあるお店で、愛人を探している人と出会えるって聞いたので、友達と出かけたんです。声をかけられて一緒に飲み、後日2人で食事でもということになりデートしました。その日は、普通にご飯を食べてサヨナラだったんですが、これが1カ月以上続いたんです。その間、ただ一緒にご飯食べるだけ。で、その人とはごはん食べるだけで関係は終了しました」

ーーお金もらったことってないの?

「友達から愛人のお見合いバンクみたいなところに誘われて登録したんですが、そこの男性と会った時にはもらえましたね。ご飯して、ホテルに行って、最後に3万みたいな」

ーー意外と少ないんですね。

「はい。しかも、デート全部で6時間くらいかかって。これが続くんだと、正直、つらいなって思いました。会ってくれるのは不定期だし、必ずこれだけもらえるっていう保証もないし。こういうのが続くと考えちゃいますよね……。6人と付き合いましたけど、お金くれたのは1人だけ」

ーー愛人って大変だね。

「そうそう、おいしい話はないってことですよね。普通にバイトしていた方が確実にお金が入るなって痛感しました」

 援交のようにカラダを売ることなく、デートするだけで数万円や高額プレゼントをもらえるパパ活という言葉が独り歩きしたが、実際はどうもなかなかオイシイ目にはあり付けないようだ。

「むしろガールズバーの常連のお客さんと食事したり、デートした方がいい思いができるのかも(苦笑)」

 一方、中年男サイドの思惑はいかがなものなのだろうか? アオイちゃんのようなキラキラ系の女子大生や、見た目のいいOLなどが働くラウンジを経営している加藤氏(仮名・43歳)に話を聞いた。

 加藤氏は、自身の店を経営する傍らで、高収入を稼ぎ出して夜遊びに繰り出す六本木の住民たちに、自身の店の女の子を愛人候補として紹介しているのだ。

「昔からの知り合いから、『誰かいいコいたら紹介してよ』ってよく言われるんだよね。みんな結婚しているから、つまり、お金は払うから愛人として付き合ってくれるコってことなんだけど」

ーー女の子は嫌がらないの?

「いや、女の子の方から『誰かいい人いたら紹介してください』とか『愛人って興味あるんですよね』みたいなことを言ってくるよ。無理やり誘ったことなんてない」

ーー良い出会いを供給する、世話焼きオジサンじゃないですか。

「それがそうでもないんだよね。結構トラブルがあるから。だから、裏でお金はもらってる」

 というのも、男性側がお断りするケースがあまりにも多いのだという。

「だいたい持って3カ月だね。短いと1回会っただけで終わる。半年、1年って交際が続くコなんて滅多にいないよ。男が飽きちゃうの。『あの子、もうつまんなくなっちゃった』『話してても面白くないし』って。だから、女の子からしたら、期待して付き合ってるのにあっという間に捨てられたってなるわけ。そもそも自分に魅力がないから男が逃げちゃってるのに、『ケチ』だとか『女の扱いを知らない』とか文句だらけ。それを慰める……つまり、後処理がオレのメインの仕事なんだよね」

 男女の欲が蠢く街で、欲望同士が見事マッチングし、WINーWINになるケースはどうやら少数派のようだ。

 だが、その裏にあるのは、若さを武器にオイシイ思いをしようと企む女性を、老獪な中年男が食い散らかす図だ。いずこの時代でも、「俺、結婚するならあんまり遊んでない子がいいな」とのたまう男がいるのは、「中年男に食い散らかされた女性は嫌だ」という本音があるからだろう。

「愛人紹介」のラウンジオーナーと、“パパ活”女子大生の意外な本音【職業:愛人の女たち】

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 キラキラ女子というキーワードが世間を賑わすことは少なくなった。だが、若い女子の一部に上昇志向の強いコがいるのは、昭和の時代から変わらない。刻一刻と消えていく若さを知ってなのか、“人脈”と“金脈”を求め、夜の世界に繰り出す女子たち。

 「パパ活愛人」も、その上昇志向の表れなのか。若さを使って、同年代の女子たちが手にできない何かを掴もうとする娘たち、既得権益を利用して、若い女の体を弄ぼうと企む中年男たち……。そんな、飽くなき闘いの一端を覗いてみよう。

 ガールズバーで知り合った、オジサンたちの人生指導

ーーちょっと前、パパ活って言葉がはやったよね。実際してたコっている?

「いますよ。パパがほしいってコは、今もいます。っていうか、私もほしいかも(笑)」

 と話すのは、岩手から上京し、今年4月に都内お嬢様女子大に入学したアオイちゃん(仮名)。インスタグラムにはフォトジェニックな写真がズラリと並ぶ、イマドキのリア充な女子大生だ。現在は、大学の近くで一人暮らしをして、夜はガールズバーでバイトをしている。だが、このバイト、大学の友達には内緒にしているという。

「内部(註:付属学校)から進学してきたコとかは、みんな実家暮らしで、バイト代は全部お小遣いになるですよね。家も結構お金持ちっぽくて、普通にブランドのバッグとか財布とか持ってるんですよ。財布はヴィトン、バッグはケイト・スペードやフルラとかが人気あります。だから、それまでバッグなんてノーブランドの3,000円くらいのしか持っていなかったんですが、みんなについていかなきゃって気持ちになって、バイトしてシーバイクロエのバッグを買いました」

 長期の休みになると、旅行の機会もあり、とにかく内部進学生のライフスタイルについて行くのが大変なのだという。

ーーそういう友達とはサークルとかで出会うの?

「前はサークルも活発に顔出ししていたんですが、今はあんまり積極的な感じじゃないんです。っていうのも、新歓やるからおいでよって誘われて行ったら、先輩たちはヤりたいだけの人ばっか。飲み会の後は基本カップルになってて、誰かの家に行ってヤるみたいな空気で……。お互いに付き合うつもりはないのに」

ーーインカレのオールラウンドサークルとか?

「そうそう。ああいうサークルの中心の人たちって、基本ヤりたいだけ。男も女も利害が一致したWINーWINな関係なんですよ(笑)。でも、私は実害を感じたことがあって。A君って自他ともに認めるチャラ男なパリピがいるんです。クラブのVIP席でイチャついたりするような。その子が知り合いを妊娠させたっていう話を聞いて、自分を守りたいなら距離おくべきだなと」

ーー賢いね。で、サークルとは距離を置いたってわけだ。

「そう。でも、バイト先で、『慶應とか早稲田の男がいつも周りにいるような状況って今だけだよ。大学生のうちにちゃんと付き合って、そういう相手と結婚するんだよ』みたいなことをお客さんから言われるんですよ。だから今の時期を無駄にしちゃいけないなと思いまして……」

 夜のバイトで知り合った30代、40代の男性から”人生”について教えを受けるうちに”女子大生”に価値があることに気づいたのだ。そこでアオイちゃんは、“表向き”には上昇志向のある学生と付き合うことを目的に、せっせと同世代男子との出会いを探している一方、裏ではしたたかに「大人人脈」も築いている。

 つい先日、他大学の友達から誘われたパーティーに出かけてみたところ、そこはキャバ嬢やモデル、女子大生と付き合いたいリッチな男性が参加している場だったという。

「キャバ嬢とかは、本気で婚活モード入ってて、ああはなっちゃダメだなと思いましたね。私は、お金が欲しいっていうよりは、社会のことを色々教えてくれて、私のことを伸ばしてくれるような40歳くらいまでの男の人がいたら付き合いたいなと思って。その上で、ちょっとお小遣いもらえたらうれしいけど」

 結局、そのパーティーではなんとなく付き合った男性ができたそうだが、1カ月ほどで自然消滅してしまったという。その間、おいしいご飯を食べさせてもらい、洋服を買ってもらった程度で、現金をもらうような機会はなかったそうだ。ちなみにエッチは1回だけしたという……。

 しかも、こういったケースは一度ならず、何度も続いたのだった。

「六本木のあるお店で、愛人を探している人と出会えるって聞いたので、友達と出かけたんです。声をかけられて一緒に飲み、後日2人で食事でもということになりデートしました。その日は、普通にご飯を食べてサヨナラだったんですが、これが1カ月以上続いたんです。その間、ただ一緒にご飯食べるだけ。で、その人とはごはん食べるだけで関係は終了しました」

ーーお金もらったことってないの?

「友達から愛人のお見合いバンクみたいなところに誘われて登録したんですが、そこの男性と会った時にはもらえましたね。ご飯して、ホテルに行って、最後に3万みたいな」

ーー意外と少ないんですね。

「はい。しかも、デート全部で6時間くらいかかって。これが続くんだと、正直、つらいなって思いました。会ってくれるのは不定期だし、必ずこれだけもらえるっていう保証もないし。こういうのが続くと考えちゃいますよね……。6人と付き合いましたけど、お金くれたのは1人だけ」

ーー愛人って大変だね。

「そうそう、おいしい話はないってことですよね。普通にバイトしていた方が確実にお金が入るなって痛感しました」

 援交のようにカラダを売ることなく、デートするだけで数万円や高額プレゼントをもらえるパパ活という言葉が独り歩きしたが、実際はどうもなかなかオイシイ目にはあり付けないようだ。

「むしろガールズバーの常連のお客さんと食事したり、デートした方がいい思いができるのかも(苦笑)」

 一方、中年男サイドの思惑はいかがなものなのだろうか? アオイちゃんのようなキラキラ系の女子大生や、見た目のいいOLなどが働くラウンジを経営している加藤氏(仮名・43歳)に話を聞いた。

 加藤氏は、自身の店を経営する傍らで、高収入を稼ぎ出して夜遊びに繰り出す六本木の住民たちに、自身の店の女の子を愛人候補として紹介しているのだ。

「昔からの知り合いから、『誰かいいコいたら紹介してよ』ってよく言われるんだよね。みんな結婚しているから、つまり、お金は払うから愛人として付き合ってくれるコってことなんだけど」

ーー女の子は嫌がらないの?

「いや、女の子の方から『誰かいい人いたら紹介してください』とか『愛人って興味あるんですよね』みたいなことを言ってくるよ。無理やり誘ったことなんてない」

ーー良い出会いを供給する、世話焼きオジサンじゃないですか。

「それがそうでもないんだよね。結構トラブルがあるから。だから、裏でお金はもらってる」

 というのも、男性側がお断りするケースがあまりにも多いのだという。

「だいたい持って3カ月だね。短いと1回会っただけで終わる。半年、1年って交際が続くコなんて滅多にいないよ。男が飽きちゃうの。『あの子、もうつまんなくなっちゃった』『話してても面白くないし』って。だから、女の子からしたら、期待して付き合ってるのにあっという間に捨てられたってなるわけ。そもそも自分に魅力がないから男が逃げちゃってるのに、『ケチ』だとか『女の扱いを知らない』とか文句だらけ。それを慰める……つまり、後処理がオレのメインの仕事なんだよね」

 男女の欲が蠢く街で、欲望同士が見事マッチングし、WINーWINになるケースはどうやら少数派のようだ。

 だが、その裏にあるのは、若さを武器にオイシイ思いをしようと企む女性を、老獪な中年男が食い散らかす図だ。いずこの時代でも、「俺、結婚するならあんまり遊んでない子がいいな」とのたまう男がいるのは、「中年男に食い散らかされた女性は嫌だ」という本音があるからだろう。

レースクイーン・安田七奈、「キャラに合わない」家庭教師に! ハイレグに生足+裸足シーンは必見

 レースクイーン・安田七奈、「キャラに合わない」家庭教師に! ハイレグに生足+裸足シーンは必見の画像1
 レースクイーンユニット「ドリフトエンジェルス」キャプテンを務める安田七奈(26)ちゃんが、初めてのイメージDVD『Rainbow~なないろ~』(イーネット・フロンティア)を発売し、東京・秋葉原のソフマップアミューズメント館[http://www.sofmap.com/tenpo/contents/?id=shops&sid=akiba04]で発売記念イベントが行われました。  7月にバリ島で撮影したという本作は、本人曰く、「キャラ的に合わない」家庭教師役に挑戦した意欲作。あいにくの悪天候だったものの、初海外ロケにテンションは“アゲアゲ”だったそうです。  身長167cm、スリーサイズは上からB83・W60・H84(cm)のナイスバディを、白と淡いブルーのビキニで包み、サーキットで輝くレースクイーン(RQ)姿とはまた違った、ふんわりした雰囲気をまとって登場した七奈ちゃん。1st DVDではどんな姿を見せているのでしょうか。気になる内容について本人に聞いてみました。 ――デビュー作でいきなりバリ島ロケを行ったそうですが、いったいどんな内容に仕上がっていますか? 「最初は『なんで?』と思ったんですが、考えてみたら私も26歳なので、ここで大人の魅力を出そうかと(笑)。RQといっても、普段の私は結構キャピキャピしてるキャラなので、今回はがんばってセクシーなシーンにも挑戦しました!」
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――オススメのシーンを教えてください。 「ラストの夜のシーンでは、なぜかRQの格好をしています。それが、一般的なイメージをそのまま映像にしたような感じで、世の中のRQイメージを再確認しました(笑)。実際の私たちは、歌って踊るアイドル的な活動もしているので、ちょっとギャップがありました。そこからだんだん展開してゆくんですが、セクシーシーンの一つとして見どころになっています!」 ――現役のRQだけあって、抜群のプロポーションですね。 「やっぱり脚を褒められることが多いので、いろいろと気を遣っています。今回のRQのシーンでは、レースのハイレグに生足、裸足でスクッと立っているところも見どころなんじゃないかと思います(笑)。夜のシーンなので、いろいろとセクシーですよね」  明るくはきはきとした口調がとっても印象的な七奈ちゃん。今後もグラビア活動を続けたいそうなので、RQイベントとともに要チェックの存在になりそうです。 オフィシャルブログ「LUCKY 7 DAYS!!」 https://ameblo.jp/7-yasuda/ Twitter @nana_yasuda72 https://twitter.com/nana_yasuda72
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安田七奈 Rainbow~なないろ~ [DVD] 恐ろしく完璧  レースクイーン・安田七奈、「キャラに合わない」家庭教師に! ハイレグに生足+裸足シーンは必見の画像7

『ヨーロッパ横断! ガチンコラーメン屋台』に、KAT-TUN上田が登場! 10月9日(月)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
19:25~19:55 『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ) 城島茂

●V6

※『あさイチ』(NHK総合、井ノ原快彦)は放送休止。

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『ヨーロッパ横断! ガチンコラーメン屋台』に、KAT-TUN上田が登場! 10月9日(月)ジャニーズアイドル出演情報

――翌日にジャニーズアイドルが出演予定の番組情報をお届けします。見逃さないように、録画予約をお忘れなく!

※一部を除き、首都圏の放送情報を元に構成しています。
※番組編成、及び放送日時は変更になることがあります。最新情報は番組公式サイト等をご確認ください。

●TOKIO

5:50~ 8:00 『ZIP!』(日本テレビ系) 山口達也
8:00~ 9:55 『白熱ライブビビット』(TBS系) 国分太一
11:25~11:30 『国分太一のおさんぽジャパン』(フジテレビ系) 国分太一
18:55~19:25 『Rの法則』(NHK Eテレ) 山口達也
19:25~19:55 『テストの花道 ニューベンゼミ』(NHK Eテレ) 城島茂

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※『あさイチ』(NHK総合、井ノ原快彦)は放送休止。

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軽い“キメセク”状態!? 「お酒入りローション」でふわふわしゅる~~!になった話

 “ヌルヌル”がセックスライフを向上させてくれる「ローション」。私もたまにお世話になっているんですが、ある日、セフレくんからローションにお酒を投入すると「ヤバイ」という情報を聞いちゃったんです。

 粘膜からのアルコール摂取は、少量の酒でも酔っ払う“ヤバイ”摂取方法と有名。でも、好奇心旺盛な彼に乗って、「お酒入りローション」にチャレンジしてみました(ビビリだけど私も好奇心は旺盛!)。

※注……これから説明する「お酒入りローション」は筆者とセフレ君の自己流になります。粘膜からアルコールを過度に摂取すると、急性アルコール中毒になる可能性もあります。自己責任でお願いします。

大島薫「熱くてジンジンする」
 ネットで調べてみると、大島薫さんがTwitterで「ブランデー入りローション」について説明していました。大島さんによれば、「粘膜にお酒を入れると吸収率が強く急性アルコール中毒になるという話は有名だが微量であれば媚薬効果がある」そう。媚薬効果! 「ブランデーだと香りも良くローションの量に対してお酒1割程度と少なめに作ると安心。ウケに塗ると熱くてジンジンするから自分から欲しがるようになる」そうです。確かにブランデーだといい香りになりそうです。が、時すでに遅し。このツイートを見たのは実践後でした。

 お酒入りローションを試したのはつい最近。「ローションにウイスキーを入れてセックスに使うとマジで気持ちいい」という情報を知人から仕入れたセフレ君。私は「マンコからお酒を摂取するのはなんか怖いわ」と言ってシャワーを浴びに行ったんですが、シャワーから戻ると、セフレくんがなにかを“錬成”していました。「とりあえずそこにあったジンとローション混ぜてみたわ」と。うんうん、ジンだけにアソコがジンジンしそうだな(アホ)!

マンマンがふわふわしゅる~!
 最初は抵抗感があったのですが、せっかく作ってくれたなら、ということで「お酒入りローション」を使ってみることに。ちなみに、セフレ君は「ローション6割、ジン4割」の配合にしたそうです。酒が多すぎる!!

 さっそくジンローションをマンマンに塗ってもらうと、少しずつアソコが熱くなってくる感覚が。セフレくんも「ちんこ熱い」って言っていました。“ジンジン”というよりは、か~っと熱を帯びていく感じでしょうか。

 そして挿入。ローションのヌルヌルも気持ちいいんですが、アルコールのせいか、マンマンがふわふわする感覚に。「気持ちいい」という言葉だけでは言い表せない不思議な感覚です。そして、何度かピストンをしていくとお酒が回ってきて――。やはり粘膜からのアルコール摂取はヤバイ。アルコールを摂取したことによる高揚感とセックスの快感が同時に押し寄せてきます。セフレくんもいつもとは違う感覚に襲われているようで、「軽いキメセクみたい」と話していました(したことあんのかよ!?)。

 結論から言うと「お酒入りローション」は、バツグンにセックスが気持ちよくなるというよりは、いつものセックスとは違う、不思議な感覚を楽しめるって感じだったかなと。また、セフレくんと『お酒入りローションを使っているという、特殊なプレイへの陶酔感でテンションが上がっていたのかもね』とも話していました。

 でも、アルコールの効果で性器が熱を帯びていたのは事実。お酒にもいろんな種類がありますし、「お酒入りローション」は奥が深そうです。「1割」という知識も仕入れたので、細心の注意を払って、いろんなお酒にチャレンジしてみようかなぁと思います。

 

軽い“キメセク”状態!? 「お酒入りローション」でふわふわしゅる~~!になった話

 “ヌルヌル”がセックスライフを向上させてくれる「ローション」。私もたまにお世話になっているんですが、ある日、セフレくんからローションにお酒を投入すると「ヤバイ」という情報を聞いちゃったんです。

 粘膜からのアルコール摂取は、少量の酒でも酔っ払う“ヤバイ”摂取方法と有名。でも、好奇心旺盛な彼に乗って、「お酒入りローション」にチャレンジしてみました(ビビリだけど私も好奇心は旺盛!)。

※注……これから説明する「お酒入りローション」は筆者とセフレ君の自己流になります。粘膜からアルコールを過度に摂取すると、急性アルコール中毒になる可能性もあります。自己責任でお願いします。

大島薫「熱くてジンジンする」
 ネットで調べてみると、大島薫さんがTwitterで「ブランデー入りローション」について説明していました。大島さんによれば、「粘膜にお酒を入れると吸収率が強く急性アルコール中毒になるという話は有名だが微量であれば媚薬効果がある」そう。媚薬効果! 「ブランデーだと香りも良くローションの量に対してお酒1割程度と少なめに作ると安心。ウケに塗ると熱くてジンジンするから自分から欲しがるようになる」そうです。確かにブランデーだといい香りになりそうです。が、時すでに遅し。このツイートを見たのは実践後でした。

 お酒入りローションを試したのはつい最近。「ローションにウイスキーを入れてセックスに使うとマジで気持ちいい」という情報を知人から仕入れたセフレ君。私は「マンコからお酒を摂取するのはなんか怖いわ」と言ってシャワーを浴びに行ったんですが、シャワーから戻ると、セフレくんがなにかを“錬成”していました。「とりあえずそこにあったジンとローション混ぜてみたわ」と。うんうん、ジンだけにアソコがジンジンしそうだな(アホ)!

マンマンがふわふわしゅる~!
 最初は抵抗感があったのですが、せっかく作ってくれたなら、ということで「お酒入りローション」を使ってみることに。ちなみに、セフレ君は「ローション6割、ジン4割」の配合にしたそうです。酒が多すぎる!!

 さっそくジンローションをマンマンに塗ってもらうと、少しずつアソコが熱くなってくる感覚が。セフレくんも「ちんこ熱い」って言っていました。“ジンジン”というよりは、か~っと熱を帯びていく感じでしょうか。

 そして挿入。ローションのヌルヌルも気持ちいいんですが、アルコールのせいか、マンマンがふわふわする感覚に。「気持ちいい」という言葉だけでは言い表せない不思議な感覚です。そして、何度かピストンをしていくとお酒が回ってきて――。やはり粘膜からのアルコール摂取はヤバイ。アルコールを摂取したことによる高揚感とセックスの快感が同時に押し寄せてきます。セフレくんもいつもとは違う感覚に襲われているようで、「軽いキメセクみたい」と話していました(したことあんのかよ!?)。

 結論から言うと「お酒入りローション」は、バツグンにセックスが気持ちよくなるというよりは、いつものセックスとは違う、不思議な感覚を楽しめるって感じだったかなと。また、セフレくんと『お酒入りローションを使っているという、特殊なプレイへの陶酔感でテンションが上がっていたのかもね』とも話していました。

 でも、アルコールの効果で性器が熱を帯びていたのは事実。お酒にもいろんな種類がありますし、「お酒入りローション」は奥が深そうです。「1割」という知識も仕入れたので、細心の注意を払って、いろんなお酒にチャレンジしてみようかなぁと思います。

 

わたしは「できそこない」? 虐待された女の子が自信をつかむまで

――虐待を受けた「わたしたち」に残ったものとは? よじれてしまった家族への想いを胸に、果たして、そこに再生の道はあるのだろうか。元・被虐待児=サバイバーである筆者が、自身の体験やサバイバーたちへの取材を元に「児童虐待のリアル」を内側からレポートする。
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 大阪で編集者をしているメグさん(仮名・49歳)は、幼いころに両親から虐待を受けていたという。彼女とわたしとの出会いは5年前、池袋のカラオケボックスで開いたサバイバーのオフ会がきっかけだ。華奢な腕で重そうなスーツケースを引きずり、「夜行バスで来ましたわ」と笑うメグさんは、バイタリティの塊そのものだった。  18歳のとき、メグさんは家族から逃げるために家を出た。その後、彼女は平和な日常を手に入れることができたのだろうか。親との関係は現在どうなのだろう。今回はそんなメグさんに、親の暴力をどう受け止め、「できてしまった傷」とどう折り合いをつけてきたのかについて聞いてみた。

お母さんが、こんなヒドイことをするはずがない

――メグさんは誰からどんな虐待を受けていたんですか?  母親からは身体的な暴力、父親からは「お前はダメだ」と言われ続けるような精神的なものが中心でした。特に母親がひどくて。たぶん人格的に問題があったんじゃないかな。 ――お母さんは、どんな人だったんですか?  脈絡なくキレる人、何が原因で怒り出すのかわからない人でしたね。たとえば、小学校の自由研究で弥生時代の女性の服装について調べたのですが、模造紙に描いた服装のイラストを母が見たとたん「小さい!」って叫び出してビリビリに破いちゃったり。殴る蹴るなどは、物心ついた4歳ごろから日常的に受けていました。 ――親の「怒りのツボ」がわからないと、子どもとしては回避策がとれないから常に緊張状態ですよね。暴力についてはウチの場合、わたしの成長とともに手段や武器(道具)がバージョンアップしていきました。メグさんはどうでしたか?  あー、ありましたねぇ。素手からモノを使う暴力になりました。覚えているのは小学5、6年生のとき。理由は些細なことだったと思いますが、母がわたしの頭をセルロイドの分厚い下敷きで思い切り殴って、それが一撃でバラバラに砕けたんです。  自分の大事なものが壊されたショックと、「お母さんがこんなヒドイことするはずない」というショックで、しばらく起きたことが信じられませんでした。それまでは、殴るといってもグーとかパーだったので。そこからますます母のことがわからなくなって、警戒するようになっていったんです。 ――その気持ち、よくわかります……。ちなみに、暴力を振るわれていたのはメグさんだけですか? 誰か味方は?  ウチは団地住まいで、他の家族が家にいるときも殴られていました。決して広い家ではないので父も知っているはずですが、止めてはくれませんでしたね。父は高校教師で後に大学教授、母も看護学校で英会話を教えているような人だったので、娘にも優秀であることを求める……というか、わたしにとても厳しかったんです。母が、わたしとの会話の中でしょっちゅう「恩に着せるわけじゃないけど」と前置きしていたのもあって、「あぁ、自分は仕方なく養われているのかな」と解釈していました。  逆に5歳下の弟は、すごく溺愛されていましたね。わたしより成績が悪かったのに、叱られているのも見たことがありません。弟は、こちらが殴られているのを黙って見ていたり、母と一緒になってバカにするような態度をとったりしていました。

ホイットニー・ヒューストンが力をくれた

――「長女は虐待されるけど弟は無傷」というパターンは、女性サバイバーからよく聞く「虐待あるある」です。家では四面楚歌だったメグさんの心の支えになってくれたのは、やはり友だちですか?  それは違ったかなぁ。「自分はできそこない」という意識があったし、小学3年から中学3年ごろまでいじめにあっていたので、人が怖くて常に「防衛モード」に入っていました。だから、思春期にも腹をわって話せる友だちはいませんでしたよ。休み時間も机に座って本ばかり読んでいる子だったし。  高校生のころは、よく無気力状態になっていたんです。でも、洋楽を聴くと元気が出ました。ホイットニー・ヒューストンの『Greatest Love Of All』は大好きでしたねぇ。歌詞の中で <一番大切なのは自分を愛すること> っていうくだりが出てくるんですが、あれを聴くと「自分の中にこんなエネルギーがあったのか」とびっくりするぐらい力が湧いてきました。 ――高校生といえば、わたしの場合は「自分がされていたことは虐待だ」と気づいたころです。親を憎む気持ちと、そんな自分を醜いと思う自己嫌悪の間で、ずっと葛藤していました。メグさんは両親に対してどんな感情を持っていましたか?  わたしの場合は、両親を憎んだり見下したりしていて、そこに罪悪感や自己嫌悪はありませんでした。心理学の本をたくさん読んでいたので、「虐待」からの流れとして、子どもたちが当然そういった感情を持つようになることを知っていたんですよね。

アラフォーで男性経験なしというプレッシャー

――「家から脱出したい」という気持ちは起きませんでしたか?  もちろん、ありました。わたしが15歳を過ぎたあたりから、母親が更年期のウツ状態になって……。暴力は止んだけど、代わりに干渉がすごかったんです。趣味で読んでいる小説のページ数をいちいち確認されたり、子ども部屋のふすまを閉めることも許されなかったりで、常に行動を監視されていました。  ストレスがたまりにたまった高校3年のころ、「自宅から遠い大学に行けば、一人暮らしができる」とひらめいたんです。親が満足する偏差値の学校を探して受験しました。でも、実家から離れても、やっぱり親の干渉は止まらなかったんですよね。「こんなんなら意味ないや」と気力を失って中退してしまいました。そこからは実家には戻らず、派遣事務とか食品工場とかいろいろ働いて食いつなぎました。 ――挫折の理由ひとつとっても、虐待が絡んでいると知り合いにはなかなか説明しづらいですよね。ほかに、生きづらさを感じていたことはありますか?  20代前半は、他人から批判されるのが怖くて、友人の前でも手が震えていました。飲み会では「アル中」疑惑を持たれたこともありましたよ(苦笑)。あと、男性ともちゃんと付き合ったことがなくて。正直、あっちの経験(肉体関係)もなかったんです。好きになるのは、なぜか父にそっくりな「人にダメ出しをするような性格のキツい人」で、その人の前では自分が被害者みたいな振る舞いをしてしまうんです。 ――他人との関係性として、「加害者⇔被害者の構図」は自分にとって慣れ親しんだものだから、自然とそうなっちゃう。  多分そういうことだと思います。でもそんな卑屈な態度じゃ、好きな人には振り向いてもらえないんです。このまま40歳になっても「未経験」のままなら、女としても“できそこない”になってしまうのではないかって。そう思うこと自体が、ものすごい恐怖でした。

助けてくれたのは、ネットの仲間と編集者という仕事

――サバイバーは、恋愛や結婚を含めた対人関係で苦労します。だから匿名のブログやネット上のコミュニティでうっぷんを晴らしたり、虐待の思い出を綴ったりする人も多いわけですが……。その過程で当人なりの気づきを得て、自信を取り戻したり、親との関係を再構築したりするケースも多いですよね。  うんうん、それはあると思いますよ。今はもう閉鎖されちゃってますが、わたしも30代半ばごろから「家族という名の強制収容所」というサイトにとてもお世話になっていました。そこのBBS(掲示板)でサバイバー仲間ができて、徐々にリアル(対面)でも会うようになりました。ただ、合わせたら10人ぐらいいましたけど、交友関係が続く人は少なかったですね。 ――それでもサバイバー仲間との交流を通して、自分の抱えている生きづらさが、「すべて自分のせい」ではなく過去の環境によるものだと気づいたんですね?  はい、そんな感じです。インナーチャイルドセラピー(記憶の中で、子ども時代の傷ついた自分と対話する精神治療)とか、自己啓発のセミナーなんかも行くようになって、ある程度は虐待を受けた過去と親のことを客観的に見られるようになりました。  セミナーで近づいてきた男性と「体験」もすませたんです。30代の終わりに、ギリギリ滑り込みで。アハハ。まぁー、悪くはなかったですよね。妻子のいる人ですぐ別れてしまいましたが、向こうはセックスレスだと言っていましたし、こっちは結婚願望も子育て願望もない。お互い「利害の一致」ってことで、それでいいかと。 ――その辺の解釈は当人たちにしかわからないことだと思いますが……、わたしも不倫経験者なので思い当たる節はあります。ともかく、メグさんは「自分はできそこないかも」という不安要素を1つずつクリアしていった感じなんですね。  結果的にそうなりましたね。 ――もうすぐ50歳。今の生活は楽しいですか?  はい。編集者の仕事に就けたことも大きいかもしれません。最近では脳科学や整体の書籍を手がけているのですが、毎回新しい世界にふれられるのが刺激的なんです。子どものころから本が友だちだったし、言葉にこだわるのも向いているみたいです。  20〜30代はずっと作曲家とか音楽のプロを目指していましたが、よく考えたら「心からやりたくて」というより「親への反抗」だったんですよね。それまではずっと逃げてきたけど、はじめて素直な喜びから選んだ仕事で、しかも小さな成功体験を積み重ねることができた。今は「自分の気持ちに素直になれる」状態に自信が持てるようになって、「わたしは100点!」って言えるようになりました。 ――いいなぁ~(思わず)。大げさかもしれませんが、「自信」を持つということは、自己認識の根っこに「虐げられる」イメージが張り付いてしまったサバイバーの悲願かもしれません。40年以上の歳月は長かったと思いますが、本当におめでとうございます。  あ、ありがとうございます。どうしよう、話していたらウルっときてしまった……。 ――いい話が聞けて、わたしもうれしいです。で、親との関係は、今どうですか?  許す――というのとは違いますが、なんせ向こうが老いて弱っちゃいましたからねぇ。憎いという気持ちは薄れました。父は一昨年前、誤嚥性肺炎が元で亡くなりました。80歳でした。最後の3カ月は病院にお見舞いに行ってたんですが、父はもうすっかり素直になっちゃって。わたしとしては、小さい子どもに「もう仕方ないなぁ」と思うような気持ちで、“生温かく”見守っていました。  母の方は……「きっとこの人は人格障害だから仕方ない」と思いつつも、まだ引っかかりを感じるときはあるかな。そういう日は、ネットの掲示板とかで怒りをぶつけてちゃんと発散してますよ(笑)。 **************  今年の7月、同じ虐待の経験をもつ知人と「自尊心に問題を抱えた女性たちのための」自助グループを立ち上げたというメグさん。しばらくは会員制のチャットなどを通じて、苦しんでいる人たちと何ができるかを探っていくそうだ。  一度ついた傷は、おそらく消えない。かさぶたの痕跡は一生残るだろう。だが、「血が止まらない」と苦しむ後輩へ手を差しのべ、未来を考えることで、互いの傷を薄めていくことはできるのかもしれない。メグさんは、やっと自由な人生をつかみ取ったばかりだ。 (文/帆南ふうこ) 帆南ふうこ(ほなみ・ふうこ) 1980年生まれ、ライター。4歳ごろから高校生まで実母から身体的・精神的な暴力を受けて育つ。13年間にも及ぶ反抗期を経た後、結婚を機に母親と和解。ここ数年は元・被虐待児である「サバイバー」たちのオフ会を開いたり、取材を通じてサバイバー仲間との親交を深めている。趣味はお酒と田舎暮らし。

わたしは「できそこない」? 虐待された女の子が自信をつかむまで

――虐待を受けた「わたしたち」に残ったものとは? よじれてしまった家族への想いを胸に、果たして、そこに再生の道はあるのだろうか。元・被虐待児=サバイバーである筆者が、自身の体験やサバイバーたちへの取材を元に「児童虐待のリアル」を内側からレポートする。
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 大阪で編集者をしているメグさん(仮名・49歳)は、幼いころに両親から虐待を受けていたという。彼女とわたしとの出会いは5年前、池袋のカラオケボックスで開いたサバイバーのオフ会がきっかけだ。華奢な腕で重そうなスーツケースを引きずり、「夜行バスで来ましたわ」と笑うメグさんは、バイタリティの塊そのものだった。  18歳のとき、メグさんは家族から逃げるために家を出た。その後、彼女は平和な日常を手に入れることができたのだろうか。親との関係は現在どうなのだろう。今回はそんなメグさんに、親の暴力をどう受け止め、「できてしまった傷」とどう折り合いをつけてきたのかについて聞いてみた。

お母さんが、こんなヒドイことをするはずがない

――メグさんは誰からどんな虐待を受けていたんですか?  母親からは身体的な暴力、父親からは「お前はダメだ」と言われ続けるような精神的なものが中心でした。特に母親がひどくて。たぶん人格的に問題があったんじゃないかな。 ――お母さんは、どんな人だったんですか?  脈絡なくキレる人、何が原因で怒り出すのかわからない人でしたね。たとえば、小学校の自由研究で弥生時代の女性の服装について調べたのですが、模造紙に描いた服装のイラストを母が見たとたん「小さい!」って叫び出してビリビリに破いちゃったり。殴る蹴るなどは、物心ついた4歳ごろから日常的に受けていました。 ――親の「怒りのツボ」がわからないと、子どもとしては回避策がとれないから常に緊張状態ですよね。暴力についてはウチの場合、わたしの成長とともに手段や武器(道具)がバージョンアップしていきました。メグさんはどうでしたか?  あー、ありましたねぇ。素手からモノを使う暴力になりました。覚えているのは小学5、6年生のとき。理由は些細なことだったと思いますが、母がわたしの頭をセルロイドの分厚い下敷きで思い切り殴って、それが一撃でバラバラに砕けたんです。  自分の大事なものが壊されたショックと、「お母さんがこんなヒドイことするはずない」というショックで、しばらく起きたことが信じられませんでした。それまでは、殴るといってもグーとかパーだったので。そこからますます母のことがわからなくなって、警戒するようになっていったんです。 ――その気持ち、よくわかります……。ちなみに、暴力を振るわれていたのはメグさんだけですか? 誰か味方は?  ウチは団地住まいで、他の家族が家にいるときも殴られていました。決して広い家ではないので父も知っているはずですが、止めてはくれませんでしたね。父は高校教師で後に大学教授、母も看護学校で英会話を教えているような人だったので、娘にも優秀であることを求める……というか、わたしにとても厳しかったんです。母が、わたしとの会話の中でしょっちゅう「恩に着せるわけじゃないけど」と前置きしていたのもあって、「あぁ、自分は仕方なく養われているのかな」と解釈していました。  逆に5歳下の弟は、すごく溺愛されていましたね。わたしより成績が悪かったのに、叱られているのも見たことがありません。弟は、こちらが殴られているのを黙って見ていたり、母と一緒になってバカにするような態度をとったりしていました。

ホイットニー・ヒューストンが力をくれた

――「長女は虐待されるけど弟は無傷」というパターンは、女性サバイバーからよく聞く「虐待あるある」です。家では四面楚歌だったメグさんの心の支えになってくれたのは、やはり友だちですか?  それは違ったかなぁ。「自分はできそこない」という意識があったし、小学3年から中学3年ごろまでいじめにあっていたので、人が怖くて常に「防衛モード」に入っていました。だから、思春期にも腹をわって話せる友だちはいませんでしたよ。休み時間も机に座って本ばかり読んでいる子だったし。  高校生のころは、よく無気力状態になっていたんです。でも、洋楽を聴くと元気が出ました。ホイットニー・ヒューストンの『Greatest Love Of All』は大好きでしたねぇ。歌詞の中で <一番大切なのは自分を愛すること> っていうくだりが出てくるんですが、あれを聴くと「自分の中にこんなエネルギーがあったのか」とびっくりするぐらい力が湧いてきました。 ――高校生といえば、わたしの場合は「自分がされていたことは虐待だ」と気づいたころです。親を憎む気持ちと、そんな自分を醜いと思う自己嫌悪の間で、ずっと葛藤していました。メグさんは両親に対してどんな感情を持っていましたか?  わたしの場合は、両親を憎んだり見下したりしていて、そこに罪悪感や自己嫌悪はありませんでした。心理学の本をたくさん読んでいたので、「虐待」からの流れとして、子どもたちが当然そういった感情を持つようになることを知っていたんですよね。

アラフォーで男性経験なしというプレッシャー

――「家から脱出したい」という気持ちは起きませんでしたか?  もちろん、ありました。わたしが15歳を過ぎたあたりから、母親が更年期のウツ状態になって……。暴力は止んだけど、代わりに干渉がすごかったんです。趣味で読んでいる小説のページ数をいちいち確認されたり、子ども部屋のふすまを閉めることも許されなかったりで、常に行動を監視されていました。  ストレスがたまりにたまった高校3年のころ、「自宅から遠い大学に行けば、一人暮らしができる」とひらめいたんです。親が満足する偏差値の学校を探して受験しました。でも、実家から離れても、やっぱり親の干渉は止まらなかったんですよね。「こんなんなら意味ないや」と気力を失って中退してしまいました。そこからは実家には戻らず、派遣事務とか食品工場とかいろいろ働いて食いつなぎました。 ――挫折の理由ひとつとっても、虐待が絡んでいると知り合いにはなかなか説明しづらいですよね。ほかに、生きづらさを感じていたことはありますか?  20代前半は、他人から批判されるのが怖くて、友人の前でも手が震えていました。飲み会では「アル中」疑惑を持たれたこともありましたよ(苦笑)。あと、男性ともちゃんと付き合ったことがなくて。正直、あっちの経験(肉体関係)もなかったんです。好きになるのは、なぜか父にそっくりな「人にダメ出しをするような性格のキツい人」で、その人の前では自分が被害者みたいな振る舞いをしてしまうんです。 ――他人との関係性として、「加害者⇔被害者の構図」は自分にとって慣れ親しんだものだから、自然とそうなっちゃう。  多分そういうことだと思います。でもそんな卑屈な態度じゃ、好きな人には振り向いてもらえないんです。このまま40歳になっても「未経験」のままなら、女としても“できそこない”になってしまうのではないかって。そう思うこと自体が、ものすごい恐怖でした。

助けてくれたのは、ネットの仲間と編集者という仕事

――サバイバーは、恋愛や結婚を含めた対人関係で苦労します。だから匿名のブログやネット上のコミュニティでうっぷんを晴らしたり、虐待の思い出を綴ったりする人も多いわけですが……。その過程で当人なりの気づきを得て、自信を取り戻したり、親との関係を再構築したりするケースも多いですよね。  うんうん、それはあると思いますよ。今はもう閉鎖されちゃってますが、わたしも30代半ばごろから「家族という名の強制収容所」というサイトにとてもお世話になっていました。そこのBBS(掲示板)でサバイバー仲間ができて、徐々にリアル(対面)でも会うようになりました。ただ、合わせたら10人ぐらいいましたけど、交友関係が続く人は少なかったですね。 ――それでもサバイバー仲間との交流を通して、自分の抱えている生きづらさが、「すべて自分のせい」ではなく過去の環境によるものだと気づいたんですね?  はい、そんな感じです。インナーチャイルドセラピー(記憶の中で、子ども時代の傷ついた自分と対話する精神治療)とか、自己啓発のセミナーなんかも行くようになって、ある程度は虐待を受けた過去と親のことを客観的に見られるようになりました。  セミナーで近づいてきた男性と「体験」もすませたんです。30代の終わりに、ギリギリ滑り込みで。アハハ。まぁー、悪くはなかったですよね。妻子のいる人ですぐ別れてしまいましたが、向こうはセックスレスだと言っていましたし、こっちは結婚願望も子育て願望もない。お互い「利害の一致」ってことで、それでいいかと。 ――その辺の解釈は当人たちにしかわからないことだと思いますが……、わたしも不倫経験者なので思い当たる節はあります。ともかく、メグさんは「自分はできそこないかも」という不安要素を1つずつクリアしていった感じなんですね。  結果的にそうなりましたね。 ――もうすぐ50歳。今の生活は楽しいですか?  はい。編集者の仕事に就けたことも大きいかもしれません。最近では脳科学や整体の書籍を手がけているのですが、毎回新しい世界にふれられるのが刺激的なんです。子どものころから本が友だちだったし、言葉にこだわるのも向いているみたいです。  20〜30代はずっと作曲家とか音楽のプロを目指していましたが、よく考えたら「心からやりたくて」というより「親への反抗」だったんですよね。それまではずっと逃げてきたけど、はじめて素直な喜びから選んだ仕事で、しかも小さな成功体験を積み重ねることができた。今は「自分の気持ちに素直になれる」状態に自信が持てるようになって、「わたしは100点!」って言えるようになりました。 ――いいなぁ~(思わず)。大げさかもしれませんが、「自信」を持つということは、自己認識の根っこに「虐げられる」イメージが張り付いてしまったサバイバーの悲願かもしれません。40年以上の歳月は長かったと思いますが、本当におめでとうございます。  あ、ありがとうございます。どうしよう、話していたらウルっときてしまった……。 ――いい話が聞けて、わたしもうれしいです。で、親との関係は、今どうですか?  許す――というのとは違いますが、なんせ向こうが老いて弱っちゃいましたからねぇ。憎いという気持ちは薄れました。父は一昨年前、誤嚥性肺炎が元で亡くなりました。80歳でした。最後の3カ月は病院にお見舞いに行ってたんですが、父はもうすっかり素直になっちゃって。わたしとしては、小さい子どもに「もう仕方ないなぁ」と思うような気持ちで、“生温かく”見守っていました。  母の方は……「きっとこの人は人格障害だから仕方ない」と思いつつも、まだ引っかかりを感じるときはあるかな。そういう日は、ネットの掲示板とかで怒りをぶつけてちゃんと発散してますよ(笑)。 **************  今年の7月、同じ虐待の経験をもつ知人と「自尊心に問題を抱えた女性たちのための」自助グループを立ち上げたというメグさん。しばらくは会員制のチャットなどを通じて、苦しんでいる人たちと何ができるかを探っていくそうだ。  一度ついた傷は、おそらく消えない。かさぶたの痕跡は一生残るだろう。だが、「血が止まらない」と苦しむ後輩へ手を差しのべ、未来を考えることで、互いの傷を薄めていくことはできるのかもしれない。メグさんは、やっと自由な人生をつかみ取ったばかりだ。 (文/帆南ふうこ) 帆南ふうこ(ほなみ・ふうこ) 1980年生まれ、ライター。4歳ごろから高校生まで実母から身体的・精神的な暴力を受けて育つ。13年間にも及ぶ反抗期を経た後、結婚を機に母親と和解。ここ数年は元・被虐待児である「サバイバー」たちのオフ会を開いたり、取材を通じてサバイバー仲間との親交を深めている。趣味はお酒と田舎暮らし。