月9崩壊でフジテレビ内の“戦犯探し”が激化! 上層部は「とりあえず原作モノで」としか言わない……

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「ついに、といったところですかね。もはや数字に関しては期待していませんでしたが、中身も散々なので、いよいよ“月9”も終わるんじゃないかと、局内は騒然としていますよ」(フジテレビ関係者)  モデルの西内まりやが主演を務める月9ドラマ『突然ですが、明日結婚します』の第4話の視聴率が6.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と月9のワースト記録。第5話では、さらに6.2%まで下げている。 「人気モデルと、演技初挑戦となる人気ロックバンド『flumpool』のボーカル・山村隆太を起用したのは話題性があったんですが、その結果、これですからね。世間では、映画『トイレのピエタ』で日本アカデミー賞新人賞を獲り、『君の名は。』の主題歌で『紅白』にも出場した『RADWIMPS』の野田洋次郎のほうがよかったんじゃないかって声もありましたね」(芸能事務所関係者)  そんな中、局内ではすでに“戦犯”探しが始まっているという。 「問題は、うちの上層部にあるんですよね。みんなそれはわかっているんですけど、どうにもできない。コネ入社で実力のない彼らは、『とりあえず原作モノで』としか指示しません。うちは他局のように小説が売れている作家とのつながりも薄いですし、昔の作品のリメイクばかりやろうとしています。ドラマ作りに強い人が全然いないので、今は東宝や東映、松竹からヘッドハンティングしていますよ。給料をものすごく高く設定しているみたいですが、あまり集まってないようです」(前出・フジ関係者)  この4月に月9は30周年を迎えるというが、31年目はないかもしれない。

ジャニーズ最年長の独身・錦織一清、「極秘結婚説」が浮上! misonoの名が飛び交い騒然

 長らく未婚を貫き、「ジャニーズで最年長の独身者」とも呼ばれている少年隊・錦織一清。昨年は舞台の会見時にV6・長野博の結婚を祝福するなど、後輩に先を越されるばかりだが、そんな錦織にあるタレントとの「極秘結婚説」が浮上し、一部ファンの間で騒ぎになっている。

 近年では俳優業だけでなく、舞台演出家としての活躍が目覚ましい錦織。アイドルでの全盛期には女優の岡田奈々と熱愛が報じられ、1990年代にタレント・水沢アキとの“不倫交際”が話題になったが、近藤真彦や、同じく少年隊メンバーの東山紀之、植草克秀が家庭を持つ一方、51歳の錦織には浮いたウワサがめっきり減った。独身であることを自虐的に話す場面が多くなり、2014年に植草の再婚が明らかになった後には、自身の結婚について「大丈夫です」「一人暮らしのプロフェッショナルですから」と話し、取材陣の笑いを誘っていた。

 その錦織に関し、1月下旬頃からインターネット百科事典のWikipediaに“異変”が起こったという。

「突如、錦織のWikipediaに『2015年9月30日に、女性タレントのmisono(本名・神田美苑)と結婚している』『配偶者 = misono(神田美苑)』と書き込まれたんです。表面上、2人には接点は見られないものの、ファンは『ニッキが極秘結婚? 本当ならショック』『相手がなんでニッキにたどり着くのかわからないし、ガセだと思う』などと、心配しています。また、ネット上にはWikipedia以外にも2人が『実は結婚している』といった真偽不明の書き込みもあり、錦織のファンは事実でないとすれば『名誉毀損レベル』だと憤慨。Wikipediaは不特定多数の人間が編集できるシステムですが、後にmisonoに関する記述は削除されたものの、2月10日前後にも再びmisonoの名前が追加されたとかで、Wikipediaの課題が浮き彫りになりました。20日午後4時現在、錦織のWikipediaは元の形式に戻っています」(ジャニーズに詳しい記者)

 悪質ないたずらなのか、実は入籍済みなのか不明な状態にファンの不安が募る中、ここへ来てmisonoに新展開が。22日付のサンケイスポーツで、山田親太朗率いるバンド・HighsidEのドラムを務めるNosukeと、昨年2月頃から交際していることが報じられたのだ。熱愛疑惑の錦織とは真逆で、お相手はmisonoより5歳年下の27歳。“極秘結婚”の書き込みは悪質ないたずらだったようで、錦織のファンは「うわさの人の熱愛が出て、びっくり。ニッキは何だったんだろう。不思議……」と、安堵と困惑が入り交じった様子だ。

 前述のようにWikipediaは誰でも加筆ができるため、不確定情報が紛れる例も少なくない。2月中旬には、中居正広のWikipediaのプロフィール欄に「SMAPファンの頂点に君臨している」と記載されていることがファンの関心を集めた。さらに「愛称は黒猫、華奢な閻魔様、新聞紙にくるまった子リス、など(命名は全て木村拓哉によるもの)」という、もはや“ネタ”のような一文も追記され、一部ファンは「SMAPファンの頂点に君臨している……って、さすが!」「『命名は全て木村拓哉によるもの』ってすごい!」などと盛り上がっていたが、こちらもすでに削除されている。

「ネット関連では、元KAT-TUNの田中聖が2月17日に自身のTwitterで『Googleさん…それ田中聖ちゃう…』とツイートし、話題を呼びました。これは、検索エンジンのGoogleで『田中聖』と入力すると、本人ではなく同じく元メンバー・赤西仁の顔写真が表示されることを指しているようです。また、Yahoo!で田中の名前を検索しても赤西の写真がトップに出る仕様になっており、ファンからは『なんで間違えたんだろう?』『あれ、笑っちゃう。こんなことあるんだね』と疑問の声が出ています。一度Googleに認識されるとキャッシュの影響でしばらく残り続けてしまうので、田中には残念ですが、当面は赤西の画像が表示されることとなりそうです」(同)

 タレント本人に迷惑がかからぬよう、Wikipediaに面白半分のネタや悪質なデマを記す行為は控えてほしいものだ。

さらに白熱! 元SMAP・木村拓哉と中居正広の“差し入れ対決”に、他事務所から「やめて!」

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 元SMAPの中居正広と木村拓哉の“差し入れ対決”が、さらに白熱している。  先に豪華差し入れが話題となったのは中居で、レギュラー番組の出演者やスタッフに高級寿司を配ったり、昨年末に終了した『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の最終回では、約200人のスタッフに名前入りの「ナイキ エアマックス」をプレゼント。1足1万7,000円ほどだから、単純計算でおよそ340万円に上る。  木村も負けてはいない。放送中の主演ドラマ『A LIFE~愛しき人~』(TBS系)の現場では、共演者、スタッフの士気を高めようと、およそ150人に番組特製ジャンパーを贈呈。胸元のワッペンには「MY LOVELY CREW(僕の大切な仲間)」と書かれていたという。  さらに、4月公開の主演映画『無限の住人』の撮影初日には、約300万円分の食材を持ち込み、スタッフ全員に鍋を振る舞ったという。 「木村さんは、以前も冬場の撮影現場にラーメン屋台をレンタルし、豚骨ラーメンを振る舞ったそうです。芸能界では、中居さんが“差し入れ王”のようにいわれていますが、木村さんに言わせれば『俺のほうが先だ』ということなのかもしれません」(テレビ関係者)  一方で、2人の意地の張り合いを遠い目で見ている人たちもいる。  ある中堅プロダクションのマネジャーは「以前にも増して、業界全体で“差し入れ合戦”が繰り広げられているように感じます。今までは、番組の打ち上げで行われるビンゴ大会の景品を用意していればよかったのが、最近は収録のたびに何か持っていかなければいけない空気になっている。大手以外の事務所は、それなりの負担になっています」と話す。 「お願いだから、もうやめて」というのが、本音かもしれない……。

さらに白熱! 元SMAP・木村拓哉と中居正広の“差し入れ対決”に、他事務所から「やめて!」

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 元SMAPの中居正広と木村拓哉の“差し入れ対決”が、さらに白熱している。  先に豪華差し入れが話題となったのは中居で、レギュラー番組の出演者やスタッフに高級寿司を配ったり、昨年末に終了した『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の最終回では、約200人のスタッフに名前入りの「ナイキ エアマックス」をプレゼント。1足1万7,000円ほどだから、単純計算でおよそ340万円に上る。  木村も負けてはいない。放送中の主演ドラマ『A LIFE~愛しき人~』(TBS系)の現場では、共演者、スタッフの士気を高めようと、およそ150人に番組特製ジャンパーを贈呈。胸元のワッペンには「MY LOVELY CREW(僕の大切な仲間)」と書かれていたという。  さらに、4月公開の主演映画『無限の住人』の撮影初日には、約300万円分の食材を持ち込み、スタッフ全員に鍋を振る舞ったという。 「木村さんは、以前も冬場の撮影現場にラーメン屋台をレンタルし、豚骨ラーメンを振る舞ったそうです。芸能界では、中居さんが“差し入れ王”のようにいわれていますが、木村さんに言わせれば『俺のほうが先だ』ということなのかもしれません」(テレビ関係者)  一方で、2人の意地の張り合いを遠い目で見ている人たちもいる。  ある中堅プロダクションのマネジャーは「以前にも増して、業界全体で“差し入れ合戦”が繰り広げられているように感じます。今までは、番組の打ち上げで行われるビンゴ大会の景品を用意していればよかったのが、最近は収録のたびに何か持っていかなければいけない空気になっている。大手以外の事務所は、それなりの負担になっています」と話す。 「お願いだから、もうやめて」というのが、本音かもしれない……。

ヤバさすら感じる三十路女の妄想が冷たい笑いを導き出す アキヤマ香『片恋グルメ日記』

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『片恋グルメ日記(1)』(双葉社)
 絵柄は少女マンガっぽいのに、ぶっ飛んだ設定の作品を描きまくる、アキヤマ香氏。 『ぼくらの17-ON!』(双葉社)は、俳句青春マンガという、新しすぎるジャンルの作品だった。このたび第1巻が発売された『片恋グルメ日記』(双葉社)も、これまた想像の斜め上をゆく作品であった!  タイトルからわかるとおり、この作品は食事系マンガである。しかし、けっしてうんちくを語ったり、店の雰囲気を情感たっぷりに描く系の作品ではない。ましてや、食事をして人生の問題が解決したりなんてすることもない。  この作品における食事とは、ともすれば、犯罪まがいの気持ち悪いストーキング行為なのである。  物語のヒロイン・所まどかは33歳の編集者。担当しているのは、小中学生向けの少女マンガであるために、年々恋愛スキルが落ちているのを実感する三十路だ。  そんな、まどかが憧れているのは、モテモテの営業部員・八角さん。40歳独身のイケメン男子に、社内の女性たちはみんな好意を抱いている。でも、まどかの雑誌は担当していないので、接点もなければ話したこともない。  そんな彼女にアドバイスをくれたのは、担当しているオネエなマンガ家・曲家先生。  先生のアドバイスとは「食事ストーキング」。先生いわく、同じものを食べることによって、男を感じるという行為なのだという。  ここで明らかにされるのが、まどかの食生活。33歳なのに、いまだに主食がお菓子なのである。  いや、確かに食事らしい食事を、ほとんどしない女子っていうのは実在するものである。だいたい食事というのが、カフェでケーキや甘いパンを食べるものになっちゃっているというヤツだ。このタイプの人って、だいたい、何か悩み事でもあるのかのように、つまんなそうに食事をするんだけど……そんなヒロインを描こうとするアキヤマ氏は、やっぱり冴えている。  そんなわけで、とにかく、まどかは食スキルが低い。牛丼屋や立ち食い蕎麦屋はもちろん、定食屋すら、ほぼ経験なし。うん、30歳過ぎて未経験というのは、さすがに微妙な気持ち悪さが……。  そんな敷居の高い店に入り、憧れの八角さんが食べたのと同じものを口にした途端に、妄想が始まるのである。  この妄想が、この人大丈夫か感満載なのが、本作のポイント。もともと、少女マンガ的なタッチで、少女マンガ的な八角さんとの壁ドン的女子の妄想が描かれるのである。少女マンガであればキュンキュンするシーンだが、この作品の場合、多くの読者は笑いながらドン引きしてしまうだろう。  まさに「所変われば品変わる」というところか。ちょっと舞台を変化させただけで、こんなキテレツな感覚を得られるというところに気づいたアキヤマ氏のアイデアは素晴らしい。  何より、二郎系ラーメンを食べる回では、事後に三十路には背脂はキツイという展開の待っているあたり、リアリティを追求していると感じられるだろう。  でも、やっぱり男女問わず、幾つになっても好きな相手の妄想は楽しいものなんだろうな。 (文=是枝了以)

ヤバさすら感じる三十路女の妄想が冷たい笑いを導き出す アキヤマ香『片恋グルメ日記』

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『片恋グルメ日記(1)』(双葉社)
 絵柄は少女マンガっぽいのに、ぶっ飛んだ設定の作品を描きまくる、アキヤマ香氏。 『ぼくらの17-ON!』(双葉社)は、俳句青春マンガという、新しすぎるジャンルの作品だった。このたび第1巻が発売された『片恋グルメ日記』(双葉社)も、これまた想像の斜め上をゆく作品であった!  タイトルからわかるとおり、この作品は食事系マンガである。しかし、けっしてうんちくを語ったり、店の雰囲気を情感たっぷりに描く系の作品ではない。ましてや、食事をして人生の問題が解決したりなんてすることもない。  この作品における食事とは、ともすれば、犯罪まがいの気持ち悪いストーキング行為なのである。  物語のヒロイン・所まどかは33歳の編集者。担当しているのは、小中学生向けの少女マンガであるために、年々恋愛スキルが落ちているのを実感する三十路だ。  そんな、まどかが憧れているのは、モテモテの営業部員・八角さん。40歳独身のイケメン男子に、社内の女性たちはみんな好意を抱いている。でも、まどかの雑誌は担当していないので、接点もなければ話したこともない。  そんな彼女にアドバイスをくれたのは、担当しているオネエなマンガ家・曲家先生。  先生のアドバイスとは「食事ストーキング」。先生いわく、同じものを食べることによって、男を感じるという行為なのだという。  ここで明らかにされるのが、まどかの食生活。33歳なのに、いまだに主食がお菓子なのである。  いや、確かに食事らしい食事を、ほとんどしない女子っていうのは実在するものである。だいたい食事というのが、カフェでケーキや甘いパンを食べるものになっちゃっているというヤツだ。このタイプの人って、だいたい、何か悩み事でもあるのかのように、つまんなそうに食事をするんだけど……そんなヒロインを描こうとするアキヤマ氏は、やっぱり冴えている。  そんなわけで、とにかく、まどかは食スキルが低い。牛丼屋や立ち食い蕎麦屋はもちろん、定食屋すら、ほぼ経験なし。うん、30歳過ぎて未経験というのは、さすがに微妙な気持ち悪さが……。  そんな敷居の高い店に入り、憧れの八角さんが食べたのと同じものを口にした途端に、妄想が始まるのである。  この妄想が、この人大丈夫か感満載なのが、本作のポイント。もともと、少女マンガ的なタッチで、少女マンガ的な八角さんとの壁ドン的女子の妄想が描かれるのである。少女マンガであればキュンキュンするシーンだが、この作品の場合、多くの読者は笑いながらドン引きしてしまうだろう。  まさに「所変われば品変わる」というところか。ちょっと舞台を変化させただけで、こんなキテレツな感覚を得られるというところに気づいたアキヤマ氏のアイデアは素晴らしい。  何より、二郎系ラーメンを食べる回では、事後に三十路には背脂はキツイという展開の待っているあたり、リアリティを追求していると感じられるだろう。  でも、やっぱり男女問わず、幾つになっても好きな相手の妄想は楽しいものなんだろうな。 (文=是枝了以)

白人モデルのゲイシャ写真が炎上した本当の理由〜「文化の盗用」と「ホワイト・ウォッシュ」

ファッション雑誌『ヴォーグ』(USA版)3月号に載ったアメリカの白人スーパーモデル、カーリー・クロスの芸者風ファッションが大炎上し、カーリーが謝罪する騒ぎとなった。この件は日本でもいち早く取り上げられ、各記事に「人種差別」「日本をバカにしている?」などといった見出しが踊ったが、多くはアメリカの人種と文化の歴史と現状を説明し切れていなかった。そのせいか日本人読者からは「何がいけないのか分からない」の声が上がっている。 問題となった写真は、日本の伊勢志摩で撮影されたもので、本来は金髪のカーリーが黒髪のゲイシャ風ウィッグと着物風デザインのドレスを着ているというものだ。一流雑誌だけあって写真自体の質は高い。しかし近年のアメリカ文化シーンは"cultural appropriation"(文化の盗用)に厳しく、今回の写真は多くのアメリカ人の眉をひそめさせることになった。 “文化の盗用”とは端的には、特定の人種や民族または国や地域特有の文化、特に衣装・髪型・肌の色や顔立ちなど外観を他のグループに属する者が模倣することを指す。ここで重要なのは、なぜ“文化の盗用”が問題なのか、だろう。 多様性と盗用の違い まず、今回の件はカーリーのゲイシャ写真だけを見ても問題の本質を把握できない。写真を掲載した『ヴォーグ』3月号が「多様性特集号」であること、そして『ヴォーグ』が主張する多様性とは何かを知らなければならない。 今号の『ヴォーグ』は多様性の象徴として、表紙に人種・民族・宗教・体型の異なる7人のモデルを起用した。中のひとり、中国生まれのリウ・ウェンはアジア系として初めて『ヴォーグ』の表紙に登場したモデルだ。 特集のトップページには、金髪で整った容姿など特定の外観の女性のみを美しいとするのはもはや時代遅れであり、様々な外見の女性がそれぞれに美しいといった主旨の文がある。 様々な外観の女性がそれぞれに美しいのであれば、アメリカ白人にはアメリカ白人の、日本人には日本人の美があるはずだ。ひとりのモデルにファッション七変化させる企画ではなく、女性それぞれの美を追求する企画なのだから、カーリーを起用するのであれば彼女の本来の姿であるアメリカ白人性を表すべきだった。そして日本人女性の美を追求するのであれば日本人か日系人のモデルを抜擢するべきだった。しかし『ヴォーグ』はカーリーを日本に送り込み、ゲイシャ・ファッションを纏わせた。いまだに「ジャパン=ゲイシャ」のイメージを使うことの是非はここでは敢えて置くが、人選は完全に特集の趣旨に反してしまっている。これがカーリーのゲイシャ写真が非難された理由だ。 人種差別の歴史 日本の読者からは「では、どのモデルも自分のルーツに基づく服装しか出来ないのか」という声もあった。現代の日本は和服ではなく洋装が標準となっているが、日本人が西洋由来の服装をするのは良くて、アメリカ人の着物がタブーなのは何故だろうか? 答えはアメリカに今も根強くある人種差別だ。アメリカのマジョリティは白人であり、白人は社会的にも経済的にも優位な立場にある。対してマイノリティ(黒人、ラティーノ、アジア系、ネイティヴ・アメリカン他)は今もそれぞれに差別の対象であり、社会的または経済的に不利を被っている。 白人が顔を黒く塗って黒人の扮装をする“ブラックフェイス”はアメリカでは“文化の盗用”を通り越し、完全な人種差別として絶対的なタブーとなっている。日本でも2年前に、『ミュージックフェア』(フジテレビ系)で黒塗りをしたももいろクローバーZとラッツ&スターに対して、人種事情に詳しい人たちが反対運動を行い、該当部分が放映中止となる事件があった。あの時も「黒人音楽へのリスペクトとしての黒塗りなのに、なぜダメなのか」という声があり、結局、日本では理解がなされないままに終った感があった。 アメリカの黒人はかつて奴隷だったことから、当時から現在まで、時には死にも至る人種差別を受け続けている。黒人は黒人であるというだけの理由で蔑まれ、「肌が黒い」「唇が分厚い」「髪が縮れている」と外観を揶揄されてきた。昔は白人芸人による“ミンストレル・ショー”と呼ばれる黒塗り芸が実際にあり、黒人は「歌と踊りは上手いがマヌケ」なキャラクターとして侮蔑的に演じられた。そのイメージは今も執拗に残っている。たとえ「リスペクトゆえ」と言われても黒塗りを許容できない理由だ。 ネイティヴ・アメリカンも同様の問題を抱えている。北米の先住民でありながら後からやってきた白人に駆逐され、居留区に押し込められ、今も貧困と精神的な苦痛に苛まれている。かつて白人と闘った際に「野蛮」「獰猛」というステレオタイプを貼られ、そのイメージは未だに残っている。メジャーリーグのクリーヴランド・インディアンズは「赤い肌」「かぎ鼻」「剥き出しの歯」「羽飾り」の「インディアンの酋長」をマスコット・キャラクターとしており、ネイティヴ・アメリカンたちは、マスコットを変更するよう長年訴え続けている。 アジア系のステレオタイプは、外観は「吊り目」「チビ」「黄色」。他人種がアジア系を演じることを“イエローフェイス”と呼ぶ所以だ。昔はさらに「出っ歯」も加わっていた。キャラクターとしては「英語がヘタ」で、アメリカ生まれの二世であろうが「移民」扱いだ。日本女性の場合は「従順で男性に従う」、または正反対の「誰とでも寝る」が加わる。アメリカ在住の日本人は「ジャパンと言えばフジヤマ、ゲイシャ、カラテ」辺りのイメージにも辟易している。 どのマイノリティ・グループも、こうしたステレオタイプの払拭に苦労しているのである。 他方、マイノリティは白人をステレオタイプに貶め、あざ笑う立場になかった。白人は白人であるというだけの理由で外観やキャラクターを笑い者にされた経験を持たない。したがってマイノリティがTシャツやジーパンなど、アメリカ白人が生み出した服装をすることに対するクレームは出ない。そもそも現代のアメリカ社会で黒人、ネイティヴ・アメリカン、アジア系などが400年前の服装で日常生活を送ることは不可能でもある。アメリカにおける“文化の盗用”問題はマジョリティとマイノリティで作用の仕方が異なるのである。 映画の“ホワイト・ウォッシュ” ハリウッド映画で本来は白人の役を黒人俳優が演じると、白人ファンから必ず「それはおかしい」とクレームが出る。最近では『スターウォーズ/フォースの覚醒』(2015)や『アニー』(2014)などだ。しかし、マイノリティの役は昔から白人が演じ続けている。この現象は“ホワイト・ウォッシュ”と呼ばれる。 ほとんど見過ごされ、今も延々と続くホワイト・ウォッシュだが、あまりにも行き過ぎて問題となった例がある。今年のアカデミー賞で最多ノミネートを得ている『ラ・ラ・ランド』の主役、エマ・ストーンの主演作『アロハ』(2015)だ。主人公のアリソン・ングはアジア系とハワイアンの血を継ぐキャラクターだが、金髪碧眼のエマ・ストーンが演じ、あまりのちぐはぐさ、文化的繊細さへの配慮の欠如から強く非難され、エマと監督が謝罪を行っている。 ホワイト・ウォッシュが行われる理由は、観客動員数だ。昔に比べるとマイノリティ人口が増えているアメリカだが、それでも人口の6割以上が白人であるため、白人が主役を演じるほうが観客数を増やせるという思い込みが映画会社にある。アメリカでは3月にハリウッド版の『攻殻機動隊』である『Ghost in the Shell』が公開されるが、主役の草薙素子を白人のスカーレット・ヨハンセンが演じており、“文化の盗用”として若干の物議を醸しているが、このまま公開される模様だ。 興行成績や視聴率が理由で、映画であれ、テレビドラマであれ、制作側は白人を起用するわけだが、これに対し近年はこれまでのように黙っていないのがマイノリティ団体だ。マイノリティが演じられる役はまだ少ない。そのわずかなチャンスすら白人に持っていかれてしまい、マイノリティの俳優は活動の場がますます少なくなることから抗議の声を上げるのだ。 ファッション雑誌も同様だ。『ヴォーグ』の主な読者は白人女性であり、登場するモデルは圧倒的に白人が多い。「多様性特集」と銘打ってはいても、白人読者が受け入れられる範囲での多様性なのである。今回のカーリーのジャパン企画は14ページにもわたり、カーリーが写っている写真は8点ある。これをすべてアジア系のモデルに置き換えると従来の読者には受け入れられないと編集部は考えるのである。 アートとしての葛藤 以上がアメリカの事情だ。白人と同じ国に同居せず、 対白人の人種問題があまりみられない日本人には呑み込みにくい事情かもしれない。 しかし、本質は人種そのものではない。社会的上位にあるマジョリティと下位にあるマイノリティの関係性こそに本質がある。以前、日本で日本人コメディアンが金髪のカツラに付け鼻をして白人を演じたCMを、日本ではマイノリティである白人が不快に感じたのはそれが理由だ。 こうした背景を解してもなお、「アートとしての表現が規制されるのはおかしい」「そこまで言うと異人種、異文化の融和が進まない」という意見も出るかと思われる。アメリカ国内にもそうした意見はある。 全くそのとおりである。アートとして白人が黒人を、アジア系が白人を、ラティーノがネイティヴ・アメリカンを、ネイティヴ・アメリカンが黒人を、黒人が白人を演じる……どんなパターンであれ、純粋にアートとしてなら行われて然るべきだろう。しかし、アメリカの長く複雑にして醜い人種の歴史が、今はまだそうはさせないのである。 (堂本かおる)

白人モデルのゲイシャ写真が炎上した本当の理由〜「文化の盗用」と「ホワイト・ウォッシュ」

ファッション雑誌『ヴォーグ』(USA版)3月号に載ったアメリカの白人スーパーモデル、カーリー・クロスの芸者風ファッションが大炎上し、カーリーが謝罪する騒ぎとなった。この件は日本でもいち早く取り上げられ、各記事に「人種差別」「日本をバカにしている?」などといった見出しが踊ったが、多くはアメリカの人種と文化の歴史と現状を説明し切れていなかった。そのせいか日本人読者からは「何がいけないのか分からない」の声が上がっている。 問題となった写真は、日本の伊勢志摩で撮影されたもので、本来は金髪のカーリーが黒髪のゲイシャ風ウィッグと着物風デザインのドレスを着ているというものだ。一流雑誌だけあって写真自体の質は高い。しかし近年のアメリカ文化シーンは"cultural appropriation"(文化の盗用)に厳しく、今回の写真は多くのアメリカ人の眉をひそめさせることになった。 “文化の盗用”とは端的には、特定の人種や民族または国や地域特有の文化、特に衣装・髪型・肌の色や顔立ちなど外観を他のグループに属する者が模倣することを指す。ここで重要なのは、なぜ“文化の盗用”が問題なのか、だろう。 多様性と盗用の違い まず、今回の件はカーリーのゲイシャ写真だけを見ても問題の本質を把握できない。写真を掲載した『ヴォーグ』3月号が「多様性特集号」であること、そして『ヴォーグ』が主張する多様性とは何かを知らなければならない。 今号の『ヴォーグ』は多様性の象徴として、表紙に人種・民族・宗教・体型の異なる7人のモデルを起用した。中のひとり、中国生まれのリウ・ウェンはアジア系として初めて『ヴォーグ』の表紙に登場したモデルだ。 特集のトップページには、金髪で整った容姿など特定の外観の女性のみを美しいとするのはもはや時代遅れであり、様々な外見の女性がそれぞれに美しいといった主旨の文がある。 様々な外観の女性がそれぞれに美しいのであれば、アメリカ白人にはアメリカ白人の、日本人には日本人の美があるはずだ。ひとりのモデルにファッション七変化させる企画ではなく、女性それぞれの美を追求する企画なのだから、カーリーを起用するのであれば彼女の本来の姿であるアメリカ白人性を表すべきだった。そして日本人女性の美を追求するのであれば日本人か日系人のモデルを抜擢するべきだった。しかし『ヴォーグ』はカーリーを日本に送り込み、ゲイシャ・ファッションを纏わせた。いまだに「ジャパン=ゲイシャ」のイメージを使うことの是非はここでは敢えて置くが、人選は完全に特集の趣旨に反してしまっている。これがカーリーのゲイシャ写真が非難された理由だ。 人種差別の歴史 日本の読者からは「では、どのモデルも自分のルーツに基づく服装しか出来ないのか」という声もあった。現代の日本は和服ではなく洋装が標準となっているが、日本人が西洋由来の服装をするのは良くて、アメリカ人の着物がタブーなのは何故だろうか? 答えはアメリカに今も根強くある人種差別だ。アメリカのマジョリティは白人であり、白人は社会的にも経済的にも優位な立場にある。対してマイノリティ(黒人、ラティーノ、アジア系、ネイティヴ・アメリカン他)は今もそれぞれに差別の対象であり、社会的または経済的に不利を被っている。 白人が顔を黒く塗って黒人の扮装をする“ブラックフェイス”はアメリカでは“文化の盗用”を通り越し、完全な人種差別として絶対的なタブーとなっている。日本でも2年前に、『ミュージックフェア』(フジテレビ系)で黒塗りをしたももいろクローバーZとラッツ&スターに対して、人種事情に詳しい人たちが反対運動を行い、該当部分が放映中止となる事件があった。あの時も「黒人音楽へのリスペクトとしての黒塗りなのに、なぜダメなのか」という声があり、結局、日本では理解がなされないままに終った感があった。 アメリカの黒人はかつて奴隷だったことから、当時から現在まで、時には死にも至る人種差別を受け続けている。黒人は黒人であるというだけの理由で蔑まれ、「肌が黒い」「唇が分厚い」「髪が縮れている」と外観を揶揄されてきた。昔は白人芸人による“ミンストレル・ショー”と呼ばれる黒塗り芸が実際にあり、黒人は「歌と踊りは上手いがマヌケ」なキャラクターとして侮蔑的に演じられた。そのイメージは今も執拗に残っている。たとえ「リスペクトゆえ」と言われても黒塗りを許容できない理由だ。 ネイティヴ・アメリカンも同様の問題を抱えている。北米の先住民でありながら後からやってきた白人に駆逐され、居留区に押し込められ、今も貧困と精神的な苦痛に苛まれている。かつて白人と闘った際に「野蛮」「獰猛」というステレオタイプを貼られ、そのイメージは未だに残っている。メジャーリーグのクリーヴランド・インディアンズは「赤い肌」「かぎ鼻」「剥き出しの歯」「羽飾り」の「インディアンの酋長」をマスコット・キャラクターとしており、ネイティヴ・アメリカンたちは、マスコットを変更するよう長年訴え続けている。 アジア系のステレオタイプは、外観は「吊り目」「チビ」「黄色」。他人種がアジア系を演じることを“イエローフェイス”と呼ぶ所以だ。昔はさらに「出っ歯」も加わっていた。キャラクターとしては「英語がヘタ」で、アメリカ生まれの二世であろうが「移民」扱いだ。日本女性の場合は「従順で男性に従う」、または正反対の「誰とでも寝る」が加わる。アメリカ在住の日本人は「ジャパンと言えばフジヤマ、ゲイシャ、カラテ」辺りのイメージにも辟易している。 どのマイノリティ・グループも、こうしたステレオタイプの払拭に苦労しているのである。 他方、マイノリティは白人をステレオタイプに貶め、あざ笑う立場になかった。白人は白人であるというだけの理由で外観やキャラクターを笑い者にされた経験を持たない。したがってマイノリティがTシャツやジーパンなど、アメリカ白人が生み出した服装をすることに対するクレームは出ない。そもそも現代のアメリカ社会で黒人、ネイティヴ・アメリカン、アジア系などが400年前の服装で日常生活を送ることは不可能でもある。アメリカにおける“文化の盗用”問題はマジョリティとマイノリティで作用の仕方が異なるのである。 映画の“ホワイト・ウォッシュ” ハリウッド映画で本来は白人の役を黒人俳優が演じると、白人ファンから必ず「それはおかしい」とクレームが出る。最近では『スターウォーズ/フォースの覚醒』(2015)や『アニー』(2014)などだ。しかし、マイノリティの役は昔から白人が演じ続けている。この現象は“ホワイト・ウォッシュ”と呼ばれる。 ほとんど見過ごされ、今も延々と続くホワイト・ウォッシュだが、あまりにも行き過ぎて問題となった例がある。今年のアカデミー賞で最多ノミネートを得ている『ラ・ラ・ランド』の主役、エマ・ストーンの主演作『アロハ』(2015)だ。主人公のアリソン・ングはアジア系とハワイアンの血を継ぐキャラクターだが、金髪碧眼のエマ・ストーンが演じ、あまりのちぐはぐさ、文化的繊細さへの配慮の欠如から強く非難され、エマと監督が謝罪を行っている。 ホワイト・ウォッシュが行われる理由は、観客動員数だ。昔に比べるとマイノリティ人口が増えているアメリカだが、それでも人口の6割以上が白人であるため、白人が主役を演じるほうが観客数を増やせるという思い込みが映画会社にある。アメリカでは3月にハリウッド版の『攻殻機動隊』である『Ghost in the Shell』が公開されるが、主役の草薙素子を白人のスカーレット・ヨハンセンが演じており、“文化の盗用”として若干の物議を醸しているが、このまま公開される模様だ。 興行成績や視聴率が理由で、映画であれ、テレビドラマであれ、制作側は白人を起用するわけだが、これに対し近年はこれまでのように黙っていないのがマイノリティ団体だ。マイノリティが演じられる役はまだ少ない。そのわずかなチャンスすら白人に持っていかれてしまい、マイノリティの俳優は活動の場がますます少なくなることから抗議の声を上げるのだ。 ファッション雑誌も同様だ。『ヴォーグ』の主な読者は白人女性であり、登場するモデルは圧倒的に白人が多い。「多様性特集」と銘打ってはいても、白人読者が受け入れられる範囲での多様性なのである。今回のカーリーのジャパン企画は14ページにもわたり、カーリーが写っている写真は8点ある。これをすべてアジア系のモデルに置き換えると従来の読者には受け入れられないと編集部は考えるのである。 アートとしての葛藤 以上がアメリカの事情だ。白人と同じ国に同居せず、 対白人の人種問題があまりみられない日本人には呑み込みにくい事情かもしれない。 しかし、本質は人種そのものではない。社会的上位にあるマジョリティと下位にあるマイノリティの関係性こそに本質がある。以前、日本で日本人コメディアンが金髪のカツラに付け鼻をして白人を演じたCMを、日本ではマイノリティである白人が不快に感じたのはそれが理由だ。 こうした背景を解してもなお、「アートとしての表現が規制されるのはおかしい」「そこまで言うと異人種、異文化の融和が進まない」という意見も出るかと思われる。アメリカ国内にもそうした意見はある。 全くそのとおりである。アートとして白人が黒人を、アジア系が白人を、ラティーノがネイティヴ・アメリカンを、ネイティヴ・アメリカンが黒人を、黒人が白人を演じる……どんなパターンであれ、純粋にアートとしてなら行われて然るべきだろう。しかし、アメリカの長く複雑にして醜い人種の歴史が、今はまだそうはさせないのである。 (堂本かおる)

松田龍平、太田莉菜の不倫で離婚へ? マスコミを驚かせた母・松田美由紀の“異例の行動”

 不協和音が伝えられていた松田龍平と太田莉菜が、すでに離婚の決意を固めていると、2月23日発売の「女性セブン」(小学館)がスクープした。当事者の証言こそないものの、タイトルや表紙でも「離婚!」と断定しているだけに、もはや“秒読み”の段階に入っているようだ。  同誌は前々週に、松田と太田が別居生活中であることを報じていた。そして最新号では、太田が一昨年の秋から、現在小学生の長女を家に置き去りにしたまま“失踪”していたことが明らかに。その間、長女は松田の実母である、松田美由紀が面倒を見てきたという。 「2009年にできちゃった結婚した当初、松田は人気俳優、太田は一部に熱心なファンはいるものの、知名度的には完全に松田に劣っているモデルでした。その後、太田は松田家の協力もあって有名俳優事務所に所属。映画『海月姫』や『ホットロード』の出演で、女優として活躍の場を広げていったんです」(スポーツ紙記者)  そして「セブン」最新号によれば、離婚の原因は太田が別の男性と「深い仲」になっていたという。 「つまりは太田の不倫という話ですが、最も注目すべきは、同誌の直撃に美由紀が、離婚に関して明言こそしていないものの、『いま龍平はドラマ出演中ですので、関係者のかたがたにご迷惑をかけるのは申し訳ないです』と、素直に応じている点です。美由紀のマスコミ嫌いは有名で、特にプライベートのスキャンダル取材に応じるなど、異例中の異例でしょう」(情報番組デスク)  その裏には「不倫した太田を許せない、また、そんな太田に孫を譲れないと意気込んでいるのかもしれない」(同)との指摘も。 「妻の不貞行為が大々的に報じられることで、松田は親権が取りやすくなりますからね。不倫相手という俳優の名前は明かされていませんが、今後もその情報が小出しにされるなど、太田のネガティブキャンペーンが展開される可能性もあります」(同)  夫やその家族のバックアップで、有名女優に仲間入りした太田だったが、不倫による代償で全てを失ってしまう日も近いかもしれない。